海面上昇とゼロメートル地帯 - 国立環境研究所 地球環境研究センター

ココ
分
影響
の
野
分野
#04 海面上昇とゼロメートル地帯
が知りたい地球
温暖化
温暖化すると北極の氷が融けて海水面が上昇し、海抜ゼロメートル地帯は水
没してしまうと聞きましたが、本当ですか。
分野
温
暖化
地球環境研究センター温暖化リスク評価研究室 主任研究員
(現 気候モデリング・解析研究室 主任研究員)
小倉 知夫
温暖化すると北極海の氷が融けるのは本当です。しかし、温暖化して海水面が上昇するのは北極海の氷が
融けるからではなく、グリーンランドなど陸上の氷河/氷床が融けて海に流れ出して海水の量が増加した
り、海水が温まって膨張したりすることによるものです。海水面上昇による水没の危険は海岸地域から
徐々に進行し、温暖化を放置した場合、数百年以上かけて東京湾・伊勢湾・大阪湾の海抜ゼロメートル地帯
にまで及びます。ただし、温室効果ガスの排出を今後抑制することで水没を回避できる可能性はまだ残さ
れています。
更新情報 平成27年10月7日 内容を一部更新
国立環境研究所 地球環境研究センター
海面上昇の原因は
陸上の氷の融解と海水体積の膨張
まず、海面上昇が起こる仕組みについて整理したいと思います。地球
温暖化に伴う海面上昇は主に、①陸上の氷河/氷床に貯蔵されていた
氷が融解して海に流れ込み、海水の量が増えることや、②水温が高く
なって海水の体積が膨張することによって起こります。図1は過去に観
測された海面水位変化を示すもので、水位が110年にわたり上昇を続
けている様子がわかります。
このうち最近18年間(1993∼2010年)に
注目すると、上昇幅のほぼすべてを①と②の寄与で説明できることが確
認されています。
ただし、近年ニュースで北極海の氷の面積の縮小が報
じられていますが、北極海に浮かんでいる海氷は海水が凍ってできたも
のなので、融けても海水面の上昇にはほとんど結びつきません。
これは、
コップの水に浮かんだ氷のかけらが融けてもコップの水位に変化が起き
ないことと同様です
(アルキメデスの原理)。問題となるのは陸上の氷河/
氷床が融けた場合で、
これには比較的小さな氷河から大陸や島全体を
覆うほど大きい氷床まで、
さまざまな規模のものが含まれます。
こうした
図1 世界平均海面水位の変化(1900∼1905年平均を基準とする年平均値、
但し1993年に全種類のデータが同じ値を持つように調整して表示)
。
潮位計による観測値(黒、黄、緑の実線)
と衛星による観測値(赤の実線)を不確
実性の幅の推定(影)
と共に示す。気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)
、第5次評価報告書第1作業部会
政策決定者向け要約(2013) に加筆。
陸上の氷河/氷床から海に流れ込む融け水や氷が温暖化によって増加
可能性は低いと考えられます。同報告書ではさらに21世紀の海面上昇
し、海洋の質量が増加することにより海面は上昇します。
に寄与する要因を示しており、最も大きいものとして海水体積の膨張、2
海面上昇の将来的見通し:
21世紀末までに26∼82cm
①の効果に②の海水の膨張の影響などを合わせた海面上昇の将来
予測はIPCC報告書で公表されています。2013年に公表されたIPCC第
5次評価報告書によると、21世紀(1986∼2005年平均から2081∼
番目に氷河の融解、3番目にグリーンランド氷床の融解を挙げています
(南極氷床が将来の海面上昇に及ぼす影響については未だ不確定性が
大きく、明確な結論は得られていません(注2))。
1000年以上後、グリーンランド氷床が
消滅すると海水面は7m上昇
2100年平均まで)
の海面上昇は26cm∼82cmと見積もられています
より遠い将来の海面水位予測においては氷床の融解が重要性を増し
(注1)。海抜ゼロメートル地帯の存在する東京湾、伊勢湾、大阪湾の海
てきます。温暖化がこのまま進行した場合、特にグリーンランド氷床は、
岸堤防は2∼3m以上の高潮(台風や低気圧による一時的な海面上昇)
早ければ2100年までに融解量が降雪量を上回り、氷床の縮小が始まる
を想定して整備を進めているため、上記の範囲内ならば通常は水没する
と指摘されています。
その後、氷床の縮小はゆっくり進行しますが、1000年
以上後にグリーンランド氷床が完全に消滅すると海面水位は7m上昇
すると見込まれています。
そうなれば、現在の海岸堤防のままでは数百
年以上後の段階で海抜ゼロメートル地帯が水没の危険にさらされるこ
とになります。
もう一つ、海面上昇で注意すべき点として慣性が大きいこ
とが挙げられます。
すなわち、気温上昇をあるところで抑え、気候を安定
化させたとしても、海面水位は過去の温暖化の影響を受けるため、
すぐ
には上昇を止めません。
そのことも考慮に入れた上で、温暖化抑制を今
後どのように進めるべきか検討する必要があります。氷床消滅のリスク
がどの程度あるのか、
また消滅を防ぐにはどの程度の温暖化抑制策が
必要かといった問題に明確に答えを出すことが求められています。
以上のことをまとめると、
「温暖化すると陸上の氷河/氷床の縮小や海
水の熱膨張によって海水面は上昇する。21世紀の間の上昇幅は、現在
の海岸堤防がそのまま維持されるとすれば、東京湾、伊勢湾、大阪湾の
海抜ゼロメートル地帯が水没するほどではない。
しかし温暖化を放置し
た場合、数百年以上後にはグリーンランド氷床の縮小等により水没の
危険が高まることが指摘されている」
となります。
当面は「高潮による浸水」の危険性への対策を
今後数年∼数十年のうちに海抜ゼロメートル地帯が水没することは
ない見込みですが、数百年後までまったく問題なしと安心してしまうこと
はできません。現在でも、台風が通過すると海岸付近は高潮により浸水
の危険にさらされることがあります。海抜ゼロメートル地帯の海岸堤防
は過去の大型台風による高潮を想定して整備されていますが、温暖化で
海水面が上昇した場合、従来なら防げたはずの高潮を防げなくなる恐
れがあります。
また、台風の強度が温暖化に伴い増加することも予想さ
れています。
その意味では海抜ゼロメートル地帯「水没」
の危険は数百年
以上先ですが、
「高潮による浸水」
の危険はその前から徐々に高まってく
ると考えられます。
また、海岸堤防が十分に整備されていない地域は比
較的小さな海面上昇に対しても脆弱であり、早い時期からの対策が必
要となります
(ココが知りたい地球温暖化「海面上昇で消える島国」参
照)。今後は海面水位の監視を継続的に行うと共に、将来の海面上昇に
備えて海岸、河川の施設整備等を進めることが重要になると思われます。
(注1) 海面上昇の見積もりは2007年に公表されたIPCC第4次評価報
告書よりも第5次評価報告書の方が大きくなりました。見積もり
が変化した要因の中で最も重要なものは、氷河の流動速度が10
年スケールで変化する効果を第5次評価報告書の見積もりで新
しく考慮したことです。
(注2) 南極では温暖化に伴い降雪量の増加と氷河流出量の変化が予想
されており、前者は海面水位を下げる方向に働きますが、後者は
上げる方向に働く場合があります。両者を合わせた正味の海面
水位変化については見積もりに幅があり、正負どちらの可能性
もあります。IPCC第5次評価報告書では、1993∼2010年に南
極氷床が縮小して海面上昇に寄与したと見積もられました。また、
21世紀末までの南極氷床の海面水位に対する寄与は-6∼+14cm
と、やや正にかたよった範囲で予想されています。
さらにくわしく知りたい人のために
気象庁(2015)気候変動に関する政府間パネル
(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)
第5次評価報告書 第1作業部会報告書 政策決定者向け要約
http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_spm_jpn.pdf
水災害分野における気候変動適応策のあり方について
∼災害リスク情報と危機感を共有し、減災に取り組む社会へ∼
平成27年2月社会資本整備審議会 中間とりまとめ
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/shaseishin/kasenbunkakai/
shouiinkai/kikouhendou/interim/pdf/s2.pdf