短大・高専における図書館の役割

第3分科会 短大・高専図書館
短大・高専における図書館の役割
―図書館史作成と FD の視点から―
基調報告 短大・高専における図書館の役割―図書館史作成と FD の視点から―
奥泉和久(横浜女子短期大学図書館)
分科会概要
基調報告要旨
大学史・学校史に貢献する図書館史について,資料の
短大・高専における図書館の役割
―図書館史作成と FD の視点から―
収集や日常の図書館活動の記録から図書館年表の作り方
奥泉和久(横浜女子短期大学図書館)
等を通して,図書館史の基本的な考え方やノウハウを学
ぶ機会にします。また,
大学で行われている FD
(Faculty
Development)活動に貢献する図書館活動についても事
図書館史についてのイメージの転換をはかり,日常の
例を通して学ぶ場にしたいと考えています。
図書館活動の記録の蓄積によって,図書館史を構想する
基調報告前半の図書館史作成の視点は,10 年,20 年
ことを学びます。また,大学で行われている FD 活動に
くらいの私たちが実際に働いた跡をたどるような,その
ついて,教員との協働によって,あらたな図書館利用教
ような図書館史を構想してみてはどうでしょう。同時代
育の方向を模索してみたいと考えています。
史的なといったくらいのものを…。そのくらいの材料な
報告の前半では,図書館業務の自己点検・評価などに
らあるでしょうし,仕事とは直接関係がない,というこ
よって,私たちが実際に働いた跡を辿るような図書館史
とにはならないのでは。そのときの,短いけれども歴史
を検討します。そこから図書館業務に対する広い視野や
を見る目,というのは現在の価値観を反映したものとな
大学史・学校史への参画の機会が生まれてくるはずです。
るはずです。別の言い方をすれば,図書館業務の自己点
後半では,授業・学習支援のため,FD 活動に沿った
検を少し延長して行う,とのイメージです。
図書館活動を実施する視点を設定します。そのためには
具体的な進め方は,図書館史に対する考え方,現在の
教員と図書館員とが共通の目的のもとに,利用教育をつ
現場から図書館史にアプローチする方法,図書館史の作
くりあげることが求められます。
成方法,
歴史資料についてのとらえ方,
などについてです。
これらの活動の実践事例をとおして,図書館員が,学
後半の FD の視点は,FD といってもいろいろあるの
内における図書館の意義を高めることの意味を考えま
ではないかと思います。ここで考えてみたいのは,実質
す。
的な FD のことです。講義の上達のためのスキルアップ,
授業アンケートなどなど恒例行事的な FD はさて置き,
授業・学習支援のために,図書館が教育方針に沿った図
書館教育をいかに実現するか,といった視点を設定して
みることです。教員と図書館員とが図書館利用教育によ
る成果を共有するということを目的とする,といったア
イディアになります。
(毛利和弘:亜細亜大学)
― 1 ―
基調報告
いった問題を抱えているところは少なくないはずです。
短大・高専における図書館の役割
―図書館史作成と FD の視点から―
図書館に目を転じれば,蔵書の貧困さ,資料費の欠乏,
図書館員が十分配置されているかなど,問題が山積して
いて,将来展望を見通せない,というのが正直なところ
奥泉和久(横浜女子短期大学図書館)
ではないでしょうか。厳しい現実のなかで,何を,どう
考えていったらよいか,悩んでいる図書館員は多いはず。
そんななかで小さいながらもキラリと光る特色を打ち出
1 はじめに
して,懸命に取り組んでいる図書館もあります。
サブタイトルに「図書館史作成と FD」とあります。
いずれにしても日常の業務に埋没し,その日を乗り切
しかし,現在の短大・高専図書館の役割を考える上にお
るだけでも精一杯かもしれません。けれどもそんなある
いて,優先的にとりくむべき課題にあげられることはま
日,「日々起こることを,思うことを記しておきなさい。
ずないと思います。記念事業などによって図書館史・年
どんな小さなことでもいい,走り書きでもいいから。で
表を作成するような状況というのは特別なことであり,
きれば日付も。そういう中に大切なことがあるから」と
また,FD も教員集団の資質の開発を目的とするなら,
いう声が聞こえてきたら,どうでしょう。その活動も図
いずれも図書館の業務とは直接関係するとは考えられな
書館の歴史だと言われたら。
いからです。
その声に耳を傾け,ふと立ち止まり,ちょっと考えて
とすれば,この 2 つのことをとりあげるには,それな
みようという気になりませんか。それで状況が変わるか
りの理由がなければならない,ということになります。
はわからないにしても。
そこで,まず,考えてみたいのは「視点から」というこ
とばについてです。このことばの意味は,立場であると
2.2 その考え方
か目の位置のことです。とするなら,この場合は図書館
図書館史は,通常,その図書館をよく知る人が,昔の
史作成や FD といった,一見図書館業務とは直接関係し
ことをほじくり返して縷々述べる,とのイメージが強い
ないようなところに立ち位置をとり,そこから図書館の
のではないでしょうか。いずれにしてもこれが図書館史
役割を見てみようということになるはずです。
に関する一般的な理解だと思われます。また,短大・高
それによって何が期待できるのか。それまでとは違っ
専で独自の図書館史をおもちのところは,そう多くはな
た見方ができるかもしれないし,別のものが見えてくる
いと思われます。あったとしても学校全体のなかに図書
かもしれません。当初,大切ではないと思っていたこと
館史が位置づけられている,というようなところでしょ
のなかにじつは大事なことがある,といったようなこと
う。
です。
ここで考えてみたいのは,そういう図書館史はさてお
であるなら,ここではそれなりの理屈を披露して済ま
き,この 10 年,20 年くらいの,いま,ここにいる私た
せるのではなく,
とにかく実践への道筋がつけられるか,
ちが実際に働いた跡を辿ってみるような,そんな図書館
が問われることになります。問題は,果たしてそうなる
史のことです。同時代史的な,といってもいいかもしれ
か,です。
ません。そのくらいの材料ならあるでしょうし,仕事と
そこで,ここでは 2 つのテーマに沿って,それぞれに,
は直接関係がない,ということにはならないのではない
状況―考え方―実践への道筋,と話を展開させていこう
でしょうか。
と思います。また,ほとんどの短大・高専図書館には,
図書館業務の自己点検・評価を少し延長して行う,と
小規模経営という命題が課されていますので,その点に
いったイメージです。毎年の作業を,それで終わらせて
も配慮して進めてみたいと思います。
しまうのではなく,数年,あるいは十数年といった時間
の幅をとって物事を考えてみることです。そうであれば
2 図書館史作成の視点から考える図書館の
役割
懐古趣味には陥らないでしょうし,大学史・学校史といっ
た大袈裟なことを考える必要もありません。
その場合,当然,現在の価値観を反映したものになる
2.1 状況のなかで
はずです。そうすれば図書館史が,浮世離れしたもので
短大をとりまく環境は,近年大きく変化しています。
もなく,私たちが歴史の証言台に立たされているような,
定員の充足率の低下,そのため慢性的な財政赤字経営と
そんな緊張感のなかで,向き合う仕事に見えてくるので
― 2 ―
はないでしょうか。
図書館で独自にガイダンスを設定しても学生は来ませ
ん(当館では)
。だからというわけではないかもしれま
2.3 実践への足がかり
せんが,図書館利用教育に取り組む図書館が増えました。
図書館史に対する考え方,作成方法,歴史資料へのア
その実効性を高めるには,教員の連携が欠かせません。
プローチの仕方などについては,参考文献に拙著をあげ
ところが,この道に教員を引き込むのは容易ではありま
ておきましたので参照してください。これは公共図書館
せん。そう感じている図書館員は多いのではないでしょ
を念頭に書いたものですが,館種は異なっていても,考
うか。それなのになぜ FD か。状況を少しでも変えなけ
え方にそう大きな違いはありません。
ればならないから,と思うからです。
短大・高専における図書館史の材料や課題についてい
くつかあげておきます。
3.2 考え方へのアプローチ
第 1,図書館業務に関する報告書あるいは自己点検・
さて,FD ですが,たしかに FD の主体は教員の方々
評価書,図書館報などが歴史的記述の根拠となります。
です。その FD と関連させて図書館業務を考えてみると
これらが定期的に作成され,なおかつきちんと保管され
いうのであれば,考え方の枠組みをきちんとさせておく
ているか,
まずは確認することです。これによって施設・
必要があります。
設備(新増築,コンピュータの導入・増設など)
,蔵書数,
ここで「FD の視点から」というときに考えておきた
利用数,利用条件(開館時間,貸出の条件など)
,サー
いことは,学校全体の教育方針との関係を,教員が担当
ビスの実施(利用教育)などの変遷がわかるはずです。
する授業をとおして再検討することです。それによって
第 2,これら過去のデータを集積して,トータルな評
学生と図書館との関係がより一層緊密になるのではない
価をし,改善のための参考としているでしょうか。中長
か。そうした観点から,学生に対して図書館が何をすべ
期的な展望とよくいいますが,その過去ヴァージョンで
きで,何ができるのかを考え直す機会をもつことは無駄
す。
ではないはずです。
第 3,これらを図書館史というかどうかは別にして,
ところで,FD といってもいろいろあるのではないで
記録化(報告書の類い)しているでしょうか,いつ,だ
しょうか。講義のスキルアップのために授業アンケート
れが見てもわかるように。
を活用することは,どこでも行われています。さまざま
これらの作業が十分に行われれば,学校史のなかに図
なアイディアを持ち寄り多彩なメニューもあるようで
書館史を位置づけ,さらにはそれらの編集をサポートす
す。問題はどう活用するかです。ここで考えてみたいの
ることも可能です。そして,アーカイブの必要性が課題
は,実質的な FD についてです。
となり,学校全体で関心を共有するチャンスが訪れるか
そこで授業・学習支援のために,図書館が学校の教育
もしれません。そこへの道のりは遠いと思いますが,近
方針に沿った図書館利用教育を,教員とともに,いかに
いかもしれません。学内の他のセクションと協力して作
実現するかといった視点を設定してみます。教員が図書
業を進める話へと発展していくことも考えられます。
館員と課題を共有することを目的として,図書館利用教
育に参画することです。
図書館利用教育を教員とともに進めるには,授業とタ
3 FDの視点から考える図書館の役割
イアップすること,そのなかでレポート作成などの成果
3.1 状況を変えるには
を得るため,学生の変化が実感できる工夫を検討する必
なぜこれほどに図書館が理解されないのか,という思
要があります。
いを一度ももったことがないという図書館員はいないと
思われます。短大図書館は設置が義務づけられているに
3.3 実践のための課題
もかかわらず,図書館の重要性を認識している大学の構
そういうことなら FD といわずともすでに当館では実
成員はそう多くはないでしょう。情報の活用(out put)
施済み,という声が聞こえてきます。とすれば,それと
とともに,情報の入手(in put)の重視性についてどれ
の違いはどこかを明確にしなければなりません。一般的
ほど理解されているか,
疑問がないとはいえません。また,
に図書館の利用教育といった場合,授業との連携を前提
現に「情報」という教科はあるものの,そこでどれだけ
としたものでも,教員の責任といったことはそれほど考
情報の入手について教えられているのでしょう。学生の
えられてはいなかったと思われます。ここで FD という
実際の図書館利用を見ているとそんなことを感じます。
からには,利用教育と授業との協同といった意味合いを
― 3 ―
強めています。
ここに共通の課題が浮かび上がってきます。図書館が
そこでいくつか課題を見ておきましょう。
図書館だけでよしとして活動するのではなく,学校全体
第 1,図書館側の課題です。常に教員との連携によっ
のなかにどのように位置づけられるのか,そうした「視
て,授業支援を実施できる態勢を整えておくことが必要
点」をもつことによって,議論の余地が生まれるのでは
です。このことをサービスの基本にしておけば,教員へ
ないかということです。
のアプローチが常時可能な状態に保つことができます。
第 2,一方,教員は主体的に授業改善を目的に,その
なお,当日は,図書館史,FD それぞれのテーマに関
ひとつの手段として図書館を活用して学生にレポート作
する実践例をとおして,検討を加えてみたいと思います。
成などの課題を課します。授業計画に沿った図書館活用
のプログラムづくりを図書館員とともに行い,獲得目標
を定め,検証を行うことになります。その延長上に,教
参考文献
員集団において課題を検証することが期待されます。
奥泉和久『図書館史の書き方・学び方:図書館の現在
第 3,上記の 1 と 2 は,通常は大きな隔たりをもって
と明日を考えるために』日本図書館協会 , 2014(JLA 図
います。これを図書館員がリードしない限り実現しませ
書館実践シリーズ 24)
ん。あくまでも主体は図書館側にあります。それぞれの
課題について検討し,実施し,結果を公表,情報を共有
する道筋をつけることは,図書館員の任務といえるで
しょう。
4 おわりに
私たち図書館員は,目の前の仕事をこなしていかなけ
ればなりません。また,現代は,どこにいても何らかの
かたちで結果を求められます。図書館史であるとか,図
書館と FD がどうだとか,そんな悠長なことをやってい
る場合ではない,と言われるかもしれません。ところが
このように一見,図書館の業務とは無関係,少なくとも
重要ではない,と思われる仕事を想定して,計画,実践
してみると,そこから見えてくることがあるのではない
でしょうか。
では,ここでまとめておきましょう。
これからの図書館のあり方を考えるためにも,日常の
業務から少し距離を置いて,過去のある時点から業務を
見直すことは,鳥瞰的に仕事をとらえるひとつの方法と
いえるでしょう。また,大学史・学校史への発展,アー
カイブの必要性など,学内共通の課題が見えてくるかも
しれません(図書館史)
。
学生たちに理解され,使える施設(機能)と思わせな
い限り,図書館が真の意味で活用されていることにはな
りません。とするなら図書館利用教育において授業との
関連づけをより強化することが求められ,それには教員
とのこれまで以上の連携が不可欠になります。教員が,
授業内容の向上を目的に図書館と関わることで,図書館
利用が局地的な現象で終わることなく,学校全体の課題
として共有されることになるはずです(FD)
。
― 4 ―
第 101 回 全国図書館大会 東京大会
ホームページ掲載原稿
2015 年 9 月 30 日現在