abstract

層状 Fe 化合物での新超伝導体探索:銅酸化物に迫れるか
有田 亮太郎
東京大学大学院工学系研究科, JST-TRIP
本講演では、最近発見された鉄系新超伝導体について、
「超伝導転移温度を上げるにはどうしたらいい
のか?もしくはもう上がらないのか?」という問題について、理論の立場から意見を述べることが求
められている。個人的意見としては、これまでにおこなわれた理論計算から、超伝導転移温度や超伝
導発現機構について、何かはっきりとした結論を出してしまうのは、時期尚早ではないかと考えてい
る。本講演では、この系の超伝導について、うまくいっている(ように見える)話を列挙するよりは、第
一原理計算から出発して微視的多体模型を構築しそれを精密に解くという作業において、この系特有
の困難がどこにあるかをまとめた上で、実験から電子状態についてどのような情報がえられれば、理
論構築にあたって一定の方向付けができるかを議論したい。
遷移金属化合物における unconventional な超伝導の可能性を議論する際
に典型的に採られるアプローチは、密度汎関数理論に基づく計算を局所
密度近似(LDA)で行い、そのバンド構造を見て低エネルギーの物理を記述
する有効模型を構築し、そこで超伝導不安定性を議論する、というもの
であろう。LaFeAsO のバンド構造を見ると、鉄の 3d が作るバンドが、As4p
のバンドや O2p のバンドとわかりやすく分離している(右図、赤線が 3d
のバンド)。そこで、文献[1]では、Fe3d の軌道だけを取り出して 5band の
tight-binding 模型を作り、そこに Hubbard U などの相互作用を導入し、そ
れを RPA の範囲内で解く、ということを行った。
この模型の計算で興味深いことは、Lindhard 関数が extended BZ の波数
(p,0)でピークを持つことである。従って RPA でスピン感受率を計算する
と、中性子散乱で観測されている、stripe 型の反強磁性秩序と consistent
な結果が得られる。しかしながら、この Lindhard 関数のピークが実験事実を理解する上で真に本質を
ついたものであるかについては、議論のわかれるところである。
Lindhard 関数の計算で考慮される情報は、フェルミ面の形状である。左
図に extended BZ でのフェルミ面を示した(赤で示した線が dyz/xz のキ
ャラクターをもち、青で示した線が dx2-y2 のキャラクターをもつ)が、
確かにΓ点周辺にある二つのフェルミ面(α 1,α2)と(p,0), (0,p)近傍に
あるフェルミ面(β 1,β 2)の間が波数(p,0)でつながっている。電子ドー
プすると消失するが、(p,p)近傍にもフェルミ面が存在し、これとβ 1,β 2
も波数(p,0)でつながる。文献[2]でも述べられているように、Lindhard 関
数が波数(p,0)にピークをつくるにあたっては、後者の寄与が非常に大き
い(すなわち、もっとも重要な役割は dx2-y2 軌道が果たす)。
ここで興味深いのは、LaFePO、LaFeAsO、NdFeAsO の LDA のバンド構造を比べたとき、最も顕著な
差のうちのひとつが、dx2-y2 軌道が(p,p)近傍に状態を作るか否か、という点であるということである。
これは、Fe-P あるいは Fe-As 四面体のローカルな構造の差異が dx2-y2 軌道のバンド幅の大小の差を生
むことなどから定性的に理解できる。従って、鉄系超伝導体における超伝導がスピンの揺らぎに媒介
され、かつスピンの揺らぎがフェルミ面の nesting によって生ずる、という仮定を認めてしまえば、結
晶構造と超伝導転移温度の関連について dx2-y2 軌道に着目して一定の理論的予言ができる、という楽
観的な考え方もありうる。
しかしながら、この楽観的立場は RPA を越えてより精度の高い計算の実行を考えると危うくなりうる
ことがわかってきた。文献[1]に続いて、Fe3d に対する多軌道 Hubbard 模型における Hubbard U の値を
文献[3]で constrained RPA と呼ばれる手法によって評価したが、ここで得られたパラメータの値は、RPA
近似を正当化できる領域を逸脱したものになっている。例えば Hund coupling の値は小さいものでは
0.3eV 程度であるが、軌道によっては 0.6eV を越えるものもある。このパラメータを使って平均場の計
算をすると、鉄の local spin は完全に偏極し、S=2 という大きな値を持ち、実験と整合しなくなる。さ
らにここで深刻な問題は、平均場近似ではそもそも stripe 型の反強磁性秩序は基底状態にならず、
checkerboard 型の反強磁性状態のエネルギーの方が低くなってしまうことである。この事情は、相互作
用パラメータに定数をかけて弱相関にし、local spin を小さくした場合でも一貫して見られる傾向であ
る。RPA で見られていた(p,0)の揺らぎが強く抑えられてしまい、違うモードの磁気揺らぎがあらわれ
てしまうという傾向は FLEX 計算や自己無撞着 2 次摂動計算でもみられている[4]。これは、平均場や
自己エネルギー補正などを考慮してバンドの変形を取り込むと(p,p)近傍の dx2-y2 軌道の状態が非常に
容易に消失してしまうことが一つの原因と考えている。
この問題に対する一つの解決策としては、LDA が与える dx2-y2 軌道(及び dz2 軌道)のレベルを手で
調整して計算する、ということが考えられる(例えば文献[4])
。鉄系超伝導体の場合、5 つの d 軌道の
バンドがフェルミレベル近傍で複雑に絡みあっているため、有効模型を構築する際、そのすべてを考
慮する必要があるが、軌道の性質はまちまちである。特に、dx2-y2 軌道は As4p との混成が強いためワ
ニエ軌道のサイズが例外的に広い。従って、LDA の軌道レベルを手でいじるという作業は、LDA では
dx2-y2 軌道について多体効果が他の軌道に比べてアンバランスに小さく考慮されているので有効模型
の一体部分を構築する時に補正をしなければならない、というように理解できないこともない。しか
しながら、本当にこの補正が有限に存在するか、あるいはどの程度の大きさの補正か、といった問題
は、密度汎関数法と強相関モデル計算の方法という素性の異なる二つの方法を組み合わせて電子相関
効果を解析するという無理に起因した根源的な問題である。その解答は一朝一夕に出せるものではな
く、光電子分光などの情報を参照しながら時間をかけて正解を探るという作業になると思われる。
仮に上記の補正が小さい場合、Fe3d の 5 バンド模型について RPA 計算をした結果でてきた(p,0)の揺ら
ぎは RPA の artifact であり、そもそも 5 バンド模型におけるフェルミ面の nesting が実験で観測される
stripe 型反強磁性秩序、あるいは揺らぎに一定の役割を果たしているという考え方自体が誤りであると
いう可能性が高くなる。LSDA 計算では stripe 型反強磁性秩序が基底状態になっているが、そこでは
As4p も参加する形でバンド構造の変形がおこっている(例えば文献[5])。もし磁性を記述することが
超伝導を記述することの前提であり、また磁性を議論する上で As4p も露に考慮する必要があるなら、
「この系の超伝導転移温度は上昇するか?」といった問いに答えるには、ある側面についてはうまく
いっている(ように見える)5 バンド模型について、拡張あるいは練り直しが求められると考えている。
[1] K. Kuroki, S. Onari, R. Arita, H.Usui, Y. Tanaka, H. Kontani, H. Aoki, PRL 101 087004 (2008).
[2] A.N. Yaresko et al., arXiv:0810.4469
[3] K. Nakamura, R. Arita, M. Imada, J. Phys. Soc. Jpn. 77 093711 (2008).
[4] H. Ikeda, arXiv:0810.1828, to appear in J. Phys. Soc. Jpn
[5] S. Ishibashi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 77 053709 (2008).