赤ちゃんと音の出会い

年次活動報告書 2012
赤ちゃんと音の出会い
-“音遊び”に内在する多感覚性とその発達的基盤に関する視線計測からのアプローチ-
駒沢女子大学人文学部心理学科
丸山
慎
1. 本研究の視座と目的
何処からか音が聴こえてくると、赤ちゃんは、
何を教わったわけでもないのに音源と思しき対
2. 視線計測実験の方法
・実験協力者(被験者)
:健常な 4 ヶ月齢お
象を探し、見つめる。音を使った遊びは、それ
よび 7 ヶ月齢の乳児(計 82 名)。
を生成する人の動きや事象の構造についての
・使用機器:視線計測装置 Tobii-T120(ト
探索を誘発し、未知の価値の発見と学習の契
ビー・テクノロジー・ジャパン)、コンピ
機を与えているのである。この意味において赤
ューター、スピーカー。
ちゃんと音との出会いは、視覚をはじめとする
・視聴覚刺激と呈示方法:音を生成する行
多様な感覚を刺激し、周囲の世界やモノとの
...
探索的な交わりを生み出す、「創造的な活動と
為の差異が明瞭であると思われる 2 種類
しての遊びの契機」であるといえるだろう。
平方向に動く“伸縮動作”)を素材とし、
の動作(垂直方向に動く“打動作”と水
このような視座に立脚し、音が赤ちゃんの探
それらをフラッシュ・アニメーションで
索活動と遊びのプロセスに与える影響を検討
描いたヒト型キャラクターに再現させた
するために、本研究は、乳児を対象にした「音
ものを視覚的刺激として独自に作成した。
知覚と視覚的探索の関係」について視線計測
一方、音響刺激は打動作から引き出され
実験を試みた。乳児に音声を伴ったアニメー
る音および伸縮動作から引き出される音
ション映像を視聴してもらい、彼らの視線の動
として「打撃音(打楽器音)」と「平滑音
き(映像に関する視覚的探索)が、それに付随
(グリッサンド音)」の 2 種類を使用した。
する音声のパターンからどのような影響を受け
打撃音は、約 1 秒間に 1 回の割合で C3
るのかを検討したのである。乳児期における
と D3 の音が順に各 3 回ずつ計 6 回再生
「聴くこと」と「視ること」の協応、すなわち音の
され、平滑音(グリッサンド)は C3 と
知覚の背景にある多感覚性とその発達的基
D3 の間で切れ目なく音高が変化し、約 2
盤を明らかにすることによって、概念的な知識
秒で音高がずり上がる(ずり下がる)よ
の獲得以前の人と音との出会いを原初的な水
うに再生された。以上の映像および音響
準で捉え直し、人間のコミュニケーションや遊
の刺激の組み合わせを操作し、動作の特
びといった様々な活動における音の意味や価
徴とそこから予測される音響刺激との対
値、そしてそれらの知覚の発達について理解
応が高いと思われるもの(例えば打動作
を深めることを本研究の目的とした。
と打撃音)と対応が低いと思われるもの
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年次活動報告書 2012
(例えば打動作と平滑音)とをそれぞれ
探索の範囲が広がり、その際にキャラクタ
の動作と音について組み合わせ、計 4 種
ーの「顔」を経由する遷移パターンが増加
類の刺激を作成した。これら 4 種類の映
していくことが示された。また注視時間に
像刺激を各 6 回ずつランダムに再生でき
関しても各月齢群内で異なった特徴がみら
るように配置し、映像刺激の間にそれら
れたことから、本研究で対象とした 2 つの
とは無関係のアテンションゲッターを差
月齢群の注視行動には質的な差異が表れて
し挟んで刺激を呈示していった。1 つの
おり、それは視聴覚間協応の発達的な変化
映像刺激の長さは約 17 秒で、全ての映像
の過程を捉えたものであるということが議
刺激を視聴した場合にかかる時間は約 9
論された。
分であった。
4. 豊かな“音遊び”の創発に向けて
・手続き:保護者の同意を書面で確認した
後、乳児は保護者とともに防音スペース
本研究の成果は、乳児期における対象の
へ移動した。乳児は、刺激が呈示される
「顔」への注視行動の意味について議論す
モニタ正面で保護者の膝の上に着座し、
るための契機となるものであり、近年の「他
キャリブレーションを行った後、計測を
者理解の発達的基盤」に関する研究との関
開始した。乳児がモニタを注視している
連をも伺わせるものである。したがって本
限り映像刺激を呈示し続け、明らかに飽
研究は、他者とのコミュニケーションのメ
きてしまったり、泣き出してしまった時
カニズム(それは「遊び」というコンテク
点で計測を終了した。
ストにおいても重要である)、そして多感覚
的な知覚にもとづいた「子どもにとっての
3. 結果と考察
創造的な遊び」について検討するための成
映像刺激の呈示開始時から 2 秒間のうち
果となり得るものであり、今後も引き続き
研究を継続していきたいと考えている。
80%以上映像のいずれかの部分を注視して
おり、かつその基準を満たした試行が 4 種
類の視聴覚刺激の全てについて 2 試行以上
5. 成果公表の予定
取得できたデータを有効とした。
本研究の成果は以下の学術会議で公表す
映像刺激のヒト型キャラクターを、「顔」
る予定である;
の部分と「行為」領域(主に手腕と胴体部
Maruyama, S., Watanabe, H., & Taga G. (2013)
分)の部分とに分け、乳児の視線遷移のパ
How do infants see the sound producing event? :
ターンと各領域に対する注視時間を分析し
An eye-tracking study on development of
た。【「顔」から「行為」領域へ】の遷移パ
audio-visual congruence. To be presented at 16th
ターンあるいは【「行為」領域から「顔」へ】
European Conference on Developmental
の遷移パターンの生起回数などを分析した
Psychology, September 3-7, Lausanne,
結果、月齢が上がるごとに乳児の視覚的な
Switzerland.
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