個々のアイデンティティ形成を目指す帰国生徒教育 -多様なエスニシティ

帰国生 徒教 育
個々のアイデンティティ形成を目指す帰国生徒教育
-多様なエスニシティを基盤として-(2年次)
Ⅰ
1
主題設定の理由
今日の海外子女教育の動向
平成26年4月現在,約7万1千人の義務教育段階である日本人の子どもが海外で生活している。
また,海外に1年以上在留した後に帰国する子どもの数は平成24年度には約1万1千人にも上った。
学校別では,小学校段階の児童数が最も多く,次に中学校,高等学校の順になっている。文部科学
省は,海外から帰国した子どもたちに対し,国内の学校生活への円滑な対応を図るだけではなく,
帰国児童生徒の特性の伸長・活用など,海外における学習,生活体験を尊重した教育を推進してい
る。現在,国立大学法人を始め,多くの学校では帰国児童生徒の受入れ体制を充実し,中には自治
体による帰国児童生徒受入れ指定校もある。そのため,より帰国児童生徒が安心して日本の社会,
学校生活に適応できるような対策もできてきている。
2
本校の帰国生徒教育
我が国の帰国生徒教育は,「①学校生活への『適応教育』に始まり,②帰国生徒の個性の『保持
・伸長教育』や③海外における学習・生活体験を尊重した『異文化教育・国際理解教育』へ,さら
には,④帰国生徒と一般生徒との『相互交流学習』とその重点を移行させてきた。」 1) そのような
中,本校は,中部地方初の帰国生徒学級(以降:帰国学級)を開設し,35年間,帰国生徒教育を実
施してきている。開設当初は,帰国学級生徒(以降:帰国生徒)の海外生活に起因する学習の遅れ
を取り戻させ,生活習慣の違いに順応させるという適応教育からスタートした。その中で,海外で
身に付けた特性(個性や能力)の保持,伸長を図ることや一般学級生徒(以降:一般生徒)との相
互交流活動(教科の授業,道徳,総合的な学習の時間,学級活動,学校行事)を通して,様々なも
のの見方や考え方を理解させることにも取り組んできた。そして,前研究シリーズでは,「帰国生
徒の自己を育む教育課程の開発
-個々の状況を踏まえた取組を通して-」を主題として研究を行
い,以下のような帰国生徒の育成を目指した。
○
日本での生活に適応し,自らの個性や能力の保持,伸長を図り,一般生徒との相互交流をす
ることで,自己を育むことができる子ども
また,個々の状況を見取るために「帰国生徒カルテ」を用い,学習適応の状況に配慮した授業実
践を重ねることができた。そこからは,子どもたちの状況を捉えることの大切さと,それに基づく
支援の大切さが明らかとなった。
3
本校の帰国生徒教育の概要と帰国生徒の状況
本校の帰国生徒教育では,日本における生活や学習への適応,海外で身に付けた特性の伸長・活
用 注1)及び相互交流活動を行うことによって,個々の子どもに日本の学校,社会に対するエスニシ
ティ注2)を育み,個々のアイデンティティ注3)形成を目指した指導を行っている。ここで述べた「エ
スニシティを育み」とは,一方的に日本の学校,社会の価値観を押しつけるのではなく,帰国学級
に在籍し,帰国生徒としての特性を保持したまま,帰属できる集団を徐々に増やしていく考えであ
る。こうした指導は,次ページに掲げる帰国生徒教育方針に基づいて行われている。
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帰国生 徒教 育
○
子どもたち一人一人をより的確に捉え,子どもたちの実態に合ったきめ細かい指導を心掛け
る。
○ 子どもたちに適した環境づくりに努め,早期適応を図る。
○ 海外での教育条件によって生じた学習内容の不足を補充する時間を設ける。
○ 海外で身に付けた特性の伸長・活用を図る。
○ 一般生徒との交流を通して,様々なものの見方や考え方を理解させる。
○ 海外における体験をいかした一般学級との相互交流学習において,異文化理解・国際理解教
育の推進を図る。
現在,本校の帰国生徒の在留国は,アメリカ合衆国を始め,中華人民共和国,ブルガリア共和国,
スリランカ民主社会主義共和国など様々な国や地域に及ぶ。また,在留国が二か国にわたる子ども
もいる。在留期間は4年以上,9年未満の子どもが大半を占めている。このように,帰国生徒の海
外生活における経験は実に多岐にわたっていることが分かる。
また,同じ学年であっても,編入時期や海外生活の経験の違いから,日本における生活,学習へ
の適応や海外で身に付けた特性の伸長・活用の状況,一般生徒学級(以降:一般学級)や異学年の
帰国学級との相互交流の経験量など,帰国後の帰国生徒の状況も様々である。
4
本シリーズの研究テーマ
近年,我が国では,外国籍生徒を受け入れ,国際理解教育に取り組んでいる学校が増えてきてい
る。また,全国の国立大学法人の附属学校においても,帰国生徒と共に外国籍生徒を受けて入れて
いる学校が増加している。しかし,帰国生徒と外国籍生徒では,子どもが保護者から受ける文化的
影響に違いがあると考える。また,世界経済の動向による日本企業の撤退や在留国の政治不安によ
って,海外から帰国してくる子どもが今後も増加することが予測されている。そのため,全国的に
も少ない少人数独立方式である帰国学級をもつ本校の特色を発揮し,帰国生徒教育を充実させてい
くことには大きな意義があると考える。
また,グローバル化が強調される現在であるからこそ,在留地で身に付けた語学力はもちろん,
日本とは異なる文化を体験し,その中で成長してきた帰国生徒は貴重な存在である。幼少期を海外
で過ごした子どもたちの多くは,在留地の学校や社会にエスニシティをもっており,帰国後間もな
い時期は,日本人であるにもかかわらず,日本の社会に適応できずにいる傾向が強い。学校生活に
目を向けると,生活面での習慣の違いに戸惑ったり,学習面での基礎知識の不足からくる遅進によ
り自分の考えに自信がもてずにいたりすることがある。そのため,帰国生徒が日本人として日本の
社会にエスニシティをもてるようにするためには,小集団である帰国学級から徐々に大集団へのエ
スニシティを育む必要がある。さらに,これまでの本校の研究を調和的に行っていくことが必要で
あり,帰国生徒としてどのように日本の社会に関わっていくかを意識させることが大切であると考
える。
日本の法律に基づいた教育を受けることができなかった子どもや保護者は,学習面を含めた日本
の学校生活に適応できるかどうかや,海外で身に付けた特性の伸長・活用が期待できるかどうかを
不安に感じていることが多い。帰国生徒の帰国後の状況も様々であるにもかかわらず,それを日々
の授業に柔軟に反映させることが不十分なことがあった。また,前研究では,「帰国生徒カルテ」
を参考に各帰国生徒の学習適応の状況から個々に必要な学習支援を見付け,授業に取り入れること
はできたが,帰国生徒教育でこれまで重要視されてきた,帰国生徒としての特性を活用させながら,
アイデンティティを形成するという視点が不十分であった。
そこで,個々の帰国生徒の状況を踏まえつつ,
「適応教育」
「特性の伸長・活用」
「相互交流学習」
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帰国生 徒教 育
を調和的に行いながら,帰国生徒のアイデンティティを形成する必要があると考え,本研究主題を
設定した。
Ⅱ
1
研究の概要
目指す子ども像
自らの特性の伸長・活用を図り,一般生徒と相互交流をすることで,日本人として日本の社会
にエスニシティをもち,アイデンティティを形成する子ども
前述のとおり,帰国生徒のアイデンティティを形成するためには,「適応教育」「特性の伸長・
活用」「相互交流学習」の全てを調和的に行う必要があると考える。「日本人として日本の社会に
エスニシティをもち」とは,日本語や日本の生活様式を学び,それらを受け入れるだけではなく,
日本社会に帰属意識をもつということである。「特性」とは,単に語学力だけを意味するのではな
く,海外で身に付けた自分のものの見方や考え方を積極的に相手に伝えようとする姿勢や合理性を
追求する態度を始めとする言動や思考様式も含んでいる。「相互交流」とは,様々なものの見方や
考え方を理解させるために行われるものである。その対象は,一般生徒だけではなく,異なる生活
環境で過ごしてきた同学年や異学年の帰国学級の子どもたちも含まれる。
2
目指す子ども像を達成するために
目指す子ども像を達成するためには,次のような資質や能力を育んでいく必要があると考える。
①
②
③
④
(大集団の中でも)自分のものの見方や考え方を表出することができる力
自分と異なるものの見方や考え方を知ろうとする態度
自分のものの見方や考え方を見直し,再構成することができる力
それぞれの立場を尊重しながら,共に活動しようとする態度
①,②については,学習活動やそのねらいによって,順序が変わることが考えられる。
3
研究の進め方
(1) 「適応教育」「特性の伸長・活用」「相互交流学習」における場面の設定
「適応教育」「特性の伸長・活用」「相互交流学習」において,設定した資質や能力を育むた
めに,「自分のものの見方や考え方を表出する場面」「自分と異なるものの見方や考え方を知る
場面」「自分のものの見方や考え方を見直し,再構成する場面」「それぞれの立場を尊重しなが
ら,共に活動しようとする場面」といった四つの場面を設定することを考えた。
「自分のものの見方や考え方を表出する場面」
自分のものの見方や考え方を表出することは,自分のものの見方や考え方を具体的な言葉とし
て表すことであり,自分の文化的背景を表出することでもある。そのために,ここでは主に自分
のものの見方や考え方を他者に対して表出させるようにする。
「自分と異なるものの見方や考え方を知る場面」
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自分のものの見方や考え方が他者とは違うということを知ることは,多様なものの見方や考え
方を受け入れる素地となるものである。そのために,他者又は自分のものの見方や考え方に含ま
れていたが,気付いていなかったものの見方や考え方を知らせるようにする。
「自分のものの見方や考え方を見直し,再構成する場面」
自分のものの見方や考え方を見直し,再構成することは,自分のものの見方や考え方を広げた
り,深めたりしていくことである。そのために,他者と自分のものの見方や考え方を比較させ,
自分のものの見方や考え方を見直させ,それを基に再構成させていく。
「それぞれの立場を尊重しながら,共に活動する場面」
共に活動していこうとすることは,相互交流学習における究極の目的である。そのために,学
級活動を始めとした学校生活の様々な場面で再構成したものの見方や考え方を取り上げ,振り返
らせる。こうした活動を通して,再構成したものの見方や考え方を基に,共に活動していこうと
する姿が表出されると考える。
(2) エスニシティを育むための手だて
前述したように,帰国間もない帰国生徒は,在留地へのエスニシティをもっている。多くの子
どもたちは,日本人としてどのように日本の社会に適応するかという考えよりも,幼少期に過ご
した海外の経験から,日本と在留地を比較し,海外生活のよい点ばかりに気をとられる姿もある。
しかし,中には在留期間が短かったり,在留期間が長いにもかかわらず日本と在留地を比較した
りして,日本社会のすばらしい点に気付き,誇りをもちはじめ,祖国である日本にエスニシティ
をもっていく子どももいる。保護者の多くは,子どもたちが今後日本の社会で生活をしていく中
で,祖国である日本を基盤とし,帰国生徒としての特性をいかしつつ,日本へのエスニシティを
育んでほしいという願いをもっている。その願いを実現するためには,一般生徒との積極的な交
流を促し,日本語話者としての能力向上や教科の学習における学力向上をしなくてはならない。
そのためには,まず,ふだんの生活を安心して送れるように帰国学級へのエスニシティを育むこ
とを促す。同じ体験をしている帰国生徒でも,滞在していた国が違っていたり,滞在年数が違っ
ていたりする。そのため,互いに育ってきた環境の違いを把握させ,認めさせることで帰国学級
へのエスニシティを育むことが促されると考える。次に,「相互交流の場面」においては,帰国
生徒に自分の考えを表出させるようにする。自分の考えを一般生徒にも認めてもらうことで,交
流学級へのエスニシティを育むことを促す。さらに,補充学習においては,日本語話者としての
能力向上や教科の学習における学力向上をさせることで,自分の考えに自信をもたせ,その考え
を表出できるようにしていく。そうすることで,自分の考えを相手に認めてもらうことができ,
交流学級へのエスニシティを育むことを促す。同時に,帰国生徒としての特性の伸長・活用にも
努めさせる。英語の授業を始め,留学生交流会などの場面においては,海外で身に付けた語学力
や外国の文化に対する知識などをいかし,一般生徒にその特性を認めさせていく。そうすること
で,帰国生徒として自己肯定感をもたせることができ,学校全体へのエスニシティをもち始める
と考える。学級,交流学級,学校と徐々に大集団へのエスニシティを育むことを促し,最終的に
は日本社会へのエスニシティを高めさせる。このように,多様なエスニシティを基盤として,ア
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イデンティティ形成を促していく。
(3) 子どもの実態を把握するための手だて
帰国学級の子どもたちの適応の実態は多様である。そのため,帰国生徒のアイデンティティを
形成するためには,子どもの実態把握を欠かすことができない。そこで,前研究で使用した「帰
国生徒カルテ」と新たに「個別の適応支援計画」を作成し,子どもの実態を生活と学習の両面か
ら捉えるようにする。「帰国生徒カルテ」の記述は,教科担任と担任が主に教科や領域に関わる
言語面,態度面,技能面の3観点から行う。また,未修領域調査を各学年の4月や編入学時に行
うことで,一人一人の学習の状況を把握することができ,それを踏まえた上で,教科の授業や学
力補充において適切な支援を行うことができる。「個別の適応支援計画」の記述は,子どもとの
教育相談時の内容と帰国学級(E組)保護者会など保護者との相談内容も取り入れ,帰国生徒と
保護者,担任の三者の視点から帰国生徒の生活適応の観点から行う。このように,記述の観点を
明確にすることで,子どもたちの適応の状況を把握しやすくなると考える。
(4) 本研究シリーズ4年間における研究計画
年
4
次
研
究
内
容
1年次
・帰国生徒教育研究理論の確立
・道徳授業の提案
(本校道徳カリキュラムを基に,帰国生徒の状況を踏まえたのもの)
・「個別の適応支援計画」の作成・実施
・「帰国生徒カルテ」,「個別の適応支援計画」を踏まえた授業(道徳)の提案
2年次
・帰国生徒教育研究理論の見直し
・「帰国生徒カルテ」,「個別の適応支援計画」を踏まえた授業の提案
・教育課程の作成(学級活動,行事)
3年次
・帰国生徒教育研究理論の見直し
・日本語教育カリキュラムの見直し
・教育課程(学級活動,行事,補充)の見直し
・「個別の適応支援計画」を踏まえた授業の提案
4年次
・帰国生徒教育年間計画の提案
・研究のまとめ
1年次の成果と課題
1年次では,理論の構築と目指す子ども像を達成するために,育みたい資質や能力の中でも,特
に「自分のものの見方や考え方を見直し,再構成することができる力」の育成を目指した。これま
での「適応教育」「特性の伸長・活用」「相互交流学習」を調和的に行い,「自分のものの見方や考
え方を見直し,再構成することができる場面」に焦点を絞り,道徳の授業を行った。また,帰国生
徒が日本人としてのアイデンティティを形成しやすくするためには,所属する集団に対するエスニ
シティを育む必要があった。実践では,帰国学級に対するエスニシティを高めさせ,順を追って交
流学級,学年,学校に対するエスニシティを育めるように促した。
「自分のものの見方や考え方を見直し,再構成することができる力」を育成するためには,①「自
分のものの見方や考え方を表出することができる力」と②「自分と異なるものの見方や考え方を知
ろうとする態度」を育む必要があった。①と②の力と態度を育むために,道徳の授業では,帰国生
徒が授業において必要とする支援を「帰国生徒カルテ」と「個別の適応支援計画」を基に把握した。
「帰国生徒カルテ」から,各教科における授業の様子を知ることができ,授業の中で難読の漢字や
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帰国生 徒教 育
言葉の意味については補足説明したり,子どもたちが授業を進めていく中で,理解できているかを
教師から子どもたちに問い返しをしたりして授業における理解支援を行った。その結果,子どもた
ちは書かれた文章の意味を理解し,それに対する自分の考えを表出することができた。また,仲間
が発言した内容が伝わりにくかったと教師が判断した場合は,再度発言された内容を言い換えさせ
たり書き直させたりなどの表現支援を行った。その結果,適切な日本語で仲間に伝えることができ,
自分と異なった考えを知ろうとする態度を育むことができた。これらの二つの支援を行ったことで,
自分の考えを見直したり再構成したりすることができる子どもが増えていた。その結果,自分のも
のの見方や考え方を見直したり再構成したりすることができる力を育成することができたと考え
る。
アイデンティティ形成においては,「自分のものの見方や考え方を見直し,再構成することがで
きる力」を高めたことで帰国生徒同士が互いの価値観を知り,互いを認め合うようになった。そし
て,様々な道徳的価値観を知ったことで,仲間の考えを取り入れたり認めたりすることができるよ
うになった。また,実践後に,一般学級と交流した際,大集団の中でも自分の考えを表出する帰国
生徒が増えていた。これらのことから,帰国学級や交流学級に対するエスニシティが芽生えつつあ
ることが分かった。
一方で,各教科の状況をまとめた「帰国生徒カルテ」と担任,帰国生徒,保護者で作成される「個
別の適応支援計画」の位置づけが曖昧になっていることが分かった。「帰国生徒カルテ」は,教科
担任が授業で支援した内容の記述となっている。そのため,その記述から教師が帰国生徒が遭遇す
る問題点を把握するのに役立ち,教科担任が手だてを考えるのに役立っている。一方,「個別の適
応支援計画」は,3者の思いを担任がまとめ,帰国生徒の生活適応にいかしている。記述を基に,
帰国生徒が求める支援を考え,担任が手だてを考えるのに役立っている。今後は,学習支援と生活
支援の双方が帰国生徒一人一人に対応している「個別の適応支援計画」をより効果的に使う方法を
模索するとともに,学習支援の対応としては,より即時的である「帰国生徒カルテ」を併用した支
援を行っていく必要があると考える。また,帰国生徒の特性の伸長・活用をより効果的にいかせる
カリキュラムの作成が必要である。一般学級と合同で行われる相互交流学習のカリキュラムを見直
すことで,より帰国生徒が大集団の中で活躍できると考える。
5
2年次のねらい
前述のように,帰国生徒教育では「適応教育」「特性の伸長・活用」「相互交流学習」を調和的
に行う必要がある。2年次も「自分のものの見方や考え方を見直し,再構成することができる力」
を育成するために「自分のものの見方や考え方を表出することができる力」と「自分と異なったも
のの見方や考え方を知ろうとする態度」を育むことに継続して取り組んでいく。
また,今年度は「帰国生徒カルテ」,「個別の適応支援計画」の見取りに基づいた学習適応に焦
点を当てて研究を進めていく。また,未修領域調査を踏まえた支援も継続して行っていく。学校生
活に適応するためには,日常会話ができたり,日本の学校固有のシステムに慣れたりすればよいと
いうものではなく,学習における適応指導も大切である。その際には日本語指導と教科指導を切り
離さずに行う。
学校生活の多くの場面は授業である。ここで学年相応の学習を行うことにより,子どもたちは年
齢に応じた資質,能力を育んでいく。しかし,日本で生活していれば身に付けることができる学力
や概念が身に付いていない帰国生徒に対しては配慮が必要であり,授業の中で子どもの実態に応じ
て,適切に日本語支援を取り入れていくことが大切である。そして,日本語によって新たな語彙や
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概念を獲得させることによって,早期適応を図ることができると考える。日本語による学習適応が
進めば,帰国生徒の自己肯定感につながる。日本語での学習適応による自己肯定感は,帰国学級内
のみならず,交流学級や学年,学校へのエスニシティの高まり,ひいては,日本人としてのアイデ
ンティティの形成へとつながっていくと考える。
学習面での適応教育を進める際には,支援の方法として,日本語や学習内容の理解を促すための
「理解支援」,表現内容の構成や日本語での表現を促すための「表現支援」,語彙や表現の記憶を
促す「記憶支援」を行う。
そのために,「帰国生徒カルテ」,「個別の適応支援計画」に基づいて,子どもたちの学習適応や
生活適応の状況を把握する。そして,各教科カリキュラムに基づいて行われる学習指導の際の支援
の方法を工夫する。
注 1)前研究シリーズまで実施していた「保持・伸長」を「伸長・活用」に表記を改めた。今日の帰国生徒教育の動向から,帰国
生徒がもっている特性を伸長するのはもちろんのこと,活用させながら日本の社会に適応することが求められている。
注 2)エスニシティとは,1970年代アメリカ合衆国社会科学において使われ始められた言葉であり,文化的背景に共通点をもつ集
団への帰属意識のことである。
注 3)アイデンティティとは,人が自分のことを何者であるかと知り,自分が自分であることを確信することである。
引用文献
1)成田喜一郎「第7章
第6節」佐藤郡衛『転換期にたつ帰国子女教育』多賀出版,1995年
参考文献
臼井智美編集『イチからはじめる外国人の子どもの教育』教育開発研究所,2009年
お茶の水女子大学附属小学校『開設25周年 帰国児童教育実際指導研究会研究紀要「ともに学びを創造する」』
お茶の水女子大学附属中学校『第5回
帰国子女教育研究協議会
帰国子女教育学級創設25周年「個の自立を支え,相互啓
発の学びを促す」-多文化教育の視点で学校教育を見直す-』
河原俊昭,山本忠行,野山広編・著『日本語が話せないお友だちを迎えて』くろしお出版,2010年
海外子女教育振興財団『帰国児童生徒受入れ校に関する情報について』
〈http://www.joes.or.jp/g-kokunai/index.html〉(参照2014年8月20日)
窪田佳尚代表『異文化との共生をめざす教育-帰国子女教育研究プロジェクト最終報告書-』三友社,2001年
佐藤郡衛『転換期にたつ帰国子女教育』多賀出版,1995年
佐藤郡衛『国際化と教育-異文化間教育学の視点から-』財団法人
放送大学教育振興会,2003年
佐藤郡衛『国際理解教育』明石書店
佐藤郡衛『異文化間教育 文化間移動と子どもの教育』明石書店,2010年
成田喜一郎「第7章 第6節」佐藤郡衛『転換期にたつ帰国子女教育』多賀出版,1995年
文部科学省『施策の概要』〈http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/001.htm〉(参照2012年4月2日)
文部科学省『JSLプログラム』〈http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/001/011.htm〉(参照2012年4月2日)
文部科学省『海外で学ぶ日本の子どもたち』〈http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/oo2/001.htm〉
(参照2014年7月10日)
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