長 兄 、 威 張 る 群 よ う こ

連作小説
長兄、威張る
5
ユ キ の 夫 は、 五 人 兄 弟 の 末 っ 子 だ。
あ る 日、 長 兄 よ り 兄 弟 全 夫 婦 に 集
合 が か け ら れ た。 長 兄 夫 婦 が 面 倒
を見てきた義母の今後についての
話 し 合 い だ っ た。 次 兄 夫 婦 以 下、
そ れ ぞ れ 家 庭 に 事 情 が あ り、 事 態
は紛糾していく。
前編
群ようこ
あいまい
いいわねえ、うらやましいわ。私なんか主人と二人で出かけること
土曜日、ユキが夫のマサルと二人で家を出ると、自宅の門の前を掃いていた隣の奥さんと出くわ
してしまった。
「あら、お二人でお出かけ?
なんか、全然、ないのよ」
無邪気な奥さんの言葉に、夫は曖昧な笑みを浮かべて、
「ああ、どうも」
とだけいい、ユキも、
「ああ、いえ、あの、行ってきます」
としどろもどろになった。彼女は夫婦でどこかに遊びにいくと思ったようだが、ユキは、それだ
ったら、どんなにいいかしらと思った。
バス停まで歩く途中、夫は周囲の家や小さな公園に植えてある木々を見ながら、「ほとんどが葉
桜だね」とか「あの大きな木、切っちゃったんだ」などという。黙っているわけにはいかないので、
ユキは、
「ああ、そうね」
「古い木のようだったから、何か問題があったんじゃないの」といった。
それで会話は途切れ、二人は黙って歩いた。
夫婦の仲が悪いわけではない。たまに喧嘩はするけれど、もちろん夫からのDVもないし、結婚
後もずっと働いているユキに対して、夫はとても協力的だ。しかし今日は、ユキは朝から気が重か
った。原因は一週間前にかかってきた、夫の長兄からの電話である。夫は五人兄弟の末っ子で、ユ
キの二歳上の四十五歳だ。長兄は夫より十三歳上の五十八歳、次兄は五十歳、三兄四十八歳、四兄
四十六歳といった構成である。ユキは長兄が苦手だった。ユキの夫が生まれてすぐに父親が亡くな
ったので、十三、四歳の頃から長男の自分がしっかりしなくてはという自覚があり、それは父親が
いもうと
わりといった意識にもなっていった。それはそれでいいのだが、その意識が強すぎて何かといえば、
弟たち、そして彼らが結婚してからは、結婚相手の義妹たちに命令するのである。
は
は
実家が土地持ちで、金銭的には多少の余裕がある家だったとはいえ、男子五人を女手ひとつで育
てるのは大変だっただろうと、子供のいないユキでも、義母の辛さは推測できた。義母はさっぱり
とした性格の人で、ユキは彼女に対しては嫌な感情を抱いたことはなかった。問題なのは何かある
と、必ず口を挟んでくる長兄だった。しかし義母は長兄を頼りにしていて、彼が弟たちの家庭の問
題に口を挟むのも、彼の愛情表現と喜んでいるふうでもあった。しかし自分たちの生活に関係のな
い長兄が、でしゃばってくるのは迷惑としかいえず、みな長兄とは関わらないようにしていた。
あ
に
ユキたちが結婚して五年目、新年の兄弟の集まりの席で、夫婦になかなか子供ができないことに
ついて、長兄に、
「お前たち、やることやってんのか」
と大声でいわれて、ユキたち夫婦は凍り付いた。次兄以下の義兄たちはあわてて、
「そんなこと新年からいうもんじゃないよ。何いってるんだ」
と取りなしてくれた。酔っていたのなら、酒の上の失言といいわけができるが、長兄は酒が飲め
ない。なので直球しか投げてこないのだ。そのうち彼は、「だから結婚には反対だった」「だいたい
結婚して子供ができないなんて、結婚する意味がない」などといいはじめた。義母は、
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長兄、威張る 前編
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