ODA論考 杉下恒夫 ジャーナリスト・茨城大学人文学部教授 イラクに根付く奥、井ノ上両氏の遺志 日本のイラク支援を考えるとき、2003年11月、イラク中部ティク リートで人道支援活動中に何者かの凶弾に倒れた奥克彦大使と井ノ上 正盛一等書記官のことを忘れることはできない。死後、イラクの子ど もの支援に力を入れていた両氏の遺志を引き継ごうと、多くの人の賛 同を得て設立された「奥・井ノ上イラク子ども基金」は、その後も続 く不安定な社会情勢に苦労しながらも、イラクの子どものために着実 に事業を拡大している。 159の小学校に児童書・教材を寄付 本を贈られて喜ぶ子どもたち 同基金は2004年8月に設立され、以来、清宮克幸早稲田大学ラグビー部監督(現・サントリー・ラグビー部監督)らの 尽力で、かつて奥大使が所属していた早稲田大学ラグビー部とオックスフォード大学ラグビー部のメモリアルマッチを 開催(04年9月)したほか、「奥・井ノ上メモリアルフォーラム」を同年11月と05年11月の二回にわたって早稲田大 学で開くなど種々の活動を通じて基金を集め、昨年11月からはイラクで第一回の支援事業を開始している。 基金最初の現地事業は、イラクの子どもの保護とリハビリ活動をしている英国のNGOと協力して、バグダッド市内のア ル・シャープ地区にあるアル・マシュラク小学校など5つの小学校に児童図書110冊を寄贈するものだった。奥大使と 外務省同期入省で基金の運営委員でもある山田彰駐イラク公使(現スペイン公使)が現地での連絡役となり、治安問題 など多くの困難がある中でなんとか事業開始に結びつけた。 事業はその後も順調に進んでおり、今年4月までにバグダッド市内159の小学校に1校あたり100冊の児童図書を寄 贈、児童書の寄贈に平行して地図、人体図などの教育用資料、黒板なども必要に応じて贈っている。バグダッド市内に は約1100の小学校があるが、基金は今後、最低でも500校に児童図書、教材、学用品などを贈る計画だ。 貪るように本を読む子どもたち 物が溢れた日本の子どもを見ていると、とても理解できないが、イラクでは児童図書を手に入れることは至難の業で、子 どもたちは一様に本に飢えているという。事業開始前にバグダッド市内の小学校を視察した山田公使も、多くの学校の図 書室の棚に一冊の本もないことに驚き、児童図書寄贈プロジェクトの意義を感じたという。 山田公使からの報告によると、贈られた本は学校で大切に管理され、子どもたちはお伽話や冒険本を貪るように読んでい るという。奥大使が生前、書いていた「イラク便り」には「でも救いはあります。イラクの子どもたちのきらきらした目 を見ていると、この国の将来はきっとうまくいく、と思えてきます。子どもたちが学校にやって来て、日本の支援に触れ てくれれば、いつか大人になってもその記憶が蘇るのではないでしょうか」という一文があった。奥大使も井ノ上書記官 も夢中になって本を読む子どもたちの姿を見て満足しているに違いない。 両氏の後を継ぐ人材育成も展開 同基金はイラクでの事業展開のほか、国内においても奥、井ノ上両氏の後を継ぐ国際社会に貢献する若い人材を育成する ための事業も行っている。発起人の一人でプロジェクト選定委員の外交評論家、岡本行夫氏らの協力で大学などの国内教 育機関で記念講座を開催しているが、こちらも多くの若者が参加しており、有為の人材が育っている。2人の遺志は確実 に受け継がれているといえるだろう。 *奥・井ノ上イラク子ども基金事務局 NPO法人WASEDA CLUB 03-3390-0202 ホームページ ht t p: //www. oku-i noue-f und. com/
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