Cytokine-adsorbing hemofilter 東レ「ヘモフィール CH

●特集「血液浄化器の進歩」
Cytokine-adsorbing hemofilter 東レ「ヘモフィールⓇ CH-1.8W」
の特徴と機能
東レ株式会社医療用具事業部救急集中治療製品課
小澤 英俊
Hidetoshi KOZAWA
はじめに
1.
2.
PMMA 中空糸の製膜について
敗血症に伴うショック症状や臓器障害では,免疫炎症反
東レは 1970 年代に立体規則性の異なる 2 種類の PMMA
応が重要な役割を果たしており,体内で過剰に産生される
樹脂〔
(アイソタクチック PMMA(iso-PMMA)とシンジオ
メディエーターが症状の悪化に関与していることが次第に
明らかにされてきている。
タクチック PMMA(syn-PMMA)
〕をジメチルスルホキシド
(DMSO)溶液に溶解し,この高温の溶液(中空糸膜原液)
持続緩徐式血液濾過器は持続的に体外循環を行うことに
を 70℃以下に冷却するとゲル化し,2 種類の樹脂コンプ
より,血液中の水,電解質,尿毒物質,肝毒物質,その他多
レックス構造体を形成できることを見出した。東レの繊維
臓器不全惹起物質などの有毒物質を緩徐に除去・調整する
技術を活かして,このステレオコンプレックス構造体から
もので,循環動態が不安定な腎不全,肝不全,呼吸不全,多
中空糸を紡糸する技術を確立し,透析膜を開発したのが始
臓器不全,敗血症,術後・外傷・熱傷症例などの患者に対
まりである(図 1)。
して治療を行い,救命及び延命をはかる医療機器である。
1990 年 4 月に保険適用となり,東レは生体適合性が良いこ
とが知られていたポリメチルメタクリレート(PMMA)膜
を持続緩徐式血液濾過用途として開発し,7 名の患者を対
3.
PMMA 中空糸膜の構造について
図 2 に PMMA 膜の構造をポリスルホン(PSf)膜と比較し
た写真を示す。
象とした延べ 30 症例の治験を経て 1),ヘモフィール ® CH
PMMA 膜は,内表面から外表面にかけてほぼ均一な対称
として 1991 年(平成 3 年)に販売を開始した。ヘモフィー
構造を有している。対称膜の場合,膜の分離性能は,膜全
2
品種)さらに,ア
ル ® CH-N シリーズとして 0.3 ∼ 1.0 m(3
体の構造によって決まる。内表面の観察像を比べると,
ルブミン透過率を高めたヘモフィール ® CH-SX の販売を
PMMA 膜の内表面の孔は PSf 膜に比べて大きい。一方,
行ってきた。PMMA 膜がヒューモラルメディエーターを
PSf 膜は,内表面が密で外表面が疎な非対称構造であり,最
効率良く吸着除去でき,メディエーター対策に有用である
内表面の緻密層(∼ 5μm)の構造によって,物質を篩いわ
ことが認められてきたことから 2),3),今回,炎症性サイト
ける分離性能が決定される。物質の透過性を決める孔径は
カインなどのメディエーターの除去能力を高め,長時間使
中空糸を作る段階の原液中のポリマー濃度や製膜条件によ
用を考慮したヘモフィール ® CH-1.8W(膜面積 1.8
りコントロールが可能であり,持続緩徐式血液濾過器に求
m2)を開
発した。
められる除水性能,溶質除去性能,メディエーター除去性
能を最適化するために調整される。PSf 膜は,非対称膜で
あり,主に透過によって溶質を除去する。分離機能層が薄
いため,シャープな物質分離と高い除水性能が得られる。
■著者連絡先
東レ株式会社医療用具事業部救急集中治療製品課
(〒 103-8666 東京都中央区日本橋室町 2-1-1)
[email protected]
228
一方,PMMA 膜は対称膜であり,透過と吸着によって溶質
を除去する。特徴としては,最適化された孔径を持った
PMMA 膜は吸着特性を活かして,高分子量タンパクや炎症
人工臓器 43 巻 3 号 2014 年
ステレオコンプレックスPMMA
iso-PMMA
syn-PMMA
A.M.Liquori et al,Nature,206,358(1965)
図 1 立体規則性の異なる 2 種類の PMMA によるステレオコンプレックスの形成 4)
PMMA膜(対称膜)
PSf膜(非対称膜)
内表面に緻密層を有している
膜全体が均一、大きな孔も存在
図 2 中空糸膜の構造比較
性サイトカインなどを膜中へ効率的に除去することができ
る。
4.
5.
PMMA 膜へのサイトカイン吸着原理について
PMMA 膜のような吸着型の膜においては,膜の構造が吸
血液浄化の原理
着量を最大化する重要なポイントになる。開孔率が高いほ
血液浄化の原理は,大きく分けて透過と吸着である。透
うが,膜孔の内部を含む全体の表面積を大きくすることが
過はさらに,透析と濾過に分けられる。透析では,溶質が
できるため,吸着量が増加する。次に孔径について考察す
濃度差によって拡散で移動する。一方,濾過では圧力差に
ると,孔径が小さすぎると最表面でしか吸着が起こらず,
よって溶質が移動し,濃度差には関係がない。吸着による
逆に大きすぎると表面積が小さくなり吸着量が減少する。
除去は,膜素材と溶質の相互作用によるものであり,溶質
つまり,タンパク質より少し大きい孔径で吸着は極大にな
分子の大きさは,それほど影響しない。PMMA 膜はその吸
ると言え,孔径を制御することで吸着するタンパク質の大
着特性を積極的に生かして,血液中のサイトカインなどの
きさをコントロールすることが可能となる(図 4)。
溶質除去を行っている(図 3)。
膜の開孔率は中空糸紡糸原液中のポリマー濃度によって
決まり,ヘモフィール ®CH はサイトカインの吸着除去に最
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PSf膜
PMMA膜
図 3 血液浄化の原理
(1)開孔率
タンパク質吸着量は開孔率に比例
(2)孔径
・タンパク質より少し大きい孔径で吸着は極大
・孔径を制御することで、吸着するタンパク質の大きさをコントロール
図 4 膜の開孔率と孔径によるタンパク質吸着量の関係
適な孔径を有している。理論上の膜孔内吸着モデルとして,
を吸着させた結果,syn-PMMA や,iso-PMMA 単独の膜に
1 つの膜孔内にサイトカイン interleukin(IL)
-6 分子が孔の
比べて,ステレオコンプレックス PMMA 製の膜には,アル
内表面に接することができる最大数を求めた結果,吸着性
ブ ミ ン が 多 く 吸 着 し,ま た,ス テ レ オ コ ン プ レ ッ ク ス
能は,孔径が 8 nm 程度の時に最大値を有することがわかっ
PMMA 製の膜に吸着したタンパク質は,吸着後の変性が少
た。なお,拡散性能に関して,膜内拡散モデルによる理論
なかった 5) 。さらに,各種 PMMA 膜をヒト全血に浸漬さ
計算の結果,孔径が大きいほど,拡散性能は高いという結
せた場合,iso-PMMA や syn-PMMA 単独の膜には ,浸漬後
果が得られ,吸着においても孔径の制御が重要であること
15 分 で 血 栓 が 形 成 さ れ た が,ス テ レ オ コ ン プ レ ッ ク ス
が分かっている(図 5)。
PMMA 製の膜には,20 分後でも血栓がほとんど形成され
なかった 6) 。すなわち,ステレオコンプレックス構造が生
中空糸膜の生体適合性について
6.
体適合性に重要であり,アルブミンなどタンパク質がステ
ステレオコンプレックス PMMA に関して興味深い知見
が得られている。各種 PMMA 膜に,ウシ血清アルブミン
230
レオコンプレックス構造の表面を覆うことで,抗血栓性を
発現していると推定される。臨床面での評価においても,
人工臓器 43 巻 3 号 2014 年
膜孔内吸着モデルによる理論計算
IL6吸着量
1つの膜孔内にIL6分子が孔の
内表面に接して入る最大数を求める
IL6吸着量
Ak
2・n
n ・ rp2
n - 2・arccos(2・rs/rp)
IL6
ビタミンB12透過係数(cm/min)
IL6
膜内拡散モデルによる理論計算
膜孔直径(nm)
図 5 最密充填モデルにおけるサイトカイン IL-6 のはまり込み原理
キュプロファン(セルロース)膜と比べて,好中球の一過性
いが見られるものの両者に有意差はなく,単位面積あたり
の減少や補体活性がなく,また,サイトカインの産生もな
の IL-6 吸着率はヘモフィール ® CH-1.0N がフィルトライ
いことが報告されている 7) ∼ 9) 。
ザーBG-2.1PQ を上回っていた。これは,原液ポリマー濃
7.
度の調整による孔径の最適化を裏付けるデータと推定され
臨床使用
る(図 4)。
ヘモフィール ®CH を用いた PMMA- 持続緩徐式血液透析
また,山香ら 13) はサイトカイン IL-6 を多量に含む患者廃
濾過法(CHDF)施行時のサイトカイン IL-6,乳酸値の推移
血 漿 を 利 用 し た in vitro 吸 着 実 験 を 行 い,ヘ モ フ ィ ー
を観察した結果,PMMA-CHDF の施行により,血中の IL-6,
ル ® CH-1.0N(膜面積 1.0 m2)の最大吸着量が 4 億 pg である
乳酸値が速やかに低下することが明らかになっている 10) 。
ことを示した。また,18 時間後に吸着限界に達したものの,
生体適合性マーカについても,PMMA 膜は酸化ストレスの
吸着平衡に達するまではさらに長時間使用できる可能性を
マーカを減少させ,動脈硬化マーカの増加を抑制すること
示唆した。
が確認されている 11) 。これらの結果から,PMMA-CHDF
の施行によって血中のヒューモラルメディエーターの減
少,組織酸素代謝の改善が認められていると考えられる。
8.
ヘモフィール ® CH のサイトカイン除去性能につ
いて
膜面積の違いによるサイトカイン IL-6 除去性能
について
膜面積の差によるサイトカイン IL-6 除去性能について,
ヘ モ フ ィ ー ル ® CH-1.8W( 膜 面 積 1.8 m2)と ヘ モ フ ィ ー
ル ® CH-1.0N(膜面積 1.0 m2)との比較実験を行った。実験
平山ら 12) は同じく PMMA 膜である,フィルトライザー
BG-2.1PQ(膜面積 2.1
9.
m2)とヘモフィール ® CH-1.0N(膜面
はウシ血清を用い,図 6 に示す条件で実験を実施した。
その結果,ヘモフィール ® CH-1.8W(膜面積 1.8 m2)の
積 1.0 m2)のサイトカイン IL-6 除去特性の比較を行った。
IL-6 除去性能はヘモフィール ® CH-1.0N(膜面積 1.0 m2)よ
ヘモフィール ® CH-1.0N は膜面積がほぼ 2 倍のフィルトラ
り高く,20 時間後の IL-6 再添加後で,吸着平衡に達せず,
イザーBG-2.1PQ と比較しても同等の性能であり,開始時
吸着性能を維持できていることが明らかになった(図 7)
。
約 2,500 pg/ml の IL-6 が約 6 時間以内にほぼ全量吸着され
ていることを報告している。ヘモフィール ® CH-1.0N は
フィルトライザーBG-2.1PQ と同等の IL-6 除去性能を持ち,
時間あたりの除去率の比較においても,初期には若干の違
10. 最後に
ヘモフィール ® CH(PMMA 膜)は,他素材の膜と比較し
て,サイトカインなどの各種メディエーターの吸着除去性
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図 6 サイトカイン IL-6 の吸着実験
4)
5)
6)
図 7 サイトカイン IL-6 の吸着実験結果
7)
能に優れている。メディエーター除去と持続時間の延長を
狙ったヘモフィール ®CH の大面積膜〔CH-1.8W(膜面積 1.8
8)
m2)〕の開発により,幅広く臨床使用が行われることを期待
している。さらなるサイトカイン除去性能の向上を目指し
9)
つつ,今後,治療目的やニーズに合致した持続緩徐式血液
濾過器の開発を進めていく予定である。
10)
利益相反の開示
11)
本稿の著者は東レ株式会社の社員である。
文 献
12)
1) 林 正則,栗田 聡,新藤 光郎,他:東レ社製ヘモフィルター
TK-611 の使用経験.集中治療 3: 301-2, 1991
2) 松田 兼一,平澤 博之,織田 成人,他:多臓器不全と血液
浄化法.ICU と CCU 25: 573-83, 2001
3) H i r a s a w a H , O d a S , M a t s u d a K : C o n t i n u o u s
232
13)
hemodiafiltration with cytokine-adsorbing hemofilter in the
treatment of severe sepsis and septic shock. Contrib
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