丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 気相輸送法 佐藤勝昭(東京農工大学) 1.はじめに 融 点 の 高 い 物 質 、高 温 で 分 解 す る 物 質 、高 温 相 が 低 温 相 と 異 な る 物 質 の バ ル ク 結 晶の成長は、気相法をとることが多い。気相成長法には、昇華法と気相化学輸送法 とがある。 昇 華 法 は 、古 く か ら S や I な ど 単 体 元 素 の 精 製 に 用 い ら れ て い る 。化 合 物 の 場 合 、 その構成元素が、容易に到達できる温度において揮発性であるならば、良質のバル ク 結 晶 を 得 る こ と が で き る 。 こ の 方 法 で 、 CdS の 単 結 晶 が 得 ら れ て い る 。 昇 華 法 は 通 常 封 管 法 で 行 わ れ る が 、比 較 的 大 き な 結 晶 を 得 る た め に は 、Ar な ど の 不 活 性 ガ ス をキャリアとする開管法が用いられる。 十分な蒸気圧が得られる温度になる前に分解が起きてしまうような物質の場合、 ハロゲンなどを輸送媒体として用いて、分解温度以下で結晶を得る方法がある。こ れを気相化学輸送法と呼んでいる。この方法は作製したい化合物の構成元素以外の 化学物質を用いるという点で、昇華法に比べて純度の悪い成長法であるが、実験室 において比較的利用し易い低い温度で新しい半導体、磁性体、誘電体結晶を手軽に 作製できるため、広く用いられている。気相化学輸送法には、ハロゲン輸送法と気 相反応法とがある。ハロゲン輸送法では、沃素などのハロゲンを輸送媒体として固 体原料に加えておき、高温側で原料を揮発性のハライドに変え、低温側で結晶を析 出する。また、以前から金属の精製や、電球の長寿命化のために、低温側で揮発性 金属化合物を作り、高温の金属線によってこの化合物を分解して金属を析出するや り方が行われている。 バ ル ク 結 晶 の 成 長 は 封 管 法 で 行 わ れ る が 、薄 膜 の 堆 積 は 、H 2 な ど を キ ャ リ ア ガ ス と し て 輸 送 す る 開 管 法 が 用 い ら れ る 。気 相 反 応 法 で は 、最 初 か ら 気 相 の 物 質( SiH 4 、 GaCl 3 な ど ) を 原 料 と し て キ ャ リ ア ガ ス ( H 2 な ど ) に 乗 せ て 輸 送 し 、 成 長 側 で の 化 学反応により希望の結晶を合成する。この項では、バルク結晶の作製に限って紹介 する。 2.気相成長モデルi 一 般 に 、 気 相 成 長 に お け る 輸 送 現 象 は 、 運 動 量 の 輸 送 ( 流 れ )、 熱 の 輸 送 、 物 質 の輸送という3つの輸送現象が互いに関連しながら行われる。 多 く の 気 相 成 長 の 理 論 で は 結 晶 の 環 境 相 の 原 子 密 度 は 十 分 希 薄 で 、原 子 の 拡 散 距 離はかなり長いので、気相成長を主として律速している最も重要な過程は、気相か 丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 ら固相への物質の輸送過程 であると考える。気相成長においては、反応を伴わない 昇 華 法 の 場 合 に も 、 反 応 を 伴 う 化 学 輸 送 法 の 場 合 に も 以 下 に 述 べ る Hertz-Knudsen の 式 を 使 っ て 成 長 速 度 を 定 式 化 で き る 。 気 体 運 動 論 に よ れ ば 、 温 度 T、 圧 力 P の 空 間において、その気体原子が任意の単位面積の固体壁に単位時間にぶつかる衝突回 数 J は次式で与えられる。 P J 2m kT ( s 1cm 2 ) (1) 一 方 、温 度 T に あ る 単 位 面 積 の 固 体 か ら 単 位 時 間 に 蒸 発 す る 割 合 J 0 は 、平 衡 蒸 気 圧 P0 と す る と 次 式 で 与 え ら れ る 。 J0 P0 2m kT ( s 1cm 2 ) (2) 気 相 の 蒸 気 圧 J が 固 体 の 平 衡 蒸 気 圧 J 0 よ り 高 け れ ば J-J 0 の 分 子 流 束 が 凝 縮 し 固 相 に 取 り 込 ま れ る 。 逆 に 、 J が J0 よ り 低 け れ ば 正 味 の 蒸 発 が 起 き る 。 い ま 、 正 味 の 凝 縮 が お き る 過 程 を 考 え る 。衝 突 の 際 入 射 流 束 の う ち v の 割 合 だ け が 固 相 に 取 り 込 ま れ 、 蒸 発 の 際 も 同 じ 割 合 の み が 流 出 す る と す る と 、 成 長 速 度 R は 、 を 原 子 体 積 と して次式で表される。 R V J J 0 V P P0 (3) 2m kT こ れ を Hertz-Knudsen の 式 と い う 。 過 飽 和 度 を P P0 と 定 義 す る と R は に 比 P0 例する。すなわち過飽和度が成長の駆動力になっている。 界面における凝縮する原子のうち結晶表面にあるステップに沿って存在するキ ン ク の 位 置 に あ る 原 子 の み が 結 晶 に 組 み 込 ま れ る の で 、 核 生 成 (nucleation)に よ り 制 限 さ れ た 形 と な っ て お り 、上 記 R は 成 長 速 度 の 最 大 値 を 与 え る と 考 え ら れ る 。表 面 が十分に荒れていて多くのキンクが存在する場合には、付着した原子は直ちに固相 に取り込まれるので成長は輸送律速 である。この場合を、付着成長モードと呼ぶ。 一方、固相の表面が平坦だと表面に付着した原子が表面上を移動しキンクを見つけ て取り込まれる過程が遅く界面律速 となる。この場合を、沿面成長モードという。 気 相 化 学 輸 送 な ど 気 体 流 中 で の 反 応 を 伴 う 結 晶 成 長 の 場 合 は 、気 体 環 境 層 と 固 相 表面との間に厚さδの境界層が存在すると仮定して成長の律速過程を考える。この 場合の流束 J は、 丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 J P P0 1 RT D k d (4) に よ っ て 与 え ら れ る 。 こ こ に 、 P は 気 体 環 境 相 の 圧 力 、 P0 は 成 長 物 質 の 成 長 温 度 T に お け る 平 衡 蒸 気 圧 、 D は 温 度 T に お け る 気 体 原 子 の 拡 散 係 数 、 kd は 界 面 で の 物 質 輸送係数である。上の式から、ある温度 T における気体原子の境界層の厚さ δと拡 散 係 数 D の 比 が 1/k d よ り 十 分 小 さ け れ ば 、 表 面 で の 物 質 輸 送 ( 反 応 お よ び 動 力 学 ) が律速過程となるが、もし大きくなると、拡散律速となることがわかる。 3.昇華法 結 晶 の 素 材 を 高 温 度 領 域 に 置 き 化 学 変 化 を 与 え る こ と な く 気 化 し 、拡 散 に よ っ て 低温度領域に輸送し、もとの素材と同一の結晶を成長させる方法である。拡散速度 を 適 度 に 保 つ た め に 、 数 mmHg~ 1 気 圧 の 不 活 性 ガ ス (Ar、 N 2 な ど )を 用 い る こ と が 多い。成長は、封管または開管法で行われる。 2.1. 封管法 始 め て の 昇 華 法 に よ る ZnS の 成 長 は 封 管 法 に よ り 行 わ れ た ii 。 そ の 後 CdS に も 適 用 さ れ た iii 。後 に Greene ら に よ り 改 良 さ れ 、大 き な 結 晶 が 得 ら れ る よ う に な っ た iv。 図 1 に示すように、着脱式の封管成長室内に石英基板を両端にもつ内管を置き、そ の 内 部 に CdS 原 料 を 置 く 。 成 長 管 は 予 め 真 空 排 気 し て お き 、 そ の 後 1 気 圧 の Ar を 封 入 す る 。 原 料 部 を 1000℃ 、 石 英 基 板 を 900℃ 程 度 に し て 2-4 日 保 つ こ と に よ り 、 石 英 基 板 上 に 300g に 上 る 単 結 晶 を 成 長 で き る 。 2.2. 開管法 Piper ら は 、開 管 法 で Ar を 流 し て お き 、そ の 中 に 自 己 封 止 機 能 を も つ 成 長 管 を 置 く こ と に よ っ て 昇 華 法 に よ る ZnS や CdS の 成 長 を 行 っ た v。 図 2 に 示 す よ う に 、 原 料部は成長管内にいれたプラグの部分に置かれ、成長管とプラグの間の狭い隙間を 通 じ て Ar 雰 囲 気 と 接 し て い る 。 原 料 部 を 1200℃ に 加 熱 、 昇 華 し た CdS 気 体 は 成 長 管 先 端 の 円 錐 状 の 部 分 に 輸 送 さ れ 尖 端 部 か ら 凝 縮 し 結 晶 化 す る 。 成 長 管 は 1.5mm/h の遅い速度で低温側に移動され、尖端部の結晶粒が種結晶となって大きな単結晶へ と成長する。 4.気相化学輸送法 開管気相輸送法、開管気相反応法による薄膜のエピタキシャル成長は、別の項目 丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 で 詳 細 に 扱 わ れ る の で 、 こ の 節 で は 、 Schäfer の 教 科 書 vi に 基 づ い て 、 バ ル ク 結 晶 の 封管および開管気相化学輸送法による成長を中心に話を進める。 4.1 開 管 法 の 輸 送 モ デ ル 図 3 は 、固 体 の 温 度 勾 配 下 で の 開 管 輸 送 の 単 純 化 し た モ デ ル 図 で あ る 。容 器 に 載 せ た 固 体 物 質 A が 温 度 T1( 高 温 側 ) の 反 応 部 1 内 に 置 か れ 、 気 体 B が 固 体 A の 上 を 流 れ 、下 の 反 応 で 気 体 C が 生 成 さ れ る と す る 。こ こ で 反 応 部 1 に お い て は 完 全 に 熱 平 衡 に あ る と す る 。温 度 T 2( 低 温 側 )の 反 応 部 2 で は 逆 反 応 が 起 き て 、固 体 A が 堆積する。 iA( s) kB( g ) T1 jC ( g ) T2 (5) B の飽和蒸気圧が低いときには、高温の飽和器を用いて不活性のキャリアガスに B を 加 え る こ と が 行 わ れ る 。 開 管 輸 送 法 の 例 と し て は 、 Al の AlCl 3 流 に よ る 輸 送 (1000 ゚ C→ 650 ゚ C)が 知 ら れ て い る 。 開 管 法 で 輸 送 さ れ る 固 体 A の モ ル 数 n A は 、輸 送 媒 体 気 体 の モ ル 数 n B ( in it ) に 比 例 す る 。 PB が 気 体 C の 圧 力 PC に 比 べ て 十 分 高 い と き に は 、 nA i PC n B (init) j PB (init) (6) と 書 き 表 す こ と が で き る 。こ こ に 、P B (in it) は 気 体 Bの 圧 力 、 P C は 気 体 Cの 反 応 部 1と 2 と の 圧 力 差 で あ る 。従 っ て 、固 体 Aの 析 出 さ れ る 割 合 は 、領 域 1, 2の 気 体 Cの 圧 力 差 に 比 例 し 、 輸 送 気 体 Bの 圧 力 P B に 反 比 例 す る 。 4.2 封 管 法 (拡 散 輸 送 法 )の 輸 送 モ デ ル 封 管 に お け る 拡 散 法 は バ ル ク 結 晶 の 成 長 に よ く 用 い ら れ て い る 。 図 4 は 、封 管 に お け る 拡 散 法 の 過 程 を 模 式 的 に 示 し た も の で あ る 。 温 度 T 1 [K]の 領 域 1 と 温 度 T 2 [K] の 領 域 2 が 、長 さ s[cm]、断 面 積 q[cm 2 ]の 拡 散 経 路 を 隔 て て つ な が っ て い る 。( T 1 >T 2 と す る 。)各 領 域 で は 熱 平 衡 が 成 立 し て い る も の と す る 。す な わ ち 、こ の モ デ ル で は 成長過程は完全な拡散律速であって、2で述べたような気体原子が固相に取り込ま れる際の輸送律速あるいは界面律速過程は考慮されていない。 こ こ で も 反 応 式 (1)に よ っ て 領 域 1 か ら 領 域 2 に 輸 送 が 起 き る と す る 。こ の 反 応 で t[sec]間 に 輸 送 さ れ た 固 体 A の モ ル 数 は nA i Dqt PC j sRT (7) 丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 と な る 。こ こ に D は 拡 散 係 数 、R は 気 体 定 数 、⊿ P C =P C ( 1) -P C ( 2 ) は 2 つ の 領 域 の 気 体 C の 圧 力 差 [atm]で あ る 。 温 度 T、 全 圧 P に お け る 拡 散 係 数 D は 、 T 0 =273K、 P 0 = 1 [atm]に お け る 拡 散 係 数 D 0 を 用 い 半 経 験 的 に D=D 0 ・(Σ P 0 /Σ P)・(T/T 0 ) 1. 8 と 書 け る の で (7)式 は 、 nA i PC T 0.8 qt 1.8 10 4 j P s (8) と な る 。( こ こ で 平 均 的 な 拡 散 係 数 D 0 =0.1cm 2 ・s - 1 が 用 い ら れ て い る ) この式を見ると、気相化学輸送法の輸送効率は、拡散経路の断面積 q に比例、長 さ s に 反 比 例 し 、全 圧 P に 反 比 例 す る こ と が わ か る 。従 っ て 、輸 送 効 率 を 上 げ る た めには、なるべく内径の大きな石英管を用い、両領域間の温度勾配を急峻にして拡 散領域を短くするとよいことがわかる。 熱 力 学 に よ る と 、 エ ン ト ロ ピ ー の 変 化 ⊿ S0 の な い と き 、 エ ン タ ル ピ ー 変 化 が 正 、 す な わ ち 、 ⊿ H 0 >0( 放 熱 反 応 ) な ら ば ⊿ P は 負 と な り 、 輸 送 は 低 温 側 か ら 高 温 側 に 起 き る 。逆 に 、エ ン タ ル ピ ー 変 化 が 負 、す な わ ち 、⊿ H 0 <0( 吸 熱 反 応 )の 場 合 に は 、 高温側から低温側へ輸送される。 拡 散 に 対 流 が 加 わ る と 輸 送 効 率 は か な り の 程 度 増 加 で き る 。 対 流 現 象 は 図 5(a)に 示 す よ う に 、 直 径 が 20mm 以 上 の 石 英 管 を 用 い 、 管 内 の 圧 力 が 数 気 圧 に な る と き 、 高温側を下にして傾斜させて置く場合に観測される。 図 6 は 、 拡 散 輸 送 の 割 合 Q( 輸 送 さ れ た 量 を 拡 散 律 速 の 場 合 の 計 算 値 で 割 っ た も の )を 全 圧 力 の 関 数 と し て プ ロ ッ ト し た も の で あ る 。領 域 Ⅰ で は Q は 全 圧 と と も に増加する。拡散速度は全圧が低いと大きくなるので、異種物質間の化学反応が最 も 遅 い 律 速 過 程 と な っ て い る 。領 域 Ⅱ で は 、拡 散 に の み 律 速 さ れ る の で Q は 全 圧 に 依存せず一定となる。さらに全圧が高くなった領域Ⅲでは、拡散と対流の両方が輸 送に寄与するため、Q は全圧とともに増加する。 対 流 に よ っ て 輸 送 さ れ る 固 体 A の モ ル 数 n A は 図 5(b)の 模 式 的 な 系 に つ い て 計 算 すると、 nA 1 1 i PC PB (init) j T2 T1 (9) となる。すなわち、対流による輸送効率は全圧Pに比例する。これが、図 6 の高圧 側(領域Ⅲ)で対流が重要になる理由である。 4.3 封 管 気 相 輸 送 法 の 実 例 実 際 に よ く 行 わ れ る の は 、 内 径 10-20mm、 長 さ 200mm 程 度 の 石 英 管 中 に 原 料 と 丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 輸 送 媒 体( 例 え ば 、ヨ ウ 素 、臭 素 、ア ン モ ニ ア )を 入 れ 、10 - 6 mmHg 程 度 の 真 空 で 封 止 す る 方 法 で あ る 。ヨ ウ 素 の 場 合 で い う と 、石 英 管 の 内 容 積 1cm 3 あ た り 0.5-5mg の 量 を 加 え る 。 こ れ は 、 1000K に お い て 0.16-1.6 気 圧 に 相 当 す る 。 ヨ ウ 素 を 正 確 な 量 だけ封入するには、図 7 に示すように、キャピラリにヨウ素を入れたものを封入し ておき、マグネティックハンマーで割って加熱して昇華させる。また、室温におい て気相の物質を輸送媒体に用いる場合は、管を 1 気圧の気体で満たし封止する。こ の 石 英 管 を 図 8 に 示 す よ う に 温 度 勾 配 の あ る 炉 内 に 置 き 、原 料 を 成 長 端 へ 輸 送 す る 。 さ ま ざ ま な 化 合 物 単 結 晶 、 特 に 三 元 多 元 化 合 物 の 輸 送 に つ い て は 、 Nitsc he vii , Kaldis viii , Gibart ix ら に よ っ て 整 理 さ れ て い る 。Gibart は 三 元 化 合 物 の ハ ロ ゲ ン 輸 送 法 について次のように整理している。 1) 気 相 化 学 輸 送 は 拡 散 、 層 流 、 熱 対 流 に よ っ て 起 き る 。 堆 積 速 度 は 理 論 的 に 予 測 できる。 2) し か し 、上 記 予 測 は 気 体 運 動 論 に よ っ て 制 限 さ れ る 堆 積 条 件 の 下 で は 成 り 立 た ない。なぜなら、この場合には堆積速度は表面エネルギーや過飽和度、結晶の 形状などのパラメターで律速されているからである。 3) 封 管 系 で は 、核 発 生 は 管 壁 で 不 規 則 に お き る 。過 剰 核 発 生 を 避 け て 大 き な 結 晶 を 得 る た め に は 特 別 の 注 意 を 払 わ な け れ ば な ら な い 。実 際 の 解 決 は 経 験 的 な も のである。 4) 化 学 輸 送 成 長 が 熱 力 学 的 に 可 能 性 か ど う か は 理 論 的 に 扱 わ ね ば な ら な い 。 実 例 を 表 1 に 示 す 。ハ ロ ゲ ン 輸 送 法 が よ く 用 い ら れ る 。こ の 方 法 は 三 元・多 元 化 合物や遷移金属のカルコゲン化物の単結晶作製に効果的である。 ZnS, ZnSe な ど ワ イ ド ギ ャ ッ プ の II-VI 族 化 合 物 は 高 融 点 で あ る た め 融 液 成 長 は 非 常 に 困 難 で あ る 。 昇 華 法 は 1100-1300℃ と い う 高 い 成 長 温 度 を 必 要 と し 双 晶 を も た ら し や す い 。 ヨ ウ 素 を 用 い た 気 相 輸 送 法 は 、 800~ 900℃ と い う 低 温 成 長 が 可 能 で あ る。藤田らは種結晶を用い、図 9 に示すようなテーパーを付けた成長管を使ったヨ ウ 素 輸 送 法 に よ り 、 良 質 の 大 寸 の 単 結 晶 成 長 に 成 功 し た x 。 CuAlS 2 を は じ め と す る I-III-VI 2 族 カ ル コ パ イ ラ イ ト 化 合 物 の 融 点 は 1300℃ 以 下 と 比 較 的 低 い が 、 融 液 成 長 は難しい。なぜなら、一部の例外を除くとカルコパイライト化合物の平衡状態図は 包 晶 相 (peritectic phase)を 示 し た り 、 調 和 溶 融 (congruent)で な か っ た り す る ば か り で な く 、 調 和 溶 融 の AgGaS 2 な ど で も 、 正 方 晶 で あ る た め c 軸 と a 軸 の 膨 張 係 数 が 異 な り 結 晶 に ク ラ ッ ク が 入 っ た り 、 化 学 量 論 組 成 か ら の わ ず か な ズ レ に よ り Ga 2 S 3 の 析出が起きるなど融液成長が難しいからである。ヨウ素を輸送媒体とする気相化学 丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 輸 送 法 を 用 い る と 原 料 側 800℃ 、成 長 側 700℃ と い う 比 較 的 低 温 で 容 易 に 単 結 晶 を 作 成することが出来る。しかし、ヨウ素輸送法で作製した結晶の多くは、電気的には 強く補償されて高抵抗になっており、その原因としては、鉄族などの不純物が取り 込まれやすいことが考えられる。 金 属 の 輸 送 の 例 を 表 2 に 示 す 。多 く の 高 融 点 金 属( Zr, Nb, Mo, W)に お い て 、低 温側から高温の白熱線へ向かってのハロゲン輸送が行われている。これは、ハロゲ ン化金属の分解反応が吸熱反応であることによっている。このような輸送は、ハロ ゲン電球において、管壁に付着したタングステンをフィラメントに戻して長寿命化 す る た め に 用 い ら れ て い る 。表 3 は 周 期 表 上 の 元 素 の 輸 送 を ま と め た も の で あ る xi 。 4.4 大 き な 単 結 晶 を 得 る た め に 気相化学輸送法でサイズの大きな結晶を得るためにいくつかの工夫が行われてい る。その例を紹介する。 さきに述べたように、成長側に種結晶を置き、その方位にそって単結晶を成長す ることができる。この方法でセンチメートル・サイズのⅡⅥ族単結晶が得られてい る。 結晶の寸法がある大きさで飽和するひとつの理由は、多数の微結晶核発生のため に、原料が多数の結晶に分配されて供給不足になることにある。この対策として、 原料側領域と成長側領域の温度を交互に変動させて、逆輸送サイクルの間に寸法の 小さな結晶核を減らし、引き続く順輸送サイクルで残った結晶核を育成する方法が あ る 。 パ イ ラ イ ト 型 の 遷 移 金 属 硫 化 物 の 結 晶 成 長 で こ の 方 法 が 成 功 し て い る 。 xii 結晶サイズがある大きさで飽和するもうひとつの理由は、輸送がすすむにつれて 原料の供給量が漸減することである。これを克服するために原料側温度を徐々に上 昇 す る 手 段 が と ら れ る 。 カ ル コ パ イ ラ イ ト 型 化 合 物 で あ る CuAlS 2 で は 、 一 辺 3 セ ン チ メ ー ト ル に お よ ぶ 平 板 結 晶 が 得 ら れ て い る 。 xiii 5 おわりに 気相輸送法は、比較的低温で簡便な方法で良質の単結晶が得られるので実験室系 では優れた成長法である。結晶成長機構を理解して制御性を高めれば、サイズの大 きな結晶成長にも適用できるので、将来にわたって利用されると思われる。 丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 物質 媒体 原料側 表 1 化合物の気相化学輸送 成長側 参考文献 ZnS I2 850 → 840℃ S.Fujita et al: JCG.47 ('79) 326 CdS I2 930 → 730℃ G.L.Russel et al: JCG 46('79)323 GaAs GaI 3 1070 → 1030℃ G.R.Antel et al: JECS 106('59)509 Ga 2 S 3 I2 1000 → 800 R.Nitsche et al: JPCS 21('61)199 InP InI 3 915 → 860℃ G.R.Antel et al: JECS 106('59)509 MnS I2 850 → 450℃ R.J.Nitsche: JPCS 21( '61)199 FeS I2 780 → 715℃ H.Schäfer: "Chemical Transpor t Reaction" FeS 2 Cl 2 800 → 700℃ R.J.Bouchard: JCG 2('71)40 CuAlS 2 I2 850 → 700℃ I. Aksenov et al: JJAP 31('92)L145 CuInS 2 I2 800 → 750℃ C.Sun et al: JJAP 19 Sup19 -3('80)81 CdCr 2 Se 4 CdCl 2 800 → 700℃ F.H.Wehmeier: JCG 5 (1969) 26 SrGa 2 S 4 I2 900 → 700℃ K.Tanaka et al: JJAP 34('95)L1651 ZnAl 2 S 4 I2 780 → 700℃ T.Kai et al: JJAP 34('95)4682 Cr 3 Te 4 I2 1000 → 820℃ T.Hashimoto et al: JPSJ 31('71)679 FeSi 2 I2 1000 → 720℃ I.Aksenov et al: JAP 80('96)1678 丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 表 2 金属の気相化学輸送 物質 媒体 原料側 成長側 (方 法 ) Ti TiCl 3 1200 → 1000 ゚ C (封 管 法 ) Fe HCl 1000 → 800 ゚ C (開 管 、封 管 ) Co HCl 900 → 600 ゚ C (封 管 法 ) Ni CO 50 → 190 ゚ C (開 管 法 ) 80 → 200 ゚ C (封 管 法 ) HCl 1000 → Cu HCl 600 → 500 ゚ C Ga GaCl 3 1000 → 低温部 (開 管 法 ) Ge GeI 4 350 ゚ C (開 管 、封 管 ) Zr I2 Nb Ar+I 2 500 Mo Cl 2 400 → 1400 ゚ C W Cl 2 400 → 1400 ゚ C (ホットワイヤ) H2 O 2400 → 低温部 (ホットワイヤ) Ir O2 1325 → 1130 ゚ C (封 管 法 ) Pt O2 1500 → (開 管 法 ) Au Cl 2 1000 → 表3 500 → 700 ゚ C (開 管 、封 管 ) (封 管 法 ) 280 → 1450 ゚ C (ホットワイヤ) → 1050 ゚ C (開 管 法 ) (ホットワイヤ) 低温部 700 ゚ C (開 管 、封 管 ) ヨウ素による元素の化学輸送 Li Be? B# C N O F Na Mg Al# Si*# P S Cl K Ca Sc Ti* V* Cr * Mn Fe* Co* Ni* Cu* Zn# Ga# G e *# As Se Br Rb Sr Y? Zr* Nb * M o? Tc Ru Rh Pd$ Ag? Cd In? Sn* Sb# Te$ I Cs Ba La* Hf* Ta* W? Re? Os? Ir Pt$ Au$ Hg Tl Pb Bi# Po At Fr Ra Ac Th* Pa * U* *低 温 → 高 温 : 発 熱 反 応 $高 温 → 低 温 : 吸 熱 反 応 #高 温 → 低 温 : 不 均 化 反 応 丸善実験物理講座第4巻第3章バルク結晶育成技術 結 晶 成 長 ハ ン ド ブ ッ ク (共 立 , 1994)第 5 章 p.125 D.C.Reynolds, S.J.Czyzak: Phys. Rev. 79 (1950) 543. iii S.J.Czyzak, D.G.Craig, C.E.McCain, D.C.Reynolds: J. Appl. Phys. 23 (1952) 932. iv L.C.Greene, D.C.Reynolds, S.J.Czyzak, W.M.Baker: J. Chem. Phys. 29 (1958) 1375. v W.W. Piper, S.J. Polich: J. Appl. Phys. 32 (1961) 1278. vi H. Schäfer: Chemical Transport Reactions, Academic, New York, 1964. vii R. Nitsche, H.V. Bölsterli and M. Lichtensteger: J. Phys. Chem. Solids 21 (1961) 199; R. Nitsche: J. Phys. Chem. Solids 17 (1960) 163; J.A. Beun, R. Nitsche and M Lichtesteger: Physica 27 (1961) 448. viii E. Kaldis: J. Phys. Chem. Solids 26 (1965) 1701. ix P. Gibart, L. 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