地域協働研究 - 学校法人清光学園

ISSN 2189−2385
地域協働研 究
第1号
2 0 1 5 . 3
岡崎女子大学・岡崎女子短期大学
地域協働推進センター
創 刊 に あ た っ て
地域協働推進センター長 小 宮 富 子
平成26年4月に岡崎女子大学・岡崎女子短期大学地域協働推進センターが創設され、両大学の
地域協働活動と教育活動に関する研究紀要として平成27年3月『地域協働研究』がここに創刊さ
れる運びとなった。
本センターは、
「人材育成」と「地域貢献」を両大学の社会的使命であるとする認識に基づき、
「両大学の知的・人的・物的資源を地域とつなぎ、地域の課題解決に応えるための教育・研究・
地域活動を全学的に推進する」ことを目的に開設されたものである。センターには「地域協働
推進部会」
「生涯学習・市民交流推進部会」
「岡崎大学懇話会活動部会」の3部会が置かれ、大学・
短大の地域協働のあり方を考えるシンクタンクとしての役割を担うとともに、多様な地域協働
活動を展開している。包括協定に基づく自治体との連携や、各種市民団体・企業等との協働、
高大接続、大学間連携、市民対象の公開講座などの企画・広報・運営などもその一例である。
『地域協働研究』は「地域」と「教育」を二つのキーワードとして、地域協働活動の成果や課
題を分析し、地域ニーズへの対応策を提案するとともに、グローカルな視点からの大学教育や
人材育成のあり方に関する研究成果の公表を意図するものである。本創刊号には、
「親と子ども
の発達センター」を利用する保護者の子育ての悩みに関する調査研究や、親子体操教室におけ
るアクティブ・ラーニングの実践に関する研究、児童養護施設における安全委員会方式の導入
や運営に関する論文、地域経済団体と連携した教育活動に関する論文、高齢者福祉施設での職
員の活動量を比較した研究等々を含む9件の研究論文が掲載されることとなった。
『地域協働研究』が今後、大学と地域を結ぶ研究活動の舞台としての役割を果たし、学園にお
ける実践的な教育活動を促進し、その研究成果を広く社会に還元して、大学と地域がともに発
展するための豊かな契機となりうることを切に願うものである。
――― 目 次 ―――
創刊にあたって
小 宮 富 子
【研究論文】
現代ビジネス学科における地域貢献事業の取組みと課題
河 合 晋 ・・・・・・・・・・・ 1
町 田 由 徳
祝 田 学
子育ての悩みと、親と子どもの発達センターの役割についての検討
— 利用者の育児の「困り事」、「相談相手」、「相談方法」の分析から —
岸 本 美 紀 ・・・・・・・・・・ 13
小 原 倫 子
白 垣 潤
野 田 美 樹
丸 山 笑里佳
安 藤 久美子
早 川 仁 美
武 藤 久 枝
児童養護施設における安全委員会方式の導入について
— 導入のために必要な条件と手続きについて —
築 山 高 彦 ・・・・・・・・・・ 19
山 田 光 治
児童養護施設における安全委員会方式の運営について
— 導入効果と効果的で安定した運営のために必要なこと —
築 山 高 彦 ・・・・・・・・・・ 29
山 田 光 治
介護職員の歩数量及び運動強度からみた施設介護労働の実態
— 状態の異なる入所者で構成されるフロアにおける比較 —
仲 田 勝 美 ・・・・・・・・・・ 39
上 田 智 子
幼児教育と小学校教育における子どもの在り方と世界
中 田 基 昭 ・・・・・・・・・・ 45
地域連携型親子体操教室におけるアクティブ・ラーニングの実践
鳥 居 恵 治 ・・・・・・・・・・ 57
山 下 晋
藤 原 貴 宏
「気になる学生」の指導のための情報共有システムの試案
山 下 晋 ・・・・・・・・・・ 65
野 村 安 子
藤 井 暖 子
岡崎における手染め鯉幟の研究
上 田 信 道 ・・・・・・・・・・ 71
「地域協働研究」投稿規程・原稿作成要領
【研究論文】
現代ビジネス学科における地域貢献事業の取組みと課題
Participation of the Department of Business Administration
in Local Contribution Activity, and Derivative Problems
河 合 晋* ・ 町 田 由 徳* ・ 祝 田 学*
KAWAI Susumu, MACHIDA Yoshinori, HOUDA Manabu
要 旨:
本稿は、産学官連携事業である中小企業情報発信事業ポータルサイト「岡崎コレクション」制作プロジェクトの取組み
と課題を考察することが目的である。現代ビジネス学科では、大学COC構想や私立大学等教育研究活性化設備整備事業を
意識して、このプロジェクトを地域貢献事業の中核としている。ゼミ課外活動であった第1期~第2期プロジェクトでの
課題点を踏まえ、第3期からはカリキュラム化した中で、その取組みの成果や新たな課題を考察した。
Abstract
This paper considers the practice of an industry-academic-government cooperation production project of “Okazaki
Collection,” an information transmission portal site of a small- and medium-sized company. Treating the project as the
core of its local contribution activity, the Department of Business Administration grasped problems in the project, and
examined fruits and problems newly detected in the course of dealing with the problems.
キーワード:地域貢献事業、中小企業、ポータルサイト、アンケート調査、ジェネリック・スキル
Keyword: Local contribution activity, small- and medium-sized company, portal site, questionnaire investigation, generic
skills
1.はじめに
と活力あるまちづくり」(2)のための施策が挙げら
れた。その具体的施策の中に「新産業支援事業」
本稿は、平成26年度岡崎女子大学・岡崎女子短
のための「産学官連携支援」(3)があり、これを受
期大学課題研究「現代ビジネス学科における“地
けて岡崎市役所経済振興部商工労政課から、“岡
域貢献PBL(Project Based Learning)”確立のた
崎のものづくりや産業”の情報発信不足が課題と
めの研究」として助成していただいたことに対し
して提起され、岡崎市青年経営者団体連絡協議会
て、その中間段階での取組みの成果と課題を考察
(以下、
「青経連」という)と本学科(当時は経
することが目的である。
営実務科(4))との産学官連携事業として、中小企
岡崎女子短期大学現代ビジネス学科(以下、
「本
業情報発信事業ポータルサイト「岡崎コレクショ
学科」という)でのポータルサイト「岡崎コレク
ン」を制作することになった。
ション」制作プロジェクト(以下、
「プロジェクト」
当プロジェクトの目的は、
「地域企業が連携す
という)は、典型的な産学官連携事業である。
『岡
ることで、新商品・新事業の開拓も視野に入れ、
崎市第6次総合計画』(平成21年)「主要課題と基
また、岡崎のものづくりや産業を地域内外へ発信
本政策の方向」の中で「地域に根ざした産業の育
し、各企業の持つ本来の価値を再発見すること」(5)
成」(1)が掲げられ、「基本計画」として「賑わい
である。特に自動車関連の製造業が多い岡崎市内
*
岡崎女子短期大学現代ビジネス学科
-1-
研究論文
の中小企業は、在来の系列関係の枠組みに囚われ
うにした。平成24年度からゼミ(11)の課外活動とし
ない新たな取引先の獲得や、新ビジネスモデルの
て開始した当プロジェクトであったが、今年度
構築が共通課題となっている。しかし、情報発信
は、ゼミ課外活動として実施している場合に比
に費やせるコストや時間に制約のある中小企業
べ、1年生全員が参加するプロジェクトの遂行と
が、個別に情報発信を行っても劇的な効果を期待
なり、新たに別の課題が生じた。本稿では、当プ
(6)
することは難しい 。そこで、新商品・新市場の
ロジェクトをゼミ課外活動に留めず、カリキュラ
開拓も視野に入れた情報発信を行うことで、地域
ム化した取組みやその課題を検証することで、当
中小企業の連携がもたらすシナジー効果により地
該地域貢献事業が今後さらに発展するための要素
域経済を活性化させることが、当プロジェクトの
を抽出したい。
目的である。
なお、本稿の主たる担当は、1.が河合、2.
本学科では、当プロジェクトを地域貢献事業の
が祝田、3.~5.が町田、6.~8.が河合と
中核としている。その理由は、①昨今、文部科学
なっている。
省などから高等教育機関に求められる社会的役割
2.就職先の状況
に対応すること、②多くの学生は地域貢献活動に
関心があること、③本学科の学生募集上のコンテ
ンツとすることの3点である。
この章では、本学科の学生が「どのような就職
文部科学省の大学COC(Center of Community)
先を選択したか」を概観することで、本学科に適
構想の背景は、大学の教育研究が社会の課題解決
したカリキュラムのあり方を検討する。なお、本
に十分応えていないことにあった。大学にはフィ
稿では、対外的に公表されている「年度の進路状
ールドワーク等を通じて、学生が社会の現実の課
況」を元にデータベースを再構築した。
題解決に参加することで実践力を育成し、学修す
はじめに、学生がどのような業種に就職したか
(7)
る意欲を刺激することが求められている 。さら
を平成23年度から平成25年度までの過去3年間で
に、文部科学省「私立大学等教育研究活性化設備
みてみる(図1)
。
整備事業」の<タイプ2「特色を発揮し、地域の
発展を重層的に支える大学づくり」(地域特色型)
>では、地元自治体、産業界等との連携の下、地
域が求める人材の育成、地域貢献など、全学的に
地域の発展を重層的に支える大学が評価される(8)。
高等教育機関が地域と一体になって、学生が地域
課題の解決に取り組み、それを地域貢献や地域活
性化に繋げるような人材に育成していく社会的・
時代的要請は今後も続くものと考えられる(9)。
また、岡崎市内にある大学・短期大学の学生へ
のアンケート調査(対象者2,511名)では、学生
図1 業種別の就職状況(過去3年間)
は社会問題・地域課題への関心が高く、社会問題
就職先の中心である「製造業」は、平成23年度
や地域課題の解決による地域貢献や地域活性化に
(10)
学生の可能性を感じさせる結果であった 。地域
が27%、平成24年度が20%、平成25年度が23%と
貢献PBL活動は学生ニーズに応えることにもなろ
なっている。
「医療、
福祉」
は、
平成23年度が25%、
う。
平成24年度が27%、平成25年度が12%と年度ごと
河合・町田他(2014)「現代ビジネス学科にお
に変動している。
「金融業」については、平成23
けるPBLの取組みに関する課題について」におい
年度と平成24年度が5%、平成25年度が14%とな
て、当プロジェクトの教育効果や社会的意義の検
っている。
「小売業」
については、
平成23年が9%、
討がなされたことを踏まえ、今年度より必修科目
平成24年度が15%、平成25年度が19%と増加傾向
の「経営実務演習Ⅰ」
(1年次後期)に組み込み、
にある。
1年生の全学生が当プロジェクトに参画できるよ
次に、規模別に過去3年間の就職状況(図2)
-2-
現代ビジネス学科における地域貢献事業の取組みと課題
企業に目を向けることができる仕組みが必要であ
る。
3.プロジェクトの内容と期待される効果
当プロジェクトに対する学生の活動内容は、サ
イトのメインコンテンツとなる青年経営者に対す
るインタビューと、インタビュー模様の写真撮影
である。写真撮影は「写真・メディア研究部」の
学生が担当し、インタビュー、記事制作は平成24
~ 25年度の第1期、第2期サイトでは本学科2
年河合ゼミ・町田ゼミの有志学生が担当した。
図2 規模別の就職状況(過去3年間)
ポータルサイト制作を産学官の三者共同で行う
を確認する。従業員300人以上の組織に就職した
ことにより期待される効果は、取材を受ける企業
学生は、平成23年度は34%、平成24年度は31%、
側のメリットとして、学生の新鮮な視点で企業の
平成25年度は39%となっており、それ以外の学生
歴史や魅力を再発見して発信することができるこ
は、中小の企業または事業所に就職している(な
と、取材を行う学生側のメリットとしては、大企
お、
「不明」は、クリニックなどが含まれている)
。
業と比較して情報の乏しい中小企業の魅力に触れ
学生の6割から、年度によっては8割近くが中小
ることで、地域産業の特性に対する理解を深めら
規模の組織に就職している。
れること、それを通じて学生自身のキャリア意識
学生は、こうした中小規模の組織に対する理解
向上に役立てること、インタビュー作業を通じて
度を高め、そこに就職して円滑に業務を行うため
社会人として必要とされる会話力のスキルアップ
に必要となるスキルを、学生自らが考えて学ぶこ
など、汎用能力(ジェネリック・スキル)の向上
とができるカリキュラムの構成が必要とされてい
を図ることができる、といった点である(12)。
る。
4.先行事例
さらに、地区別の就職状況(図3)をみると、
愛知県西三河地区は、平成23年度が72%、平成24
年度が61%、平成25年度が70%であり、愛知県東
本学科が当プロジェクトに関わるのと同時期
三河地区は、平成23年度が19%、平成24年度が25
に、学生が企業経営者を訪問してインタビューを
%、平成25年度が16%となっている。すなわち、
行うという類似の事例はいくつかある。
9割近い学生が三河地区に就職をしていて、学生
埼玉大学では平成25年度より就職支援の一環と
の9割弱が三河地区出身であることを考えると、
して、埼玉県内の企業と連携し、知名度や企業規
地元志向が強い就職状況であることがわかる。
模とは異なる視点で企業を見る目を養い、企業を
こうした状況から、学生生活を通して、地域の
選ぶ新しい視点を身につけ、学生の就職活動の幅
を広げることを目的とする「埼大生が探す、埼玉
のエクセレント・カンパニー」事業を開始し、埼
玉大学のOBを中心とした経営者を学生が訪問し
てインタビューを実施する事業を開始している
(13)
。
また、東京都八王子市では「八王子市しごとの
魅力発見バスツアー」と称して、学生が八王子市
内の中小企業をバスで訪問し、経営者や従業員に
インタビューし、中小企業の魅力発見や学生のキ
ャリア意識の醸成に繋げるプロジェクトを行って
図3 地区別の就職状況(過去3年間)
いる(14)。
-3-
研究論文
共同研究への発展
上記2つの事例では、インタビュー活動が学生
のキャリア意識の向上を目的として行われている
である。当プロジェクトをきっかけとして大学と
ため、インタビュー内容は概要の紹介のみに留ま
地域を繋ぐチャンネルを新たに開拓する効果を得
っている。
ることができた(17)といえる。
それに対して「岡崎コレクション」同様、イン
タビュー内容の全貌をweb上で公開している事例
⑵課題解決手段としてのカリキュラム化
としては、山形大学の就活サークル「aim」が実
プロジェクト参加による教育効果を多くの学生
施している「経営者100人インタビュープロジェ
に享受させるために、ゼミ有志による参加という
クト」がある。このプロジェクトでは、サークル
形態を改め、本学科1年次の必修科目「経営実務
に所属する学生が経営者に出向きインタビューを
演習I」の内容として、本プロジェクトを取り入
行い、その内容をブログで公開する形式を採って
れることが計画された。
(15)
いる 。「aim」による事例ではインタビュー記事
「経営実務演習」は旧経営実務科開設時より設
の数や内容は、学生の自主的なサークル活動にも
定されている演習科目で、平成17年度に文部科学
関わらず非常に充実しているが、あくまで目的が
省「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代
学生の就職活動の練習であり、既存のブログサイ
GP)
」に「産学コラボレーションによる総合体験
トのフォーマットをそのまま使用してサイトが構
型授業」が採択されたことをきっかけとして、1
築されているため、サイトのユーザビリティの質
年生後期~2年生前期に渡り、
「経営実務演習Ⅰ
が低く、インタビューを受ける企業側がPRツー
~Ⅳ」
(卒業必修)として仮想ショッピングモー
ルとして使うには不十分な内容である。
ルの制作、運営をその内容として実施してきた。
また、NPO法人G-netが手がける「若者が選ぶ
しかし、時を経て、授業担当者の変更、カリキ
魅力的な会社100選」もweb上で公開している事
ュラム編成上の問題、取り巻くビジネス環境の変
(16)
例である 。学生が大手就職サイトでしか企業情
化、デジタル化した学生、商業高校での類似した
報を得ていない現状に対し、学生自身が地元の優
授業の存在などがあり、当該授業が形骸化してい
良企業を取材し、学生視点に立って企業の魅力を
るという問題点(18)が生じており、これを刷新する
紹介するサイトである。しかし、これは興味ある
効果も期待した。
学生が自ら申し込んで参加する形式であり、高等
ポータルサイト制作プロジェクトのカリキュラ
教育機関が関与して行っている活動ではない。
ム化については、第2期サイト制作に一区切りつ
こうした類似の事例に対して、「岡崎コレクシ
いた平成25年12月から検討を開始し、河合・町田
ョン」は、学生のキャリア意識醸成だけではなく、
他(2014)でカリキュラム化の提言を行った。
地域活性化の効果を狙っていること、必修のカリ
ゼミ活動の一環として行った、第1期、第2期
キュラムとして一度に多人数の学生がインタビュ
プロジェクトを通じて明らかになった課題点は、
ーを実施することなどの点で、独創的な取り組み
①課外活動であるために、教員による学生の作業
であるといえる。
進捗状況の管理が難しい
②有志学生による活動であるため、多数の学生を
5.カリキュラム化
動員することが出来ない
③学生の交通費等、活動資金の確保が難しい
⑴第1~2期プロジェクト参加の実際的効果
④参加する学生のインタビュー力、文章力、文章
作成スピード等の能力のバラつき
当プロジェクトに参加して、本学科が得られた
⑤実施時期が2年次夏休みから後期授業期間であ
メリットは、
①インタビュー実施企業からの求人依頼
るため、活動から得られた経験を就職活動に生
②インタビュー実施企業との共同による、高齢者
かすことが難しい
といった点である(19)。
向けタブレット講習プロジェクトへの発展
③インタビュー実施企業経営者による、学生向け
こうした課題点を踏まえて、カリキュラム化す
講演
ることで、
④インタビュー実施企業とのプロダクトデザイン
①授業内での活動による確実な進行管理が可能
-4-
現代ビジネス学科における地域貢献事業の取組みと課題
②必修授業での活動であるため、多数の学生が参
加
③授業(特に事前授業)で指導を行うことにより、
学生の能力差を縮小
④1年次でのプロジェクト参加により、その経験
を2年次の就職活動等に生かすことができる
が期待され、第1期、第2期の課題点を解決しよ
うとした。そこで、青経連側と綿密な協議、検討
を重ね、第3期プロジェクトの具体的な実施スケ
写真1 第3回授業風景
ジュールが決定された(表1)。
表1 ポータルサイト制作の実施スケジュール
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ため、ブランディングプロデューサーの安藤竜二
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氏をゲストスピーカーに招き、
講演を実施した(写
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真1)
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青経連側からは必修カリキュラム化に伴う参加
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者倍増に合わせて、第一期、二期の倍となる20社
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の参加企業を選定し、10月21日に参加企業プレゼ
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ンテーションを学生に対して行い、学生への希望
㸴
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調査により取材先とのマッチングを行った。
㸵
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11月11日、18日には学生がマッチングした企業
㸶
᭶ ᪥
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へ取材に赴くが、短時間で効率よく移動を行う為
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に遠方の企業については青経連側に送迎の協力を
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要請した。
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⑶カリキュラム化に伴う課題点
こうした過程を経て取材を終え、サイトのメイ
ンコンテンツとなる記事作成の作業に入ったが、
そこでは以下のような問題が発生した。
①取材音声から文字起こしを行う時間の不足
平成26年度からの「経営実務演習Ⅰ」は、カリ
仮にインタビュー時間が45分間としても、音声
キュラムの改編に伴い、従来の2コマ連続授業か
を慎重に確認しながら文章化していくのにはその
ら1コマのみとなったが、企業へ取材に赴く場合
倍以上の時間がかかった。それに対処するために
などは、1コマでは足りない。よって、第4~5
予定を変更して15回目の「報告レポートプレゼン
回、第7~8回、第9~ 10回については、他の
テーション」を中止し、文章作成の時間を増やし
授業と振り替えて2コマ連続(180分)で展開す
た。
ることとした。 ②企業のプロジェクトに対する温度差
「経営実務演習」では伝統的に少人数のグルー
本プロジェクトでは、青経連を構成する10団体
プワークによる演習を重視しているため、初回の
から各2社の企業を代表として選出し、計20社の
授業において2名~6名の小グループを20グルー
企業が取材対象として参加しているが、その業種
プ編成し、各グループ内でインタビューと記事作
や企業規模は様々であり、ビジネスの形態も企業
成を主に担当する「編集長」、動画の撮影、編集
や官公庁を主たる顧客としているもの(B to B)
を担当する「動画カメラマン」、静止画の撮影を
もあれば、一般消費者を対象としているもの(B
担当する「静止画カメラマン」の3つの役割分担
to C)等様々である。
を行い、10月14日の第3回授業では、記事作成に
そのため、参加企業の中には既に自社のwebサ
あたってブランディング意識を学生に徹底させる
イトを有している企業もあれば、自社サイトを持
-5-
研究論文
っていない企業もあり、本プロジェクトに対する
が収録できなかったグループ、誤って倍速で録画
参加の意識や目的もまちまちであった。また、ポ
してしまい、ほとんどの素材が使用できなくなっ
ータルサイト「岡崎コレクション」がどのような
たグループなどが出てしまった。
閲覧者をターゲットとしているかの設定が不明確
カリキュラム化に伴い、このような課題点は生
であったこともあり、学生にとって理解、編集し
じたが、平成27年1月6日には無事に全20グループ
やすい内容のインタビューもあれば、編集が難し
の記事が完成し、サイトへのアップロードも1月
い内容となったインタビューもあった。本来であ
末には完了する予定である。
れば学生、企業間で打ち合わせを重ねて、時間を
また、ポータルサイト制作の進捗、完成の報告
かけて文章を完成させることが望ましかったが、
を平成26年11月、平成27年1月に「FMおかざき」
入稿のための時間の制約があることから、編集作
にて学生が行うなどのPRを行った(写真2)。
業に遅れが生じたグループについては教員、青経
6.産学連携企画室の設置 連側の連絡担当者が編集作業を手伝わざるを得な
かった。
③編集、校正の時間厳守が徹底できない
岡崎女子短期大学は、本学科を中心とした取組
授業のカリキュラム内で記事の作成を進めるた
みが評価され、平成26年度私立大学改革総合支援
めに、学生は授業で作成した記事をメール添付で
事業<タイプ2「特色を発揮し、地域の発展を重
企業側に送付し、企業は次の授業までの1週間以
層的に支える大学づくり(地域発展)>に採択さ
内に校正して返信する、というプロセスを採っ
れた(95校中68校が採択)
。採択内容は、
「産学官
た。半数の学生グループは授業時間内でメール送
連携企画室設置のためのプロジェクタ・什器等の
信を行い、それ以外の大多数のグループも数日内
整備」である。
にはメール送信を行うことができたが、1週間以
私立大学改革総合支援事業のタイプ2では、自
内に記事作成、メール送信が行えなかった学生グ
治体との包括連携協定の締結、全学的地域連携セ
ループ、1週間以内に校正、返信ができない企業
ンターの設置、地域社会と連携した地域課題解決
が、それぞれ1割ほど出た。
のための教育プログラムなどが採択の基準とな
④機材数の不足・習熟度の低さに伴う、動画撮影
る。岡崎女子短期大学は、地域に根差す高等教育
の不備
機関であることを特色とし、岡崎市と包括協定の
今年度の第三期サイト制作に伴う新たな試みの
締結、地域協働センターの設置、青経連と協力推
一つとして、iPadを使用して取材企業の風景や取
進に係る協定など、確実に採択に向けての環境を
材の様子を撮影し、それを編集してサイトで公開
整えてきた。そして、平成26年度の本プロジェク
するということを行ったが、撮影機材の数が限ら
トは、学生が地域産業への理解を深め、企業情報
れていることから、撮影の練習を十分に行うこと
の発信という実際的な役割を果たす中で、自らの
ができなかった。これにより撮影をミスして動画
キャリア意識を高め、必要な実務能力を獲得して
いくと共に、地域の課題解決のための方法を模索
しつつ地域活性化に向けた具体的な貢献を果たし
ていくという目的をより発展させる足掛かりを必
写真2 「FMおかざき」を通じてのPR
写真3 現代ビジネス学科産学官連携企画室
-6-
現代ビジネス学科における地域貢献事業の取組みと課題
要とした。
・有効回答者数11社(回収率55.5%)
今年度、採択されたことにより、学内拠点とし
・調査方法:E-mail調査
て「現代ビジネス学科産学官連携企画室」を設置
できた(写真3)。今後は、産学官連携による教
⑴学生及び取材企業での満足度
育プログラムの構築をめざし、岡崎市や青経連と
プロジェクトに参加した学生及び取材企業にお
本学科との間で年間を通した継続的な協議を行
ける当該活動の満足度は、表2である。学生側は
い、PDCAサイクルによる取組みのアセスメント
6割以上が「満足している」と回答しており、取
や改善案のプランニングを効果的に実施してい
材企業側は11社のうち7社が「満足している」と
く。具体的には、岡崎市と青経連からの要望等の
回答している。
意見聴取、事前学習としてアクティブ・ラーニン
表2 活動の満足度
グ化したロールプレイング研修の導入、学生の取
材活動における日程調整、事後学習としてのプレ
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ゼンテーション評価、成果物としてのポータルサ
Ꮫ⏕
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ྲྀᮦ௻ᴗ
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イトのブラッシュアップなどである。
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7.アンケート調査
学生側の「満足している」理由(35名)の自由
河合・町田他(2014)では、『2010年度JAUCB
回答を分類すると、
「経営者から貴重な話が聞け
受託調査研究報告書』で提案される、6つの汎用
た」ことや「経営者の人柄」に関することが17名
能力(ジェネリック・スキル)を指標化し、ポー
(48.6%)
、
「学内では出来ない経験をした」こと
タルサイト「岡崎コレクション」制作プロジェク
が7名(20.0%)
、
「自己達成感」に関することが
トに参加したゼミ学生の伸長度を測った。ただ
5名(14.3%)
「地元企業の理解が進んだ」こと
し、前述のように昨年までの当該活動はゼミ課外
が4名(11.4%)
、「楽しかった」が2名(5.7%)
活動であり、プロジェクトに参加した学生は少数
であった。本プロジェクト参加による本学科の主
であったため、予備的調査に留めていた。今年度
目的は、
「大企業と比較して情報の乏しい中小企
よりカリキュラム化したことから、1年生全学生
業の魅力に触れることで、地域産業の特性に対す
を対象としたジェネリック・スキルの伸長度をは
る理解を深められること、それを通じて学生自身
じめ、プロジェクト参加の満足度やキャリア形成
のキャリア意識向上に役立てること」
(前述)で
への役立ちなども併せてアンケート調査するとと
あるが、その目的は達成されていると考える。ま
もに、取材企業に対しても事業の満足度を測るた
た、PBL活動のメリットである「身の丈を超える
め、アンケート調査を実施した。
(20)
経験」
による自己発見、自己成長を享受した学
アンケート調査概要は、以下の通りである。な
生がいることも分かる。なお、
「満足していない」
お、学生に対するアンケートについては、学内の
とする2名の理由は、
「もっと時間をかけてイン
必要な手続きを経ている。
タビューをし、文章を考えたかった」と、
「イン
■学生の満足度やジェネリック・スキル伸長度な
タビュー内容を上手く文章にまとめられず自分が
ど
情けなかった」とするもので、むしろ自己成長の
・調査時期:平成26年12月
ための積極的な意見であった。
・調査対象:本学科プロジェクト参加者60名
「どちらでもない」とする学生が19名いるが、
・有効回答者数56名(回収率93.3%)
カリキュラム化をしてプロジェクト参加者が増加
・調査方法:質問紙調査。調査票の配布及び回収
した以上、これは想定済みである。しかし、この
は集合調査法による。
アンケート調査時点では、まだ自分たちが制作し
■取材企業の満足度など
たサイトがオープンされていない。PBL活動にお
・調査時期:平成27年1月
いて成果物は自己達成感の重要な要素であり、自
・調査対象:平成26年度ポータルサイト「岡崎コ
分たちの氏名が入ったサイトを目にしていないこ
レクション」取材企業20社
とが数値に現れているとも考えられる。
-7-
研究論文
一方、取材企業側の「満足している」理由(7社)
表3 役に立った活動
の自由回答は、
「学生の視点による自社の再発見」
活動内容
学生
(N=56)
「岡崎コレクション」「社長の自叙伝NET」研究
0
安藤竜二様講演「ブランディングとは」
2
参加企業プレゼンテーション
8
インタビュー・写真撮影の練習
5
企業へのインタビュー
24
iPadやICレコーダによる記録
3
ポートレート写真の撮影
0
録音から文章作成(文字起こし)
6
取材文章の校正
(企業とのメールやりとりを含む)
8
や「学生の姿勢に対する好評価や好印象」がほと
んどであった(21)。ポータルサイト「岡崎コレクシ
ョン」の取材を受ける企業側メリットは、「学生
の新鮮な視点で企業の歴史や魅力を再発見して発
信することが出来ること」
(前述)としているが、
それに該当する回答が多かった。
逆に、取材企業側の「満足し
表4 満足度と役立ちの関係
ていない」理由(3社)の自由回
答は、「学生のインタビュースキ
ルや文章能力の低さ」であった
(22)
。表1のように、インタビュ
ー練習は1回のみ授業で行ってい
るが、学生が文字起こしをした
文章を企業に添削してもらう作
業の段階で、我々教員はその校
正に敢えて関与していない。そ
れは、今年度のプロジェクトで
は、学生と取材企業間での文章
活動内容
「岡崎コレクション」「社長の自叙伝NET」研究
安藤竜二様講演「ブランディングとは」
参加企業プレゼンテーション
インタビュー・写真撮影の練習
企業へのインタビュー
iPadやICレコーダによる記録
ポートレート写真の撮影
録音から文章作成(文字起こし)
取材文章の校正(企業とのメールやりとりを含む)
計
かなり
満足し
ている
1
3
2
6
ある程 どちら あまり 全く満
度満足 でもな 満足し 足して 計
してい
ていな
る い い いない
0
1
1
2
5
2
1
8
4
5
13
8
24
1
2
3
0
2
4
6
3
3
8
29
19
2
0
56
校正のやり取りを密にすること
で、成果物であるサイトの完成度を高めていくこ
該活動の満足度(表2)と、一連の活動の中で最
とを、本学科と青経連担当者との間で申し合わし
も役に立った活動(表3)の関係は、
表4である。
ていたためである。すなわち、今年度は、青経連
満足度にかかわらず、企業と関わる活動が役に立
のご協力の下、学生が苦労することでその伸長度
ったと感じていることが分かるが、
「ある程度満
を高める方法を採ったのである。しかし、企業側
足している」層に「インタビュー・写真撮影の練
にとっては負担の大きい作業になったと思われ、
習」すなわち、
“事前学習”が役立ったとする学
その点は今後の反省点になろう。
生がいることと、
「どちらでもない」層に「録音
からの文章作成(文字起こし)
」すなわち、基本
⑵役に立った活動
的には“作業”が役立ったとする学生が一定いる
プロジェクトに参加した学生において、一連の
ことが特徴である。
活動の中で最も役に立った活動は、表3である。
「企業へのインタビュー」が全体の42.9%を占
⑶困難な活動
め、次いで「参加企業プレゼンテーション」と「取
プロジェクトに参加した学生において、一連の
材文章の校正(企業との電子メールやりとりを含
活動の中で最も困難だった活動は、表5である。
む)」が、それぞれ14.3%である。これらは、取
「録音からの文章作成(文字起こし)
」が全体の
材対象の経営者の話を聞いたり、記録したインタ
ビューを文章にまとめて添削を求めたりするな
表5 困難だった活動
ど、全て企業と関わる活動であることで共通して
活動内容
学生(N=56)
「岡崎コレクション」「社長の自叙伝NET」研究
0
安藤竜二様講演「ブランディングとは」
0
参加企業プレゼンテーション
0
インタビュー・写真撮影の練習
4
企業へのインタビュー
11
iPadやICレコーダによる記録
2
ポートレート写真の撮影
1
録音から文章作成(文字起こし)
31
取材文章の校正
(企業とのメールやりとりを含む)
7
いる。満足度でも、「経営者から貴重な話が聞け
た」や「学内では出来ない経験をした」とする意
見が多かったが、本学科の学生が企業の経営者と
関わる経験こそが、このプロジェクトの最大のメ
リットといえる。
なお、プロジェクトに参加した学生における当
-8-
現代ビジネス学科における地域貢献事業の取組みと課題
55.4%を占め、次いで「企業へのインタビュー」
表7 魅力度
が、19.6%である。「録音からの文章作成(文字
起こし)」は、基本的には“作業”であるが、決
かなり感じた
ある程度感じた
どちらでもない
あまり感じない
全く感じない
められた文字数にまとめたり、経営者や企業の魅
力を引き出すような文章をまとめたりすること
は、そこに国語力が要求される。また、「企業へ
のインタビュー」には、圧倒的にコミュニケーシ
学生
(N=56)
24
27
5
0
0
取材企業
(N=11)
2
5
3
1
0
ョン能力が求められる。いずれも1年生の学生に
とっては難易度の高い作業であり、学生が困難に
力度が一致している企業もあれば、一致しない企
感じた活動であったことは頷ける。一方で、
「iPad
業、すなわち活動の満足度が低くても学生は魅力
やレコーダによる記録」や、その後の取材映像を
に感じた企業もあれば、活動の満足度が高くても
YouTubeにアップすることになるが、デジタル
学生を魅力に感じない企業も存在した。これにつ
機器の使用に長けた学生にとって、こうした一連
いては、今後ヒヤリング調査の対象としたい。
の活動にそれほど困難性を感じていないことも特
⑹キャリアデザインの参考
徴である。
プロジェクトに参加した学生及び取材企業にお
⑷学生及び取材企業での地域貢献性
いて、学生はキャリアデザインの参考になった
ポータルサイト「岡崎コレクション」制作が地
か、または企業の方は学生にとって参考になると
域に貢献する活動であるかについては、表6であ
思うかについては、表8である。概ね学生は、自
る。本学科では、ポータルサイト「岡崎コレクシ
身のキャリア意識の向上に役立てたし、取材企業
ョン」制作プロジェクトを地域貢献事業の中核と
の方もそう考えている。学生が経営者から直接話
しているが、それは学生、取材企業双方にほぼ理
を聞くことのキャリア形成の意義は、双方でほぼ
解されている。しかし、本プロジェクトは、新商
共有されていると考える。
品・新市場の開拓も視野に入れた情報発信を行う
表8 キャリアデザイン
ことで、地域中小企業の連携がもたらすシナジー
効果により地域経済を活性化させること(前述)
にあり、そこまで踏み込んで地域貢献が出来てい
かなり参考になる
ある程度参考になる
どちらでもない
あまり参考にならない
全く参考にならない
るかについては、サイトアクセス数や企業連携の
事例を検証する必要がある。
表6 地域貢献性
かなりそう思う
そう思う
どちにらもない
あまりそう思わない
全くそう思わない
学生
(N=56)
7
41
8
0
0
取材企業
(N=11)
2
8
1
0
0
学生
(N=56)
5
36
15
0
0
取材企業
(N=11)
2
6
2
1
0
⑺ジェネリック・スキル伸長度
本稿では、
『2010年度JAUCB受託調査研究報告
書』で提案される6つの汎用能力(ジェネリック・
スキル)(23)[新卒時点で求められる汎用能力(対話・
対応力、好感獲得力、吸収力、継続力)と、ビジ
ネス実務で求められる汎用能力(付加価値をつけ
⑸ 学生及び取材企業での魅力度
る能力、バランス感覚)]を分かりやすい表現に
プロジェクトに参加した学生及び取材企業が、
変え、プロジェクトの取組前と取組後での自己の
互いにそれぞれを魅力に感じたかについては、表
変化を5段階スケールで回答してもらい、学生の
7である。ほとんどの学生が、経営者や地元中小
伸長度をみてみる(表9)
。
企業に魅力を持つことになったし、取材企業の多
学生は、プロジェクトに参加したことによっ
くからも学生を魅力に感じていただいた。しか
て、ジェネリック・スキルの6項目の全てで有意
し、取材企業の方は、活動の満足度と学生への魅
(1%水準)に成長したと自己評価している。な
-9-
研究論文
数の学生が参加」することになり、多くの
表9 ジェネリック・スキル伸長度
取組前 取組後 伸長度
平均値 平均値
(N=56) (N=56) (平均値の差)
対話・対応力
好感獲得力
吸収力
継続力
付加価値を付ける能力
バランス感覚
3.29
3.05
2.95
3.09
3.09
3.11
3.68
3.41
3.52
3.55
3.52
3.64
0.39
0.36
0.57
0.46
0.43
0.53
t値
有意水準
(片側)
2.977
2.509
4.846
3.704
2.873
3.897
0.00***
0.00***
0.00***
0.00***
0.00***
0.00***
学生はその教育効果を享受することができ
た。また、第7章のアンケート調査の結果
から、
「1年次でのプロジェクト参加によ
り、その経験を2年次の就職活動等に生か
すことができる」と期待される。
しかし、
「授業(特に事前授業)で指導
を行うことにより、学生の能力差を縮小」
できたかについては不明である。アンケー
お、プロジェクト取組後で自己評価が高い項目
ト調査では、当プロジェクトに満足している理由
は、
「対話・対応力」
(3.68)、
「バランス感覚」
(3.64)
が「事前学習」にあった学生もいた一方で、イン
であり、伸長度が高い項目は「吸収力(外界の情
タビュー音声をサイト記事として読みやすくする
報を柔軟に自分のものとする力)」(2.95→3.52:
ためには、インタビュー内容を上手に意訳してま
0.57)、「バランス感覚(周囲を観察し、協調しな
とめるスキルが必要だが、そのスキルが不足して
がら課題解決する力)」(3.11→3.64:0.53)であ
いる学生グループでは、この段階で作業が止まっ
った。
てしまった。この点については、全プロジェクト
ただし、上記は先行研究でよく見受けられる分
が終了した時点で、学生にヒヤリング調査を行う
(24)
析手法 であるが、こうしたアンケート調査にお
予定である。
ける自己評価は主観的であり、客観的とはいえな
当初は、カリキュラム化することで、意欲の低
い。学生があるプロジェクトに参加し、何かしら
い学生に対して不安があったが、当プロジェクト
の活動をした場合に、取組前より取組後の方が
「伸
に対する予想以上の満足度やその他アンケート調
長しなかった」と回答することは自己否定に繋が
査の結果を受けて、
「大企業と比較して情報の乏
るからである。その点に配慮して、ジェネリック・
しい中小企業の魅力に触れることで、地域産業の
スキル伸長度に関しては、項目間での数値差に着
特性に対する理解を深められること、それを通じ
目すべきである。
て学生自身のキャリア意識向上に役立てること」
「対話・対応力」・「吸収力」・「バランス感覚」
の目的は達成していると考え、今後も当プロジェ
が目立つ結果であることは、編成されたチームの
クトを継続していくつもりである。
中で役割分担をし、経営者にインタビューした記
一方で、カリキュラム化したことで新たに生じ
録を文章や写真、映像にまとめるという、チーム
た課題については、以下のように対処していきた
内での作業を協調して遂行し、かつ、学生は経営
い。
者の話を自己のキャリアに反映させる過程を経て
まず、
「取材音声から文字起こしを行う時間の
いたと解釈できる。よって、経営者と会話し、
「周
不足」については、カリキュラムの時間配分の変
囲を観察し、協調しながら課題解決する力」や「外
更を行い、
「編集、校正の時間厳守が徹底できな
界の情報を柔軟に自分のものとする力」が身につ
い」ことについては、学生には授業ガイダンス等
いたとする学生が多いということであろう。
を通じて徹底させること、取材企業へは、事前の
打ち合わせ等を通じて協力要請するしかない。
8.まとめ
「機材数の不足」は、平成26年度私立大学改革
総合支援事業の採択による什器等の整備で、ほと
第5章で指摘したように、当プロジェクトを1
んどが解決できる。
「習熟度の低さに伴う、動画
年次にカリキュラム化したことで、2年生ゼミ学
撮影の不備」については、先述のカリキュラムの
生が夏休みに課外活動として行っていた第1~2
時間配分の変更に関係するが、この動画撮影やア
期の課題点を解決できたかについては、概ね解決
ンケート調査で「困難だった活動」
(図表8)に
できたと考えている。ゼミ課外活動とは異なり、
挙げた部分に重点を置いた事前学習を展開するこ
「授業内での活動による確実な進行管理が可能」
とにしたい。なお、学生の中にデジタル・ディバ
となったし、「必修授業での活動であるため、多
イドが生じており、一部デジタル機器の扱いに不
-10-
現代ビジネス学科における地域貢献事業の取組みと課題
慣れな学生に対しては、特別の手当をする必要性
学科におけるPBLの取組みに関する課題につ
も感じた。
いて」
『岡崎女子短期大学学術教育総合研究
「企業のプロジェクトに対する温度差」におけ
所所報』第7号、p.12
る課題については、青経連側と産学共同事業の目
(7) 文部科学省(2012)
「大学改革実行プラン~
的の再整理または見直しを図る必要がある。今後
社会の変革のエンジンとなる大学づくり~」
は、新設された「現代ビジネス学科産学官連携企
p.12参照
画室」で、産学官連携の継続的な協議が行われる
(http://www.mext.go.jp/b_menu/
予定となっているので、その場を通じて明らかに
houdou/24/06/_icsFiles/afieldfi
していきたいと考えている。
le/2012/06/05/1312798_01_3.pdf)
(8) 文部科学省(2013)「私立大学等教育研究活性
なお、上記に関連して、当プロジェクトの「地
化設備整備事業」参照
域貢献性」についても産学官で再整理または見直
しを行う必要があると考えている。現在、「現代
(http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shi
nkou/07021403/002/002/1340519.htm)
ビジネス学科産学官連携企画室」では、当プロジ
ェクト遂行のための協議の場に留まっているが、
(9) 愛知東邦大学地域創造研究所編、手嶋慎介・
当プロジェクトの最終目的は「新商品・新市場の
加納輝尚・河合晋他6名著(2014)
『学生の
開拓も視野に入れた情報発信を行うことで、地域
「力」をのばす大学教育-その試みと葛藤』
中小企業の連携がもたらすシナジー効果により地
唯学書房、pp.166-167
域経済を活性化させること」にあり、「現代ビジ
(10) 詳しくは、河合晋(2014)
「ソーシャルビジ
ネス学科産学官連携企画室」が地域中小企業ビジ
ネスに対する学生の意識について-アンケー
ネスの拠点となるような提案をしていくことも、
ト調査に基づいて-」
『ビジネス実務論集』
高等教育機関の役目であろうと考えている。
第32号、日本ビジネス実務学会、pp.12-25
を参照されたい。
謝辞
(11) 本稿での「ゼミ」とは、
「専門ゼミナールⅠ」
(1年次後期)
・
「専門ゼミナールⅡ」
(2年
青経連の林政樹様はじめ事業部会各位及び取材
次前期)
・
「専門ゼミナールⅢ」
(2年時後期)
企業様に感謝申し上げます。
を総称している。
(12) 河合晋・町田由徳他(2014)
「前掲書」pp.13
付記
(13) http://www.saitama-u.ac.jp/visit/visit.html
参照
(14) h t t p : / / w w w . c i t y . h a c h i o j i . t o k y o . j p /
本稿は、平成26年度岡崎女子大学・岡崎女子短
sangyo/10838/参照
期大学課題研究助成によるものです。
本文掲載の写真については、本人の承諾を得てい
(15) http://ameblo.jp/ceo100/参照
ます。
(16) http://100sen-company.net参照
(17) 河合晋・町田由徳他(2014)
「前掲書」pp.13-
注
14
(18) 河合晋・町田由徳他(2014)
「前掲書」p.12
(1) 岡崎市(2009)『第6次岡崎市総合計画』p.21
(19) 河合晋・町田由徳他(2014)
「前掲書」p.14
(2) 岡崎市(2009)『前掲書』p.44
(20) 大島武・池内健治・椿明美・水原道子・見舘
(3) 岡崎市(2009)『前掲書』p.84
好隆(2010)「ビジネス実務分野における汎
(4) 平成25年度より「経営実務科」から「現代ビ
用能力とその教育方法」
『2009年度JAUCB受
ジネス学科」へと学科名称の変更を行ってい
託 研 究 報 告 書 』 全 国 大 学 実 務 教 育 協 会、
る。
pp.29 ‐ 35、[「身の丈を超える経験」は、
McCall, M.W. (1998) “High Flyers:Developing
(5) http://www.okazaki-collection.com/about.
the Next Generation of Leaders” Harvard
html参照
Business School Pr.:金井壽宏訳(2002)『ハ
(6) 河合晋・町田由徳他(2014)「現代ビジネス
-11-
研究論文
イ・フライヤー次世代リーダーの育成法』プ
しまったとおっしゃっていました。分かりやす
レジデント社より引用]
く話したつもりでも、外部の人には分かり辛い
内輪話になっていたのだなぁと反省しておりま
(21) 取材企業様の肯定的なご意見は以下の通りで
す。
ある。
・学生の視点を知ることができる貴重な機会にな
(23) 大島武・池内健治・椿明美・坪内明彦・見舘
りました。自社の存在を多くの方に知っていた
好隆・和田佳子(2011)
「汎用能力育成の指
だくことは非常にありがたいこと。
導法:研究プログラム開発と教材開発を中心
に」
『2010年度JAUCB受託研究報告書』全国
・学生さんの話を聞く姿勢や明るい笑顔での対応
大学実務教育協会、p.15
などが良かったと思います。
(24) 見舘好隆(2012)
「課題解決型学習で「企業
・学生さんもそうですが、運営側の皆さんがとて
が求める力」は育成できるのか一オープンキ
も頑張ってみえたからです。
・自社の創業から今日までを改めて知ることがで
ャンパスプロジェクト参加者と非参加者との
き、また、強みも弱みも再認識できたので。
比較―」
『ビジネス実務論集』第30号、日本
ビジネス実務学会、pp.21-34
・色んな角度からの質問やヒヤリングにこちらと
しても気が付くことが多くて良かったです。
主要参考文献
・学生さんたちが、一生懸命に取材をしてくれた
り、原稿をまとめていた姿勢が良かったと思い
ます。また、自社の事を再度考えるきっかけに
・愛知東邦大学地域創造研究所編、手嶋慎介・加
もなり、初心に帰ることができた。今後に活か
納輝尚・河合晋他6名著『学生の「力」をのば
せると思いました。
す大学教育-その試みと葛藤』唯学書房、2014
年
・今回のプレゼンや取材を通して伝える事の難し
・大島武・池内健治・椿明美・水原道子・見舘好
さや、重要性を再認識できたことに満足してお
隆「ビジネス実務分野における汎用能力とその
ります。
教育方法」
『2009年度JAUCB受託研究報告書』
(22) 取材企業様の否定的なご意見は以下の通りで
全国大学実務教育協会、2010年
ある。
・まだまだ学生との距離感を感じ、上手く伝えき
・河合晋、町田由徳、手嶋慎介、岡野大輔、加納
れない部分があった。また、もっと学生さんか
輝尚「現代ビジネス学科におけるPBLの取組み
ら積極的に話を掘り下げてほしかった。
に関する課題について」
『学術教育研究所所報』
第7号、pp.11-24、2014年
・学生の文章作成能力が低い。
・今回、私自身インタビュー取材というものを初
・河合晋「ソーシャルビジネスに対する学生の意
めて体験し、それが文章化された物を見て、伝
識について-アンケート調査に基づいて-」
『ビ
える事の難しさを痛感しました。他の方に聞い
ジネス実務論集』第32号、日本ビジネス実務学
ても、皆さんの添削後の文章が真っ赤になって
会、pp.12-25、2014年
-12-
【研究論文】
子育ての悩みと、親と子どもの発達センターの役割についての検討
―利用者の育児の「困り事」
、「相談相手」、「相談方法」の分析から―
The parental dilemma in child-rearing
and the role of Parent-Child Developmental Center
: Analysis of user’s stress of child-rearing, adviser, method of consulting
岸本美紀* 小原倫子* 白垣潤* 野田美樹**
丸山笑里佳** 安藤久美子*** 早川仁美*** 武藤久枝****
KISHIMOTO Miki, OBARA Tomoko, SHIRAGAKI Jun, NODA Miki,
MARUYAMA Erika, ANDO Kumiko, HAYAKAWA Hitomi, MUTO Hisae
要 旨:
本研究の目的は、保護者の子育ての悩みを把握することで、「親と子どもの発達センター」の役割について示唆を得る
ことである。そのため、育児における「困り事の内容」
、「相談相手」、「相談方法」に関する質問紙調査を「親と子どもの
発達センター」の利用者に実施した。そして、72名の母親の回答を分析した結果、育児の「困り事の内容」は「しつけに
関すること」が出現率第1位であった。保育所の0 ~ 2歳児クラスの保護者と比較した結果、分析対象者の「しつけに関す
ること」の出現率が有意に高かった。「相談相手」については、出現率1位は「夫」であった。保育所の0 ~ 2歳児クラス
の保護者と比較した結果、
「友人」の出現率は分析対象者が有意に高かった。「相談方法」では、「直接会って話す」の出
現率が第1位であった。これらの結果を踏まえ、保護者のニーズに合った講座の実施や支援体制を検討する必要性が示唆
された。
Abstract
Analysis of a questionnaire of the users of the “Parent-Child Developmental Center,” used to ascertain the role of the
Center. The questionnaire asked about stress of child-rearing, who the parents consulted most often, and what method
of consulting they found most useful. Center users mentioned “discipline” most often, which was significantly higher than
day-nursery users. “Husbands” were consulted the most often, and “friends” were mentioned more often that daynursery users. “Face-to-face consulting” was the most preferred method. Lectures and a support system that fit the
needs of parents is necessary.
キーワード:親と子どもの発達センター、育児の困り事、相談相手、相談方法、質問紙調査
Keyword: Parent-Child Developmental Center, stress of child-rearing, adviser, method of consulting
Ⅰ.はじめに
を目標とし、平成25年6月に活動を開始した。開
始以降、
「子育て実践講座」
、
「みんなで子育て」、
岡崎女子大学・岡崎女子短期大学「親と子ども
「発達を理解する連続講座」
、
「コミュニケーショ
の発達センター」は、①「人材育成の拠点」、②「親
ン・セミナー」などを企画し、実施している。
子発達研究の拠点」、③「地域貢献活動の拠点」
その際、
「親と子どもの発達センター」の役割
*
岡崎女子大学子ども教育学部 **岡崎女子短期大学幼児教育学科 ***親と子どもの発達センター職員(保育士)
****
中部大学現代教育学部
-13-
研究論文
を理解し、地域で子育てをしている保護者のニー
2.調査内容
ズに合致した活動を展開することを目指してき
調査票は、フェイスシートを含めた約60項目の
た。この観点に基づき、我々は「親と子どもの発
質問で構成されている。質問項目の主な内容は、
達センター」の利用者アンケートを分析すること
現在育児で困っている事の有無(以下、
「困り事
で、役割について考察を行った(小原他、2014) 。
の有無」
)とその内容(以下、
「困り事の内容」)、
その結果として、48.6%の保護者が子育てで悩み
その相談相手(以下、
「相談相手」
)
、および相談
や迷いがあることが明らかとなり、子育て支援施
しやすい方法(以下、
「相談方法」
)等である。
設としての「親と子どもの発達センター」の役割
⑴「困り事の内容」
:
「困り事の内容」は、31個の
1)
項目で構成され、この中から当てはまる項目を
が示された。
本研究では、小原他(2014) で得られた結果を
5個まで選択するように複数回答を求めた。項
もとに、子育ての悩みや困り事に焦点を当てるこ
目の作成にあたっては、三重県乳幼児教育セン
とで、「親と子どもの発達センター」の役割につ
ター (2002)3)、久保山ほか(2009)4)の先行研究を
いて改めて考察を行う。そして、その結果を活動
基にした。31個の主な内訳は、
「食事について」
内容に反映させることで、子育て支援施設として
「排泄のこと」
「こだわりが強い」
「落ち着きが
の活動の充実を目指す。
ない」
「しつけに関すること」などである。
1)
1)
検討の方法については、小原他(2014) で把握
⑵「相談相手」
:
「相談相手」は、17個の項目で構
した子育ての悩みが、自由記述で得られたことに
成され、この中から当てはまる項目を3個まで
より母数が少ない点をまず考慮する。そこで、育
選択するよう複数回答を求めた。項目の作成に
児 に お け る 困 り 事 が 項 目 化 さ れ た 岸 本・ 武 藤
あたっては、松尾ほか(1992)5)、三重県乳幼児
(2013)2)の 質 問 紙 調 査 を 利 用 す る。 岸 本・ 武 藤
教育センター (2002)3)の先行研究を基にした。
(2013)2)は、幼稚園に子どもを通わせている保護者
17個の主な内訳は、
「夫」
「実母」
「義母」
「友人」
(以下「幼稚園保護者」とする)が分析の対象で
「担任」などである。
あるため、質問項目を一部修正して使用する。次
⑶「相談方法」
:
「相談相手」は、8個の項目で構
に、「親と子どもの発達センター」利用の子ども
成され、この中から当てはまる項目を3個まで
とほぼ同年齢である保育所の0 ~ 2歳児につい
選択するように複数回答を求めた。項目の作成
て、その保護者(以下「保育所保護者」とする)
に あ た っ て は、 三 重 県 乳 幼 児 教 育 セ ン タ ー
の結果との比較を試みる。比較した結果から、
「親
(2002)3)の先行研究を基にした。
と子どもの発達センター」の保護者の特徴を明ら
かにし、「親と子どもの発達センター」における
3.分析方法
支援のあり方について示唆を得ることとする。
⑴分析対象者内での分析
全項目について単純集計を行った。次に、子ど
Ⅱ.研究方法
もの性別(男・女)
、子どもの出生順位、母親の
就労をキー項目として、
「困り事の内容」
「相談相
1.調査対象者及び方法
手」「相談方法」 をクロス項目とするクロス集計
2014年7月2日から10月30日まで、子どもと「親
を行った。また、セル内5以上が出現した場合に
と子どもの発達センター」を利用した保護者に質
χ2検定を実施した。
問紙調査を行った。調査票の配布は担当保育士か
⑵「保育所保護者」との比較
ら直接行った。回収は、担当保育士への直接提出
岸本・武藤(2013)6)は、
「保育所保護者」481名を
が17名、郵送が56名であった。11月7日までに回
分析対象者としている。そのうちの、
「親と子ど
収した。きょうだい等複数の子どもが通う場合
もの発達センター」に通う子どもとほぼ同年齢で
は、「親と子どもの発達センター」に通う一番年
ある、0 ~ 2歳児クラスの「保育所保護者」121名
上の子ども1名についてのみ回答することを求め
との比較を行った(以下「0 ~ 2歳児クラス保育所
た。
保護者」とする)。
施設(
「親と子どもの発達センター」
・
「0 ~ 2歳
児クラス保育所保護者」
)をキー項目として、「困
-14-
子育ての悩みと、親と子どもの発達センターの役割についての検討
り事の内容」「相談相手」「相談方法」 をクロス項
ない」
・
「食事のこと」17名(23.6%)
、第4位「排
目とするクロス集計を行った。また、セル内5以
泄のこと」15名(20.6%)
、
第5位「乱暴、
手が出る」
2
上が出現した場合にχ 検定を実施した。
13名(18.1%)と続く。
統計解析には、SPSS(Statistical Package for
「乱暴、手が出る」は、岸本・武藤(2013)2) 、
the Social Science) 解 析 ソ フ ト( 第15版 for
岸本・武藤(2014)6)では、出現率の上位10項目に入
windows)を用いた。
っていなかった。
「親と子どもの発達センター」
保護者の特徴として、未就労が約8割を占め、か
4.倫理的配慮
つ子どもの平均月齢が2歳前後という点が挙げら
調査趣旨に同意した回答者による無記名での回
れる。2歳前後の子どもは、自己主張が盛んであ
答である。
り、まだ言葉で自分の思いを伝えることが難し
く、手が出やすい。そのような発達過程の子ども
Ⅲ.結果及び考察
と生活したり子ども集団で過ごしたりする時間が
長いことが、本研究の結果の要因として推察され
1.分析対象者
る。
2014年7月2日から10月30日までの間に、「親と
⑶クロス集計結果
子どもの発達センター」を利用した保護者のう
育児の「困り事の内容」について、子どもの性
ち、新規利用者など質問紙調査に未回答の保護者
別(男・女)
、子どもの出生順位、母親の就労に
を調査対象者とした。期日までに回収があったの
よって、出現率に有意な差は見られなかった。
は73名であり、記述に不備のあったものを除く72
表1 育児の「困り事の内容」
名を有効回答者とした。
度数
(%)
本研究では、有効回答者の分布から、父親、祖
(n=72)
父母と50歳代以降の回答がなかったことから、20
代から40代の母親72名を分析対象者とする。
分析対象者となった母親の年齢は、30代56名
(77.8%)、20代11名(15.3%)、40代5名(6.9%)
であった。就労状況は、未就労58名(80.6%)
、
正規就労12名(16.7%)、パート就労2名(2.8%)
であった。
しつけに関すること
25(34.7)
落ち着きがない
17(23.6)
食事のこと
17(23.6)
排泄のこと
15(20.6)
乱暴、手が出る
13(18.1)
言うことを聞かない
12(16.7)
言葉が遅い
9(12.5)
囲8 ~ 47か月、SD±8.67)であった。
こだわりが強い
9(12.5)
睡眠のこと
9(12.5)
2.分析対象者の「困り事の内容」
病気のこと
8(11.1)
分析対象者の子どもの平均月齢は、25.2か月(範
⑴平均個数
分析対象者の育児における「困り事の内容」の
平均個数は、2.82個(SD:±1.69)であった。
⑵出現率
分析対象者の育児における「困り事の内容」に
ついて、出現率の高い順に表1に示す。
出現率の第1位は、「しつけに関すること」25名
(34.7%)であり、分析対象者の約3分の1が困っ
ている。「幼稚園保護者」を対象とした岸本・武
藤(2013)2)、「保育所保護者」を対象とした岸本・
武藤(2014)6)では、ともに出現率の第1位が「食事
について」であった(幼稚園:101名、25.6%、保
育所:80名、22.2% )。以下、第2位「落ち着きが
-15-
子どもの性格について
7(9.7)
皆と同じようにできない
4(5.6)
集団活動に参加しない
4(5.6)
子どもの友達関係について
4(5.6)
慣れにくい
4(5.6)
人見知りが強い
4(5.6)
保護者同士の関係について
4(5.6)
健康のこと
4(5.6)
発達の遅れ
4(5.6)
習い事について
4(5.6)
保育所について
4(5.6)
人とかかわることが苦手
3(4.2)
子育て方針について
3(4.2)
研究論文
表2 育児の困り事の「相談相手」
家族関係について
2(2.8)
運動が苦手
1(1.4)
度数
(%)
不器用
1(1.4)
(n=72)
夫婦関係について
1(1.4)
夫
55(76.4)
小学校に入ってからついていけるか心配
0(0.0)
友人
46(63.9)
言葉が聞き取りにくい
0(0.0)
実母
34847.2)
登園渋り
0(0.0)
きょうだい
6(8.3)
義母
5(6.9)
担任以外の保育者
4(5.6)
医師
3(4.2)
保健師
2(2.8)
実父
1(1.4)
カウンセラー
1(1.4)
義父
0(0.0)
親戚
0(0.0)
担任
0(0.0)
園長・主任
0(0.0)
看護師
0(0.0)
その他
2(2.8)
誰にも相談しない
2(2.8)
その他
12(16.7)
204(283.7)
3.分析対象者の「相談相手」
⑴平均個数
分析対象者の育児における困り事の「相談相
手」の平均人数は、2.21人(SD:±0.96)であった。
⑵出現率
分析対象者の育児における困り事の「相談相
手」について、出現率の高い順に表2に示す。
出現率の第1位は、「夫」55名(76.4%)であり、
分析対象者の約7割以上が「夫」に相談をしてい
る。「幼稚園保護者」を対象とした岸本・武藤
161(223.7)
(2013)2)、「保育所保護者」を対象とした岸本・武
藤(2014)6)と、よく似た結果であった(幼稚園:307
⑶クロス集計結果
名,77.7%、保育所:245名,68.1% )。以下、第2位「友
分析対象者の育児における困り事の「相談相
人」46名(63.9%)、第3位「実母」34名(47.2%)
、
手」について、子どもの性別(男・女)
、子ども
第4位「きょうだい」6名(8.3%)、第5位「義母」
の出生順位、母親の就労によって、出現率に有意
5名(6.9%)と続く。
な差は見られなかった。
「 幼 稚 園 保 護 者 」 を 対 象 と し た 岸 本・ 武 藤
(2013)2)、「保育所保護者」を対象とした岸本・武
4.分析対象者の「相談方法」
藤(2014)6)の結果と比較すると、上位5項目は同じ
⑴平均個数
であった。しかし、これらは第2位「実母」(幼稚
分析対象者の育児における困り事の「相談方
園:228名、57.7%、保育所:192名、53.3%)
、第
法」の平均個数は、
1.57人(SD:±0.84)であった。
3位「友人」(幼稚園:202名、51.1%、保育所:
⑵出現率
139名、38.6%)であった。「親と子どもの発達セ
分析対象者の育児における困り事の「相談方
ンター」保護者は、「友人」の出現率が高い結果
法」について、出現率の高い順に表3に示す。
であった。
出現率の第1位は、
「直接会って話す」60名(83.3
加えて、小原他(2014)1)は、「親と子どもの発達
%)であり、分析対象者の約8割以上が「直接会
センター」保護者に、「子育てについて相談する
って話す」
ことを希望している。
「幼稚園保護者」
人」を尋ねている。小原他(2014)1)でも、配偶者(69
を対象とした岸本・武藤(2013)2)、
「保育所保護者」
名、82.1%)、両親(62名、73.8%)、友人(54名、
を対象とした岸本・武藤(2014)6)でも、出現率の第
63.4%)に相談する人がほとんどであった。項目
1位は「直接会って話す」であった(幼稚園:355
の設定は異なるが、本研究もよく似た結果であ
名、89.9%、保育所:328名、91.1%)
。以下、第2
り、行政機関等に相談する人は少数であった。
位「メール」22名(30.6%)
、
第3位「電話」19名(26.4
%)
、第4位「チャット」7名(9.7%)
、第5位「ツ
イッター」3名(4.2%)と続く。
-16-
子育ての悩みと、親と子どもの発達センターの役割についての検討
上記の岸本・武藤(2013)2)、岸本・武藤(2014)6)の
あり、本研究の分析対象者の出現率が有意に高か
結果と本研究の結果を比較すると、上位3項目は
った(センター:46名、63.9%、保育所0 ~ 2歳児:
同じであった。しかし、これらは第2位「電話」
(幼
47名、38.8%、χ2=11.34、p<.01)
。
「親と子ども
稚園:147名、37.2%、保育所:109名、30.3%)
、
の発達センター」の保護者が、
育児の困り事の「相
第3位「メール」(幼稚園:132名、33.4%、保育所:
談相手」として、
「友人」を重視していることが
87名、24.2%)であった。「親と子どもの発達セ
うかがわれる。
ンター」の保護者の結果と異なり、第2位と第3位
一方で、
「幼稚園保護者」
(岸本・武藤、2013)
の項目が逆転している。
と「保育所保護者」
(岸本・武藤、2014)の結果を
比較した岸本・武藤(2014)7)では、
「幼稚園保護者」
表3 育児の困り事の「相談方法」
の「友人」の出現率が有意に高かった(幼稚園:
度数(%)
202名、51.1%、保育所:139名、38.6%、χ2=11.94、
(n=72)
直接会って話す
60(83.3)
メール
22(30.6)
電話
19(26.4)
チャット
7(9.7)
ツイッター
3(4.2)
フェイスブック
1(1.4)
ラジオ
0(0.0)
その他
1(1.4)
p<.01)
。この点については、
「親と子どもの発達
センター」保護者は80.6%が未就労であり、幼稚
園保護者も72.0%が未就労であったことから2)、
保護者の就労が影響していることが推察される。
⑶育児の困り事の「相談方法」
育児の困り事の「相談方法」について、
「0 ~ 2
歳児クラス保育所保護者」(121名)の結果と比較を
行ったが、出現率に有意な差は見られなかった。
113(157.0)
Ⅳ.まとめと今後の課題
⑶クロス集計結果
本研究の結果では、
「親と子どもの発達センタ
分析対象者の育児における困り事の「相談方
ー」保護者は、育児の「困り事の内容」において
法」について、子どもの性別(男・女)、子ども
「しつけに関すること」が出現率の第1位であっ
の出生順位、母親の就労によって、出現率に有意
た。また、この出現率は、
「親と子どもの発達セ
な差は見られなかった。
ンター」を利用する子どもとほぼ同年齢である保
育所の0 ~ 2歳児クラスに子どもを通わせる保護
5.保育所保護者との比較
者の結果と比較すると、有意に高いことが分かっ
(1)育児の「困り事の内容」
た。
「親と子どもの発達センター」保護者の約3分
育児の「困り事内容」について、「親と子ども
の1が、しつけについて悩んだり困ったりしてい
の発達センター」に通う子どもとほぼ同年齢であ
ることから、個別の相談やしつけに関する講座を
る「0 ~ 2歳児クラス保育所保護者」(121名)の結
行うなどの取り組みの必要性を理解した。
果と比較を行った。
また、
育児の困り事の「相談相手」については、
出現率で有意な差がみられたのは「しつけに関
幼稚園に子どもを通わせる保護者、保育所に子ど
すること」であり、本研究の分析対象者の出現率
もを通わせる保護者と同様に、
「夫」の出現率が
が有意に高かった(センター:25名、34.7%、保
最も高かった。約7割以上が「夫」に相談すると
育所0 ~ 2歳児:24名、19.8%、χ2=5.28、p<.05)
。
の結果であった。本研究の結果から、母親にとっ
「親と子どもの発達センター」の保護者の方が、
て「 夫 」 の 存 在 の 大 き さ が 理 解 で き る。 大 元
しつけに困っている割合が高いことがわかった。
(2010)は、夫の育児協力が妻の育児に良好な影響
⑵育児の困り事の「相談相手」
を与えるという幾つかの研究を紹介している8)。
育児の困り事の「相談相手」について、「0 ~ 2
加えて、これらの研究を踏まえ、父親に対する子
歳児クラス保育所保護者」(121名)の結果と比較を
育て支援の取り組みの重要性を示している。その
行った。
ような点から、
「親と子どもの発達センター」に
出現率で有意な差がみられたのは、「友人」で
おいても、父親に対する講座などの取り組みを検
-17-
研究論文
文献
討する必要があると考えた。しかし、「親と子ど
もの発達センター」保護者の中には、育児の困り
事を「誰にも相談しない」と回答した者が2名(2.8
⑴小原倫子・丸山笑里佳・岸本美紀・谷田貝雅典・
%)おり、また、父親に頼れない母親もいる可能
安藤久美子、子育ての悩みと、親と子どもの発
が述
達センターの役割に関する一考察-親と子ども
べたように、
「親と子どもの発達センター」が、
「共
の発達センター利用者の質問紙調査から-、岡
に考えていく場」として機能し、子育てを支援す
崎女子短期大学学術教育総合研究所所報、7、
る役割を果たしていかなければならないだろう。
pp1-10、2014
性が考えられる。そのため、小原他(2014)
1)
さらに、本研究の「親と子どもの発達センター」
⑵岸本美紀・武藤久枝、幼稚園における保護者支
保護者は、保育所の0 ~ 2歳児クラスに子どもを
援のあり方の検討-保護者が抱える子育ての困
通わせる保護者より、「友人」に育児の困り事を
り事の分析から-、中部大学現代教育学研究紀
要、6、pp15-21、2013
相談する割合が有意に高かった。就労していない
⑶三重県乳幼児教育センター、子育て上の悩みと
保護者が約8割を占める「親と子どもの発達セン
相談に関する調査研究報告書Ⅱ、2002
ター」保護者にとって、相談相手としての「友人」
の重要さがうかがわれた。本研究の結果から、保
⑷久保山茂樹・齊藤由美子・西牧謙吾・當島茂登・
護者同士のつながりを活かした活動を支援した
藤井茂樹・滝川国芳、
『気になる子ども』
『気に
り、新たな友人をつくる機会を設けたりするとい
なる保護者』についての保育者の意識と対応に
う、新たな「親と子どもの発達センター」の役割
関する調査-幼稚園・保育所への機関支援で踏
が期待されるのではないだろうか。
まえるべき視点の提言、国立特別支援教育総合
そして、「親と子どもの発達センター」保護者
研究所 研究紀要、36、pp.55-76、2009 の約8割以上が、育児の困り事を「直接会って話
⑸松尾久枝・石川道子・二村真秀・内藤敬子・清
す」という相談方法を希望していた。保護者の期
水桂子・渡辺勧持、未熟児をもつ母親の心配事
待に添えるよう、相談しやすい雰囲気をつくった
と相談相手-郵送による追跡調査の予後別分析
り、相談の機能を充実させたりすることが求めら
-、小児の精神と神経、32(1)、pp.49-58,1992
れるといると考える。スタッフがその点を意識す
⑹岸本美紀・武藤久枝、保育所保護者が望む保護
るだけでなく、保護者のニーズに合わせた相談支
者支援についての検討-育児の困り事、相談相
援の体制の検討が必要と考える。
手、相談方法に関する質問紙調査による分析か
ら-、保育士養成研究、31、pp125-134、2014
謝辞
⑺岸本美紀・武藤久枝,保護者が望む保護者支援
のあり方-幼稚園と保育所の比較-、岡崎女子
本研究の実施にあたり、ご協力いただきました
大学・岡崎女子短期大学研究紀要、47、pp17-
「親と子どもの発達センター」保護者、関係者の
24、2014
⑻大元千種、父親の育児参加とその支援につい
皆様に深く感謝いたします。
て、筑紫女学園大学・筑紫女学園大学短期大学
部紀要、5、pp187-195、2010
-18-
【研究論文】
児童養護施設における安全委員会方式の導入について
―導入のために必要な条件と手続きについて―
Introduction of the Security Committee Program
into Child Protection Institutions
: Required Conditions and Procedure for Introduction
築 山 高 彦* 山 田 光 治**
TSUKIYAMA Takahiko, YAMADA Mitsuharu
要 旨:
児童養護施設等で発生している暴力問題に対して、児童と職員の安心・安全な生活を保障する取り組みとして、安全委
員会方式が一定の効果を上げている。愛知県の児童相談所が施設と協働しながら、平成24年度からその導入に取り組んだ
具体的な状況について整理し、導入のために必要な条件として、①施設長のリーダーシップ、②中核的職員の存在、③理
事会の理解と支援、④児童相談所のバックアップの4点を、具体的に導入を進めて行く上での必要な手続きとして、①内
部委員の決定、②施設内コンセンサスの形成、③児童への周知・説明、④外部委員の選定・依頼・研修の4点を指摘し、
それぞれについて検討を加えた。
Abstract
Security Committee Program has an effect on serious violence in the Child Protection Institution as means which
ensures relief and security of children and staffs. Child Guidance Center in Aichi Prefecture tackled introduction of
Security Committee Program from 2012 while collaborating with Child Protection Institution. As a result, we found that
the necessary conditions for introduction are ① facility director’s leadership ② core staff for introduction ③ the board
director’s understanding and support ④ support by Child Guidance Center. Furthermore, we concluded that the
necessary procedures for introduction are ①decision of committee member in the Institution ②consensus-making in the
Institution ③explanation to children ④decision and training of external committee members.
キーワード:児童養護施設、暴力問題、児童相談所、安全委員会方式の導入
Keyword: Child Protection Institution, Violence, Child Guidance Center, Introduction of Security Committee Program
Ⅰ はじめに
下、家庭の代替的な機能を果たすべき施設で生活
するのであるから、その安心・安全な環境を保障
1 児童養護施設における暴力問題
することは、最重要課題である。ゆえに、被措置
児童入所施設等の職員から児童への暴力等につ
児童等虐待の防止が規定されたことは当然のこと
いては「被措置児童等虐待」として、平成21年4
であるが、児童福祉法には、①職員からの身体的
月に改正施行された「児童福祉法」第33条の10以
虐待、②職員からの性的な虐待、③職員によるネ
下に規定され、その防止に向けた様々な取り組み
グレクト、④職員からの心理的な虐待の4つが被
がなされている。虐待や様々な理由により家庭で
措置児童等虐待として定義されているものの、
「児
生活できない要保護児童が「社会的養護」の名の
童間の暴力」
、
「児童から職員への暴力」について
*
愛知県西三河児童・障害者相談センター **岡崎女子短期大学幼児教育学科
-19-
研究論文
は規定がない。(「児童間の暴力」については、そ
り、
大きく、
「安全委員会による審議と対応」と「職
れを放置することが③ネグレクトとされているも
員による安全委員会と連動した活動」で構成され
のの、「放置」の考え方は示されていない)
ている。詳しくは田嶌の成書(2011)に譲るが、
筆者らは、愛知県の児童相談センター(児童福
この方式は、田嶌が指摘するように、従来の、
「暴
祉法でいう「児童相談所」。以下「児童相談所」
力の理解」
、
「心理臨床モデル」
、
「養育モデル」を
という)の職員としての勤務経験を持つものであ
否定して転換するものではなく、それを包括しつ
るが、その中で、児童養護施設においては「職員
つ転換していくものであり、
まさに、
筆者らが今、
から児童への暴力」よりも、
「児童間の暴力」
、
「児
施設内での処遇に必要なものではないかと感じて
童から職員への暴力」が圧倒的に多いのではない
いたものであった。
かという印象を持っていた。暴力の問題は、被害
者となった児童が怯え、傷付き、その安心で安全
3 愛知県の取り組み
な生活が奪われるだけでなく、加害児童も当該施
愛知県の児童相談所は、平成24年度から児童養
設での養育は困難という烙印を押され、場合によ
護施設に安全委員会方式を導入する取り組みを行
っては「児童自立支援施設」への措置変更や退所
ってきた。児童相談所が行政処分を行う措置権者
という結果を招き、双方が傷つくことになる。ま
として指示的、指導的に施設支援を行うのでな
た、筆者らは、保育士を始め施設の直接処遇職員
く、相互の専門性や立場を尊重しながら、互いの
も児童から暴力を受けることで、自己の処遇能力
理解を深めながら取り組むことが必要であるとの
に自信を無くしたり、バーンアウト、退職に至っ
視点に立ち、入所児童にとっても、そこで働く職
た例を多く見てきた。このように、児童養護施設
員にとっても、その安心・安全な施設生活を保障
における暴力問題は、入所児童だけでなく職員の
する仕組みづくりに、児童相談所と施設が協働し
安心・安全を脅かすものであるとともに、施設の
て取り組むことが必要であるとの判断からである
危機管理能力を問われる大きな問題であり、その
が、この具体的な方法や内容等については、全国
抜本的な対応が求められてきた。
児童福祉安全委員会連絡協議会第6回全国大会基
こうした問題への対応は、当該施設だけの課題
調講演で発表したところである。
ではなく、児童について、入所措置だけでなく、
施設の日常的な生活場面やトラブルへの対応、退
4 本研究の目的
所・家庭復帰に向けた支援についても役割を果た
本研究では、平成24年度から愛知県の児童相談
すことが求められている児童相談所としても、大
所と児童養護施設が協働して安全委員会方式の導
きな責務があると考えられる。また、保育士等施
入について取り組みを進めてきた中で、導入に至
設職員の養成を行う大学としても、その持てるノ
った例と導入に至らなかった例の具体的な状況に
ウハウを施設運営や保育士養成教育場面に提供で
ついて整理し、導入のために必要な条件と必要な
きる機会があると思われる。
手続きについて検討し、今後の取り組みの指針を
得ることを目的とした。
2 児童福祉施設安全委員会方式
Ⅱ 取り組みの状況
この方式は田嶌誠一(九州大学大学院教授)が
考案し、平成18年1月に山口県内の児童養護施設
に初めて導入されたものである。2レベル(顕在
ここでは、取り組み方のパターン別に、時系列
化、潜在化)3種(職員から児童へ、児童間、児
でアプローチの目的と内容、その効果等について
童から職員へ)の暴力に対して包括的に取り組む
整理する。
ものであり、これまで主に個々の職員の力量に任
されていた施設内の暴力問題への対応について組
1 先行的な取り組みとして、一つ一つ児童相談
織を挙げて、システムとして対応するものであ
所と施設が話し合いながら導入を進めた事例
る。それにより、施設の子どもたちの「安心・安
⑴ A学園(導入に至った例)
全」な生活を徹底して保障し、子どもたちの成長
(表1)
のエネルギーを引き出すことをねらいとしてお
-20-
児童養護施設における安全委員会方式の導入について
表1 A学園の導入経緯
時 期
H24.5 ~
H24.7上旬
H24.8中旬
アプローチの目的と内容、効果等
備考・ポイント
施設内研修委員から園長に「安全委員会方式」に関する研修会開催の
安全委員会に関心が高
提案→園長が田嶌教授の著作を読み理念等を理解。必要性は高いと考
い職員の存在
えるも導入には躊躇(関係機関の協力、職員の同意が得られるかどう
園長が必要性を理解
か)があった。
施設職員研修(全員)
「暴力問題の理解と対応」(講師:N児相児童心 職員研修
理司)→現状についての職員の理解が進む。
児相の支援(研修講師)
施設職員研修(中堅職員)
「安全委員会方式の背景と必要性」(講師:
職員研修
N児相長、児童心理司)→安全委員会方式についての職員の理解が進
児相の支援(研修講師)
むが職員にも導入にいろいろな意見あり。
施設職員研修(全員)
「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応~
H24.9中旬
安全委員会方式の実際~」(講師:田嶌教授)
職員研修
→安全委員会方式についての職員の具体的なイメージが形成。導入に 児相の支援(調整)
向けての積極的な反対はなし。導入に大きく前進。
H24.9下旬
園長が安全委員会方式の導入を決定→N児相長に伝達
安全委員会方式導入後の事務局となる職員とN児相児童心理司との調
H24.10中旬~
整の開始(今後の進め方、マニュアル作成等)
→事務に不慣れな施設職員の相談に丁寧に対応。職員も熱心。
園長の決断
中核的職員の頑張り
児相の支援(相談)
H24.11中旬
第4回安全委員会全国大会(新潟)へ園長・中核的職員が参加→既導入
安全委員会全国大会
施設の情報収集。
H24.11下旬
安全委員会方式を導入する旨、園長が法人理事会に報告→承認を得る。 法人の承認
H24.12中旬
施設職員研修(全員)
「キーパーソン検討会議」(講師:田嶌教授)→ 職員研修
安全委員会方式の具体的な運営等についての職員のイメージが形成。 児相の支援(調整)
H24.12 ~
園長から外部委員委嘱依頼。
外部委員の理解
中核的職員によるマニュアル等の施設職員への周知。併せて入所児童 児相の支援(相談)
への周知。
職員・児童への周知
H25.1中旬
外部委員研修「安全委員会方式について」(講師:N児相児童心理司)
児相の支援(研修講師)
→外部委員の安全委員会方式についての理解が進む。
H25.1末
安全委員会方式立ち上げ集会の開催
児童の理解
児相の支援(相談)
H25.2末
第1回安全委員会の開催
児相の支援(相談)
2 「安全委員会方式導入推進委員会」を設置し
・ステップ1(研修)
:施設職員と児童相談所職員
て、ステップ1 ~ 3により導入を進めた事例
の合同研修会を開催。施設の現状等を踏まえ、
※「安全委員会方式導入推進委員会」
今、施設に求められている対応や安全委員会方
A学園での導入の経験を踏まえ、平成25年度
式の基本的な考え方について理解を深めること
に、県内の複数の児童養護施設に安全委員会方式
を目的とした。
を導入することを目的として、中央児童・障害者
・ステップ2(施設分析)
:導入前調整として、施
相談センター内に、「安全委員会方式導入推進委
設の現状分析を行う。ステップ1の研修を踏ま
員会」事務局を置き、施設とその管轄地域に当該
え、
「施設の養育理念」
「施設内不適応行動」等
施設を有する児童相談所と3者がともに協働しな
について、一般論ではなく、自分の施設の問題
がら、ステップ1 ~ 3の段階を設定して取り組ん
として振り返り、システムとしての対応の必要
だ。
性について理解することを目的とした。
・ステップ3(導入準備)
:導入を決定した施設に
※「ステップ1 ~ 3」
-21-
研究論文
表2 B寮の導入経緯
時 期
H25.1 ~
H25.3上旬
アプローチの目的と内容、効果等
施設長が独自に田嶌教授の著作を読み理念等を理解。必要性は高いと
考えるも導入には躊躇あり。「職員の反発が強いのではないか」
N児相長から施設長に職員研修の実施を提案。→施設長了解。
備考・ポイント
施設長が必要性を理解
施設長の理解
児相の支援(相談)
施設職員研修(全員)「児童養護施設の現状と課題」
(講師:N児相長、
H25.3中旬
職員研修
児童心理司)→施設の置かれた現状と課題、どのように対応したらい
児相の支援(研修講師)
いのかについての理解を深めることを目的とした。職員の反応は良好。
施設職員研修(全員)「安全委員会方式について」(講師:N児相長、
H25.4中旬
職員研修
児童心理司)→職員への安全委員会方式の概要の理解を促すことを目
児相の支援(研修講師)
的。
H25.4下旬
法人理事長がN児相に来所。以後の児相の施設支援について協力依頼
施設長の決断
→従前から施設長が理事長に導入の必要性を説明しており、理事長も
法人の理解
理解。
H25.6.18
H25.7.2
県が設置した「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ1「児童養
職員研修
護施設等と児童相談センター合同研修会」に施設長と中核的職員が参
児相の支援(研修講師)
加
県が設置した「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ2「施設の
H25.6末
H25.7中旬
現状と課題を考える」を実施。→施設職員が自分の施設を客観的に捉
児相の支援(相談)
える機会となり、参加した中核的職員の大きな意識変化が認められ、
導入への動機づけがなされた。
安全委員会方式導入後の事務局となる職員とN児相児童心理司との調
H25.7下旬~
整の開始(今後の進め方、マニュアル作成等)
→事務に不慣れな施設職員の相談に丁寧に対応。職員も熱心。
中核的職員の頑張り
児相の支援(相談)
H25.8下旬
施設職員研修(全員)
「安全委員会方式の実際」
「キーパーソン検討会議」
職員研修
(講師:田嶌教授)→安全委員会方の実際についての職員の具体的な
児相の支援(調整)
イメージが少しずつ形成。
H25.10上旬
第5回安全委員会全国大会(北海道)に園長・中核的職員が参加→既導
安全委員会全国大会
入施設の情報収集
H25.11 ~
施設長から外部委員委嘱依頼
H25.11下旬
外部委員の理解
外部委員(施設所在地の小・中学校長)を訪問し、安全委員会方式に
児相の支援(調整)
ついて説明(N児相長、児童心理司)
H25.11下旬
施設職員研修(全員)
「緊急対応マニュアルロールプレイ」「キーパー
職員研修
ソン検討会議」(講師:田嶌教授)→安全委員会方の実際についての職
児相の支援(調整)
員の理解を深める。
H25.12 ~
中核的職員によるマニュアル等の施設職員への周知。併せて入所児童 児相の支援(相談)
への周知。
職員・児童への周知
H26.1下旬
外部委員研修「安全委員会方式について」(講師:N児相児童心理司)
児相の支援(研修講師
→外部委員の安全委員会方式についての理解が進む。
H26.2上旬
安全委員会方式立ち上げ集会の開催
児童の理解
児相の支援(相談)
H26.2末
第1回安全委員会の開催
児相の支援(相談)
対して、第1回の安全委員会開催までの手続き
認しながら期限を定めて進める。
等について、施設、管轄児相、推進委員会が確
-22-
児童養護施設における安全委員会方式の導入について
表3 C学園の導入経緯
時 期
アプローチの目的と内容、効果等
備考・ポイント
従前から児童の問題行動への対応に関する施設長の独自の取り組みが
H25.4 ~
H25.6.18
H25.7.2
H25.8中旬
H25.9中旬
H25.12上旬
H26.2下旬
H26.3
H26.6上旬~
H26.6上旬
H26.7 ~
H26.8 ~
H26.9上旬
なされており、安全委員会方式についての関心も高く、条件が整えば
導入したい希望があった。
県が設置した「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ1「児童養
護施設等と児童相談センター合同研修会」に中核的職員が参加
「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ2「施設の現状と課題を
考える」を実施。→施設職員が自分の施設を客観的に捉える機会とな
施設長必要性を理解
職員研修
児相の支援(研修講師)
児相の支援(相談)
ったが、参加した中核的職員からは、安全委員会導入による事務量等 中核的職員の不安
職員負担の増加を危惧する声がでた。
ステップ2の3回目を実施。ステップ2の総括を行う中で、施設長から26
施設長の決断
年度に職員体制が強化されることから、安全委員会方式の導入を行い
児相の支援(相談)
たい旨発言があったことから、ステップ3の取り組みについて相談。
「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ3の中の施設内全体研修
「児童養護施設の現状と課題」「安全委員会方式について」(講師:N 職員研修
児相長、児童心理司)、併せて、ステップ3の進め方スケジュールにつ 児相の支援(研修講師)
いて意見交換→初めて施設職員全体への研修を実施。中核的職員が積
極的取り組む姿勢に変化。
理事会で新年度の事業計画として安全委員会方式を導入する旨説明。
了解を得る。
安全委員会方式導入後の事務局となる職員とT児相、N児相担当との
調整の開始(今後の進め方、マニュアル作成等)→事務に不慣れな施
設職員の相談に丁寧に対応
施設職員研修(全員)
「キーパーソン検討会議」(講師:田嶌教授)→
安全委員会方の実際についての職員の具体的なイメージが形成。
中核的職員の頑張り
職員研修
児相の支援(調整)
施設長から外部委員委嘱依頼
外部委員の理解
理事会の承認
中核的職員の頑張り
児相の支援(相談)
中核的職員によるマニュアル等の施設職員への周知。併せて入所児童 児相の支援(相談)
への周知。
職員・児童への周知
外部委員研修「安全委員会方式について」(講師:N児相長)→外部委
児相の支援(研修講師)
員の安全委員会方式についての理解が進む。
H26.9中旬
安全委員会方式立ち上げ集会の開催
H26.10上旬
第6回安全委員会全国大会(広島)への中核的職員の参加→既導入施設
安全委員会全国大会
の情報収集
児相の支援(相談)
H26.10末
第1回安全委員会の開催
児相の支援(相談)
表4 D寮の経緯
時 期
H25.6.18
H25.7.2
H25.8末
H25.9下旬
H25.12上旬
アプローチの目的と内容、効果等
備考・ポイント
県が設置した「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ1「児童養
護施設等と児童相談センター合同研修会」に中核的職員が参加
「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ2「施設の現状と課題を
考える」を実施。→個々の職員は現状における問題点に気づいている
が、課題が組織として十分に共有されず、改革への動きに中々結びつ
かない。職員の負担感も大きい。
ステップ2の3回目を実施。ステップ2の総括を行い、児童の安心・安全
な生活の保障について現状からのレベルアップを図る必要性について
意見交換を行う。システム的、マニュアル的対応への理解が十分に得
られず一応の終了。
職員研修
児相の支援(研修講師)
-23-
児相の支援(相談)
児相の支援(相談)
研究論文
表5 E学園の経緯
時 期
H25.6.18
H25.7.2
アプローチの目的と内容、効果等
備考・ポイント
県が設置した「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ1「児童養 職員研修
護施設等と児童相談センター合同研修会」に中核的職員が参加
児相の支援(研修講師)
「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ2「施設の現状と課題を
H25.8末
H25.10初
考える」を実施。→施設職員が自分の施設を客観的に捉える機会とな
児相の支援(相談)
り、現状への理解が深まり、参加した職員から改革の意欲もうかがえ
中核的職員の不安
たが、安全委員会導入による事務量等職員負担の増加を危惧する声が
でた。
施設職員研修(全員)
「安全委員会方式の取り組み」「キーパーソン検
H25.10末
職員研修
討会議」(講師:田嶌教授)→安全委員会方の実際についての職員の具
児相の支援(調整)
体的なイメージが形成。
ステップ2の3回目を実施。ステップ2の総括を行い、児童の安心・安全
H25.12中旬
な生活を保障について現状からのレベルアップを図る必要性につい 児相の支援(相談)
て、具体的な対応を検討することになる。
「安全委員会導入推進委員会」開催のステップ3の中の施設内全体研修
「児童養護施設の現状と課題」
「安全委員会方式について」(講師:N
H26.3中旬
職員研修
児相長、児童心理司)→改めて職員研修を行い、継続的な取り組みを
児相の支援(研修講師)
続けていくことの必要性を伝える。→H26年度:園長以下の職員体制
の変化により中断
⑴ B寮(導入に至った例)
する度に、職員の処遇力を高めるための研修、児
(表2)
童への個別的な心理療法や性教育等、様々な対策
を行ってきた。しかしながら、こうした取り組み
⑵ C学園(導入に至った例)
により問題行動が改善しても、職員や児童の入れ
(表3)
替わり等の環境の変化により再発したり、同じよ
うな問題が繰り返し発生してきた。この状況を何
⑶ D寮(導入に至らなかった例)
とか改善したいという強い使命感や従来の方法に
(表4)
とらわれない柔軟な思考力が施設長にあり、それ
が「安全委員会方式」に向けられたものと思われ
⑷ E学園(導入に至らなかった例)
る。こうした、動きの背景には、施設長のマネジ
(表5)
メント能力の高さ、危機管理への関心の高さがあ
ることもうかがえる。
Ⅲ 考 察
さらに、導入を決意した後も、実際の導入の手
続きを進める際に、いろいろな意見や考えがある
1 導入のために必要な条件
職員間の調整や指導を粘り強く継続し、組織とし
Ⅱで整理した5施設の状況から、共通する以下
てまとめていく力や責任者として外部委員の選定
の4点をピックアップした。
や法人理事会に働きかける等、トップとしてのリ
ーダーシップを積極的に発揮していることが分か
る。
⑴ 施設長のリーダーシップ
今回、安全委員会方式の導入に至った3施設の
状況をみると、いずれも、早い段階で施設長が安
⑵ 中核的職員の存在
全委員会方式の内容を理解し、その導入の必要性
次に、
施設長の意思決定の下で、
それを忠実に、
について前向きに捉えていたことが分かる。
着実に、粘り強く具体化していく能力と行動力を
これまで施設は、暴力問題等の問題行動が発生
持った中核的な職員の存在が挙げられる。導入に
-24-
児童養護施設における安全委員会方式の導入について
至った3施設とも、施設長の決断後に、中核的な
2 導入のために必要な手続き
職員が、導入に向けた具体的な手続きについて児
⑴ 内部委員(中核的職員、事務局職員)の決定
童相談センターと繰り返し相談や調整を行い、事
前節で中核的な職員の存在は導入のための必要
務的な業務を厭わずに取り組んでいる。直接処遇
な条件として挙げたが、この職員は、安全委員会
職員として、毎日の生活の中で子どもと向き合う
の事務局要員であり、内部委員も務めることとな
仕事を行っている者は、事務的な仕事には不慣れ
る。
業務に対する熱意だけでなく、
事務的な能力、
で、苦手意識があるのが一般的であるが、彼らは、
児童に対する指導力、他の職員からの信頼感のあ
労を惜しまずに取り組むとともに、若い職員や経
る職員を選定する必要がある。できれば、経験年
験が少ない職員の指導も積極的に行っており、そ
数、性別、個性等を勘案し、2人選任することが
の頑張りには目を見張るものがあった。彼らに
望ましいと考えられる。導入した3施設とも2人
も、施設を変える、子どもを守る、職員も守ると
の職員を選任しているが、彼らが事務局として、
いう強い信念があったと思われる。
実際に安全委員会を切り盛りすることになる。
⑶ 理事会の理解と支援
⑵ 施設内コンセンサスの形成(職員研修)
3施設ともに、法人理事会の承認・理解は比較
施設職員は、当該施設において要保護児童を養
的容易に得られている。承認に難航し、施設長が
育するという共通の目的の中で業務に従事してい
苦慮したという報告はない。これは、施設長が法
ても、採用職種、経験、養育観(児童観)等によ
人の中で信頼されているという証しであるととも
り、様々な考え方を持っている。また、その施設
に、施設長が施設運営に心置きなく取り組むこと
が永年培ってきた養育理念もある。こうしたこと
ができる法人としての体制があることを意味する
から、安全委員会方式についての職員の理解も一
と思われる。
様でなく、個々の職員の独学に任せておいては、
共通の理解は中々形成されない。そこで、共通の
⑷ 児童相談所のバックアップ
理解を図るための研修が必要不可欠となる。
3施設とも、施設長個人の理解は出来ていたも
導入した3施設とも、導入までに3回以上の職
のの、いざ導入に舵を切ろうとした際は、いずれ
員研修を行っている。個々の施設の状況により多
の施設長からも「児童相談所や学校等の関係機関
少内容が異なるが、少なくとも、以下の4パター
の協力は得られるだろうか」、「職員の同意が得ら
ンの研修が必要と考えられる。
れるだろうか。反対しないだろうか」といった不
・職員研修①(背景と施設の現状理解)
:
「児童養
安や躊躇があったことを聞いている。この不安等
護施設の現状と課題」
「暴力等施設内の問題行
に対しては、関係機関の中核となる児童相談所が
動の考え方と対応」に関する研修と「施設現状
導入に積極的である姿勢を示すとともに、職員の
分析」を行い、安全委員会方式の導入が必要と
理解を深めるための研修についても協力を申し出
なる状況について理解する。
・職員研修②(概要の理解)
:安全委員会方式の
ることで、施設長の不安等を和らげ、導入に向け
概要について理解する。
た行動を後押ししたと考えられる。A学園の園長
は後日、「県、児童相談センターの全面的な支援
・職員研修③
(キーパーソン検討会議)
:加害児童、
体制が確認できたことで導入を決断した」と述べ
被害児童となる可能性が高い児童についてのケ
ており、B寮、C学園とも、「児相がバックアッ
ース検討と安全委員会方式の実際の活動につい
プしてくれる今、取り組まねば、いつやるのか」
て理解する。
・職員研修④(マニュアル、連動活動の理解、ロ
と思ったと述べている。
こうした、施設を支援する姿勢を示すだけでな
ールプレイ)
:作成したマニュアルの理解と実
く、児童相談所は、実際に具体的な事務的な対応、
際場面での対応についての実践的な研修
研修の準備、調整、関係機関(学校等)との調整、
これら4パターンの研修(職員全体)を行うと
施設からの相談(日々の児童処遇に関することも
ともに、棟単位や小グループ単位での勉強会や研
含めた)に対する丁寧な対応も行っており、その
修を行い、個々の職員が理解を深める、自ら考え
果たす役割は大きかったといえる。
るための取り組みも必要である。
-25-
研究論文
⑶ 児童への周知・説明
童にとって非常に大きなインパクトを与えるもの
施設内に新たなシステムを導入していくために
となる。
は、入所児童と職員の関係が、指示が通る関係、
こうした、外部職員への委嘱に際しては、安全
相互に信頼する関係が求められることは言うまで
委員会方式の理念や仕組みについて十分説明をす
もない。実際は、方式を導入し、実践していく中
るとともに、導入前に理解を深めるための外部委
でこの関係が強化されていくことになるのではあ
員研修を行うことは必須である。特に委嘱する委
るが、少なくとも、導入前に、児童への明確なメ
員は、子どもの育成等に関するプロであり、長い
ッセージを示す必要がある。施設が組織として、
人生経験を有し、その人なりの子育て観や子ども
暴力を許さないことに本気で取り組む、という意
観を有する人たちであることから、丁寧で、粘り
思を児童に伝える、覚悟を見せることは大切なこ
強い説明が必要である。場合によっては、児童相
とである。もちろんこの方法は、職員から一方的
談所の支援も必要と考えられる。実際にB寮の導
に押し付けるものではなく、児童の意見等を聞き
入の際には、当該小中学校長には、施設長説明と
ながら、民主的に進めていくべき問題であり、そ
は別に、児童相談所長と担当心理司が安全委員会
のやり方も、児童個人との話し合い、児童会等で
方式について説明を行っている。その際、安全委
の児童同士の話し合いや児童会と職員との話し合
員会方式の趣旨の理解というよりも、施設入所児
い等、様々な工夫が求められる。しかし、何より
童に関係する大人達が、一緒に連携して、入所児
も重要なのは、大人の決意をしっかり示すという
童のことを考え、支援することが安全委員会の趣
点である。
旨であるという説明の仕方の方が理解が得やすい
と思われる。
⑷ 外部委員の選定と依頼、研修
Ⅳ おわりに
外部委員は、学識経験者、児童相談所職員、学
校、主任児童委員、理事会メンバー等により構成
させる。いわゆる地域で入所児童と関わりを持つ
児童養護施設等の児童入所施設で、残念ながら
様々な人によって構成され、地域の関係者の目で
暴力等の問題行動が発生している現状に対して、
子どもを見守り、応援するという趣旨が醸し出さ
児童だけでなく、職員も含めて、その安心・安全
れる人選が必要である。安全委員会は、児童や職
な生活を保障する取り組みとして、安全委員会方
員を厳しく叱責するだけものではない。暴力はい
式が一定以上の効果があることは、その導入施設
けないこととして注意するが、むしろ、これから
の状況から、報告されてきた。そこで、今回は、
の当該児童や職員の頑張りを支持し、応援する側
愛知県の児童相談所が施設と協働しながらその導
面の方が強い。そういった演出効果が高まる人選
入に取り組んだ個々の具体的な状況について整理
が求められる。
することで、安全委員会方式の導入のために必要
特に必要と考えられるのは、先ず、委員長候補
な条件と具体的に導入を進めて行く上での必要な
として学識経験者、できれば施設がある地域に近
手続きについて考察した。安全委員会方式の導入
い大学教員等で、要保護児童や児童養護施設、そ
のために必要な条件として4点、具体的に導入を
れらの関係機関について十分な知識と経験を有す
進めて行く上での必要な手続きとして4点を指摘
る者が望ましい。次に、児童相談所職員としては、
し、それぞれについて検討を加えた。
担当レベルで実際に児童と面接等を行う職員と課
今後は、その導入効果や安定した運営のために
長あるいは所長といった管理職レベルの職員、学
必要なことについても検討を加え、引き続き安全
校については小中学校の校長、さらに当該施設が
委員会方式の導入とその効果的な運営に取り組ん
ある地域住民で、施設への理解や関心が高い人が
でいくとともに、児童養護施設における児童と職
望ましい。導入した3施設では、いずれも小中学
員の安心・安全な生活を保障する仕組みについて
校については、校長が委員となっているが、校長
研究を行っていきたい。
先生は、児童にとって自分の生活の周りでは「一
番偉い人」であり、その人が自分の施設にやって
来る、自分の生活を見てくれるという事実は、児
-26-
児童養護施設における安全委員会方式の導入について
【文 献】
田嶌誠一「いじめ・暴力問題と安心・安全への取
り組み」
(教育と医学 第61巻第7号 2013)
田嶌誠一「非行問題における暴力問題への対応の
田嶌誠一「児童福祉施設における暴力問題の理解
重要性」
(児童心理 第68巻第9号 2014)
と対応」(金剛出版 2011)
築島 健「社会的養護の施設で生活することのリ
田嶌誠一「いじめ・暴力問題が私たちにつきつけ
スク」
(教育と医学 第60巻第8号 2012)
ているもの」(現代思想 第40巻第16号 12月
厚生労働省「児童相談所運営指針」
(2013)
増刊号 2012)
-27-
【研究論文】
児童養護施設における安全委員会方式の運営について
―導入効果と効果的で安定した運営のために必要なこと―
Introduction of the Security Committee Program
into Child Protection Institutions
築 山 高 彦* 山 田 光 治**
TSUKIYAMA Takahiko, YAMADA Mitsuharu
要 旨:
安全委員会方式を導入している施設の活動の状況と職員へのアンケート調査から、安全委員会方式導入の効果と効果的
で安定的な安全委員会の運営のために必要なことについて検討した。導入の効果としては、個々の児童も職員も意識面や
行動面でよい変化が認められること、組織としての対応が徹底されたこと、関係機関との連携が強化されたこと、職員の
児童処遇への自信や安心感が生まれてきていることが挙げられた。また、効果的で安定的な安全委員会の運営のためには、
「丁寧で継続的な聞き取り調査の実施」、「厳重注意以前の対応の的確な選択」、「厳重注意の適切な実施と日々のアフター
フォローの重要性」、「児童・職員への周知の徹底」を指摘した。
Abstract
In this paper, we examined Security Committee activity and staff’s opinion in Child Protection Institution so as to find
out necessary conditions for effective and stable operation of Security Committee. We found that the effectiveness of
Security Committee are ① good change of children’s and staff’s mindset and behavior ② thoroughness of systematic
approach ③ strengthening of cooperation with related organization ④ staff’s confidence and stability for upbringing.
Furthermore, we suggested that effective and stable operation needs ① careful and continuous inquiring survey ②
appropriate guidance before stern warning ③ appropriate stern warning and following up ④ thorough explanation to
children and staffs
キーワード:児童養護施設、暴力問題、安全委員会方式の効果、安全委員会方式の運営
Keyword: Child Protection Institution, Violence, Effectiveness of Security Committee Program, Operation of Security
Committee Program
Ⅰ はじめに
委員会方式」があり、その導入について、平成24
年度から、愛知県の児童相談センター(児童福祉
筆者らは、先に、児童養護施設が抱える課題と
法でいう「児童相談所」
。以下「児童相談所」と
して、暴力(「職員から児童への暴力」「児童間の
いう)が施設と協働して取り組んできた経緯があ
暴力」「児童から職員への暴力」)の問題があり、
ることを紹介し、その具体的な取り組み内容を整
ゆえに、入所児童と職員の安心・安全な生活が保
理する中で、安全委員会方式の導入のために必要
障されず、要保護児童の家庭的養育の受け皿とし
な条件と必要な手続きについて考察した。
(岡崎
て、その養育と自立を目指すという機能が十分果
女子短期大学「地域協働研究」第1号)
たされていない状況があることと、こうした暴力
今回の研究では、導入した施設における実際の
問題への効果的な対応として「児童福祉施設安全
安全委員会の運営状況と職員へのアンケート調査
*
愛知県西三河児童・障害者相談センター **岡崎女子短期大学幼児教育学科
-29-
研究論文
から、導入した効果がどのように上がっているの
る。主なものを示すと、
「年長児童が暴力や暴言
か、また、効果的で安定した運営のためには、何
がなくなった。よくなったと思う。自分自身も気
が必要であるかを検討することを目的とする。な
を付けるように心がけている(中2女子)」
、
「安全委
お、筆者のうち、築山はⅡで取り上げるAB両施
員会があって、学園で嫌なことを一人一人聞いて
設の外部委員、山田はB施設の外部委員(委員長)
くれるからその取り組みはいいと思った。年下に
を務めている。
イライラしたら口でいう。それでも聞かなかった
ら先生にいったりして、ちゃんとした行動をとり
Ⅱ 導入施設の運営状況
たい(小4男子)」というように、子どもたちに、暴
力はダメ。ロで言う。という意識が定着、またそ
1 A学園
の状況を評価する発言が多くみられている。
A学園は愛知県で安全委員方式を初めて導入し
た施設であり、平成26年11月30日現在、導入して
⑶ 第1回から第14回までの安全委員会開催状況
1年10か月が経過している。ここでは、立ち上げ
これまで、A学園は14回の安全委員会を開催し
集会から、現在までの運営状況をまとめ、A学園
ている。その状況について整理したものが表1で
としての安全委員会運営のポイントとなる項目に
ある。
ついて整理する。
これを見ると、これまで12件の事件が審議され
ており、内訳は、児童間の暴力が6件、職員への
⑴ 安全委員会立ち上げ集会
暴力が1件、職員の適切でない関わりが5件となっ
A学園の立ち上げ集会は、全ての職員と児童が
ている。安全委員会の対応としては、事件が発覚
ホールに参集し、平成25年1月末日の午後7時から
した後の担当及び内部委員が注意・指導した対応
行われた。園長あいさつと委員長あいさつの後、
を承認したものが7件、審議を経て委員長注意を
委員紹介があり、続いて、安全委員会についての
行ったものが4件、関係した児童に委員長注意を
説明がなされ、最後に、職員代表、男子児童代表、
始め、厳重注意、別室移動、一時保護まで行った
女子児童代表の決意表明がなされた。児童の決意
事件が1件となっている。また、力の差のない暴
表明は児童が自分の考えを自分の言葉で表現した
力や暴力以外の問題行動についても7件が報告さ
ものであり、緊張しながらも堂々と発言でき、大
れている。
いに盛り上がった。参加した職員は全員スーツを
事件後の対応については、
「内部委員注意」を
着用するとともに、緊張した面持ちで、児童も職
行った者については、日常的な生活の中での個別
員も「今日から施設が変わる、みんなで頑張る」
的な声掛けや励まし等によりその後の当該児童の
という強い決意が共有できるものとなった。
行動は安定しているが、
「委員長注意」や「厳重
注意」を行った者については、児童の状況に合わ
⑵ 1周年記念集会
せた個別的な支援計画を作成し、毎日の生活の中
A学園の1周年記念集会は、平成26年1月末日
で、継続的な支援を行っている。
の18時から、安全委員会委員と児童の夕食会から
なお、審議対象となった事件は、第7回までに
始まった。委員と児童がいっしょに食事をしなが
11件が発生しているが、第8回から14回までは1件
ら歓談し、夕食後の18時45分から記念集会を開催
のみの発生となっており、施設内は、安定してき
した。園長、委員長あいさつの後、安全委員会方
ている様子がうかがわれる。また、12件の事件の
式を主唱した田嶌教授からもあいさつを頂戴し、
内、7件が児童への聞き取り調査により発覚して
各委員からのメッセージに続き、女子代表、男子
いることも特徴的である。
代表、職員代表の決意表明が行われた。児童から
は、安全委員会が始まってからは、暴力は絶対に
⑷ 厳重注意の状況
いけないことだというように意識が変わったこ
第7回目の安全委員会で、A学園としては、初
と、これからも頑張るという発言がなされた。
めての厳重注意を行っている。先ず、安全委員会
1周年記念集会の後、A学園は各児童に1周年
の場に当該児童と担当職員を出席させ、委員長か
記念集会で考えたこと、思ったことを聞いてい
ら、
「なぜ今日、この場に呼ばれたのか」
「何が悪
-30-
-31-
H26.7上旬
H26.9上旬
H26.10下旬
第12回
第13回
第14回
-
-
-
-
感情的な対応
-
❶小5女のぐずり、暴れる行為への女性職員の
長注意
-
①児童、職員に委員
第7回事案の児童5名の生活状況が安定し、努力が認められることから、
安全委員会で全員に「信頼・応援面接」を実施して励ます
-
-
※①=その場で発覚した事件 ❶=聞き取り調査により発覚した事件
H26.6初
第11回
-
H26.2末
H26.4下旬
第9回
第10回
調整した上で、委員会に提出
→小3男の聞き取りから発覚。事実関係を確認
し、措置児相に報告、児相間で処遇を検討・
-
①1名委員長注意
❶小3男、小5男、小6男、中1男、中3男の間で
相互に性的な加害行為
4名厳重注意
3名別室移動
3名一時保護
①委員長注意
-
①内部委員注意承認
②内部委員注意承認
❶小3男が年中男に指示して年中女にキス。自
分もキス。あわせてぐずる・暴れる行為も目
立つ。
-
H26.1末
H25.9上旬
第5回
行動
強引な指導
❷小3男がパニック時の女性職員の乱暴な制止
第8回
H25.7中旬
第4回
❶幼児同士のケンカに仲裁に入った男性職員の
①職員に委員長注意
②職員に委員長注意
①暴れる中1男への女性職員の感情的な対応
②ぐずる小2女の女性職員の強い指導
H25.12上旬
H25.6上旬
第3回
①内部委員注意承認
❶小3男が小1男に性的悪ふざけ(ズボンを脱が
す)
第7回
H25.4下旬
第2回
①内部委員注意承認
②内部委員注意承認
③内部委員注意承認
④内部委員注意承認
①小3男の挑発に対する高1男の暴力
(押し倒す)
②注意された小3男が職員へ暴力(殴る蹴る)
③小6女が小3女に暴力(頬を殴る)
❹中1女が年下の女5名に暴力(叩く)
H25.10下旬
H25.2末
第1回
安全委員会対応
審 議 事 項
事 件 概 要
第6回
期 日
区 分
表1 A学園の運営状況
①小2男悪ふざけ
②小2男性的悪ふざけ
①中1男無断外出、窃盗
-
同上
同上
同上
第7回事案経過報告、安定
-
-
・中1男無断外出
・聞き取りの担当者を変え
てマンネリ防止
・中1男無断外出
・小5男、小6男の万引き
→学校と協力して対応
-
・小4男同レベルのケンカ、
幼児男の性的な悪ふざけ
(ズボンの上から触る、
トイレを覗く)
力に差のある暴力以外の
問題行動、報告事項等
-
改善支援(
「交換日記」
「自分を知
ろうカレンダー」等の実施)
①内部委員による職員と児童の関係
-
-
-
-
-
(ルールや目標等を分かりやすくま
とめたもの)を作成し、それを意
識した生活、個別対応を継続実施
①各児童別に「これからの教科書」
①本児の得意な折り紙を介して個別
的な関わり「折り紙作戦」
「さわ
やかな朝・眠り作戦」を継続実施
-
①②ともに内部委員による継続的な
確認を行う
①②とも冷静な関わりができており
児童との関係も安定へ
①日常生活での悪ふざけへの注意
①②③④ともに職員からの個別的な
声かけ、励まし、関わりを増やす
ことで安定
安全委員会対応後の
施設フォロー状況
児童養護施設における安全委員会方式の運営について
研究論文
かったのか」「どうすればよかったのか」「これか
た。特に第7回の事件については、深刻な問題で
らどうしていくのか」について児童に尋ね、児童
ありながら、導入後7回目の聞き取り調査で初め
は自分の言葉で質問に答えることが求められる。
て子どもの口から出たものである。今回の性加害
担当職員は児童の発言をフォローするとともに、
行為は、その後の詳細な聞き取りにより、職員の
担当職員としての児童への思いを話してもらう。
目を盗んで、ほんの数分の間に行われていたこと
その上で、委員長から、改めて今回の出来事はよ
が判明したが、それまで、職員は気づかずに、い
くないことである旨を伝えて反省を促し、これか
わゆる潜在的な性暴力になっていた。施設内の物
らの児童の頑張りを期待する旨が伝えられる。続
理的な死角を完全になくすことは不可能であるか
いて、各委員からも児童と職員に同様の質疑が行
ら、児童の口から出てこなければ、この問題に職
われる。このA学園の事件は、小学校3年生から
員はずっと気づかなかったかもしれない。つま
中学校3年生までの5人の児童間で継続的に相互の
り、聞き取り調査により、初めて潜在的な暴力の
性加害行為(性器を揉む、舐める)があったもの
把握が可能になったといえる。
であり、再発であった4人に対して厳重注意がな
された。その様子は以下のようであった。
⑹ 児童相談所の支援と施設の独自性
先ず、委員長が上記の質問を行った後、B委員
導入前からの児童相談所との関係から、導入後
から「二度としないという君の言葉を信じていい
も、安全委員会の運営について児童相談所と施設
のか。担当の職員さんも本当に○○君をこの施設
が相談しながら進めた。導入開始から1年程度
で養育できるのか」という厳しい質問がなされ
は、児童相談所が会議の進め方、資料等細かな点
た。児童は答えられず、戸惑う様子であったが、
にまで指導することが多かったが、1年を過ぎる
それを担当職員が口添えしてフォローするととも
と、施設側の力が十分につき、方針等の調整をす
に、職員の児童に対する思いが涙ながらに話され
る程度までになった。また、運営上の様々な施設
た。それを見た児童がびっくりして職員の顔を見
独自の工夫(ex.聞き取り調査のマンネリを防ぐ
つめるというシーンがあり、続いてC委員(学校
ために聞き取る担当を交代したり、聞き取り項目
長)から「君が学校でとても頑張っていることは
を工夫したり、厳重注意後の経過良好児童に対す
担任の先生から聞いてよく知っている。私も、君
る「信頼・応援面接」の実施を提案する等)がで
の明るく元気な毎日の朝の挨拶をとてもうれしく
きるようになってきた。
思っている。君がこれから頑張るというのであれ
さらに、委員長注意や厳重注意の対応がとられ
ばそれを信じて応援する」との発言があり、すか
た事案に対しては、その後の施設生活の中でフォ
さず児童をフォローする場面となり、さらにD委
ローしていくための取り組み(ex.第6回で審議さ
員(主任児童委員)も「○○君の朝の登校姿を毎
れた児童に対する「折り紙作戦」
(児童が得意と
日見ているよ。小さい子の面倒をよく見ていて偉
する折り紙を職員と2人で毎日おり、カレンダー
いね。私は君をちゃんと見ています。応援してき
に貼り付けていく)
、
「これからの教科書」
(性加
ます」というように、さらにフォローするという
害行為を起こさないための誓いのことば、生活の
状況になった。全く台本はないのであるが、他の
ルール、安全委員会の内容、学校生活の目標等で
3人の厳重注意も同様の展開となり、面接場面が
構成された個別のルールブックの作成と職員との
自然に展開していった。このように、この厳重注
日々の内容確認)
、
「交換日記」
「自分を知ろうカ
意の場は、いけないことをいけないとしっかり子
レンダー」(職員と児童の関係修復のための交換
どもに伝え、どうしたらいいのかを言語化させ
日記と児童の気持ちの振り返りを促すカレンダ
る、学習の場であるとともに、子どもに関わる地
ー)が施設から提案される等、施設の処遇力の向
域の大人たちが寄ってたかって応援する、エール
上が見られてきている。こうした日々の取り組み
を送る場となった。
は、安全委員会の審議結果をフォローするもので
あり、これがあって初めて厳重注意等の対応が効
果的なものになってくるといえる。
⑸ 聞き取り調査
⑶でも述べたが、12件の審議対象事件の内、7
件が聞き取り調査によって発覚したものであっ
-32-
児童養護施設における安全委員会方式の運営について
⑺ 学校との関係性
⑴ 安全委員会立ち上げ集会
A学園の児童が通う小中学校の校長には、ほぼ
B寮の立ち上げ集会は平成26年2月上旬の午後6
毎回安全委員会に参加していただいている。校長
時30分から全職員と児童がホールに参集して行わ
は学校の代表者であり、関連会議等も多く、大変
れた。施設長あいさつ、委員長あいさつ、安全委
忙しい身でありながら、積極的に参加し、児童の
員会についての説明、そして委員紹介が続き、最
処遇について活発に意見交換を行っている。安全
後に、職員代表、男子児童代表、女子児童代表の
委員会の場では、力に差のある暴力を審議するこ
決意表明がなされた。職員代表のあいさつは、こ
とが原則であるが、A学園では、第7回以外、深
れまでの自分の乱暴な対応を反省するものであ
刻な事件が発生していないことから、施設が抱え
り、男子児童からは、それまで一番暴言等が目立
る様々な問題やトラブルについても取り上げ、関
っていた児童の決意表明であったことから、参加
係者がそれぞれの立場から、その対応方法等につ
した児童や職員からは驚きにも似た声が聞かれ
いて丁寧に話し合うことができている。これによ
た。寒い中での立ち上げ集会であったが、A学園
り、関係機関相互の理解は格段に深まるととも
と同様、
児童にも職員にも
「今から施設が変わる、
に、地域全体で施設入所児童を見守り、育てると
みんなで頑張る」という共通の意識が持てた集会
いう意識が醸成されてきている。また、こうした
となった。
関係者による取り組みは、トラブルが将来的に大
きな問題となることを防ぐ予防的な効果を持つの
⑵ 第1回から第5回までの安全委員会開催状況
ではないかと思われる。
これまで、B寮は5回の安全委員会を開催して
いる。その状況について整理したものが表2であ
⑻ 職員アンケート調査
る。
A学園の職員19名(直接処遇職員)に対して、
これを見ると、5件の事件が審議されており、
導入前と導入後の施設の状況等についてどのよう
内訳は、児童間の暴力が4件、職員への暴力が1件
な変化が認められるのか、平成26年11月下旬にア
となっている。安全委員会の対応としては、事件
ンケート調査を行った。
が発覚した後の内部委員(施設長)の注意を承認
その結果を集約すると、児童、職員ともに暴力
したものが2件、安全委員会の場で審議されたこ
はダメという意識が浸透してきたこと。児童は年
とを内部委員から児童へ伝える内部委員伝言が2
齢が高くなるにつれて、暴力を我慢できるように
件、
委員長注意を行ったものが1件となっている。
なり、言葉で表現できるようになってきているこ
また、力に差のない暴力や暴力以外の問題行動に
と。年長児童が年少児童に対して優しくなり、生
ついても10件以上が報告されている。
活全般が落ち着き、聞き取り調査により一対一で
事件後の対応については、
「委員長注意」を行
話す機会が増え、相互の信頼関係が強まったこ
ったものについては、当該児童の状況に合わせた
と。職員間で、互いにフォローすることができる
個別的な支援計画を作成し、毎日の生活の中で、
ようになり、職員が一人で抱え込まなくなったこ
継続的な支援を行っている。
と等が指摘され、安全委員会方式導入の効果を全
なお、導入後も職員の中には対応に迷いが見ら
員が認めている結果となった。
れたかことから、平成26年8月下旬には児童相談
所職員も参加して、職員全員が参加して、改めて
2 B寮
安全委員会方式の理解を深めるための研修(3件
B寮は平成26年11月30日現在、安全委員会方式
の事例についての職員の対応について振り返る)
を導入して9か月経過している。愛知県において
を行っている。導入に際しては、繰り返し安全委
安全委員方式を導入した2番目の施設である。こ
員会方式の理解を深めるための職員研修を実施し
こでは、立ち上げ集会から、現在までの運営状況
てきたが、導入後も、職員には「安全委員会が自
をまとめ、B寮における安全委員会運営のポイン
分たちに代わって判断してくれる」
、
「安全委員会
トとなる項目について確認する。
が裁いてくれる」「安全委員会にお任せと」いっ
た意識や、暴力はダメと杓子定規に子どもと関わ
ればよいといった誤解が根強くあったことから、
-33-
-34-
H26.11上旬
H26.8下旬
第5回
H26.7中旬
(第4回)
H26.9初
職員研修会(安全委員会方式を導入してからの対応状況を振り返り、同方式の理解を深める)
H26.6上旬
第3回
第4回
台風のために中止
H26.4下旬
①小4男の物に当たる行為、
暴言(挑
発的な発言)、他児を蹴る
-
②中2女の暴言、威圧的な態度
①小2男の他児を叩く、蹴る等
に入った職員に暴力(殴る)
①委員長注意
-
-
②内部委員伝言
①内部委員(施設長)
注意承認
①内部委員伝言
じめ)について
・学校で友人から「施設」というあ
だ名で呼ばれること
・中学女4人のグループ内の関係
(い
・生活のルールブックの作成につい
て
た、見たという報告がよく出る。
・聞き取り調査で過去に暴力を受け
・職員と児童の呼称について
・男性職員の女児への対応について
・小5男2人が学校内で他児のキーホルダ
ーを盗む→学校と協力して対応、
謝罪
題行動があり、26.3にも窃盗が発
覚→児童自立支援施設へ措置変更
・中2男、1年以上前から学校内での
器物破損、施設内での窃盗等の問
の見通しが立つよう日課を明示す
る等の個別の「○○くんわくわく
支援計画」を作成して実施。
①刺激の多い環境を整理する。生活
-
との徹底。
必要に応じて複数対応。
②手を出さないこと、大人を呼ぶこ
①学校と協力しながら、その場その
場での指導を繰り返し行う。
①ADHDの診断で服薬中。他児と
のトラブルの際への素早い介入と
生活の枠組みを明確化。
①状況に応じて職員が複数対応、生
活の見通しが持てるよう日課を明
示。イライラしたら深呼吸、その
場から離れる等の指導。
・聞き取り調査により、同レベルの
ケンカ、暴言等を8件確認。職員
が事実を確認して対応
第2回
①小6男、児童同士のケンカの仲裁
①内部委員(施設長)
注意承認
①小3男の他児、職員への暴言、ぐ
ずり、物を投げる、暴れる等
H26.2末
安全委員会対応
事 件 概 要
第1回
安全委員会対応後の
施設フォロー状況
力に差のある暴力以外の
問題行動、報告事項等
期 日
区 分
審 議 事 項
表2 B寮の運営状況
研究論文
児童養護施設における安全委員会方式の運営について
安全委員会方式の理解は、導入する前だけでは不
暴力が減少する等の変化が認められるとともに、
十分で、実践しながら深めていく作業も必要であ
組織としての対応が徹底され、児童集団としての
ると思われる。
落ち着きや児童と職員の信頼関係の強化、職員の
また、男性職員の年長女子児童への関わり方、
児童処遇への自信や職員間の連携が強化されてき
職員と児童との間の呼称の問題、生活のルールブ
ており、児童も職員も安全委員会方式が導入され
ックの不十分さ等が安全委員会の中で話題とな
たことへの評価は高いといえる。
り、議論された。
また、AB両施設の運営状況からも、安全委員
会の場で関係機関相互が持っている情報交換を行
⑶ 児童相談所の支援と施設の独自性
い、当該児童の望ましい処遇のあり方について議
導入前からの児童相談所との関係から、導入後
論できるようになった等、学校を始め地域の関係
も、安全委員会の運営については児童相談所と施
者との関係の強化が認められるとともに、委員長
設が相談しながら進めた。導入開始から9か月経
注意や厳重注意後の日常場面での当該児童の支援
過し、施設担当も力量をつけてきているがまだ、
計画を施設が主体的に考案する等、施設の処遇能
細かな部分の調整も必要な段階である。しかし、
力の向上も認められてきている。
運営上の様々な施設独自の工夫(ex.安全委員会
今後は、個々の事例検討や、より客観的なスケ
の一般職員の聴講、職員向けの安全委員会だより
ールによる導入効果の評価を行うことも必要であ
の発行、職員向けの複数対応マニュアルの改訂)
ろうと考えている。
は主体的に行えている。さらに、委員長注意の対
応がとられた事案に対しては、その後の施設生活
2 効果的で安定的な運営のために必要なこと
の中でフォローしていくための取り組み(ex.第5
安全委員会導入の効果を職員が実感していると
回で審議された児童に対する「○○君わくわく支
しても、その効果を維持し続けるためには、相当
援計画」(児童に見通しの持てる日課を明示した
の努力が必要である。そこで、A学園、B寮の安
り、職員間で共通の対応ができるように対応マニ
全委員会運営状況から、そのためのポイントにつ
ュアルを作成等)が職員から提案される等、施設
いて考える。
の処遇力の向上が見られてきている。
⑴ 丁寧で継続的な「聞き取り調査」の実施
⑷ 学校との関係性
聞き取り調査は、安全委員会方式の必須項目の
A学園と同様に、B寮の児童が通学する小中学
一つである。定期的に(1月に1回程度)職員と児
校の校長は毎回出席してもらっている。両校長と
童が一対一で面接を行い、定められたフォーマッ
も、B寮児童の学校生活の様子を的確に情報提供
トで、暴力(性加害も含む)問題を中心に、丁寧
してくれるとともに、施設内の児童の様子にも関
に聞き取りを行うものである。
聞き取りは、
加害、
心が高く、その処遇方法にも積極的にアドバイス
被害だけでなく伝聞情報も含めて行われ、児童か
する等、学校と施設の相互理解は確実に深まって
ら暴力問題が伝えられた場合には、速やかに事実
いる。また、安全委員会の運営、審議についても
確認や関係児童相談所との調整、児童に対する指
関心が高く、毎回熱心な議論が行われている。A
導を行い、その結果は児童たちに分かるようにフ
学園と同様、力に差のある暴力問題だけではな
ィードバックされる。A学園の例からも、継続的
く、学校でのいじめの問題等も含め、幅広い情報
な聞き取り調査は潜在的な暴力を把握するために
交換の場となっている。
は、極めて有効な手段であるといえる。また、A
学園職員アンケートでも、聞き取り調査を行うこ
Ⅲ 考 察
とで児童と一対一の話し合いの機会が増え、児童
との信頼関係が深まったことが挙げられている
1 安全委員会方式導入の効果
等、安全委員会方式がしっかり機能していくため
職員のアンケート調査と1周年記念集会後の児
には、
「聞き取り調査」を継続的に丁寧に行って
童の聞き取りから、個々の児童も職員も暴力はダ
いくことが大切である。
メという共通の意識が持てるようになり、実際に
-35-
研究論文
⑵ 厳重注意以前の対応の的確な選択
るという実感が強く感じられる場面となる。この
安全委員会方式では、安全委員会の対応として
厳重注意については、導入していない施設関係者
「厳重注意」を含めて4つの基本的な対応(
「厳
等から、懲罰委員会ではないかと批判を受けるも
重注意」「別室移動」「一時保護」「退所」)がある
のであるが、筆者らは実際の厳重注意の場を経験
が、そこに至る前の対応もいくつか考えられてい
し、懲罰委員会というよりも、悪いことは悪いと
る。筆者らは、安全委員会方式を実践していく中
して、厳しく注意し、子どもにどうしたらいいの
で、厳重注意前に、①内部委員注意、②内部委員
か考えさせ、それが実行できるように周囲の大人
(施設長)注意、③内部委員伝言、④委員長注意
たちがそろって応援する、児童にとって学びの場
のステップを取り入れている。暴力等の問題が発
であるという印象を持っている。実際、厳重注意
生した場合、その場で担当職員が注意し、児童に
を受けた児童が、その後担当職員に対して、あの
反省を促し、望ましい行動を指導するが、必要に
委員さんはあんなことを言ってくれた、と委員の
応じて安全委員会の内部委員である職員が担当職
ことばを覚えている発言をする等、児童にも職員
員からの報告を受けて改めて同様の指導を行うも
にも印象に残る場面となっている。
のが①である。②はさらに施設長が個別に指導を
ただし、この厳重注意だけで児童の行動改善が
行うもので、施設全体としての注意、指導である
進むわけではない、それをきっかけとして、子ど
旨のメッセージが込められることになる。③④に
もが日々の生活の中で頑張ることができるよう
ついては、安全委員会での審議を経ての対応とな
に、厳重注意をフォローするための日々の個別支
るが、③は、安全委員会で本児の行動が審議され、
援計画が必要である。A学園では、表1で示した
しっかり注意、指導を行うよう委員会で指摘され
ように、施設の職員と児童が一緒になって実施で
た旨を内部委員から児童に伝えるというものであ
きる応援プログラムを独自に作成し、継続的に実
る。児童に、自分の行動が安全委員会で取り上げ
施していくことで、事件の再発を防いでいる。な
られる程の問題であるという意識を持たせること
お、このフォロー計画は、A学園、B寮とも、委
がねらいである。④は、安全委員会終了後に、委
員長注意以上の事案に作成している。
員長が個別に当該児童に注意を与え、指導するも
⑷ 児童・職員への周知の徹底(立ち上げ集会、
のであり、このレベルで、児童は初めて施設外の
周年記念集会、安全委員会たより)
者から、注意、指導を受けることとなる。児童に
対して注意、指導を行うのは、現場でその時、機
安全委員会方式を導入する際に行われる「立ち
を逃さずに担当から行われることが基本である
上げ集会」は、施設として児童も職員も安心・安
が、児童に対して、より強いメッセージを伝えて
全に生活できるよう、これからは暴力のない施設
いくために、このようなステップが準備されてい
にするという決意表明を行いうものであり、施設
る。問題の深刻度、再発性、施設に与える影響等
全体の意思として児童・職員へのメッセージ性が
に応じて、適切に選択され、より効果的な指導が
高いイベントである。また、周年記念集会は、安
行われることが必要である。
全委員会が日常的なものになってくる中で、改め
て暴力はダメという意識を再確認する機会となる
ものである。さらに、定期的に発行される「安全
⑶ 厳重注意の適切な実施と日々のアフターフォ
委員会だより」は、安全委員会でどのようなこと
ローの重要性
A学園において行われた厳重注意の様子につい
が話し合われ、その結果がどうであったか等の情
ては先に述べたが、「厳重注意」は、児童が委員
報を児童にフィードバックするものである。この
会の場で外部の委員により厳しく叱責されるもの
ように、児童も職員にも、暴力はダメという意識
ではない。児童に関わる地域の関係者が、担当職
をしっかり根付かせ、そして意識し続けて風化さ
員と当該児童に、いけないことはいけないとしっ
せないための取り組みは、効果的で安定的な安全
かり注意するが、一方で温かく応援し、励ます場
委員会の運営に必要不可欠と考えられる。
面でもある。児童にとっては、自分の身近な、い
なお、B寮では、内部委員以外の職員が安全委
わゆる「偉い入たち」が、自分のことを見てくれ
員会にオブザーバーとして参加することを認める
ている、心配してくれている、応援してくれてい
とともに、職員向けの「安全委員会だより」を発
-36-
児童養護施設における安全委員会方式の運営について
【文 献】
行し、内部委員以外の一般職員の安全委員会方式
に関する理解と意識を深める取り組みを行ってい
田嶌誠一「児童福祉施設における暴力問題の理解
るが、こうした工夫も必要であろう。また、導入
と対応」
(金剛出版 2011)
後も職員の理解を深めるための研修も必要であろ
田嶌誠一「いじめ・暴力問題が私たちにつきつけ
う。
ているもの」
(現代思想 第40巻第16号 12月
Ⅵ おわりに
増刊号 2012)
田嶌誠一「いじめ・暴力問題と安心・安全への取
安全委員会方式を導入しているA学園、B寮の
り組み」
(教育と医学 第61巻第7号 2013)
活動の状況とA学園職員に対するアンケート調査
田嶌誠一「非行問題における暴力問題への対応の
重要性」
(児童心理 第68巻第9号 2014)
から、安全委員会方式導入の効果と効果的で安定
築島 健「社会的養護の施設で生活することのリ
的な安全委員会の運営のために必要なことについ
スク」
(教育と医学 第60巻第8号 2012)
て検討した。
厚生労働省「児童相談所運営指針」
(2013)
今後は、これらの結果を踏まえ、引き続き、安
全委員会方式が導入されていない施設への導入
と、導入されている施設での効果的で安定した運
営について、施設と協働しながら取り組んで行く
とともに、施設における児童と職員の安心・安全
な生活を保障する仕組みやそのレベルアップを図
る方法について、安全委員会方式のみにとどまら
ず、広く研究、検討を行っていきたい。
-37-
【研究論文】
介護職員の歩数量及び運動強度からみた施設介護労働の実態
-状態の異なる入所者で構成されるフロアにおける比較-
Actual State of Facility Care Labor
Viewed from Step Count and Kinetic Intensity of Care Workers
: Comparative Investigation for Each Floor with Residents of Various Conditions
仲 田 勝 美* 上 田 智 子**
NAKADA Masami, UEDA Tomoko
要 旨:
本研究では、介護職員らの勤務時間内における身体活動状況の測定(①歩数量②運動強度)により、介護労働の身体負
荷の構造的把握を試みることである。それも状態の異なる入所者が居住する2箇所のフロアにおける介護職員の歩行状況
の差異及び共通性の様相を明らかにし、その要因を考察した。フロアごとの介護職員の歩数量について、対応のないt検
定により検討した結果、p<0.01%水準で有意差が確認された。しかし運動強度は両フロア共に「強度2」を中心としたも
のであるという特性を持つものであった。このことから、介護労働は定型化された業務の基、一定の動き(負荷)で実行
されており、また同時に利用者の状態に応じた動きを介護職員は判断し制御していると考えられる。
Abstract
The step count and kinetic intensity of care workers on two floors with various residents were measured, differences
in them were observed, and the cause of the differences was considered. The step count analyzed by unpaired t-test
showed a significant difference (p < 0.01% level) but the kinetic intensity showed no difference (around “Intensity 2”).
From this, care workers may be under a constant load but adjusting it according to the residents’ condition.
キーワード:介護職員 歩数量 運動強度 介護労働 ライフコーダ
Keyword: Care workers, step count, kinetic intensity, care labor, Lifecorder
1.はじめに
56.5%であり、慢性的な人材不足の状況を示して
い る。 ま た 労 働 条 件 の 不 満 と し て、 人 手 不 足
わが国の高齢化の進展は介護を必要とする高齢
45.0%、低賃金43.6%、身体的負担が強い31.3%と
者の増加を意味している。国の政策方針として在
なっている。一方、仕事のやりがいについては
宅を中心とした体制の強化とあるが、施設が果た
54.0%が感じているとしている。1)このことから、
す役割は大きく、またそこで働く介護職員の存在
労働条件が整えば仕事としてやりがいを持ち、継
は欠くことができないことは言うまでもない。し
続した勤務が可能であることをうかがい知ること
かし、介護職員らをとりまく労働環境は未だ充分
ができる。このような現状を鑑みると、介護者が
といえるものではない。介護労働安定センターが
長期間、腰を据えて職務にあたることのできる環
実施した2013年度版の調査によれば、介護従事者
境整備は、人材確保の視点から必須条件であろ
の過不足の状況について、不足とする事業所は
う。そして、その条件整備のため基礎となる研究
*
岡崎女子大学子ども教育学部 **名古屋経営短期大学健康福祉学科
-39-
研究論文
験者)の割合は4:3である(表1参照)
。
の蓄積も重要であろう。
本研究は、施設で働く介護職員らの安定した労
働条件の検討に資するデータ、及び分析結果の提
表1 調査対象介護職の属性
示を主目的とし、以下の2点について検討する。1
つ目に、介護職員らの勤務時間内における身体活
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動状況の測定から、介護労働の身体負荷の構造的
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把握を試みることである。それも状態の異なる入
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所者が居住する、2箇所のフロアにおける介護職
員の歩行状況の差異及び共通性の様相を明らかに
することである。2つ目として、そのような状況
⑸ ライフコーダについて
が発生する要因を考察することである。そのため
ライフコーダとは生活習慣記録機であり、日常
の指標として、介護職員の勤務内(本研究では日
の身体状況(歩数、消費カロリー量、運動強度、
勤帯に限定)における歩数調査(①歩数量②運動
時間、運動頻度)を最大200日連続して記録する
強度)を実施した。
ツールである加速センサーを搭載し、4秒ごとの
運動強度を測定することが可能である。スズケン
2.研究方法
により開発され、個人の生活場面における健康管
理や、
糖尿病教育を実施する医療機関・自治体等、
⑴ 調査施設
また様々な研究分野で用いられている。機器とし
A県C市に在るB指定介護老人福祉施設におい
ての性能の信頼性が確保されたツールである。な
て実施。B施設はいわゆる4人部屋を中心とした
お、本研究ではそれら機能を持つEX 版を使用し
多床型の施設である。社会福祉法人として1997年
た。
に設立。地域の福祉・介護の拠点としてその役割
を担っている。入所定員は60名であり、2階フロ
⑹ 用語の定義
アには一部介助を要する利用者及び寝たきりに近
1)運動強度
い状態にある利用者30名が居住し、必要なケアが
ライフコーダによって測定できる歩行時の負
提供されている。また3階フロアには認知症の症
荷、強度を言う。強度は0~9段階、微少があり、
状を呈する利用者30名が居住している。これら利
本研究では動きとしてカウントすることが認めら
用者の異なる状態に応じて、利用者の居住編成が
れない0及び微少を除いた、動きとして認めるこ
なされている。それは状態に応じて均質なケアを
との出来る1~9段階を示す強度を採用する。な
均一に提供する事を想定しているためである。
お、1~3は歩行運動レベル、4~6は速歩運動レベ
ル、7~9は強い運動(ジョギング等)レベルとさ
⑵ 調査期間
れている。
平成22年12月2日~ 12月17日
⑺ 倫理的配慮
⑶ 調査方法
本研究での研究対象者には、あらかじめ研究趣
勤務時の歩行状況、特に本研究では①歩数量②
旨を説明し了承を得た。知り得た情報・データに
運動強度の把握のため、対象職員にライフコーダ
ついては本研究以外では使用しない旨を伝えた。
(スズケンEX版)を日勤業務開始時に携帯し、
また、対象施設側にも個人名を特定しないよう協
終了時に外すとした。その後専用解析ソフトによ
力を求め、了解を得た。
り収集したデータを出力した。
3.研究結果
⑷ 調査対象者
調査対象者は、女性6名、男性1名、計7名である。
⑴ 中堅・新人職員間での歩数量の差注1)
平均年齢は22.1歳、平均勤務年数は2.3年、新人(1
著者論文(2011)において、勤務年数の差によ
年未満の勤務経験者)と中堅(3年以上の勤務経
る歩数量の差については明らかとしたため、ここ
-40-
介護職員の歩数量及び運動強度からみた施設介護労働の実態
であらためてその結果を再掲する。対象者それぞ
ないt検定により検討したものの、有意差は確認
れの歩数量は表2の通りである。中堅職員3名それ
できなかった。
ぞれの平均歩数は、14,340歩、8,167歩、17,807歩
であり、
3名の総平均は13,438歩であった(SD4,732.8)
。
⑵ 勤務するフロアごとの歩数量の差
一方、新人職員4名それぞれの平均歩数は、6,133
次に、勤務するフロアごとの介護職員の歩数量
歩、17,690歩、19,532歩、9,602歩であり、平均総
(2階フロア4名、17日分及び3階フロア3名、12日
歩数は13,239歩であった(SD5,678.3)。こちらも
分)をみると、2階職員の平均歩数量は17057.0歩
中堅職員と同様に、平均歩数が大きく異なること
(SD3049.3)
、3階 職 員 の 平 均 歩 数 量 は8256.7歩
から個人差が顕著である結果を得た。今回得られ
(SD2036.7)であった。この両者について、対応
た歩数調査の結果は、武田ら(2005)、涌井(2003)
、
のないt検定により検討した結果、p<0.01%水
三浦ら(2001)の調査で得られた結果と同様なも
準で有意差が確認された(図1参照)
。
のとなっていることから、妥当な結果が示され
た。注2)また、中堅・新人両者間で顕著な歩数量
の差はみられなかった。この点について、対応の
表2 中堅・新人介護職員の歩数量(N=7)
図1 各フロアの介護職員の歩数量の比較
⑶ 勤務時の運動強度の特性
さらに、フロアごとの介護職員の運動強度1~9
について、それぞれ平均値を算出し、それをグラ
フ化した(表3・図2・3参照)
。
表3に示したとおり、介護職員個々によって運
動強度にはバラつきがあるものの、2・3階それぞ
れのフロアでの運動強度は、強度2を中心として
おり共通の様相を示している。さらに、それぞれ
のフロアでの運動強度における傾向をみたとこ
ろ、強度2を頂点とした「へ」の字に曲線を描い
ている実態が示された(図2・3)
。このことから、
フロアによって職員の歩行量には差が見られるも
出所:
「介護の生活環境における唾液アミラーゼ活性によるス
トレス測定に関する研究」
環境経営研究所年報(10)2011年p.31
のの、運動強度については、歩数とは関係なく同
表3 各フロアの介護職員運動強度1 ~ 9の平均値(回数) (N=7)
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-41-
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研究論文
じ程度の強度になっている実態が明らかとなっ
狭まってくる。また、認知症の対応をきめ細かく
た。
行うため、もしくは管理上の利便性から、各フロ
アでの固定化された空間(パブリックスペース)
を中心に介護サービスを提供し、目の届く範囲に
利用者が生活する姿を予測することができる。こ
のような利用者の重度化及び介護サービス提供場
面の固定化が、介護職員の歩数量の増減に繋がっ
ているものと考える。
一方、主に一部介助(一部寝たきり)を要する
利用者の居るフロアでは、一見動きが少ないよう
に思われがちであるが、利用者に応じた個々の介
助が必要となり、その部分的な支援の蓄積が歩数
図2 2階フロア介護職員運動強度の平均値(回数)
(N=4)
量を増加させていると予測できる。また、多床型
の施設構造から、居室までの動線は否が応でも長
いものとなる。その結果、蓄積したニーズへの対
応及び介護サービス提供における環境的な要因も
相まって、歩数量の増加につながったものと考え
る。
運動強度については、当初歩数量と比例して歩
数が多いほど運動強度も強まると予測していた。
すなわち歩行数の多い2階の方が運動強度も強く
なると予測(強度4,5を頂点とした労働の実態)
していた。なぜなら、限られた時間内で業務を遂
図3 3階フロア介護職員運動強度の平均値(回数)
(N=3)
行することが求められる場合、介護労働量(運動
強度)が凝縮するため、必然的に慌ただしい状態
4.考察
となり、その結果運動強度が強く現れることが推
察されるためである。
しかし、
実際の運動強度は、
介護職員の介護労働時の歩数量は、新人・中堅
歩数量の多少とは関係なく、一定の強度であっ
といった勤務経験年数ではなく、フロアごとで大
た。その様相は、歩行量の異なるフロアの介護職
きく変動することが明らかとなった。このこと
員の運動強度が「強度2」を中心としているとい
は、そこで生活を営む利用者の状態が大きく関連
う特性を持つものであった。このことから、介護
していると予測できる。当初筆者らは、認知症の
労働は一定の強度を持つ動き(負荷)で実行され
症状を示す利用者は要介護度としてはそれほど重
ている。これは、利用者の状態は違えども、食事・
くなくても、認知症ゆえの記憶・見当識障害や周
排泄・移動等、の定型化された業務での動きが反
辺症状があるため、その対応に介護職員は困惑す
映していることが推察される。しかし、利用者の
ることが予測され、そのことが歩数量の多さにつ
状態は介護労働のあり方を大きく左右することが
ながると予測していた。しかし本研究では、認知
予測できる。
そのため、
利用者の個別のニーズに、
症フロア(3階)での歩数量はそれ以外のフロア(2
柔軟に且つ慌てず対応している介護職員の姿を推
階)よりも少ないという予測を裏切る結果であっ
察することができる。つまり、利用者の状態に応
た。このことからまず考えられることとして、認
じた動きを職員が判断し制御しているのではない
知症利用者の身体的な重度化に伴う移動範囲の縮
だろうか。さらに関連する要因を加味した分析を
小が関連しているのではないかと思われる。一般
すすめる必要があろう。
的に、認知症は進行性で8年から10年で重度化す
しかし、歩行量の多さ自体はやはり業務負担が
るが、施設入所に至る時点である程度進行してい
強いという認識を持つ必要があろう。そのため、
るため、数年で要介護度も重くなり、行動範囲も
心身へ及ぼす負担を軽減するセルフケアを介護職
-42-
介護職員の歩数量及び運動強度からみた施設介護労働の実態
員自身も意識する必要があろう。また施設側も、
6)熊谷信二、田井中秀嗣、宮島啓子ほか「高齢
出来得るサポート体制の充実を検討することが、
者介護施設における介護労働者の腰部負担」
重要な福利厚生として求められるであろう。
産業衛生学雑誌 2005年
これら結果から、フロアごとに利用者の状態に
7)松本正富、太田茂、齋藤芳徳ほか「高齢者居
応じた勤務者数や、勤務時間・配置体制といった
住施設における浴室環境の違いが介護労働に
事柄についてもその検討の必要性を指し示すもの
与える影響」川崎医療福祉学会誌
といえるだろう。
Vol.17No.22008年
8)田辺毅彦、大久保幸積「ユニットケア環境整
5.本研究の限界
備の際の介護職員ストレス低減の試み-
GHQを用いたストレスチェック-」北星論
集第51巻第2号2008年
本研究は、特定の1施設及び対象者という限定
的なデータでの検討であるため、当然一般化する
9)吉田輝美『感情労働としての介護労働-介護
ことは出来ない。そのため、今後は本研究で得ら
サービス従事者の感情コントロール技術と精
れた知見を基に、複数の要因を加味し、さらに詳
神的支援の方法-』旬報社 2014年
10)マイケル・ポラニー著/伊藤敬三訳『暗黙知
細な研究が求められる。
の次元-言語から非言語へ―』紀伊国屋書店 【引用文献】
1980年
11)ティモシー・ダイヤモンド/工藤政司訳『老
1)「平成25年度介護労働実態調査結果につい
人ホームの錬金術』法政大学出版局 2004年
て」(公財)介護労働安定センター 2014年
12)石田一紀『人間発達と介護労働』かもがわ出
版 2012年
pp.1-11
13)上野千鶴子『ケアの社会学―当事者主権の福
2)上田智子、仲田勝美、志水暎子 「介護の生
祉社会へ-』太田出版 2011年
活環境における唾液アミラーゼ活性によるス
14)林直子、林民夫『介護労働の実態と課題』平
トレス測定に関する研究」環境経営研究所年
原出版 2011年
報(10)2011年 pp.26-36
15) 六 車 由 実『 驚 き の 介 護 民 族 学 』 医 学 書 院 【参考文献】
2012年
注1)
1)三浦研、鈴木修ニ、佐藤友彦ほか「個室ユニ
ット化に伴う看護および介護職員の身体活動
本稿「3.研究結果(1)中堅・新人職員間で
量の変化」日本建築学会大会学術講演抄録集 の歩数量の差」で示された結果は、本研究全体に
2001年
おける論理的展開の必要性から著者論文「介護の
2)「腰痛の起こらない介護現場の実現のために」
生活環境における唾液アミラーゼ活性によるスト
レス測定に関する研究」環境経営研究所年報(10)
大阪府立公衆衛生研究所 2005年
【引用文献2】より引用している。
3)涌井忠昭「介護労働者の身体活動量、エネル
ギー消費量および生体負担」産業衛生学雑誌 注2)
2003年
4)武田則昭、松本正富、齋藤芳徳ほか「高齢者
武田ら(2005)の調査によると介護職員の歩数
施設における個別対応福祉用具導入が介護労
は6,000 ~ 12,000歩の間に分布しており、平均は
働者の身体活動に与える影響」産業保健調査
9,447歩であり、涌井(2003)は平均歩数が12,927
研究 2005年
歩、三浦ら(2001)は10,000 ~ 15,000歩位に分散
5)「無意識かつ非拘束なセンシングシステムに
しているという調査結果を示している。本研究に
よる見守り支援の実現」㈱きんでん 平成20
おいてもそれら調査結果と同様な結果を得ている
年度サービス研究センター基盤整備事業に係
ものである。
る適応実証委託事業 2010年
-43-
【研究論文】
幼児教育と小学校教育における子どもの在り方と世界
Mode of Being of Children
in Preschool and Elementary Educations and Their World
中 田 基 昭*
NAKADA Motoaki
要 旨:
本稿では、現象学を理論的背景とすることによって、いわゆる幼小連携や保幼小連携において典型的となる幼児教育と
小学校教育における子どもの在り方(the mode of being)と彼らによって生きられている世界について、彼らの根源的な
在り方に即して探ることを課題とする。この課題を遂行するため、まず2で、幼児教育と小学校教育とでは、何かが“でき
る”ということと何かが“わかる”ということが、子どもの異なる在り方に基づいていることについて探る。3では、子ども
たちの在り方のこうした違いに応じて、彼らによって生きられている世界が異なっていることについて探る。これらにつ
いて探ることによって、子どもの根源的な在り方に寄り添った子どもとの関わり合いを実現するための理論的観点を提起
したい。
Abstract
This paper seeks for the mode of being of children in preschool and elementary educations and their world by
confirming that their conviction in their “I can” and “I see” depends on their mode of being, that their world varies
according to the difference in their mode of being, and proposes a theoretical viewpoint to realize the relationship with
children based on their fundamental mode of being.
キーワード:
“できる”、“わかる”、行為的世界、対象的世界
Keyword: “I can”, “I see”, acting world, objective world
1.はじめに
小学校とのあいだでの連携を強化する実践的試み
が多くなされるようになってきている。こうした
近年、小学校に入学した新1年生が、授業を適
実践的試みにおいて、またそれらの試みを支える
切な仕方で受けることができず、集団としての一
ための様々な提案や行政からの支援や教育研究に
斉授業が成りたたない、といったことが大きな問
おいて、あるいはその逆に、それらの試みから得
題となっている。例えば、授業中に落ち着いて自
られる知見に基づく提案や行政による支援の充実
分の席に座っていることができない、クラスの全
や教育研究の再検討等において重要な観点となっ
員に対する教師の語りかけに対応できないといっ
ているのは、次のことであろう。すなわち、子ど
た、いわゆる小1プロブレムが、教育現場におい
もが幼稚園や保育所における幼児教育から小学校
てだけではなく、教育行政や教育研究に携わる者
教育へといかにして問題なく円滑に移行できるよ
や、さらには子どもを育てている親にとっても、
うになるか、ということであろう。あるいは、両
避けて通れない問題となっている。そのため、幼
者のあいだにあるとされる違いに定位するのでは
小連携や保幼小連携といった、幼稚園や保育所と
なく、両者が連続的に接続しているとみなせるよ
*
岡崎女子大学子ども教育学部
-45-
研究論文
うな、あるいはこの接続を可能にするような教育
にしたい。
実践や教育研究はどのようなものであるべきか、
このことによって、幼児教育と小学校教育にお
という観点も多くみられるようになっている。
ける子どもの在り方に寄り添った子どもとの関わ
しかし、いずれの観点も、その多くは子どもに
り合いのための一つの理論的観点を提起すること
関わるおとなからとらえられたものでしかない。
をめざしたい。
というのは、小1プロブレムという言葉からも容
2.
“できる”と“わかる”
易に明らかとなるように、移行や接続といったこ
とについて語られる際には、おとなからみたとき
の子どもの在り方が問題視されているからであ
2では、成長にともない子どもが新たなことを
る。例えば、幼稚園や保育所で、あるいはそもそ
学んでいく際に、幼児教育と小学校教育とでは子
も家庭で子どもが身につけるべき基本的な生活習
どもの学び方には、新たに何かが“できる”よう
慣やコミュニケーション能力を含めた他者との適
になることによる場合と、
何かが新たに
“わかる”
切な関わり方が子どもたちに十分に身につけられ
ようになる場合があることを示し、幼児教育と小
ていない、といったとらえ方が多くみられる。こ
学校教育のそれぞれにおいて、子どもはどのよう
うしたとらえ方は、一見すると、子どもの現実の
な学び方をしているかを明らかにする。まず⑴で
在り方に定位しているように思われるかもしれな
は、
何かが新たに“できる”ようになることには、
い。しかし、それらは、教育実践の現場で、適切
二つあることを示す。そのうえで⑵では、幼児教
な、あるいは望ましいとおとなによってみなされ
育において子どもにとって何かが新たに“でき
ている子どもの在り方を尺度としたとらえ方でし
る”ようになるときの子どもの学び方について探
かない。あるいは、小1プロブレム等、教育に関
る。⑶では、小学校教育において子どもにとって
わる状況をとらえる際に「近年」という言葉が多
何かが“できる”ことと“わかる”ことがどのよ
用されるが、この言葉から間接的に窺えるのも、
うな在り方かを探ることにする。
おとなの視点からかつての子どもの在り方と近年
の子どもの在り方とが比較検討されている、とい
⑴ 潜在的な能力の発揮とスキルの獲得
うことである。
何かが新たに“できる”ようになることには、
しかし、幼小連携や保幼小連携を含め、教育実
大きく分けて、潜在的な能力の発揮の場合と、ス
践や教育行政や、それどころか教育研究において
キルの獲得の場合との二つがある。
何よりも重要な観点は、子どもがどのような在り
生得的にそなわっているためや、何らかの学習
方をしているか、ということであらねばならない
を介することなく、ある特定の状況や状態でいわ
はずである。すなわち、おとなの視点からではな
ば受動的に生じることによって、あるいは何らか
く、あくまでも子どもに寄り添いつつ、子どもが
のきっかけやコツによってすぐに“できる”よう
そのつどどのような在り方をしているかをまず明
になるのは、潜在的な能力の発揮による、とみな
らかにしなければならない。例えば、授業中に落
すことができる。
ち着いて自分の席に座っていることができない理
例えば安定した状態で抱かれているときに、母
由を、「基本的な生活習慣が身についていない」
、
親の乳首が口の中に含ませられると母乳を吸うと
ということに還元することは、子どもに寄り添っ
いった新生児の吸引反射や、唇に乳首が触れると
たとらえ方とはならない。こうしたとらえ方では
そちらの方へと唇が動いていく口唇探索反射とい
なく、そのときの子どもにとって、授業で求めら
った生得的な反射は、すでに新生児にあらかじめ
れていることはどのようなことで、そこで学ばれ
そなわっていた潜在的な能力の発揮とみなせる。
ることはどのようにして子どもの身につけられる
というのは、これらの反射は、何らかの仕方で後
のか、といったことがまずとらえられなければな
天的に獲得されることなく、新生児にあらかじめ
らないのである。
そなわっており、母親から授乳されるまではいわ
そこで本稿では、子どもの在り方に即した観点
ば隠されていた活動が現実に発揮されるという意
から幼児教育と小学校教育における子どもの根源
味で、潜在的な能力が授乳行為によって顕在化さ
的な在り方を、現象学の観点に基づき、探ること
れて発揮される、ととらえうるからである。
-46-
幼児教育と小学校教育における子どもの在り方と世界
こうした観点からすると、母語の獲得でさえ、
しかし、家庭においても保育所や幼稚園におい
潜在的な能力の発揮による、といえる。
ても、こうした仕方で教えてもらっているという
母語の獲得は、乳幼児期に育てられる言語文化
意識が子どもにまったくないまま、また、おとな
に対応している。たとえ日本人の両親から産まれ
も子どもに何かを教えているという意識のないま
ても、乳幼児期に日本語以外の文化のなかで育て
ま、
以下で探るように、
子どもは多くのことが“で
られれば、子どもは、学ぶという意識なしに、ま
きる”ようになる。
た何の困難も感じることなく、日本語以外の言葉
を母語として身につけていく。このことは、子ど
⑵ 幼児教育における“できる”
もは、どの言葉でも母語として身につける能力を
このことは、子どもの年齢が低い場合には、特
潜在的にそなえており、育てられる言語文化によ
にあてはまる。例えば、新生児の意識は、たとえ
ってある特定の言語能力が現実に発揮されること
目覚めているときでも、いわば「まどろみ」の状
になる、ということを如実に示している。
態にあるため、誕生後に生じるほとんどの活動
このような例から明らかとなるのは、当人には
は、母乳を呑むことを含め、おとなから教えても
誰かから意図的に教えてもらうという意識もなけ
らっているという意識なしに、潜在的な能力が発
れば、試行錯誤によって何度も繰り返し練習する
揮されることによるはずである。
必要もなく、潜在的な能力の発揮によって何らか
それどころか、3歳ころに自我が確立するまで
の活動が“できる”ようになる、ということであ
に“できる”ようになる、例えばハイハイやつか
る。ある身体姿勢をとらされていたり、何らかの
まり立ちや二足歩行などが“できる”ようになる
きっかけや、誰かからのちょっとしたヒントをも
際にも、おとなから教えてもらっているという意
らったりすることによって、あるいは、日常生活
識なしに、潜在的な能力が発揮されることによる
を無意識に送っているだけで、それゆえさほど苦
であろう。また、例えば音のでる遊具をいじった
労することなく、何かが“できる”ようになると
り、遊具で遊んだりといった、いわゆる探索活動
いうことは、我々おとなの場合にもみられる。そ
として発揮される様々な身体活動が“できる”よ
のため、日常的にも、こうした場合は、「はじめ
うになる際にも、同様のことがいえるであろう。
から○○の素養がそなわっていた」、と言われて
それどころか、台所で食事をしたり、居間でく
いる。
つろいで遊んだり、ベビーベットで横になって眠
他方、何度も試行錯誤をしたり、繰り返し練習
りについたり、洗面所で顔を洗ったり、お風呂に
したり、細かいステップを踏んだり、他者などか
入ったり、庭で遊んだり、オマルやトイレで排泄
ら丁寧に教えてもらったりすることなどによって
する等の際に、それぞれの場において適切な身体
次第に“できる”ようになるのが、スキルの獲得
活動を起こせるのも、やはり、おとなから教えて
として何かが“できる”ようになる、ということ
もらっているという意識なしに、潜在的な能力が
である。日常的にも、こうした場合は、「努力の
発揮されたり、繰り返しによるスキルの獲得がな
かいがあって」、と言われている。
されているからであろう。そして、それぞれの場
幼児教育においてこうした仕方でスキルが獲得
に応じた適切な身体活動を起こすことが“でき
される場合としては、例えば、衣服の着脱が“で
る”いうことは、その場所がどのような場である
きる”ようになったり、スプーンやハシで食べる
かが“わかる”
、ということにもなっている。
ことが“できる”ようになったり、自分で字を読
すると、適切な身体活動を起こせるということ
んだり書いたりすることが“できる”ようになる
は、
⑶で探ることになる、
小学校教育において“わ
など、多くのことがあげられる。しかも、これら
かる”ということとは異なる仕方で、それぞれの
の場合、例えば、「こうするんだよ」といった言
場所がどのような場であるかが“わかる”ように
葉で、おとなに見本を示してもらったり、いわゆ
なることをも意味している。このことは、幼児教
る手取り足取りといった仕方で、適切な身体の動
育においては、
“できる”ことが、
同時に“わかる”
きを導いてもらうため、幼児は、おとなから○○
ことにもなっている、ということを示している。
の仕方を教えてもらっている、という意識をとも
こうしたことからすると、乳幼児が“できる”
なっているであろう。
ようになることの多くは、おとなから教えてもら
-47-
研究論文
っているという意識なしに“できる”ようになっ
例えば、スプーンで食べられるようになること
ていることになる。
は、身体の動きと、親によってさしだされた食べ
しかも、こうした仕方で子どもに“できる”よ
物の位置や盛られ方とのあいだで、調和したスム
うになることのほとんどは、声を出したり、他者
ーズな関係が成立するようになることである。そ
の話を聞いたり、身体を動かすことなく食い入る
のため、食べ物の盛られている入れ物からその中
ように何かを眺めていることなどを含めた広い意
身が掬い出されやすいようにと、その入れ物の位
味で、身体活動によって営まれている。それゆえ
置や方向に応じて身体の動きを調整しなければな
日常的にも、乳幼児は、何かが“できる”ように
らない。そのうえで、そこからその中身である食
なることを身につけていく、と言われているので
べ物をスプーンでもってタイミングよく掬わなけ
あろう。
ればならない。このように、食べ物が盛られてい
すなわち、「身につける」という言葉が文字通
る入れ物とスプーンを使っている身体とのあいだ
り示しているように、乳幼児は自分の身体でもっ
では、いわば上手に掬ってほしいという食べ物の
て実際に活動することにより、意識することなく
促がしに応答するかのように、つまり食べ物の現
多くの能力をいわば自分の身体に刻みこんでい
われに呼応しながら、それと調和したスムーズな
く。学んだことをこうして身につけることによ
身体運動が求められているのである。
り、身体活動だけではなく、世界との関係や他者
以上のことからすると、幼児教育においては、
関係や時間感覚や空間への住みこみ方が異なって
たとえ子ども自身がある事柄について“わかる”
くる。すなわち、存在の仕方が質的に異なってく
ことができたとしても、わかったことに即したこ
る。
とが実際にできなければ、子どもの在り方はほと
例えば、ハイハイで移動“できる”ことは、世
んど変化しないことになる。例えば、偏食はいけ
界内の物との関係を自分の能動性によって制御し
ないことだとわかっていても、嫌いな食べ物を実
たり調性“できる”こと意味している。すなわち、
際に食べることができなければ、子どもの味覚は
実際に移動しなくても、自分の身体からの距離と
変わらないままに留まってしまう。他の子どもが
方向でもって、自分の周りの世界を調整“できる”
遊んでいる遊具を無理やり奪ってしまうことが悪
ようになり、自分を世界の中心にすえることにな
いことだとわかっても、順番を守ることができな
る。その結果、子どもの身体は、ひいては子ども
ければ、子どもの他者関係に対してだけではな
自身が、目的へと向かって現実の行動を起こすた
く、遊具に対するその子どもの在り方が変わった
めの安定した起点となる。また、それまでは親な
ことにはならないのである。
どが自分に関わってくれるのを待つだけであった
たしかに、こうした場合には、
「子どもは本当
ときとは異なり、自分から他者に近づき、他者と
にわかっていない」という説明がなされることが
の関係を自ら築くことが“できる”ようになる。
多いようである。しかし、
幼児にとって
“わかる”
しかも、乳幼児にとって何かが新たに“できる”
ということは、先に触れたように、自分の身体活
ようになるときには、身体の使い方の変化をとも
動でもって状況や他者との関係に何らかの適切な
なうことがほとんどである。そして、身体は、そ
成果を生みだすことと一体となっているのであっ
れをとおして自分が外の世界や他者と関わるため
た。そうであるかぎり、おとなによってしばしば
の媒介として、機能している。すると、乳幼児に
なされる先ほどの説明は、幼児のこうしたあり方
とって「○○ができる」ようになることは、自分
をとらえそこなっていることになる。経験的に
の身体活動でもって世界内で自分を実現すること
も、おとなが子どもの行為をたしなめても、その
である、ということが導かれる。すなわち、
“で
ときの幼児がいわゆる「ふてくされ」たり、納得
きる”ようになる前とは異なった仕方で、身体活
した表情となっていなければ、おとなによるたし
動によってめざされる物や人間と身体的にいわば
なめは、
子どもには伝わっていない。
このことは、
対話すること、つまり、子どもの「身体に働きか
小学生になると、おとなが子どもをたしなめてい
けてくる物の促がしに対して、身体でもって応答
るときに、たとえ「ふてくされ」たり、納得した
させること」
(Merleau-Ponty, p.161)が新たに“で
表情をしていなくても、その後子どもの在り方が
きる”ようになるのである。
変わる、という経験的事実からも、間接的に窺え
-48-
幼児教育と小学校教育における子どもの在り方と世界
る。
ことが子どもに求められるようになっていく。
乳幼児にとっての“できる”と“わかる”が以
しかも、ある事柄を学ぶと、以後はその学び方
上で探ったようなことであるのに対し、小学校教
とは切り離された事柄が次の学び方を支えるよう
育においては、これら二つのことは乳幼児とは異
になる。1年生の算数の授業で、オハジキを使っ
なる意味をもつようになる。
て、例えば7と6という特定の二つの数を加える
ために必要な繰りあがりが“わかる”ようになっ
⑶ 小学校教育における“できる”と“わかる”
た子どもは、次の授業では、他の二つ数の足し算
小学校教育においては、課題をたんにこなすだ
の計算が“できる”ようになる。
けでは「問題を解くことができるようになる」こ
こうして子どもは、一回目の授業でオハジキを
とでしかないため、課題の解決の仕方を根底で支
使った作業によって足し算の仕方を学んだときの
えている事柄自体や課題に含まれている本質を理
具体的なわかり方を次の授業では思い出すことな
解することが求められる。例えば、ある数とある
く、以後の授業では他の数の足し算が“できる”
数とを掛けることはどのようなことかを理解する
ようになる。このことは、一回目の授業でのわか
ことなく、掛け算の正しい計算式や正しい答えを
り方とは切り離された足し算における繰りあげの
導きだすことが“できる”ようになるだけでは、
仕方をいわば機械的に応用“できる”ようになる
掛け算が本当に“わかる”ことにはならない。そ
ことを意味している。すなわち、具体的な仕方で
のため、このときの学び方は不十分なものでしか
足し算とはどのようなことをすることかを能動的
ない、とみなされている。あるいは、ある漢字の
にとらえようとしたかつてのわかり方とは切り離
意味がわからないままその漢字をともかく書くこ
された繰りあげの操作によってのみ、子どもたち
とが“できる”だけでは、その漢字を本当に学ん
は足し算が“できる”ようになる。書かれた言葉
だことにはならない。そのため、何かが“できる”
が、この場合は「+〔=プラス〕
」という算数の
ことに留まることなく、その何かを“わかる”こ
記号が、フッサールのいうように、
「それ〔=+
とが子どもに求められるのである。
という記号〕に対応する〔かつてわかろうとした
小学校教育においては、子どもに“わかる”こ
ときの〕能動性へと転化される」
(Husserl, 1976,
とが求められていることは、体育や音楽や美術の
S.371、
〔 〕内は引用者による補足)
、という
授業などで子どもの表現活動が課題となっている
ことが生じるのである。フッサールは、かつての
場合にも、あるいはいわゆる生活指導においても
能動性へのこうした仕方での転化を「再活性化」
いえる。例えば、ある身体運動をスキルとして新
と呼んでいる(ebd.)
。
たに獲得することが子どもに求められていても、
このことを記述された言葉や記号の側から述べ
なぜそうした身体運動が求められているか、そう
れば、次のようになる。すなわち、それらは、な
した身体運動を獲得するためには、どのような前
ぜそうしなければならないかをもう一度繰り返す
提を満たさなければならないか、求められている
ことによってわかり直すことをしないまま、ある
身体運動にはどのような意味や意義があるか等に
操作が“できる”ための、この場合は繰りあげを
ついて“わかる”ことが求められている。あるい
すれば足し算が“できる”という「操作意味」
は、合唱の授業でも、歌われる曲がどのような内
(Husserl, 1980, S.69f.)をそなえるようになる、
容をそなえており、その内容を合唱で実際に表現
と。もしも算数で使われる言葉や数式や記号がこ
するためにはどのような感情や気持ちにならなけ
うした操作意味をそなえていなければ、子どもだ
ればならないか、といったことがわからなければ
けではなく、我々おとなでさえ、かつて能動的に
ならない。同様にして、ある画材について絵を描
わかろうとしたときのすべての作業や思考活動を
く場合には、その画材のどのような特徴や、画材
もう一度はじめからやり直さなければならなくな
に隠されていながらも、その画材を他の画材とは
り、非常に膨大な労力と時間と手間を課せられる
異なるものとしているところの唯一無比の在り方
ことになるであろう。それゆえ、こうしたことを
について何らかのことを“わかる”必要がある。
省かせてくれるのが、操作意味である。教科書で
それゆえ、こうした表現活動の授業においても、
あれ、子どものノートであれ、書かれた文章や文
学年があがるにつれて、教材について“わかる”
字や記号として残されたものが、かつて能動的に
-49-
研究論文
“わかる”ようになっときの活動の痕跡となって
しい応用によって得られるものでしかない、とい
おり、ほとんどの場合、操作意味にのみしたがっ
う小学校教育における“わかる”ことへの価値づ
て課題をこなすだけならば、かつてのわかり方が
けがあるのであろう。しかし、先ほど探ったよう
再活性化されることはない。そして小学校教育に
に、スキルの正しいとされる応用方法を身につけ
おいては、算数の授業に限らず、こうしたことが
なければ、ある授業で自分でどれほど考えたとし
常に生じているのである。
ても、また、本当にわかったとしても、次の授業
小学校教育においては、以上で探ったような仕
に進めない。それゆえ、思考過程の重視という価
方で、ある授業でわかったことを応用するための
値づけは、積み重ねの原理が強く働いている小学
操作が“できる”ようになることが子どもに求め
校教育では、限界があることにならざるをえない
られているかぎり、こうした操作方法がスキルと
のである。
して彼らに獲得されることもめざされていること
このことは、学年があがるにつれて、先に述べ
になる。そのうえで、スキルとしてのこうした操
たような励ましがあっても、事柄について何らか
作方法を自由に使いこなすことが“できる”よう
のことが“わかる”ような方向へと子どもの誤っ
になることが、次の授業で与えられる課題の本質
た発言を導くような補足等を教師がしてくれない
が“わかる”ようになるための基盤となっていく。
と、子どもは満足しなくなる、という経験的事実
このように、各教科で毎日のように繰り返され
からも明らかとなる。
る授業の連続的な一連の経過のなかでは、ある事
以上で探ったように、幼児教育と小学校教育と
柄について何かがわかり、わかったことを応用す
では、子どもにとって“できる”と“わかる”と
るためのスキルを自由に使いこなすことが“でき
いうことが異なっているのは、それぞれの子ども
る”ようになるという、“わかる”と“できる”
によって生きられている世界が異なっているから
との循環が生じている。そして、こうした循環が
である。
それぞれの授業で新たに繰り返されていく、とい
3.行為的世界と対象的世界
うことが小学校教育における子どもの学び方にな
っているのである。
こうしたことからすれば、小学校教育において
子どもによって生きられている世界がどのよう
は、あることを学んだことのうえに次に学ぶこと
な世界であるかを明らかにするために、まず⑴で
が可能になるという意味で、積み重ねの原理が働
は、幼児教育における子どもにとっての世界が、
いている、ということができるようになる。
彼らの身体的行為と一体となって、絶えず変化し
事実、小学校教育においては、原則として教科
続けていることについて探る。そのうえで⑵で
書に沿ってこうした積み重ねの原理に基づく一連
は、小学校教育においては、そのつどの授業で課
の授業が展開していく。このことを教科書編成の
題となっている事柄の本質がどうなっているかが
観点からいえば、各授業の一連の連続的な流れの
“わかる”ことを求められているため、子どもに
なかで子どもが積み重ねの原理に基づいて学んで
とっての世界は、それについて“わかる”ことに
いくことを可能にしているのが、カリキュラムの
なるような対象の世界であることについて探るこ
体現としての教科書である、
といえることになる。
とにしたい。
するとここにおいて、小学校の授業で、子ども
を励ますために教師によってなされる次のような
⑴ 幼児教育における行為的世界
言葉は矛盾したことを子どもに伝えている、とい
幼児期の子どもが、潜在的な能力を発揮した
うことが明らかとなる。
り、繰り返しによって新たなスキルを獲得する際
子どもが誤った発言をしたとき、教師は、
「間
にだけではなく、すでに身についた能力でもって
違ってもいいんだよ。答えよりも一生懸命考えた
何らかの活動をしているときには、2の⑵で探っ
ことの方が大事なんだから」、と伝えることがし
たように、彼らは、自分の身体を介して外の世界
ばしばある。こうしたことの背景には、結果の正
内の物や出来事等と、また他者と関わっている。
しさよりも結果に至る過程の方が本当に“わか
そこで、彼らが自分の身体を使って外の世界と関
る”ことにつながり、結果の正しさはスキルの正
わっているときの彼らの身体活動と世界の現われ
-50-
幼児教育と小学校教育における子どもの在り方と世界
との関係について探ることにしたい。
を当てようとしている子どもと当てられないよう
このことを探る前に、まず明らかになること
にしている子どもにとってとでは、同じボールが
は、彼らが自分の身体でもって例えば遊具や道具
異なる現われ方をしていることになるだけではな
などといった何らかの物に直接関わっているとき
い。さらには、それぞれの子どもの身体の動き等
には、それらの物は、眺められる対象として彼ら
と一体となって、同じボールの現われが常に変化
に現われているのではない、ということである。
し続けていることにもなる。それゆえ、このとき
例えば、コロガシドッチボールでは、ボール自
の子どもたちにとっては、論述の基体としてのボ
体が物としてどのような特徴をそなえているかが
ールは存在しておらず、彼らの世界は、ボールと
問題となっているのではない。たしかにボール自
一体となった彼らの身体的行為によって成りたっ
体は、丸くて弾力があり、どこへも自在に転がっ
ていることになる。
ていくという特徴をそなえている。しかし、こう
こうしたことから、このときに子どもたちによ
した特徴をそなえているボールは、ボールを自分
って生きられている世界を行為的世界と呼ぶこと
との関わりから切り離してそれを眺めている者に
にする。すると、行為的世界内のボールだけでは
とって現われてくるのであり、眺めている者の関
なく、行為的世界それ自体も、絶えず変化し続け
わり方に関係なく、それゆえ、一定不変の安定性
ることになるだけではない。さらには、行為的世
をそなえた物自体として完結しているという意味
界も、この遊びが終わってしまえばもはや存在し
で、即自として存在している。このときのボール
なくなってしまうほど、一定不変の安定性を欠い
は、それを眺めている者にとっては、それ自体と
ており、その世界で活動している子どもたちの身
してどのような物であるかという関心の対象とし
体的行為と一体となって、絶えず変化し続けてい
て、すなわち認識の対象としてとらえられてい
るのである。
る。またそうであるからこそ、それについての論
あるいは、ブロックを組み立てて自動車に見立
述の主語として、この例でいえば、
「丸い」とか「弾
てて遊んでいる子どもは、ブロックでできている
力がある」といった述語の主語として認識されて
自動車を認識の対象として、その特徴をとらえよ
いるという意味で、論述の基体(Substrat)とな
うとしているのではない。このときのブロック
っている。
も、遊具としてのボールと同様、例えば「ブーブ
しかし、コロガシドッチボールをして遊んでい
ー」とつぶやきながらそれを動かしている子ども
る子どもにとっての遊具としてのボールは、彼ら
の身体的行為と一体となって現われ続けており、
によってどのような仕方で関わられているかによ
その遊びが終わってしまえば、遊びの世界は消滅
って、異なる現われ方をしている。このときのボ
していまい、自動車に見立てられていたブロック
ールは、認識の対象として即自的(an sich)に
は、ただのブロックに戻されてしまう。
存在しているのではないため、論述の主語として
また、幼児に非常に好まれて遊ばれるゴッコ遊
の一定不変の安定性をそなえてはいない。そうで
びにおいても、同じことがいえる。例えばオママ
はなく、例えばそれを他の子どもに当てようとし
ゴトにおいては、母親や父親や幼児やペット等の
ている子どもにとってのボールは、当てられる子
役を演じている個々の子どもの具体的で現実的な
どもを外野に追い出す遊具として関わられてい
身体的行為によってオママゴトの世界が生みださ
る。すると、この子どもにとっては、逃げようと
れ、子どもたちはその世界を生きることになる。
している子どもの動きに応じて、その子どもにボ
それゆえ、オママゴトの世界も行為的世界である
ールをうまく当てようとしている自分の身体の動
ことになる。しかも、オママゴトをしている子ど
きと一体となって、ボールの現われは連続的に変
もたちは、その世界でそれぞれがどのように振る
化し続けていることになる。
舞うかをあらかじめ相談して決めておくといった
他方、ボールを当てられそうになっている子ど
ことは、まったくといっていいほどない。子ども
もにとっては、その子どもの身体の動きと一体と
たちは、他の子どもの現実の振る舞いに対して、
なって、ボールの現われは連続的に変化し続けて
まさに即興的にそれぞれの役を演じている。そう
いることになる。
であるかぎり、オママゴトの世界が生みだされ続
こうしたことからすると、他の子どもにボール
けるかどうかは、個々の子どもたちがそれぞれの
-51-
研究論文
役になりきってどのような振る舞いが“できる”
界は子どもの身体的行為そのものによって成りた
かに依存していることになる。そして、子どもた
っているという意味で、子どもにとって内在的
ちにとって、例えば個々の役が論述の基体として
(immanent)である、といえる。そのため、子
認識の対象となるのは、例えば、「ママはそんな
どもにとってそのつどの行為が自分の思っていな
ことしない」とか、
「ママはそんなこと言わない」
かったり、満足のいくものでないときには、子ど
といったような発言から明らかとなるように、オ
もは行為的世界を生きられなくなってしまう。経
ママゴトの世界を生みだすことや、その世界を生
験的にも、幼児は、自分の思うように活動できな
き続けることができなくなったときである。
かったり、活動の結果が自分の思い描いていなか
以上で探ったような在り方で幼児が行為的世界
ったときには、かなり強い不満の感情に陥ること
を自ら生みだしつつ、その世界を生きているとい
が多い。というのも、そのときは彼らが行為的世
うことは、ここまで例示してきた遊具を使って遊
界を生き続けることができなくなるから、すなわ
んでいるときにかぎられない。2の⑵で探ったよ
ち、その場を生きることができないからであろ
うに、幼児が様々なことを学ぶのは、それら様々
う。こうしたことから、行為的世界は、子どもに
なことが自分の具体的な身体活動によって新たに
とってかなり不安定な世界であることになる。
“できる”ようになることによってであった。す
しかし、だからこそ、子どもがそうした不安定
ると、新たなことが“できる”ようになることを
な状況をなんとかして打開しようとすることが非
介して、彼らによって生きられる世界や世界内の
常に多くみられる。というのは、行為的世界は、
物や出来事などは、彼らに新たに獲得された身体
子どもの行為と一体となって変化し続けるため、
活動と一体となって、それまでとは異なった仕方
子どもの主体的な活動によってある程度制御“で
で現われてくるようになる。
きる”からである。経験的にも、幼児は、何らか
例えばスプーンで食事が“できる”ようになる
の活動がうまくいかなかったり、わずかなミスで
と、それまでは手で握ることの“できる”ものは
行為的世界での活動に失敗しても、幼児に特有の
すべて口に入れていたときとは異なり、スプーン
発想力の豊かさと柔軟性でもって、子ども自身に
で掬えるものだけが食べられるものとして現われ
とってより好ましい対処の仕方を発見すること
てくるようになる。それまでは衣服の表と裏の区
も、多くみられるのである。
別ができないまま着ていた服を正しく着ることが
すると、幼児は、自分の身体的行為と一体とな
“できる”ようになることは、着ようとしている
って行為的世界を生きているだけではなく、行為
ときの身体の動きと一体となって、衣服の表と裏
的世界を自らの創造力によって生みだしてもい
の違いが子どもにとって新たに現われてくるよう
る、ということが導かれる。
になる。
以上で探ったような仕方で幼児期の子どもは、
それどころか、それまでは子どもにとって何の
行為的世界を自ら生みだしながら、その世界やそ
意味ももたなかったため、というよりもそれらと
の世界内の物や出来事や他者と一体となった自分
身体的に関わることがなかったため、子どもにと
の身体的行為を現に起こすことによって、多くの
っては現われることのなかった物が、新たに“で
ことが“できる”ようになっていく。
きる”ようになった行為と一体となって、子ども
しかし、それぞれの幼稚園や保育所の方針の違
に存在するようになる。例えば、手すりを握って
いにもよるが、そうした子どもも、年長の後半に
つかまり立ちが“できる”ようになることは、そ
なると、小学校教育における在り方を求められる
れまでは子どもにとって存在していなかった手す
ようになり、実際に小学校に入学すると、2の⑶
りが、それを握ってつかまり立ちをしている子ど
で探ったような仕方で、授業で課題となっている
もの身体活動と一体となって、つかまり立ちを支
ことについて何らかのことが“わかる”ようにな
える物として初めて存在にもたらされることを意
り、その成果を応用するためのスキルを獲得する
味している。
ことが求められるようになるのであった。
以上で探ったように、行為的世界は、子どもの
では、小学校教育において子どもに生きられて
そのつどの現実的で具体的な身体的行為と一体と
いる世界は、どのような世界であろうか。
なって、変化し続けている。それゆえ、行為的世
-52-
幼児教育と小学校教育における子どもの在り方と世界
⑵ 小学校教育における対象的世界
つのオハジキと7つのオハジキをひとまとめとし
小学校教育において子どもに求められるのは、
て、それを「1、2、3、
・・・」と数えて、最
何かが“わかる”ということであった。
終的にいくつになるかを見出そうとする。ある子
そもそも何かが“わかる”ということは、当の
どもは、10個のオハジキをまずひとまとまりと
何かがそれに関わっている者の関わり方に関係な
し、残りのオハジキの数を数えて、その結果いく
く、それ自体がどうなっているかをとらえること
つになるかを見出そうとする。オハジキをひとま
である。たしかに、自分の身体を使って何かが
“で
とまりにする際に、6つのオハジキのまとまりに7
きる”ようになるときにも、
「やり方がわかった」
つのオハジキをつけ加える子どももいれば、逆の
ということがある。しかし、幼児教育において何
方向につけ加える子どももいる。しかし、こうし
かが新たに“できる”ようになる場合とは異なり、
た個々の関わり方の違いとは関係なく、合計がい
「やり方がわかる」ようになることは、そのやり
くつになるかを見出し、いずれのやりかたも足し
方をたんに身につけただけではなく、できたとき
算を適切に行なったことをとらえることが、「6つ
の自分の活動から切り離すことによって、そのと
のオハジキと7つのオハジキを加えたらいくつに
きのやりかたを認識の対象とし、そのやり方が適
なるか」という事柄が“わかる”
、ということで
用される事柄と新たに自分の身につけた身体能力
あり、足し算の仕方が“わかる”ということであ
との適切な関係をもとらえることを意味してい
る。
る。それゆえ、
「やり方がわかる」ということは、
小学校教育において“わかる”ということがこ
“できる”ようになったうえで、さらには、その
うしたことを意味しているかぎり、そこでは、そ
やり方の適切さをもとらえられる、ということで
のつど学ばれる事柄がどうなっているかという、
ある。
事柄の本質をとらえることが課題となっている。
例えば、「6つのオハジキと7つのオハジキを加
というのも、先に例示した足し算の場合だけでは
えたらいくつになるか」ということが“わかる”
なく、どのような授業でも、そこで課題となって
ということは、自分がオハジキとどう関わるかに
いるのは、
「○○はどうなっているのか?」とい
関係なく、この事柄自体がどうなっているかをと
うことだからである。例えば、先の足し算の場合
らえることが、“わかる”ということである。と
でいえば、
「6つのオハジキと7つのオハジキを加
いうのも、自分の身体や意識を介してこの事柄に
えたらどうなるのか?」
、ということが課題とな
具体的にどう関わるかは、それに関わる人間のそ
っている。あるいは、
「三角形の内角の和はどう
のつどの具体的な活動に応じて、かなり異なって
なっているのか?」
、ということが課題となって
くるにもかかわらず、それらの個々の関わり方と
いる。文学教材の「登場人物の気持ちはどうなっ
は関係なく、その事柄そのものがどうなっている
ているのか?」とか、
「登場人物が〇〇をした理
かをとらえることが、“わかる”ということだか
由はその人物にとってどうなっているのか?」、
らである。また、足し算の「やり方がわかる」と
ということが課題となっている。理科の溶解の授
いうことは、たんに足し算が“できる”ようにな
業では、
子どもたちは、
様々な実験をしながらも、
ることではなく、さらには、足し算をすることは
それらの具体的で現実的な実験の作業とは切り離
どういうことかを踏まえつつ、課題の解決のため
されている事態として、
「水のなかに入れられた
には足し算を使うことが適切かどうかをもとらえ
食塩はどうなっているのか?」
、ということが課
られるようになることである。それゆえ、二つの
題となっている。朝顔をある期間にわたって育て
数字が提示されたときに、何も考えずにともかく
ているときには、
「朝顔の成長はどうなっている
それらを加算し、その結果がたとえ正しくても、
のか?」
。歴史の授業では、
「江戸時代の身分制度
このときには、足し算の仕方がわかったのではな
はどうなっているのか?」
。社会見学では、
「見学
く、二つの数を足すことが“できる”ようになっ
している場所では○○はどうなっているの
ただけでしかない。
か?」
、といったことが課題となっているのであ
経験的にも、小学校教育において初めて足し算
る。
について子どもが学ぶときには、次のようなこと
このように、小学校教育においては、個々の子
がしばしばみられる。例えば、ある子どもは、6
どもの身体活動や思考活動から切り離されても成
-53-
研究論文
りたっているような事態が、すなわち授業で課題
そしてこのことこそが、3の⑴で明らかにした
となっている事柄自体に普遍的にそなわっている
ところの、幼児教育における子どもの世界が行為
本質が問題となっているのである。
的世界であるのとは異なり、小学校教育において
それゆえ、こうした普遍的な本質は、教師や子
は、自分の関わり方とは切り離された事柄自体
どもにとって課題となっている事柄についてその
が、子どもにとって課題となっている、というこ
つど発言している者とも切り離されている。そう
とを如実に示している。すなわち、このときの子
であるからこそ、事柄それ自体を深く豊かに言葉
どもには、即自的に成りたっている事態がとらえ
で論述することを介して、事柄の本質が“わかる”
られており、自分がどう関わるかによっては影響
ようになることがめざされる。すると、論述の基
されることなく、それ自体として現われてくる学
体としての事柄自体は、それに関わる者によって
習課題がどうなっているかについて“わかる”こ
変化せず、その基体の構造や内実や意味や意義等
とが求められているのである。こうしたことか
がどうなっているかについてなされる論述に応じ
ら、このときに子どもによって生きられている世
て、より豊かに深くとらえられるかどうかが課題
界を対象的世界と呼ぶことにする。
となる。すなわち、論述の基体としての事柄の本
以上で探ったように、小学校教育において子ど
質がより豊かに深く“わかる”ことがめざされて
もたちに生きられている対象的世界は、そこで課
いる。それゆえ、その本質をはじめにとらえたの
題となっている事柄がどのようになっているかを
が誰であるか、ということよりも、子どもたちの
“わかる”ことが求められており、しかも、課題
すべてがその本質について“わかる”ことがめざ
となっていることが即自的なものとして、個々の
されている。こうしたことから、授業で課題とな
人間の行為から切り離されているがゆえに、行為
っている事柄やそれについての本質は、子どもの
的世界とは異なり、安定した世界となっている、
存在から切り離されているという意味で、子ども
ということが明らかとなる。
にとって即自的な対象となっている、といえる。
同様のことは、算数の授業に限られたことでは
例えば算数の授業で、「三角形の内角の総和は
なく、子どもたちそれぞれの解釈によって異なる
180度である」ということを子どもにわからせる
意味をもたされるような文学教材の授業において
ために、一人ひとりの子どものノートに、それぞ
も、いえる。文学作品の登場人物についてそれぞ
れ大きさも形も異なる三角形をまず描かせる。そ
れ異なる解釈をしている子どもたちでさえ、自分
のうえで、その三角形の三つの角の角度を分度器
の解釈は、自分が解釈しているときにのみ存立し
で計らせ、その合計を出させる。そしてその結果
ているのではなく、当の文学作品を自分なりに読
を数人の子どもに発表させて、その発表が個々の
むかぎりでは、登場人物の気持ちや性格や登場人
子どもが自分のノートで行なった作業の結果と一
物によってなされた行為の意味などを含めたその
致しているかどうかを、それぞれに確かめさせ
人間自身の在り方そのものについての解釈であ
る、というのが、この学習課題を子どもにわから
る、ということを主張しているはずである。とい
せるためのごく一般的な方法であろう。
うのも、小学校教育では、自分がある解釈に至っ
すると、通常の一斉授業では、発表した数人の
た理由を述べることが求められるかぎり、行為的
三角形はどのような形と大きさであるかを見るこ
世界を生きているときとは異なり、個々の子ども
とができても、その発表を聞いている多くの子ど
の解釈は、その子どもの存在によってではなく、
もたち同士は、他の子どもが作業した際の三角形
その解釈に至った理由によってその存立が支えら
がどのような三角形であったのかをお互いに直接
れるからである。
見ていないだけではなく、どのような作業をした
以上のことから、小学校教育においては、学習
のかをも知ることができない。それゆえにこそ、
課題だけではなく、教師や子どもの発言のすべて
こうした一斉授業で数人の子どもが発表した結果
は、発言者の発話行為とは切り離されており、そ
がクラスの子どもたちによって承認されると、承
の授業に参加している個々の人間に属していない
認された事態は、個々の子どもの作業から切り離
という意味で、超越的(transzendent)である、
されても成りたっている普遍的な本質として、子
といえることになる。それゆえ、小学校教育にお
どもたちに現われてくることになるのである。
いては、授業でなされた発言を含めた教師や子ど
-54-
幼児教育と小学校教育における子どもの在り方と世界
もによってクラスで発表されたことのすべては、
ある。それゆえ、子どもの根源的な在り方を考慮
その後の授業の展開によってたとえ否定されたと
することなく、問題視される子どもの活動の深刻
しても、否定された事柄として、その授業中は保
さやその原因を取りあげ、いわば対処療法的に子
持され続けることになるのである。
どもと関わるだけならば、むしろ子どもの根源的
な在り方を見失うことになるであろう。ひいて
7.おわりに
は、子どもに寄り添った関わり方もできなくなっ
てしまうであろう。
本稿では、幼児教育と小学校教育においては、
しかも、子どもの根源的な在り方をとらえたう
子どもはそれぞれ異なる在り方をしていること
えで子どもと関わることは、問題視される子ども
を、まずは何かが“できる”と“わかる”という
の活動だけではなく、幼児教育や小学校教育にお
観点から探ることにより、彼らが生きている世界
ける子どもの根源的な在り方に寄り添った子ども
には、行為的世界と対象的世界との違いがあるこ
との関わり合い方をも導いてくれるはずである。
とが明らかにされた。
それどころか、根源的な在り方に迫る必要性
しかし、だからといって、子どもは、幼児教育
は、そもそも幼児教育や小学校教育においてだけ
と小学校教育において、本稿で明らかにされた違
ではなく、どのような教育においても、ひいては
いに当てはまるような仕方で常に存在し続けてい
どのような人間についてもいえるはずである。と
るわけではない。例えば、幼児教育においても、
いうのも、「具体的にはどうしたらいいのか」と
年齢があがるにしたがい、お話の世界の主人公が
いう対処療法的な観点ではとらえそこなわれ、隠
どのような在り方をしているかを課題とするよう
されたままに留まってしまう、深い次元における
になることによって、対象的世界を生きられるよ
人間の根源的な在り方が、どのような人間にも潜
うになる。小学校教育においても、休み時間で典
んでいるからである。
型的となるように、夢中で遊んでいるときには、
引用文献
行為的世界を生きることになる。
それにもかかわらず、本稿において、幼児教育
Husserl,E. Die Krisis der europäischen Wissenschaften
und die transzendentale Phänomenologie,
と小学校教育のそれぞれにおける子ども在り方の
違いを探ったのは、幼小連携という観点におい
Martinus Nijhoff, 1976
Husserl,E. Logische Untersuchungen II/1, Max
て、特に小1プロブレムにおいて典型的となるよ
うに、それぞれの教育において問題視される子ど
Niemeyer, 1980
Merleau-Ponty,M. Phénoménologie de la perception,
もの在り方は、本稿で探ってきたような子どもの
根源的な在り方に、あるいはその在り方を全うで
Gallimard, 1945
きないことに基づいている、と考えられるからで
-55-
【研究論文】
地域連携型親子体操教室におけるアクティブ・ラーニングの実践
Practice of the Active Learning
at Parent-Child Exercise Classes of Regional Cooperation Type
鳥居 恵治* ・ 山下 晋* ・ 藤原 貴宏**
TORII Keiji, YAMASHITA Susumu, Fujiwara Takahiro
要 旨:
本研究は、岡崎女子短期大学の学生が岡崎市主催の健康講座(親子体操教室)に参加し、事後のアンケート調査から、
アクティブ・ラーニングのあり方について検討した。その結果、学生の興味や関心が共通していることが「学生間の協働」
を高めやすいと考えられたことから、アクティブ・ラーニングを導入する初期段階はゼミ形式の授業が有効であると示唆
された。また、アクティブ・ラーニングを推進するには、学生の自主的な学習時間を確保したり、授業の詳細を分かりや
すく明示したシラバスの作成、学内の学習支援センターや図書館などの部署と連携をとって、学習支援をするシステムが
必要である。
Abstract
According to the questionnaire investigation by students of this university for the participants in a parent-child
exercise class, because collaboration among students can be effective when they have common interest and concern, a
seminar type class will facilitate the introduction of the active learning, and self-directed learning, an clear-cut syllabus
and a learning support system with the Learning Support Center and library on the campus will promote the active
learning.
キーワード:親子体操教室、運動遊び、学生、アクティブ・ラーニング
Keyword: Parent-child class, motional play, student, active learning
Ⅰ.諸言
の教育から、学びの意味を学生に分かりやすく理
解させた上で、教員と学生が相互に知性を高めて
いく学生主体型の学士課程教育に換えていくこと
中央教育審議会の 「大学教育の質的転換(答
1)
申)」 において、
「生涯にわたって学び続ける力、
が重要であるとしている。
主体的に考える力を持った人材は、学生からみて
アクティブ・ラーニングとは、教員による一方
受動的な教育の場では育成することができない。
向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動
従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業
的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総
から、教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒に
称で、学修者が能動的に学修することによって、
なって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的
認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験
に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見
を含めた汎用的能力の育成を図るものである。そ
し解を見いだしていく能動的学修(アクティブ・
の形態は発見学習、問題解決学習、体験学習、調
ラーニング)への転換が必要である。」と指摘が
査学習のほか、教室内でのグループ・ディスカッ
されている。これは、従来の知識詰め込み型中心
ション、ディベート、グループ・ワーク等多岐に
*
岡崎女子短期大学幼児教育学科 **岡崎学園高等学校
-57-
研究論文
が高い学生が集まっていることが多いことから、
わたる。
アクティブ・ラーニングが展開しやすいと思われ
また、アクティブ・ラーニングが注目され、導
2)
入が急がれている理由について山地 は「①学生
る。
側の要因として、基礎学力や学習技能が不十分で
そこで、本研究では、幼児体育領域のゼミ活動
も大学に入れるため、座学中心では学習成果が見
(行政主催の健康講座での運動指導)を通して、
込めなくなり、中等教育までと同様に、学生個々
学生のためとなるアクティブ・ラーニングのあり
の学習を促進するような働きかけが必要になった
方について検討することを目的とした。
こと、②情報が多元的に生成され公開されている
Ⅱ.方法
今日、教員が一定の知識体系をマイペースで伝授
するという授業は適合的でなく、大量かつスピー
ディーな情報流通の中で学生に必要な学習をいか
①対象
にマネジメントしていくかが問われていること、
対象は本学幼児教育学科の鳥居ゼミ及び山下ゼ
③高等教育の国際市場化に伴って大学教育に標準
ミに所属する40名の学生のうち、講座への参加を
化と差別化の両方の圧力が高まっているうえ、学
希望した12名とした。なお、参加した学生は講座
生たちはグローバル化した労働市場で競争しなけ
前に「①アクティブ・ラーニングとは何か」、「②
ればならないという困難に直面していること」を
本講座の目的」について資料に基づき説明を受け
あげている。
た。
子どもの体力及び運動能力の低下は問題視され
②健康講座(親子体操教室)の概要
て久しく、走、跳、投能力にかかわる測定項目は、
健康講座は岡崎市保健部(健康増進課 健康増
体力水準が高かった昭和60年頃と比較すると、顕
進班)が企画・立案した。幼児期・学童期から運
著に低い水準になっている。
動は楽しいと経験を積むことは、生涯にわたって
そこで、筆者は幼児期から学童期における生活
の運動習慣の継続につながるため、運動が好きな
習慣と運動能力の関連や体力及び運動能力のスキ
子どもに育てるコツを親子で学ぶことを目的に、
ル獲得について調査研究を行っており、子どもの
平成26年11月15日(土)本学の体育館で開催され
運動嗜好性に関与する因子は、きょうだいなど一
た。
緒に遊ぶ仲間の存在や父親の運動嗜好性の高さで
第一部(13:30 ~ 14:30)は園児(年長児)
あること 、継続的な運動指導が幼児期の運動能
とその保護者14組(28名)を、第二部(15:00
力発達に正の影響を及ぼす可能性が示されている
~ 16:00)は小学生(1・2年生)とその保護者
3)
こと を報告してきた。
27組(54名)を対象にした。
これらの得られた知見を活用し、岡崎女子短期
講座の内容は表1のとおりであり、学生は環境
大学(以下:本学)で1年次後期から2年次前期に
構成、子どもに見本を見せたり、援助(声掛けや
開講している「子どもの研究Ⅰ・Ⅱ」
(以下:ゼ
補助)を行ったりした。
4)
ミ活動)では、本学の付属幼稚園(以下:付属幼
表1:健康講座のプログラム内容
稚園)における継続的な運動指導をはじめ、近隣
○親子遊び
・足じゃんけん
・おせんべい返し
・手つなぎ逆上がり
・木登り
○タオルを使った遊び
・タオル引き
・背中合わせタオル取り
・流星キャッチボール
・しっぽ取り
○サーキットあそび
の幼稚園での運動指導、市町村で行われている親
子体操教室などに参加して能動的な学習を行って
いる。
アクティブ・ラーニングで成果を上げるために
は、学生個々の学習を促進する働きかけが必要で
あるが、一般的な座学で行う講義形式の授業(一
教員対多学生)では、学生個々に対し、十分に働
きかけをすることが難しいと感じている。その点
において、本学のゼミ活動では、通常の授業より
も学生数が少なく、ゼミの領域ついて比較的関心
-58-
地域連携型親子体操教室におけるアクティブ・ラーニングの実践
なかよし平均台
マットのぼり
トランポリン
バーくぐり越え
キャッチボール
鉄棒(前回り、逆上がりなど)
肋木のぼり
ケンパ
タイヤチューブわたり (これらを繰り返す)
*第一部、第二部とも同様なプログラムであり、
その強度や難易度を変えて行った。
③アンケート調査
参加した保護者に対して、講座終了後にアンケ
ートを行った。内容は家庭における運動の実施状
況や運動嗜好性、講座に対する感想とし、本調査
の趣旨を説明して、同意が得られた41名のアンケ
ート結果を集計した。
参加した学生に対し、講座が終了して、後片付
けが完了した後に、今講座に関して、5段階で回
答をするアンケート調査を行った。
図1 健康講座の様子
上:親子でじゃんけんゲームをしている様子
下:マットで作った壁を上る様子
④統計解析
得られたアンケート結果から、各質問項目を集
計し、各回答の関連を検討するために相関係数を
求めた。なお、分析にはSPSS ver.18を用い、本
研究における統計上の有意水準は5%とした。
Ⅲ.結果及び考察
講座の内容に対する満足度は、保護者を対象に
したアンケート結果から、第一部に参加した保護
者は「とても満足した(7名、50.0%)」、
「満足し
図2 親子講座に対する保護者の満足度
た(7名、50.0%)」、第二部に参加した保護者か
ら「とても満足した(13名、48. 1%)」、「満足し
とが多く、体を動かして遊ぶことも少なかったの
た(14名、51.9%)」であり、とても好評であっ
で、たくさん体を動かせてよかった。親子のコミ
た(図1、2)。
ュニケーションにもなった」
、
「子どもとの向き合
また、自由記述から、「今日のように、子ども
い方を改めて考えさせられた」
(以上、第二部)
と一緒に体を動かして遊ぶことをあまりしてなか
など、声が寄せられたことから、親子運動あそび
ったと感じた」、「楽しかった。親が2人とも運動
は楽しいものであると感じてもらえたうえ、その
嫌いなので、何とか運動する子になってほしい」
、
必要性やあり方について理解してもらえたようで
「普段は運動が苦手な子どもがとても楽しそうに
あった。
体を動かしていた」(以上、第一部)、「普段やら
満足度が高かった原因として、幼稚園や保育
ないいろいろな運動が経験できた。子ども非常に
所、小学校よりも広い体育館で、日ごろ使わない
楽しんでいた」「室内でゲームなどをして遊ぶこ
トランポリンやタイヤチューブなどの器具や用具
-59-
研究論文
を使うことができたこと、親子ペアで行う運動遊
ブ・ラーニングにおいて重要である「学生間の協
びの種目を多く行ったこと、さらに、その運動強
働」
が機能したことが考えられる。
このことから、
度は各親子で設定することができるようにし、無
アクティブ・ラーニングを導入する初期の段階で
理なく取り組むことができたこと、つまり、ハー
はクラス単位で行う授業よりもゼミの単位で行う
ド面とソフト面の充実が挙げられる。また、本学
ほうが良いと思われた。
の学生は、幼児体育の授業において、付属の幼稚
問4「力いっぱい遊びことができるように声掛
園児を迎えて行う体育を行っているため、体育
(体
けや援助ができましたか?」に対して、
「とても
操)の指導や補助に関して、慣れていたと考えら
できた(3名、25.0%)
」
、
「できた(5名、41.7%)」、
れる。さらに、鳥居ゼミ・山下ゼミの学生は付属
「どちらともいえない(3名、25.0%)
」
、
「あまり
幼稚園に行き、鉄棒や跳び箱、ボール遊びなどの
できなかった(1人、8.3%)
」であった。問5「事
指導を行っていることから、ほかの学生よりも経
故を予測し、安全に遊ぶことができるような補助
験が多く援助(補助や声かけ)ができる学生が多
ができましたか?」には、
「とてもできた(2名、
いことが原因と考えられた。
16.7%)
」
、
「できた(5名、58.3%)
」
、
「どちらとも
その他、「(今回の60分より、)時間を長くして
いえない(3名、25.0%)
」と、今までの経験を十
ほしい」、「定期的に開催してほしい」という感想
分に生かすことができない学生が目立った。学生
も多くあり、今後の講座あり方については、岡崎
アンケートから「最初はどのようにかかわってい
市保健部のスタッフと十分検討する必要があると
いのか分からなかった」
、
「あまりうまく声掛けが
感じた。
できなかった」と感想が述べられた。この原因と
して、授業では子どものみを対象に運動指導を行
学生アンケートの結果を図3 ~ 10に示した。問
っているが、今回は親子が対象であったことが考
1「『アクティブ・ラーニング』の趣旨を理解でき
えられる。これはプログラムの内容の差ではな
ましたか?」に対して、「とてもできた(4名、
く、保護者がそばにいることによって、
「恥ずか
33.3%)」、「できた(7名、58.3%)」と多くの学生
しい」
、
「間違った声掛けをしたらどうなるか」な
が理解をしていた。問2「事前に本講座の目的を
ど思ってしまい、声掛けや補助を躊躇してしまっ
把握することができましたか?」に対して、
「と
たと考えられることから、今後、より一層経験を
てもできた(3名、25.0%)」、「できた(9名、75.0
積んで、声掛けや補助ができるように学んでほし
%)」と全員が把握できていた。問1及び2に関し
いと感じた。
て、理解度が高かったのは、講座の直前に説明を
問6「保護者や子どもの運動特性を見つけ、説
したためであると考えられた。このことから「事
明ができるようになりましたか?」に対して、
「で
前」の指導・説明に加え、「直前」に行うことの
きた(3名、
16.7%)
」
「どちらともいえない(5名、
、
有効性が示された。
41.7%)
」
「あまりできなかった(4名、33.3%)」
問3「運動遊びの環境構成に関わることができ
であった。実際に学生が見つけた運動特性とし
ましたか?」には、
「とてもできた(4名、33.3%)
」
、
て、
「傾斜にしたマットを上ることができる子ど
「できた(8名、66.6%)」と全員が積極的にかか
もは、足の指の付け根を使っている」や「キャッ
わっていた。これは幼児体育の授業やゼミでの経
チボールの際、保護者や学生がしっかり手本を見
験が生かされた結果であり、当日も器具や用具の
せると、子どもがうまく投げることができた」が
配置場所に加え、安全を確保するための補助具
(マ
あげられた。これらの動作は、学生が補助をした
ットなど)の必要性など、各自が意見を出し合い
経験はあったが、その他の種目は、初めて経験す
取り組む様子が見られた。
るものばかりであったことから、多くの経験を積
また、問1 ~ 3の結果が「とてもできた」や「で
むことに加え、事前に各種目の運動特性を説明す
きた」と回答した学生が多かったもう1つの原因
る必要があると思われた。
に、本学では学生が所属するゼミを選択している
問7「次の講座に向けて、反省点や改善点を見
ケースが多いこともあげられる。今回は幼児体育
つけ、説明できるようになりましたか?」には、
という分野に興味を持ち、意識が高い学生が多く
「できた(7名、
58.3%)
」
「どちらともいえない(3
、
こと、学生の意識が共通しているため、アクティ
名、
25.0%)
」
「あまりできなかった(2名、
16.7%)」
-60-
地域連携型親子体操教室におけるアクティブ・ラーニングの実践
図3(問1)「アクティブラーニング」の趣旨を理解でき
図4(問2)事前に本講座の目的を把握することができま
ましたか?
したか?
図5(問3)運動あそびの環境構成に関わることができま
したか?
図6(問4)力いっぱい遊ぶことができるように声掛けや
援助ができましたか?
図7(問5)事故を予測し、安全に遊ぶことができるよう
な補助ができましたか?
図8(問6)保護者や子どもの運動特性を見つけ、説明で
きるようになりましたか?
図9(問7)次の講座に向けて、反省点や改善点を見つけ、
説明できるようになりましたか?
図10(問8)この教室に参加して、知的に触発され、さ
らに深く学びたくなりましたか?
-61-
研究論文
であった。できたと回答した学生は「子どもがで
その他、問4(声掛けや援助)と問6(運動特性
きないことがあったら、そのできない原因を見つ
の発見)
、問5(安全な補助)と問6の間にやや強
け、できるようになるための声掛けをしたい」と
い相関がみられた。これらのことから対象者によ
述べていた。
り近い場所で声をかけ、その反応を観察すること
問8「この講座に参加して、知的に触発され、
が幼児体育において重要な運動特性の発見につな
さらに深く学びましたか?」に対して、「とても
がることが示されたため、指導のポイントとして
なった(5名、41.7%)」、
「なった(7名、58.3%)
」
いきたい。
であった。今後もこのような講座を開催し、学生
学生アンケートの自由記述には、
「お父さん、
のより能動的な学習の場を提供していきたい。
お母さんと遊んでいる姿がとても楽しそうであっ
表2に学生に対するアンケート項目の相関関係
た」
、
「直接子どもと関わって学ぶことができてよ
を示した。その結果、問1(アクティブ・ラーニ
かった」
、
「いろいろな能力の子どもがおり、勉強
ングの理解)と問2(今講座の目的の把握)に強
になった」
、
「また参加したい」と声が寄せられ、
い相関が認められた(r=0.728、p<0.01)。鳥居ゼミ・
今講座への参加は有意義であったと感じているこ
山下ゼミには合わせて41名の学生が所属している
とから、できる限りアクティブ・ラーニングの機
が、今回は自由参加であり、そのうちより学びの
会を設けていこうと考えている。
意欲が高い学生が12名参加した。参加した学生
一方で、本学において保育士資格、幼稚園教諭
は、幼児体育の領域では専門性の高い教員のもと
二種免許を取得するためには、履修する科目数が
で刺激を受け、知的に成長したいと感じており、
多く、日々の授業及び課題に加え、実習など時間
的な点から必ずしも能動的な学修を推進できる環
表2 学生に対するアンケート項目の相関関係
境とは言い難い。そこで、予習や復習を含む学生
の自主的な学習時間を確保するシステムの導入が
必要であろう。
また、学生が能動的に学ぶためには、各回のね
らいや授業外の課題内容、評価方法などを分かり
やすく明示したシラバスが必要である。さらに、
アクティブ・ラーニングはそれを準備する教員の
負担も多くなる。通常の授業に加え、就職・進路
支援などの学生指導、委員会業務に追われている
のが現状である。そのため本学にある学習支援セ
ンターや図書館、情報メディアセンターなどの部
能動的な学習の資質が備わっており、今講座の目
署と連携をとって、学習支援をする方法のほか、
的が何であるかを十分把握することができたもの
今後は授業にTA(Teaching Assistant)を活用
と考えられた。
するなど、学習支援機能を拡充させていく必要が
問1と問3(環境構成への関わり)に相関が認め
あると思われる。
られた(r=0.594、p<0.05)。アクティブ・ラーニ
Ⅳ.まとめ
ングの理解ができている学生は、自ら進んで環境
構成への関っていることが示された一方で、声掛
けや援助、安全な補助との間には相関が見られな
本研究では、岡崎市が主催している親子講座に
かった。子どもの研究Ⅰは後期(10月)から始ま
おいて学生が能動的に学ぶ機会を設け、そのあり
った科目であり、経験した種目(跳び箱や鉄棒な
方について検討した。その結果、アクティブ・ラ
ど)に関しては指導や補助ができる学生がいるも
ーニングの趣旨を理解している学生は講座の目的
のの、初めて行った種目には十分に適応できなか
を把握したり、環境構成などへの関わりが積極的
った学生もいた可能性が考えられ、今後、経験を
にできることが示された。この要因として、学生
増すことによって声掛けや援助、安全な補助がで
間の興味や関心が共通していることが考えられた
きるようになることが期待される。
ことから、アクティブ・ラーニングを導入する初
-62-
地域連携型親子体操教室におけるアクティブ・ラーニングの実践
p9、2012
期段階はゼミ形式の授業が有効であると考えられ
た。また、アクティブ・ラーニングを推進するに
2山地弘起、特集 アクティブ・ラーニングとの
は、学生の自主的な学習時間を確保するシステ
実 質 化 に 向 け て、JUCE Journal 2014年 度
ム、授業の詳細を分かりやすく明示したシラバ
No.1、p3、2013
ス、学内の学習支援センターや図書館などの部署
3山下晋、平野朋枝、浅川正堂、幼児の運動能力
と連携をとって、学習支援をするシステムが必要
の伸びに関わる生活及び環境因子、岡崎女子大
である。
学・岡崎女子短期大学研究紀要第47号、p2532、2014
引用参考文献
4山下晋、平野朋枝、課外運動教室に参加する幼
児の運動能力発達に関する縦断的研究、岐阜聖
徳学園大学短期大学部研究紀要第44集、p103-
1新たな未来を築くための大学教育の質的転換に
109、2012
向けて~生涯学び続け、主体的に考える力を育
成する大学へ~(答申)、中央教育審議会、
-63-
【研究論文】
「気になる学生」の指導のための情報共有システムの試案
A Proposal for Information Sharing System
for Guiding “Worrisome Students”
山 下 晋* ・ 野 村 安 子** ・ 藤 井 暖 子***
YAMASHITA Susumu, NOMURA Yasuko, Fujii Yasuko
要 旨:
本研究の目的は、本学の休学・退学の状況を明らかにし、教職員が一体となり、学生が入学から卒業、就職に至るまで
十分に学ぶことができるための、支援の体制について検討することを目的にした。
その結果、休学・退学の状況は必ずしもGPA(成績)から説明ができるものではなく、学生自身の性格傾向やコミュニ
ケーション能力、友人や教職員との人間関係、家庭的な問題など多くの要素が複雑に関与していることが明らかとなった。
それらを教職員が把握し、適切な支援を行う必要があることが考えられた。そのため、学生についての情報収集からケー
スカンファレンス、定期的なフォローをするための、教職員の組織をつないだ「学生相談センター」の設置など、早急に
実効性のある制度を作り上げ、全学をあげて教職員一丸となった取り組みが必要であると考えられた。
Abstract
Based on the fact-finding of those students of this university who are taking a long absence or have withdrawn, this
paper proposes a system for students to study from their enrollment to graduation and employment. Absence and
withdrawal are caused by many factors, such as their characters, communication ability, human relationship and family
affairs, not always by GPA. Accordingly, the faculty members should grasp these factors and follow up the target
students.
キーワード:気になる学生、休学・退学、情報共有
Keyword: Worrisome students, absence and withdrawal, information sharing
Ⅰ.緒言
グラム(初年次教育)を推進したり、岡崎女子大
学・岡崎女子短期大学(以下:本学)においても、
大学生の休退学が大きな問題になっている。文
学修支援センターが学修のサポートを行ってい
部科学省の発表によると、平成24年度の中途退学
る。
者の総数は79,311人(2.65%)、休学者の総数は
また、
「学校生活不適応」への対応として、本
67,654人(2.3%)であった。中途対学・休学の最
学では、保健管理センター及び保健室において、
大の要因として「経済的理由」があげられている。
学生の心と体の健康問題に対応できるカウンセラ
経済的な理由への対応として、独立行政法人日本
ー(臨床心理士)を配置し支援を行っている。
学生支援機構の大学等奨学金事業、国立大学、私
しかし、大学、短大における保育者養成は、新
立大学の授業料減免などの充実が行われている
制度からさらに教育・保育の質の高度化が求めら
1)
。その他の要因である「学業不振」の対応とし
れていることから、学生が抱える問題は今後さら
て、各大学では新入生を対象とする総合教育プロ
に複雑になってくること、一方で、大学組織の中
*
岡崎女子短期大学幼児教育学科 **岡崎女子大学・岡崎女子短期大学進路支援課 ***
岡崎女子大学・岡崎女子短期大学学生支援課
-65-
研究論文
ではそれに対応する担当部署も分化されているこ
とから、学生の状況を把握しきれなかったり、把
握しても適切な支援を行うことができない場合も
起こりうることが予想される。
そこで、本研究は本学の学生の状況を把握し、
教員(授業)、職員(入試、教務、学生支援、進
路支援)が一体となり、学生が入口(入学)から
出口(卒業・就職)に至るまで学ぶことができる
ために、十分な支援ができる体制とは何かについ
て検討することを目的にした。
Ⅱ.方法
図1 幼児教育学科の休学者の推移
1.学生の状況調査
学生の状況について、平成21 ~ 25年度在学生
の休学・退学者数とその割合、平成22 ~ 24年度
入学生のGPA(Grade Point Average)で区分し
た休学者数・退学者数、平成23 ~ 25年度卒業生
のGPAで区分した公務員試験合格者数を算出し
た。
2.平成26年度第2回FD・SD合同研修会の実施
本学では、定期的にFD・SDの研修会を行って
いる。平成26年10月1日(水)に、「学生が最後ま
図2 幼児教育学科の退学者の推移
で学ぶために、教職員は何ができるか?」をテー
マに、学生支援課の藤井暖子課長補佐より「岡崎
%)
、6名(1.3 %)
、8名(1.7 %)
、10名(2.0 %)、
女子短期大学の休学・退学の実態」、岡崎女子大
4名(0.9%)
、であり、第三部の退学者は、平成
学の白垣潤准教授より「FDについて」講話をい
21年度から13名(5.9%)
、14名(6.1%)
、11名(4.6
ただき、その後、「気になる学生に対して、どの
%)
、9名(3.5%)
、8名(3.0%)であった。
ような支援ができるか」について、グループワー
休学や退学をする学生の割合は、調査期間の5
クを行い、その結果を集約した。
年間において、いずれも第三部の方が多かった。
この原因として、経済的な理由が背景として、第
Ⅲ.結果及び考察
三部は授業料が第一部に比べ安いものの、学生の
中には自身のアルバイトで稼いだ賃金を授業料に
1.学生の状況調査
充てているケースもあり、そのため、アルバイト
平成21年~ 25年度の休学者数、退学者数につ
が忙しくなることで学業がおろそかになったこと
いて図1、2に示した。
が考えられる。また、
入学前に思い描いていた「理
岡崎女子短期大学幼児教育学科第一部(以下:
想」と大学での学びという「現実」に大きな差が
第一部)の休学者は、平成21年度から11名(2.4
あったことも要因の1つと考えられる。特に、三
%)、6名(1.3 %)、7名(1.4 %)、7名(1.4 %)
、9
部は半日のみの授業であり、自分のペースででき
名(2.0%)、であり、幼児教育学科第三部(以下:
ると思っていたものの、各授業で出される課題や
第三部)の休学者は、平成21年度から19名(8.6
実習など予想以上に大変であったことなどが推察
%)、12名(5.2%)、19名(8.0%)、15名(5.9%)
、
された。
14名(5.2%)であった。
平成22 ~ 24年度に第一部、第三部に入学した
第一部の退学者は、平成21年度から13名(2.8
-66-
「気になる学生」の指導のための情報共有システムの試案
大学進学を勧められたり、
「大人より子どもを対
象にした仕事がいい」と安易に考えて入学してき
た学生や保育職を目指していたものの、学外実習
などでつまずいたために保育職に向いていないと
感じて進路変更を行った者もいた。
この背景には、入学段階でのミスマッチがある
と考えられる。保育者をイメージでとらえてお
り、実際に保育者の仕事内容はどのようなもの
か、保育者になるためにはどのような勉強をし、
どの程度の実習をするかなど理解せず入学をして
きていると推測される。
このため、入学前の学生募集の段階で、本人や
図3 GPA階級別に比較した幼児教育学科の休学者数
保護者・高校の教員に対し、保育者の仕事や保育
者になるための学習内容について、学校案内やホ
ームページ、ガイダンスやオープンキャンパス、
高校訪問の機会を利用し、十分な説明をすること
により、休学・退学者を減少させることが可能と
考えられる。
GPAの階級別に比較した公務員試験の合格者
数を表1に示した。
表1 GPA階級別に比較した公務員試験合格者数
図4 GPA階級別に比較した幼児教育学科の退学者数
学生のうち、休学または退学した学生の人数を
GPAの階級別に比較した結果を図3、4に示した。
第一部の休学者は、GPAが中位から下位の階
級の学生に見られ、そのうち最も低い階級が最多
で3名であった。第三部では、全ての階級におい
て休学者が見られた。
次に、退学者について、第一部では中位から下
位の階級の学生に見られ、第三部では全ての階級
の学生に見られた。第一部・第三部とも、そのう
ち最も低い階級が最多で5名であった。特に、第
三部において、成績判定の前に退学をした学生が
多かったため、算出不能が14名という結果であっ
た。
第一部・第三部ともGPAが高い階級の群では、
学生支援課の調べによると、休学した学生の中
公務員試験の合格率が高いという結果であった。
には、進路再考や語学留学という理由が見られ
また、いずれのGPAの階級においても、第三部
た。また、退学をした学生の中には、進路変更を
の方が第一部に比べ、公務員試験の合格率が低か
理由にする者が多かった。例えば、熱心に勉強し
った。この原因として、近年、第三部の学生にお
ていたが、他のことに興味を抱いて進路変更した
ける就職先に対する思いが多様化しており、学生
者がいた。一方で、幼児教育に特に関心があった
の多くが公務員になりたいと思っているわけでは
わけではなかったものの、高校の教員や保護者に
ない状況にある。保育職のなかでも託児所を希望
-67-
研究論文
したり、その他の企業に就職を希望する学生の増
が複雑に関与しており、それらを教職員が把握
加に伴って、愛知私立幼稚園連盟の愛知県私立幼
し、適切な支援を行う必要があることが考えられ
稚園教員採用候補者第一次統一試験の受験者も減
た。
少傾向になっている。
本学の公務員試験の対策講座が5限目に開催さ
2.FD・SD合同研修会
れていること、毎年2 ~ 3月(春休み期間)も講
平成26年度第2回FD・SD合同研修会において、
座が行われるため、公務員を目指すための講座に
「気になる学生に対して、どのような支援ができ
出席するとアルバイトをすることができなくなる
るか」について、グループワークを行った。そこ
ことが原因である。また、時間割に空きがなく、
で得られた結果レポートを集約し、今後の指導に
就職に関するガイダンスを開く場所がないことも
おける資料とするために表2にまとめた。
関係しているため、この対策として、キャリア支
⑴ 気になる学生に対する支援の現状と課題
援に関するコマの開講などの手だてが必要であ
①現在、本学では欠席調査(欠席回数3回、5回
る。
で報告)を実施している。
以上の結果から、GPAが高い学生は公務員試
→授業担当教員やクラス担任により取り組み
験の合格率が高いものの、休学・退学の状況は必
方が異なり、教員によって温度差が発生し
ずしもGPAの関係が明らかにはならなかった。
ている。
②学科会議(月1回開催)では、特に目立つ学
つまり、学生の動向には、成績以外に、学生自身
の性格傾向やコミュニケーション能力、友人や教
生の状況は報告し合っている。
職員との人間関係、家庭的な問題など多くの要素
→「少し気になる段階」の学生については、
表2 気になる学生の様子と予想される背景
-68-
「気になる学生」の指導のための情報共有システムの試案
→個別対応に加え、学生が安心して主体的に
個別での把握・対応にとどまっている。
動けるような環境作りを行う必要が感じら
③学修支援センターでは、学習支援が必要な学
れた。
生について、授業担当者等にも協力を仰ぎ、
③十分な支援をすることができない教職員側の
個別に支援をしている。また、保健室では、
問題点
精神面、家庭環境などをカウンセラーに相談
・学生がどのくらい悩んでいるのかについて、
する機会を設けている。
誰が判断すべきか、また、その基準が不明で
→学生が来ない(来ることができない)うえ、
単独の部署では限界があり、十分なフォロ
ある。
ーできていない。
→授業後すぐに退出する学生は気になるか?
・特に家庭の問題に関する支援は、どのように
(方法)どこまで(程度)行うのかは明らか
これらのことから、複数の授業担当者から少し
ではない。
でも気になる学生の状況(欠席状況、授業態度)
・特に女子学生なので、男性職員は対応が難し
を報告し合うとよいと考えられる。また、休学者
いと感じる。
は休学を繰り返す傾向にあり、本学の短期大学に
おいて、休学後に退学した学生の割合は幼児教育
学科第一部70%、同三部56%となっている。休学
現在、
「気になる学生」の判断は、出欠席状況、
した学生が復学し、卒業できるためには「復学生
成績などの客観的な視点と、教職員の主観的な視
の居場所づくり」が課題であろう。この点も含め
点によって行われている。主観的な視点では、教
て、学生を支援する部署(保健室や学修支援セン
員の個人差が大きくなるため、幼児教育学科ディ
ター)について、ガイダンスやクラスミーティン
プロマ・ポリシーなどから簡易な判定表を作成し
グなどで、その機能を紹介し、相談に行きやすい
て、複数の教職員で判断するという手法ができる
環境を整える必要が感じられた。
と思われる(表3)
。
⑵ 気になる学生に対する支援のあり方
表3 幼児教育学科ディプロマポリシーを基準とした学
生の学習状況の調査票(第一部用)
次に、グループワークで得られた報告を参考
に、気になる学生の支援の現状と課題、支援のあ
り方をまとめた。
①各グループからは「気になる学生に対し、
日々
の挨拶を含め、声をかけるなど個別対応をし
ている」ということが多く挙げられた.また、
その際のポイントとして、次の3点が挙げら
一方で、支援・指導方法については、確固たる
れた.
ルール決めは難しく、ケース・バイ・ケースで対
応しなくてはならない。例えば、授業についてい
・学生一人一人の話をよく聞き、生活の様子、
けない理由を明確にし、対応していくべきであ
自身の能力をよく見極める。
・学生から虐待やリストカットなど、個人的な
る。現在は、担任やゼミ(子どもの研究Ⅰ)担当
状況を告白されることがあることから、必要
が指導にあたっているが、
学生
(保護者も含めて)
があれば、過去にさかのぼった話を聞く。
とコミュニケーションをとり、適切な支援や指導
・必要があれば、
保護者や保証人に連絡を取る。
をするためにも教員、職員の様々な角度や視点が
②十分な支援をすることができない学生側の問
必要となる。また、進路の指導方針や休学・退学
に対する指導方針等は学生の出席の状況や授業態
題点
・学生が何らかの問題を抱えていても自ら相談
度、
進路希望、
家庭の状況など多方面の情報から、
できない原因の1つに、学生自身が個別対応
学生の利益を最大限に考えた判断(指導)をしな
に慣れてしまっており、教職員から声を掛け
くてはならない。
られるのを待っているのではないか。
-69-
研究論文
⑶ 学生の情報の共有システムの構築
る。学生相談センターに相談に来る学生と休退学
先述の⑴⑵から、教職員によって、「気になる
者の因果関係が明らかになると、早期に対応する
学生」に対する支援は異なること、一教職員では、
ことができると考えられる。
「気になる学生」に対する支援は限界があること
Ⅳ.まとめ
が明らかとなった。また、授業や窓口、保健室な
どで学生に対して何らかの違和感を抱いても、情
報を集約する場所がなく、情報の共有範囲はすべ
本研究は、本学の学生の休学・退学の状況を明
て個人の判断にゆだねられているということが課
らかにし、どのような支援体制を構築することが
題である.
できるか、
検討することを目的とした。
その結果、
そこで、現段階で考えうる支援策として、学生
休学・退学の状況をGPAのみで説明することは
の情報の共有システム(学生相談センター:仮称)
できず、学生自身の性格傾向やコミュニケーショ
を構築し、手順に基づき、学生一人一人に合わせ
ン能力、友人関係、家庭的な問題などが関与して
た対応をするという試案をまとめた。
いることが考えられた。
また、本学の学生の休学者や退学者を少しでも
【手順】
減らし、人間力、専門力、社会貢献力を獲得させ
ア 学生の相談を受ける(内容に合致した相談窓
ようとするのであれば、学生の状況についてより
深い分析を行い、早急に実効性のある制度を作り
口があることが望ましい)
イ 各部署から全体の情報を収集する
上げるなど、全学をあげて教職員一丸となった取
ウ 関係者(授業担当者、担任など)を招集し、
り組みが必要である。
チームを作成する
謝辞
エ ケースカンファレンス(個別指導方針作成)
を実施する
本研究の実施に当たり、岡崎女子大学、岡崎女
オ 実施後、定期的なフォローをする。
子短期大学FD委員長はじめ委員皆様、グループ
学生相談センターとは、学修支援センターが中
ワークにて貴重なご意見をいただきました教職員
心となり、教員と職員間の組織をつなぐシステム
の皆様に深く感謝いたします。
である。学生に関する情報を集約し、また相互に
持っている情報を学生のために活用するうえで意
なお、本論文の執筆に際しては、個人情報の保
義深いものと考える。このシステムでは、話を聞
護に留意し、学内情報の取り扱いについても岡崎
く相手が教員であると、評価に係わってくるた
女子短期大学の確認と承認を得ております。
め、本心を読み取ることができなくなる可能性も
引用参考
あることから、学生が話しやすく、学生との信頼
関係を築き、学生に寄り添い、状況を正しく判断
1)
学生の中途退学や休学等の状況について、文部
できるスタッフの育成が必要となる。また、学生
科学省報道発表(平成26年9月25日)
の情報共有が教職員間で噂話のように話されるこ
とがないよう、教職員のモラル形成も必要であ
-70-
【研究論文】
岡崎における手染め鯉幟の研究
A Study of Hand-Dyed Carp Streamers in Okazaki City
上 田 信 道*
UEDA Nobumichi
要 旨:
鯉幟の製造業は岡崎の伝統的な地場産業の一つであり、手染めと機械染めを含めた鯉幟の生産量で日本一である。本稿
では、市内に立地する2社の鯉幟製造販売業者への取材を通して、木綿生地に手染めした鯉幟の歴史及び製造工程を中心
とした現状について記録し考察する。製造工程については、
「ワタナベ鯉のぼり」の協力を得て実地に取材した。同社は、
手染め鯉幟の他に、機械染め鯉幟、武者絵幟の製造販売を手がけている。全国でも珍しい業態の総合メーカーであり、規
模としても最大級である。
Abstract
Okazaki City is the largest production center of hand-dyed and machine-dyed cotton carp streamers in Japan. The
authors interviewed two manufacturers/dealers of carp streamers, and recorded and considered the present situation of
carp streamer manufacturing mainly on its history and process. For the manufacturing process, the author interviewed
Watanabe Koinobori, one of the largest general manufacturers/dealers of hand-dyed and machine-dyed carp streamers
as well as samurai banners.
キーワード:手染め鯉幟、製造工程、岡崎市、地場産業
Keyword: Hand-dyed carp streamer, manufacturing process, Okazaki City, local industry
1. はじめに
業者があった。他には、武者絵幟のみを生産する
2社の業者があった。しかし、今日では「ワタナ
こいのぼり
鯉幟の製造業は岡崎の伝統的な地場産業の一つ
ベ鯉のぼり㈱」と「㈱五月幟」の2社だけが存続
であり、手描き本染め(以下、
「手染め」という)
している。
と機械染めを含めた鯉幟の生産量で、日本一を誇
そこで、この2社の概略について述べる。
っている。本稿では、岡崎市内に立地する2社の
まず、
「ワタナベ鯉のぼり」は、岡崎における
鯉幟製造販売業者への取材を通して、木綿生地に
鯉幟及び武者絵幟の製造販売業者の草分け的存在
手染めした鯉幟の歴史及び製造工程を中心とした
である。
現状について記録し考察したい。
初代社長の渡辺要市氏は、いまの岡崎市中村町
本稿を通じて、日本の伝統産業の振興に何ほど
の出身である。名古屋で武者絵幟業を営む森田松
か寄与するところがあれば幸いである
次郎の店に奉公しながら、染色技術を身につけ
よういち
た。1904(明37)年には、名古屋の地で「ワタナ
2. 岡崎における鯉幟製造業
ベ鯉のぼり」の前身である「渡辺幟」を創業し、
鯉幟及び武者絵幟の製造販売を始めている。1912
第二次大戦後の岡崎市内には、4社の鯉幟製造
(大1)年には岡崎市福岡町西後田の地に店舗・
*
岡崎女子大学子ども教育学部
-71-
研究論文
3. 鯉幟の風習の変遷
工場を移転し、さらに昭和初期には岡崎市唐沢町
に事務所のみを移転した。工場はいまも福岡町に
ある。現社長の渡辺要市氏は3代目にあたる。初
鯉幟の起源は、江戸時代中期に遡る。
代の「要市」と同名であるのは、亡くなっていた
「図1」
(原本多色刷)
初代の名前を出生時に受け継いだからだという。
は歌川広重が安政年間
同社は、手染め鯉幟の他に、機械染め鯉幟、武者
に描いた浮世絵「江戸
絵幟の製造販売を手がけている。全国でも珍しい
名所百景」のうち「水
業態の総合メーカーであり、規模としても最大級
道橋駿河台(水道橋よ
である。
り駿河台を臨む)
」で
次に、「五月幟」は「ワタナベ鯉のぼり」から
ある。この頃は真鯉1
分かれた業者で、現社長の野本輝彦氏は2代目に
匹のみを揚げていたこ
あたる。先代の社長は「ワタナベ鯉のぼり」の従
とがわかる。真鯉は立
業員であったが、のちに独立して岡崎市福岡町上
身出世と元気に育つ子
流の地に「五月幟」を興した。創業は1945(昭
どもの象徴であった。
20)年のことである。今日でも手染めの鯉幟は自
これが大正末から昭
社で製造販売を続けている一方、化繊の機械染め
和初めになると、棹の
鯉幟については他社の製品を仕入れて販売してい
先端に魔除けの矢車を
る。かつては従業員もいたが、いまでは家内だけ
つけ、吹き流しとともに真鯉とやや小ぶりの緋鯉
で染めから縫製までを一貫して手がけている。
の2匹を揚げるようになる。
ただ、同社では手染め鯉幟より手染め武者絵幟
さらに、昭和30年代の終わり頃、すなわち高度
の方が主力商品になっている。
経済成長期には、化繊の生地に機械染めした鯉幟
それでは、何故に岡崎市福岡町の地で手染めの
が安価に量産されるようになった。そうしたこと
鯉幟や武者絵幟の製造業が盛んになったのであろ
もあって、真鯉とやや緋鯉に小ぶりの青鯉を加え
うか。その理由を以下に述べる。
て都合3匹を揚げることが一般化するようになっ
第一に、手染めの鯉幟や武者絵幟の製造には、
た。近年では子どもの数が増えるごとに4匹5匹
良質な白木綿の布が欠かせない。その点、三河地
と鯉の数を増やすことや、女児のためにピンク鯉
域ではすでに16世紀の頃から綿花とその加工品で
を揚げることが流行している。このように、鯉幟
ある綿布が特産品として盛んに産出され、「三河
は立身出世と元気に育つ子どもの象徴から家族の
木綿」という名称で全国に知られていた。明治期
幸せの象徴に移り変わっている。
に入ると、さらに西洋の技術を取り入れて、より
なお、地域興しの行事として、子どもの成長に
良質な綿布を産出するようになった。今日では地
伴って不要になった鯉を多数集め、水平に張った
域団体商標として「三河木綿」の名称が登録され
綱やワイヤーの類に吊していくことも、各地で行
ている。
われている。岡崎市内では滝 町 及び米河内町の
第二に、福岡の地を流れる「砂川」の存在があ
催しがある。これは山間部を流れる青木川の両岸
った。後述するように、染色の工程では防染材と
にワイヤーを渡し、多数の鯉幟を吊すという催し
して糊が用いられる。そのため、これを洗い流す
で、
「青木川の鯉のぼり」の名称で知られている。
必要があった。作業には砂川の清浄な流水を用
また、
〈逆風に立ち向かって元気に翻る〉とい
い、土堤で天日干しにしていた。
う意味が込められて、東日本大震災後の復興のシ
第三に、もともと福岡の地には様々な伝統産業
ンボルにもなっている。
これは鯉幟の業界団体「日
が集積していた。つまり、多数の職人が居住する
本鯉のぼり協会」が鯉幟を被災地に寄付したこと
町であり、新たに手工業が進出する立地としては
が契機になった動きだという。
最適であった。
こうして時代により地域により鯉幟の風習の有
このように、福岡の地には手染め鯉幟製造のた
り様や鯉幟の象徴する意味は、絶えず変容し続け
めの産業基盤が整っていたのである。
ている。
図1 水道橋駿河台
画像提供:東京国立博物館
たき ちょう
よ な ご うち ちょう
その一方で、木綿を素材とした伝統的な手染め
-72-
岡崎における手染め鯉幟の研究
の鯉幟の揚げ方は、こうした風習の変化に左右さ
ぎには品格がある」といわれ、そうした面からも
れていない。手染め綿鯉は価格が高いこともあっ
綿鯉が珍重されるようになっている。
て、真鯉・緋鯉・青鯉の3匹に吹き流しを加えた
次に、染色技術の変遷について概略を記す。
セットを揚げることが普通である。
綿布に手描きで刷毛染めする手法を「本染め」
は け
という。
「ワタナベ鯉のぼり」の初代・渡辺要市
4. 鯉幟の素材と手染め技術の変遷
氏は三河地方に産する良質の三河木綿と武者絵幟
の技術を結びつけて鯉幟を製造し、好評を得た。
ここでは、まず鯉幟の素材の変遷について概略
今日もなお同社の手染め綿鯉は、独特の意匠を凝
を記す。
らしていることで知られている。同社では、こう
いまの鯉幟の素材は、一部の高級品に木綿の生
した染色を初代の「要市」から「要」の字をとっ
地が用いられている以外、ほとんどが化繊の生地
て、
「かなめ染」と称している。
である。
ただ、
「五月幟」の野本輝彦氏によれば、敗戦
ところが、江戸時代から明治半ばまでの鯉幟に
後まもない頃の業界では「一珍染」の手法で綿布
は、素材として和紙が用いられることが多かっ
に染色していたのだという。この染色法は澱粉に
た。しかし、明治中頃から末頃にかけて、こうし
石灰を混ぜた「一珍糊」を防染剤に用い、余分な
た和紙製の鯉幟はすっかり姿を消し、綿布製の鯉
部分まで染めないようにする手法である。
幟に取って代わられていくこととなった。なお、
この手法は、まず綿布に防染のための線画を一
第二次大戦中には物資不足から和紙製の鯉幟の生
珍糊で描いた後、刷毛を用いて泥絵の具の一種で
産を再開したこともあったが、この頃はかなり粗
彩色する。次に、それを乾燥させた後、今度はヘ
悪な和紙を用いていたため、少しの雨に降られて
ラで糊を掻き落とす。ただそれだけの簡易な染色
もすぐに破れてしまう。物資不足の解消とともに
方法であった。
姿を消すのは当然の成り行きであった。
しかし、昭和20年代後半から、いま手染めの綿
さらに昭和40年代に入ると、ナイロンなど化繊
鯉で普通に行われている染色方法に移行した。詳
の布製の鯉幟が登場する。化繊鯉は重量が軽いこ
細は後述するが、まず、防染材の糊で線画を描い
とから、少しの風でもよく泳ぐ。そのうえ、素材
た後、刷毛を用いて染色する。次に、布ごと水に
が安価で大量生産に適していたため、忽ち斯界を
浸して糊と余分な染料を洗い流したあと乾燥させ
席巻し、今日に至っている。「ワタナベ鯉のぼり」
る、という手法である。
では、1966(昭41)年に「東洋紡績」製の高級ナ
ところで、同じ伝統的な手染めの鯉幟であって
イロン地を用いた化繊鯉の製造販売を始めた。そ
も、関東と関西では製造の手順が大きく異なって
の後も東洋紡シルファイン等の高級化繊を次々と
いる。
導入し、事業化に成功したという。
関東では、生地を染め上げる前の段階で鯉の形
ただ、いまの綿鯉は従来品に比して口の部分を
に裁断し、縫製の工程までを終了させる。こうし
大きく拡張し、風を多く取り込んで泳ぎやすくす
て白いままの生地を鯉の形に成形した後、今度は
る工夫がなされている。これに加えて、従来品に
刷毛を用いて染料を塗り、鯉の絵柄を染め上げて
比して尻尾の風抜き穴を小さくしている。このよ
いく。
うにすると、鯉の身体が風を孕んでよく泳ぐよう
これに対して、関西や中京地域では、まず刷毛
になる。ただ、風抜き穴があまりにも小さすぎる
を用いて生地に染料を塗り、鯉の形の絵柄を染め
と、かえって泳がなくなってしまう。同社ではこ
上げていく。こうして染色の工程をすべて終了し
うした加減を様々に工夫し、いまの形に落ち着い
た後、今度は染め上がった布を裁断と縫製の工程
たのだという。
を経て鯉の形に成形していく。
そのような工夫を重ねた結果、いまの綿鯉の泳
また、中京地域の手染めの綿鯉は、腹の部分を
ぎは著しく改善されている。以前は化繊より重い
黄色に染め上げることが伝統で、これを「黄腹の
素材を用いているうえ、染料もたっぷり塗られて
鯉」と称している。
いることから「綿鯉は泳がない」といわれたよう
これに対して、関東や関西の綿鯉の腹の部分は
だ。しかし、いまでは化繊鯉に比して「綿鯉の泳
白いままに染め残されている。つまり、一般的な
いっちんぞめ
き ばら
-73-
研究論文
化繊鯉と同じ色使いである。
から詳述していく。
以前は、黄腹の鯉を「名古屋鯉」と呼び、白腹
防染材に用いる糊の原料は、もちごめ・米糠・
の鯉を「関西鯉」という名称で呼び区別していた
石灰・塩である。この糊を筒状の容器に入れ、生
ものだが、いまの機械染めの化繊鯉はすべてが白
地の線画を描いていく。この手法を「筒引き」と
腹であるため、このような呼び方は廃れている。
いう。
(
「写真1」参照)
つつ
生地の大部分は鯉の身体の図柄を染め上げるた
5. 製造工程の実際
「ワタナベ鯉のぼり」のご協力により、同社工
場で手染め綿鯉の製造工程を実地に取材させてい
ただき、写真撮影の許諾もいただいた。
工場の所在地は岡崎市福岡町西後田10-3、案内
者は現社長の渡辺要一氏、見学日は2014(平26)
年8月19日 である。この日は快晴で気温が高く、
後に詳述する天日干しの工程に適した天候であっ
た。
取材対象の製品は、商品名を「天」という。こ
の製品はいったん途絶えていた手染め綿鯉を、同
社の創業95周年を記念して復活させたものであ
写真1 「筒引き」の工程
る。デザインは現社長が原案をつくり、さらにそ
れをもとにデザイナーが完成させた。特徴は同社
めに使用されるが、これとは別に余白の部分を利
伝統の色使いと色のボカシ(滲み)を活かした「か
用して胸鰭の形に染め上げておく。
なめ染め」である。現社長によると、こうしたボ
線画は原図の上に白木綿を乗せ、下からライト
カシを機械染めで再現することは絶対に不可能な
をあてて生地に輪郭を映し出して描く。
(
「写真
のだという。
2」参照)映し出した線をなぞって糊で線画を描
また、同社の手染め綿鯉は、総てが中京地域伝
く作業は一見簡単そうに見える。だが、これはか
統の「黄腹の鯉」である。ただ、ひとくちに黄腹
なり熟練を要する作業である。
の鯉といっても、メーカーによって色合いには
ただし、全長一間(約1.8m)の小型の鯉の場
むなびれ
様々なバリエーションがある。同社の手染め綿鯉
ではクリーム色がかった黄色を採用している。現
社長の言によると、クリーム色がかった黄色の方
が客の受けが良いようだ。
そして、鯉幟の生地であるが、これには「綿ブ
ロード」と呼ばれる上質の綿布を用いる。この生
地に刷毛を用いて染料で鯉の形を描き、裁断・縫
製の工程を経て製品が完成する。
次に、染色の工程の概略を説明すると、
① 糊(防染材)を用いて線画を描く
② 天日に干す
③ 刷毛を用いて着色する
④ 天日に干す
写真2 生地の下からライトをあてる。
⑤ 糊を洗い流す
⑥ 天日に干す
合は、型を用いて糊付けをしている。
のようになる。
線画を描き終えると、次に②の天日干しの工程
ここでは、まず①の糊を用いて線画を描く工程
に入る。
-74-
岡崎における手染め鯉幟の研究
天日干しをする際には、糊で線画を描いた面の
繰り返して染め上げる。このように何度も天日干
裏側から生地に水を掛ける。こうして、あらかじ
しと着色を重ねていくと、同社の手染め綿鯉の特
め生地を濡らしておくと、糊がよく定着するのだ
徴であるボカシが良く染まるのだという。
(
「写真
という。(「写真3」参照)
5」参照)
糊で線画を描いた生地を乾燥させると、今度は
以上のように、着色と何度も天日干しの工程を
写真3 濡らした生地の天日し
写真5 天日干し
③の着色の工程に入る。
重ねる必要がある。そのため、鯉幟の製造に適し
この工程では、刷毛を用いて鯉の外周部分を黄
た季節は夏期である。冬期では糊が固まってボカ
色の染料で染め上げておく。これが裁断と縫製の
シがうまくできず、ムラになってしまう。夏の日
工程を経て、「黄腹の鯉」の腹や口の色のなどに
の天日を用いず、人工的に乾燥させようとしても
なるわけである。
上手くいかない。
黄色の染料が乾いた後は、いよいよ鯉の模様に
これに比して、武者絵幟の場合は製造の季節を
着色していく工程に入る。
問わない。それはボカシの面積がごく小さいから
このときは、薄い色から次第に濃い色へと染め
である。そこで、同社では春・秋・冬の季節に武
上げていく。(「写真4」参照)
者絵幟を製作し、夏の季節にのみ手染め綿鯉を製
鯉の模様が染め上がった後、④の天日干しの工
作している。
天日干しの後は⑤の糊落としの工程に入る。同
社では、一晩水槽の水に浸けて糊を落としてい
る。先述したように、
以前は附近を流れる
「砂川」
の流水を利用していたが、いまはこうした作業に
絶えられるだけの水質ではないため、水道水を満
たしたコンクリート製の水槽を使用している。
(
「写真6」参照)
一晩たってすっかり糊が落ちた後、⑥の天日干
しを行う。天日干しが終了すれば、これで染色の
工程は総て終了である。
染色の工程が終了した後は、裁断と縫製の工程
に入る。
すなわち、ハサミを用いて鯉の形に裁断し、工
写真4 薄い色から濃い色に着色
業用ミシンで縫製していく。このとき、余白を利
程に入る。
用して染め上げた胸鰭の部分を鯉の身体の部分に
しかし、実際には③と④の工程を交互に何度も
縫い付けていく。
ただ、
この裁断と縫製の工程は、
-75-
研究論文
写真6 コンクリート製の水槽で糊落とし
写真8 縫製工程の作業場
鯉幟の大きさによってやや方法が異なっている。
大鯉が出来上がることになる。
そのひとつは、全長が1間(約1.8m)や1間
また、吹き流しは五色の生地を縫い合わせて製
半(約2.7m)の小型の鯉の場合である。この場
作する。
(
「写真9」参照)
合は、染色の段階から1枚の生地に背中合せの形
ほかに、吹き流しには柄物の生地を用いる場合
にした鯉を染め上げる。(「写真7」参照)裁断し
たあとは二つ折りにして縫製する。また、1間の
小鯉は2匹分を1枚の生地に染める。つまり、1
写真9 吹き流しの縫製工程
もある。あるいは、注文に応じて、口元の白い部
分に子どもの名前や紋を染める場合もある。紋を
写真7 1間の鯉は背中合せに2匹を染色
入れる場合は、母方の紋であるいわゆる女紋と、
枚の生地から2匹の小鯉が出来上がるというわけ
家紋の両方を入れることが通常である。
である。
なお、
機械染めの化繊鯉について附記しておく。
もうひとつは、全長が2間半(約4.5m)や3
近年ではコストダウンを図るため、中国で染め
間半(約6.3m)の大型の鯉の場合である。この
させている業者もある。しかし、中国には鯉幟が
場合は、1枚の生地に1匹の大鯉の片面だけを染
ない。そのため、どうしても色使いが国産品と異
め上げ、裁断後は二枚の生地を合わせて縫製す
なってしまうのだという。そういった事情から、
る。(「写真8」参照)つまり、2枚の生地から1
「ワタナベ鯉のぼり」で扱う機械染めの化繊鯉
匹の大鯉が出来上がるというわけである。
は、総てが純国産である。
ただ、同社に残る古写真によると、1枚の長い
生地に大鯉の片面ずつを縦に並べて染め上げてい
たようである。この場合は1枚の生地から1匹の
-76-
岡崎における手染め鯉幟の研究
6. おわりに
する関心が高まっていることが理由かもしれな
い。
いま、鯉幟の売り上げは、年々減少を続けてい
ちなみに、
「ワタナベ鯉のぼり」ではヨーロッ
る。原因としては、少子化現象や、マンション住
パへの輸出に実績が多く、次いで北米に実績が多
まいの増加などで鯉幟を立てる場所がなくなって
い。その一方で、同じアジアの中国や、日系人の
きたことが考えられる。しかし、より深刻な問題
多いハワイやブラジルでは、案に相違して商売に
は、節句などを通して子どもの成長を祝うという
ならないのだという。
習慣自体が希薄になりつつあることかもしれな
[参考文献]
い。
ただ、このように国内の売り上げが減少し続け
ている一方で、業界団体「日本鯉のぼり協会」に
上田信道「鯉幟の変遷に関する考察―明治20 〜
は、同協会の英文ホームページを通じて鯉幟に関
30年代の児童雑誌を中心に―」
(
「岡崎女子大
する問い合わせが目だって増えてきているとい
学・岡崎女子短期大学研究紀要」第47号 2014
う。これは日本のアニメ文化が諸外国に広まって
年3月)
いくなかで、若い人々の間で日本独自の文化に関
-77-
岡崎女子大学・岡崎女子短期大学「地域協働研究」投稿規程
(目的)
第1条 この規程は、岡崎女子大学・岡崎女子短期大学地域協働推進センター規程第4条第6項に基づき、
岡崎女子大学・岡崎女子短期大学地域協働推進センター(以下、「本センター」という。)の紀要「地域協
働研究」
(以下、「本紀要」という。)の投稿に関する事項を定める。
(論文等の内容)
第2条 投稿論文等は、地域協働を推進する本センターの目的に沿う内容を持ち、かつ未発表のものである
こと(口頭発表したものは可)。
(投稿資格及び投稿点数)
第3条 本紀要に投稿できる者は、岡崎女子大学・岡崎女子短期大学の専任教員と非常勤教員、および本紀要
の編集委員会が認めた者とする。
2 共著者は、筆頭著者を含め、原則として5名までとする。
3 同一の著者による投稿論文等は、単著・共著を含め、最大で2点までとする。
(発行)
第4条 印刷体の刊行は3月末とし、それ以降速やかにインターネット上で公開する。
(編集委員会)
第5条 本紀要の編集委員会は本センター内に設置し、センター長をもって編集代表者とする。センター長
は編集委員を委嘱する。
(原稿の作成)
第6条 原稿作成上の留意事項は、次のとおりとする。
⑴ 論文等は、和文または英文とする。
⑵ 論文等の原稿は、別に定める「原稿作成要領」に基づき、作成する。
(投稿)
第7条 論文等を投稿しようとする者は、プリントアウトした原稿2部及び原稿データを、1月の定められ
た日時までに編集委員会事務局に提出するものとする。
2 原稿データは、原則としてMS WORDファイルとする。
(著作権)
第8条 投稿された論文の著作権は、著者及び岡崎女子大学並びに岡崎女子短期大学に帰属するものとする。
(倫理規程の遵守)
第9条 投稿者は岡崎女子大学・岡崎女子短期大学研究倫理規程に従い、法律上並びに倫理上の問題に適切
に対処するものとする。
(投稿論文等の区分)
第10条 投稿論文等の区分は、「研究論文」「研究ノート」「報告」「その他」とし、本紀要に明記する。
(改廃)
第11条 この規程の改廃は、清光学園常任理事会の議を経て、決定する。
附 則 この規程は、平成26年8月20日から施行する。
この規程は、平成27年3月23日から一部改正施行する。
「 地 域 協 働 研 究 」 原 稿 作 成 要 領
岡崎女子大学・岡崎女子短期大学地域協働推進センター
1. 投稿論文等は、和文または英文で記述する。
2. 投稿論文等は、ワープロソフトで作成し、モノクロの横書きとする。ただし内容によっては縦書きでも
よい。
3. 投稿論文等の1ページ目は1段組、2頁目以降は2段組とする。
4. 投稿論文等の1ページ目に次の事項を和文および英文で明記する。
①区分(
「研究論文」「研究ノート」「報告」「その他」のいずれか)
②題目
③発表者名
④所属(大学名、外部の著者にあっては大学・所属機関名等)
⑤和文および英文のキーワード(5語以内)
⑥和文(200字程度。ただし400字を超えないこと)および英文(60語程度。ただし90語を超えないこと)
の要旨
5. 投稿論文等の本文は2ページ目以降に記述する。様式や制限枚数は、次の通りとする。ただし、和文・
英文とも、制限枚数には表・図、注および引用・参考文献を含むものとする。
①横書きの和文は、1段あたり全角23字×46行を2段で組む。原則として5枚以上10枚以内とする。
②縦書きの和文は、1段あたり全角34字×30行を2段で組む。原則として5枚以上10枚以内とする。
③英文は、1段あたり半角42字×46行を2段で組む。原則として5枚以上10枚以内とする。ただし、字
数には空白を含む。
6. 表・図は、原則として別紙とし、本文中に掲載箇所を明示する。
7. 表・図は、
「表1」「図1」のように記し、通し番号とする。
8. 注および引用・参考文献は、投稿論文等の末尾にまとめて書く。
9. 引用・参考文献の表示は、原則として次の通りとする。
①雑誌の場合、著者名・題目・雑誌名・巻号数・発表年の順とする。
②単行本の場合、著者名・書名・発行所・発行年の順とする。
10. 投稿論文等の提出に関しては、次の通りとする。
①ひとりの著者が同時に提出できる論文等は、単著・共著を合算して2点までとする。
②投稿論文等は、原本のほかにコピー2部を提出するものとする。
③投稿論文等に添えて、投稿論文等を収録した磁気媒体等を提出するものとする。
④投稿論文等の提出後は、大幅な加筆・修正等は認めない。
11. 投稿論文等に個人を特定できる写真等が含まれる場合は、事前に当該人物の了解を得ておくこと。
12. 特別な事情からこの要領に沿えない場合は、あらかじめ編集委員会に相談すること。
(附則)
1. この要領の改廃は岡崎女子大学・岡崎女子短期大学地域協働推進センターにおいて行う。
2. この要領は平成26年度発行「地域協働研究」(第1号)より適用する。
地域協働研究 第1号 平成26年度
2015年3月30日発行
編集・発行 学校法人清光学園
岡崎女子大学・岡崎女子短期大学 地域協働推進センター
〒444-0015 愛知県岡崎市中町1丁目8番地4
TEL 0564-22-1295㈹
印 刷 所 株式会社コームラ
〒501-2517 岐阜市三輪ぷりんとぴあ3
TEL 058-229-5858㈹ STUDIES OF REGIONAL COLLABORATION
Vol. 1 March 2015
Table of Contents
KAWAI Susumu, MACHIDA Yoshinori, HOUDA Manabu
Participation of the Department of Business Administration
in Local Contribution Activity, and Derivative Problems .......................................................................... 1
KISHIMOTO Miki, OBARA Tomoko, SHIRAGAKI Jun, NODA Miki, MARUYAMA Erika,
ANDO Kumiko, HAYAKAWA Hitomi, MUTO Hisae
The parental dilemma in child-rearing and the role of Parent-Child Developmental Center
: Analysis of user’ s stress of child-rearing, adviser, method of consulting ............................................. 13
TSUKIYAMA Takahiko, YAMADA Mitsuharu
Introduction of the Security Committee Program into Child Protection Institutions
: Required Conditions and Procedure for Introduction ............................................................................. 19
TSUKIYAMA Takahiko, YAMADA Mitsuharu
Introduction of the Security Committee Program into Child Protection Institutions ............................ 29
NAKADA Masami, UEDA Tomoko
Actual State of Facility Care Labor Viewed from Step Count and Kinetic Intensity of Care Workers
: Comparative Investigation for Each Floor with Residents of Various Conditions ................................ 39
NAKADA Motoaki
Mode of Being of Children in Preschool and Elementary Educations and Their World ......................... 45
TORII Keiji, YAMASHITA Susumu, FUJIWARA Takahiro
Practice of the Active Learning at Parent-Child Exercise Classes of Regional Cooperation Type ........ 57
YAMASHITA Susumu, NOMURA Yasuko, FUJII Yasuko
A Proposal for Information Sharing System for Guiding “Worrisome Students” ................................... 65
UEDA Nobumichi
A Study of Hand-Dyed Carp Streamers in Okazaki City ......................................................................... 71
Center for Regional Collaboration
Okazaki Women's University & 0kazaki Women's Junior College