肝硬変の門脈血栓症の治療(※PDF)

肝硬変の門脈血栓症の治療
Management of portal vein thrombosis in liver cirrhosis Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2014 ;11:435‐46 【要旨】 門脈血栓症は,肝硬変によく認められる合併症である.
門脈が血栓によって閉塞すると,肝硬変患者の予後が悪化
する危険性があり,重大である. 門脈血栓症のない肝硬変患者に抗凝固療法を行うと,門
脈血栓症の発生を防止することができることが,ランダム
化比較試験によって示された.門脈血栓症を起こした肝硬
変患者に抗凝固療法を行うと,門脈を再疎通させることが
できることも,いくつかの症例研究で示された. 早期に抗凝固療法を開始した患者や,以前に門脈圧亢進
症性の消化管出血を起こしたことがない患者は,抗凝固療
法による門脈の再開通率が高い.しかし,部分的な門脈血
栓症では自然に血栓が消失することもあるため,この場
合,本当に抗凝固療法が必要なのか,判っていない.一方
で,完全閉塞した門脈血栓症では,抗凝固療法による再開
通率はかなり低く,有用性は限られる. 経頸静脈肝内門脈体循環シャント(TIPS)が成功する
と,血栓閉塞部が再開通して,門脈圧亢進が軽減される.
しかし,TIPS は技術的に難しく,広く行われることはな
い.手技のリスクとベネフィットは十分に勘案する必要が
ある. 肝硬変における門脈血栓症の治療に関する現在のガイド
ラインは,質の高いエビデンスがないため,不十分である
ことに注意を要する. 【はじめに】 ・門脈血栓症を認めた肝硬変患者では,全身性の血栓危険
因子が高頻度に観察される.第 V 因子ライデン変異,プロ
トロンビン G20210A 突然変異,メチレンレダクターゼ
1
C677T 変異,線維素溶解の低下,抗カルジオリピン抗体,
ループスアンチコアグラントなど. ・門脈血栓による閉塞は肝硬変の重症度の指標になり,肝
移植後の生存率に影響する.以前に静脈瘤が出血したこと
がある肝硬変患者は,門脈血栓症を起こすと予後が悪い. 【門脈血栓症の予防】 ・抗凝固療法は肝疾患の進行を遅らせる可能性を持つ. ・肝硬変の非代償化と死亡率は,非抗凝固療法群よりもエ
ノキサパリン群で有意に低かった. ・抗凝固療法に関係する出血性合併症は,多くの試験で起
きていない. 【門脈血栓症の治療】 1.自然消退 肝硬変患者の部分的な門脈血栓の 30〜50%は,自然に消
失する可能性がある.肝移植を待っている間に,血栓が自
然に消失したり,血流が再開通することがある.また,日
本の単一施設の後ろ向き研究では,肝硬変患者の門脈血栓
の 47.6%で自然消失が観察された. 門脈が自然に再疎通することを予測できる特定の要因は
判っていない.血栓が自然に改善した患者では,血栓が検
出された時の最大の側副血管の直径と血流量がより大きか
った.側副血管が充分大きいかどうかは,血栓症の治療の
必要がない患者を識別することに使えるかもしれない. 上記を踏まえた上で,やはり門脈血栓症は治療すること
を推奨する.血栓が上腸間膜静脈まで拡大して,その合併
症が起きる可能性を回避することが重要である.抗凝固療
法,全身および局所的な血栓溶解療法,経皮的門脈再疎通
治療,および TIPS が現在の選択肢である. 2
2.抗凝固療法 抗凝固療法は肝硬変患者の門脈血栓症に対する治療とし
て,安全かつ有効性であると示す症例研究がいくつかある
(表 2)
.抗凝固療法の合併症発生率は低く,安全である
(表 3)
.ほとんどの研究において,抗凝固療法に関係した
出血や他の重大合併症の報告がないことに注目すべきであ
る.これは,厳密な基準で患者を選択していることが関係
している.抗凝固療法を開始する前には,内視鏡的静脈瘤
結紮によって高リスクの静脈瘤を制御する必要がある. 抗凝固療法による門脈の再開通率は高く(42〜100%),
血栓が拡大する可能性は低い(0〜15%)(図 2)
. ただし,こうした研究に参加した患者の大部分は,部分
的な門脈血栓症だったことに注意を要する.完全に閉塞し
た血栓症や海綿状側副路の発達した患者における抗凝固剤
の有効性は限られる可能性がある. 門脈血栓症を診断したら,早期に抗凝固療法を開始した
ほうが,門脈の再開通に有利なことが単変量解析で判明し
た.以前に門脈圧亢進症による消化管出血がないことも,
門脈の再開通左右する重要な因子であった. こうした研究で使用された抗凝固剤は主に,低分子ヘパ
リンとビタミン K 拮抗薬(ワーファリン)の 2 つである.
未分画ヘパリン(通常のヘパリン)ではなく低分子ヘパリ
ンを使用する理由は,出血性合併症とヘパリン誘発性血小
板減少症の発生率が低いことである.出血性合併症はすべ
て,ビタミン K 拮抗薬の単独治療を受けた患者で発生して
おり,低分子ヘパリン単独や,低分子ヘパリンに続いてビ
タミン K 拮抗薬に移行した患者では観察されなかったこと
が重要である.ビタミン K 拮抗薬の治療効果を監視する上
で,INR は不正確なことに注意する必要がある.肝硬変で
は凝固因子と抗凝固因子の両方の要因が減少し,止血バラ
ンスが低いポイントに設定されている.しかし,INR は,
凝固促進因子の減少を反映していない. 3
表1.門脈血栓症を認めた肝硬変に治療をしない場合の転帰(自然経過)
研究
研究タイプ
対象患者
患者数
診断手技
自然再開通 or 改善
経過観察
単施設
前向き
肝移植待機の肝硬変
閉塞性の門脈血栓症
超音波と
CT か MRI
全患者>6 ヶ月
単施設
後向き
肝硬変+門脈血栓症
超音波
平均±標準偏差
65.2±39.6 ヶ月
単施設
後向き
肝硬変,肝細胞癌なし
部分的な門脈血栓症
CT
平均 27 ヶ月
単施設
前向き
肝硬変+門脈血栓症
ドップラーと
CT
平均 22.53 ヶ月
閉塞性 4,部分的 14,海綿状側副路 3
単施設
後向き
肝移植待機の肝硬変
部分的な門脈血栓症
単施設
肝硬変+門脈血栓症
肝細胞癌なし
ドップラーと
CT か MRI
血栓の進展なし
記載なし
超音波
記載なし
表2.門脈血栓症を認めた肝硬変に対する抗凝固療法
研究
研究タイプ
対象患者
患者数
門脈血栓の特徴
静脈瘤と静脈瘤破裂
単施設
前向き比較
肝硬変+門脈血栓症
記載なし
記載なし
単施設
後向き
肝硬変+門脈血栓症
単施設
後向き
肝硬変+門脈血栓症
肝移植待機
単施設
前向き
肝硬変+門脈血栓症
多施設
後向き
肝硬変+門脈血栓症
単施設
前向き
肝硬変+門脈血栓症
門脈主幹(n=3),門脈分枝(n=1),
脾静脈(n=1)
単施設
後向き
肝硬変+慢性門脈血栓症
完全閉塞(n=18),部分(n=10)
門脈と分枝(n=19),腸管膜静脈(n=2)
門脈/脾静脈/腸管膜静脈(n=7)
単施設
後向き
肝硬変+門脈血栓症
完全閉塞(n=5),部分(n=23)
腸管膜静脈にも波及(n=15)
脾膜静脈にも波及(n=5)
単施設
前向き
肝硬変+門脈血栓症
肝移植待ち
完全閉塞(n=3),部分(n=21)
単施設
後向き
肝硬変+門脈血栓症
肝移植待機
完全閉塞(n=1),部分(n=18)
新規血栓(n=6)
門脈主幹(n=8)
右門脈(n=9),左門脈(n=1)
完全閉塞(n=26),部分(n=15)
転帰
有効
(血栓の縮小>50%)(n=26)
食道胃静脈瘤出血
(n=11)
記載なし
完全消失(n=5),部分消失(n=8),
不変(n=8)
大きな食道静脈瘤(n=14) 完全消失(n=11),部分消失(n=12),
静脈瘤出血の既往(n=0)
不変(n=5),血栓増大(n=0)
完全閉塞(n=7),部分(n=24)
海綿状側副血行路(n=2)
<6 ヶ月(n=19),6-12 ヶ月(n=6),
>12 ヶ月(n=8)
静脈瘤の記載なし
完全消失(n=12),部分消失(n=9),
静脈瘤出血の既往(n=8)
不変(n=7),血栓増大(n=5)
完全閉塞(n=14),部分(n=41)
静脈瘤の記載なし
海綿状側副血行路(n=0)
静脈瘤出血の既往(n=24)
急性 or 亜急性(n=31)
門脈と分枝(n=25),門脈と脾静脈(n=2),脾静脈(n=1)
門脈と脾静脈と腸管膜静脈(n=12),腸管膜静脈(n=2)
4
小さい食道静脈瘤(n=1)
中/大の食道静脈瘤(n=4)
RC+の静脈瘤(n=5)
静脈瘤出血の既往(n=5)
静脈瘤の記載なし
完全消失(n=25),部分消失(n=8),
無効(n=22)
完全消失(n=5)
完全消失(n=13),部分消失(n=5)
静脈瘤の記載なし
完全消失(n=21),部分消失(n=2),
静脈瘤出血の既往(n=9)
不変(n=3),血栓増大(n=1),
海綿状側副血行路の発生(n=1)
静脈瘤の記載なし
再開通は完全閉塞(0/3),部分(15/21)
再開通なしは完全閉塞(3/3),部分(6/21)
静脈瘤;Grade 1(n=5) 完全消失は完全閉塞(1/1),部分(7/18)
Grade 2(n=8),Grade 3(n=4)
不変(n=10),血栓増大(n=1),
静脈瘤出血の既往(n=14)
表 3.門脈血栓症に対する抗凝固療法の種類,量と合併症
研究
抗凝固療法製剤の種類と量
抗凝固療法の合併症
ダナパロイドナトリウム(オルガラン®)1250 単位を 2 回/
日,14 日間.それにアンチトロンビンⅢ製剤を任意に追加
(1500 単位,1-5 日目と 8-12 日目)
出血を含む重篤な合併症なし
経口低分子ヘパリン Sulodexide2 錠/日
出血を含む重篤な合併症なし
ワーファリン 1mg/日で開始
INR 2-3 に調製
膣出血(n=1),消化管出血はなし
adroparin 95 抗-Xa 単位/kg を 2 回/日
鼻出血(n=1),血尿(n=1),脳出血(n=1),
ヘパリン誘発性血小板減少(n=1)
低分子ヘパリンかワーファリンで開始.低分子ヘパリンはワ
ーファリンに移行.INR 2-3 に調製.
関連する出血性合併症(n=5)
低分子ヘパリン 75IU/Kg/日
出血を含む重篤な合併症なし
低分子ヘパリン(クレキサン®)治療量を 15 日間.
その後,低分子ヘパリン予防量(40mg/日)か
Acenocoumarol(ワーファリン類似薬)を 6 ヶ月間.
出血性合併症(n=0)
血小板の減少(n=0)
低分子ヘパリン(クレキサン®)200 U/Kg/日を 6 ヶ月間.
関連する出血性合併症なし
関連する出血性合併症なし
低分子ヘパリン(Nadroparin)5,700 IU/日で開始し,
Acenocoumarol に移行し,INR >2.0 を維持.
関連する出血性合併症なし
抗凝固療法による門脈再開通(%)
記載なし
不変か血栓の増大
完全ないし部分再開通
図 2 肝硬変患者における門脈血栓症の治療における抗凝固療法の効果
肝硬変の門脈血栓症
門脈圧亢進症の臨床徴候がない
血栓が門脈の<50%
上腸間膜静脈へ進展なし
待機して見守る
改善または
安定
門脈圧亢進症の症状が出現
血栓が門脈の>50%
±上腸間膜静脈へ進展
悪化
内視鏡治療,腹水穿刺,
薬物治療で管理可能
内視鏡治療,腹水穿刺,
薬物治療では管理不可
抗凝固療法
(または治験に参加)
悪化
経過観察
TIPS か対症療法
図 4 肝硬変患者における門脈血栓症の治療アルゴリズム
5