狭心症

狭心症
狭心症とは
心臓は、全身に血液を送り出すポンプとしての重要な働きを果たしています。心臓から拍出された、血液は冠動脈
を道路として心臓の筋肉に酸素が運搬されます。冠動脈に狭窄があり、血液の流れが障害され酸素供給が滞ると、
“胸が痛い”、“胸が締め付けられる“、“胸が圧迫される“というような症状が起こります。このような症状がおこる病
気を狭心症といいます。
狭心症の発生頻度
日本人は欧米人に比べ、脳卒中の頻度が高く、心筋梗塞の頻度が低いことが特徴です。我が国の死亡統計によりま
すと、脳卒中の年齢調整死亡率は 1970 年代から着実に低下し続け、1990 年代に入り欧米諸国と同レベルとなって
います。虚血性心臓病の年齢調整死亡率も緩やかな減少傾向にあり、欧米諸国に比べ依然低い状態が続いています。
我が国の心筋梗塞の発病率を年齢別に見てみますと、年齢 80 歳以上の発病率が 70~79 歳の発病率に比べ 1.5 倍
程度と上昇しておいます。これは、近年高齢者の増加によるものと言ってよいでしょう。今回のテーマは狭心症で
すが、狭心症とはあくまで症状のことであり、そのカテゴリーに内包する疾患は多岐にわたるため、その疫学的実
態ははっきりとらえられません。厚生労働省『人口動態統計』によれば 2006 年の心臓疾患による死亡者は 17 万
3024 人で、そのうち急性心筋梗塞が 4 万 5067 人で、その他の虚血性心臓病は 3 万 3062 人でした。2005 年の患者
調査では、冠動脈狭窄に起因する虚血性心臓病の総患者数は入院 20 万 9003 人でした。ある成書には、アメリカで
は毎年約 35 万人が新たに狭心症と診断されていると書いてあります。我が国の冠動脈狭窄に起因する虚血性心臓
病の発病率は、米国の1/5位と言われていますので、同じ比率で狭心症の頻度を見積もると毎年6万人の方が狭
心症と診断されていると推定できます。狭心症の好発年齢は 60~75 歳ですが、女性は男性より 10 年遅いようです。
狭心症の成因とタイプ
心臓は1分間 60~80/分、1日約 100,000 回 前後も拍動している臓器です。心臓に必要な酸素は冠動脈から心臓の
筋肉(心筋)に運ばれます。運動したり、興奮したりすると胸がドキドキするように、心臓の拍動が強く多くなり
ます。
脂肪性の沈着物(アテローム)あるいは冠動脈のケイレン(攣縮)によって冠動脈が狭くなると、血流が阻害され
て心臓の筋肉に十分な量の血液と酸素が供給されなくなります。心臓の筋肉への血液供給が不足(心筋虚血といい
ます)、すると狭心症が起こります。実際は、胸痛を訴えて病院を受診する方の1/4位の人しか冠動脈の狭窄を
原因とする狭心症ではありません。図に、心臓の血管(冠動脈:かんどうみゃく)の走行を示しました。
狭心症
狭心症 をおこすその 他の 病気
① 筋肉痛、
② 神経痛、
③ 急性胃炎、胃潰瘍や食道の病気(逆流性食道炎)、
④ 胸膜炎、気胸(肺が萎んでしまう病気)など肺の病気、
⑤ 心膜炎あるいは心筋炎(多くはウイルス感染によります)、
⑥ 大動脈弁狭窄症、大動脈弁逆流症(大動脈弁から血液が逆流する)などの心臓弁膜症、肥大型心筋症(心室の
壁が肥厚する病気)、特に閉塞性肥大型心筋症(左右の心室を隔てている中隔が肥厚する病気では心臓にかかる負
荷が増えるために、心筋はより多くの酸素を必要とする)など心臓の病気。
⑦ 大動脈乖離(大動脈壁が裂けてしまう病気)。大動脈の基部が裂けると致命的になりえます。
⑧ 肺梗塞(今やエコノミークラス症候群として有名になりました)なども致命的になり得る病気です。大動脈解
離と肺梗塞はその病気の広がり、程度によってみるみる悪化しショックを起こすこともあります)。いちばん、厄
介な病気ですので、医者は常にこれらの病気を疑ってかからなければなりません。
⑨ 心筋梗塞。これについては後述しますが、狭心症から、冠動脈狭窄が進展してなる例が1/3程度です。残りは
50%の程度の中程度狭窄部位のアテロームが破裂して発症するものです。
狭心症の 分類
1.発作時の発現機序より
A.労作性狭心症
B.安静時狭心症
C.異型狭心症
2.症状の経過より
A.安定狭心症
B.不安定狭心症
3.原因より
A.器質的狭心症
狭心症
B.冠攣縮性狭心症
狭心症発 作の発 現機徐から以下3タイプ があります。
1)労作性狭心症:運動をしていると時や感情的な興奮があるときに胸痛が起こりますが、これは血圧が上昇し心
臓が普段より激しく働き、より多くの酸素を必要とするためです(この状態を心臓の仕事量の増加といいます)。
冠動脈にプラークなど器質的な狭窄が起こって血流が減少すると、酸素の需要量の増加に応じることができません。
心臓の仕事量の増加に相応する酸素を供給できないでことで生じる狭心症を労作性狭心症と言います。大部分の例
では冠動脈内腔(ないくう)面積が 90%以上も塞がっています(内径で 75%以上です)。
2)安静時狭心症:心臓の酸素需要量が最も少ない安静時でさえも狭心症が起こることがあります。50%~75%の
内径狭窄でも冠動脈の緊張がたかまり内腔をさらに細くしてしまうのです。この現象を血管スパスム(れん縮)と
言います。この現象からおこった狭心症を冠れん縮性狭心症とも言います。夜間に限らず安静時(日常的には、ほ
んの軽い労作から横になっている際も含めて)にも起きます。高度な冠動脈狭窄があるかも知れませんし、中程度
な冠動脈狭窄に加えて血管攣縮が関与しているのかも知れません。二つの因子、すなわち冠動脈の狭窄程度と血管
攣縮の関与の割合は人それぞれです。この中で夜間狭心症とは、夜間、睡眠中に起こる狭心症のことです。多くの
場合、冠動脈スパスムが関与しています。
3)異型狭心症:心臓表面を走る太い冠動脈の 1 本がスパスムを起こすために起こります。異型と呼ばれるのは運
動中ではなく安静時に痛むことに加えて発作中は心電図に特徴的な変化(ST上昇)がみられるためです。通常の
狭心症は発作時にはST低下を示しますので、この点で異型と呼びます。下図は狭心症の成因と分類を示します。
B.安定狭心症と 不安定狭心症とは 、
安定狭心症とは、多くの距離を歩いたり、階段を上ったり、ある程度以上の負荷が心臓にかかると狭心症発作が生
じるタイプです。安静によって、あるいはニトログリセリンの舌下によって数分以内に発作が治まります。一方、
不安定狭心症とは発作のパターンが変化する狭心症のことです。狭心症の特徴からみて、症状が安定していた患者
に、痛みがひどくなる、発作回数が増える(増悪型)、安静にしているのに発作が起こるなどの変化が現れた場合
(変化型)は危険な兆候です。このような症状の変化は、プラークの破裂や、それに続く血栓の形成により冠動脈
狭窄がさらに高度になり、事態が急速に悪化していることを示すものだからです。心筋梗塞を起こす危険性が高く
狭心症
なっているため、不安定狭心症は緊急に治療する必要があります。とくに、最初の発作から3週間以内は、どうな
るかわからない(心筋梗塞になるかもしれない!し、ただの一回の発作で治まってしまうかもしれない)という意
味で要注意なタイプ(新規発症型)です。心筋梗塞とは、冠動脈内腔の完全途絶から心筋壊死(死んでしまうこ
と)を生じてしまう病気です。早期に治療を開始して心筋壊死を救済しないと心臓のポンプ機能が損なわれ心不全
になってしいます。
狭心症の症状といっても様々で す
狭心症は普通、前胸部全体の特に胸骨下(裏)の圧迫感や違和感として感じられます。また、左肩から上腕、背中、
のど、あご、歯へも広がることがあります。多くの人がこの感覚を、痛みというよりは不快感や圧迫感と表現しま
す。心臓は左胸にあるからと言って左胸が痛いわけではありません。決して一瞬の痛みではなく、指でさし示せる
十円玉程度の狭い範囲の痛みではありません。チクチク、ギリギリ、ズキズキと表現される痛みではありません。
それでは、問診だけでは診断が困難ではないのか?・・・と思われるかもしれませんが、狭心症発作と言われるよ
うに、①突然に発生すること、②5分以上続くこと、③胸全体の広がる痛み(圧迫感)、それに④ニトログリセリ
ンがよく効くこと・・・という条件が揃えば、誰でも容易に狭心症と診断できます。
高齢者では、症状の現れ方が異なることがありますので注意してまず狭心症を疑ってみることが大事です。痴呆が
みられる高齢者では痛みがあってもそれを伝えることができません。不快感を示す顔のみの兆候こともあります。
女性の場合も症状の現れ方が異なります。女性はあまり典型的なタイプの胸の不快感として感じることがないよう
です。決め手になるのは、やはりあくまで、胸全体の広がる痛み(圧迫感)です。肥満の方、コレステロール値の
高い方、父母のどちらかに狭心症のいる女性は狭心症の予備群です。男性より高齢になってから発症しますが、反
面狭心症になった方は重症例が多いようです。
診断の流れ
外来を受診すると、通常では念いりに問診があります。専門医であれば非発時の場合であっても問診のみで狭心症
と高い確率で診断できます。痛みの種類、痛む場所、時間・運動・食事との関係が診断の参考になります。発作が
残っていれば、あるいは正に発作中であっては、狭心症特有の心電図変化が捉えられて診断が容易です。
以下の図は、労作性狭心症と異型狭心症に典型的な心電図変化を示しています。
狭心症
心電図は心臓の電気的活動の変化を検出します。発作中は心拍数がわずかに増えて血圧が上がります。医師は試験
的にニトログリセリン(血管拡張薬)を舌下投与することがあります。その痛みが狭心症によるものであれば 3 分
足らずで症状が軽くなります。発作の原因になっている冠動脈狭窄の部位によっては、ニトログリセリンの効果に
よって、一気に血圧が低下してしまいますので、この点は経験の豊富の医師の受診が大事になってくるでしょう。
以下の方法は、心筋への血液供給がどの程度不足しているかを調べ、冠動脈疾患であるかどうか、どの程度進行し
ているかを評価するのに役立ちます。
運動負荷試験:トレッドミル(ベルトコンベヤー)の上を歩いたり、小走りしているとき、あるいは自転車式エル
ゴメーターをこいでいるときの心電図を記録します。この検査法は冠動脈造影検査が必要かどうかを判断するのに
役立ちます。運動できない人の場合は、心臓にかかる負荷を上げる薬を注射して、心電図あるいは心臓エコーを記
録することもあります。
ホルター心電計:24 時間心電図の連続記録では、症候性あるいは無症候性虚血と安静時に起きる狭心症を発見で
きます。携帯電話(アイホン)程度の大きさまで、小型化され最近ではシャワーも浴びられる機種も開発されてい
ます。
核医学検査(心筋血流イメージング):微量の放射性物質(タリウム、テクネシウム)を静脈に注射します。この
検査では虚血を起こしている部位とその範囲、および心筋に供給されている血液の量を確認できます。この検査は
通常、運動負荷試験と組み合わせて行なわれます。
心臓超音波検査(心エコー):超音波で心臓の画像を描出します。この検査では、心臓の大きさ、心筋の動き、心
臓弁を通過する血流、弁の機能を確認できます。この点で、狭心症の原因の心膜炎、大動脈弁の病気、肥大型心筋
症を否定することができます。この検査は薬剤負荷によっても実施します。心筋に虚血がある場合には、左心室の
壁運動の異常が誘発できます。
冠動脈造影検査(心カテ):冠動脈造影検査(CAG)は冠動脈疾患を確定診断するのに欠かせない検査です。こ
の検査は冠動脈形成術(PCI)あるいは冠動脈バイパス術など治療方針を決定するのに役立ちます。血管造影検
査は血管が“けいれん”を起こすかどうかも確認できるため、検査中に“けいれん”がみられない場合はけいれんを起
こす薬を使用することもあります。
冠動脈CTスキャン:多検出器型CTスキャンを用いて冠動脈をうまく描出することができます。冠動脈造影検査
が映画フィルムとすれば、冠動脈CTはせいぜい 30 万画素程度の初期のデジタル・カメラで撮影した写真のよう
ですが、CAGをやらないで済ませられる人(狭心症の症状が典型的ではないが、完全に否定することもできな
い)をスクリーニングするのに役立ちます。
治療 治療は冠動脈疾患の進行を遅くすること、あるいは危険因子による影響を抑えることから始めます。高血圧
狭心症
や高コレステロール血症などの危険因子はすぐに治療します。禁煙は不可欠です。脂肪が少ない、いろいろな種類
の食品を食べること、そして、ほとんどの人には運動が勧められます。必要なら減量も指導されます。
狭心症の治療は、症状の安定度と重症度によってある程度は決まります。症状が軽度から中等度で安定している場
合は危険因子を改善し、特定の薬で治療するのが最も有効な方法です。安定狭心症の治療は、虚血を予防あるいは
軽減し、症状を最小限に抑えることを目的とします。基本的にはベータ遮断薬(ベータ‐ブロッカー)、硝酸薬、
カルシウム拮抗薬の3種類が用いられます。以下の図は、狭心症のタイプと使用する薬です。
急速に症状が悪化している場合(不安定狭心症)は、すぐに入院する必要があります。薬で治療しても症状が治ま
らない場合は、血管造影検査(CAG)を行って、冠動脈バイパス術(CABG)や血管形成術(PCI)が必要
かどうか、どちらがより適しているかを調べます。以下の図は、PCIの術中写真を示します。
狭心症
危険因子の管理と その効果
冠動脈狭窄への治療はPCIにしろCABGにしろ、一時的なものです。その効果は所詮5~10年しか持続しま
せん。予防こそが、根本的な治療です。長期的な治療結果を改善するには、危険因子の改善も必要です。まずは、
禁煙、運動、ダイエットそして、自己管理です。
以下は、危険因子管理の目標です。
① LDLコレステロール<120 mg・dl
② 血圧140/90mmH g 以下
③ ヘモグロビンA1C<6.5%
おわりに
狭心症は、生活習慣から生じるものです。だからこそ、発症予防は自己管理がすべてです。幸い、狭心症にならな
いような生活の目標値は定まっていますので、健康な人生を送るため今すぐアクションを起こしてください。