TPPに関する諸議論について 樋 口 篤 志

〔論文〕
TPPに関する諸議論について
樋 口 篤 志
Ⅰ はじめに
日本では、ここ数年間のTPPへの日本の参加の是非は世論を二分するよう
な大議論となっていた。この議論についての文献は各関係者からさまざまなも
のがあり、膨大なものとなっている。
結果として、日本政府は2013年3月に参加表明をし、同年7月より正式に交
渉に参加している。だが、本稿執筆時点(2014年9月)において、TPP交渉
の先行きはまだ不透明である1)。
日本人経済学者のうち日本経済学会に所属するような主流派経済学者のほ
とんどは日本がTPPに参加することに元々賛成であり、特に国際経済学が専
門の者たちは以前から日本がTPPに参加することの必要性に積極的な論陣を
張ってきた2)。その理由としては、経済学的な観点からは、TPPに参加するこ
とで、より自由貿易が進むことに経済厚生上の利益があるからである。しか
し、現在では、国際経済学者たちによるTPP参加を推進する論拠は、自由貿
易推進による利益よりも、参加国における共通ルールの設立のメリットの方に
1) 本稿投稿時点での最新の状況は、2014年9月23、24両日に行われた日米閣僚会議が物
別れに終わった、というものである。(「日本経済新聞」9月26日朝刊参照。)
2) 主流派経済学者のほとんどがTPP参加に賛成であることの傍証として、以下の例を挙
げておく。2011年の日本経済学会秋季大会のパネル討論では、「日本の農業をどうするか」
という論題でTPP参加の是非の問題が扱われた。この討論は、大垣他編(2012)第6章
に収録されているのだが、座長である伊藤元重による前文には、「日本経済学会の会員の
中で、TPP交渉への参加の是非を問うたら、大半の人は交渉参加に先生の立場をとるだ
ろう。」とある。
− 25 −
シフトしてきている。本稿の目的はTPPに関する膨大な文献の中から、主に
主流派経済学者の議論にしぼって一定の見地から整理検討したうえで、筆者の
見解を述べることである。
以下の本稿の構成は次のようになっている。第Ⅱ節では、そもそもTPPが
何であり、通常のFTAとはどこが違うかを説明している。第Ⅲ節では、現在
のFTAと以前のFTAの違いについて説明し、TPPは現在のFTAの典型的なタ
イプのものであることを説明する。第Ⅳ節では、TPPの負の側面としてよく
議論される農業問題について検討する。第Ⅴ節は結論である。
Ⅱ TPPとは
本節では、現在のTPPに至る歴史を簡単に振り返ったあと、日本にとって
これまでのFTA(EPA)とTPPがどのようにタイプが違うものなのかを説明
する。
1 TPP小史
現 在、TPP( 環 太 平 洋 経 済 連 携 協 定 ) の 交 渉 に は、 ブ ル ネ イ、 チ リ、
ニュージーランド、シンガポール、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベト
ナム、マレーシア、カナダ、メキシコ、そして日本(参加順)の12か国が参加
している。
TPPの元になったものは、ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガ
ポールの小国4か国だけで結ばれていた「P4」と呼ばれている協定で、2006
年に発効したものである3)。P4の特徴の1つは、現在、世界で250以上存在す
るFTAの中でも、貿易品目に占める自由化率(関税をゼロにする比率)が
非常に高いことである4)。具体的な自由化率は、シンガポールは即時100%、
3) P4はPacific Fourの略である。当時は、Trans-Pacific Strategic Economic Partnership
Agreement(環太平洋戦略的経済連携協定)という名であったが、現在のTPP(TransPacific Partnership)との混同を避けるために区別して、今ではP4と呼ばれることが多い。
4) P4協定の具体的な特徴については中川(2014)の連載第2回を参照のこと。
− 26 −
ニュージーランドが10年以内に100%、チリが12年以内に100%である。また、
ブルネイは10年以内に99.2%であり100%ではないが、それは宗教上その他の
理由で酒、タバコ、小火器の関税を維持するためであり、事実上、限りなく
100%に近いものである。
2010年には、このP4に新たにアメリカ、オーストラリア、ペルーが交渉に
参加した。だが、それは既存のP4への単なる加入ではなく、P4の協定を前提
としつつも新たな協定であるTPPとして交渉が開始された。その後、2012年
にカナダ、メキシコが交渉に参加し、2013年には日本が交渉に参加して、前述
の通り現在では12か国でTPP交渉が行われている。現在のTPPの交渉過程が
どのような進捗状況になっているかは、参加国の間で情報を非公開にすること
が取り決められており、公式発表が一切ないため明らかではない5)。
2 日本にとってのFTA(EPA)とTPPの違い
TPPはいわゆるFTA(自由貿易協定)の一種である。日本ではFTAは、
EPA(経済連携協定)という名称で協定を結んできた6)。これまで、シン
ガポール、メキシコ、マレーシア、チリ、タイ、インドネシア、ブルネイ、
ASEAN(東南アジア諸国連合)、フィリピン、スイス、ベトナム、インド、
ペルー(発効順)の12か国と1地域との協定が発効済みで、オーストラリアと
5) 中川(2014)の6回に渡る一連の連載では、Inside U.S. Trade やWikiLeaksなどに掲載
されたリーク情報をも存分に使い、現在におけるTPP交渉の現状と行方について、筆者
の知る限り最も詳細に分析している文献である。
6) 日本政府がFTAでなくEPAという言葉を使うのは、他国と比べてFTA交渉を始めた
のが遅かっため、すでに他国間で多く締結されていたFTAと同じ名称を使いたくなかっ
たためと筆者には思われる。例えば、外務省のウェブサイトでは、この2つの違いを、
「FTA:特定の国や地域の間で、物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃する
ことを目的とする協定。EPA:貿易の自由化に加え、投資、人の移動、知的財産の保護
や競争政策におけるルール作り、様々な分野での協力の要素等を含む、幅広い経済関係
の強化を目的とする協定。」と説明しているが、同時に「幅広い経済関係の強化を目指し
て、貿易や投資の自由化・円滑化を進める協定です。日本は当初から、より幅広い分野
を含むEPAを推進してきました。近年世界で締結されているFTAの中には、日本のEPA
同様、関税撤廃・削減やサービス貿易の自由化にとどまらない、様々な新しい分野を含
むものも見受けられます。」と記載されている。
‌
(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/index.html)
− 27 −
は署名済みである7)。
これらのFTA(またはEPA)ではTPP参加国と重なる国も多い。日本に
とって、これらのFTA(EPA)とTPPの違いは、「経済規模の大きさ」と「貿
易自由化度の高さ」である。それぞれ説明する。
まず、経済規模の大きさについては、上記の通り、これまで日本がFTAを
締結してきた国々は小国ばかりである。よって、日本がFTAを締結している
国の数は他国と比べても少なくはないのだが、相手国は小国ばかりなので、日
本のFTAカバー比率(貿易額に占めるFTA相手国の割合)は他国に比べて低
いものとなっている。最新の状況では、日本のFTAカバー比率は18%である。
一方、アメリカは40%、韓国は36%、EU(域内を除く)は28%、中国は27%
である8)。TPP参加12か国合計の経済規模は、GDPにおいて世界全体の約40%
を占める大規模なものである。日本のFTAカバー比率が大きく上昇すること
が予想される。
貿易自由化度の高さについては、日本がこれまで締結してきた各国との
FTAでは、締結国に応じてある程度のばらつきはあるが、自由化率(10年以
内に関税撤廃を行う品目が輸入額に占める割合)はおおむね85%程度である。
いわゆる農産5品目(米、小麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖)は例外事項とし
て高い関税を維持したままFTAが締結されている。これはP4はもちろんのこ
と、他国間でのFTAに比べてもかなり低い数値である9)。
浦田秀次郎は浦田(2012a,b)(2013a,b)、Urata(2014)において、日本
がTPPを締結するのが重要な理由の1つとして、日本国内の構造改革を挙げ
ている。浦田(2013b)では、より具体的にアベノミクスの第三の矢である成
長戦略として、TPPが重要であることが主張されている10)。構造改革におい
て、特に彼が問題に挙げているのは農業改革である。彼がTPPに関して各種
7) ASEANの加盟国は、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、
ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアの10か国である。
8) 『通商白書 2014』269ページ。
9) 内閣官房(2011)の資料による。
10)
かつての論稿である浦田(2004)では、より強い表現で、日本国内の構造改革を、日
本が各国とFTAを締結するのに最も重要な理由として挙げている。
− 28 −
の媒体で強く推進することを主張しているのは、日本がこれまでに締結してき
た自由化率の低いFTAではなく、自由化率が高いTPPであるなら、日本の農
業改革が可能であると考えているからである。
Ⅲ 以前のFTAと現在のFTA
本節では、現在のFTAと以前のFTAとのタイプの違いを説明し、TPPが現
在のタイプのFTAの1つであると位置づける。そして、TPPによる経済効果
の推計の研究を紹介する。
1 21世紀型のFTA
Baldwin(2011)は、近年のFTA(Baldwinは、「21世紀型のFTA」と呼ん
でいる)は以前のFTA(Baldwinは、「20世紀型のFTA」と呼んでいる)と
はタイプが完全に違うことを強調している。つまり、20世紀型のFTAはモノ
の貿易自由化に主眼があったが、現在の21世紀型のFTAでは直接投資の自由
化や基準・認証制度などの取引ルールの統一化に主眼があるということであ
る。よって、近年まで盛んであった議論、各国のFTAの締結が最終的に世界
全体の自由貿易への踏み石(building block)になるか躓きの石(stumbling
block)になるかなどという議論は21世紀型のFTAを議論するのには無意味だ
と主張している11)。
木村福成の近年の各論文(木村[2012a,b]、[2013a,b]、[2014])では、
Baldwinのこの議論を援用し、TPPの意義を強調している。筆者なりにポイン
トと思われることをまとめると以下のようになる。
以前の日本の製造業では、ある1種類の財を生産するのに、初めから終わり
まで1国で生産していた。その後、生産活動の海外進出(特に東アジア)が進
11)
一方では、最近においても、FTAの貿易効果に焦点を当てた文献も多数存在する。
例えば、Krishna(2012)は、現在、多数締結されているFTAは世界全体の自由貿易へ
の推進につながっていないと批判している。
− 29 −
行していき、現在に至っては、1種類の財の生産活動を細かな複数の生産工程
に分解し、その各生産工程ごとにそれぞれの生産活動を最適な国で行っている
(「フラグメンテーション」と呼ばれる)12)。日本の製造業は東アジアの国々の
広い範囲にまたがってそのような生産活動を行っている。だが、多くの日本企
業が、東アジアの国々の直接投資の制限や知的財産権の保護の不十分さや取引
ルールの不備に悩まされて本来の活発な生産活動ができていない。TPPが発効
することによって、直接投資の自由化や基準・認証制度などのさまざまな取引
ルールの統一化が達成されるなら、日本企業は東アジアでより活発な生産活動
を行える。つまり、TTPによって、一番利益を得るのは、東アジア諸国に工
場進出している日本企業こそである。
上記が筆者の理解するところの木村の強調点である。これを言い換えると以
下のようになる。単に経済規模が大きなFTAという意味ではEUがすでに存在
する。EUに参加している国は27か国であり、EUのGDPが世界全体に占める割
合は約30%である。だが、TPPと違い、EUは比較的同質な政治制度や経済水
準を持った国々の集まりである。TPPは政治制度においても経済水準におい
ても異質なタイプの国々の集まりである。このような国々の間で統一的なルー
ルが施行され、東アジア各国の貿易・経済活動が活発化するのはすばらしいこ
とではないか、ということである。最近では同様のことが主張されている文献
も多くなってきたが、このような主張を最初に打ち出したのは木村だと思われ
る。
2 TPP発効によるGDP増加の大きさの推計
TPPの発効により、日本経済にどれだけの大きさの影響があるのかは、
色々な要素が効いてくるので、もちろん誰にもわからない。だが、議論のたた
き台として、さまざまな前提を置いた上でとはいえ、数字を公表するのは大事
である。本項では、主要と考えられる2つの推計結果について紹介する。
12)
フラグメンテーションについての解説は、石川他(2013)71-74ページを参照のこと。
− 30 −
2013年3月に内閣官房より、TPPによって「関税撤廃した場合の経済効果
についての政府統一試算」が発表された13)。この推計結果では、TPP発効によ
る関税撤廃の効果はGDPを0.66%(3.2兆円)押し上げるとされている14)。この
試算方針の重要な前提は、「〈試算方針〉(1)関税撤廃の効果のみを対象とする
仮定(非関税措置の削減やサービス・投資の自由化は含まない)」(内閣官房
[2013])である。
この数値は以前の内閣官房が公表していたものと大差がないものである。
(分析手法についても大差がないと思われる。)だが、前述のように、現在、
TPPの推進を主張している経済学者は、TPPの経済効果を関税撤廃の効果よ
りも、この試算において無視されている「非関税措置の削減やサービス・投資
の自由化」を重視しているのである。もちろん、これらの効果を推計に加える
のには、一層の仮定が必要となるが。Petri et al.(2012)では、これらの効果
を推計に加えて日本と韓国がTPPに参加した場合の経済効果を推計している。
彼らのこの本では、日本と韓国が同時に参加した場合の効果しか示されていな
い15)。だが、幸いなことに著者たちのウェブサイト(Petri et al.[2013])で
は、日本のみが追加で参加した場合の経済効果も公表されている。それによ
れば、彼らの推計ではTPP発効後10年間における日本の経済効果は、GDPを
2.0%(104.6億ドル)押し上げるとのことである。内閣官房による政府統一試
算の効果の約3倍の大きさである。そして、単純に内閣官房との比較をする
のなら、TPPの経済効果は関税撤廃による貿易自由化の効果よりも、その他
の効果の方が大きいことになる。ちなみに、彼らはもし日本がTPPに参加し
ていなく、11か国のみでTPPが発効した場合の日本に対する経済効果も推計
している。その場合、TPP発効後10年間における日本の経済効果は、GDPを
0.0%(-1.2億ドル)とわずかながら下落させると推計している。
13)
それまでは、内閣官房、農林水産省、経済産業省がそれぞれまちまちの試算を公表し
ていた。内閣官房(2010)を参照のこと。
14)
ここでの実質GDPの増加効果は、ある時点で測っているのではなく、「経済構造調整
を終えた段階以降の継続的な経済の底上げ効果」である。
− 31 −
Ⅳ TPP参加の負の面
本節では、TPPの発効による農業部門への影響について検討する。TPPは自
由貿易の推進という意味をもちろん持つ。自由貿易の推進が農業部門に及ぼす
事態を説明する。また、現在の日本の農業の問題点についても触れる。
1 農業部門への影響について
TPP参加による負の面として、現在の農業従事者の立場がよく語られてい
る。
TPPの貿易自由化面でのメリットは、国際経済学のどの入門書でも一番最
初に出てくるリカードの比較優位理論が教えることがそのままあてはまる。貿
易自由化が進むと、各国は比較優位を持った産業に生産を集中するようにな
る。すると世界全体では各財の生産がより効率よくできるようになる。そして
その後、自国が生産に集中した財を外国に輸出し、その見返りに自国が生産を
やめた財を他国から輸入することで、すべての国が利益を得るということであ
る16)。
ただし、ここですべての国が利益を得ると書いたが、それは一国全体の話で
あり、国内のすべての人々という意味ではない。比較優位の理論では、常に完
全雇用が前提となっている。つまり、国内で生産されなくなった商品を生産し
ていた部門で働いていた労働者は、国内で集中的に生産されるようになった商
品の生産に即座に転職して働いているということが前提なのである。これは直
截的な例でいえば、今日までコメを作っていた農家の人が輸入自由化した途端
15)
ペトリ・プラマ(2013)は、著者たちによる日本人に向けてのこの本の内容の紹介で
ある。
16)
比較優位の観点から明快にTPPの説明を行っている文献に松尾(2012)がある。た
だこれには筆者には気になる文章がある。「TPPによって農業も輸出産業になるという
議論も、単純な議論としては奇妙である。」(29ページ)とある。これは農業製品を単な
る1種類の商品として理解しているかのような文章に読める。周知のように、農業製品
は米だけでも何種類もの品質のものが存在する。品質が違えば米は米でも別の商品であ
る。TPPの発効により農業が輸出産業になると言っている論者は、高級米は輸出品にな
るが、低品質な米は輸入品により駆逐されてしまうことを想定していると筆者は考えて
いる。(どこまで明示的に文章化しているかはともかく。)
− 32 −
に、明日からトヨタで働くというようなことが前提となっているということで
ある。これは現実にはいささか無理がある話であろう17)。
だが、国際経済学の理論が教えていることは、自由貿易に国全体としてのメ
リットがあるということだけではない。保護手段についても、農業を保護した
いのなら間接的な手段である関税に頼るよりも、直接、農業従事者に補助金を
与える方がデメリットが小さいということである。(この場合に限らず、保護
したいものがあるのなら、間接的手段で保護するよりも、直接的手段で保護
18)19)
した方が、失われる経済厚生が少ない、というのが経済学の教えである。)
自由貿易化を進めると利益を得る部門と損害を被る部門が発生する。そして、
一国全体では利益を得る部門の利益の方が損害を得る部門の損害よりも大きい
から、自由貿易を進めたほうが良いということになる。
多くの経済学者は、TPPの発効に関して、農業者に与える補助金を、しぶ
しぶ認めても良いといった論調だが、筆者は与えることがあたりまえと考え
る。物事を変えるときには、なるべくパレート改善に近い方策でないとうまく
行かないと考えるからである。TPPによって職を失うであろう農業従事者に
は、最初から別の仕事を選択することが可能な次世代までに金銭的な猶予を与
えることは必要であろう。
2 日本の農業の問題について
日本の農業は国土が狭いから非効率に陥っているのではなく、農協や減反
や農地の低税などの制度が問題であると強く主張しているのが、山下(2013)
(2014a,b)と本間(2013)である。つまり、制度さえ変われば、日本の農業
はもっと強くなるとの主張である。今のさまざまな規制がある農業制度では、
農地の大規模化や農産品の輸出が難しいので、やる気のある農業従事者は十分
17)
経済学者は実施可能性よりも単なる理想論を唱える者が多い。この点では筆者は竹中
平蔵の考えに同意する。例えば、竹中(2006)を参照。
18)
この点について、石川他(2013)84-87ページにおいて、部分均衡分析でわかりやす
い説明をしている。
19)
農業への援助を関税から直接支払いへ変換することの問題を分析しているのは、岩田
(2014)である。
− 33 −
に活躍できず、逆に、土地の値上がりだけを待って、固定資産税の低い農地を
維持するためにだけ農業を続ける零細農家も淘汰されないとのことである。こ
れらの論稿を読むと筆者がうなずけることも多い。前述した浦田秀次郎と同様
に彼らも、TPPでも締結しないことには国内の農業改革が無理だと考えてお
り、その点でTPPを推進しているのがわかる。
なお、TPPによりコメの輸入自由化が実現した場合に、どのような状況に
なるかを最も精緻にシミュレーションしているのが神取(2013)である。日本
の消費者がいかにいわゆる零細コメ農家のためにより多くのお金を使ってい
るかがよくわかる。筆者は、特に、「自由化によるコメ価格下落の恩恵は国民
全体に広く行き渡ります。なかでもとりわけ影響が大きいのは、支出の大部分
を食費に充てなければならないような貧しい人たちです。」(神取[2013]115
ページ。)という主張には強く共感を覚える。貿易自由化をすると零細農家が
かわいそうだという主張はよく聞くが、生活必需品であるコメの価格が人為的
に高くされることによって最も被害を受けているのは低所得の消費者なのであ
る。
Ⅴ 結論
以上、TPPの特徴について、主流派経済学者が主張している論点について
検討してきた。筆者の理解するところでの主流派経済学者のTPPに関する主
張の共通点は、次の2点である。第一に、TPPは統一のルール作りを重要視
している新しいタイプのFTAの1つであり、特にルールの統一化は東アジア
に進出している日本企業にとってメリットが大きいこと。第二には、農業への
負の影響はあるが、それよりも日本の農業の現状を鑑みると、農業の構造改革
としてTPPを利用すべきであること。本稿では、これらの点を筆者の問題意
識にからめて検討してきた。
筆者はTPPに関しては、日本は参加し、交渉の締結までうまく行けばよい
と考えている者の一人である。だが、推進派が大声で言うほどの大きな効果
がTPPだけであるとは考えていない。しかし、なにごとも、少しずつでもベ
− 34 −
ターな状態に動くようにするべきである。各種の文献を読んでいるとTPP推
進派の主張の表現の仕方がおおげさに感じられることもあるのだが、それはお
そらく反対派の声が異常に大きいために対抗上そうならざるをえないのであろ
う20)。今後、TPPの交渉がうまく行き、早期に発効されることを強く願ってい
る。
参考文献ならびに資料
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神取道 宏(2013)「あなたを変えるミクロ経済学3 あなたが変わる瞬間です:TPP って
そういうこと!?」『経済セミナー』8・9月号、82-117ページ。
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(2012b)「TPPと21世紀型地域主義」馬田啓一・浦田秀次郎・木村福成編著『日本の
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A9%A6%E7%AE%97’)
20)
声の大きい反対派の例としては、中野(2011)、小林(2012)を参照のこと。
− 35 −
――
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(http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2012/1/20111125.pdf)
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月号4-22ページ、3月号4-22ページ、4月号13-33ページ、6月号4-30ページ、7月号
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