野生チンパンジーの遊びにおける利他性

野生チンパンジーの遊びにおける利他性
京都西山短期大学
利他的行動の進化に関しては、霊長類に
松阪崇久
と受け手の間の交渉がしばしば観察される。
おいては毛づくろいや食物分配、闘争時の
攻撃場面におきかえて考えるならば、攻撃
援助といった行動をとりあげて議論がおこ
的動作をする側が「勝者」で、追いかけら
なわれてきた。本発表では、これまであま
れ、組み伏せられる方が「敗者」ととらえ
り議論されることのなかった遊び行動をと
ることもできる。しかし、チンパンジーは
りあげたい。発表者はこれまで、タンザニ
このような遊びにおいて、必ずしも「勝者」
アのマハレ山塊国立公園の野生チンパンジ
となることを目指していない。むしろ、組
ーを対象として、遊びをはじめとする社会
み伏せられ、くすぐられることを求めてい
行動の発達に関する研究をおこなってきた。 るように見えることが少なくない。たとえ
本発表では、
「追う」
「咬む」
「くすぐる」と
ば、社会的遊びの誘いの場面では、誘う方
いった攻撃的な動作と笑い声を伴う野生チ
のチンパンジーが相手を叩いてから「逃げ
ンパンジーの社会的遊びに注目し、遊びに
る」、あるいは相手の隣で「仰向けに寝転ぶ」
おける利他性と共感性について考えたい。
など、すすんで攻撃的動作の受け手となる
野生チンパンジーは、くすぐりやレスリ
ことが多い。また、遊びにおいて笑い声を
ング、追いかけっこといった社会的遊びを
あげるのは、攻撃的動作の受け手であるこ
おこなう。アカンボウやコドモがもっとも
とが多い(追われる・咬まれる・くすぐら
よく遊ぶが、ワカモノやオトナが社会的遊
れる方のチンパンジー)。
「追う」
「咬む」
「く
びに参加することも少なくない。時には、
すぐる」といった攻撃的な動作は、遊び相
オトナ同士の遊びが見られることもある。
手を楽しませ、笑わせるための刺激を与え
アカンボウやコドモの遊びは、運動機能や
る行動であり、相手の興奮への共感を伴う
社会的能力の発達にとって意義のあるもの
利他的な行動だととらえることができるか
だと考えられている。しかし、オトナにと
もしれない。
って遊びがどのような機能をもっているの
オトナとアカンボウやコドモの遊びでは、
かははっきりしていない。オトナが子ども
オトナがうつ伏せや仰向けになり、攻撃的
と遊ぶのは、子どもの発達を促すという利
動作の受け手となることが少なくない。こ
益を与える利他的行動だと考えることがで
のように年長者が年少者に合わせて遊ぶこ
きる。
とを、Hayaki(1985)は「セルフ・ハンデ
チンパンジーの社会的遊びでは、
「追う-
ィキャッピング」と呼んでいる。このよう
追われる」「咬む-咬まれる」「くすぐる-
な行動は、相手への配慮・思いやりに基づ
くすぐられる」など、攻撃的動作のやり手
くものだと考えられる。