一塩基多型を利用した新しい 結核菌遺伝系統分類法の開発

教育の頁
一塩基多型を利用した新しい
結核菌遺伝系統分類法の開発
結核研究所抗酸菌部
結核菌情報科長 はじめに
前田 伸司
集団感染や院内感染疑い事例において,疑いを明
SNP分析法は注目される技術で,例えば,ヒトでの
確に否定あるいは確認するための手段として結核菌
大規模な遺伝型と疫学研究によりSNP部位の塩基配
の型別が行われる。近年,型別の標準法は,IS6110
列の違いで肝炎ウイルスに対するペグインターフェ
RFLP(制限酵素断片長多型)分析から反復配列多型
ロンガンマとリバビリンの併用治療が有効か,あら
(VNTR)分析法にシフトして来ている。また,新し
かじめ予想できるようになっている。結核について
い型別法としては,次世代シークエンサー(NGS)を
もSNPの有無で菌の病原性の高さや薬剤耐性化しや
用いた結核菌分離株の全ゲノム比較で報告されてい
すいなどの性質が,今後の研究によって明らかになっ
る一塩基多型(SNP)を調べて型別する方法である。
てくるかもしれない。
図1 遺伝子の挿入あるいは欠損によるSNPの生成
SNPは,ランダムに生じる場合と菌ゲノム上の遺
伝子の一部欠損や挿入等の事象が生じて対象菌が主
要な進化系統から分岐する際に生じる場合があるこ
とが知られている
(図1)
。そのため,特定部位のSNP
を調べることで菌を遺伝系統に従って分類すること
ができる。今回,このようなSNPを利用した新しい
結核菌型別システムの構築を行った。
図2 SNPsを利用した結核菌の系統解析
結核菌の遺伝系統(特に北京型結核を
対象とした)に応じた SNP 分析システム
NGSを用いた結核菌の全ゲノム解析で同定された
遺伝系統と関連したSNP部位(特に日本国内では北京
型結核菌の祖先型が主流な
菌型なのでこの遺伝型の菌
を効率よく型別できるよう
な)を選択し,系統的に型別
できる分析システムを構築
した( 図2)
。23箇所のSNP
部位の変異を迅速に検出す
る方法として,リアルタイ
ムPCRの系を利用した。分
析の手法としては,最初に
2カ所,すなわち3284855位
と1477596位 のSNPを 調 べ
ることで,非北京型と北京
型及び北京型結核菌はさら
に新興型と祖先型へと大き
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く3グループに区分し,それぞれの系統ごとに追加の
図3 SNP法(23箇所)による結核菌の系統分析
SNP解析を行った
(図3)
。
構築した SNP 解析システムでの
結核菌臨床分離株の分析
東京,韓国,台湾から分離された結核菌,それぞ
れ219株,293株及び210株について本システムで実
際に分析を行った。地域に依存して存在する結核菌
のサブタイプが異なることを想定して研究を行った
が,地域によって北京型祖先タイプと北京型新興タ
イプ共に各サブタイプの存在比は異なるものの,存
在する遺伝型の種類は,日本,韓国及び台湾でほと
んど変わらなかった(図4)
。つまり,北京型結核菌に
ついては,調べたどの地域においてもSNP分析で同
一パターンの結核菌が広まっていることが分かった。
今後の応用
図4 ‌S
NP分析による日本、台湾及び韓国から分離された結核菌
のサブタイプ存在比
  ‌祖先型(A)については10箇所、新興型(B)は4箇所のSNP分
析を行いサブタイプに分類した。
A
SNPを利用した新規型別法の判別能力はそれほど
高くなく,東アジア地域ではSNP分析で同じ型の結
核菌が広まっていることが明らかになった。しかし,
本法で解析を行うことで,院内感染や集団感染疑い
事例において,現在利用されているVNTR法より短
時間で関連の否定が可能となる場合(対象株同士の遺
伝系統が異なった場合など)があると考えられる。ま
た,本SNP法とVNTR法を組み合わせた型別を行う
ことで,手間のかかかるVNTR法の分析座位数を減
らすことが将来可能となると考えられる。
B
このように新規の型別法を含めて複数の手法を組
み合わせることで,全体として型別法の簡便化・迅
速化等を図り,今後,実地疫学の現場で結核菌型別
が容易に利用できる環境を作る必要があると考えら
れる。
(4月より 北海道薬科大学薬学部生命科学分野 所属)
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