紙燃焼灰の溶融化処理における環境的評価

紙燃焼灰の溶融化処理における環境的評価
科学技術振興事業団 (正) ○中澤 克仁
東海大学工学研究科 片山 恵一
東京大学生産技術研究所 坂村 博康、安井 至
1 緒言
最終処分場の枯渇における埋立廃棄物の減量・減容化対策として、燃焼灰を融点以上の高温で溶融した後に冷却
してスラグにし、その溶融スラグを再利用する方法が数多く検討されている。特に、紙廃棄物は一般廃棄物の約 50%を
占めており、燃焼灰を溶融化処理することで、埋立廃棄物の減量・減容促進の他に、燃焼灰の飛散防止、土壌の安定
や有害金属の不溶化も図れるものと考えられる。紙廃棄物の燃焼灰は主に珪素(Si)、アルミニウム(Al)、カルシウム(Ca)
系酸化物でガラス原料に成り得ることが既に知られており、本研究では紙燃焼灰から生成されたガラス固化体もしくは
溶融スラグの有用性を評価することを目的とした。研究試料としては使用頻度の高い 6 種紙製品を用いて、生成した燃
焼灰の減量・減容効果や溶融スラグの特性を調査した。
2 実験
本研究では、新聞紙、コピー用紙、段ボール、週刊誌、グラビア誌、およびカタログ誌の 6 種類の紙製品を試料対象と
した。これら各種紙製品を加熱温度400∼1600℃で 1 時間熱処理して、その燃焼灰および溶融スラグの重量と容積を測
定し、紙製品の減量・減容効果を確認した。重量測定は、各種紙製品を坩堝の大きさに裁断して電気炉内で熱処理し、
炉外で 1 時間放冷した後、秤量した。容積測定は、各種紙製品から熱処理により生成された燃焼灰および溶融スラグを、
既知量の純水が入れられたメスシリンダー内に浸水させ、上昇した水量(体積)をその容積とする方法を採用した。さら
に、生成された溶融スラグの組成を確認するために、EPMA を用いて定性・定量分析を行った。
また、溶融化処理による有害金属溶出の抑制効果を確認するために、紙製品に鉛(Pb)とアンチモン(Sb)を強制的
に混入した試料を作成し、溶出実験を試みた。溶出実験用試料は、600℃で仮焼した燃焼灰に対して、酸化鉛(PbO)
および酸化アンチモン(Sb2O3)を 10.0wt%混合し、それを 800℃、1400℃、1600℃に加熱して作成した。有害金属の溶
出確認方法としては、「廃棄物処理法関係法令(産業廃棄物に含まれる金属等の検定方法)」を参考にした1)。ここでは、
鉛およびアンチモンを混入した試料と 3 種の溶液(1. 純水、2. 3.5wt%塩水、3. pH3 硝酸水溶液)を重量体積比 10%の
割合で混合し、常温(約 25℃)、常圧(約 1atm)で、毎分 170 回、振とう幅 40mm、振とう時間 6 時間の溶出条件で行った。
これによって得られた溶液をろ過した後、ICP発光分析を用いて、鉛およびアンチモンの溶出量を測定した。
60
Gravure magazine
Catalog
Photocopy paper
Newspaper
Corrugated board
Weekly magazine
50
Weight of residue (%)
3 結果と考察
3.1 各種紙製品の減量・減容化
6 種紙製品から調整された燃焼灰および
溶融スラグの残量率と加熱温度の関係を
Fig.1 に示した。この結果より、加熱温度が
高くなると、各種紙製品の残量率が低下す
る傾向が認められた。焼却炉の燃焼温度と
されている 800℃での残量率は、グラビア
誌とカタログで 40%程度、コピー用紙、新
聞紙、段ボール、週刊誌で 10%程度であ
った。さらに、加熱温度を 1600℃にした場
合、残量率はグラビア誌とカタログで 30%
40
30
20
10
0
400
600
800
1000
1200
1400
Heating temperature (℃)
Fig.1 Relationship between heating temperature and weight of residues
prepared from each wastepaper.
〒153-8505 東京都目黒区駒場 4-6-1 東京大学生産技術研究所 安井研究室
中澤 克仁 TEL:03-5452-6098
FAX:03-5452-6643 E-mail:[email protected]
キーワード:紙燃焼灰、溶融化処理、ガラス固化体、減量・減容化、有害金属溶出
[連絡先]
1600
Volume of residue (%)
以下に、コピー用紙、新聞紙、段ボール、週刊誌で 5%以下になった。また、6 種紙製品から調整された燃焼灰および
溶融スラグの残容率と加熱温度の関係を Fig.2 に示したが、ここでも加熱温度を高くすることで、各種紙製品の残容率が
低下する結果が得られた。焼却炉の燃焼温度とされている 800℃での残容率は、グラビア誌で 30%程度、カタログ、コピ
ー用紙、新聞紙、段ボール、週刊誌で 20∼10%程度であった。さらに、加熱温度を 1600℃にした場合、残容率はグラビ
60
ア誌とカタログで 10%程度に、コピー用紙、
Gravure magazine
新聞紙、段ボール、週刊誌で 3%以下とな
Catalog
50
Photocopy paper
った。いずれの結果においても、紙製品を
Newspaper
40
熱処理することで顕著な減量・減容効果が
Corrugated board
Weekly magazine
示されたが、1200℃以上の加熱温度での
30
重量・容積変化は小さいことが確認された。
20
これは、1200℃以上になると脱炭素が完了
し、無機質の燃焼灰および溶融スラグだけ
10
が残ったためと推察される。また、グラビア
0
誌とカタログの残量・残容率が他の紙製品
400
600
800
1000
1200
1400
1600
と比べて大きくなったが、これは填料、顔
Heating temperature (℃)
Fig.2 Relationship between heating temperature and volume of residues
料等の無機物が多く配合されているためと
prepared from each wastepaper.
推察した。
3.2 紙燃焼灰から調整された溶融物の特性
6 種紙製品の溶融温度、ガラス化温度、溶融スラグの組成分析結果をTable 1 に示した。新聞紙と週刊誌は 1200℃で
溶融スラグが生成し、その他の紙製品は 1400℃で溶融スラグが生成することが確認された。さらに、新聞紙は 1400℃で
ガラス固化体が生成し、その他の紙製品は 1600℃でガラス固化体が生成する結果が得られた。しかし、コピー用紙は
1600℃の加熱温度にお
Table 1. Melting temperature, vitrification and chemical composition of molten slags prepared
from each paper product by combustion(mol%).
いてもガラス固化体を生
Melting temperature(℃)
Vitrification
SiO2
Al2O3
CaO
Na2O MgO
K2O
TiO2 Fe2O3
成することができなかっ
Newspaper
1200
79.43
6.91
3.12
2.69
6.55
0.74
0.55
○(1400℃)
た。EPMAによる定量分
Weekly magazine
1200
49.02 15.31 26.91
1.18
5.04
0.62
1.29
0.62
○(1600℃)
析では、これら溶融スラ
Catalog
1400
33.72 13.36 40.99
1.09
13.36
0.31
0.84
0.48
○(1600℃)
Gravure magazine
1400
37.26 15.33 44.89
0.61
1.42
0.49
○(1600℃)
グの組成は、二酸化珪
Photocopy paper
1400
30.46
2.26
46.98
19.80
0.50
×
素(SiO2)、酸化アルミニ
Corrugated board
1400
59.46 24.20
6.36
6.14
0.83
2.24
0.77
○(1600℃)
ウム(Al2O3 )、酸化カル
CaO[mol%]
シウム(CaO)を主成分としており、その他に
0 100
酸化ナトリウム(Na2O)、酸化マグネシウム
10
90
(MgO)、酸化カリウム(K2O)、酸化チタン
Glass formation region 20
80
(TiO2)、酸化鉄(Fe2O3)が確認でき、溶融ス
70
30
ラグ中に有害金属は認められなかった。
40
60
さらに、溶融スラグの主成分であるSiO2 、
・Photocopy paper
50
50
Al2O3、CaO酸化物の三成分系相図を作成し、
・Catalog
2)
60
40
Fig.3 に示した 。コピー用紙を除いた 5 種類
・Gravure magazine
70
30
の紙製品の溶融スラグは、ガラス化範囲内に
・Weekly magazine
80
20
位置することが確認できた。しかし、コピー用
・Newspaper
10
90
紙に関しては、溶融スラグ中のCaOの割合が
・Corrugated board
100
0
SiO2に対して多い上に、MgOの含有量も多く
50
60
70
90
0
30
40
80
100
10
20
認められたことから、1600℃以上でもガラス固
Al2O3[mol%]
SiO2 [mol%]
化体が生成できなかったものと推察され、す
べての紙燃焼灰がガラス化するとは限らない Fig.3 Glass formation region of CaO-Al2O3-SiO2 system and chemical
composition of molten slags prepared from each paper product.
ことがわかった。
Elution concentration of Sb (ppm)
Elution concentration of Pb (ppm)
3.3 紙製品から調整された燃焼灰および溶融スラグにおける有害金属の溶出実験
一般廃棄物中の紙製品を焼却処理して生成された燃焼灰に、他の一般廃棄物から有害金属が混入されて埋立処分
した場合と、溶融化もしくはガラス化処理を行ってから埋立処理した場合を想定して溶出実験を試みた。ここでは、燃焼
灰もしくは溶融スラグ中に強制的に有害金属を含有させた試料を用いて、埋立処分場への投棄を想定した純水、海水
中への投棄を想定した 3.5wt%塩水、強い酸性雨に曝されることを想定した pH3 硝酸水溶液を溶媒として、仮想環境下
での有害金属の溶出挙動を分析した。
25
Combustion ash
21.16
有害金属としては、電気製品等ではん
Molten slag
Glass Slag
20
だとして使用されている鉛(Pb)と、電子
部品やプラスチックの難燃剤等で使用さ
15
12.96
れているアンチモン(Sb)を選択した。こ
11.53
の溶出実験結果を Fig.4 および Fig.5 に
10
示した。両結果とも、燃焼灰と比較して、
溶融スラグもしくはガラス固化体中に有
5
2.10 1.74
害金属を含有させることで、各溶媒にお
0.11 0.06
0.11 0.08
ける溶出量が大幅に減少することが認
0
Pure water
Salt solution (3.5wt%)
Acid solution (pH3)
められた。また、各試料に鉛を含有させ
Fig.4 Elution concentration of Pb from combution ash, molten slag
た場合は、純水や塩水よりも酸による溶
and glass slag under pure water, salt solution and acid solution.
出量が大きいことが確認された。各試料
237.45
にアンチモンを含有させた場合、塩水
250
Combustion ash
や酸よりも純水による溶出量が大きいこ
Molten slag
Glass slag
200
とが示された。試料の破砕形状や有害
156.17
金属の混入状態等によって、それらの
150
溶出挙動は異なるが、いずれにしても溶
124.29
融化処理を行うことで有害金属の溶出
100
に対する抑制効果が著しく高いことが明
らかとなった。埋立廃棄物の減量・減容
50
効果の他に、有害金属の不溶化にも、
2.19 0.75
0.73 0.47
0.30 0.19
紙燃焼灰の溶融化処理は有用であると
0
Pure water
Salt solution (3.5wt%)
Acid solution (pH3)
考えられる。
Fig.5 Elution concentration of Sb from combution ash, molten slag
and glass slag under pure water, salt solution and acid solution.
4 まとめ
本研究では、6 種紙製品(新聞紙、コピー用紙、段ボール、週刊誌、グラビア誌、カタログ誌)から生成した燃焼灰の
溶融化を試み、その減量・減容効果や溶融スラグの特性を調査し、以下のような結論を得た。
(1)各種紙製品により生成された燃焼灰の溶融化処理を行った結果、減量・減容率が極めて高いことが示された。埋立
廃棄物の減量・減容化に向けた対策として、紙燃焼灰の溶融化は有効であると考えられる。
(2)紙製品から調整された溶融スラグは、SiO2-Al2O3-CaOを主成分としており、ガラス固化体を生成できることが確認さ
れた。しかし、コピー用紙はSiO2に対してCaOの割合が多く、1600℃以上でもガラス固化体が生成できなかった。
(3)仮想環境下における有害金属の溶出実験を行った結果、燃焼灰と比較して溶融スラグからの溶出量は大幅に減少
することが明らかとなった。燃焼灰の溶融化は、有害金属の不溶化にも有用であるものと考えられる。
参考文献
1) 厚生省生活衛生局水道環境部産業廃棄物対策室、産業廃棄物処理ハンドブック平成 3 年度版、ぎょうせい.
2) 作花済夫、境野照雄、高橋克明、ガラスハンドブック、朝倉書店.