/【K:】Server/定期物/月刊税理/税理 2015.04/210‐213 健全廃業・虎の巻4 E 第4回 <第2章 2015.03.10 10.45.2 廃業を意識した時にとり得る四つの選択肢> 廃業を意識した時の四つの出口戦略 経営承継研究会 中小企業診断士 長谷川 勇 私は,東京近郊で金属加工部品を製造する従業員1 2名の経営者です。6 3歳になりますが,子供 3人は他の企業に勤務し,製造業に関心はありません。熟練技術者のおかげで納品先の信頼は厚 く,経営は順調です。熟練技術者は,3年後の引退を希望しており,私の体力・気力も限界にあ ります。従業員や取引先へのご迷惑を考えると,廃業の決心がつきません。引退しても,事業を 活かす道はあるでしょうか。 1 引退を意識した時の経営環境 経営者が廃業を意識する背景には,経営者 個人・家族の問題と事業環境の悪化,財務状 況の悪化の三つがあります。 経営者個人や家族の問題には,!後継者不 在で,事業継続の「目的」を失っている," 経営者自身が高齢化し,健康に問題を抱えて り,!売上げが減少傾向にある,"営業赤字 が続いている,#債務超過に陥った等が挙げ られます。 個々の経営者により,廃業を意識する背景 は異なりますが,複数の背景が複合して,廃 業件数は増加の傾向にあります。 2 廃業を意識した時に考えたいこと 「体力」が低下し,事業を継続する「気力」 廃業した企業のうち,多くの企業は連続経 が衰えてきた,#老老介護など家族の問題を 常黒字や資産超過の状態で廃業しています 抱えて,仕事に「集中」できなくなった等が (詳細は1月号参照) 。追いつめられての廃 あります。 業は避けねばなりませんが,廃業以外の選択 事業環境の悪化には,!ニーズの変化によ 肢もあったのではないかと推測されます。 り主力事業の将来が危うい,"地域経済が沈 廃業を意識した時は,一時立ち止まって廃 滞し,経営基盤が崩れる恐れがある,#競争 業以外の選択肢があるのではと考えてみまし 力のある新規企業の参入で競争が激化した, ょう。 $競合する代替品の出現で主力商品の販売見 ! 企業は社会的な存在 通しが暗い等があります。 財務状況の悪化には,競争環境の悪化によ 210 税理●2 0 1 5. 4 企業は,経営者・従業員・取引先・金融機 関などの協力で存在しています。経営者・家 /【K:】Server/定期物/月刊税理/税理 2015.04/210‐213 健全廃業・虎の巻4 E 族の都合だけではなく,従業員・取引先・金 融機関への影響も考慮して,廃業の是非を判 2015.03.10 10.45.2 $ 「再チャレンジ」戦略: いったん,現事業を健全廃業して清算し, 断しなければなりません。 体制を整えて現事業あるいは新事業で再ス " 廃業は三方の損 タート・再創業する等があります(詳細は 廃業を社会全体で見渡すと,企業の新陳代 謝を促し,産業の効率化と生産性の向上に貢 献することになります。 しかし,個別企業の立場に立つと,マイナ ス面が見えてきます。 5月号以降参照) 。 3 経営環境を確認する 廃業志向を転換して四つの出口戦略を選択 するには,実現可能性を事前に検討する必要 事業継続と比較すると,廃業は,!使用価 があります。後継者に迷惑をかけない経営内 値のある設備は,使用価値を下回るスクラッ 容であるか,M&A で売れる企業であるか等 プ価格で処分され,"従業員は職を失い路頭 を確認します。 に迷い,#取引先は販売先・仕入先を失い, ! 企業の現状 サプライチェーンが切断され,経営者・従業 経営者自身は,体力・気力・意欲が十分で 員・取引先の三方の損になります。 あることが必要です。廃業志向からの発想の # 三方よしの道を探る 転換ですから,第三者的に判断できる相談相 連続営業黒字の企業であれば,経営的に余 手も必要です。 力があり,社会も必要としている企業ですか 後継者に迷惑をかけないように,営業利益 ら,事業を継続して三方よしの道を探るべき を出せる利益体質,財務力の目安となる自己 でしょう。 資本比率,将来性のある事業,借入金の返済 そのためには,経営者は体力と気力に余裕 があるうちに,外部環境と内部環境を分析し て,自社の現状を客観的に把握します。 $ 廃業以外の四つの出口戦略 能力などを確認します。 " PEST 分析で企業の将来性判断 一民間企業とはいえ,時代の荒波を乗り越 えて経営をしますので,外部環境の変化が, 廃業志向を考え直して,事業を継続して三 当社の今後の事業にとりプラス要因(ビジネ 方よしを実現するには,次の四つの出口戦略 スチャンス)か,あるいはマイナス要因(脅 があります。 威)かを見通し,対策を立てて後継者にその ! 「中継ぎ経営者へそして大政奉還」 戦略: 地位を譲ります。 後継者候補が若すぎて,経験不足・引き 継ぐ意思が不明な場合 " 「第二創業」戦略: 現主力事業の将来性への不安や,後継者 候補が他の分野で活躍したい場合 # 「第三者への M&A」戦略: 企業を売却して,企業は閉じても事業・ 従業員・取引先を活かす 例えば, ! 政治的環境要因(P) : 消費税増税の行方や規制緩和・強化など, " 経済的環境要因(E) : 円安,物価上昇の見通しや TPP の行方 など, # 社会的環境要因(S) : 人手不足,賃金上昇,人口減少など, 税理●2 0 1 5. 4 211 /【K:】Server/定期物/月刊税理/税理 2015.04/210‐213 健全廃業・虎の巻4 E $ 技術的環境要因(T) : 技術革新・製品ライフサイクルの短縮な どを分析して,後継者が安心して事業を引 き継げることを確認します。 ! ファイブフォース分析 2015.03.10 10.45.2 面的に検討します。検討する項目は,企業の 現状に応じて異なります。 " 事業関係 イ将来性のある事業 事業関係については,& ロ将来性のある新規事業を を有しているか,& 企業の属する業界内の「五つの力関係」を ハ主力製品のライフサイクル 取り込めるか,& 把握することで,事業継続の見通しを把握し ニ競争力のある製品 は,成長期か衰退期か,& ます。 の開発・生産・仕入れの見通しはあるか等を 五つの力関係とは,!直接の競争関係にあ る企業と当社との力関係,"仕入先と当社と 把握します。 # 従業員関係 の交渉力,#販売先と自社との交渉力,$自 従業員関係は,後継者が事業を引き継いで 社の事業継続に影響を与える恐れのある競争 みたら「もぬけの殻」では,後継者に迷惑を 企業の参入見込み,%自社の主力製品の販売 かけることになるので,慎重に従業員の動向 動向に影響を与える代替品の出現の見通し等 を把握する必要があります。 を把握して,今後の経営戦略の参考にします。 イバランスのとれた年齢 自社の従業員は,& 当社の方が力関係で強ければ,競争力をて ロ従業員を統率できる幹部は存在す 構成か,& こに事業継続は明るい見通しになります。当 ハ知的資産には魅力があるか,& ニ従業 るか,& 社の方が弱ければ,将来に困難が待ち受けて 員の勤労意欲は旺盛か等を慎重に把握します。 います。 $ 金融機関関係 " 内部環境分析 再チャレンジを除く三つの出口戦略は,現 金融機関との関係では,事業を引き継ぐ後 継者に対する金融機関の評価に依存しますが, 経営者が引退し,経営権を後継者に引き継ぐ 現状の財務力やビジネスモデルに対する金融 ことになります。経営権を引き継ぐには,後 機関の評価を把握します。金融機関関連の調 継者が安心して引き継げる経営内容かを確認 イ追加融資の可能性はあるか,& ロ 査項目は,& しなければなりません。 ハ借入金 返済猶予を受ける見通しはあるか,& 再チャレンジの場合は,現事業をいったん ニ個人保 返済は何年くらいかかる見通しか,& 閉じて健全廃業をした後に,体制を整えて現 証を解除できる見通しはあるか等を把握しま 事業あるいは新事業で再度起業します。 す。後継者に負担の少ない状況で,引継ぎを 主要な確認項目は,次の4項目になります。 ! 財務内容 イ資産超過か,債務 財務内容については,& したいものです。 4 事業を継続するか ロ営業赤字は解消可能か,& ハ遊休資 超過か,& 外部環境分析と内部環境分析の結果を総合 ニ 産を売却すれば債務超過は解消できるか,& 的に評価して,当初の予定どおりに廃業する 赤字事業から撤退すれば,黒字に転換できる か,自分は引退しても事業は存続させるかを ホ過剰従業員を削減すれば,再建は可能 か,& 判断します。廃業の場合は,健全廃業が可能 ヘ借入金の返済見通しがあるか等を,多 か,& かを見通します。 212 税理●2 0 1 5. 4 /【K:】Server/定期物/月刊税理/税理 2015.04/210‐213 健全廃業・虎の巻4 E 外部環境分析と内部環境分析の評価は,自 2015.03.10 10.45.2 & 個人保証の解除を交渉する。 己評価のバイアスを取り除くために,第三者 事業内容の磨き上げをするには,経営者の の意見を参考にすると,より客観的に評価す 過去の成功体験・失敗体験を超えて,新しい ることが可能になります。事業継続の可能性 視点で事業内容を見直す必要があります。そ があれば,三方の損の廃業を避けて,三方よ のためには,経営コンサルタントとしての中 しの事業継続を選択します。 小企業診断士や,財務の専門家である顧問税 事業を継続するか否かを判断する際の最大 の留意点は,事業を引き継ぐ後継者に迷惑を かけないことです。後継者に迷惑をかけない 理士に,アドバイスを求めることが重要です。 6 出口戦略を選択する ための留意点は,次のような致命的な潜在リ 事業内容の磨き上げの見通しがついたら, スクを明らかにして,除去するか,軽減する 磨き上げの活動と並行して,出口戦略の選択 か,後継者に明示して引き継ぐことです。 と後継者候補(M&A を含む)と具体的な交 ! 資金繰りの見通し 渉に入ります。磨き上げ後のビジョンを明確 " 簿外債務の存在 に描ければ,後継者候補との交渉も順調に進 # 法務リスクの洗出し められます。 $ 欠陥製品・商品はないか 再チャレンジ志向の場合も,利害関係者と % 売掛金の回収は万全か の信頼関係を維持しつつ健全廃業をすること & 粉飾決算はないか で,再挑戦も円滑にスタートできます。 ' 労務リスクはないか 等です。 ●図表−1 出口戦略の選択肢 廃業を意識する 5 事業内容の磨き上げ 廃業志向を転換して,事業継続を決断した 経営環境の再確認 外部環境分析 内部環境分析 ら,事業の磨き上げに努力を傾注します。経 事業を継続 いいえ するか はい 事業内容の 健全廃業 磨き上げ 営権を他人に引き継ぐのですから,事業内容 を身綺麗にして引き渡したいものです。 事業内容の磨き上げは,経営者としての総 経営者の人生設計 中継経営者 第二創業 M&A 再チャレンジ 廃業 仕上げであり,卒業論文になります。事業内 容の磨き上げは,量的拡大ではなく筋肉質な 財務体質にすることを心掛け,量的拡大は後 ! 会社は閉じても,事業を活かす。 継者に任せます。 " 三方よしを基本に将来を選択する。 ! 選択と集中でムダな事業を廃止する。 # 廃業を意識した時,廃業以外の選択肢を " 遊休資産は売却し財務をスリム化する。 # 安心して引退できるように,経営幹部を 育成する。 $ 後継者に配慮して古参幹部を処遇する。 冷静に考える。 $ 外部環境分析・内部環境分析をして,出 口戦略の可能性を探る。 % 事業内容の磨き上げをして,後継者に迷 惑をかけない事業内容を引き継ぐ。 % 粉飾決算を清算する。 税理●2 0 1 5. 4 213
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