平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ 論文題目 酸化ストレスと 2 型糖尿病に関する研究 Studies on type 2 diabetes mellitus and oxidative stress 臨床薬理学研究室 4 年 09P151 佐藤 優香 (指導教員:渡辺 賢一) 要 旨 糖尿病とは、インスリン作用の低下により、細胞に糖を取り込めなくなり高血糖が起こる 疾患である。糖尿病には遺伝など、先天的に発症する 1 型糖尿病と、主に生活習慣によ るインスリン抵抗性によって後天的に発症する 2 型糖尿病がある。日本人の約 95%の糖 尿病患者が 2 型糖尿病であり、現在も増加し続けている。 インスリン抵抗性が起こる因子として、酸化ストレスが考えられる。酸化ストレスは細胞 内で活性酸素種(Reactive oxygen species: ROS)の産生が過剰になったり、抗酸化シ ステムが減弱することにより生じる。酸化ストレスはインスリン抵抗性や高血糖、肥満など を引き起こし糖尿病血管合併症など様々な疾患の発症に関与する。この研究では、2 型 糖尿病と酸化ストレスの関連性について概説する。 酸化ストレスは、糖尿病におけるインスリン抵抗性や高血糖の持続により亢進する。イ ンスリン抵抗性は肥満に伴う脂肪組織での腫瘍壊死因子 α(Tumor necrosis factor-α: TNF-α)などの増加により促進する。このような過程で酸化ストレスが亢進すると様々な疾 患を引き起こすだろう。酸化ストレスの亢進から糖尿病の合併症を防ぐために様々な治療 法が研究されている。アンジオテンシン II 受容体拮抗薬(Angiotensin II receptor blocker: ARB)やチアゾリジン誘導体は酸化ストレスを抑制する。さらに、最近の研究で ARB と HMG-CoA 還元酵素阻害薬を併用して投与することにより、酸化ストレスを抑制 することがわかった。これらの結果から、2 型糖尿病においてインスリン抵抗性、高血糖か ら酸化ストレスを引き起こすことで、動脈硬化や糖尿病合併症の発症につながると考えら れる。これらの疾患の発症を防ぐために、生活習慣を見直す必要があるだろう。また、酸 化ストレスが起こるメカニズム、薬物治療による作用機序が明らかとなれば、新たな治療 法を見つけることができるだろう。 1 キーワード 1.2 型糖尿病 4 . 活 性 酸 素 種 (Reactive oxygen species: ROS) 7.肥満 10.チアゾリジン誘導体 2.酸化ストレス 3.インスリン抵抗性 5.高血糖 6.脂肪組織 8.腫瘍壊死因子 α(Tumor 9.アンジオテンシン II 受容 体拮抗薬(Angiotensin II necrosis factor-α: TNF-α) receptor blocker: ARB) 11. HMG-CoA 還元酵素 阻害薬 はじめに 糖尿病とは、血糖値を下げるホルモンであるインスリンの分泌不足や作用の低下 によって細胞に糖を取り込めなくなり高血糖が起こる疾患である。糖尿病は 1 型糖 尿病と 2 型糖尿病に分類される。1 型糖尿病はインスリンの分泌障害が原因であり、 若年で発症することが多い。2 型糖尿病は主に過食や運動不足などの生活習慣によ り起こるインスリン抵抗性が原因であり、中高年に発症しやすい。日本人の約 95% の糖尿病患者が 2 型糖尿病である。近年、我が国の 2 型糖尿病の発症患者が増加し 続け問題となっている。 生活習慣によるインスリン抵抗性が起こる因子の中に、酸化ストレスがある。酸 化ストレスとは生体内のバランスが崩れ、酸化された状態に傾くことである。生体 がエネルギー代謝などの細胞活動を行う過程で活性酸素種(Reactive oxygen species: ROS)が産生される。この ROS が過剰に産生されたり、抗酸化システムが 減弱することで酸化ストレスが生じる。酸化ストレスは様々な疾患の発症に関与す る。その中で、2 型糖尿病に関する酸化ストレスとその治療について概説する。 酸化ストレスとインスリン抵抗性 インスリン抵抗性とはインスリンが標的とする筋組織や脂肪組織などの標的組 織におけるインスリン感受性が低下し、インスリンが効きにくくなる状態である。 インスリン抵抗性が起こる機序として、腫瘍壊死因子 α(Tumor necrosis factor-α: TNF-α)、アンジオテンシン II、遊離脂肪酸が直接インスリンの情報伝達系を抑制 することが明らかとなっている 1)。ROS はインスリン刺激により産生され、脂肪 組織におけるインスリンシグナルのセカンドメッセンジャーとして作用すること がある。このとき、NADPH オキシダーゼがインスリンによる ROS 産生に関与す ると考えられている 2)。脂肪組織での ROS 増加はインスリンシグナルにとって重 2 要であるが、過剰になると酸化ストレスによってインスリン抵抗性が起こり、糖代 謝を障害すると考えられる。 高血糖と酸化ストレス インスリン抵抗性は酸化ストレスと関与していることを述べたが、高血糖も酸化 ストレスを増大させる原因となる。生体構成タンパクの非酵素的糖化、グルコース 自己酸化、ポリオール経路の亢進、プロスタグランジン代謝異常などの機序が推定 されている(図 1)3)。生体構成タンパク質が非酵素的糖化反応(グリケーション)を受 けると、後期反応生成物(Advanced glycation endproduct: AGE)が生成される。高 血糖の持続により、AGE 産生が亢進し、細胞障害が発生すると考えられている。 ポリオール経路では、高血糖の持続により、細胞内に多量のグルコースが取り込ま れ、ソルビトールやフルクトースが過剰に産生する。これらが様々な細胞障害を引 き起こすと考えられる。NADPH オキシダーゼの活性化の細胞内シグナル伝達機構 はプロテインキナーゼ C(Protein kinase C: PKC)の活性化が考えられる。これらの 経路から生じた活性酸素やフリーラジカルは、血管内皮障害、リポタンパク変性、 酵素の失活、血小板や単球の活性化を引き起こす。また、糖化が進行すると生体内 タンパクの AGE 化反応も酸化ストレスを亢進させ、糖尿病血管合併症の発症、進 展に深く関与する。 図 1 高血糖における酸化ストレス 文献 3)より改変引用 3 脂肪組織における酸化ストレス 脂肪が過剰に蓄積された脂肪組織では酸化ストレスが亢進している。ROS 産生 は脂肪組織で増加しているが、肝臓、筋肉などでは変化しない。よって、肥満に伴 う血中の ROS の増加は脂肪組織が主な産生源であると考えられる 4)。脂肪組織か らアディポサイトカインと総称される、様々な生理活性物質を分泌している。アデ ィポサイトカインにはインスリン抵抗性を改善させる因子であるレプチン、アディ ポネクチンなどと、インスリン抵抗性を促進させる TNF-α、プラスミノーゲン活 性化阻害因子-1(Plasminogen activator inhibitor-1: PAI-1)などがある。脂肪組織 における酸化ストレスの亢進により、アディポサイトカインの産生に異常が起こり、 インスリン抵抗性が生じる(図 2)。その結果、血糖を下げることができなくなり糖 尿病を発症する。また、TNF-α と PAI-1 は動脈硬化の発症因子としても注目され ている。 脂 肪 組 織 に お け る 酸 化 ス ト レ ス T N-αF , P-1A増加 I レプチン,アディポネクチン 減少 インスリン抵抗性 図 2 脂肪組織における酸化ストレス 文献 5)より改変引用 治療による酸化ストレスの抑制 高血圧治療薬であるアンジオテンシン II 受容体拮抗薬(Angiotensin II receptor blockers: ARB)は、脂肪組織で増加した酸化ストレスを抑制することで注目されて いる。これは、NADPH オキシダーゼの発現を抑制しているためと考えられる。2 型糖尿病治療薬であるチアゾリジン誘導体はアディポサイトカインである TNF-α による酸化ストレスを抑制し、インスリン抵抗性を改善すると考えられている。そ の機序を図 3 に示す。最近の研究では、高コレステロール血症に効果を示す 4 HMG-CoA 還元酵素阻害薬が酸化ストレスの抑制や糖尿病に伴う血管障害を改善 すると示唆された 6)。一方で、改善しなかったという報告もみられる。また、ARB と HMG-CoA 還元酵素阻害薬の併用では相乗効果が得られ、酸化ストレスを減弱 させることがわかった。併用によりこのようなことが起こる機序は明らかでないが、 これらのことから、HMG-CoA 還元酵素阻害薬による治療は単独投与よりも、他の 薬剤と併用した場合に効果を示すのだろうと考えられる。今後さらに研究していく ことで、これらの薬剤の酸化ストレス抑制効果のメカニズムを解明し、より効果的 な治療法が期待できるだろう。 図 3 チアゾリジン誘導体の作用機序 文献 1)より改変引用 おわりに 2 型糖尿病におけるインスリン抵抗性の原因は、生活習慣などの環境因子である と考えられている。インスリン抵抗性や高血糖での酸化ストレスの蓄積により、動 脈硬化や糖尿病合併症を引き起こすと考えられる。したがって、酸化ストレス亢進 の原因であるインスリン抵抗性、高血糖を改善することで合併症の発症を防ぐこと ができるだろう。すなわち、生活習慣の改善や治療によって改善することが可能で ある。今後さらに、酸化ストレスのメカニズム、治療薬の作用メカニズムを解明す れば、新たに有効な治療法を見つけることができるだろう。 5 謝辞 今回の研究を進めるにあたり、丁寧かつ熱心なご指導をいただきました指導教員 の渡辺賢一先生、張馬梅蕾先生、副査の上野和行先生に感謝いたします。また、臨 床薬理学研究室の皆様にも日頃より様々な知識を頂きました。ここに感謝の意を表 します。 引用文献 1) 弘世貴久、河盛隆造:病気がみえる Vol.3 第 2 版 代謝・内分泌疾患 MEDIC MEDIA. 16-59, 2008. 2) Krieger-Brauer HI, Kather H: Human fat cells possess a plasma membrane-bound H2O2-generating system that is activated by insulin via a mechanism bypassing the receptor kinase. J Clin Invest 89: 1006-1013, 1992. 3) 島本和明編集: インスリン抵抗性と生活習慣病‐高血圧・糖尿病・高脂血症・ 肥満. 診断と治療社. 70-77, 2003. 4) 河盛隆造ら著: 新時代の糖尿病学(1)‐病因・診断・治療研究の進歩.日本臨 牀社. 66 巻増刊号 9, 502-506, 2008. 5) Furukawa S, et al: Increased oxidative stress in obesity and its impact on metabolic syndrome. J Clin Invest. 114: 1752-1761, 2004. 6) Harumi K, et al: Improvement of glucose intolerance by combination of pravastatin and olmesartan in type II diabetic KK-Ay mice. Hypertension Research. 32: 706-711, 2009. 6
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