半導体ナノ粒子への不純物ドープによるキャリア密度制御と 新規発光

半導体ナノ粒子への不純物ドープによるキャリア密度制御と
新規発光過程の探索
石墨
淳 (奈良先端大・物質創成)
ナノメートルサイズの半導体結晶(半導体ナノ粒子)は、サイズや形状に依存した特異な光学・電気・
磁気的特性を示す。このような特異な性質を示す半導体ナノ粒子を活性不純物ドープの母体材料と
した場合、ナノ物質特有の量子サイズ効果や表面効果によって、バルク結晶では得られない不純物
効果が発現することが期待される[1-5]。本研究では、半導体中でドナーやアクセプターとなる不純
物をドープすることで、ナノ粒子のキャリア密度の制御を試み、ナノ空間における多体電子・正孔
系が関与する光学過程の探索・解明を目的としている。
浅いドナーに束縛された電子の状態は、有効質量近似で記述することができ、その波動関数の広
がりはボーア半径によって特徴づけられる。母体結晶の大きさが、ボーア半径程度まで小さくなる
と、量子閉じ込め効果によってドナーの電子状態は自由電子の状態に混じり込み、束縛電子と自由
電子の区別がつかなくなることが指摘されている[6]。従って、バルク結晶中では室温で不活性なド
ナーであっても、ナノ粒子中では熱的活性化を必要とせずにキャリアを生成できる可能性がある。
そこで、半導体ナノ粒子中ドナーによる電子の束縛、放出の条件を明らかにしキャリア密度の制御
を行うため、ドープしたドナー電子が受ける量子閉じ込め効果の影響について研究を行った。
本研究では、コア/シェル型 CdS/ZnS ナノ粒子へ、ドナー
(Al3+)およびアクセプター(Ag+)をドープし、その光学特性に注
目した。作製した試料において、励起子発光に加えて、大き
なストークスシフトを伴う幅広い DA ペア発光が観測された
(図1)。DA ペア発光のピークエネルギーはナノ粒子サイズに
依存し、ナノ粒子サイズの減少と共に高エネルギー側へのシ
フトが観測された。このシフト量は量子閉じ込め効果による
励起子エネルギーのシフトとほぼ一致した。同様の結果が、
Ag+のみをドープした試料で見られる自由電子と Ag+に束縛
された正孔との再結合発光においても観測された。これらの
結果から、Ag+に強く束縛された正孔は粒子サイズの影響は受
けないのに対して、Al3+ドナーに弱く束縛された電子は自由電
子と同様の量子閉じ込め効果を受けることが明らかになった
図 1 : (a)Al,Ag-doped 、
(b)nondoped CdS/ZnS ナノ粒子の
吸収(破線)・発光(実線)スペクト
[7]。また、発光ダイナミクスの測定において、発光ピークが時間と共に低エネルギー側にシフトす
る現象が見られた。さらに、粒子サイズの減少に伴い、シフト量が抑制されるという結果が得られ
た。発光ピークの時間シフトはドナー・アクセプター間距離の分布によって起こる。従って、粒子
サイズの減少によるピークシフトの抑制は、ドナー・アクセプター間距離の分布が粒子サイズによ
って制限を受けることを示している[7]。以上の結果は、粒子サイズがドナーのボーア半径程度まで
小さくなった場合、浅い不純物準位に束縛された電子の波動関数は粒子全体に広がり、自由電子の
波動関数との区別がつかなくなっていることを示唆している。
しかし、自由電子・束縛電子の波動関数の類似点・相
違点についてはまだ不明の部分があり、ドーピングによ
るキャリア密度制御を行うためには、この点を明らかに
していく必要がある。このためには、粒子サイズ分布の
小さいより良質な試料を準備し、単一ナノ粒子分光など
による発光スペクトルの詳細な検討が必要である。そこ
で、新しい試料作製手法を導入し、より良質な試料作製
を試みている。これまでは、室温、大気中で容易に合成
可能な逆ミセル法を用いてきたが、より良質な試料を作
図 2:Mn-doped CdS/ZnS ナノ粒子
TEM 像。
製するため、高温プロセスでのナノ粒子合成[8]を試みた。
現時点で、粒子半径 2nm 程度の非常にサイズ均一性の高
い Mn ドープ CdS/ZnS ナノ粒子の作製に成功している
(図2)。作製した試料では、狭い粒子サイズ分布、強いバ
ンド端発光の観測、ナノ粒子表面欠陥による発光の低下と
いった多くの点で逆ミセル法によって作製した試料と比
較して特性の著しい向上が確認された(図3)。この新しい
試料作製法の確立によって、ドナー電子が受ける量子閉じ
込め効果の影響、および発光への寄与について明らかにす
るためのより詳細な実験が可能になった。今後は、ナノ粒
図 3:(a)Mn-doped、(b)nondooped
子のサイズ、ドープする不純物濃度を制御することで、
CdS/ZnS ナノ粒子の吸収(破線)、
電子の束縛、放出の条件を明らかにしていくことが課題
発光(実線)スペクトル。
である。
参考文献
[1] 石墨、金光、日本物理学会誌、63 (2008) 366.
[2] A. Ishizumi and Y. Kanemitsu, Adv. Mater. 18 (2006) 1083.
[3] A. Ishizumi, E. Jojima, A. Yamamoto, and Y. Kanemitsu, J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 053705.
[4] S. Taguchi, A. Ishizumi, T. Tayagaki, and Y. Kanemitsu, Appl. Phys. Lett. 94 (2009) 173101.
[5] A. Ishizumi and Y. Kanemitsu, J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 083705.
[6] L. Brus, J. Phys. Chem. 90 (1986) 2555.
[7] A. Ishizumi and Y. Kanemitsu, J. Phys. Soc. Jpn. 79 (2010) 093706.
[8] Y. Yang, O. Chen, A. Angerhofer, and C. Cao, J. Am. Chem. Soc. 128 (2006) 12428.