こんな虫には要注意! 感染症「傾向と対策」

Special Features 2
シリーズ きっちり知りたい!
からだの不調・いつもの痛み●第3回
こんな虫には要注意!
感染症「傾向と対策」
国立感染症研究所昆虫医科学部部長
沢辺京子
虫刺され
構成◉茂木登志子 composition by Toshiko Mogi
虫に刺されたり咬まれたりすることで、
いろいろな病原体に感染することがある。
昨年大きな社会問題とな
ったデング熱とこれを媒介するヒトスジシマカはその典型的な事例だ。
このほかにも近年は、
マダニによる
感染症の伝播、
健康被害への注意も喚起されている。
虫から人に病気がうつる仕組みとその予防策や事後対
策などについて専門家に聞いた。
人に害を与えるものを
「衛生害虫」
といいます。ハエ、
蚊、ゴキブリ、ダニのように、病気を伝播、あるいは
このような駆除や衛生観念が発達したことによって、
虫に含まれる)や、ムカデやハチのように形の気味悪
1950 年代後半からはコロモジラミは国内ではほとん
ど見られなくなりました。しかし、1971 年に DDT
や BHC などの有機塩素系殺虫剤の製造販売が禁止さ
さや襲われそうで怖いなどの理由で人に不快感を与え
れる一方で、アタマジラミが海外から持ち込まれたり、
る
「不快害虫」
も衛生害虫の中に含まれます。
海外旅行で持ち帰ってしまったりするケースも増え、
病原体を媒介する衛生害虫(ダニは昆虫ではないが害
ここでは人を刺して吸血する衛生害虫を取り上げま
1980 年頃から復活してきています。シラミを知らな
すが、これらにも人間社会の変化に応じた変遷があり
い世代が多いため、気がつかないうちに感染し広がっ
ます。例えば、シラミ。頭髪に寄生するアタマジラミ、
ていったと考えられます。
下着や衣類の縫い目や折り目に寄生するコロモジラミ
アタマジラミは子どもの集団感染が多いせいか、
などの種類があり、第二次大戦後の混乱期など衛生状
プールなどでうつると思われがちです。しかし、アタ
況の良くなかった時代にはいずれも国内に蔓延してい
マジラミは水に濡れると毛髪に強くくっつく習性があ
ました。当時の様子を映し出したニュース映像などで、
るため、水を介して他人に感染することはありません。
DDT という有機塩素系殺虫剤を頭からかけられ、
実際には子どもがじゃれあって遊んでいるときに直接
人々が白い粉まみれになっている場面を見たことがあ
髪の毛が触れたり、プールで泳ぐときにブラシやタオ
るのではないでしょうか。
ルを共用したり、更衣室で衣類やタオルなどがすでに
感染したものと接触したりすることでアタマジラミが
うつると考えられます。
沢辺京子
(さわべ・きょうこ)
国立感染症研究所昆虫医科学部
部長。佐賀大学農学部大学院に
おいて昆虫生理学を専攻した後、
聖マリアンナ医科大学、産業医
科大学に在職し、衛生動物学、
寄生虫学を学ぶ。2002 年、国
立感染症研究所昆虫医科学部に
着任。12 年より現職。デング
熱や日本脳炎、SFTS などの媒
介節足動物と病原体との相互関
係を考察し、病原体の伝搬機構
を解明する研究を国内外で展開
している。
22
アタマジラミの直接的な健康被害は吸血にともなう
激しいかゆみですが、頭を搔くことによって二次的な
皮膚炎を起こしてしまいます。子どもの頭に白いフケ
のようなものが見られ、ひんぱんに頭を搔くようであ
ればアタマジラミが疑われます。同居家族に感染が広
がる前に駆除しましょう。細かい目の で梳いて 1 匹
ずつ除去するか、駆除効果のあるシャンプーを使用す
るといいでしょう。
一方、コロモジラミは、発疹チフスや塹壕熱などの
によく増殖させます。また、食用に供されるまでの飼
感染症を媒介する力をもっています。衣服を着替えた
育期間が短く、免疫のない感受性のあるブタが常時供
り、入浴したりする習慣があれば、コロモジラミが寄
給されているため、日本脳炎ウイルスの増幅動物に
生する心配はありません。しかし、これまでの調査で、
なっているのです。
路上生活者や簡易宿泊所などでは相当数のコロモジラ
ウイルスを媒介する蚊はコガタアカイエカで、その
ミが認められ、塹壕熱を引き起こす細菌も検出されま
幼虫が発生しやすいのは、水田、灌漑溝、湿地、河川
した。貧困という社会問題が衛生状態や健康にも大き
敷などの広い水域です。昔は水田の近くに人が住み、
な影をもたらしていると言えるでしょう。
ブタを飼っていました。日本脳炎ウイルスの媒介蚊と
蚊が媒介する日本脳炎とデング熱 増幅動物が人の近くにそろっていたわけです。ですか
ら感染件数も多かったのですが、1950 年代から予防
時代が変わっても一定数の感染事例が発生している
のは、コガタアカイエカという蚊が媒介する日本脳炎
接種を実施するようになり、感染事例が急速に減って
いきました。 また、水田の水管理が変化したことや、ブタの飼育
です。数は少ないですが毎年発生しています。
日本脳炎は、フラビウイルス科に属する日本脳炎ウ
ファームが大型化して山奥に移るなど人から遠くなっ
イルスによって起こる感染症です。ウイルスが脳に感
たことなどの社会的変化が重なったことも奏功してい
染して、高熱や吐き気、さらにはけいれんや意識障害
ます。ただし、決して感染件数はゼロにはなりません。
を起こし、重篤な場合には死に至ります。九死に一生
日本脳炎ウイルス自体が消滅したわけではないですし、
を得ても重い後遺症が残ることがあります。ただし、
媒介蚊の数も決して減ってはいないからです。
大多数は無症状の
「不顕性感染」
なので、感染しても発
昨年の夏に大きな社会問題となったデング熱の媒介
蚊であるヒトスジシマカは、植木鉢の水受け皿や墓石
病するのは 100 ∼ 1000 人に 1 人程度です。
日本脳炎ウイルスは、人から人へはうつりません。
の花立てなど、わずかな水たまりがあれば発生源とな
ブタでウイルスが増殖し、蚊がウイルスを媒介します。
ります。成虫は草むらに潜むので、草刈りも駆除には
日本脳炎ウイルスを保有する蚊がブタを刺すと、刺さ
必須なのですが、成虫になって飛び回る蚊を捕獲して
れたブタの体内でウイルスが増殖し、血液中に出てき
完全に駆除するのは不可能なので、産卵場所となる水
ます。それをまた別の蚊が吸血して感染蚊となり、そ
たまりをなくし、ボウフラの段階までに駆除したほう
れが免疫のないブタを刺して感染させ、増殖し……と
が効果的です。
いう具合です。ブタは日本脳炎ウイルスを体内で非常
デング熱はデングウイルスによる感染症です。デン
グウイルスは、日本脳炎ウイルスと同じフラビウイル
虫の分類
ス科に属するウイルスですが、増幅動物はブタではな
虫に刺されたとか咬まれたとよく言うが、虫
というのは大きなくくりでいうと
「節足動物」
で、
それをさらに分類したのが
「昆虫類」
や
「クモ類」
感染症を媒介する衛生害虫図鑑
だ。昆虫は、体が頭・胸・腹の 3 部分からなり、
胸の部分に脚が 3 対合計 6 本ある。クモは昆虫
と違い、体は頭胸部と腹部からなり、脚の数は
8 本。ちなみに、ノミは虫すなわち昆虫だが、
ダニは若虫期と成虫期では足が 8 本になるので
虫ではなくクモの仲間に近い。一方、このよう
な生物学的な分類のほかに、本文で述べたよう
に衛生害虫など人間との関わりによる分け方も
ある。
コロモジラミ:衣類の縫い目や折
り目に寄生し、体幹部から吸血す
るが、衣類を 55 ℃以上の温水に
10 分程度つけると死滅するので
熱湯処理が有効。
アタマジラミ:人の頭部に寄生し、
頭皮から吸血する。人の体から離
れると、7 ∼ 72 時間程度しか生
きられない。
23
虫日本脳炎の
国内発生件数
年
発生件数
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
5
7
5
8
1
5
7
7
10
3
3
4
9
2
9
2
国立感染症研究所ホームペ
ージ「発生動向調査年別報
告数一覧」
に基づいて作成。
感染症を媒介する衛生害虫図鑑
コガタアカイエカ:
日本脳炎ウイルスを
媒介。日本各地の農
村地帯に見られる蚊。
昼間は畜舎周辺の茂
みなどに潜み、日没
とともに吸血活動を
始める。
イム病、ロシア春夏脳炎などがあ
ります。とくに日本紅斑熱はリ
ケッチア・ジャポニカというリ
ケッチア細菌による感染症で、発
生件数は年々増加し、毎年 100 名
を超える患者数が報告されていま
したが、昨年は 250 名近くに達し
ました。媒介するマダニに咬まれ
てから 2 ∼ 8 日後に高熱と発疹な
く、人が固有宿主となりウ
どの症状が出て、
重症の場合は死に至ることもあります。
イルスも増幅するので、人
これらに加え近年は、マダニが媒介する新しい感染
⇒蚊⇒人という感染環を
症
「重症熱性血小板減少症候群」
への注意が喚起されて
形成しています。つまり、
います。
「重症で熱が出て、血小板が少なくなる病気」
デングウイルスに感染し
という意味の英語名「 Severe Fever with Thrombocyto-
た人の血を蚊が吸うと、ウ
penia Syndrome」の頭文字をとって SFTS と呼ばれて
イルスは蚊の腸壁から体
います。血液の中の血小板が破壊され、体内のあちこ
液中に出て唾液腺に移行
ちで出血し、血が止まらなくなってしまうという病気
し、感染蚊となります。そしてこの感染蚊が次に人を
刺して吸血するときに、ウイルスを注入して感染させ
るのです。
です。
この病気はマダニが媒介する SFTS ウイルスに感染
することによって引き起こされ、主な症状は原因不明
海外渡航歴がなく国内で感染したと思われるデング
の発熱、消化器症状(食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢、
熱の患者が報告された昨年の事例から、これまで日本
腹痛)ですが、重症化して死亡することもあります。
にはいないとされてきたデングウイルスが国内に侵入
残念ながら、有効な抗ウイルス薬等の特異的な治療法
していたことがわかりました。そこで東京都は今年、
はなく、症状に応じた対症療法が主体になります。
都が所管する公園で蚊の発生環境を調査し、蚊がいそ
2009 年頃から中国での流行が報告されていました
が、2011 年になって病気の原因が新しい SFTS ウイ
ルスであると特定されたのです。日本では 2012 年の
秋に山口県で報告された症例が SFTS ウイルス感染症
うなところの草を刈り、ボウフラがいる水たまりに薬
剤を散布して駆除するなど、早くから対策を講じてい
ます。
マダニからうつる新しい感染症SFTS
蚊と並んで重篤な感染症を引き起こすのがマダニで
感染症を媒介する衛生害虫図鑑
す。マダニが媒介する感染症として、日本紅斑熱やラ
蚊がウイルスを媒介する仕組み
蚊は吸血するときに、唾液腺で作った血液が固ま
らない液体
(唾液)
を動物に注入してから血液を吸う。
蚊がなんらかのウイルスに感染している動物を吸血
し、感染蚊になると、この唾液に多量のウイルスが
含まれることになる。その結果、蚊に刺された動物
はウイルスに感染するのである。
24
ネッタイシマカ:デングウイルス
を媒介。1955 年以降は国内から
消滅したとされているが、近年は
航空機によって海外から運ばれる
例も確認されているため、温暖化
等の影響により、将来的に国内に
定着する可能性は否定できない。
ヒトスジシマカ:デングウイルス
を媒介。秋田県および岩手県以南
に分布。墓地、竹林の周辺、茂み
のある公園や庭の木陰などにいる。
吸血活動は主に昼間、朝方から夕
方まで活発に吸血する。
Special Features 2
シリーズ きっちり知りたい! からだの不調・いつもの痛み●第3回
であると、2013 年 1 月に初めて確認されました。
虫刺され
ヤにコップ半分程度の塩を入れておくと、蚊の発生を
国内の発生動向を見ると 2013 年以前は 52 例 ( うち
抑える効果が期待できます。また、風通しの悪い藪や
8 例は 2012 年以前の発症 )、2014 年は 61 例、そして
今年は 33 例(8 月 14 日現在)となっています。これま
草むらは蚊の潜伏場所になるので、定期的に剪定、草
刈りをし、風通しを良くしましょう。
でのところ、西日本を中心に発生していますが、厚生
蚊に刺されないためには、長袖シャツ、長ズボンを
労働省研究班が実施している調査では、栃木県、群馬
着用するなど、肌を露出しないようにします。蚊がい
県、山梨県、長野県、北海道などの患者発生のない地
そうな場所では素足でのサンダル履きなども避けたほ
域でも、シカ、イノシシ、犬などの動物において SFTS
うがいいでしょう。窓に網戸を設置したり、部屋の中
ウイルスの存在が確認されています。
に昔ながらの蚊帳をはったりして蚊の侵入を防ぐこと
マダニに咬まれると、7 ∼ 10 日間(種類によっては
も大切です。虫よけスプレーや蚊取り線香などの忌避
1 カ月近く)も食いついて離れません。ただ、マダニ
剤や殺虫剤も役に立ちます。ただし使用する際は、医
に咬まれたからといって必ずしも感染するわけではあ
薬品または医薬部外品を選び、使用上の注意をよく守
りません。ウイルスを保有するマダニに咬まれると感
り、適切に使用しましょう。
染するのです。マダニが皮膚に付いているのを発見し
できるだけ肌の露出を避けることはマダニ対策の基
た場合は、無理に取ろうとしてはいけません。押し潰
本でもあります。シカ、イノシシといったマダニを運
されたマダニの体液が人の体内に入ると感染の危険性
ぶ野生動物が生息するような野山や、田畑のあぜ道、
が増加するとも言われますし、ちぎれたマダニの一部
河川敷だけでなく、都会の公園の草むらにもマダニは
が皮膚内に残ると、化膿することがあります。できれ
潜んでいます。
そんな場所に行くときには、
ダニがくっ
ば皮膚科を受診して除去してもらうようにしましょう。
つきにくいナイロン製の長袖・長ズボンを着用するの
治療が遅れれば重症化や死亡する場合もあるので早め
はもちろん、髪にマダニが付かないように帽子をかぶ
の受診が必要です。
り、首もタオルや手ぬぐい、スカーフを巻くか、ハイ
蚊やマダニから身を守る方法
ネックシャツの着用をおすすめします。足元も、ズボ
蚊を減らすためには、水中に生息するボウフラを退
ンの裾を長靴や靴下に入れて足首も露出しないように
注意しましょう。
治することが最も有効です。屋外に放置された古タイ
野山を歩く場合には草木が密集している所には入ら
ヤ、空きカンや空き瓶、雨よけシートのくぼみ、防火
ず、道端の草などに触れないように道の真ん中を歩き
用の み置き水など、まさかこんなところにと思うよ
ます。地面に座らない、長時間同じ場所に立ち止まら
うなところに水がたまっていると、ヒトスジシマカの
ないのも鉄則。そして帰宅時には自分や家族、道具や
産卵場所になっていることが多いのです。週に一度は
バッグなどにマダニが付いていないかのチェックを励
水がたまらないように掃除しておきましょう。古タイ
行してください。また、万が一にもマダニがくっ付い
ているといけないので、脱いだ服は放置しないで
感染症を媒介する衛生害虫図鑑
すぐに洗濯をするか、ナイロン袋に入れておきま
しょう。入浴の際に全身をチェックすることも忘
れずに。
マダニ:マダニ科のダニ類の
総称で、家庭内に生息するイ
エダニとは種類が異なる。マ
ダニは咬んで吸血する。大き
さは 3㎜程度だが吸血後は10
∼ 15 ㎜に膨らむ。大型のマ
ダニでは、20 ㎜近くになる
こともある。写真はヤマトマ
ダニ。
犬を飼っている場合には、愛犬のマダニ対策も
必要です。ペットに付いたマダニが人にうつる可
能性もあります。忌避剤の定期投与による予防は
もちろん、散歩中にマダニが付くことが多いので、
帰宅時に愛犬の全身をしっかりブラッシングして
早期発見に努めましょう。
(衛生害虫画像:国立感染症研究所昆虫医科学部ホームページより)
25