ピアノ演奏における表現評価および技術評価の 熟達度に対する効果 Effects of expressive and technical evaluations to the proficiency evaluation on piano performances 宮脇 聡史 1, 三浦 雅展 2 Satoshi MIYAWAKI1, and Masanobu MIURA2 1 1 龍谷大学大学院理工学研究科情報メディア学専攻 2 龍谷大学理工学部情報メディア学科 Graduate school of Science and Technology, Ryukoku University 2 Faculty of Science and Technology, Ryukoku University 概要 ピアノ演奏における表現評価および技術評価の熟達度評価への効果を調査するために,1 オクター ヴ音階演奏に対して,スプラインカーヴ成分および逸脱成分を用いた演奏データ転換を行なっている.336 通りの演奏からハ長調およびロ長調における熟達度の上位下位それぞれ 3 パタンの計 12 パタンを用いて, データ転換によって熟達度の異なる演奏を生成している.主観評価実験によって,演奏の表現的評価と技 術的評価の熟達度評価に対する効果を調査している.重回帰分析の結果,表現評価と技術評価をおよそ 7:3 で熟達度スコアが説明されていることから(adjusted =0.88(n=96)),演奏においてその割合で各成分が発 揮されると,熟達度評価の向上が期待できることが示唆されている. Keywords : ピアノ,演奏傾向曲線,スプラインカーヴ, 1 はじめに ピアノ演奏において奏者が聴取者へ感情をど のようにして伝えるのかについての研究が近年 徐々に増えてきている.Persson は,世の中ほと んどの演奏には「この曲は聴取者に対してどのよ うに表現されるべきか」という奏者の表現意図が 含まれることを述べている.また,演奏者の解釈 および表現において,音楽作品に対する何らかの 意味が加えられている[1]と述べている.また, 演奏に必要な専門的能力には技術的な側面と表 現的な側面があるとされており[2,3],音楽の指導 者は表現的な側面よりも,技術的な側面の指導に 時間を費やすとされている[4].さらに,どのよ うな演奏においても,必ず譜面からの「表現上の 逸脱」や「構造的な逸脱」が存在し,演奏者は演 奏を通して逸脱を付与できることが確認されて いる[5].つまり,それらの側面は,奏者自身が 演奏において意図した逸脱を行なうことで自由 に発揮できるものであると考えられる.ピアノ演 奏において奏者は自身の持つ表現的あるいは技 術的な側面を何らかの割合で発揮することで,聴 取者に演奏を通して感情を伝えていると考える と,ピアノ演奏において必要とされる専門的能力 には,表現的な側面および技術的な側面が含まれ るという主張[2,3]が裏付けられる. ピアノ演奏をモデルベースに分析する手法と して,スプラインカーヴを用いた例がある.例え ばスプライン曲線を演奏傾向曲線として熟達度 推定に用いた研究[6]や,n 次回帰や移動平均等と スプラインカーヴを比較して,傾向曲線に用いる カーヴの妥当性を検証した研究もある[7].また, 表現的な側面をスプラインカーヴ成分(以後,S 成分),技術的な側面を実演奏とスプラインカー MIDI ヴ成分の逸脱成分(以後,D 成分)とし,S 成分お よび D 成分のどちらがどのようにピアノ演奏の 熟達度評価に影響するのかの報告がある[8].こ の報告では熟達した,または未熟な演奏がもつ演 奏特徴について検討するため,与えられた演奏か ら様々な熟達度の演奏を生成できる「演奏データ 転換[9]」によってピアノ演奏の熟達度を調査し ている.なお,演奏データ転換とは得られた演奏 をそのスプラインカーヴ成分とそれからの逸脱 成分の和としてモデル化し,S 成分と D 成分とを 異なる演奏サンプル間で入れ替えて再合成する 手法である.このデータ転換を用いて,1 オクタ ーヴの音階演奏に対して S 成分および D 成分の 熟達度評価の効果を過去に報告した[8].しかし, 用いた 6 条件({ハ長調およびロ長調}×{打鍵時刻, 打鍵強度および押鍵時間長})について,有意差が 認められたのは 1 条件のみと限定的であった.そ の原因として,演奏データ転換の対象を限定した ことと,用いた調と左右手の違いなどの条件を考 慮しなかったためと考えられる. 前報の問題を解決するために,本報告では各成 分の 3 要素全てを同時に用いて演奏データ転換 を行なう.要素の影響を排除することで, S 成 分と D 成分の役割と,熟達度評価に与える影響 について調査する.また,実験刺激に S 成分のみ, D 成分のみの条件を加えることで,S 成分と D 成 分の役割をさらに調査する. 2 演奏データ転換に用いる成分 2.1 各成分の概要 図 1 に 1 オクターヴの音階演奏のハ長調の打鍵 時刻における S 成分と D 成分の例を示す.図 1 の縦軸は理想打鍵時刻(例えばメトロノーム時刻) からの誤差(msec) ,横軸は noteID を表す.図 1 より,演奏の全体傾向を S 成分で表し,S 成分か らの逸脱を D 成分で表すことが可能となる. 140 Deviation from Metronomic line(msec) 120 100 80 60 40 20 ・・・クラスタ 0 調 代表点の数 1 2 3交差4 5 6 7折り返し 8 9 10 11 12 交差13 14 15 noteID ハ長調 4 実演奏 変ニ長調 S成分 D成分 図6 1 打鍵時刻における S 成分と D 成分の例 2.2 S 成分 4 演奏データ転換に用いる S 成分,すなわちスプ ラインカーヴの通過点は,楽譜内の音列を,運指 6 変ホ長調 の交差または折り返しを基準として複数のクラ スタに分割し,その各クラスタの重心とする.こ 4 ホ長調 こで指の交差とは,ピアノ演奏において打鍵する 際に親指を他の指の下方へくぐらせる, または他 4 ヘ長調 の指を親指の上方を通り打鍵する指の動きであ 6 変ト長調 る.また,折り返しとは上行から下行へと移り変 わる際の指の動きである.本研究で用いる演奏課 2 に示す.ここで,図 2 の 1~5 は右手の 4 ト長調 題を図 運指番号を示す.それらの課題について音列をク 6 変イ長調 ラスタに分割すると, 代表点はハ長調およびロ長 調いずれも 4 つとなる.なお,折り返し位置の音 ・・・クラスタ 4 イ長調 は前後両方のクラスタに含めるものとする. 折り返し 交差 交差 ニ長調 調 代表点の数 ハ長調 変ロ長調 4 ハ長調 6 変ニ長調 ロ長調 6 ロ長調 4 ニ長調 4 図 2 本研究で用いる演奏課題 2.3 D 成分 2.2 で得られたスプラインカーヴからの実演奏 6 の逸脱を算出し,D 成分とする.3.1 で述べる 12 4 ホ長調 パタンの演奏における図 1 内の矢印は D 成分を 表しており,この D 成分を異なる演奏の S 成分 4 ヘ長調 に付与することによって演奏データ転換を行な う.なお,右手で演奏された 12 調の演奏データ 6 変ト長調 うちハ長調とロ長調の計 2 調より評価スコアの 高い 6 パタンと低い 6 パタンの計 12 パタンの演 4 ト長調 奏における S 成分と D 成分の相関関係は -0.48<r<0.38 (|r|の平均=0.21, n=15)であり,5%水 6 変イ長調 準で有意性は認められない.よって S 成分および D 成分は同じ手指から得られるものの, 統計的に 4 イ長調 は独立として扱って問題はないと言え,データ転 換の妥当性が見出される. 6 変ロ長調 2.4 S 成分および D 成分の役割 変ホ長調 ロ長調 4 1 で述べたように,演奏に必要な専門的能力 は,技術的な側面と表現な側面であるとされてい る[2,3].S 成分は演奏の全体的な傾向を表すので, 奏者がピアノ演奏を通して表現した全体的な傾 向を知ることができる.奏者の表現が全体的な傾 向に関わるものであれば,S 成分は奏者の表現的 な側面を表すと考えることができる.一方,D 成 分はスプラインカーヴからの実演奏の逸脱であ り,瞬時的な逸脱という表現を奏者が行なわない 限り,D 成分は奏者の意図しない成分,すなわち 手指の制御にかかわる特徴が強く表れる.このよ うに S 成分と D 成分が表す特徴はそれぞれ異な るが,それらが評価においてどのように影響する のかを 4 で述べる評価実験で調査する. 3 本研究で扱う演奏データ 3.1 演奏データ転換に用いる演奏データ 本研究では,先行研究[6]で記録されていた 1 オ クターヴの上下長音階演奏を用いる.これは,奏 者 14 名が 12 調を左右の手各 1 回ずつ演奏したも のであり,合計 14(名)×12(調)×2(左右)=336 個の 演奏データが存在する.奏者は夙川学院短期大学 児童教育学科に在籍する学生 10 名,および同教 育養成課程でピアノ演奏の指導を担当している 専門家 4 名の計 14 名である.なお,それぞれの 演奏データにはピアノ熟達者 5 名による 1~10 の 10 段階で評価が行なわれている.ここで,本研 究では 2.3 で述べた計 12 パタンの演奏を用いる. このハ長調とロ長調は同一の運指であるが,演奏 する際に打鍵する黒鍵の数が異なる. 3.2 提案手法を用いて生成した演奏データ 提案手法では打鍵時刻,打鍵強度および押鍵時 間長の 3 要素全てに対して演奏データ転換を行 なうので,演奏データ転換後に生成される演奏は, 3(上位 3 通りの演奏における S 成分)×3(下位 3 通りの演奏における D 成分)=9 通りと,3(下位 3 通りの演奏における S 成分)×3(上位 3 通りの演 奏における D 成分)=9 通りとなる.つまり,1 調 あたり 18 個の演奏データが生成され,ハ長調と ロ長調の 2 調を用いるので,36 通りの演奏デー タが生成される.また,今回新たに上位内および 下位内での転換を行なう.よって,3(上位 3 通り の演奏における S 成分)×3(上位 3 通りの演奏に おける D 成分)=9 通りと,3(下位 3 通りの演奏に おける S 成分)×3(下位 3 通りの演奏における D 成分)=9 通り,計 18 通りの演奏データも生成す る.このうち,S 成分および D 成分が同じ演奏の もの同士から成る演奏も含まれる(例えば,上位 1 番目の S 成分+上位 1 番目の D 成分).それらを 除くと 18(1 調における演奏データ転換後生成さ れた演奏データ)-6(S 成分および D 成分が同じ演 奏のもの同士から成る演奏)=12 通りの演奏が生 成され,2 調分用いるので 24 通りの演奏データ が生成される.よって,今回演奏データ転換後は 36+24=60 通りの演奏データが生成される. さらに,演奏を生成する際に転換前演奏におけ る S 成分のみから成る演奏および D 成分のみか ら成る演奏を生成する.S 成分のみから成る演奏 を f , D 成 分 の み か ら 成 る 演 奏 を f とす る ( ).最初の文字が S 成分,後続の文字が D 成分を表し,その演奏に用いられていない成分 を f で表わす(f は flat の意).また,添え字πは熟 達していると評価された上位 3 個の演奏データ gj(1≦j≦3)と,未熟であると評価された下位 3 個 の演奏データ bk(1≦k≦3)を表わす.ここで,G は gj(1≦j≦3)のラベルとし,B は bk(1≦k≦3)の ラベルとする. よって,転換前演奏に対して 2 調分の f およ び f が生成されるので, f は 12 通り,f は 12 通りの演奏データが生成される.主観評価実験で 用いる演奏データの種類および各演奏における 刺激数を表 1 に示す. 表 1 主観評価で用いる演奏の種類および刺激数 刺激数(通り) 転換前演奏 GOOD 熟達した転換前演奏 転換後演奏 S成分のみ D成分のみ 6 未熟な転換前演奏 6 GG 熟達したS成分+熟達したD成分 12 GB 熟達したS成分+未熟なD成分 18 BG 未熟なS成分+熟達したD成分 18 BB 未熟なS成分+未熟なD成分 12 Gf 熟達したS成分のみの演奏 6 Bf 未熟なS成分のみの演奏 6 fG 熟達したD成分のみの演奏 6 fB 未熟なD成分のみの演奏 BAD 6 合計 96 4. 評価実験 4.1 実験概要 演奏データ転換によって生成された演奏デー タおよび S 成分または D 成分のみから成る演奏 データを用いて主観評価を行なう.これにより, S 成分および D 成分が評価に与える効果を検証 し,S 成分および D 成分の本質的役割を調査する ことができると考えられる.主観評価実験の演奏 データ,評価者および実験のタスクを以下に示す. 演奏データ:転換後演奏 60 通りと転換前演奏 12 通り(例えば S_g1 D_g1)も主観評価実験に用い る.さらに,S 成分のみから成る演奏および D 成 分のみから成る演奏も実験に用いる.よって,評 価に用いる演奏データの総数は,12(上位 3 個下 位 3 個の転換前演奏 2 調分)+60(転換後演奏)+24(S 成分または D 成分のみから成る演奏)=96 通りで ある.なお,評価での比較刺激として,ハ長調お よびロ長調の中央演奏を用いる. 評価者:本学理工学部情報メディア学科に在籍す る学生 8 名および他大学に在籍する学生 2 名の合 計 10 名である.また,評価者は全員 1 年以上の ピアノ経験を持つピアノ経験者である. タスク:演奏データのうち,中央演奏を先行刺激, 転換前演奏および転換後演奏を後続刺激とする. さらに評価者には先行刺激と後続刺激を呈示し, 4 つの評価項目に対して回答させる. 評価項目は, 先行刺激に比べ後続刺激が「どれほど表現された 演奏か(表現評価)」,「どれほど技術的に演奏さ れているか(技術評価)」 , 「どれほど熟達している 演奏か(熟達評価)」の 3 項目に対して-3~3 の 7 段階で評価させる.評価値は,評価項目に関して 悪い評価には低い値を,良い評価には高い値を回 答させ,どちらでもない場合は 0 を回答させる. また,後続刺激のみを呈示し「自然な演奏か否か (自然評価)」を 2 段階で評価させる.演奏の聞 き直しを許可し 96 通り全てに対して評価をさせ る.主観評価実験の結果,評価者 10 名の評価ス コアを用いた場合におけるクロンバックの 係数 は, =0.976 であった.また,評価者 10 名間の 相関の平均は r=0.804(n=96)であり,評価者間の 評価の一貫性が確認された. 4.2 評価スコアの値を用いた分析とその結果 各評価者の 2 調分の評価スコアを用いて演奏 の種類ごとに評価スコアの平均値を算出し,分析 を行なった.表 1 に評価スコアを算出した演奏の 種類を示す.ここで,図 3~5 に各評価の結果を示 しており,横軸は各演奏データを示し,縦軸は評 価スコアの平均値を示し,ティックは 95%信頼 区間を示す.さらに,Holm 法を用いて多重比較 を行なった結果,図 3~5 に示すように,複数の演 奏間に 5%水準で有意差が認められた.ここで, 熟達した転換前演奏を GOOD,未熟な転換前演 奏を BAD と表し,これらの演奏に注目し,各演 奏の評価スコアの平均値と比較する.具体的には, 図 3~5 のどの評価に関しても GOOD とその転換 後の演奏(GG,GB,BG,BB)をそれぞれ比較すると 評価スコアの平均値は低下することが確認され た.すなわち熟達した成分(G)に未熟な成分(B)が 付与されると評価が下がる傾向がみられた.また, BAD と転換後の演奏を比較すると,未熟な成分 (B)に熟達した成分(G)を加えても評価スコアの 平均値は向上しないことが確認された. 以上の結果から,S 成分もしくは D 成分のどち らか一方の成分が未熟であれば,結果的に未熟な 演奏であると評価されてしまう傾向が確認され た.言い換えると,GOOD の成立条件は,S 成分 も D 成分も熟達している必要があることがわか った.この結果は,ギター演奏における熟達度自 動評価に関する研究[10]で考察された,個々の要 素の完成度よりも全体としての完成度を重視し た評価の傾向と一致した.この結果は音楽演奏に 対する評価の一端を表していると考えられる. 次に,評価実験により得られた 10 通りの演奏 における評価スコアの平均値を前述の Holm 法に よって比較することによって演奏成分が熟達度 評価にもたらす効果を調査する.ここで,刺激を カテゴリ間で比較することで,評価スコアの高い 方が評価にもたらす効果が高いことが示唆され る.4.2.1~4.2.3 に熟達度,表現,技術評価に対す る調査結果を述べる. 3 * 2.5 * * * 2 評価スコアの平均 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 1.5 * * * * * * 1 0.5 0 -0.5 -1 -1.5 -2 * * * * * * * * -2.5 * * * * * *:p<.05 * -3 GOOD Gf fG GG GB BG BB fB Bf BAD 図 3 熟達評価の結果 3 2.5 * * * * * * * * * * * * 2 評価スコアの平均値 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 1.5 1 0.5 0 -0.5 -1 -1.5 * * * * * * * * * -2 * * * * * -2.5 GOOD Gf fG GG GB BG BB fB Bf BAD 図 4 表現評価の結果 3 * * * 2.5 * * * * * * * * * 2 * * * * * * * * * * 評価スコアの平均値 4.2.1 熟達評価における分析 図 3 より,Gf と fG および Bf と fB の評価スコ アの平均値を比較すると,{Gf のスコア}>{fG の スコア},{Bf のスコア}>{fB のスコア}の関係が 得られる.よって,熟達評価について S 成分のみ から成る演奏と D 成分のみから成る演奏を比較 すると,S 成分のみから成る演奏の方が高い値が 得られていることが確認できる.つまり,S 成分 と D 成分を比べて,熟達評価において結果が大 きく確認できるのは S 成分であることが示唆さ れる.しかし,S 成分および D 成分が合算された GOOD との比較を行なうと,S 成分のみまたは D 成分のみから成る演奏ではなく,S 成分および D 成分を持つ転換前演奏が熟達していると評価さ れていることが確認できた(5%水準で有意).この ことから,熟達評価においては,S 成分のみの演 奏ではオリジナルの演奏に劣ることがわかる.よ って,S 成分と D 成分が合算されることによって 熟達評価にもたらす加算的効果を確認すること ができる. 4.2.2 表現評価における分析 図 4 より,GOOD,Gf および fG における表 現評価の評価スコアの平均値を比較すると評価 スコアの平均値の値は,{fG のスコア}<{GOOD のスコア}<{Gf のスコア}という関係が得られる. 一方 BAD,Bf および fB における評価スコアの 平均値の値を比較すると,{BAD のスコア}<{fB のスコア}<{Bf のスコア}という関係が得られる (5%水準で有意).以上の結果から,熟達している 演奏の場合も未熟な演奏の場合も,S 成分のみか ら成る演奏における表現評価のスコアが最も高 くなることが確認できる.よって,表現評価の結 果が最も大きく確認できるのは S 成分のみから 成る演奏であることが示唆された. 4.2.3 技術評価における分析 図 5 より 4.2.2 で述べた比較と同様に,GOOD, Gf および fG における技術評価のスコアの平均 値を比較すると{Gf のスコア}<{GOOD のスコ ア}<{fG のスコア}という関係が得られる.一方 BAD,Bf および fB における評価スコアの平均値 の値を比較すると,{BAD のスコア}<{Bf のスコ ア}<{fB のスコア}という関係が得られる(5%水 準で有意).以上の結果から,熟達している演奏 の場合も未熟な演奏の場合においても,D 成分の みから成る演奏における技術評価のスコアが最 も高くなることが確認できる.よって,技術評価 の結果が最も大きく確認できるのは D 成分のみ から成る演奏であることが示唆された. 4.3 評価スコアの差分を用いた分析 4.2.1 で,S 成分と D 成分が合算されることに よって熟達評価にもたらす加算的効果を確認成 分は技術評価に大きく効果をもたらすとそれぞ * * * * * * * * * 1.5 1 0.5 0 -0.5 -1 -1.5 * * -2 * * * * * * * * * * * * * -2.5 GOOD Gf fG GG GB BG BB fB Bf BAD 図 5 技術評価の結果 れ述べた.よって,演奏の熟達度は表現的な側面 と技術的な側面の加算で表わすことができると 考えられる.ここで,演奏の熟達度に表現的な側 面および技術的な側面がどのように効果してい るのかを調査するために,表現的な側面および技 術的な側面を用いて熟達度を表すモデルを検証 する.その計算式を式(1)に示す.ここで, は 表現的な側面が熟達度へもたらす効果の割合を 表わしており, は技術的な側面が熟達度へも たらす効果の割合を表わしている. 熟達度スコア 表現スコア (1) 技術スコア ここでは,表 1 に示した 96 種類の演奏におけ る評価スコアをベクトルとみなし,一般化逆行列 を用いた最小二乗法により式(1)内の および を求める.ここで,表 1 に示した 96 種類の演奏 における熟達評価の評価スコアをベクトル s(96 ×1)とする.また,表 1 に示した 96 種類の演奏 における表現評価および技術評価の評価スコア のベクトルを並べた行列 E(96×2)を設定する.さ らに, および から成るベクトルを w(2×1) とする.すると式(1)は式(2)のように表すことが できる. (2) 式 2 より,E の一般化逆行列を算出することで w を求めることができる.E の一般化逆行列を算 出するためには,まず,式(2)の両辺に E の転置 行列を乗算する.すると,式(3)のように示すこ とができる. (3) = 次に, は 2×2 の正方行列であり,一般に 逆行列をもつので式(3)の両辺に の逆行列を 乗算する.すると,式(4)のように示すことがで きる. (4) = したがって,式(5)のように示すことができる. = (5) 以上のように評価スコアの値を用いて w を算 出した結果を式(6)に示す. w= (6) = 技術 34% 表現 66% 実際の熟達度スコア 以上の結果より, =0.66, =0.34 の値が得 られた( : =0.66 : 0.34≒7:3).この結果を式(1) に代入して 96 種類の演奏における推定された熟 達度を とする.その結果,s と の相関係数は r=0.94(n=96)であり,自由度調整済み決定係数は adjusted =0.88(n=96)が得られ,推定結果の妥当 性が確認できる.よって熟達度には,表現的な側 面と技術的な側面がおよそ 7:3 の割合で効果が あることが確認された.図 6 にピアノ演奏熟達度 における表現的および技術的な側面の効果の割 合を示し,それに加え s およびの 値を用いた散 布図を示す.図 6 の縦軸は評価スコアから得られ た熟達度スコア,横軸は式(1)を用いて推定され た熟達度スコアを示す.図 6 より,ほとんどの演 奏に関して推定結果が妥当であり,線形的なモデ ルの妥当性が確認できる. -3 3 BAD 2 BB Bf 1 BG fB 0 -1 -1 1 3 推定した熟達度スコア fG GB Gf -2 -3 GOOD GG 図 6 熟達度の構成および散布図 4.4 評価スコアの差分を用いた分析結果 本研究では,各評価者の評価スコアをもとに, 転換前後の演奏における評価スコアの差分を算 出することで分析を行なった.ここで,差分の算 出方法は,転換後演奏の評価スコアから転換前演 奏の評価スコアを減算した値である.特に,「S 成分差分」および「D 成分差分」を算出した.こ れにより,各評価における D 成分差分と S 成分 差分を比較することで,S 成分と D 成分が評価の 結果に与える影響力を比較することができる.ま た,D 成分差分と S 成分差分の比較では,熟達し た転換前の演奏における評価スコアと転換後の 演奏における評価スコアとの差分を比較する場 合(以後,低下変換)のみを検証する.そのため, 低下変換に用いる転換前演奏は g1,g2,g3 の 3 通りである.また,S 成分差分を求める際に用い る演奏データは,例えば転換前演奏の g1 を S_g1+D_g1 とすると, 転換後演奏は S_b1+D_g1, S_b2+D_g1,S_b3+D_g1 となり,データ数は 3 通 りとなる.ゆえに,g1 の S 成分差分は転換前演 奏 1 通りの評価スコアと転換後演奏 3 通りの評価 スコアとの差分の平均で求められる.また,D 成 分差分を求める際に用いる演奏データは,例えば 転換前演奏の g1 を S_g1+D_g1 とすると,転換後 演奏は S_g1+D_b1,S_g1+D_b2,S_g1+D_b3 とな り,データ数は 3 通りとなる.ゆえに,g1 の D 成分差分は転換前演奏 1 通りの評価スコアと転 換後演奏 3 通りの評価スコアとの差分の平均で 求められる.つまり,S 成分差分のデータ数は 2 調×上記で述べた 3 通り×転換前演奏のデータ 3 通り=18 通りとなり,D 成分差分のデータ数も 2 調×上記で述べた 3 通り×転換前演奏のデータ 3 通り=18 通りとなる. 図 7~9 に各調の各評価に関する差分結果を示 す.図 7~9 の縦軸は差分の平均値を示し,横軸 は各成分を示し,ティックは 95%信頼区間を表 す.t 検定(Bonferroni 法)の結果,全 6 通りのうち 3 通りで有意差が認められた(5%水準).図 7 より 表現評価に関しては S 成分差分が D 成分差分よ り大きいことが確認できる.また,図 8 より技術 評価に関しては,D 成分差分が S 成分差分より大 きいことが確認できる. 5. 考察 4.2 の分析結果から,S 成分および D 成分のど ちらか一方が未熟であれば全体の演奏も未熟で あると評価され,個々の要素の完成度よりも,全 体としての完成度を重視した評価の傾向を確認 できた.さらに,熟達度評価に関して,S 成分と D 成分が合算することによる効果を確認した. これは,ピアノ演奏において S 成分の側面でも D 成分の側面でも熟達していることが,ピアノ 演奏上達のために要求されると考えられ,かつど ちらか一方ばかりを鍛えるのではなく,S 成分お よび D 成分の両方の側面を鍛え,それらを加算 することでピアノ演奏の上達が期待できるとい う解釈もできる. 低下変換 低下変換 0 0 -0.5 -0.5 -1 -1 -1.5 -1.5 -2 -2 -2.5 -2.5 -3 *:p<.05 -3 -3.5 * -3.5 D S D a)ハ長調(n=9) S b)ロ長調(n=9) 図 7 表現評価の結果 低下変換 低下変換 0 0 *:p<.05 -0.5 *:p<.05 -0.5 -1 -1 -1.5 -1.5 -2 -2 -2.5 -2.5 -3 -3 * -3.5 D S * -3.5 D a)ハ長調(n=9) S b)ロ長調(n=9) 図 8 技術評価の結果 低下変換 低下変換 0 0 -0.5 -0.5 -1 -1 -1.5 -1.5 -2 -2 -2.5 -2.5 -3 -3 -3.5 -3.5 D S a)ハ長調(n=9) D S b)ロ長調(n=9) 図 9 熟達評価の結果 4.2.1~4.2.3,および 4.3 の分析結果から,S 成分 はピアノ演奏の表現的な側面に大きく効果をも たらし,D 成分はピアノ演奏の技術的な側面に 大きく効果をもたらすことが確認されたので,ピ アノ演奏には表現的な側面および技術的な側面 を兼ね備えることが重要であると考える.つまり, 2.4 で述べたようにピアノ演奏において S 成分 は奏者の表現的な側面を表し,D 成分は奏者の 技術的な側面を表す役割を確認することができ た.さらに,ピアノ演奏において表現的な側面と 技術的な側面の両方を鍛えることで,ピアノ演奏 の上達が期待できるが,およそ 7:3 (表現:技術) の割合で各成分が発揮されると熟達度の向上が 期待され,さらにピアノ演奏における表現的な側 面が技術的な側面よりも熟達度を左右すると考 えられる. おわりに 本研究では S 成分と D 成分を用いて新たに演 奏データ転換を行ない,生成した種々の演奏デー タを用いて主観評価実験を行ない,表現評価およ び技術評価の熟達度に対する効果を調査した.次 に得られた評価スコアの平均値および差分を用 いて分析を行なった.その結果,S 成分はピアノ 演奏における表現的な側面を,D 成分はピアノ演 奏における技術的な側面を表わし,ピアノ演奏に おいて表現的な側面と技術的な側面の両方を鍛 えることで,ピアノ演奏の上達が期待できるが, およそ 7:3 の割合で各成分が発揮されると熟達 度の向上が期待できることを確認した.このこと より,ピアノ教育に貢献でき,また技術的な側面 および表現的な側面どちらも鍛えることができ 6 るようなピアノ独習支援システムを開発するこ とにより,さらなるピアノ演奏の技術力や表現力 の向上が望まれることが示唆された. さらに,本研究では 1 オクターヴの音階演奏の ように単純な課題曲ではなく,奏者によって演奏 の違いが確認しやすい課題曲を設定することが 挙げられる.打鍵時刻に抑揚の持たせやすい楽曲 での追試も必要であろう.また,先行研究[6]で は片手演奏のみを対象としていたため,先行研究 [11]では両手演奏を対象にしたピアノの熟達度推 定手法が提案されている.同様に演奏データ転換 の場合も,1 オクターヴの音階演奏以外の楽曲や 片手演奏だけではなく両手演奏を対象とし,本研 究同様各成分の効果の調査をする予定である. 謝辞 本研究の一部は,科研費(25580050)の援助 を受けた. 参考文献 [1]Persson,R.S., "Musical reality:Exploring the subjective world of performers. In Song and signification. Studies in music semiotics,(ed. R. Monelle & C. T.Gray)", pp.58-63. Edinburgh, UK: Faculty of Music, University of Edinburgh (1995) [2]Sloboda.J.A.,“The acquisition of musical performance expertise: Deconstructing the 'talent' account of individual difference in musical expressivity. In Theroad to excellence, (ed. K.A.Ericsson)”, pp.107-126 (1996) [3]Gabrielsson.A,“The performance of music . In The Psychology of Music , (2nd ed.) (ed. D.Deutsch) ” , pp.501-602 (1999) [4]Tait,M., Teaching strategies and styles. In Handbook of reseach on music teaching and learning, (ed. R. Colwell), pp525-34. New York: Schirmer Books (1992) [5]Shaffer, L. H. & Todd, N., The interpretative component in musical performance. InAction and perception in rhyrhm and music, (ed. A. Gabrielsson), pp.139-52. Royal Swedish Academy of Music Publication No.55. Stockholm: Royal Swedish Academy of Music (1987) [6]三浦ら,“ピアノによる1オクターヴの上下行長音 階演奏に対する熟達度の自動評価”,日本音響学会論 文誌,66, 5,pp.203-212 (2010) [7]Morita.S. , Emura.N. , Miura.M. , Akinaga.S. and Yanaguida.M.,"Evaluation of a scale performance on the piano using spline and regression models" , Proc. of International Symposium on Performance Science , pp.77-82 (2009.12) [8]藤田ら, "ピアノ演奏の熟達度評価におけるスプライ ンカーヴ成分と逸脱成分の効果”, 日本音響学会音楽 音響研究会資料MA2014-55, pp.1-6 (2014) [9]加藤ら,“スプラインカーヴに基づいたデータ転換 による熟達した演奏の再現可能性”,日本音響学会音 楽音響研究会資料,MA2011-27,pp.39-45 (2011.8) [10]数森ら,“ギターコード演奏の練習支援を目的とし たファジィ階層化意思決定法に基づく熟達度自動評 価”,日本音響学会誌, 66 ,9 , pp.431-439 (2010) [11]Miyawaki.S. , Kato.H., and Miura.M. , "Proficiency estimation for piano performance of Burgmueller's “La candeur”", Proc.of 13th International Conference on Music Perception and Cognition(ICMPC),pp.406-412 (2014. 8)
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