平成 23 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅱ 論文題目 慢性心不全における桑葉の効果 Studies on effects of mulberry leaves on chronic heart failure 臨床薬理学研究室 6 年 07P160 大平 綾子 (指導教員:渡辺賢一) 要 旨 慢性心不全とは慢性の心筋障害により心臓のポンプ機能が低下し、身体が必要とする十 分な血液量を拍出できない状態のことをいう。心筋はさまざまな負担がかかると、心筋リモデ リングとよばれる心筋の構造・機能変化を生じ、その過程において酸化ストレスが亢進してい る 2)。心臓での酸化ストレスの主な原因の一つと考えられる活性酸素種(ROS:reactive oxygen species)はスーパーオキシドであり、心不全や心筋障害の発症に関与するものと考 えられている 5)。 桑はクワ族の果実で心血管疾患のリスクを減少させるといわれている抗酸化物質を多く含 んでいる 7)。特に、桑葉の主な効果のある化合物としてクエセチンというフラボノイドが知られ ている。今回の研究ではフラボノイドにおける抗酸化効果に注目し、慢性心不全における心 機能に及ぼす影響を検討した。また、桑葉とクエセチンの抗酸化効果を比較し検討した。 8 週間の雄 Lewis ラットにブタミオシンを皮下注射し、心不全を発症させた。ミオシン投与 後 28 日目に心不全モデルラットを無治療群(Control:C)、桑葉(Murbelly:MB)投与群、 クエセチン(Quercetin:Q)投与群、および同週齢の Lewis ラットを健常群(Normal:N)とし た。44 日間の治療後、心血行動態と心エコー測定、酸化ストレスマーカーである Nox4、 p47phox、及び抗酸化ストレスマーカーである TrxR の心臓におけるタンパク発現量の検討を 行った。 心機能は Group N と比較して Group C で有意に低下し、Group Q で有意に増加した。 心筋収縮の指標である dP/dt max と dP/dt min は Group N と比較して Group C で有意 に低下した。 Nox4 のタンパク発現量は、健常群と比較して無治療群で有意に増加した。それらは MB 投与群と Q 投与群で有意に減少し、特に Q 投与群で著名であった。p47phox のタンパク発 現量は、健常群と比較して無治療群で有意に増加した。また、TrxR のタンパク発現量は、 無治療群と比べ、MB、Q 投与群で増加傾向が見られたが、有意な差は認められなかった。 このことより、桑葉及びクエセチンは心筋で増加した酸化ストレスを減少させたと考えられた。 さらに、桑葉とクエセチンを比較したところ、クエセチンで酸化ストレスをより減少させたと考 えられた。 キーワード 1.慢性心不全 2.酸化ストレス 3.活性酸素種(ROS) 4.スーパーオキシド 5.桑葉(Murbelly) 6.クエセチン(Quercetin) 7.フラボノイド 8.抗酸化物質 9.Nox4 10.p47phox 11.TrxR 12.Western Blotting 法 13.NADPH オキシダーゼ 14.p67phox 15.Rac1 16.Nox2 略語 ROS (reactive oxygen species) SOD (superoxide dismutase) HR (heart rate) CVP (central venous pressure) LVP (left ventricular pressure) LVEDP (left ventricular end-diastolic pressure) ±dP/dt (±rate of intraventricular pressure rise and decline) LVDd (left ventricular dimension in diastole) LVDs (left ventricular dimension in systole) %EF (%ejection fraction) %FS (%fractional shortening) TrxR (thioredoxin reductase) GAPDH (glyceraldehydes-3-phosphate dehydrogenase ) 目 次 1.はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2.実験方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 3.実験結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 5. まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 謝 辞 8 4.考察 引用文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 論 文 1.はじめに 慢性心不全とは慢性の心筋障害により心臓のポンプ機能が低下し、身体が必要とする 十分な血液量を拍出できない状態のことをいう。心筋梗塞、高血圧、弁膜症、心筋症など の多くの心疾患は進行すると慢性心不全に至る 1)。心筋は高血圧、炎症などのさまざま な負担がかかると心機能を保つために代償機構が働く。主な代償機構として、神経体液 性因子活性化と心筋リモデリングとよばれる心筋の構造・機能変化がある。しかし、長期 にわたり過剰な負荷がかかると適応不全となり、心肥大、心筋細胞の喪失、間質の線維 化が生じ、心筋障害や心ポンプ機能を低下させ、悪循環サイクルを形成する 2,3,4)。心筋リ モデリングが生じている心筋細胞では、これらの過程において酸化ストレスなどが亢進し ている 2)。酸化ストレスとは、活性酸素種(reactive oxygen species:ROS)の異常発生と それに対する抗酸化機構とのバランスが崩れた状態を示す。心臓での酸化ストレスの主 な原因の一つと考えられる ROS はスーパーオキシドである。スーパーオキシドレベルの 相対的な増加により、細胞内のさまざまなシグナル変化を生じ、心不全や心筋障害を発 症するものと考えられている 5)。 ROS を消去する抗酸化防御系としては、スーパーオキシドジスムターゼ(superoxide dismutase:SOD)、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼなどの抗酸化酵素や、 グルタチオン、アスコルビン酸、トコフェロール、β-カロテン、ポリフェノール類(フラボノイ ド、タンニンなど)の抗酸化物質がある 6)。 桑はクワ族の果実で一般に中国医学で用いられており、桑葉は心血管疾患のリスクを 減少させるといわれている抗酸化物質を多く含んでいる 7)。特に、桑葉の主な効果のある 化合物として Quercetin が知られている。Quercetin はオニオン、リンゴ、赤ワイン、ベリ ーなどに含まれているフラボノイドで、降圧作用や心肥大防止作用が報告されている 8)。 今回の研究ではフラボノイドにおける抗酸化効果に注目し、慢性心不全における心機 能に及ぼす影響を検討した。また、桑葉と Quercetin の抗酸化効果を比較し検討した。 1 2.実験方法 2.1. 使用動物 8 週間の雄 Lewis ラットにブタミオシンを皮下注射し、心不全を発症させた。ミオシン投 与後 28 日目に心不全モデルラットを無治療群(Group C、n=7)、Murbelly 投与群 (Group MB、n=9)、Quercetin 投与群(Group Q、n=9)、および同週齢の Lewis ラット を健常群(Group N、n=4)とした。 2.2. 投与方法 ミオシン投与後 28 日目から Murbelly 投与群では 5%桑葉を自由投与させ、 Quercetin 投与群では Quercetin(10mg/kg/day)を生理食塩水に溶解し、一日一回経 口投与した。 2.3. 心血行動態と心エコー測定 44 日間の治療後、血行動態指標値として中心静脈圧(CVP)、左室収縮期圧(LVP)、 左室拡張末期圧(LVEDP)、心筋収縮(±dP/dt)を測定した。また、心エコーの M モード 法により、左室拡張期末期径(LVDd)、左室収縮期末期径(LVDs)を測定し、心駆出率 (%EF)、左室内径短縮率(%FS)を測定した。 2.3. タンパクの抽出と定量 取り出した心臓を粉砕し、それぞれの組織 0.1g に Lysis Buffer(50mM Tris HCl pH7.4, 200mM NaCl, 20mM NaF, 1mM Na3VO4,2-Mercaptoethnol, Protease inhibitor)1mL を加え、ホモジナイズした。4℃で 10min、3000 回転で遠心し、 上清を取り原液とした。その後、bicinchoninic acid(BCA)法で総タンパク濃度 を測定した。 2.4. Western Blotting 法 酸化ストレスマーカーである Nox4、p47phox と、抗酸化ストレスマーカーである チオレドキシン還元酵素(thioredoxin reductase:TrxR)のタンパク発現レベルを 同定するために、タンパク抽出物を 10% sodium dodecyl sulfate polyacrylamide gel electrophoresis (SDS-PAGE)で電気泳動をし、ニトロセルロース膜上に転 写した。その後、ニトロセルロースを 5%スキンミルクで Blocking し、一次抗体 によるインキュベーションを 4℃で一晩行った。この時、一次抗体は Nox4(1:1000)、 p47phox(1:500)、TrxR(1:500)を用いた。次に、二次抗体として Horseradish 2 Peroxidase(HRP)標識抗ウサギ抗体を用い、室温で 1 時間インキュベートし、 ECL plus による化学発光(Chemiluminescence)を X 線フィルムに感光させた。 感光したバンドは、Scion Image を用いて数量化評価した。また、内部標準である glyceraldehydes-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)も一次抗体(1:1000)、 二次抗体(1:5000)を用い、同様に定量した。Nox4、p47phox、TrxR のタンパク 発現量は GAPDH によって標準化した。 2.5. 統計処理 数値は平均値±標準誤差で表し、統計的検討には one-way ANOVA、tukey 法、 unpaired t-test 法を用い、p<0.05 を有意とした。 3.実験結果 3.1. 心血行動態指標値 心拍数、CVP は Group N、Group C、Group MB、Group Q で有意な変化はみられ なかった。LVP は Group N と比較して Group C で有意に低下した(p<0.05 vs. Group N)。LVEDP は Group Q で有意に増加した(p<0.05 vs. Group N)。心筋収縮の指標 である dP/dt max と dP/dt min は Group N と比較して Group C で有意に低下した (p<0.01 vs. Group N)(Table 1)。 3.2. 心エコー指標値 LVDd、LVDs は Group N、Group C、Group N、Group Q で有意な変化はみられな かった。FS、EF は Group N と比較して Group C で有意に減少した(p<0.01 vs. Group N、 p<0.05 vs. Group N)。また、Group C と比較して Group Q で有意に増加した (p<0.05 vs. Group C)(Table 1)。 3 Table 1. Murbelly 及び Quercetin 投与 44 日目における心血行動態及び心エコー変 化 Group N Group C Group MB Group Q (n=4) (n=3) (n=3) (n=5) 410.4±16.7 212.6±108.2 407.8±14.8 303.3±32.6 CVP(mmHg) 0.3±0.2 4.1±2.6 4.9±2.6 4.0±0.9 LVP(mmHg) 119.0±4.2 48.8±24.5 * 84.8±12.3 69.0±3.4 LVEDP(mmHg) 6.5±0.79 17.9±9.35 29.6±0.97 30.3±6.51 * HR(beats/min) dP/dt max(mmHg/min) 7085±306.8 1603±807.7 ** 3172±771.5 ** 2140±128.1 ** dP/dt min(mmHg/min) 8777±574.6 1432±725.0 ** 2910±880.9 ** 1791±96.8 ** LVDd(mm) 6.78±0.16 88.5±0.45 9.53±0.70 9.8±0.91 LVDs(mm) 3.8±0.25 7.5±0.20 7.7±0.55 7.8±0.86 FS(%) 44.2±3.1 14.9±2.7 ** 19.2±1.2 ** 22.0±3.1 # EF(%) 80.3±3.3 35.6±5.5 ** 44.2±2.2 * 48.6±5.8 # Group N :健常群、Group C :無治療群、Group MB :5%Murbelly、Group Q :Quercetin(10mg/kg/day) * p<0.05 vs. N、** p<0.01 vs. N、# p<0.05 vs. C 3.3. 心臓のタンパク発現量 NADPH オキシダーゼサブユニットである Nox4 のタンパク発現量は、Group N と比較 して Group C で有意に増加した。また、Group C と比較して Group MB と Group Q で 有意に減少した(Fig 1-A、1-D)。p47phox のタンパク発現量は、Group N と比較して Group C で有意に増加した。また、Group C と比較して Group MB と Group Q で有意 な変化は認められなかったが、減少傾向が見られた(Fig 1-B、1-D)。TrxR のタンパク発 現量は、Group N、Group C、Group MB、Group Q での有意な変化は認められなかっ た。しかし、TrxR の発現量は Group C と比較して、Group MB と Group Q で増加傾向 が認められた(Fig 1-C、1-D)。 4 Fig 1. 心臓のタンパク発現量 A : Nox4 タンパク発現量(Nox4/GAPDH) B : p47phox タンパク発現量(p47phox/GAPDH) C : TrxR タンパク発現量(TrxR/GAPDH) D : Western Blotting 法 N :健常群、C :無治療群、MB :5%Murbelly、Q :Quercetin(10mg/kg/day) 4.考察 心筋での酸化ストレスの主因の一つと考えられる ROS はスーパーオキシドであり、心 臓での主なスーパーオキシド産生機序としては、ミトコンドリア、シクロオキシゲナーゼ及 5 びリポキシゲナーゼ、NADPH オキシダーゼ、キサンチンオキシダーゼ、機能不全の一 酸化窒素合成酵素の大きく分けて 5 種類が存在する 5)。 現在、心臓における NADPH オキシダーゼのアイソフォームとしては Nox1、Nox2、 Nox4、Nox5 の 4 種類が知られている。NADPH オキシダーゼは、細胞膜サブユニット である Nox 及び p22phox と細胞質サブユニットである p67phox、p47phox、Noxa1(NOX activator)などから構成される 5)。Nox は、細胞質の NADPH から電子を受け取り、細胞 外の酸素分子に電子を与えることによって、スーパーオキシドを生成する 9)。生成したス ーパーオキシドはヒドロキシラジカルや他の ROS を生じ、タンパク質、DNA などを酸化さ せ、構造を変化させるために細胞の機能に障害を与えると考えられている。 今回の研究において、酸化ストレスの指標である Nox4、p47phox の心筋のタンパク発 現量は、無治療群と比べ、桑葉投与群とクエセチン投与群で減少した。また、桑葉投与 群とクエセチン投与群を比較したところ、クエセチン投与群でタンパク発現量が多く減少 していた。Nox4 はいわゆる NADPH オキシダーゼの構成的酵素の一種で、常に活性化 しているという特徴がある。最近では、Nox4 の活性は過酸化水素の発生に関与すると考 えられている 5)。また、p47phox は細胞質に存在する p67phox、Rac1 とともに Nox2 と複合 体を形成することにより NADPH オキシダーゼが活性化し、スーパーオキシドを生成する 9)。このことから、桑葉及びクエセチンは NADPH オキシダーゼの活性化を抑制し、ROS の産生を抑え、心筋で増加した酸化ストレスを減少させたと考えられる。さらに、桑葉投与 群よりもクエセチン投与群でより強く減少させたといえる。 抗酸化ストレスの指標である TrxR の心筋のタンパク発現量は、無治療群と比べ、桑葉 投与群及びクエセチン投与群で有意な差は認められなかったが増加傾向が見られた。 TrxR は酸化ストレスを引き起こす原因である紫外線、放射線、酸化剤などのさまざまな 要因によって誘導される 10)。誘導された TrxR は単独でヒドロキシラジカルを消去する他 に、チオレドキシン依存性ペルオキシダーゼであるペルオキシレドキシンとの作用により、 細胞内の ROS を消去する抗酸化作用を示す 10)。このことより、桑葉とクエセチンは抗酸 化作用により ROS を消去することで、心筋で増加した酸化ストレスを減少させたと考えら れる。 6 5.まとめ 今回の研究において、桑葉とクエセチンは酸化ストレスを減少させる効果があるとこと を明らかにした。桑葉とクエセチンを比較したところ、クエセチンが酸化ストレスを大きく減 少させていた。このことより、クエセチンは桑葉の抗酸化作用に大きく関与していると考え られる。 今後、クエセチンなどのフラボノイドにおける、抗酸化作用を利用したさらなる研究や治 療が期待される。 7 謝 辞 実験、論文作成についてご指導を賜りました新潟薬科大学臨床薬理学研究室の渡辺 賢一教授、張馬梅蕾助手、嶋崎裕子氏、吉田久美氏に御礼申し上げます。 8 引 用 文 献 1. 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