ニュースレター第16号

News Letter No. 16
2016 年 3 月 1 日発行
巻頭言
これを着任年度の異なる 2 名で担当するようにいたしまし
た。本領域では研究内容等も勘案し、化学が専門である小職
と情報学が専門である石川佳治調査官(名古屋大学)で現在
担当しております。これらの変更でよりきめ細やかなサポー
トを目指しておりますので、ぜひご活用いただければ、と思
います。
次に、現在の科学研究費助成事業を取り巻く状況につい
てご紹介いたします。12 月 24 日に平成 28 年度政府予算案
が閣議決定されましたが、科研費の予算案は 2,273 億円と
文部科学省研究振興局学術調査官
広島大学
片桐 清文 先生
なり、厳しい財政状況の中、前年度と同水準の予定額を確保
できました。この予算案においては、科学技術・学術審議会
学術分科会研究費部会において議論された科研費改革の実施
方針等も踏まえ、
「新たな学問領域の創成に向けた探索」や
「学際的研究、異分野連携による研究者の大胆なテーマ転換」
が「期待される挑戦」としてあげられています。これらはま
今年度の 8 月より本領域を学術調査官として担当してお
さに新学術領域研究において目指すべきところであり、本領
ります。学術調査官の業務内容等につきましては、前々任
域が目指している方向とも合致しているかと思います。
また、
の重田調査官、前任の根岸調査官がそれぞれ News Letter
今年度からは「国際共同研究の加速」が科研費における大き
(No.3、No. 8)で紹介されていますので、そちらをご参照
な課題として取り上げられています。採択年度の関係で本領
いただければ、と思います。小職は学術調査官には昨年度
域は対象となりませんでしたが、新学術領域研究には「国際
着任し、本領域の中間評価ヒアリングにも陪席いたしまし
活動支援班」の設置が新たに始まりました。新学術領域研究
た。本領域は非常に野心的な目標を設定されており、当初の
の審査や評価の着目点には「国際的なネットワークの構築」
予想通りにはいかない部分もあるかと思いますが、達成され
が従前より含まれておりますので、本領域におかれましても
れば非常に大きなインパクトがあると思いますので、研究の
事後評価にむけて、さらに国際的活動の充実を意識して研究
発展を楽しみにしております。さて、今年度より各領域の担
を推進していただければ、と思います。
当調査官の運用の変更を行いましたので紹介させていただき
ます。従来は各領域 1 名の調査官が担当しておりましたが、
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
本領域の研究期間もあと 1 年余りとなりましたが、素晴
らしい成果が得られることを心より祈念しております。
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分子ロボティクス研究会 12 月定例会 in 仙台
「分子ロボティクスの立ち回りを考える - 分子と機械的生体との踊り場で」
開催日時 : 2015 年 12 月 5 日(土)
開催場所 : 東北大学青葉山キャンパス機械系 2 号館
世話人 : 野村 M 慎一郎(東北大学大学院工学研究科)
計測自動制御学会「分子ロボティクス研究会」の活動の一環として、東北大学において新学術領域「分子ロボティ
クス」との共催となる定例研究会を開催しました。本研究会の趣旨は、未だ見えぬ分子ロボットが活躍するステージ
と目的を生きた細胞に求める点にあります。近年、生体内・細胞内の生化学反応は機械的(含確率的)にふるまうこ
とが知られてきており、その階層構造を再構築する研究も進んできています。そして分子ロボティクス分野で試作に
用いられている材料は主に DNA、RNA、ペプチド、タンパク質、脂質、といういわゆる生体分子(およびその改変体)
です。今後の分子ロボットがその材料の互換性を武器に立ち回るであろう場として、今回は分子と生化学反応との間
に注目し、生きた細胞を舞台にした人工分子システム・天然分子システムの専門家よりご講演をいただきました。
プログラム
○特別講演1
13:30-14:20
「細胞内環境応答型人工核酸の創製ならびに生体反応場を活用した超分子光不斉反応系の創成」
和田 健彦 先生(東北大学多元物質科学研究所) ○特別講演 2
14:30-15:20
「生命現象を再解釈し、再構築するために」
小椋 利彦 先生(東北大学医学部加齢医学研究所) ○一般講演1
15:30-16:00 「自己組織化多層膜ミクロスフィアのマルチ刺激応答性の制御」
森本 展行 先生(東北大学大学院工学研究科)
○一般講演2
16:00-16:30 「DNA 反応のカスケードをプログラムして時間的・空間的に発展させる」
川又 生吹(東北大学大学院工学研究科)
○学生講演
16:30-16:45
「巨大リポソームに分子モータと DNA 回路を実装して人工分子アメーバにする」
佐藤 佑介(東北大学大学院工学研究科)
16:45-17:00 「DNA オリガミを用いた結合数制御可能なホモマルチマーの構築」
BIOMOD TeamSendai(東北大学) 18:00-20:30 意見交換会
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分子ロボティクス研究会 1 月定例会 in 京都
「1分子計測・1分子観察の最前線と分子ロボティクスへの融合」
開催日時 : 2016 年 1 月 23 日(土)
開催場所 : 京都大学吉田キャンパス物質―細胞統合システム拠点(WPI-iCeMS)本館セミナー室
世話人 : 遠藤 政幸(京都大学 WPI-iCeMS)
2016 年の最初の分子ロボティクス定例研究会は京都大学の吉田キャンパスで開催された。研究会のテーマは「1分子計測・ 1分子観察の最前線と分子ロボティクスへの融合」で 1 分子計測・測定の若手研究者を中心に招いて、7 件の講演が行われた。
1 件目はカリフォルニア工科大学の Cody Geary 博士に RNA オリガミの作成法とそのコンセプトを講演いただいた。2 件目は
飯野亮太先生に回転分子モーターの 1 分子観察法とその解析、示唆される考察と利用法に関して講演いただいた。3 件目
は川野竜司先生で脂質膜ナノポアの革新的な作成法と測定デバイス、解析法について講演いただいた。4 件目は谷口正輝
先生でナノ電極間での 1 分子トンネル電流計測による分子状態の計測、DNA、ペプチドの 1 分子配列決定法の最新技術を
講演いただいた。5 件目は立川貴士先生に光機能性材料であるペロブスカイトの 1 粒子発光解析と反応過程のダイナミクスに
ついて講演いただいた。6 件目は村上達也先生で光熱変換ナノ材料の細胞位置特異的なデリバリーと細胞機能の光制御について
講演いただいた。7 件目は清中茂樹先生でグルタミン酸受容体のケミカルバイオロジーを使った活性制御法の開発について講演
いただいた。
土曜日にもかかわらず多くの参加者により活発な討論が行われ、極めてハイレベルな講演会となった。講演者の皆様方、参加者
の皆様方に深く感謝いたします。
プログラム
13:00-13:40
“RNA Origami: A new way to design nanostructures”
Dr. Cody Geary(California Institute of Technology)
13:40-14:20
「生体分子機械を観る、操る、壊す、創る」
飯野 亮太 先生(分子科学研究所)
14:20-14:50 「ナノポアを用いた DNA コンピューティングシステムの構築」
川野 竜司(東京農工大学工学研究院)
15:10-15:50 「電流計測とナノ構造を用いる1分子解析技術」
谷口 正輝 先生(大阪大学産業科学研究所)
15:50-16:20
「有機金属ハロゲン化物ペロブスカイトの単一粒子発光観測」
立川 貴士 先生(神戸大学大学院理学研究科)
16:40-17:10
「光応答性ナノ材料による細胞膜機能の光制御」
村上 達也(京都大学 WPI-iCeMS)
17:10-17:40 「神経細胞におけるグルタミン酸受容体の可視化と活性制御の新手法」
清中 茂樹 先生(京都大学大学院工学研究科)
18:00-20:00 懇親会 (班員敬称略)
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ナノテクノロジー EXPO2016
開催日時 : 2016 年 1 月 27 日(水)-29 日(金)
開催場所 : 国際展示場(東京ビッグサイト)
発表者 : 小長谷 明彦(東京工業大学)
総参加人数が 4 万8千人を超えるナノ技術の国際展示会 nanotech2016 において、新学術領域研究「分子ロボ
ティクス」のブース展示を行った。連日 100 名を超す来訪者があり、成功裏に終えることができた。ブース
展示に御協力頂いた先生方にこの場を借りて御礼申し上げます。また、展示会場のメインシアターにおいて、
齊藤博英および小長谷明彦が、それぞれ 1 月 27 日、29 日に分子ロボティクス関連の講演を行い好評を得た。
1 月 27 日 11:00-11:30
特別シンポジウム "Nanotech Agenda 2020"
「哺乳類合成生物学と分子ロボティクスの未来」
齊藤 博英(京都大学 iPS 細胞研究所未来生命科学開拓部門)
1 月 29 日 10:30-11:15
科学研究費 新学術領域研究「分子ロボティクス」
「分子ロボティクス:生体分子による感覚と知能を備えた人工物の創成を目指して」
小長谷 明彦(東京工業大学大学院知能システム科学専攻)
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Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
移を実現するために、複数のプライマが協働して高次のヒル係数を
研究活動紹介
実現するアイデアについても述べています。ウェット実装までの道
のりはまだ遠いですが、シミュレーションにより目的の挙動が得ら
れることを示しています。
東京大学大学院
情報理工学系研究科
萩谷 昌己
Masami Hagiya, Nathanael Aubert-Kato, Shaoyu Wang, and Satoshi Kobayashi: Molecular computers for molecular robots as hybrid systems, Theoretical Computer Science, 2015. DOI: 10.1016/
いうまでもなく、本論文は分子ロボットの知能に関する研究の一
j.tcs.2015.11.002
環です。本原稿の最後に、分子ロボットの知能に関する研究全般に
ついて少し述べさせていただきます。分子ロボットの知能は本領域
本 論 文 は、 巻 や ペ ー ジ が 定 ま っ て い ま せ ん が、Theoretical
の知能班を中心に研究が進められていますが、領域発足当初に知能
Computer Science 誌に採択され、既にオンラインで公開されてい
班代表の小林聡先生(本論文の共著者)が研究の方向性を定めてい
ます。オープンアクセスにしていますので同誌を購読せずともアク
ます。すなわち、分子ロボットの知能は、分子ロボットのセンサか
セス可能です。本論文は、2014 年の VEMDP(Verification of En-
らの情報をもとにアクチュエータを操作するコントローラと位置付
gineered Molecular Devices and Programs)ワークショップの招
けられ、分子ロボットの進化と相まって、組み合わせ回路からメモ
待講演をもとにしており、講演後に Nathanael Aubert-Kato 博士
リを有する状態機械を経て、学習する自己適応系に発展することが
に著者として加わっていただき、具体的なハイブリッドシステムの
期待されています。
設計と考察を追加して投稿したものです。
繰り返しになりますが、本論文は分子ロボットのコントローラを、
メモリを有する状態機械として実現するアイデアについて述べてい
ます。下図は、小林聡先生の提示した研究の方向性をもう少しブレー
クダウンして、本領域のいくつかの研究を位置付けたものです(も
ちろん、これら以外にも多くの研究を位置付けることができます)。
なお、この図では、よりプリミティブな知能を下に、より高度な知
能を上に示しています。組み合わせ回路と状態機械の間に、リアク
ティブ系を設けました。リアクティブ系は、メモリは持たないかも
本論文は、本領域の公募研究の代表である京都大学の東俊一先生
しれないけれども、環境を常に観測して継続的にアクチュエータを
が提案し解析した化走性コントローラ(上図および本原稿末の文
制御します。また、状態機械と学習する自己適応系の間に、環境適
献)を、ハイブリッドコントローラとして、Rondelez たちの PEN
応系を設けました。環境によって次第に変化する化学反応系を想定
Toolbox と Qian たちの Seesaw Gate 等を組み合わせることにより
しており、学習を実現するベースになると考えています。学習する
実現するアイデアを述べています(右上図)
。このハイブリッドコント
自己適応系としては、知能班とスライム班のゲルオートマトンの研
ローラは二つの離散状態 A と B と、クロック c と局所変数 r を持ち、
究に期待しています。
外部の栄養物質の濃度 x を観測しています。離散状態 A で分子ロボッ
トは直進し、離散状態 B ではタンブリング(ランダムな方向に運
動)すると仮定しています。もし x が r より大きければ離散状態 A
に留まり直進します(αは適当な閾値です)。逆に x が r より小さく
なると離散状態 B に遷移し、タンブリングします。遷移と同時にク
ロック c を起動しておき、一定時間τが経つと再び離散状態 A に戻
ると同時に、そのときの x の値を r に代入します。本論文は、PEN
Toolbox によって離散状態とクロックを実現し、局所変数への代入
S. Azuma, K. Owaki, N. Shinohara, T. Sugie: Performance analysis
を Seesaw Gate によって実現するアイデアについて述べ、いわゆ
of chemotaxis controllers, 2013 IEEE 52nd Annual Conference on
るドメインレベルまでの設計を報告しています。また、離散的な遷
Decision and Control, CDC, IEEE , 2013. pp. 1411-1416.
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研究活動紹介
北陸先端科学技術大学院大学
マテリアルサイエンス研究科 下川 直史
荷電リン脂質を含む脂質二重膜での相分離と
膜変形の結合
転移温度が大きく異なる2種類のリン脂質を含む脂質二重
膜では、その2つの転移温度の間の温度域において互いが非
相溶となる “相分離” が見られる。物理的な立場から、この
図1. ポア形成リポソームの蛍光顕微鏡画像。(A)Sphere, (B)Cup,
脂質膜面上での相分離の研究は様々行われてきたが、多くが
(C)Bowl, (D)Disc の4種類の形状を取る。(B) ~ (D) はポアが
電気的に中性のリン脂質を用いている。そこで、我々は親水
形成された結果出来上がる形状のため、ポア形成と呼んでいる。
頭部に負電荷を有した荷電脂質を含む、リン脂質二重膜での
相分離、さらに相分離をきっかけに引き起こされる膜変形の
研究を実験・理論・シミュレーションを併用して行ってきて
いる。
荷電不飽和脂質 / 中性飽和脂質の二成分系では中性脂質の
みの系と比較して相分離が抑制され、中性不飽和脂質 / 荷電
飽和脂質の系では相分離が促進される結果を実験的に得た
[1]
。さらに、荷電不飽和脂質 / 中性飽和脂質の系では不飽和
脂質に富んだ領域が静電反発に耐えられなくなり、膜孔(ポ
ア)を形成することがわかった。しかし、中性不飽和脂質 /
荷電飽和脂質の系ではポア形成は観察されなかった。このポ
ア形成は塩の添加やリポソームのサイズが大きいときに抑制
されることがわかった。脂質組成の違いによるポア形成や塩
濃度依存性は粗視化分子動力学シミュレーションにおいても
再現することができた。ポアの縁は脂質の疎水部が露出しエ
ネルギーが高くなるが、頭部が反発しあう荷電脂質は見かけ
図2. シミュレーション結果。(D)はポアが形成しポアが大きくなり
ディスク状になったリポソーム。赤が荷電脂質、青が中性脂質
を表す。
上曲率が大きくなり、縁にフィットすることができ、疎水部の
露出を避けポアを安定化することができることが示唆された [2]。
[1] H. Himeno, N. Shimokawa, S. Komura, D. Andelman, T.
今後は、ゲスト分子に見立てた荷電コロイド粒子を添加し
Hamada, M. Takagi, Soft Matter, 10, 7959-7967, 2014.
た際の相分離や変形挙動を、数値シミュレーションを中心に
[2] H. Himeno, H. Ito, Y. Higuchi, T. Hamada, N. Shimokawa, M.
行っていく予定である。
Takagi, Phys. Rev. E, 92, 062713 1-12, 2015.
本研究は公募 C01 班、北陸先端大濱田准教授との共同研
究である。
6
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研究活動紹介
東京工業大学
大学院生命理工学研究科
上野 隆史
で同時に合成することにより、自発的に PKC が内包した多
角体を合成した ( 図 1)。さらに、遺伝子工学的にアミノ酸
置換を施し、pH8.5 で溶解し、PKC を放出する多角体変異
体を合成し、酵素の安定性と活性について評価した。
野生型では、pH8.5 で酵素は放出されないのに対し、多
角体の安定性に大きく関与していると思われるアルギニン
13 をアラニンやリシンに置換した R13A、R13K 変異体は、
結晶の鎧をまとう酵素?!
pH8.5 で溶解し、固定化している酵素を放出することがわ
かった。
酵素の簡便な合成と長期保存を一挙に実現 PKC を固定化した多角体を用いて pH7.5 と pH8.5 の条
“Design of Enzyme-Encapsulated Protein Containers
by In Vivo Crystal Engineering”
件下でペプチドのリン酸化反応を行った。また、多角体に固
Satoshi Abe, Hiroshi Ijiri, Hashiru Negishi, Hiroyuki Yamanaka,
を 1 週間風乾した後の活性を測定した。その結果、R13A、
Katsuhito Sasaki, Kunio Hirata, Hajime Mori and Takafumi Ueno
R13K 変異体は、pH8.5 で活性を維持したまま酵素を放出す
Adv. Mater., 2015. DOI: 10.1002/adma.201503827
ること、多角体に固定化していない PKC(free PKC)が失
定化した PKC の安定性を評価するため、PKC 固定化多角体
活する乾燥状態でも活性を維持できることがわかった。
酵素は、生体内で様々な化学反応を温和な条件で高選択、
今回の研究では、細胞内で生じるタンパク質結晶化現象を
高効率で行うタンパク質であり、工業的にも注目を集めてい
利用し、酵素の合成、単離保護までを一貫して細胞内で行う
る。しかし、多くの酵素は pH の変化や溶媒環境に活性が大
手法を開発した。これまで、酵素の産業利用で問題とされて
きく影響され、活性を維持したまま長期保存することは困難
いた、煩雑な操作性と長期安定保存の困難さを一挙に解決す
である。近年、酵素の耐熱向上や有機溶媒中での安定性や活
る技術として期待される。さらに、タンパク質精製や材料へ
性向上のために、メソポーラスシリカやリポソームなどの高
の固定化といった煩雑な操作が不要であるため、不安定な酵
分子材料への固定化が注目を集めているものの、単離精製し
素や低収量のタンパク質合成に利用できる。多角体結晶に内
た酵素を共有結合や物理吸着により固定化するため、精製や
包したタンパク質の安定保存と必要な時に結晶を溶解し、内
固定化反応の煩雑な操作が必要となる。これらの問題点を解
包した酵素やタンパク質放出が可能なことから経口薬やワク
決するため、酵素の合成から固定化までを簡便かつ大量に行
チンへの応用が期待される。
い、活性を維持したまま長期にわたって保存可能な酵素固定
化技術の開発が求められていた。一方、昆虫ウィルスは自然
界で自らを保護するために「多角体」とよばれるタンパク質
結晶を形成し、その中にウィルス粒子を内包することが知ら
れている(図 1)
。我々は、この現象に着目し、多角体へウィ
ルスの代わりに様々なタンパク質を内包することを試みてき
た。本研究では、多角体のウィルス内包機構に着目し、同一
細胞内で別途合成した酵素を多角体に内包し、酵素の安定保
存と多角体の溶解を利用した酵素の放出制御を試みた。多角
体結晶は、ウィルス保護という本来の機能のため、乾燥、有
機溶媒に高い耐性を示し、pH2-10 の緩衝溶液中でも溶解し
ない非常に高い安定性を有しているため、内部に固定化した
酵素の長期保存が期待できる。
図 1:(a) 昆虫細胞内で形成される多角体、(b) 多角体の SEM 像、
本研究では、多角体タンパク質と多角体と高い親和性をも
(c) 多角体への外来酵素の固定化
つタグペプチドを組み込んだリン酸化酵素(PKC)を細胞内
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
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研究活動紹介
北海道大学大学院
北海道大学大学院 東京工業大学大学院
理学研究院
井上 大介
総合理工学研究科
理学研究院
角五 彰 小長谷 明彦
図 1 (a) MC 存在下、キネシン基板上を自走する微小管の模式図。
生体分子モーターキネシンにより駆動する
微小管の集団運動発現系の確立
(b) 微小管集団運動により生じるストリーム。
近年、化学エネルギーを駆動力として動く、自己駆動型
明らかとなった。従来、微小管同士が衝突した場合、他方の
粒子が注目されている。自己駆動型粒子には白金触媒で動く
微小管がもう片方の微小管を乗り越える”Crossing over”と、
微粒子や界面張力差を駆動力とする油滴の他、生体分子モー
微小管同士が寄り添って動く” Snuggling” の 2 種類の衝
ターで駆動する細胞骨格繊維(微小管やアクチン)が代表的
突モードが観察される。通常では Crossing over の割合が
である
[1]
。これらの自己駆動型粒子は、分子ロボットとし
80% 以上を占め、この場合、微小管同士の協調的な運動は
ての応用が期待されており、その制御法の確立が今後の課題
得られない。我々は MC 濃度を上昇させることで、この比率
23
とされている。しかし、分子数個 (~10 個 ) にも及ぶこれ
を逆転させることに成功した。さらに、高濃度の MC 条件下
らの極小のロボットを制御することは、困難な課題である。
で、微小管を高密度にすることにより、微小管の大規模な協
これに対し、自己駆動型粒子を制御する方法として、集団運
調運動を発現し、微小管集団が巨大なストリーム状のパター
動の概念を導入することが考案されている [2]。集団運動は、
ンを形成することを明らかにした ( 図 1(b))。
集団の動きを特定の中枢によって支配するのではなく、個々
我々が考案した枯渇力を用いた集団運動の発現系は、様々
の個体間の単純な相互作用のみで、全体の協調的な運動を実
な自己駆動型システムで普遍的に集団運動を得るための手段
現するものである。これにより集団全体を一つの個として制
として有効であると期待される。
御することができると期待される。すでに、アクチン / ミオ
シン系
[3]
や微小管 / ダイニン系
[4]
( 井上、角五、小長谷 )
では、微小管やアクチンが
高密度条件下で、これらの細胞骨格繊維が協調運動を発現す
ることが報告されている。しかし、汎用される微小管 / キネ
シン系では、微小管の集団運動の発現が得られていなかった。
今回、我々は微小管間に弱い引力相互作用を導入すること
[5]
[1] Sánchez, S. et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 1414-1444
[2] Viscek, T. and Zafeiris, A. Phys. Rep. 2012, 517, 71-140
で、キネシン基板上における微小管の集団運動を実現した 。
[3] Schaller, V. et al., Nature 2010, 467, 73-77.
引力相互作用としては、水溶性のポリマーであるメチルセル
[4] Sumino, Y. et al., Nature 2011, 483, 448-452.
ロース (MC) を高濃度にすることで得られる枯渇力による相
[5] Inoue, D. et al., Nanoscale 2015, 7, 18054-18061.
互作用を用いた ( 図 1(a))。枯渇力は MC 濃度に依存して上
昇し、バルク中では高濃度の MC 存在下おいて、より長いバ
ンドル状微小管が形成される。さらに、MC はキネシン基板
上における微小管同士の衝突モードにも影響を与えることが
8
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
研究活動紹介
また、我々は DNA オリガミを用いた人工細胞構築にも
挑 戦 し て い る。 材 料 の 素 材 と し て 見 る と、DNA は Watson-Crick 塩基対の性質に由来する、非常に柔軟な構造・機
東京工業大学
大学院総合理工学研究科
石川 大輔 ・ 瀧ノ上 正浩
能設計性を有している。現在、片面のみを疎水化した DNA
ナノプレートを作製し、これを油水界面に局在化させること
に成功している(図 2)
。当面の目標は、DNA のプログラマ
ビリティを利用し時空間的に発現する機能を有する細胞様カ
プセル構造を作製し、DNA ベースの人工細胞を構築するこ
とである。
ハイブリッド型分子ロボット
〜コンピュータ制御された人工細胞の構築〜
人工細胞とは何か。細胞が持つ部分的な機能をモデル化し
たもの、細胞のように自律的な動きのあるものなど、研究者
によって様々な定義や解釈のもと、人工細胞の研究がなされ
ている。ここでは、自律性にはこだわらず、人工物(機械、
コンピュータ)に接続されたサイボーグ的な人工細胞を考え
ることにする。そして、それを分子ロボティクスが将来目指
すとされている、
「ハイブリッド型分子ロボット」の一つで
あると考える。
我々は、細胞が膜小胞の融合や分裂を利用して物質の取り
込み、輸送、排出を行う仕組み(エンドサイトーシス、エキ
ソサイトーシス)に着目し、
マイクロ流路で微小水滴の融合・
分裂を制御した人工細胞型微小リアクタを構築した(図 1a)
[1]
図 1. (a) 人工細胞型微小リアクタの模式図。(b) 人工細胞型微小リ
アクタと物質輸送用トランスポータ水滴の融合分裂挙動。交流電
圧 ON 時のみ水滴同士の融合が起こる。(c) 融合分裂の頻度により
物質の流入出速度を任意に制御(正弦波、ホワイトノイズなど)。(d)
リアクタ内おける非線形化学反応により pH が繰り返し増減する様
子。明状態は高 pH、暗状態は低 pH を示す。
(a) Water-in-oil emulsion with
a plane DNA origami
(b) Water-in-oil emulsion with
an amphiphilic DNA origami
。ここでは、固定された微小水滴を一つの人工細胞とし、
流路を流れる微小水滴を物質輸送のためのトランスポータと
した。従来のマイクロ流路を用いた人工細胞 [2] では、外部
から物質のやり取りを制御することや内部の反応状態に応じ
100 μm
たフィードバック制御など、反応を動的に精密制御すること
は非常に困難であった。我々は、外部から電圧を印加し、人
工細胞型微小リアクタとトランスポータ水滴を電気的に融合
100 μm
図 2. (a) 疎水基を導入していない DNA ナノプレートを含む油中水
滴。水中に分散。(b) DNA ナノプレートの片面のみに疎水基を導入
した DNA ナノプレートは油水界面に局在。
分裂させることで、反応基質の供給と産生物質の排出を任意
に行えるシステムを実現した(図 1b, c)
。さらにこのシス
[1] Sugiura, H.; Ito, M.; Okuaki, T.; Mori, Y.; Kitahata, H.; Takinoue,
テムの有用性を示すため、リアクタ内で典型的な非線形非平
M. Pulse-density modulation control of chemical oscillation far
衡化学反応であるリズム反応(化学物質濃度が増減して自発
from equilibrium in a droplet open-reactor system, Nature Commun.
的に規則的なリズムを刻む反応)を試みた。通常リズム反応
2016, 7, 10212.
は反応基質を使い切ると終了するが、我々の系では水滴の融
[2] Karzbrun, E.; Tayar, A. M.; Noireaux, V.; Bar-Ziv, R. H., Program-
合頻度を制御することで任意の周期でリズム反応を継続させ
mable on-chip DNA compartments as artificial cells. Science
ることに成功した(図 1d)
。
2014, 345, 829-832.
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
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研究活動紹介
東京大学
生産技術研究所 小林 徹也 ゆらぐ世界での情報処理
細胞は生体の構成単位であり、それ自体が1つのシステム
本学術領域研究において我々は、この知見を発展させ、
として高度な機能、例えば環境感知、予測、運命決定、など
複数の入力の演算結果をノイズ存在下でも正確に復号しう
を有している。この高度な機能を実装するのは細胞内で生じ
る反応系 ( ベイズゲート ) の理論的設計に取り組んでいる。
る分子反応群であるが、細胞という微小環境下における分子
この問題は、フォン・ノイマンの取り組んだ計算の情報論的
反応には、分子の少数性に起因する確率性が顕在化する。に
限界とも関連し非常に興味深い問題であり、その解明は分子
も関わらず、細胞は非常に低濃度のリガンドを感知したり、
ロボット設計のみならず、ノイズに強い演算システムの設計
極めて複雑な細胞複製などをロバスト実現している。ミクロ
にも寄与すると期待される。
な細胞システムが有する素過程の確率性に対するロバスト性
の作用機序を解明することは、ゆらぎに対して頑健に動作し
うるシステムの設計原理への手がかりになると期待される。
知しうる機構を、数理の観点から解析をした [1]。ベイズ推
定理論を活用した理論により、非常に簡単な構造を有する細
胞内反応系が、ノイズに埋もれたリガンド濃度変動を高い精
度で復元できることを明らかにした。高い精度を実現するた
めには、リガンド濃度変動を細胞内で復元する反応系が、瞬
下流の応答
生じるノイズの存在下でも、正確にリガンドの濃度変動を感
単位時間当たりの
シグナル到着数
我々は細胞シグナル伝達系に着目し、レセプターレベルで
環境中でのリガンドの
存在の変動({+,∅})
40
30
20
10
0
1.0
0.8
0.6
0.4
0.2
0.0
0
100
200
300
400
Time
0
100
200
300
400
Time
膜上での
レセプターの反応
環境の状態を
推定する細胞内
ダイナミクス(P(t))
間的な入力変動には線形に応答し、長期的な変動には非線形
に応答する特性が肝要であることを示した。具体的な反応系
としては、正の 1 次フィードバックを有する共有結合修飾
系や、ゼロ次応答性を有する共有結合修飾系が上記の特性を
[1] Tetsuya J. Kobayashi, “Implementation of Dynamic Bayesian
有し得ることも明らかになった。さらに、このような特性を
Decision Making by Intracellular Kinetics”, Physical Review
有する反応系の動的特性を解析することにより、リガンド濃
Letters, 2010. Vol.104, 0228104.
度変動は、ノイズ励起現象という機構によって増幅されてい
ることを同定した
[2]
。この結果は、ノイズを活用するシス
[2] Tetsuya J. Kobayashi, Connection between noise-induced
symmetry breaking and an information-decoding function for
テムが、微小な情報を効果的に増幅する仕組みとして機能し
intracellular networks, Physical Review Letters, 2011.Vol.106,
うることを示している。
0228101.
10
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
研究活動紹介
フであれば、任意の端末ペア間で交流が発生しうる。交流グ
奈良先端科学技術大学院大学
情報科学研究科
大下 福仁 ラフが任意グラフであれば、交流の発生する端末ペアに制限
がある。つまり、交流グラフが任意グラフであれば、遠くを
彷徨っている端末とは交流できないといった状況に対応でき
る。実行時間の解析のため、各時刻に交流する端末ペアは、
交流可能な端末ペアの中から一様ランダムにひとつ選ばれる
と仮定する。
個体群プロトコルモデルにおける緩自己安定
リーダ選挙アルゴリズム
成果 [2] では、緩自己安定性という概念を初めて提案し、
交流グラフが完全グラフの場合について、緩自己安定リーダ
選挙アルゴリズムを提案した。本アルゴリズムでは、期待時
間 O(poly(N))(N に対する多項式)でリーダを一つ選択し、
個体群プロトコルモデル(population protocol model、
期待時間Ω (NeN) の間そのリーダを維持することができる。
以下 PP モデル)とは、Angluin ら [1] に提案された分散シス
最新の成果 [3] では、交流グラフが任意グラフの場合につ
テムのモデルで、動物に取り付けられた無線センサ群のよう
いて、緩自己安定リーダ選挙アルゴリズムを提案した。本ア
に、受動的に移動する無線端末群をモデル化したものであ
ルゴリズムでも、期待時間 O(poly(N)) でリーダを一つ選択
る。PP モデルでは、
2 つの端末が近づいたときに交流(通信)
し、期待時間Ω (NeN) の間そのリーダを維持することができ
が発生すると仮定しており、交流の繰り返しによってシステ
る。これ以前にも任意グラフを考察したものはあったが、そ
ム全体でタスクの達成を目指す。このような PP モデルの動
れらは上記モデルより仮定を強めており、上記モデルで緩自
作は、溶液中を漂う分子群が衝突して反応する状況と似てお
己安定性を実現したものは本成果が最初である。
り、PP モデルのアルゴリズムを分子ロボティクスへ応用可
能ではないかと期待している。
我々のグループでは、リーダ選挙というタスクに対して、
緩自己安定性 [2] という良い性質をもったアルゴリズムを研
究している(図 1)。リーダ選挙とは、全端末から、一つの
端末をリーダとして選択するタスクである。リーダを利用し
たアルゴリズムは数多く提案されており、そのようなアルゴ
リズムの基礎としてリーダ選挙を利用できる。緩自己安定性
とは、任意の状況からアルゴリズムの実行を開始しても、短
時間でタスクを達成し、その状況を十分に長い間維持すると
いう性質である。これは、従来の自己安定性(タスクを達成
図 1 緩自己安定リーダ選挙アルゴリズム
した状況を永続的に保持する点が異なる)を緩めたものであ
る。緩自己安定性を実現することで、たとえ故障による状態
変化で不安定な状況になっても、その状況は任意の状況のひ
[1] D. Angluin, J. Aspnes, Z. Diamadi, M. J. Fischer, and R. Peralta,
“Computation in networks of passively mobile finite-state sensors”,
とつであるため、タスクを達成した状況へ短時間で復帰でき
Distributed Computing, 18(4), pp. 235-253, 2006.
る。長い時間が経つと故障が発生しなくても不安定な状況に
[2] Y. Sudo, J. Nakamura, Y. Yamauchi, F. Ooshita, H. Kakugawa,
なるが、その状況からも短時間で復帰できる。
以下では、我々が提案したアルゴリズムを紹介するため
に、共通するモデルの仮定について述べる。各端末は、ノー
and T. Masuzawa, “Loosely-stabilizing leader election in a population protocol model”, Theoretical Computer Science, 444,
pp. 100-112, 2012.
ド数の上限 N を知っており、O(log N) のメモリをもつ。ま
[3] Y. Sudo, F. Ooshita, H. Kakugawa, and T. Masuzawa, “Loosely-
た、各端末は固有の識別子を持っておらず、全端末が同じ決
stabilizing leader election on arbitrary graphs in population pro-
定性アルゴリズムを実行する。交流が発生しうる端末ペアを
tocols without identifiers nor random numbers”, OPODIS, 2015.
表したグラフを、交流グラフと呼ぶ。交流グラフが完全グラ
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
11
に選択することも可能である。
研究活動紹介
2 つ目のテーマでは、無機物と DNA の融合素子創製を目標
に、ミネラリゼーション研究に取り組み、PNA とペプチド、
DNA を利用して、無機物沈殿の位置特異的制御を試みている。
具体的には DNA の両末端と相補的に結合する PNA 配列を持
甲南大学
フロンティアサイエンス学部
つシリカ沈殿ペプチドを設計・合成し、DNA と複合させ、ペ
プチド部分のみにシリカ沈殿を促すことで、ダンベル型有機 無機複合体の作製に成功している [3]。本研究により、無機物沈
臼井 健二
殿の位置特異的制御の基礎的な手法の確立が期待できる。
以上のように、PNA ペプチドは核酸と組み合わせることで、
目的に応じた様々な素子が比較的容易に創製できると考えら
PNA
ペプチドを分子ロボティクスへ応用する
れ、分子ロボットへの応用が期待できる。
生体内での様々な生理的活動は機能・特性をもつ生体分子
が担っている。それらの機能・特性は、生体分子が高次構造を
形成することで発現している。分子ロボティクス分野における
刺激応答感覚素子の創製には、ナノ構造体や、その構造体を刺
激(入力)によって変化させる機構を設計、構築し、それから
機能や出力を付与する手法も有効な方法となる。このような素
子に用いられる分子としてペプチドは有望な分子の一つと考え
られる。その理由としては、1)タンパク質の構造・機能をあ
図 1。ペプチドと核酸を用いた刺激応答感覚素子の構築
る程度模倣できること、2)構造を形成するように設計が比較
的容易であること、3)非天然アミノ酸などの機能性分子を容
易に付与できること、4)膜透過、無機物沈殿など、様々な機
能性配列が知られており、それらを付加できること、などが挙
げられる。特に3)は、分子ロボティクスにおいて素子構築に
DNA オリガミが注目されており、核酸と相補的結合が可能な
核酸塩基を側鎖にもつ、ペプチド核酸(PNA)をペプチドに付
与できることが大きな利点になると考えられる。以上より我々
図 2。無機物と DNA の融合素子の作製。
(A) 概念図。
(B) AFM 観察画像。
は、これまでに PNA を用いた分子素子の構築を試みている。
(C)immuno-TEM 観察画像。(D)SEM-EDX 観察画像。
([3] より改変。)
本稿では、最近取り組んでいる 2 テーマについて、紹介する。
1 つ目のテーマでは、ペプチドと核酸を融合した新規二次構
造である四重鎖様構造の構築を試みている。核酸の G-rich 配
[1] Arisa Okada, Kenji Usui: Peptides targeting G-quadruplex
列による四重鎖構造は疾病、老化などに関与している構造であ
structures. Chemical Biology of Nucleic Acids:Fundamentals
る
[1]
。本研究では PNA の G-rich 配列と、その間にプロテアー
and Clinical Applications, 459-475, 2014.
ゼ基質配列を挿入したペプチドを作製することで、プロテアー
[2] Kenji Usui, Arisa Okada, Keita Kobayashi and Naoki Sugimo-
ゼ非存在下で、ペプチド - 核酸複合構造を形成し、プロテアー
to: Control of guanine-rich DNA secondary structures depend-
ゼ存在下ではもとの構造に戻るという構造スイッチングが可能
ing on the protease activity using a designed PNA peptide. Org.
[2]
となるシステムを構築した(図 1) 。本システムを目的タン
Biomol. Chem., 13, 2022-2025, 2015.
パク質のコードしてある DNA の上流に配置すれば、プロテアー
[3] Makoto Ozaki, Kazuma Nagai, Hiroto Nishiyama, Takaaki
ゼ入力により、構造形成が ON から OFF になり、その出力と
Tsuruoka, Satoshi Fujii, Tamaki Endoh, Takahito Imai, Kin-ya
して、タンパク質発現が OFF から ON となる素子が構築でき
Tomizaki, and Kenji Usui: Site-specific control of silica miner-
ると考えている。また、G-rich 配列はナノワイヤーを形成す
alization on DNA using a designed peptide. Chem. Commun., in
ることが知られているので、ワイヤーというナノ構造体を出力
press. doi: 10.1039/C5CC07870A
12
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
研究活動紹介
図3 セル状態とその記号表現
兵庫県立大学大学院
工学研究科
礒川 悌次郎
三角形タイル構造を持つ非同期セルオートマトンと
その計算万能性
ライフゲームに代表されるセルオートマトンモデルの多くは
図4 信号線および Hub の構成および動作遷移例
正方格子上に配置される四角形のセルから構成されている。しかし
ながら、分子や原子が構成要素であるセルオートマトン状のシス
テム、例えば Molecule Cascade [1] においては、セルは六方格子
あるいは三角格子上に配列される。このような格子上で実現され
るセルオートマトンならびにその計算能力については正方格子
セルオートマトンほど検討されてはいないのが現状である。本
研究では、三角形セルから構成される非同期セルオートマトン
(Triangular Brownian Cellular Automaton; TBCA) を提案し、
ブラウン回路素子 [2] と同じ動作を行うことが可能であることを
示すことにより計算万能性を証明している [3]。
TBCA のセル空間の例として、信号線、Hub( 後述 ) ならびに
計算信号から構成される配置を図1に、セルの状態を変更する遷
図5 CJoin の構成および動作遷移例
移規則の例として信号を移動させる規則を図2に示す。各セルの
状態はセル内の記号で区別されておりその対応を図3に示す。セ
ルの遷移においてはセル自身とそのセルと辺を共有している三つ
のセルが同時に更新される。計算万能性が保証されているブラウ
ン回路素子は、信号・信号線に加えて信号線の交差、Hub( 信号
線の合流 )、CJoin( 二つの信号の同期 )、Ratchet( 信号の進行方
向を一方向に制限 ) からなる。これらの素子のうち Hub、CJoin、
Ratchet について TBCA において構成した配置と動作例を図4、
図6 Ratchet の構成および動作遷移例
図5、図6にそれぞれ示す。ブラウン回路素子全てを構成するた
めには8状態のセルならびに 11 遷移規則が必要である。今後の
課題としてはより少ない状態数・遷移規則数においても同等の動
作が実現できる TBCA の構成ならびにパターン形成・自己複製な
どのより複雑な動作を実現する TBCA を開発することが挙げられる。
[1] A.J.Heinrich, C.P.Lutz, J.A.Gupta, and D.M.Eigler, “Molecule Cascades,” Science, 15(298), 1381-1387 , 2002.
[2] F.Peper, J.Lee, J.Carmona, J.Cortadella, and K.Morita,
“Brownian circuits: Fundamentals,” ACM Journal on Emerging Technologies in Computing Systems, 9(1), #3, 1-24, 2013.
[3] T.Isokawa, K.Ono, F.Peper, and N.Matsui, “On Computations
by a Brownian Cellular Automaton on a Triangular Space,”
図1 TBCA のセル空間 図2 遷移規則の例
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
Proc. NOLTA2015, 185-188 , 2015.
13
研究活動紹介
大阪大学大学院
基礎工学研究科
清水 正宏
非線形振動子の相互引き込みによる
形態形成と反応場モデル
生物は、身体部位間の相対的位置関係を動的に変化させる
ことで、環境適応的なロコモーションなどのさまざまな機能
を生み出している。本研究では、そのからくり(基本論理)
を理解するために非線形振動子の相互引き込み現象に基づく
形態形成と反応場に関する複数のモデルを構築する。このア
プローチによって、本研究は、人工物、生物によらない、ま
た複数のスケールにおいて基本的に採用可能な知能機械シス
テムの設計論の構築を目指している。
これまで我々は、単純な運動機能を有する非線型振動子を
図1。真正粘菌型ロボットのシミュレーションと粘菌実験
ネットワーク状に繋げて、真正粘菌変形体と振る舞いが定性
的に一致する真正粘菌型ロボット(図1)を世界に先駆けて
独自に開発した [1]。本研究では、これまでの成果を基本と
心筋振動子1
心筋振動子2
して、①ロボット工学の観点からのシミュレーションと実機
実験、ならびに、②生体・機械融合システムを用いた実験、
によって、生物の形と機能の間にある普遍的な数理構造を構
成論的に解明する。本年度の取り組みの一つとして、図2に
示すように、ラット由来心筋細胞によってベンディングされ
るコラーゲンシートを心筋振動子と見立てた結合振動子系に
よる、相互引き込み実験システムの開発を行った。これまで
1mm
図2。心筋振動子間の相互引き込み実験システム
の真正粘菌型ロボットで得られた知見を応用し、生体由来デ
バイスを直接用いても、相互引き込みの可能なシステムが可
能であることを示した。身体の構成要素が不均質であるシス
テムの複雑系ネットワーク解析、ならびに超多重のフィード
バックループから発現する構造適応に関する議論を通して、
形態に依存して機能分化するシステムの数理構造を解明する
[1] M. Shimizu, A. Ishiguro: “Amoeboid Locomotion Having
High Fluidity by a Modular Robot”, International Journal of
Unconventional Computing, Vol.6, No.2, 145-161, 2010.
ことは、分子ロボティクスに共通する設計論の構築において
も有用でとなることを期待している。
14
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
研究活動紹介
大阪大学大学院
工学研究科
森島 圭祐 が融合することで、ユニークな「動的システム」を構築したい。
今後、本研究領域から、様々なサイエンス&テクノロジーが
多種多様な形で進化、融合、創発を繰り返して、分子レベル
からマクロスケールの世界まで統合化されたナノドローン、
バイオロボット(Fig.3)、サイボーグにまでつながっていく
ことを期待している。
細胞内を探査する分子ロボティクス搭載型
ナノマシンの創成
本研究は、生物の最小単位である細胞内部やアメーバ型分
子ロボットの骨格となるリポソームの微小空間内でナノコイ
ル状の磁場駆動型ナノマシン(Fig.1)を自在に操作するこ
とで、細胞内部やアメーバ型分子ロボット内部を探査したり、
構造と機能を制御できる 3 次元ナノ空間分子操作を実現す
ることを目的とする。分子ロボティクスの領域内で目標とし
ているアメーバ型分子ロボットの構築や制御するための基盤
技術の開発に貢献したいと考えている。生体分子の機能的集
合体である細胞やリポソームの特徴を最大限に利用し、ボト
Fig.1 Nanomachine
ムアップ及びトップダウンで作製したナノ構造体と融合させ
ることにより、将来的には、リポソームや細胞に新たな機能
を創発させ、ハイブリッド型の分子ロボットを構築する試み
である。膜を透過したナノマシンによりリポソームや細胞内
の生化学システムや機械システムを直接操作できれば、内部
のタンパク質合成反応の制御や骨格の構造制御が可能にな
り、内部で 3 次元的に分子ロボットの構築を行うことが可
能になる。また、DNA origami、ナノ造形技術を駆使する
ことで、自己組織化要素の集合体である生体膜と細胞内器官
を利用したナノマシンを構築することができる。また、リポ
Fig.2 Bioactuator
ソームや細胞内部に存在する生体分子と相互作用させ、セン
シングしたり、刺激したりするアクティブな分子ロボット搭
載型ナノマシンが実現できる。本領域である分子ロボティク
スには、細胞内やリポソーム内で生体分子 - 機械融合ナノ構
造を構築・制御して機能を創発させることに挑戦する研究環
境が無限に存在しており、多くの研究者の方々との連携を期
待している。
生物の最小単位である細胞や筋組織を用いて、微小機械を
結びつけるバイオアクチュエータ(Fig.2)のような生命機
械融合ウェットロボティクスと分子ロボティクス、情報科学
Molecular Robotics Research Group. News Letter No.16
Fig.3 Biorobot
15
TOPICS
●受賞報告
♪鳥取大学松浦和則が「生体分子認識に基づいた機能性バイオマテリアルの創成」に関する研究業績に
より、日本化学会より第 33 回日本化学会学術賞を受賞しました。
公式 web サイト http://www.chemistry.or.jp/news/information/27-11.html
♪甲南大学臼井健二が平成 27 年 11 月 17 日に「二次構造を形成する設計ペプチドを用いたナノバイオ
工学への展開研究」により、平成 27 年度日本ペプチド学会奨励賞を受賞いたしました。
公式 web サイト http://www.peptide-soc.jp/award/award-for-young-investigator.html
●平成 28 年 2 月 20 日(土)京都大学において、第三回分子ロボティクス若手の会「分子ロボティクスの
立ち回りを考えるー分子と機械的生体との踊り場で」が開催されました。
次号で詳しく紹介予定です。
● nanotech2016 において DNA オリガミによるスマイル・スターのロゴをデザインした記念グッズ の
マグネットを配布いたしました。
●本研究会では Twitter にて随時情報を発信しております。
分子ロボティクス研究グループ @molbotjp
©
今後の予定
3 月 10 日 ソフトマター若手勉強会(東京大学)
4 月 18 日
IEEE-NEMS2016 分子ロボセッション(松島)
5月
International Workshop on Natural Computing(IWNC)
(秋田)
6月
6 月定例研究会(田町)
7 月 7 月定例研究会(長崎)
8 月 8 月定例研究会(予定)
次号 No.17 は 6 月発行予定です
Molecular Robotics Research Group. News Letter No. 16
発行:新学術領域 分子ロボティクス 感覚と知能を備えた分子ロボットの創成
事務担当 :村田智(東北大学 [email protected])
広報担当 :小長谷明彦(東京工業大学 [email protected]) http://www.molecular-robotics.org/
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