北陸証券界の歴史を語る

北陸証券界の歴史を語る
―今村九治氏証券史談(下)―
今号の証券史談は、前号に引き続き、今村証券
の今村九治氏のオーラルヒストリーである。前号
家の拡大がなぜ実現しないのか、という点につい
して、そもそも証券業の使命とは何か、何が銀行
最終回の今号では、手数料自由化に伴い行われ
てきた販売商品の多角化と北陸証券界の現状。そ
んに行われているのかをお話いただいた。
ム構築のお話と、なぜ北陸では未公開株取引が盛
成 一 一 年 の 手 数 料 自 由 化 で あ っ た。 今 村 証 券 で
そのことが窺えよう。この起点となったのが、平
率がほぼ五〇%ずつとなっているところからも、
月期では、全収入に占める株式の委託売買による
本史談の第一回目にも指摘したとおり、今村証
券では収入の多様化が進んでいる。平成二六年三
てもお話を伺っている。
業と違うのか、といった点をお伺いしている。最
は、手数料自由化が行われた平成一一年を商品多
では、今村証券の独自の経営哲学を支えるシステ
後に、個人投資家応援証券評議会の委員としての
角化元年と位置づけ、それ以来、取扱商品や取引
収入と、その他募集商品の販売等による収入の比
活動から、何十年来、課題とされている個人投資
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接に関係する。
の多角化は、今村氏がお考えの証券業の使命と密
ていた時期もある。こうした取扱商品やサービス
それだけではなく、福井銀行の銀行代理店をされ
売や商品先物、ネット取引も手掛けられている。
方法を広げ、金の現物、年金保険、EBなどの販
すれば実現できるかを常々考えておられる。この
ば、健全な資本主義経済とは言えず、これをどう
金融システムに占める証券業の役割を高めなけれ
システムが続いていると指摘される。そのため、
がら、今村氏は依然として実体は銀行優位の金融
重視されるようになってきたのである。しかしな
は明治維新以来、決定的に銀行優位の仕組みが続
れだけ証券会社に移せるかが課題となる。それゆ
こうした考えに立てば、証券業の競争相手は同
業他社ではなく自ずと銀行となり、銀行預金をど
ことが今村証券の独自の経営戦略を支えているの
であろう。
いてきた。それは、政府主導の経済発展を、効率
え今村氏は、北陸地場証券の中で約半分のシェア
― ―
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今村氏が考える証券業の使命とは、証券業は銀
行業と並んで資本主義経済を支える両輪でなけれ
的な資金利用で支えてきたわけであるが、安定成
られる。そして、今、証券業がしなければならな
を占めても、他地域を開拓するのではなく、銀行
済を支えた銀行中心の金融システムは、仕組み上
いことは、「銀行以上に地道に歩くこと」である
長へと移行し、今日のような変化の激しいグロー
リスクが銀行に集中する。こうしたリスクを銀行
とお話になっている。
預金をターゲットにしたマーケティングをしてお
が支え切れなくなったことを背景に、直接金融が
バル経済では限界に達した。また、政府主導型経
ばならないというものである。ところが、日本で
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
たんです。それで、「何でそんなことをする必要
が あ る の か 」 と 聞 い た ら、「 ド イ ツ 証 券 と し て
は、日本での株式売買のシェアを上げたい」と言
ども、そのあたりのお話をお聞かせいただけます
た大きな目的だったんじゃないか思うんですけれ
持っている情報の提供を受けるということも、ま
た と 思 う ん で す け れ ど も、 一 方 で、 外 国 証 券 が
れはもちろん、ブローカー依存の緩和が目的だっ
ディ・リヨネと組成されたりしておられます。こ
や パ リ バ の デ リ バ テ ィ ブ 商 品、 あ と E B を ク レ
に控えた平成一〇年に、シティコープ証券の投信
――三洋、山一の破綻があり、ビックバンも目前
成にも力を貸しましょうということになりまし
方で、ドイツ証券からは、情報の提供や債券の組
それでドイツ証券との間でも、システムを直結
させて、注文を出せるようにしたんです。その一
いという話があったんです。
券の注文をできるだけ、ドイツ証券に回してほし
話で、とにかくシェアを握りたい。だから今村証
ほど、日本の株式市場をリードできるんだという
ツ証券の考え方では、シェアが大きければ大きい
のか、僕は未だに分からないんですけれど、ドイ
うわけです。シェアを上げてどういう意味がある
でしょうか。
し 始 ま り 出 し た ん で す よ。 そ う い う こ と が あ っ
― ―
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商品多角化戦略に伴う ブローカー依存からの脱却
今村 まずこれについては、ドイツ証券とのつき
合 い か ら 始 ま る ん で す が、 ド イ ツ 証 券 が あ る と
て、ドイツ証券とは仲よくなったんです。
て、注文の発注や情報提供、債券の組成などが少
き、「自分たちも母店にしてほしい」と言ってき
証券レビュー 第55巻第6号
るときは、当たる、当たらないは別にして、それ
してみれば、山一証券や三洋証券とつき合ってい
こういうふうに、外資系はちょっと分からない
ところもあるんですけれども、でも、私どもから
すが、途中ではしごを外されたわけです。
ように、ドイツ証券とそういう取引を始めたんで
そこで終了したんです。大熊本証券もうちと同じ
らガラッと言うことが変わってしまって、取引も
その人が何かで辞めちゃったんですね。そうした
言って、注文の発注をしていたんですけれども、
ところがドイツ証券という会社も変わり身が早
くて、副社長だったか営業本部長だったかがそう
ドイツ証券だけは昔からの流れがあって、今でも
です。お客様には渡せないわけです。ところが、
ですから、これは今村証券の中でしか使えないん
これは今村証券のロゴを入れられないんですよ。
れ な り の 効 果 が あ る ん で す。 そ の 他 の 会 社 か ら
れて配ることもできるんです。それはそれで、そ
らっているんですが、そこに今村証券のロゴを入
今でもそうなんですけれども、ドイツ証券から
機関投資家向けのレポートを当社に提供しても
があると思ったんですね。
ちょっと目新しかったので、そういうものも価値
いうメリットがあるんです。
― ―
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の は、 わ り と 弱 気 な こ と も 言 っ た り も し て、
なりにいろんな情報が来たわけですよ。それがな
当社のロゴを入れてお客様に渡せるという、そう
もらっていましたけれども、山一証券のそれと比
も、機関投資家向けの情報はもらえるんですが、
くなってしまって、国内の証券会社からも情報を
べ る と、 レ ベ ル が 少 し 低 か っ た こ と も あ っ て、
困っていたんです。その点、外資系の情報という
そういう意味で、外資系とつき合うというのも
プラスにはなっているし、最近は先ほどお話した
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
きに、「それじゃあ情報をほしい」と言うと「喜
り立ち代わり、私のところに来ています。そのと
週間に一、二回は必ず外資系の会社が、入れ替わ
いるわけです。そういうこともありますので、一
やっているなと、外資系の連中には有名になって
億円ほど売っていますので、今村証券ってすごい
ように、EBを二、三〇億円、多いときには四〇
類いのことを言っていましたけどね。
それによって、価格支配力が高まるとか、そんな
本株のシェアが多いんです」と言っていました。
ではあったけれども、「野村よりもうちの方が日
今村 ところがあのときは、ちょっとでもシェア
を上げたいと言っていましたよ。それで、一時的
じゃないですか。
―― 大 体 外 資 系 と い う の は、 大 口 取 引 が 多 い ん
――一時期、外資系が野村を超えたことがありま
― ―
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んで」みたいな話になっていまして、それが当社
ね。だから、外資系とのつき合いの中で提供され
今村 ドイツ証券はそんなことを盛んに言ってい
ましたよ。でも、その人が辞めてしまってから、
――何年か前にありましたね。
今村 そうでしょう。なんかそんな話がありまし
たでしょ。
したね、確かに。
今村 僕もいまだにあの意味がよく分からないん
ですけど…。
よく分かりませんね。
――ドイツ証券が母店にしてほしいというのは、
た情報が、かなり力になっています。
の一つの売りになっていることも確かなんです
証券レビュー 第55巻第6号
うになって、話が違うなと…。外国証券会社はそ
ガラッと話が違って、もう取引しませんというふ
す。
か ら 二 四 億 四、 六 〇 〇 万 円 へ 倍 増 し て い る ん で
を始めたわけです。当社では平成一一年を商品多
今村 そうです。平成一一年に手数料自由化が行
われ、これじゃいかんということで商品の多角化
れてきますよね。今は三割ぐらいですよね。
うになって、委託手数料への依存はかなり緩和さ
――しかし、こういういろんなものを売られるよ
ることをガラッと変えるというのが平気だから。
ですよ。トップとか責任者が変わると、言ってい
依存度を減らして、株式以外の手数料を伸ばして
増えています。こうして、ジワジワジワジワ株式
料収入が増えても、それ以外の収入も減らないで
で、これではならじと、もう一回多角化に取り組
らに一億三、二〇〇万円へと減っています。それ
と減っているんですよ。そして、その次の年もさ
今村 ITバブル。そのときに、委託手数料以外
の収入がお留守になって、一億九、六〇〇万円へ
――ITバブルですね。
― ―
123
ういうところがあって、ちょっと安心できないん
角化元年と位置付けておりますが、多角化を始め
きているわけです。
それで平成二四年三月期、二五年三月期になり
ますと、株以外のもので株の倍ぐらい稼いでくる
んだ結果、平成一四年以降は、どれだけ委託手数
た平成一一年には、委託手数料以外の収入が、前
えたんです。ところが次の年、平成一二年の三月
ようになり、それで収益が何とか持ち堪えている
年の一億七、三〇〇万円から二億八〇〇万円に増
期になると、委託手数料が一〇億三、四〇〇万円
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
なと思うんですね。
てきたというのが、当社が伸びてきている理由か
ます。このように、確実に株式以外の収入が伸び
式以外の収入が半分以上を占めるようになってい
うに増えていて、収入構成は大体半々もしくは株
九〇〇万円から一九億四、七〇〇万円へと同じよ
れにもかかわらず、株式以外のものも一四億五、
一九億八、〇〇〇万円へと急激に増えました。そ
関しては、委託手数料が八億六、九〇〇万円から
ということになっています。平成二六年三月期に
ているので、かなり確実に、株式以外の取り扱い
いう過程をうちは何年も前に乗り越えて現在に来
ら、株がよくなるとお留守になるんですよ。そう
ね。 ど う し て も 株 と 比 べ て 手 間 も か か り ま す か
外のものは、一生懸命動かなきゃいけませんから
数料を取りやすいから楽なんですよ。他方、株以
も、株の方が電話して売り買いしてくれれば、手
株 式 以 外 の も の が 落 ち 込 む ん で す よ。 と い う の
す。でも、そういう会社は株がよくなりますと、
と で、 株 式 以 外 の こ と も や り 始 め て い る よ う で
今 村 で す か ら、 二、 三 年 前 ま で は、 北 陸 で は
やっぱり株式だけを扱うんだという会社が多かっ
すね
あまり意味がないというので、経費カバー率とい
るかと思います。ちょっとこの比率だけで見ても
委託手数料とそれ以外のものとの比率で見る
と、株がダメになってくれば、委託手数料以外の
が根づいてきているということなんです。
たんですが、今村証券が株式以外のところでしっ
う概念を使ってみてみましょう。これはちょっと
収入の比率が上がっているのがお分かりいただけ
かり稼いでいるのを見て、これはいかんというこ
――たしかに、株式以外の収益が伸びてきていま
証券レビュー 第55巻第6号
― ―
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数料)
(金利収支+株
株式売買委託手
け る か と 思 い ま す〔 こ こ で 言 う 経 費 カ バ ー 率 と
営体質になっているということかお分かりいただ
になってきているんです。つまり、かなり強い経
いて、当社の経費カバー率は、大手と同じぐらい
四%、いちよしが九六%と、こんなふうになって
戸証券で五六%、岡三や野村も大体うちと同じ八
数値と比較してみますと、藍澤さんが三三%、水
ているんです。これを他社の平成二六年三月期の
成二六年三月期は八四%だったので、三%上がっ
数料以外のもので賄っているというわけです。平
合、今年の九月期は一般管理費の八七%を委託手
という、そういう数字なんですけども、当社の場
費の何%を委託手数料以外の収入で賄っているか
財産が大きかったんですけども、その後は減って
よ。というのは、バブルのときにはものすごく純
こういう会社って、全国の証券会社でもおそら
く当社だけなんじゃないかなと思っているんです
は六〇億円近くになっています。
年ぐらいからは徐々に上がってきて、現在のそれ
その後減ってきていたんですけれども、平成一二
果、バブルのときの純資産は三五億円ぐらいで、
ここがうちの会社の強みで、ここまで伸びてき
た理由かなというふうに思っております。その結
きているのかなと思っています。
取り扱いを根づかせてきたかということが現わて
社がいかに一生懸命地道に、少しずつ株式以外の
だくと、確実に伸びています。そのあたりが、当
ザグしていますけれど、当社のところを見ていた
しかも、グラフの推移を見ていただくと分かり
ますように、野村さんでも他のところでも、ジグ
は、(受入手数料+営業外収益
(販管費+営業外費用
÷
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125
ややこしい式になるので簡単に言うと、一般管理
式売買益))で算出されたものである〕。
- -
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
ぐらいまで、悪いときでも少しずつ少しずつ純財
合はそうじゃなくて、バブルのときの二倍か三倍
どだと思うんですよ、おそらく。だけどうちの場
ル時の純財産を超えていないという会社がほとん
いて、最近は増えてきているにしても、まだバブ
てしまった会社とか…。
会社とか、二〇億円が八億七、一〇〇万円になっ
〇〇万円が六億一、七〇〇万円になってしまった
〇〇万円になってしまった会社や、一二億九、〇
証券会社は、一九億二、〇〇〇万円が五億二、六
化を進めてきたのが少しずつ根づいてきて、地道
はないんですね。多角化元年以降、御社では営業
――なるほど、北陸の会社に共通しているわけで
通することですか。
というのは珍しいですね。これは北陸の会社に共
でうちはやっています。ですから、そんなに大き
これだけ手数料を上げたら、そのうちの何%は返
今村 いや、ほとんど変えていませんね。昔から
うちは、戻りといいますか、精勤手当みたいな、
― ―
126
産を増やしてきました。これは当社が商品の多角
にジワジワジワジワ伸びてきていることの表れで
員 が 株 式 以 外 の 商 品 を 販 売 す る よ う、 イ ン セ ン
今村 そうではありません。平成三年三月期のう
ちの純資産が三四億四、五〇〇万円ぐらいだった
いということはなくて、大手証券とか準大手なん
ティブは変えられていないんですか。
んですが、今年三月期時点で五六億七、一〇〇万
かと同じぐらいです。うちだけがそんなに多いと
すよということはありましたが、今もその範囲内
円になっています。ところが、当社以外の北陸の
――確かに純財産がバブル期と比べて増えている
して、そのことがお分かりいただけたかと思います。
証券レビュー 第55巻第6号
力がいきますからね。もちろんインセンティブを
なところがありますから、自然とそちらのほうに
と思ったら、株以外のもので稼ぐしかないみたい
たくできませんから、営業員にすれば株がダメだ
ときはものすごくできるし、できないときはまっ
今村 それもほとんどしてませんね。株式も大体
同じぐらいですよ。ただ、株式の場合は、できる
ともしていらっしゃらないということですか。
を、株から、他の商品へウェイトを移すというこ
幅 に 増 え て い ま す が、 イ ン セ ン テ ィ ブ の つ け 方
――平成一三年三月期以降、株式以外の収入が大
いうわけではありません。
在、九店舗のまま維持しています。
せんでしたけれども、一店舗も減らしもせず、現
後、どれだけ苦しかったときでも増やしもできま
に 当 社 の 店 舗 数 は 九 店 舗 に な っ た ん で す。 そ の
ブルが破裂した直後にできた店ですが、そのとき
設店舗は、平成二年に開設した板垣支店です。バ
で、「どれだけ不況があっても絶対に退かない」
なことがあっても、店舗は土地も建物も自社店舗
ことを思っていたことではないでしょうか。どん
今村 その理由というのは、商品の多角化、銀行
に負けてはいけない、銀行と肩を並べたいという
どこにあったとお考えですか。
いの大きさにして、現在に至っています。店舗は
先ほどご覧になられたように、二階から相場が見
― ―
127
と宣言して、経営してきました。当社の最後の新
もらうために、強くいくということはあるかも分
また、古い建物は建て替えてもいます。店舗数
は増えていませんが、建物の面積を大体二倍ぐら
――では、バブル以後、純財産を増やせた理由は
かりませんけど…。
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
もらって、一階は初めてのお客様とか、何を買う
すよ。それで、既存のお客様には二階に上がって
来たときに、入りづらくて全然話にならないんで
りされるんです。そうなると、初めてのお客様が
しゃべったり、ひどいときはそこで弁当を食べた
お客様がそこでたむろして、そこで他のお客様と
す。というのも、一階に客だまりがありますと、
しないといけないだろうと考えてのことなんで
様に来ていただくには、やっぱりそういうふうに
のは、対面証券がどうあるべきかを考えて、お客
られるようになっています。こういう構造にした
発というのはないと思います。
使用するシステムが決まってきますので、自社開
場合は、資本関係や母店との関係などによって、
と、当社は自社開発でありますけれども、他社の
また、システムの対応についてお話しておきます
ころは、一店舗、二店舗確実に減らしています。
かったところは石動証券だけでして、その他のと
ています。北陸の他のところを見ると、閉鎖がな
刀打ちするかを考え抜いた上での店舗展開になっ
生きるかということを考え、また、銀行とどう太
も好評なようです。私どもは対面証券としてどう
うのはできない。うちの場合は九店舗のうち八店
ああいう店構えというのは、自社店舗じゃない
とできないんですよね。借り店舗では絶対ああい
お話をお聞きしたいと思います。
りましたので、ここからは北陸の証券界について
――少し、今のお話で北陸証券界のお話が出て参
北陸証券界の現状
舗はああいう形で作っておりまして、お客様から
指して、あのようにしているわけです。
か相談する人、そういう人が入りやすい店舗を目
証券レビュー 第55巻第6号
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会社は、一昨年までの不況でかなり大変だったと
んですけれども、二、三〇人の規模の北陸の証券
今村 その事情というのは、いろいろ複雑ですよ
ね。やっぱり何というかな、確かに残ってはいる
いただけますでしょうか。
その背景事情など、もしご存じでしたらお聞かせ
す。これは非常に特異だと思うんですけれども、
ど、北陸ではまだあまり進んでいないと思うんで
会 社 は、 撤 退 集 約 の 方 向 に は 進 ん で い ま す け れ
される例もほとんど見られません。全国的に証券
証券がたくさん残っていますし、地方銀行に買収
北陸は銀行預金が多く、安定志向が強いとよく
言われるんですけれども、ところが一方で、地場
ていけるようにするとか、それから自社の調査課
をできるだけ紙ペーパーでお客様のところに持っ
ですとか、あるいは情報を取り込んで、いい銘柄
みたいに
のは、口でやれと言っただけではダメで、いろん
募集商品を募集するというのは、ものすごいエ
ネルギーが必要なんです。そのエネルギーという
よくなってくると、また株に戻るんですよ。
根づくかどうかは分かりませんね。株がちょっと
なってきてはいるんですけれども、でも、それが
うことで、いろんなことをようやっとやるように
ると思います。ここに来て、それではいかんとい
を持たせるといった工夫
iPhone
な環境を整える必要もあるんです。例えば、当社
や
iPad
を使って、北陸の上場企業を調査し、レポートを
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129
よ、という考え方がまだ抜け切っていない面があ
ころもあると思います。実際問題として、増資し
て凌いだ会社もありました。
いったさまざまな仕組みを作っておかないといけ
作って、お客様のところに持って行くとか、そう
その間、根本的な改革ができず、全く旧来の考
え 方 と い う か、 株 が 上 が っ て く れ ば 何 と か な る
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
では、どうしたら前向きにできるかというと、
金儲けじゃなくて、証券業の大義のためにやる。
が見えないからなんです。だから、僕は、現在一
は、若い人が集まらないですよね。それは先行き
して、その大義を実現するという情熱しかないと
大義の旗を立てないと、いい社員は集まらないん
〇〇人以下の会社は残っていけないと思っていま
ないと思います。また、若い社員もどんどん入れ
です。つま り、大義の旗を立てて、「銀 行に追い
す。ここまでが勝負どころだったんです。今は、
思うんですよ。
つくことこそが、日本の資本市場のためになるん
もう勝負があったんですよ。勝負あったと思う。
て活気を出すとか、そういうことをして、絶えず
だ。それが結局、君らのためにもなるんだ」とい
苦しいときが勝負どころだったんです。僕はそう
前向きにやっていかないといけないんです。
う大義を、私は絶えず社員に言っています。仕組
思っているんです。
ていけないんですよ。ネット証券は手数料がタダ
どれぐらいなんですか。
――北陸の地場九社の中で、今村証券のシェアは
― ―
130
そういうものをかき立てることは、なかなか簡
単 に は で き な い ん で す。 北 陸 地 区 の 証 券 会 社 に
みを作るとともにそういうことを並行してやって
同然でしょう。そうすると、若い人でちょっと株
今村 大体半分です。
す。だからそれをどう引き留めるかというと、そ
ういう使命感を我々がどれだけ持っているか。そ
――ほとんど北陸地区では飽和状態に近いんじゃ
がおもしろいなという人は、大抵そこに行くんで
いかないとダメなんです。そうでないと生き残っ
証券レビュー 第55巻第6号
ないんですか。
今村 いや、それは違うと思いますね。単に各社
の努力が足りなかった結果だと思いますよ。
――それが投信を足がかりにという話になってい
く。
ありますよ」と言っているんです。それを掘り起
ますよ。まだまだ銀行預金という大きな宝の山が
今村 他の地域を攻めるというのも一つの考え方
ですよ。し かし、僕はそれに対し て、「 いや違い
開拓しようとしていますが…。
大はもう無理だろうということで、むしろ県外を
なシェアを持っているので、これ以上のシェア拡
は頑張るんだそうですが、株が動きはじめると前
だそうです。そうすると、その会社も一期か二期
物をやったらいいじゃないですかとおっしゃるん
くる会社は、株式を中心にされているから、募集
の経営者の方から「どうしたらいいか」と聞かれ
之〕さんがおっしゃっていましたけど、よく他社
――以前お話をお聞きした、極東証券の菊池〔廣
今村 そうそうそう。そうですね。それ以外のい
ろんな商品もありますけれども。
こすことはまだまだできるので、どこか他の地域
のことは忘れて、すぐに株に流れるんだというこ
ています。うちはとりあえず北陸三県で、銀行預
とをおっしゃっていました。
るんだそうです。だいたいそういうことを聞いて
に行かなきゃいけない、ということは違うと思っ
金を掘り起こしていくことで、まだ十分伸びてい
今村 そうそう。だから先ほど言ったでしょう。
そういうことになるんですよ。
けると思っているんです。
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――預り資産ベースで、岡三証券は三重県で相当
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
今村 そうなんですよ。そこなんですよ。だから
菊池さんの史談はものすごく参考になった。おぉ
もんね。
ないといけないんだということをおっしゃいます
――募集物をやろうと思うと、足腰を鍛えておか
ています。
今村 そのとおりです。僕は彼の考え方は、もの
すごく参考になりました。僕もその点はそう思っ
したね。
てない経営者がいっぱいいるとおっしゃっていま
合いが、だんだん小さくなっているのに気がつい
て。ところがカバーできる額がだんだんと少なく
個人投資家応援証券評議会の委員をお務めですけ
――次に協会の証券戦略会議の中にありました、
個人投資家応援証券評議会の 設立とその経緯
そうだ、僕の思っているのと一緒だなと思った。
ど、昔は一年のうち二度の中間反騰があれば、そ
なっているんですって。
れども、個人投資家の拡大というのは昭和四〇年
れまでの赤字はみんなチャラにできたんですっ
今村 そうでしょうね。
…。ちょっ と上がったら、「わあ、やっ ぱり昔と
――それに気がつかない経営者がいっぱいいると
すか。
ん。これは、どのあたりに課題があると思われま
ろが実態としては、なかなかそれができていませ
ぐらいからずっと言われているんですよね。とこ
同じだ」と思っているけど、赤字をカバーする度
― ―
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――これも菊池さんがおっしゃっていましたけれ
証券レビュー 第55巻第6号
考えますから、当然そちらの考え方になるんです
い」と言いながら、経団連とか産業界とのことも
融 庁 だ っ て「 個 人 投 資 家 を 増 や さ な き ゃ い け な
牲にしたりするようなことが起きるんですよ。金
なダイリューションが起きたり、個人投資家を犠
いんですね。そのために、先ほど話があった大き
していて、流通市場ベースの考え方をあまりしな
がっておりますから、発行市場ベースの考え方を
す。 そ れ で、 大 手 証 券 は 発 行 市 場 と 密 接 に つ な
て、すべてが大手証券ベースでいっているわけで
したり、あるいは金融庁の相談にあずかったりし
今村 現在もそうですが、やっぱり大手証券中心
の業界なんですよ。大手証券が証券業協会を動か
か」と僕に言うから、「いや、それはおかしいと
う思います。これで幕引きにしていいと思います
いダイリューションをやっていることについてど
金沢に来たときに、彼が「今村さん、こんなひど
り合いなんです。彼が今から二年か三年ほど前に
僕とマネックスの松本〔大〕さんとは昔からの知
個人投資家に軸足を置いているじゃないですか。
そ う い う 状 況 に ネ ッ ト 証 券 の 連 中 が「 お か し
い」と言い出したんですよ。ネット証券は完全に
ですけど、またすぐ戻る。
何か不祥事があったときにだけはちょっと行くん
です。協会で何を言おうとも全然上に行かない。
いたんですが、いかんせん大手証券の力が強いん
ているんですね。だから、個人投資家がなかなか
なって、現在に至っているというふうに僕は思っ
そうしたら彼が「じゃあ、今村さん、協会にそ
になると思いますよ」と言ったんです。
思う。これは声を大にして言わないと大変なこと
― ―
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を何とかしなきゃいけない、ということでやって
よ。 そ の 結 果、 ど う し て も 個 人 投 資 家 が 犠 牲 に
育たないんだと僕は思うんですよ。そこのところ
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
以上が集まれば委員会が作れるんですね。
集められる」と言ったんです。協会では、一〇社
うしたら、彼は彼で「僕はネット証券の方は全部
何とか集められると思うよ」と言ったんです。そ
あるから、この人たちに声をかければ五、六社は
から、僕は「先ほどお話した十月会という会合が
くださいね。今村さんは何社集められる」と言う
れじゃあ、僕がやりますから、今村さん応援して
ら、そりゃやりますよ」と言ったんですね。「そ
「応援するも何も、僕も前からそう思っていたか
う。 今 村 さ ん、 応 援 し て く れ る 」 と 言 う か ら、
すよ」と言ったわけです。だけど、「やりましょ
ど、それはエネルギーがいるし、なかなか大変で
うわけですよ。僕は「やりましょうよと言うけれ
ういう委員会を立ち上げてやりましょうよ」と言
す。
でいこうというのでそういう名前になったんで
「それはいい」とみんな言ったというので、それ
て、彼がそれをネット証券の人たちに言ったら、
を 入 れ た ら ど う で す か 」 と 言 っ た ん で す。 そ し
人投資家応援証券評議会』と『応援』という名前
『個人投資家証券評議会』じゃおかしいから、『個
じゃ『熱血』を取るしかないでしょう。しかし、
ど、 今 村 さ ん ど う し よ う 」 と 言 う か ら、「 そ れ
言われたというんです。それで「反対があったけ
いたら、他の評議会が熱血じゃないみたいだ」と
したら、「熱血というのはどうかね「熱血」と書
名前なんです。それで、彼がそれを戦略会議に出
した名前が「熱血個人投資家証券評議会」という
あまりつき合いがなかったんですけれど、森中さ
それで僕は、まず光証券の森中〔寛〕さんを押
さえるしかないなと思って、僕は森中さんとは、
それでやりましょうとなって、名前を何という
名前にするかという話になったんです。最初に出
証券レビュー 第55巻第6号
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て、新しく作りましょうとなったんです。
たら、協会もそれを無視することができなくなっ
を集めたら二〇社ぐらい集まったんです。そうし
して松本さんはネット証券に声をかけまして、人
と言ってくれたわけです。僕は僕で十月会に、そ
かが来ているから、彼らにも声をかけてみるよ」
券の伊藤さんとか安藤証券の安藤〔敏行〕さんと
があって、そこには森中さんのほかに、ゆたか証
は、「立花の石井〔登〕さんを代表とする勉強会
入 る 」 と 言 っ て く れ た ん で す。 そ し て 森 中 さ ん
なた入ってくれないかな」と言ったら、「喜んで
んに「森中さん、こういう話があるんだけど、あ
――評議会の具体的な要望というのは
きるようになったんです。
せなかったですけれども、そういう問題を討議で
ん議論したんです。なかなか思うような結果は出
いろ動いて、分科会を作り上げて、そこでどんど
は、水面下では個人投資家応援証券評議会がいろ
それで現在に至っているわけです。ですから、
先ほど言った大量時価発行の問題の勉強会など
参画した」と言いました。
ものすごく意義のあることだと思うので、ここに
資家を応援するという意味で、手をつなぐことは
ネット証券は敵だと思っているけれども、個人投
いるのはいくら何でもちょっと酷いと思うから、
今村 まず大量時価発行の問題があって、それは
議論には乗った。今問題になっているのは、もう
。
・・・
この評議会を作るとき、僕は松本さんに「はっ
きり言って、僕はネット証券を敵だと思っている
「僕はネット証券を敵だと思っている。僕は対面
少しNISAを個人投資家が使い易くできないか
よ」と言ってあるんです。設立総会のときにも、
営業の証券会社として、こんな安い値段でやって
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
― ―
135
というのが一つですね。あと、新しく僕が問題提
ていて、日本の株価はいいかげんに作られている
んです。個人投資家はそういうことをちゃんと見
も株価操作をしているように思えてしようがない
す。いろんな外国人が先物とかを利用して、どう
形成はおかしいんじゃないかと思っているんで
マニピュレーションというか、どうも最近の価格
ので、これをやらなきゃいけないと、私たちでは
ど、大証がのらくら言って逃げ回っているという
行 っ て、 お か し い と 談 判 し た み た い で す。 だ け
んかは、お客様にせっつかれて、わざわざ大証へ
今村 指数の方です。これについてはいろいろ勉
強しているんですけど、マネックスの松本さんな
――指数の方ですか。
ですよ。
ということで離散しているということもあるの
議論になってきているんです。
ちゅう「あまりにもひどい」という話が来るよう
な ん か も や っ て い る か ら、 お 客 様 か ら も し ょ っ
のあたりのオプション、先物の値段だけではなく
れているような感じがするんですよ。だから、そ
今村 今の値段を見ていると、僕はそのほかにど
うもデリバティブを使って、現物の株価が操作さ
― ―
136
起しようとしているのが、株価とか先物の値段の
で、これを次の課題にしましょうと僕が提案して
です。特にオプションの値段は、SQのときに、
て、デリバティブを使って日本の株価全体が動か
――主としてオプションですか。
むちゃくちゃな値段がつくと言われているみたい
これについても、ネット証券の人たちは「そう
だ」と言ってくれるんですよ。あの人たちはFX
いて、そういうふうに動こうとしているんです。
証券レビュー 第55巻第6号
よ。
りするようにしてほしいなと言っているんです
されているように感じているので、そこもしっか
ルカー・ルールが入りましたね。あれで結構自制
ト・フランク法という法律ができて、あの中にボ
―― ア メ リ カ の 業 者 は、 平 成 二 二 年 七 月 に ド ッ
しているんですよね。
今村 今、日本の場合、まだ外資系ヘッジファン
ドの標的にされているところがあるんですよね。
――噂では、昨年あたりから、一部の欧州系業者
が入ってきたと言っていますね。
す が、 ネ ッ ト 取 引 に 関 す る 規 制 の 問 題 に 関 し て
今村 ネット証券での高齢者の取引の話では、全
然 意 見 が 相 反 す る ん で す よ。 だ か ら 僕 は 最 初 か
― ―
137
こういう問題では対面とネットが手を結べるんで
今村 ある外資系業者が一社で、先物、オプショ
ンの大体六割か七割のシェアをもっていて、これ
は、松本さんと僕とは敵対関係にあるんです。
何をもって「勧誘」と 定義されるべきなのか
やろうかなと思っているんです。今、そういう話
ら、個人投資家の問題については手を握るけど、
――それはどういう規制の問題ですか。
になっています。
今村 そうそう。だからいろんなことがあって、
僕らの評議会でそこら辺にちょっとメスを入れて
ですか。あれの動きとか…。
――日経225のいわゆる値嵩株があるじゃない
みたいですね。
がもう完全に牛耳っているみたいなところがある
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
ことは言っていることなので、その問題では敵味
で、その問題ではいろいろ言わせてもらうという
で す よ。 そ れ ぐ ら い な ら ば 容 認 で き る。 だ け ど
と喫茶店に行くのでは、価格が大体一対三ぐらい
今村 あまりにもひどいよね。僕はいつも「コー
ヒーを見てみなさい」と言うんです。缶コーヒー
いいこととは僕は思えないんですよ。ネット証券
タダ同然ですよ。あれは証券界にとって、あまり
今村 敵対する論点ですか。ほかにはネット証券
の手数料は幾ら何でも安過ぎると思いませんか。
――敵対する論点は、高齢者の取引だけですか。
ね。
が、 ち ょ っ と い び つ に な る と 僕 は 思 う ん で す よ
のまま放置しておくと本来あるべき証券投資の姿
はさすがにいかがなものかと言うんですよ。それ
ネット証券に対しては僕は敵だと思っているの
方がはっきりしているんですよ。
の主たるお客さんであるデイトレーダーが動くこ
それはなぜかというと、ネット取引に関しては
規制が甘すぎると思うんです。対面は勧誘すると
今、ネット証券の手数料はタダ同然ですよ。これ
とが、本当に証券市場にとっていいことなのか、
いうことだけで、「あれしろ、これしろ」と言わ
――ベトナムとか中国でも、最低手数料というの
と、協会規則における勧誘、それから高齢者に対
勧誘という言葉が、金融商品取引法における勧誘
― ―
138
だとどうしても投機的な動きが出てきますし、こ
という疑問はありますよね。
を一応決めた上で自由化しているんですね。だか
するものの勧誘、この三つの勧誘の定義が違うと
れるんですよ。最近の会議で問題になったのは、
らちょっと日本のは…。
証券レビュー 第55巻第6号
と思いましたよ。
ごく感激した。僕もいろいろと言ってよかったな
のすごくいい結論になったんですよ。僕はものす
しないとダメだ、という結論になったんです。も
は、協会の勧誘規則を適用していくというふうに
でネット証券でも勧誘だと思われることについて
すよ。だから、勧誘の定義をキチッとして、それ
してもいいみたいになっているところがあるんで
て、ネット証券は勧誘していないんだから、何を
いうんですね。それが違うために変な誤解があっ
様がネットで注文したんだから、勧誘じゃないみ
客様がネットでそれを注文しても、自主的にお客
すよ。そういう電話でのアドバイスを受けて、お
いですよ」ということを言っているみたいなんで
持っているでしょう。これはこれに変えた方がい
に ア ド バ イ ザ ー が 電 話 し て、「 あ な た、 こ れ を
そのほかにも、ネット証券がファンドアドバイ
ザーというのを作って、投信を持っているお客様
勧誘じゃないかと。
いみたいなことを書いていたら、それはやっぱり
りいけないんじゃないかと思うんですよ。これに
たいなことが現実にあるんですよ。それはやっぱ
――結論はそうなったんですか。
たんです。ところが、ネットは何をしても勧誘は
いうことではなくて、画面上でこの投信が一番い
にお客様がやっているんだから何をしてもいいと
す。ネット取引だったら何でもかんでも、自主的
れっておかしいんですよ。
に ど う も 思 わ れ て い る と こ ろ が あ る ん で す。 そ
していないんだから、何をしてもいいというふう
ついては、協会もそれはそうだというふうになっ
今村 結論はそうなったんです。そして、今から
それを議論していこうということになったんで
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
― ―
139
しているという自覚はあると思いますよ。
いる人がいるわけでしょう。おそらく彼らも勧誘
――多分、ネット証券だって外務員資格を持って
うんですよね。
券だって手数料を上げざるを得なくなって、もう
チッとして、我々と同じようにすれば、ネット証
手 数 料 だ っ て 安 く で き る。 そ う い う と こ ろ を キ
――大分以前に、アメリカでネット証券が台頭し
少し市場全体がよくなるんじゃないかなと僕は思
今村 だと思いますよ。それで監督指針にも、適
合性の原則のところに、ネット証券は適合性の原
いなことが書いてあるんですよ。適合性の原則で
てきて、デイトレーダーが問題になったころに、
い う の は、 ア メ リ カ で は も う 決 着 済 み な ん で す
今村 そうでしょう。勧誘は勧誘なので、勧誘し
ていることがもしあれば…。
― ―
140
則に従って、よりキチッと見なきゃいけないみた
すよ。金融庁もネット証券が勧誘していることは
今のような話も含めたネット証券に対する規制に
――ネット証券も自覚していると思われますか。
よ。対面だろうがネットだろうが変わりはないと
て…。
――今、それはほとんどアメリカでは問題になっ
…。
今村 ところが、そういう話になると、ネットは
都合のいいようにうまく逃げるんですよ。だから
――ちゃんと外務員資格を持っている人たちがい
今村 自覚していると思いますよ。
ついて調べていたことがあるんですよ。その話と
認識しているんですよ。
証券レビュー 第55巻第6号
――いや、違いますよ、それは。
ふうに思っている」と言っていましたから。
された弁護士の人も、「弁護士仲間でもそういう
要がないみたいにどうもみんな思っている。出席
今村 今は、なんか知らないけれど、ネットはと
にかく勧誘していないんだから、何も規制する必
ていないんですよ。
でも登録を認めてしまうという考え方はちょっと
今村 そうなんですよ。何年か前に協会の規則に
ついて考える会議があったんですけど、松井さん
い業者が結構いるんだと言っていました。
け出の書類を出して、それ以来一切姿形が見えな
どうにかしてくれということでしたね。登録の届
に言っていたのは、ともかくいいかげんな業者を
証 券 会 社 の 倫 理 コ ー ド を 作 る と い う 時 に、 メ ン
刎ねることもしなきゃいけないんじゃないか」と
まずいんじゃないか。むしろ、危ないと思ったら
と僕は「とにかく申請があったら、どんなところ
。松井証券の
・・・
― ―
141
バーに入ってもらったんですけれど、彼がしきり
今村 いや、弁護士仲間でもそう思っている人が
いるけれども、それは違うんだから、ちゃんと言
松井〔道夫〕さんは、取り扱っているのが株だけ
いうことを言ったんですけどね。そうしたら協会
うべきだと主張してくれたんで
だから、僕らの言うことに対して「そうだ、そう
なか…。
いうふうになっていないとか何とか言って、なか
は、いや、それは金融商品取引法の建付けがそう
――松井証券の松井道夫さんは、うちの研究所で
しろこっち側寄りの発言をするんですよ。
だ。最近変なネットが多いんだよ」みたいな、む
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
――そこら辺がしゃくし定規というか。免許制と
登録制というのは基本的にそんなにしゃくし定規
録制はフリーパスだみたいな感じですよね。
えられる証券業の使命というのを聞いてみたいな
――先ほど、証券会社の使命というのを考えてい
証券業の使命と銀行との差異
今村 そうなんですよ。だからそこのところを松
井さんと僕は、「これではダメだ」と言っている
と思うんですけれど。
に考えるものだとは思わないんですけれども、登
んです。「協会は自主規制機関だと言いながら、
て い る 増 井〔 喜 一 郎 〕 さ ん も、「 そ う だ、 そ う
き、今、〔日本証券経済〕研究所の理事長をされ
一 緒 に 論 陣 を 張 っ た こ と が あ る ん で す。 そ の と
し付けさせて、集めたお金を有効に利用して、効
がこうあるべきだ、こうしたいというところに貸
りあえず銀行に集めて、銀行に集めたものを政府
明治維新のときに、政府はとにかく早く列強に
追いつきたいということで、国内にあるお金をと
― ―
142
るとおっしゃっておられましたが、今村社長の考
それもできないというのはおかしいんじゃない
今村 先ほど申しましたように、本来は直接金融
と間接金融は車の両輪でいくべきなんですよね。
だ」と言ってくれたんですけれども、なかなかう
率的に国家が思っている方向に持っていって、列
そこのところは松井さんと意見が一致していて、
まくいかなかったですね。それも中途半端な論議
強に追いついたわけです。
戦後も同じようにして、やっぱり銀行にまずお
で終わってしまった。
か」って松井さんと言ったことがあるんですよ。
証券レビュー 第55巻第6号
んですが、いまだに銀行の方が力が強い。世界と
それで、ビッグバンが行われたわけです。今現
在も「貯蓄から投資へ」というふうに言っている
きりしてきたというふうに思うんですよ。
ないと、日本が世界と伍して戦えないことがはっ
で、直接金融の出番が出てきたわけです。そうし
ど 追 い つ け な く な っ て い る ん で す。 そ う い う 中
が激しくなる状況においては、とてもじゃないけ
ぱり政府が主導していく考え方では、世界の動き
ら、銀行が貸し付け競争に走る。それから、やっ
よかったわけです。けれども、バブルのあたりか
なんですけれど、確かにそれまではすごく効率が
きました。その結果、バブルを迎えたということ
ことによって日本が伸びていくということをして
に大きな企業に貸し付けをさせて、そこが伸びる
金を集めて、それを効率的にいろんな企業に、特
る程度決まって動かないとすると、今期はこれだ
て先が読めると言いますか、預金量と貸付量があ
が違うんですよ。銀行というのは、はっきり言っ
冷静に見ていると、銀行の資本が入った証券会
社は、結果的にダメになっているケースも多いん
証券会社が増えてしまいました。
系列の証券会社を増やし、結果的には、銀行系の
きに、銀行に命じて銀行にお金を出させて、銀行
へ」とか言いながら、実際は証券会社が苦しいと
か ら 直 接 金 融 」 と か、 あ る い は「 貯 蓄 か ら 投 資
る。また、最近の動きの中で、政府は「間接金融
切った、張ったという刹那的な考え方になってい
たように、まだ金儲けのことばっかり考えたり、
ども、ただ証券会社は、先ほどちょっと言いまし
ると、証券会社が力をつけるしかないんですけれ
というふうに私は思っているんですよね。そうな
ですよ。それはなぜかというと、やっぱり考え方
太刀打ちするためには、それは日本の弱点である
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
― ―
143
経営は何だ。むちゃくちゃだ。計画も何もないと
証券のトップに来るとどうなるかというと、この
がベストだと思っているんですよ。そういう人が
にやってきて、それが成功したので、このやり方
きる。だから、これをやろうというふうに計画的
はそうじゃなくて、これだけ利益が確実に予想で
そもそも証券会社は、いいときにはものすごく
稼ぐというバイタリティーがあるんですね。銀行
に動けないわけです。
来の収益がどうなるか予想できないから、計画的
で、ある程度確実に動ける。一方、証券会社は将
らその範囲内で何をしたらいいかも計算できるの
り、読めるというのが銀行の強みで、読めますか
ないという、浮き草稼業みたいなものです。つま
あります。一方の証券会社は、どうなるかわから
け儲かると読めるんですよ。読めるという強みが
る人が、「最後に証券会社へ行ってこい。まぁお
一つは六〇歳を過ぎて、あと四、五年で定年にな
それで、銀行から証券会社にトップが来ますで
しょう。これにはタイプが二種類あるんですよ。
んですね。
族との考え方の違いというのが、経営に出てくる
るんです。このようにやっぱり狩猟民族と農耕民
逆に相場がいい時に儲けられないということにな
よ。つまり、計画が基本にありますから、苦しい
ところをリストラしたり、縮小したりするんです
しかも、相場がいいときには戦力になることが
分かっていながら、株がダメなときは、いろんな
計画でいけ」っていうふうに言われるんですよ。
す」と言っても、「それは言い訳だ。絶対にこの
員が「いや、株式市場がこうですからダメなんで
いなんてあり得ないだろう」とか言ってくる。社
ときに全部クビを切ったりして縮小しますので、
いうふうに見るんですね。だから「お前、稼げな
証券レビュー 第55巻第6号
― ―
144
前、ここが最後だぞ」と行かされる人と、もう一
つはまだ若手の人で、何らかの理由で「お前、そ
思 っ て 来 る ん で す よ。 ど ち ら が い い か と い っ た
は、 血 気 に は や っ て、 絶 対 故 郷 に 錦 を 飾 る ぞ と
に好きなようにさせるんですよ。ところが若い人
ターンあるんです。もう最後だという人は、社員
とを金融庁も、最近になって少しずつ分かってき
に、証券会社が疲弊していくわけですよ。そのこ
今村 そういうことになるんですよ。とにかくそ
う い う ふ う に、 ど ん ど ん 銀 行 が 入 っ て く る た め
――なくされてしまいます。
今村 カルチャーが違うのに、銀行のカルチャー
を押しつけるから、証券のいいところが全部…
ら、「わしは何もせん。好きなようにやれ」とい
た状況で、今まであまりよく分かっていなかった
― ―
145
こにしばらく行け」って言われて来た人と、二パ
う人の方が会社は伸びるんです。
券というものを分かっている者がやっていかない
んだと思います。やっぱり証券は、しっかりと証
――お飾りのほうがいい。
にしていきたいと思っているんです。今、野村証
きくしていって、銀行に太刀打ちできる証券会社
そのために、今村証券というのは小さいですけ
れど、ものすごくピュアな会社なので、絶対に大
と、本来の直接金融というものが根づかないと僕
は思っています。
――カルチャーが違うのに。
のスタイルでやろうとしますから…。
るんです。ところがやる気満々で来た人は、銀行
今 村 お 飾 り の 方 が 証 券 会 社 と し て は い い ん で
す。何もしないですから、証券会社の特色を出せ
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
す。また、岡三証券もそうなんですよね。岡三の
券や大和証券もそういうふうにしようとしていま
今村 そうでしょう。
例外なくコストカッター
けれど。その社長さん方に、共通しているのは、
ういう会社が伸びることが、本来の証券業のあり
とを、あの会長は言っているんです。やっぱりそ
ますよね。
よりも、ともかく要るものはしようがないと考え
――でも証券系の人たちというのは、経費の削減
。
・・・
〔加藤精一〕会長と話してみると、あの会長と僕
方としてはいいのではないかと思います。それが
今村 そうそうそうそう。
――それも特徴ですね。新潟は新潟証券、長野は
今村 今のところないですね。
も反対して、まるで仁王のように立ち塞がってい
あしろと言われても、コストカットを命じられて
ある会社も、去年まで生え抜きの人が専務かな
んかにいて、銀行からギャーギャーこうしろ、あ
― ―
146
の考えは一緒なんです。僕の言ったことと同じこ
また日本経済にとってもいいんじゃないかなと
――その分稼いで来いという。
八十二証券がありますしね。銀行の傘下に入った
た人がいたんです。だから営業隊も「あの人がい
今村 そうそうそうそう。そうです。そうです。
発想が違うんですよね。全然違うんです。
証券会社は、社長さん方を大体銀行から迎えます
ですか。
――北陸というのは、銀行系の証券会社はあるん
思っているんです。
証券レビュー 第55巻第6号
すから、やっぱりダメなんですよ。
業隊が嫌になって、働かなくなったと聞いていま
が傍系会社に出されたんですよ。それからもう営
れども、今年の三月だったと思いますが、その人
るから頑張ろう」といって頑張っていたんですけ
んですよね。そういうのも怖くて来られないんで
今村 そうそう。今は下がっているけど、上がる
と思えば、難平買いしましょうとか、言えばいい
う気になるんだけれども、来ませんからね。
――そういうときに、また買ってやろうかなとい
――私の教え子が銀行にいて、「投資信託を買っ
イローゼの社員をどうケアするかだと言っている
よ。だから今、銀行の人事部の一番の仕事は、ノ
― ―
147
す よ。 彼 ら は 人 の 嫌 が る 顔 を 見 ら れ な い ん で す
てくれ」と営業に来たんで、うちの奥さんの名義
のを聞いたことがあります。
なくなっちゃうんですよね。
今村 そうでしょう。そうだと思う。
今村 無理だと僕は思いますよ。だからそういう
意味で、本来の証券業はどうあるべきかをしっか
は目指しているわけです。
――僕は下がったときこそ来て、何で下がったの
リューションを出してあげたら、また買ってくれ
り考えた上で経営をする証券会社、というのを僕
るでしょう。
今村 そうですよ。
また、なぜ東京や大阪の地場証券が伸びないか
というと、結局、苦しいところから逃れているん
か と 説 明 し て、 納 得 さ せ て、 そ れ で 代 わ り の ソ
――無理ですかね。
で買ってあげたんですけど、下がったら途端に来
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
ら、このことを自由化後に苦労してようやっと分
だと僕は思うんですよ。僕は本当に恥ずかしなが
会社というのはそれではダメで、地道に歩くこと
やっているところは逃げなんですよ。本来、証券
終 い。 そ れ と ネ ッ ト 取 引 ね。 こ れ も、 片 手 間 に
だけで、経営者はただ「頑張れ」と言うだけでお
の経営努力もない。一人一人の社員の努力に頼る
んですが、これも僕に言わせると逃げですよ。何
方もしますよね。これも歩合とよく似たやり方な
し、儲からなかったらカネは払わないというやり
デ ィ ー リ ン グ を さ せ て、 儲 か っ た ら カ ネ を 払 う
ら あ と デ ィ ー リ ン グ。 デ ィ ー リ ン グ の 社 員 に
すよね。こういう逃げ方がありますよね。それか
させて、自分は見ていればいいだけですから楽で
す。これは鵜飼みたいなものですから、鵜に食べ
と、 ま ず 歩 合 外 務 員 を 使 っ て 経 営 し よ う と し ま
です。彼らはどういうふうに逃れているかという
他方、証券会社は相変わらずしっかり動いてい
ですよ。ですから営業力は何もない。
がありますけど、どうですか」と言うぐらいなん
の弱みにつけ込んで、チラチラッと「こういうの
か」っていう…。つまり、貸し付けしている相手
商 品 が 出 た ん で す け ど、 買 っ て い た だ け ま せ ん
貸し付けた人にチマチマ、ネチネチと「こういう
うけど、彼らはどうしているかというと、お金を
もらってもしようがないというのもあるんでしょ
たよ。だけど今は、一人も来ません。まぁ預金を
「ごめんください。預金してください」と来まし
は な い で し ょ う。 僕 が 小 さ い と き は、 銀 行 員 が
員が「ごめんください」と新規で来るということ
銀行というのは、はっきり言って何の努力もし
ていないんですよ。昔はありましたが、今、銀行
ところなんだなって。
かったんです。証券会社というのはこれが本当の
証券レビュー 第55巻第6号
― ―
148
「稼ぐためじゃないぞ、そういう気持ちで営業し
て い る ん で す。 で す か ら 僕 は 今、 当 社 の 社 員 に
くることが日本経済のために必要なんだ、と思っ
とをしっかり考えて、銀行預金を証券界に持って
というのもまた活性化するんですよ。そういうこ
すよ。証券会社が伸びることによって、日本経済
利のときには、証券会社は絶対伸びるはずなんで
ているわけです。そういう意味でも、こんな低金
をしていたら損ですよ」ということを政府が言っ
としているわけです。ということは、「銀行預金
ところが今、日銀は物価を二年間で二%上げよう
金の金利がだいたい〇・〇四%くらいですよね。
いますよ。現実に、四年物の自由金利型の定期預
るわけですから、これからも証券業は伸びると思
るというメンバーが多過ぎるんですよ。だから、
会議があっても一言も言わないまま一年間が終わ
やる気のあるメンバーがいるのかと思いますよ。
今村 証券業協会のメンバーというのが、単に順
番で回ってきたというような人が多くて、本当に
お聞かせいただけますでしょうか。
と以外で、これだけはということがありましたら
思うんですけれど、何か今までお話しになったこ
地場証券経営を取り巻く環境はかなり変わったと
様化も起こりました。自由化と業態の多様化で、
由化がかなり進みました。証券業界では業態の多
務めになっていましたけれども、この一五年間自
会の委員や、証券戦略会議の委員などいろいろお
――最後になりますが、協会のリテール証券評議
ろ」と一生懸命口を酸っぱくして言っているんで
か、この人は言っても分かっていないんだみたい
協会の人たちも委員のことを舐めているという
な感じをもっているんです。だから何にしても、
す。
北陸証券界の歴史を語る―今村九治氏証券史談(下)―
― ―
149
そういう人は結局根本的なことは何も分かってい
困るんです。
――今日は大変長い間、興味深い話をどうも本当
ないから、協会の思っているようにそのままスッ
といくところがあるんです。つまり、自分なりの
にありがとうございました。
※ なお、括弧内は日本証券史資料編纂室が補足
した内容である。
にある。
の内容をまとめたものである。文責は当研究所
平成二六年一一月五日に実施されたヒアリング
※ 本稿は、滋賀大学経済学部教授二上季代司氏
と当研究所から佐賀卓雄、深見泰孝が参加し、
思いを語れる人があまりいないように思うんです
よね。そうだからこそ、協会がなかなかうまく活
用されていかないんじゃないかなというふうに
。そうな
・・・
ある人は「会費をたくさん払っているところが
出て、それなりに言うべきじゃないの」と言うけ
れど、なかなかそこらのところがね
るとネット証券がたくさん出てくることになりま
すし、それはそれでどうかなというのはあります
が、人員構成とか委員構成をもうちょっと考えた
方がいいんじゃないかなと思います。もっと大所
高所から物を言える、考えている人を選んでほし
いなと思うんです。でも協会は、そんな人に来て
もらうと困るというところがあるんだな。それも
― ―
150
思っています。
証券レビュー 第55巻第6号