栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015) 経常研究 金属材料の破壊形態の定量化に関する研究 小池 宏侑 * 大根田 明由 * Study on the Quantification of Fracture Modes of Metallic Materials Hiroyuki KOIKE and Akiyoshi ONETA 目視に依存しない金属材料の破壊形態の分類のために,フラクタル次元を用いて脆性及び延性破 面の定量化を行った。構造用炭素鋼 S55C の脆性及び延性破面に対し,3次元形状を測定し,球拡張 法を用いてフラクタル次元を算出したところ,脆性及び延性破面のフラクタル次元の値に明瞭な差 が現れた。このことから,球拡張法により脆性及び延性破面の定量化が可能であることが分かった。 Key Words : 破断面解析,フラクタル次元,脆性破面,延性破面 1 はじめに れた例はない。 海外製品との激しい競争にさらされている県内金属 本研究では,金属材料の代表的な破壊形態である脆性 製品製造企業にとって高品質な製品製造技術は極めて 破壊及び延性破壊の破面形状を球拡張法を用いて算出 重要である。製品の高品質化の実現のためには,金属製 したフラクタル次元により定量化を行い,ボックスカウ 品等の破壊事故の際に原因究明と再発防止の観点から ンティング法を用いた場合との比較を行った。その結 行われる破面解析が大きく貢献している 1)。従来の破面 果,球拡張法を用いて目視に依存しない破壊形態の分類 解析はルーペ,実体顕微鏡,走査型電子顕微鏡(SEM ) が可能であることが示唆されたので報告する。 等を用いて,その破面形状から目視によって定性的に判 断するのが一般的であるが,より詳細で確実な解析のた めには破面解析の定量化が必要と考えられている。その 2 2.1 手法として破面のフラクタル解析が注目されている。 同一金属材料による脆性及び延性破面の作製 平滑試験片及び環状切欠付き試験片を万能材料試験 フラクタル解析とは,複雑な形状を呈する破面にフラ クタルの概念を適用させた解析手法である。フラクタル を定量的に表す量としてフラクタル次元 研究の方法 2) があり,金属 機(㈱東京衡機 RUG500-TK21)を用いて引張試験を行う ことで,脆性及び延性破面を作製した。試験片形状を 図1,図2に示す。 材料の破壊形態の分類に有効であることが示されてい る。破面のフラクタル解析については,2次元形状及び 3次元形状の両方に着目した研究 3)4) が行われている が,2次元形状での解析は破面の全体的特徴を網羅して いるとはいえない。そのため,3次元形状でのフラクタ ル解析が望ましいと考えられており,その有効性も示さ れているが,フラクタル次元の算出にはボックスカウン 図1 平滑試験片 ティング法を用いた解析しか行われていない。一方で, 金属破面はフラクタル性を持っていると言われている が,厳密にはフラクタルではないため,他の算出方法を 用いても同一の値をとるとは考えにくく,より適切な算 出方法の模索も必要である。球拡張法は3次元形状のフ ラクタル次元の算出方法の1つであり,ボックスカウン ティング法に比べ,破面の複雑性の違いをより明瞭に表 現できる可能性があるが,破面のフラクタル解析に使わ * 栃木県産業技術センター 図2 県南技術支援センター - 108 - 環状切欠付き試験片 栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015) 試験片は構造用炭素鋼(S55C)の丸棒から製作し,加 トの違いが結果に及ぼす影響を避けるため,オートコン 工前に完全焼きなまし,加工後には応力除去焼きなまし トラストの機能を使用して撮影した。SEMによる3次 の熱処理を行った。引張試験の際,クロスヘッド移動速 元形状の測定条件を表1に示す。 4) 。引張試験の結果,環状切欠付 レーザプローブによる測定では,破断面に対し,図5 き試験片の破面には図3に示すようにリバーパターン に示すような走査経路で測定を行い,得られたn個の離 が観察され,典型的な脆性破面の様相を呈した。一方, 散的な3次元座標データ(x� , y� , z� )(i � 1,2,…,n) 度は 0.5mm/min とした 平滑試験片の破面には図4に示すように無数のディン を3次元形状データとした。レーザプローブによる3次 プルが観察され,典型的な延性破面の様相を呈した。 元形状の測定条件を表2に示す。条件 L1,L2,L3 の測 引張試験を平滑試験片及び環状切欠付き試験片 5 本ず つ行うことで,脆性破面及び延性破面の試料をそれぞれ 定範囲(幅,長さ)は,条件 S1,S2,S3 の撮影視 野とそれぞれ同等の範囲を設定した。 測定箇所は破面から無作為に抽出した。脆性及び延性 5 試料ずつ作製した。 破面それぞれ 5 試料から 5 視野ずつの計 25 箇所におけ る3次元形状を測定した。 表1 SEMによる3次元形状の測定条件 撮影倍率 図3 条件 S2 条件 S3 ×100 ×500 ×1000 環状切欠付き試験片の破断面のSEM像 図5 表2 条件 L1 条件 L2 条件 L3 幅(mm) 1.300 0.260 0.130 長さ(mm) 1.000 0.200 0.100 ピッチ(mm) 0.070 0.008 0.002 データ数(n) 約 4000 約 10000 約 10000 フラクタル次元解析プログラムの構築 2.3.1 図4 レーザプローブによる測定の走査経路 レーザプローブによる3次元形状の測定条件 2.3 2.2 条件 S1 球拡張法 球拡張法によるフラクタル次元の算出方法を示す。す 平滑試験片の破断面のSEM像 べての点群を含む3次元空間において,ある点を中心に 3次元形状の測定 脆性及び延性破面の3次元形状をSEM(日本電子㈱ JSM-6510LA)と万能投影機(㈱ミツトヨ QVH250-PRO) 半径rの球を考える。球の中に含まれる点の総数を��r� として, ���� � � �� ∙∙∙∙∙(1) のレーザプローブを用いて測定した。 SEMを用いた測定では,撮影した二次電子像の濃淡 情報を3次元形状データとした。二次電子像をビットマ ップ形式で出力し,ピクセルごとの濃淡情報を数値に変 換することで, 1280 行 960 列の数値データ( 0,1,2, …,255)が得られる。本研究では,i行j列目の数値デー タを��� として,離散的な3次の状態量(i, j, ��� )を3 の関係を満たすとき,D� が球拡張法におけるフラクタル 次元となる。本研究では測定した3次元形状データに対 し,半径�� (� � 1,2,…,K)の球の中に含まれるデー タの総数��r� �を計算し,フラクタル次元D� を累乗近似 より求めるプログラムを作成した。�� は式(1)が成り立 つ範囲で任意に設定する。 次元形状データとした。また,二次電子像はコントラス - 109 - 球の中心��� , �� , �� �は3次元形状データの重心位置と 栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015) した。そのため,レーザプローブを用いて測定した3次 表3 元形状データに対しては, �� � ∑� ��� �� � , �� � ∑� ��� �� � 条件 , �� � ∑� ��� �� � 条件 S1 ∙∙ ∙ ∙ ∙ (2) 条件 S2 とした。また,SEMを用いて測定した3次元形状デ 条件 S3 ータに対しては, �� � �40, �� �480, �� � とした。 2.3.2 � ∑� ��� ∑��� ��� �� 条件 L1 ∙∙ ∙ ∙ ∙ (3) 条件 L2 条件 L3 ボックスカウンティング法 2.3 ボックスカウンティング法によるフラクタル次元の 計算条件(球拡張法) �� ��� 10 ∙ 2 K 7 10 ∙ 2��� 7 0.�0 � 0.0��� � 1� 7 0.02 � 0.01�� � 1� 9 10 ∙ 2��� 0.02 � 0.01�� � 1� 7 9 2.2 算出方法を示す。すべての点群を含む3次元空間を一辺 L の立方体が並ぶ3次元のメッシュに分ける。そして, 2.1 空間上において少なくとも1つの点を含むような立方 体の個数をM�L�としたとき, 2 ���� � ���� ∙∙∙∙∙ (4) 1.9 の関係を満たすとき,D� がボックスカウンティング法 におけるフラクタル次元となる。本研究では測定した3 次元形状データに対し,立方体の一辺の長さを�� (� � 図6 各破面と球拡張法により算出した フラクタル次元の関係(測定条件 L1) 1, 2, ⋯ , K)とした場合に,データを1点以上含む立方体 3.2 り求めるプログラムを作成した。�� は式(4)が成り立つ 範囲で任意に設定する。 ごとに表4に示す計算条件を設定し,ボックスカウンテ 2.4 ィング法を用いてフラクタル次元を算出した。その結 の個数M��� �を計算し,フラクタル次元D� を累乗近似よ 構築したプログラムによる破断面の定量化 ボックスカウンティング法 脆性及び延性破面それぞれ 25 視野に対し,測定条件 構築したプログラムを用いて,脆性及び延性破面の3 果,条件 S2,S3 において各破面のフラクタル次元の値 次元形状データからフラクタル次元を算出し,破断面の に差が現れた。図7,8に条件 S2,S3 における各破面 定量化の検討を行った。25 視野それぞれについてフラク とフラクタル次元の関係を示す。 表4 タル次元を算出し,平均値と数値のばらつきを見るため 計算条件(ボックスカウンティング法) 条件 に標準偏差を求めることで破面の定量化の検討を行っ 条件 S1 た。 条件 S2 3 3.1 条件 S3 結果及び考察 条件 L1 球拡張法 脆性及び延性破面それぞれ 25 視野に対し,測定条件 条件 L2 ごとに表3に示す計算条件を設定し,球拡張法を用いて 条件 L3 �� K 10 � 10�� � 1� 15 10 � 10�� � 1� 15 10 � 10�� � 1� 15 0.1 ∙ 2��� 4 0.04 ∙ 2 0.02 ∙ 2 ��� ��� 3 3 フラクタル次元を算出した。その結果,条件 L1 でフラ 条件 S2 において,脆性破面のフラクタル次元は平均 クタル次元の値に差が現れた。図6に条件 L1 における 値 2.38(標準偏差 0.02),延性破面は平均値 2.45(標準偏 各破面とフラクタル次元の関係を示す。脆性破面のフラ 差 0.02)となり,標準偏差を考慮しても両者のフラクタ クタル次元は平均値 2.02(標準偏差 0.03),延性破面は ル次元に差が現れた。また,条件 S3 においても,脆性 平均値 2.18(標準偏差 0.08)となり,標準偏差を考慮し 破面のフラクタル次元は平均値 2.34(標準偏差 0.02), ても両者の値に差が現れた。しかし,条件 L1 以外では 延性破面は平均値 2.44(標準偏差 0.02)となり,両者の 各破面のフラクタル次元の値に違いは現れなかった。 フラクタル次元に差が現れた。しかし,条件 S2,S3 以 このことから,適切な測定条件を選択する必要がある が,球拡張法を用いて算出したフラクタル次元から, 外では各破面のフラクタル次元の値に違いは現れなか った。 S55C の脆性及び延性破面を定量化できることが分かっ た。 このことから,球拡張法と同様に適切な測定条件を選 択する必要があるが,ボックスカウンティング法を用い - 110 - 栃木県産業技術センター 研究報告 No.12(2015) て算出したフラクタル次元から,S55C の脆性及び延性破 4 面を定量化できることが分かった。 おわりに 金属材料(S55C)の脆性及び延性破面を定量化する手 法を提案し,以下の結論を得た。 2.5 (1)SEMと万能投影機のレーザプローブを用いて測 2.45 定した脆性及び延性破面の3次元形状データか ら,球拡張法及びボックスカウンティング法を使 2.4 ってフラクタル次元を算出した。その結果,適切 な測定条件を選択する必要があるが,フラクタル 2.35 次元の値から各破面の定量化が可能であることが 分かった。 図7 各破面とボックスカウンティング法により (2)ボックスカウンティング法に比べ,球拡張法の方 算出したフラクタル次元の関係(測定条件 S2) が脆性破面と延性破面のフラクタル次元の値に大 きな差が現れた。このことから,球拡張法はボッ 2.5 クスカウンティング法に比べて,2つの破壊形態 2.45 を明瞭に分類できる可能性があることが分かっ 2.4 た。 2.35 謝 2.3 辞 本事業で用いた測定機の一部は公益社団法人 JKA の 補助事業によるものであり,競輪マークを記して謝意 図8 各破面とボックスカウンティング法により を表する。 算出したフラクタル次元の関係(測定条件 S3) 3.3 球拡張法とボックスカウンティング法の比較 参考文献 各破面のフラクタル次元の値に差が現れた条件が球 1) 高梨正祐 他: "圧力技術",Vol.44( No.1),pp.3-11, 拡張法ではレーザプローブによる測定データのみであ (2006) り,ボックスカウンティング法ではSEMによる測定デ 2) 高安秀樹: "フラクタル",朝倉書店,pp.7-25, (1986) ータのみであった。しかし,ボックスカウンティング法 3) M.TANAKA 他: "ISIJ International",Vol.44( No.7), では各破面のフラクタル次元の平均値の差が 0.07,0.1 pp.1250-1257,(2004) 程度だったのに対し,球拡張法では 0.16 と比較的大き 4) 池庄司敏孝 他: "日本機械学会論文集(A編)", な値を示し,破面の違いを明瞭に表すことができた。 64 巻 ( 623 号 ) , pp.232-238 , ( 1998 ) これらのことから,レーザプローブを用いて破面の形 状を測定し,球拡張法によりフラクタル次元を算出する 本 研 究 は , 公 益 社 団 法 人 JKA ことで,S55C の脆性及び延性破壊の定量的な分類が可能 の 補 助 事 業 に よ り整 備 し た 機 ではないかと考えられる。 器を活用して実施しました。 - 111 -
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