8 末梢動脈疾患と心血管病発症の関係:久山町研究

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第 15 回 臨床血圧脈波研究会 フィーチャリングセッション⑤
末梢動脈疾患と心血管病発症の関係:久山町研究
二宮利治(九州大学大学院医学研究院附属総合コホートセンター教授)
収縮期血圧、降圧薬服用、糖尿病、総コレステロール、
背景と目的
HDL コレステロール、肥満、喫煙習慣、飲酒習慣、余暇
足関節上腕血圧比(ankle brachial index;ABI)と上腕−
時の運動で多変量調整後の ABI 低値群における心血管病
足首間脈波伝播速度
(brachial-ankle pulse wave velocity;
発症ハザード比は 2 .4 であった。
baPWV)
は、近年、動脈硬化の指標として注目されている。
一方、baPWV 値と心血管病発症の関係を検討すると、
しかし、地域住民を対象にこれらの値と心血管病発症と
< 13 .2 m/sec、13 .2 〜 15 .0 m/sec、15 .1 〜 17 .0 m/sec、
の関係を詳細に検討した研究は少ないことから、福岡県
17 .1 〜 20 .4 m/sec、> 20 .4 m/sec と baPWV 値が上昇す
久山町の地域住民を対象とした追跡調査の成績をもとに、
るごとに、ほとんどの危険因子が上昇した。累積発症率は、
今回の発表に至った。
≧ 15 .1 m/sec で有意差が認められたが、ほぼ連続的に上
久山町研究は、周知のとおり、40 歳以上の全住民を対
昇する直線的な関係がみられた。多変量調整後のハザー
象にして 1961 年より始まった前向きコホート研究であ
ド比は、baPWV 値 15 .1 〜 17 .0 m/sec では 7 .12、17 .1 〜
り、年次別にコホート集団を作り、追跡調査を行っている。
20 .4 m/sec では 8 .76、> 20 .4 m/sec では 12 .10 であり、
特徴として、受診率の高さ(80 %)
、追跡率の高さ(99%
同様の傾向が示された(図 1)。
以上)
、剖検率の高さ(75%)が挙げられ、非常に精度が高
次いで、従来の心血管病危険因子とは baPWV が独立し
いと考えられる。今回のデータは、form の測定を行った
た危険因子となりうるかについて、ROC 曲線下面積を用
2002 年より 7 年間の追跡調査の成績に基づく検討である。
いて検討した。その結果、baPWV 値を加えて作成された
リスク関数では ROC 曲線下面積が有意に増加した。
対象と方法
最後に、心血管病発症のリスク因子となりうるとし、
40 歳以上の久山町住民 2 ,956 人(受診率 78%)を対象と
臨床上有用な ABI 値および baPWV 値のカットオフ値につ
し、平均 7 .1 年間(2002 ~ 2009 年)の健診、臨床記録、
いて考察した。
剖検所見の成績を用いて、ABI 値と baPWV 値と心血管病
baPWV 値 ≧ 16 m/sec、 ≧ 17 m/sec、 ≧ 18 m/sec、
の発症(エンドポイントは虚血性心疾患+脳卒中の発症)
≧ 19 m/sec それぞれにおける陽性者頻度、感度、特異度、
の関係を検討した。ABI レベルは、米国の末梢動脈疾患
陽性適中度などを検討した。
(peripheral arterial disease;PAD)ガイドラインに基づ
その結果、≧ 18 m/sec が大きな目安としては妥当と考
き分類(正常群:1 .00 〜 1 .40、境界群 0 .91 〜 0 .99、低
えられた(表 1)。ABI ≦ 0 .90 における特異度は非常に高い
値群≦ 0 .90)
、および baPWV 値は 5 分位(< 13 .2 m/sec、
ことから、ABI ≦ 0 .90 の者は、心血管病発症の高リスク
13 .2 〜 15 .0 m/sec、15 .1 〜 17 .0 m/sec、17 .1 〜
者と判別できる。しかしながら、感度が 6 .0%と低いこと
20 .4 m/sec、> 20 .4 m/sec)
とした。
から、ABI 単独では、将来の心血管病のリスク評価を行う
統計解析には、Kaplan-Meier 法、Cox 比例ハザードモ
には不十分であると思われる。
デルを用いた。
まとめ
結果
今 回 福 岡 県 久 山 町 の 地 域 住 民 を 対 象 に し た ABI 値、
追跡期間中に 134 人が心血管病を発症した。追跡対象
baPWV値と心血管病発症の関係について検討した。まず、
者のうち、
ABI正常群は2,698人、
境界群は216人
(7.3%)、
ABI 値との関係では、対象とした 40 歳以上の住民におい
低値群は 40 人(1 .4%)であった。心血管病の発症率(無調
て、ABI 低値(≦ 0 .90)を有する人の頻度は 1 .4%であり、
整;対 1 ,000 人)は、正常群 6 .2 人、境界群 7 .6 人、低値
心血管病発症のリスクは、ABI 正常者に比べ 2 .4 倍(多変
群 32 .8 人であり、一般住民においても ABI 低値群は心血
量調整後)有意に高かった。
管病の発症率が有意に高いことが示された。性、年齢、
baPWV 値 と の 関 係 を み る と、 同 地 域 住 民 に お い て、
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フィーチャリングセッション⑤
図 1 ● baPWV レベル別にみた心血管病の累積発症率(文献 1 より引用)
(%)
8.0
baPWV レベル
<13.2 m/sec
13.2∼15.0 m/sec
15.1∼17.0 m/sec
17.1∼20.4 m/sec
>20.4 m/sec
6.0
累積発症率
4.0
6.0%**
4.3%**
3.7%*
p<0.05
vs. <13.2 m/sec
p<0.01
*
**
2.0
1.7%
0.5%
0.0
0
1
2
3
4
5
6
7
(年)
追跡期間
表 1 ● ABI および baPWV のカットオフ値別にみた 7 年間の心血管病発症予測能
(文献 1,2 より引用)
指標
カットオフ値
陽性者の頻度(%)
感度(%)
特異度(%)
陽性適中度(%) 陰性適中度(%)
ABI < 0.9 者除去(n=2,916)
≧ 16 m/sec
49.7
81.0
51.8
7.0
98.4
≧ 17 m/sec
40.5
73.0
61.0
7.8
98.0
≧ 18 m/sec
33.3
65.1
68.2
8.5
97.7
≧ 19 m/sec
27.2
57.9
74.2
9.2
97.5
≦ 0.9
1.4
6.0
98.9
20.0
95.7
≦ 0.9+ ≧ 18m/sec
34.2
67.2
67.4
8.9
97.7
baPWV
全解析対象者(n=2,956)
ABI
ABI + baPWV
baPWV レベルの上昇に伴い心血管病の発症リスクは直線
の考察を試みた。40 歳以上の地域住民において、将来
的に増加した。
の 心 血 管 病 発 症 を 予 測 す る 感 度 と 特 異 度 は、baPWV
既知の心血管病危険因子に baPWV 値を加えることで、
≧ 18 m/sec で、 そ れ ぞ れ 65 %、68 %、ABI ≦ 0 .90 で 6 %
心血管病発症の予測能は有意に改善した。心血管病発症
と 99%であった。ABI ≦ 0 .90 を高リスク群とし、それ以
の高リスク者を判別するうえで、baPWV を測定すること
外の人たちには baPWV レベルごとにリスク層を判別する
は有用であると考えられる。
のは非常に有用であろう。
そこで、ABI 値、baPWV 値についてカットオフ値設定
文献
1)
Ninomiya T, et al. Brachial-ankle pulse wave velocity predicts the
development of cardiovascular disease in a general Japanese
population: the Hisayama Study. Hypertens 2013 ; 31 : 477 -83 .
2) Kojima I, et al. A low ankle brachial index is associated with an
increased risk of cardiovascular disease: the Hisayama study. J
Atheroscler Thromb 2014 ; 21 : 966 -73 .
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