開発法学2013 中国民族自治の実際とあるべき姿

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開発法学2013
中国民族自治の実際とあるべき姿
鈴木章太郎
松下 研仁
(松尾研究会 3 年)
Ⅰ 序 論
Ⅱ 民族区域自治法
1 民族区域自治法概観
2 立法自治権
3 経済自治権
4 民族教育と教育自治権
Ⅲ 政治犯
1 「政治犯」とは
2 政治犯の取締り
3 政治犯の逮捕後の処遇や改造
Ⅳ 民族自治のあるべき姿
1 高度な自治
2 他国の民族自治および地方自治
Ⅴ 結 語
Ⅰ 序 論
激動の中国現代史の中で翻弄されてきた少数民族の多くが、今なお貧困と抑圧
の渦中にある。2008年のチベット暴動や2009年のウイグル暴動、2011年の内モン
ゴルの暴動は、辺境少数民族に根付く漢族への怒りを示した。市場経済の推進に
より深刻化する経済格差や民族文化の喪失などが、負の連鎖となって少数民族を
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苦しめている。チベット僧の焼身自殺、インターネットの検閲、少数民族出自の
政治犯の多さ、ラサやウルムチといった観光地における人民解放軍の監視、国内
メディアのコントロール、外国メディアの取材規制などは、民族問題に対する言
論統制が未だに厳しいことを窺わせる。
国際的にも、中国民族問題はますます耳目を集めている。経済分野では中国の
WTO 加盟や西部大開発で少数民族地域への外資進出が始まっている。人権侵害
についても、世界中の諸機関や団体による抗議が激しさを増している。他の多民
族国家にとっても、民族問題は他人事ではない。
このような問題状況の中で、少数民族の人権を守るためにいかなる方針を立て
るべきだろうか。一部では、戦いによる独立を叫ぶ運動家がいる。しかし、共産
党は独立運動に対して厳しい弾圧を以て臨む姿勢である。さらなる暴動は、さら
なる抑圧を生む可能性がある。暴力を手段とすることは問題解決に結びつかない
のである。
この点、チベット亡命政府のダライ・ラマ14世や、世界ウイグル会議のラビア
女史が掲げる「高度な自治」のように、独立より中国国内にとどまりその中で自
治を確立する方針が注目される。それでは共産党の独裁下において民族自治を確
立するために、一体どのような施策がなされるべきか。社会主義市場経済への転
換にあたり、「依法治国」の理念を掲げる現代中国にあって、それは自治を確実
に保障する法律制度の整備を意味する。
中国の民族問題については、佐々木信彰先生の経済的分析や、加々美光行先生
の歴史と国際関係からの分析、西村幸次郎先生や小林正典先生の法的分析などが
先行研究にある。しかしそれでも、日本語による中国民族法制の研究はかなり少
ないのが現状である。特に、民族区域自治法だけでなく、刑事犯など分野横断的
に民族自治に関連する法制度を概観した論文は皆無と言える。
以上のような問題意識に基づき、本論文は民族自治に関連する法制度を分析し、
制度的欠陥や運用の実態を指摘し、より良い自治の方向を模索し、以て民族自治
全体の確立に資することを狙いとする。
具体的には、Ⅱ章で民族区域自治制度を扱う。中国の少数民族政策そのもので
ある民族区域自治法を研究することは、民族自治を考える上で不可欠である。民
族区域自治法を概観した後、立法・経済・教育の各分野でどのような自治権があ
るか、およびその運用の実際を述べる。Ⅲ章では刑事法の政治犯を扱う。中国政
府が、反発する少数民族を抑圧する最たる手段が政治犯の取締りである。政府が
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どのようにして政治犯を扱っているか、その取締りの実態とともに、収容された
後の政治犯の辿る道についてみていく。最後にⅣ章では、それまでの分析を踏ま
えて、さらに国内外の機関および団体の意見を加味し、民族自治制度のあるべき
姿を模索する。
Ⅱ 民族区域自治法
1 民族区域自治法概観
( 1 ) 民族政策における民族区域自治法の位置づけ
多民族国家中国においては、紛争を防止し解決するため民族関係の調整が必要
になる。調整方法は 2 つあり、法を用いる民族法制と政策を用いる民族政策であ
る。民族法制は民族政策を規範化したものであり、民族関係の調整はまず民族法
制でするべきである。民族政策はその補完的役割に終始する。
民族法制を体系的に整理するならその構成要素は、①民族区域自治法律制度、
②散居少数民族権益保障法律制度、③少数民族経済法律制度、④少数民族教育法
律制度、⑤少数民族文化法律制度、⑥少数民族幹部法律制度、⑦少数民族言語文
字法律制度、⑧少数民族風俗習慣法律制度、⑨少数民族宗教信仰法律制度、⑩民
族変通補充法律制度、⑪民族法体系外部構成立法となる。
各法律制度はさらに多様な立法によって構成されているが、ここで特に①民族
区域自治法律制度を詳しくみていくと、以下のような立法群がその要素となって
いる。
①民族区域自治法律制度の内容は、民族区域自治法、自治区の自治条例および
単行条例、民族区域自治法実施細目、自治区地方性法規、民族区域自治法実施行
政規章、自治州自治県の自治条例および単行条例、民族区域自治地方性法規であ
る。
すなわち、これから取り上げる民族区域自治法は、民族区域自治法律制度の一
部であり、同時に民族自治の基本法という位置づけになる。
民族法制はあくまで少数民族関係の問題一般を対象とする法律制度である。対
して、民族区域自治法は、いかに少数民族が自治を執行するのかを規定する法律
である1)。
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( 2 ) 沿 革
清代末、冊封体制によって広大な版図に影響力を持った中華帝国は危機に瀕し
ていた。西欧列強に領土を割譲させられ、清朝王室自体の腐敗により、周辺諸民
族への影響力は格段に弱まった。国防の観点からいったん辺疆民族への支配を強
めた清であったが、ついに辛亥革命により約300年に及ぶ栄華を終えた。
中央政府は辺疆に対する権威を喪失し、各辺疆民族は中華帝国からの分離を模
索し始める。分離に成功する民族と、中央政府の支配下に留め置かれた民族が現
れるが、分離できなかった民族も中央政府の支配に反発した。そのため、第二次
大戦後はこうした辺疆民族をいかに中国国内にとどめるかが課題となった。
中国共産党は当初ソ連を模倣して中華ソビエト共和国連邦制を提唱し、民族自
決を推進しようとした。そのことは1920年代の党大会の決議案から窺い知ること
ができる。しかし、1935年の遵義会議では現在の民族区域自治の原型が提案され、
建国直前の1949年全国政治協商会議において最終的に連邦制を破棄することが決
定された。そして同時に、「中国人民共和国政治協商会議共同綱領」が、臨時憲
法の形式で以て、民族区域自治制度の規定を設けたのである。ここで現代中国の
民族政策の基本路線として、連邦制ではなく民族区域自治が選択された。少数民
族に与えられるのは、自治区域内の自治権のみとなった。連邦制が破棄された理
由の一つとして、大戦後の東西冷戦下、分離独立の判断も可能な民族自決権の付
与は、敵対勢力の「陰謀」に利用されるという考えがあった2)。
民族政策の最初の法規化は、1952年の「中華人民共和国民族区域自治実施綱領」
である。しかし、1950年代後半以降、毛沢東の反右派闘争や文化大革命の影響で
民族法制工作は停滞し、現行の民族区域自治制度の基礎が形成されたのは、1981
年11期 3 中全会の「民族区域自治法制の建設」の強調により民族法制工作が復活
してからのことである。
1982年憲法は、民族区域自治について新たな規定を設け、1984年施行の「中華
人民共和国民族区域自治法」によって、民族区域自治制度がかなりの程度確立さ
れた。
その後、中国は「改革・開放」路線に乗り経済統制を薄め市場経済化を進めた
が、それに伴い民族区域自治法が市場経済に対応していない点が指摘されるよう
になる3)。そして、2001年に「『中華人民共和国民族区域自治法』の改正に関す
る決定」が採択され、同法は改正されるに至った。
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( 3 ) 少数民族の分布と民族区域自治
(a) 少数民族とは
現在中国には、漢族を含め56の民族がいると認定されている。しかし、中国の
総人口の92%は漢族によって占められており他民族は合わせて 8 %の人口に過ぎ
ない。したがって、少数民族とは漢族を除くこれら55の諸民族を指す。
「中華人民共和国憲法」は、中国が「統一した多民族国家」であることを謳っ
ている。「統一した」多民族国家であるということは、中国の「中華民族」概念
を指すことが自明であるとされる。「中華民族」とは、諸民族が同一世界の一員
としてアイデンティティを共有する共同体である。すなわち、民族政策において
各民族の利益より中国という全体の利益が優先されるという点に留意されたい。
(b) 少数民族の分布
中国の少数民族の大部分は、中部西部に居住しており、彼らの住む地を東部と
比較して「地大物博」(土地面積が広く資源が豊富)と称する。
中国では、特定の民族が特定の地域に集中して暮らしている場合がある。その
ような居住形態を集居という。対して、特定の民族が比較的広い範囲の土地に分
散して住んでいる場合を散居という。現実には、特定の地域には複数の民族が雑
居していることが多い。例えば、広西チワン族自治区にはチワン族、漢族、ヤオ
族など多くの民族が暮らしている。
中国中央政府は、集居少数民族に対しては民族区域自治法律制度によって、民
族自治地方の中での自治権を与えた。一方、自治区域外の散居少数民族に対して
は散居少数民族権益保証法律制度があるものの、原則的には一般の中国人と変わ
らない扱いがされる。
(c) 民族自治地方の設立
中国全土の行政区画は大きい順に省級、地級、県級、郷級に分類される。民族
自治地方はこれに対応して、 3 種の行政区画単位に分類できる。省級の自治区、
地級の自治州、県級の自治県である。この民族自治地方という行政区画を舞台と
して、民族区域自治は実施される。
2004年末の時点で、自治区は 5 、自治州は30、自治県は120設立されている。
自治区を具体的に挙げると、内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区、広西チワ
ン族自治区、寧夏回族自治区、チベット自治区の 5 つである。
民族区域自治というのは属地的な自治制度である。特定の民族に対して自治権
を付与するのではなく、特定の民族の集居する地域を民族自治地方という行政区
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画とし、その政府に自治権を執行させる。加えて、自治政府は一般の地方行政の
事務をも担う。したがって民族区域自治は、民族自治に加え地方自治の性質を併
せ持つ。
この属地的な自治制度においては、自治権を行使する主体とは自治区域の政府
である。特定の民族個人は行使主体とならない。よって誰が(何族が)自治政府
を運営するのかが重要な問題となる。実際をみると、中国では自治地方を含む地
方政府に共産党幹部が派遣され、実権を握っている。その党幹部はほとんどが漢
族であり、自治政府の形骸化が散見される。
( 4 ) 民族区域自治法の基本構成
(a) 現行の民族区域自治法の概要
現行の民族区域自治法律制度は、民族区域自治という中国の民族政策を法律制
度の上に表現したものである。民族区域自治とは、国家の統一的指導の下に、各
少数民族の集居している地方が区域自治を実行し、自治機関を設立し、自治権を
行使することをいう。
民族区域自治法は、民族関係と民族区域自治関係を調整する法律規範の総称を
いうものと定義できる。
(b) 条文の構成
民族区域自治法の基本内容は、自治権に関する規定である。以下、それを簡単
に整理すると、①序文、②第 1 章:総則、③第 2 章:民族自治地方の創設および
自治機関の構成、④第 3 章:自治機関の自治権、⑤第 4 章:民族自治地方の人民
法院および人民検察院、⑥第 5 章:民族自治地方内部の民族関係、⑦第 6 章:上
級国家機関の職責義務、⑧第 7 章附則となる。
(c) 自治権
自治権とは、自治機関が憲法と法律に照らして、当地の民族の政治、経済、文
化の実際の状況に基づき、当該地方、当該民族の内部事務を自主的に管理する特
定の権利と定義できる。
自治権の内容は様々であるが、以下のように 3 種に大別できる。①政治面の自
治権、②経済管理の自治権、③教育科学等を管理する自治権である。
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2 立法自治権
( 1 ) 立法自治権の概観
(a) 民族自治地方の立法自治権の意義
政治面の自治権に分類される立法自治権は、自治権の中で最も重要なものと言
える。なぜなら、民族区域自治は自治権の行使を通して実現され、各自治権の行
使とはすなわち自治政府が立法自治権により自治条例などを制定することだから
である。民族区域自治の根幹をなす重要な権限である。
(b) 民族自治地方の立法自治権の基本的内容
民族自治地方の立法自治権は、その人民代表大会によって行使される。具体的
には以下の内容を含む。
1 つに、自治条例および単行条例を制定する権限である。これらは、「当地の
民族の政治、経済および文化の特徴に照らして」4)制定され、「全国人民代表大会
常務委員会に報告し、承認された後に効力を生じ」る。
2 つに、上級国家機関の決議、決定、命令または指示を実情に合わせて執行し、
またはその執行を停止する権限である。ただし、立法とは一般的抽象的な法規範
を定立する作用であるから、このような権限は立法自治権には含まれないという
指摘がある5)。
3 つに、法律法規を弾力的に規定するかあるいは補足的に規定する権限である。
しかし、この権限と単行条例の関係が問題になっている。この論点については後
述する。
( 2 ) 立法自治権をめぐる問題
(a) 単行条例と変通補充規定の関係
立法法は①民族自治地方の人民代表大会は、自治条例および単行条例を制定す
る権限を有すること(66条 1 項)、②自治条例および単行条例は、当地の民族の特
徴に照らして、法律および行政法規の規定に対し、変通規定を設けることができ
ること(66条 2 項)を定める。
民族自治地方が法律法規に対し弾力化を行う立法としては、自治条例および単
行条例の変通規定による方法6)と、法律が個別的に授権した場合に限り設けられ
る変通補充規定による方法の 2 つがある。 2 つの方法の重要な差異は、個別的法
律の授権の有無と、その立法機関である。単行条例は人民代表大会のみによって
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制定され、変通補充規定は人民代表大会とその常務委員会によって制定される。
ここで、単行条例と変通補充規定の関係が明文化されていないことが問題になる。
なぜなら、その解釈如何で民族自治地方の常務委員会が法律法規に対する変通補
充権を有するかが決まるからである。人民代表大会は、開催回数が年 1 回という
ことと、議題の多さから形骸化しているため、常務委員会が変通補充権を持つか
否かは重要な違いである7)。
学説は、主に①個別法の変通補充規定を単行条例に含める見解8)と、②個別法
の変通補充規定と単行条例を区別する見解9)に分けられる。
①によれば、常務委員会は個別法の変通補充規定を制定できない。単行条例を
制定する権限は常務委員会にはないからである。②によれば、変通補充権が法律
により明文化されている場合は、人民代表大会に加えて常務委員会も法律に対す
る弾力化規定を設けられる。そのような授権がない場合は、当地の状況に基づい
て確実に変通が必要な場合に限り、人民代表大会のみが単行条例の形式で法律を
弾力化できる。
立法法66条 2 項の趣旨からすれば、②の解釈が妥当と思われる。民族自治の実
効性確保にも資する解釈である。ただし、民族自治のあるべき姿からすれば、個
別的法律の授権がなければ変通補充規定が設けられないのは十分な法制とはいえ
ない。立法自治権を真に機能させるためには、常務委員会に変通補充権を付与す
るより、そもそも自治条例と単行条例を人民代表大会だけでなく常務委員会でも
制定可能にする立法が求められる。
2004年末時点で、全国で自治条例は133件、単行条例は418件、変通補充規定は
68件制定されている。しかし 5 つの自治区の自治条例は2010年時点で制定されて
おらず、各地で制定された自治条例および単行条例も法律の規定を踏襲したもの
で、独自性と実効性を欠くものである。立法自治権の実効性が疑問視される。
(b) 民族立法の承認、備案、審査、取消
憲法116条、民族区域自治法19条および立法法66条 1 項の規定により、民族自
治地方の自治条例と単行条例は採択された後、全国人民代表大会(全人代)に報
告し、承認を得てはじめて効力を生ずる。さらに、民族自治地方の地方性法規に
も全人代への報告と備案が義務づけられており、審査の結果取り消される可能性
がある。様々な機関が自主立法権を獲得していった歴史の中で、この全人代の承
認制度は計画経済時代の遺物とみられている。
これとあわせて、立法法47条により全人代常務委員会の「法律解釈は、法律と
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同等の効力を有する」ことを考慮すると、全人代常務委員会に最終的な立法権限
を集中する趣旨と考えられる。
中央に立法権限を集中することは、国家法制の統一に資するが、その反面民族
自治地方の立法自治権が制約されることになる。実際広西チワン族自治区では、
自治条例の草案が幾つか内部で採択されているものの、上級国家機関の不同意で
自治条例が制定できずにいる10)。
そのうえ、上級国家機関の審査に納得がいかない場合に、国家機関から独立し
た法制実施の監督機関がないため、結局のところその処分に対して異を唱える手
段がない。
逆に、自治機関側の怠慢が問題となっている自治区もある。内モンゴル自治区
は1980年以降、自治条例はもとより単行条例さえ制定していない。このように自
治機関が自治権行使を怠っても、立法不作為に対する審査・監督はないのが現状
である11)。
3 経済自治権
( 1 ) 計画経済から社会主義市場経済へ
(a) 中国経済史
中国は1950年代から、社会主義に依拠する計画経済を実行してきた。計画経済
遂行にあたり、合作社、次に人民公社を全国に設立させ農業を集団化した。作物
は各農民が所属する人民公社に供出し、そこから分配を受ける仕組みである。こ
の計画経済下で、市場システムはほぼ崩壊した。また、中国はソ連に範をとり、
国家政策として重工業化を推し進めた。この時代に現代の中国の二次産業の基盤
ができたのである。しかし、消費財を生産する軽工業は軽視されたため、工業の
発展は国民の生活向上にあまり結びつかなかった。また、計画経済の宿命である
生産者の士気低下も克服できなかった。1980年当時の一人当たりの GDP をみる
と、日本の9,311ドルに対して中国は307ドルであり、中国国民が貧困にあえいで
いたことが窺える。
そのような中、1976年に毛沢東が死去し、鄧小平が政治の指導者となる。彼は、
「貧しいことが社会主義ではない」と言い切り、1978年には経済発展のため「改
革・開放」路線を打ち出す。さらに鄧小平は経済戦略を理論化し、1980年代後半、
「二大局論」としてまとめた。すなわち、まず東部沿海地域を優先的に発展させ、
次に発展した東部沿海地域が内陸地域の発展を助ける。このような構想の下、人
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民公社の解体など様々な分野で市場経済化が進められた。1992年の14回党大会で
は、
「社会主義市場経済の建設」が明確に宣言され、共産党の独裁下において実
質的な資本主義の導入を国是とした。さらに2001年に中国は WTO 加盟を果たし、
国内市場を国際市場に一気に開放することで、外圧による経済改革を試みた。
2010年、中国は日本を抜いて GDP 世界 2 位に浮上し経済発展を続けている。
ただし経済発展の裏で中国は多くの問題を抱えている。市場経済化と「二大局
論」により国土の東西に格差が拡大し、これを薄一波は「中国の南北問題」と表
現した。2000年から本格的に始動した西部大開発は、この格差是正を主たる目的
とするプロジェクトである。また、中国内でも特に西部地域の環境破壊が危機的
である。中部西部は少数民族の主な居住地であるから、当然少数民族が多大な被
害を受けることになる。
(b) 民族自治地方内の格差
中国の東西に格差が存在する一方、中西部の民族自治地方の中においても格差
がある。富裕層と貧困層は、もちろん様々な民族の出自を含んでいるし、地区に
よっても違いがあるものの、漢族と少数民族という関係に帰着できる場合に境遇
の差異が民族問題として発現する。「民族経済問題は、民族問題における一つの
重要な問題であるばかりか、その基本的な内容でさえある」という見解さえあ
る12)。例えば、新疆ウイグル自治区は区内の南北で二極的な経済格差があり、北
部の商品経済と南部の自然経済が並存している。北部は漢族、回族、カザフ族が
多く、南部は新疆自治区の約 8 割のウイグル族が居住している。南部の主要産業
はオアシス農業であるが、農民の一人当たり GDP は低く、公共交通や電気がま
だ普及していない13)。
この格差拡大の引き金を引いたのは市場経済の浸透であるが、その遠因は漢族
の自治区内への流入であろう。新疆ウイグル自治区の漢族人口は全体の 4 割を超
え、首都ウルムチでは 8 割を超える。内モンゴル自治区の漢族人口も 8 割を超え
る。チベット自治区では近年青蔵鉄道が開通したことで、特に首都ラサの漢族人
口の増加が著しい。このような流入漢族に、様々な産業における事業機会をさら
われているのが、少数民族経済の実態である14)。それはまた、後述するように少
数民族の教育水準の低さに起因するものでもあり、さらに国内共通語である中国
語が話せるかどうかも関係する。少数民族を取り巻く経済格差は様々な要素を原
因としている。
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( 2 ) 経済自治権の概観
(a) 経済自治権の意義
少数民族のための自治が執行されるべき民族自治地方においても、少数民族の
経済は低いレベルにとどまっている。民族間の経済格差が民族問題の主要素の一
つであると認識される中、その解決手段として経済自治権の果たすべき役割は大
きい。
(b) 経済自治権の基本的内容
民族自治地方における経済自治の基本的な内容は、民族自治地方の財政、経済、
貿易の管理である。すなわち、民族自治地方の自治機関が地方財政、経済、貿易
の事務を自主的に管理することが、経済自治なのである。
経済自治権の具体的内容は多岐にわたる。主なものを例示すると、自治地方内
の経済建設事業を管理する権利、企業と事業を管理する権利、自然資源を管理保
護する権利、自然資源を優先的に開発利用する権利、国務院の承認を受け国境貿
易を展開する権利、自治地方の財政収入をすべて自治機関が運用する権利などが
ある。
( 3 ) 経済自治をめぐる問題
(a) 「国家計画の指導」を受ける経済自治権
既述した民族自治地方における経済建設の自治権は、憲法118条 1 項が「民族
自治地方の自治機関は、国家計画の指導の下で、地方性の経済建設事業を自主的
に割り当てて管理する」と規定している。また民族区域自治法25条も「民族自治
地方の自治機関は、国家計画の指導の下で、当該地方の特徴と必要に基づき、経
済建設の方針、政策および計画を制定し、地方性の経済建設事業を自主的に割り
当てて管理する」とほぼ同旨を定めている。
また同法 7 条は「民族自治地方の自治機関は、国家の全体的利益を優先し、上
級国家機関から与えられた諸任務を積極的に達成しなければならない」とする。
他に同法 6 条 3 項、29条や、2001年の改正前の同法26条、28条 3 項、31条、55
条なども、経済自治があくまで国家計画の指導の下の限度で認められることを規
定している。
民族区域自治法が制定された1982年は、市場経済への移行が始まりつつあった
ものの、まだ憲法に計画経済を実施する旨が規定されていた。しかしその後1993
年の憲法改正で「計画経済」の文言は削除され、代わりに「社会主義市場経済」
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と「マクロコントロール」の文言が登場する。したがって、「国家計画の指導」
の解釈につき立法当初とは異なる学説が出てきている15)。
多くの学説は、「国家計画の指導」を社会経済に対するマクロコントロール的
な政策を指すと解する。また、それが最も実際を反映する解釈であろう。しかし、
「国家計画の指導」の文言が計画経済下に登場したこと、「マクロコントロール」
の文言が憲法に規定されたのが10年以上後であることを勘案すると、「国家計画
の指導」が「マクロコントロール」と同義とする解釈は無理がある。それに加え、
仮に「国家計画の指導」が「マクロコントロール」的な政策形態のことを指すと
しても、それは必ずしも直接コントロールの形態を排除しない。
実際、
「国家計画の指導」の定義が法文にない以上、その解釈は政治方針によっ
て恣意的に変更しうる可能性がある。市場経済を推進する上で「依法治国」の理
念を掲げる中国にあって、わざわざこのような文言を残す理由は何だろうか。国
家体制が民主集中制を前提とする以上、民族法制が党の「国家計画の指導」を受
けることは当然であるという意識が立法者の側にあるとすれば、経済自治権は事
実上かなり制約を受けることになる。
以上のように、経済自治権には限界性がある。そのうえ民族区域自治法に違反
する行為に罰則規定がないため、自治権が侵される可能性もある。この点、法制
宣伝が不十分なため、自治権の権威が大衆や自治地方の指導者、一部の上級国家
機関の幹部の意識に根ざしていないという指摘がある。実際、雲南省楚雄などの
自治州に所属する巻きタバコ工場が、自治州の管理権限を無視しその同意を得ず、
国務院の関連部門の文書のみで中央に報告されていた16)。これは経済的自治権の
侵害である。
(b) 中央に依存する自治地方財政
民族自治区の財政は中央政府の補助に大きく依存しており、たとえば観光業以
外に主だった産業のないチベット自治区では、GDP の約 7 割が補助金に支えら
れている17)。西部地域では中央政府による固定資産投資の大部分はインフラ整備
などに使われており、2008年時点で固定資産投資額が西部の GDP の 6 割を占め
ている18)。ここから、西部経済が政府による投資主導型経済となっていることが
わかる。さらに、沿海部と内陸部の経済格差是正のために、対口支援、資金低利
貸付制度、傾斜政策などの優遇政策が実施されているが、このような政策が民族
幹部の「待つ」「頼る」「求める」という受動的な態度を形成し、自立的経済を阻
害している側面がある。
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また、近年の改革開放の流れの中、一般地方において財政請負制や分税制など
地方分権化が進んだ。その結果、東部の条件に恵まれた地方の財政は活性化され
たものの、中央財政の弱体化が進み、かえって民族自治地方への優遇政策が減少
し自治地方の財政が悪化するという結果を招いている。
このように中央に左右されやすい財政状況の中、自治区政府が経済自治権を確
立することは困難である。
(c) 西部大開発
2000年 3 月、全国人民代表大会で西部地域の大開発戦略を目玉とする国家長期
発展計画が承認された。西部大開発とは、経済的に劣後する西部地域の活性化を
目的とする長期プロジェクトである。この場合西部地域とは、甘粛省、貴州省、
寧夏回族自治区、青海省、陝西省、四川省、チベット自治区、新疆ウイグル自治
区、内モンゴル自治区、広西チワン族自治区、雲南省および重慶市の12省区市を
指す。2000年に国務院の発表した通達によれば、西部大開発の重点政策は、①イ
ンフラ建設の加速、②生態環境保護の強化、③農業基盤の強化、④産業構造の調
整、⑤特色ある観光業の発展、⑥科学技術・教育・文化・衛生事業の発展の 6 点
である。これらの重点政策を実現する具体的な政策として、第一に資金投入を増
加させる政策、第二に投資環境を改善する政策、第三に対外・対内開放を拡大す
る政策、第四に人材育成・科学技術・教育を発展させる政策が実施される。この
西部大開発では、特に環境保全とエネルギー資源開発(に必要なインフラ整備)が
重要視されている19)。
西部大開発が少数民族に与える影響は、積極面でも消極面でも計り知れない。
しかし紙幅の関係から、積極面を評価することは他の多くの本や論文に譲り、こ
こでは消極的影響を考察し、必要な法制が何なのかを指摘することにする。
西部大開発の消極的影響としては、以下のように考えられる。①西部大開発は
何世代もの時間を必要とする長期の事業であり、一定期間は国の東西を隔てる経
済格差や、西部の主体民族と少数民族の不均衡は解消されない。それどころか、
平等な経済的分配のための法整備も不完全な段階では、西部地域内の格差は深刻
化する恐れがある。②1980年代以降の改革開放政策により、インフラ工事の労働
者や、外資を含む民営企業の進出、技術者といった人材の派遣など、人口流動が
進んだ。この人口流動問題は西部大開発によりますます深刻化する恐れがある。
民族間の文化交流が頻繁になると、文化上の摩擦を引き起こす危険が高まる。③
観光業の発展からも消極的な影響があり得る。観光客の増加で、伝統文化の拠点
262 法律学研究51号(2014)
が歓楽街と化す可能性がある。性風俗産業、賭博産業などは少数民族の文化基盤
に打撃を与え、社会問題を起こしかねない。④環境保全のために規則ばかりを強
化することは、少数民族の生活を困難にする恐れがある。内モンゴル自治区の一
部の遊牧民は、草原保護のため遊牧を禁止され、それまでの生活基盤を絶たれた。
しかもその草原で、レアアースの採掘のため開発が進んでいるという。
以上を踏まえ、どのような民族法制が必要かを考察する必要がある。まず、西
部大開発の円滑な推進のため、西部大開発法の立法化を要請する意見が散見され
る20)。しかし、この法整備の動きはあくまで開発の促進に資するための法律制度
であり、開発による民族関係の急速な変容に対応しようとする法整備は進捗がみ
られない。そのように考えると、民族法制は西部大開発に対して法整備が遅れて
いるといわざるを得ない。
中国の民族法制は、従来調整対象とする民族関係に、外国の援助機関や外国企
業との渉外的法律問題を想定していない。それに加え、既述のように民族自治地
方は「国家計画の指導の下」でのみ自主的活動が認められるため、外国の援助機
関や企業が中央を通さずに直接自治地方の政府と交渉できるかは不明確である。
WTO 加盟や西部大開発で、近い将来外資が一気に流入する可能性がある中、法
律の不透明さは外資にとっても、少数民族にとっても不安要素となる。
開発で増加が見込まれる企業・事業の人的資源についても、同法67条 1 項が国
有の企業と事業に対し少数民族の優先採用を要請するのみで、国有でない企業お
よび事業については何の規定もない。労働者の大量人口移動については、事前に
受け入れ先の民族自治地方の政府に意見を聞く旨の規定はない。
また、環境保護を自治政府が推進する上で、保護費用や生活基盤を失う人への
補償金など財源確保が欠かせない。しかしこの点、民族区域自治法45条が「民族
自治地方の自治機関は、生活環境および生態環境を保護し、改善し、汚染および
その他の公害を防止し、人口、資源および環境への協調発展を実現する」と保護
義務を規定するのみで、そのために財政的に困窮するであろう民族自治地方を支
援するといった規定はない。
西部大開発によって少数民族が不利益を被ってしまわぬように、各自治政府が
十全な経済自治を遂行する必要がある。そのためには、自治権を規定する民族区
域自治法を中心として民族法制の改革が求められるところである。
263
4 民族教育と教育自治権
( 1 ) 民族教育における民族文化の喪失
中国の民族教育は50年の時間の中で、「文化大革命」などの様々な紆余曲折を
経るも、「少数民族教育政策」、「少数民族に対する特別な施策と措置」のもとで
確実に発展してきたと言ってよい。しかし、それは学校の設置、それに伴う学生
や教師の増加というハード面においてであり、民族教育に肝心な民族言語・文字
による教育、民族の伝統や文化の教育というソフト面においてはまだまだ充実し
ているとは言えない。
各少数民族に対する学校教育は中央政府によって一つの同じ政策が実施されて
きたが、各地域によって全く異なった様相を呈している。その中でも広西チワン
族自治区、西蔵チベット自治区、新疆ウイグル自治区、寧夏回族自治区、内モン
ゴル自治区の 5 つは民族教育において最も発展が顕著である。
はじめに、中国における民族教育の移り変わりを内モンゴル自治区に焦点を当
ててみていくことにする。内モンゴル自治区は中国において一番早く成立した自
治区であり、中華人民共和国成立前の1947年に成立した。
1947年における内モンゴル自治区の民族学校数はゼロに等しい状態だったが、
約50年の間で大幅に増えた(表 1 )。
次に、各少数民族の非識字率と学歴水準平均値をみてみる。2000年における各
少数民族の非識字率では、モンゴル族は一番低い値となっている(表 2 )。また、
6 歳および 6 歳以上を対象とした学歴水準平均値に関しては、モンゴル族は漢族
よりも高い値を示している(表 3 )。
表 1 ~ 3 のような統計をみると、モンゴル族に対する民族教育政策は一応発展
しているようにみえる。
しかし、内モンゴル自治区におけるモンゴル語教育の統計をみると、そうとも
言えないのである。
表 4 の1957年と1996年を比較してみると、モンゴル族生徒数は、小学校卒業生
は約15倍、高等学校卒業生は約27倍にまで増えている。しかし、そのうちのモン
ゴル語教育を受けた生徒数は、小学校、高等学校ともに減少してしまっている。
つまり、学校教育における民族教育の割合が減少してきているのである。
前述で、内モンゴル自治区における民族教育の発展が顕著であるとしたが、そ
れは依然として満足のいくものではない。
264 法律学研究51号(2014)
表 1 1947年と1993年における内モンゴル自治区の民族学校数の比較
幼稚園
小学校
中学校
1947年
0
377
4
1993年
106
3,026
390
(出所)哈斯額尓敦:[2005]
。
表 2 各少数民族の文盲率(2000年)
民族
文盲、半文盲
人口比率
チワン
モンゴル
ウイグル
チベット
回
18.3%
7.9%
11.6%
51.5%
18.2%
(出所)哈斯額尓敦:[2005]
。
表 3 各少数民族における 6 歳および 6 歳以上人口の学歴水準平均値(2000年)
民族
モンゴル
回
8.7
7.5
学歴水準
平均値
チベット ウイグル
3.9
5.7
壮
漢
7.7
8.3
少数民族
の平均値
6.7
(出所)哈斯額尓敦:
[2005]
。
表 4 内モンゴル自治区におけるモンゴル族の卒業生とモンゴル語教育を受けた卒業生
の統計数
小学校卒業生
年度
高等学校卒業生
モンゴル族
モンゴル語
比率
モンゴル族
モンゴル語
比率
生徒数
教育
(%)
生徒数
教育
(%)
―
―
―
1947
480
293
61.0
1957
5,294
3,341
63.1
72
60
83.3
1967
14,861
13,744
92.4
319
26
8.2
1977
59,263
36,543
61.6
604
443
73.3
1987
61,025
38,784
63.5
2,168
833
38.4
1996
79,083
41,602
52.6
2,056
782
38.0
(出所)哈斯額尓敦:
[2005]
。
265
このように民族教育は、教育の場が充実していても、そこで行われる内容、つ
まり「質」が充実していなければ、民族の文化や言語は継承されないことになり、
やがて民族文化を喪失してしまうことにつながるのである。
( 2 ) 民族問題における民族教育の位置づけ
中国は、多様な民族問題を抱えている。前述のように、漢族を含め56もの民族
を有する多民族国家だからである。そして、民族問題に対する最も基本的な政策
が民族区域自治制度であった。民族教育は、この民族区域自治制度の中でも重要
な構成部分である。なぜそう言えるのか。
民族教育は、経済発展の要求を満たすことと、各民族の歴史・文化・慣習など
を継承することという 2 つの機能を有する。特に後者は、少数民族のアイデン
ティティの維持という面で最も重要な役割を果たす。つまり、それは各少数民族
の存続に関わる。それゆえ、民族教育は民族問題の中でも重要な関心事なのであ
る。
ここで、民族とは何か考えてみることにする。この研究において、冒頭から民
族について述べてきたが、では「民族」とは何をもって「民族」と言えるのだろ
うか。
ウイグル族に対するアンケートで、ウイグル人に「民族の最も重要な特徴は」
という質問をしたところ、一番多かった回答が言語であった。たしかに、言語や
文字は「民族」という概念においてとても重要なものであろう。しかし、それだ
けではなく、主観の面も大切ではないだろうか。いくら言語や文字を使っていて
も民族としての意識・誇りを持っていなければ意味がない。そこで、言語や文字
と並んで、民族としての自尊心という内面的な部分を持つことにより「民族」と
言えると考える21)。
( 3 ) 教育自治権の概観
(a) 教育自治権の意義
前述した通り、民族教育は民族問題の中でも中心的な存在である。その民族教
育に関する事柄について各民族に自治を保障したのが教育自治権である。民族教
育を充実したものにするためには、なくてはならない権限であろう。
(b) 教育自治権の基本的内容
中国は建国後、漢族を含む56民族の一律平等を宣言し、民族教育も重視してき
266 法律学研究51号(2014)
た。全ての公民が教育を受ける権利および義務を有することを基本的権利および
義務として承認し、同時に、各民族に自民族の言語・文字を使用して発展させる
自由を認めた。
民族区域自治法において、民族教育については主に36条、37条、民族言語・文
字については主に10条、49条に述べられている。これらの条文で、国は民族教育
を保障している。
民族区域自治制度は中国の民族政策の最も基本的なものであり、前述の立法・
経済とともに教育に関する自治も認めている。
教育自治権とは、憲法、民族区域自治法や教育法の中の民族区域自治地方の教
育に対する自治権をいい、主に次の 3 つの権利を含んでいる。
①当該少数民族自治地区の政治、経済、文化の特徴に基づいて教育関係の単行条
例を制定する権利
②上級機関の決議、決定、命令、指示が自治地方の実情に適合しない場合は弾力
的に執行するか、執行停止を命じる権利
③国家の教育方針と法律に基づき、自治地区の教育計画、学校の設置、教育内容、
使用言語・文字などを決定する権利22)
教育自治権は、民族のアイデンティティを継承していく上で最も重要な法的根
拠であると言える。これを充実したものにすることが、民族教育を発展させるこ
とにつながるのである。
( 4 ) 民族教育をめぐる問題
民族教育が充実したものであるためには、各民族に適合した形で行われなけれ
ばならない。民族教育は教育自治権を根拠に制度によって様々な自治が認められ
ているが、それは決して満足のいくものではないことは言うまでもない。民族教
育の現状は冒頭に述べた通りである。では、なぜそのような状態になってしまう
のか。様々な要因があるが、大きく 2 つに分けて論じることにする。
(a) 経済、歴史、環境、生活習慣等の課題
まず、教育自治権自体をいくら保障しても、それを支える環境がなければなら
ない。しかし、現状は厳しい。多くの少数民族は教育を重要視する意識が低いこ
と、少数民族言語・文字を用いた教育に従事できる教師が不足しており、教師の
待遇が不十分であること、財政上の困難から経営破綻となる学校が増加している
こと、交通上の不便により生徒の登校に支障が出ていること、これらが課題とし
267
て挙げられる。
(b) 教育自治権の実効性の欠如
そして、教育自治権についてである。教育自治権が実効性に欠ける点について
言及すると、民族教育の展開について、民族自治地方が国家主導の下、学校を開
設し、初等義務教育や高等教育などを展開したとする。しかし、集団経済組織や
国家の企業・事業組織などは、法律の規定に従って民族教育事業に取り組むこと
が認められてはいるものの、実際には取り組むことは極めて少なく、上級国家機
関の援助が必要となっている。このように、少数民族自治機関は独自に民族教育
を展開することが実質ほとんど不可能となっている。つまり、民族教育を含むほ
とんどの教育機関が国家に依存してしまっているのである。
( 5 ) 教育自治権の改善策23)
上述の通り、教育自治権の実効性の欠如は大きな課題である。しかし、これら
の課題はこれまで積極的に検討されてこなかった。今後は民族教育言語・文字と
民族教育内容に関する規定についての検討が必要になってくるだろう。そこで、
民族教育をより充実したものにするためには、立法の強化、実効性の強化、権限
の保障の 3 つが必要であると言われている。
(a) 立法の強化
立法の強化とは民族教育法制において、民族言語・文字と教育内容を重視した
民族教育に関する単行条例、特に自治州・自治県レベルでの単行条例の制定や自
治地方の自治機関および教育管理機構の行政規章の制定を強化することを指して
いる。
現在の民族教育法制では、民族教育の特徴が具体的に反映されておらず、民族
教育に専門的に対処するような全国的な法律は存在しない。そのため、中央政府
は、民族教育に対応する際に、憲法、民族区域自治法、教育法に依拠することが
多い。これに対して、地方においてはそれぞれ民族教育条例、散居少数民族権益
保護法等を制定する制度となっている。
憲法をはじめとする全国的な法律は非常に原則的で個々の民族教育の問題に対
処するには不十分であり、さらに、地方政府の法律が適用される範囲は極めて狭
く、運用上いずれも実効性に欠けている。そのため、民族教育において、具体的
な問題に対して適応する法律がない場合は、普通教育の学校運営方式に従うか、
教育行政部門の指導者の意見に従わざるを得ないのである。
268 法律学研究51号(2014)
民族教育は、少数民族の社会、文化等を担うものであるため、それぞれの民族
の特徴に適合した教育制度でなければならない。民族教育を通して、少数民族が
発展できるように、教育に対する立法の強化が重要になってくると言える。
(b) 実効性の強化
実効性の強化とは、国家の教育方針と法律の範囲内で、使用言語・文字と教育
内容に関する教育自治権を活用することを意味する。民族法制は、民族区域自治
法をはじめ国家統一というイデオロギーの下で制定される。教育自治権は憲法、
民族区域自治法、教育法に依拠するが、これらの教育自治権に関する規定には原
則的な条文が多く実効性が低い。
教育自治権に関する規定が実効性に欠けるのは、まず、民族区域自治に関する
法律が、統一した国家である国家秩序の保障を最優先課題とし、教育自治権など
の具体的な自治権の内容についての検討が不足しているためである。
さらに、憲法や民族区域自治法等の法律に定められている「民族言語・文字の
使用の自由を重視する」、「民族教育を推進する」等の原則的な規定が、国家の他
の政策法規では十分に具体化されていない。民族区域自治法をはじめとする少数
民族に対する様々な政策法規において、少数民族地域の政治、経済、文化の発展
を推進するために多くの優遇政策が提示されている。これらの優遇政策に関する
規定は、どれも原則的なものが多いため、部門法において具体化する必要がある。
しかし、これらの原則的な規定の執行には制約がないため、部門法において具体
化しにくいということがある。そのため、少数民族の文化、教育および経済領域
において、法律によって優遇政策が認められているにもかかわらず、実際に具体
的な優遇政策を取り入れようとしても実現し難い事態が多いのである。
民族教育を保護する規定がいくらあっても、それらが機能していなければ意味
がない。教育自治権を実効性の高いものにすることも、民族教育推進には必要不
可欠であると考えられる。
(c) 権限の保障
権限の保障とは、民族教育行政部門の行政権の保障を意味する。中国政府は、
少数民族と民族自治地方に対して自主的に民族教育を発展させる権利を付与し、
それを尊重している。自主的に民族教育を管理するには、民族教育行政部門が法
律や行政規範によりその権限を確立し、強化することが重要となってくる。
中国政府は民族教育を発展させるために、とりわけ改革開放以来の20年間にわ
たり、民族教育の政策を反映し、少数民族の教育制度の特徴に合わせた一連の特
269
殊な政策と措置を講じている。しかし、そういった措置は実施において、行政を
行う上で根拠となる規定が少ないため、しばしば民族教育機関において、担当者
の主観的判断に委ねられるなどといった様々な課題が残っている。また、多くの
場合民族教育行政機関の仕事があまり重視されないことがある。
民族教育において、それぞれの少数民族に配慮した政策や措置における、民族
教育法制の欠陥、民族教育の言語・文字問題と民族教育の内容に関する自治権の
不足が補われなければならない。今後様々な課題が広く検討されることによって、
真の民族教育が確立されると言えるだろう。
Ⅲ 政治犯
1 「政治犯」とは
政治犯とは、中国共産党政権の政策・意向に異論を唱える者のことであり、反
革命犯ともいわれる。政治犯となる可能性があるのは主に、党内反対派、民主化
活動家、少数民族関係者、宗教リーダーなどである。
反革命犯というのは幅広い内容であり、たとえば、政府転覆を企てること、亡
命、亡命や反乱の扇動、外国と共謀して国家の安全を危うくする行為、武力蜂起、
集会、牢獄破り、公共の建造物に対する破壊行為などを含んでいる。
中国では法律上、刑事犯罪と政治的犯罪の区別が明確にされていない。あらゆ
る事件が政治的配慮に基づいて処理されるためである。たとえば、些細な窃盗あ
るいは投機を行ったというような軽犯罪者は、もしその政治的履歴や職歴がよく、
常習犯でない場合には、単に批判を受けるにとどまるが、同じ犯罪でも、もし犯
罪者の社会的・政治的履歴が「悪い」場合には重い処罰を受けることになる。こ
の場合、彼らの犯罪は政治的性格を持つものと考えられるのである。
政治的理由で逮捕された人々に対して公式に行われる告発の内容から、政治犯
を次の 3 つに分類することができる。
①「歴史的反革命分子」―これは、1949年以前の活動や地位を理由として処
罰された人々を呼ぶ一般的名称である。この範疇には1949年以前に中国共産党に
対する組織的反対活動に参加したとみなされる人々が含まれる。すなわち、中国
共産党に敵対した旧諸党派あるいは政治的組織の成員、旧国民党特務等や旧特権
階級の人々である。
②「現行反革命分子」―この名称は「現在の反革命分子」と言い換えること
270 法律学研究51号(2014)
も可能である。この範疇には「歴史的反革命分子」として分類すべき履歴を持た
ず、しかも現時点での反対活動に関わったとして告発された人々が含まれる。実
際にこの名称の及ぶ犯罪範囲は極めて広く、単なる反対意見の表明から政治的動
機に基づく一般犯罪までを対象としている。
③ 3 つ目の範疇は特に名称はなく、単なる反対者とでも呼び得るものである。
それは時として国家政策に批判的な意見を表明する人々を指す。たとえば、「右
派」や「反動的言論をふりまく者」として告発された人々、「反動的小集団に属
する者」や「怪しげな言動」を理由に有罪とされた人々、すなわち国家政策や当
局に対して自らの意見を公表した人々である。この範疇には、外国と不法な関係
を持ったり、あるいは「敵(外国)の」ラジオ放送を聞いたために逮捕された人々
も含まれる24)。
2 政治犯の取締り
( 1 ) 実 態
はじめに、中国政府の政治犯の取締りについて、チベット人に対するものの事
例をいくつか紹介する。
チベットでは、囚人たちは宗教的あるいは政治的な信念ゆえに隔離されている
ことが多い。ロプサン・チョダックは、独立を訴えるポスターを貼った罪で逮捕
された。彼はおそらく監獄で暴力的な取り調べを受けたのであろうか、顎の骨が
折れ、しばらく食事ができなかったと伝えられている。
以前僧侶であったツプテン・ケルサン・タルツゲンツァンは独立のスローガン
を叫んだことで監禁された。
チベット人僧侶であるパルテン・ギャッツォは、「反動的」ポスターを書き公
表したことで逮捕された25)。
そのほかにも単にダライ・ラマの写真を持っているだけで逮捕された例もある。
チベットに実際にどれくらいの政治犯がいるのかを確認するのは不可能である
が、推定によれば、およそ 2 万人が投獄されており、そのうち約4000人は反国家
活動の罪であるという。
このことから、いかに中国政府が少数民族の反発を徹底的に弾圧しているかが
窺えるであろう。
271
( 2 ) 問題性
中国の憲法をみてみると、その第 2 章には「公民の基本的権利と義務」という
条項が含まれており、公民に対して様々な権利が保障されている。たとえば、言
論、通信、出版、集会、結社、行進、示威、ストライキの自由である。その規定
によれば、公民には「自由に発言し、その見解を十分に発表し、大討論を行い、
大字報を書く権利がある」とされている。一方で、憲法は中国共産党の指導と社
会主義制度の擁護のために、公民的自由の制限、および特定の範疇の人々の政治
的、公民的権利の剥奪に関する条項を設けている。
中華人民共和国成立後の最初の10年間に採択された多くの法律は、特に政治的
理由に基づく逮捕と拘禁に関するものである。しかし、これらの法律では、政治
的犯罪およびそれに対する刑罰の範囲を明らかにするものとしては不十分である。
そこでは政治的犯罪に対する定義が曖昧なため拡大解釈が可能である。中国の判
事は、法律は個々の事件の処理を決定する唯一の要素ではないという。犯罪者の
取り扱いに際しては常に政治的要素が考慮されてきた。この傾向は文化大革命以
来、一層顕著になってきている。このように、司法運営においては法律の厳密な
解釈は最優先事項ではなく、法律は主に国家政策を遂行するために利用されてい
る。判決に際しては、一般的に当該刑罰を規定する法律や規則を引用するのでは
なく、単に被告を法律に従って罰したと告げるにとどまる。何が政治的犯罪を構
成するかについて、法律は一般的理念を提供しているにすぎないのである26)。
以上のことを踏まえ、政府は、少数民族が政府に対して反発しないように政治
犯の取締りという手段を用いて、その抑圧を正当化する。この政治犯の取締りは、
少数民族に対する人権侵害と言えるのではないだろうか。
3 政治犯の逮捕後の処遇や改造
最後に政治犯について、その捕まった後について軽くみておくことにする。中
国の行政施設において囚人が置かれている環境は、中国の経済的・政治的状況の
変化に応じて、時期により大きく異なっている。またそれぞれの時期でも囚人の
処遇には大きな地域的格差があり、さらに刑の種類によっても処遇制度に差異が
ある。
しかし、拘留環境には、長年多くの面で囚人たちの不満が存在し、とりわけ懲
罰制度、不十分な食事、適正な医療の欠如は、囚人が集団労働の必要に応えるこ
とを困難にしている。囚人は自己の過去の犯罪や過ちの償いの証しとして、過酷
272 法律学研究51号(2014)
な労働を受け入れ不満を言わずに耐え抜くように要求されている。これに反して、
不平を言い、仕事が遅く、態度が悪いとみなされると、
「改造を拒絶する者」と
みなされ、様々な形で罰せられ、最終的には刑が加重されることとなる。
法律や公式文書で定められているところによれば、中国の刑事政策の基礎と
なっているのは、犯罪者は「改造」されるべきという原則である。それは釈放後、
犯罪者の再犯を防ぐとともに物の見方を変え、新しい行動基準へ漸進的に順応さ
せる徹底的な改造計画によって、犯罪者が「新しい人間に生まれ変わる」ように
するためでもある。
したがって、犯罪者には強制労働に加えて強制的「政治教育」も課されている。
中国の行政制度は単にこうした教育を強制するだけでなく、すべての囚人が「す
すんで」改造を受け入れ、自己の罪を認め、改造計画に積極的に参加することも
要求している。
労働改造条例によれば、こうした改造の目的は、「犯罪の本質を暴露し」、「犯
罪思想を消滅し」、「新しい道徳観を打ち立て」、「自己の罪を認めさせる教育、遵
法教育、政治時事問題教育、労働および文化教育を行う」ためであるという。
よって改造計画は、政治教育と、イデオロギーあるいは「思想」改造の両者を
含んでいる。
しかし、犯罪者は「すすんで」改造の必要を認めるべきであると、労働改造条
例は要請しているものの、その実、犯罪者には何らの選択の自由も与えられてい
ない。国家政策が課す厳格な行動基準から外れると、厳しい懲罰を受け、ついに
は刑の加重にもつながりかねないので、大多数の犯罪者は行動基準に従うように
心理的に強いられることとなる。このように実際には改造に対する囚人の自主性
はほとんどない状態なのである27)。
Ⅳ 民族自治のあるべき姿
1 高度な自治
「高度な自治」。これは、チベット亡命政府の長であるダライ・ラマ14世の目指
すものである。では、その内容はいかなるものかについて、ダライ・ラマは「600
万のチベット人の文化や言葉や精神性の保存」を確保することであると述べてい
る。つまり、言語や文化の保護、信教の自由や教育の保障をチベット人の自治に
委ねることである。この点、軍事や外交は中央政府に委ねるとしている。「高度
273
な自治」の実現に際し、ダライ・ラマは、自らは政治的権威としてではなく、宗
教的精神的指導者としてのみ働くという「政教分離」の原則をとることを明確に
している。
こうして、政教分離原則に基づいて、「超俗的」指導者として働く宗教的精神
的自治と、「世俗的」指導者たちによる政治経済的自治の 2 つの方向性を持つこ
とにより、先述したような言語や文化などの「民族」の核となるような部分につ
いて、中央政府の介入を避けることができるという点で、「高度の自治」は民族
の保護に資すると考えられる。
2 他国の民族自治および地方自治
( 1 ) ノルウェー
北欧のスカンディナビア半島北部からコラ半島一帯はラップランドと呼ばれ、
先住民族サーミ人の居住地となっている。この項では紙幅の関係から特にノル
ウェーに限定して論ずるが、同様の民族政策がフィンランドとスウェーデンにお
いてもとられている。ノルウェーでは1978年の発電所建設に際して、サーミ人が
少数先住民族としての権利を訴える抗議運動を展開し、政府が要求を認容した。
これを受けて1989年にサーミ議会という機関が発足した。
サーミ議会は、法律を制定する権限も税金を徴収する権限もない。しかし、
サーミ人の利益に直接影響する立法や行政措置について、選挙で選ばれた議員が
サーミ人を代表して中央政府と直接協議の場を持つことができる。中央政府には
サーミ問題担当の大臣がおかれ、サーミ議会と継続的に会議を開く。
複数の民族を構成員とする自治政府が自治権を行使する中国の民族区域自治制
度では、主体となる少数民族の要請を確実に政治に反映するための制度的工夫が
必要である。自治政府のトップに主体民族を据える制度は、人事の実権を中央が
握っているため形骸化している。サーミ議会を参考に各自治地方に主体民族のみ
の議会を作り、自治権の行使つまり自治条例等の制定につき、中央政府か少なく
とも自治政府の間で協議の場を持てる制度が考えられる。
( 2 ) 日 本
日本の地方自治法242条 1 項は「普通地方公共団体の住民は、当該普通地方公
共団体……について、違法……がある……と認めるとき、又は違法……に……財
産の管理を怠る事実……があると認めるときは、……監査委員に対し、監査を求
274 法律学研究51号(2014)
め、当該行為を防止し、若しくは是正し、……必要な措置を講ずべきことを請求
することができる」と規定する。
既述のように、中国の民族自治権については立法不作為や権利侵害がしばしば
生じる。しかし救済手段は国家機関内部の監督システムに限られており、民衆の
直接・主導的監督システムは存在しない。「自分は自分の裁判官になれない」と
いう自然公正原則からみれば、このような方式の有効性と公正性は、当然疑われ
る。民族区域自治を真に実効性あるものにするために、外部監督制度の導入は必
須である。
Ⅴ 結 語
本論文は、中国の少数民族政策について、主に法的観点から検討を試みた。中
国の民族政策の根幹は民族区域自治制度であり、それは少数民族に、政治、経済、
文化の分野で広範な自治権を与えるものである。しかし、現実の民族問題は少数
民族区域自治という制度が少数民族のために機能していないことを示唆する。制
度の面から検討すると、それは自治権を行使する上で多くの問題があり、また自
治権を定める法制改革も少数民族を取り巻く環境の変化に追いついていないこと
に起因する。
また、政治犯の恣意的な逮捕も民族問題を解決するどころか、少数民族の反発
を買い問題を深刻化させている。多民族国家の統一という面と人権保護の調整が
重要となってくるであろう。
問題解決に微力ながら資するために、以上のように問題点を指摘し、最後に改
革案を提示した。
民族問題は日本において政治問題としてのみ捉えられる傾向にあるが、
「依法
治国」を掲げる中国にあってその解決は政治ではなく公正な法に委ねられるべき
である。
少数民族一人一人の人権が守られるように、一刻も早い民族問題の解決が望ま
れる。
1 ) 民族法制の立法機関と権限
前述のように、民族法制は憲法、法律、条例など様々な法により構成されてお
り、各法を立法する機関が異なってくる。中国の全法制は、全国性法規と地方性
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法規に分けられ、したがって民族法制も全国性と地方性の法規に分けられる(小
林[2002]
:118-119頁)。
主な全国性法規としては、憲法、法律、行政法規が挙げられる。①立法法によ
り憲法は全国人民代表大会が改正する。②法律は「基本的な法律」の制定および
改正を全国人民代表大会(全人代)が行い、それ以外の法律の制定および改正を
全人代常務委員会が行う。常務委員会は法律の解釈権も有する。③行政法規は、
国務院が全人代および常務委員会から必要に応じて授権され、法律より先に制定
できる。④さらに、最高人民法院と最高人民検察院は常務委員会からの授権で特
定の法律の解釈権を有する。
地方性法規に関しては、①省、直轄市、自治区、県、市、市管轄区、郷、民族
郷、鎮の人民代表大会および常務委員会が立法権を有する。それに加えて、②民
族自治地方の人民代表大会は自治条例と単行条例を制定できる。また、国家の法
律に対して変通補充規定を制定できる。
2 ) 上野[2002]:53頁。
3 ) 上野[2002]:₅₉-₆₀頁。
4 ) 中国憲法116条
民族自治地域の人民代表大会は、その地域の民族の自治、経済および文化の特
徴にあわせて、自治条例および単行条例を制定する権限を有する。自治区の自治
条例および単行条例は、全国人民代表大会常務委員会に報告して、その承認を得
た後に効力を生ずる。自治州および自治県の自治条例および単行条例は、省又は
自治区の人民代表大会常務委員会に報告して、その承認を得た後に効力を生じ、
かつ、これを全国人民代表大会常務委員会に報告して記録にとどめる。
5 ) 芒来夫[2006]:56頁。
6 ) 立法法66条 2 項
自治条例、単行条例によって、その地の民族の特色に応じて法律と行政法規の
規定を改変し臨時規定を定めることができるが、法律又は行政法規の基本原則に
背いてはならず、憲法、民族区域自治法の規定、その他の関係法律、行政法規の
うち民族自治地方を特に対象として定めてある規定を改変し臨時規定を定めては
ならない。
7 ) 芒来夫[2006]:60頁。
8 ) 呉宗金[1998]:82頁。
9 ) 小林[2002]:137-138頁。
10) 佐々木[2001]:12頁。
11) 芒来夫[2006]:68頁。
12) 小林[2002]:93頁。
13) 佐々木[2001]:246-248頁。
14) 大西[2008]:47-50頁。
15) 小林[2002]:99-101頁。
276 法律学研究51号(2014)
16) 呉宗金[1998]:76-77頁。
17) 大西[2008]:21-23頁。
18) 王電軒[2010]:70頁。
19) 王電軒[2010]:67-68頁。
20) 小林[2002]:228-230頁。
21) 費燕[2007]。
22) 西村[2007]:68頁。
23) 西村[2007]:80-85頁。
24) アムネスティ・インターナショナル日本支部[1979]:33-34頁。
25) 英国議会人権擁護グループ[2000]:63-64頁。
26) アムネスティ・インターナショナル日本支部[1979]:15-17頁。
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