ラマヌジャンの最後の手紙 - 公開講座「現代数学入門」

ラマヌジャンの最後の手紙
樋上 和弘
九州大学公開講座「現代数学入門」
2015 年 7 月 26 日
1 ラマヌジャン
シュリーニバーサ・ラマヌジャン(1887 年 12 月 22 日 ∼ 1920 年 4 月 26 日)の伝記の代
表的なものとして [16] がある。訳書で 400 ページ近くの大作である。短編として [27] も挙
げられる。ハーディとのよく知られた交流は 1913 年 1 月 16 日付けの手紙から始まる。ラ
マヌジャンに関する一連の書簡集がアメリカ数学会から出版されており [5]、数学的内容に
ついても簡単な説明が加えられている。直筆の手紙・ノート類の一部コピーは [18, 19] で見
ることができる。本講義で注目するのは、1920 年 1 月 12 日付けハーディに宛てた最後の手
紙で記述された、「最も独創的な数学作品のひとつであり、ある点ではラマヌジャンの最高
傑作である [16]」モックテータ函数である。
以下、整数の分割から出発してモックテータ函数を紹介したい。整数の分割の基本的な文
献は [1] であるが、優れた入門書として [3] がある。整数の分割に関連した話題を取り扱っ
たもののうち日本語で読めるものとしては [28, 26, 12] などがある。モックテータ函数につ
いての論文は、ワトソンの “The Final Problem” [22] に始まり数多くあるが、本質的な部
分は未解明であった。「モックテータ関数について完全に明らかになるのは、遠い将来のこ
とに違いない [5]」とされていたが、ツベガースによる博士論文 [24] で突破口が開かれた。
ツベガース以前については [2, 14]、その後の進展については [23, 17, 7] が参考になる。一
般向け記事としては [6, 25] などがある。
2 整数の分割と母函数
2.1 分割数
ある正の整数 n をいくつかの正の整数の和に分けることを n の分割と呼ぶ。つまり、n
の分割は、λ 1 + λ 2 + · · · + λ ℓ = n かつ λ 1 ≧ λ 2 ≧ · · · ≧ λ ℓ > 0 を満たす ℓ 個の整数の組
1
λ = (λ 1 , λ 2 , . . . , λ ℓ ) であらわされる。1 ≦ n ≦ 6 についての分割を表 1 に挙げた。整数の組
λ を図 1 のようなヤング図で表すことが多い。λi たちを成分、ℓ を長さと呼ぶ。
ヤング図 λ = (7, 5, 4, 2, 1, 1) 、長さは 6。
図1
n の分割の数を p(n) で表すと、表 1 以下、p(7) = 15, p(8) = 22, p(9) = 30, p(10) = 42, · · · ,
p(19) = 490, · · · , p(100) = 190569292, · · · , p(200) = 3972999029388, · · · である。ハーディ
とラマヌジャンの論文 [15] には p(200) までの表があるが、後に示す漸化式 (19) を用いてマ
クマホンが計算したとある。この表からラマヌジャンは合同式
p(5n + 4) ≡ 0 mod 5;
p(7n + 5) ≡ 0
mod 7;
p(11n + 6) ≡ 0
mod 11
(1)
を予想したこともよく知られている。この合同式については、ラマヌジャン自身による証明
がその後まもなく与えられている。
n
分割
p(n)
1
1
1
2
2; 1 + 1
2
3
3; 2 + 1; 1 + 1 + 1
3
4
4; 3 + 1; 2 + 2; 2 + 1 + 1; 1 + 1 + 1 + 1
5
5
5; 4 + 1; 3 + 2; 3 + 1 + 1; 2 + 2 + 1; 2 + 1 + 1 + 1; 1 + 1 + 1 + 1 + 1
7
6
6; 5 + 1; 4 + 2; 4 + 1 + 1; 3 + 3; 3 + 2 + 1; 3 + 1 + 1 + 1; 2 + 2 + 2; 2 + 2 + 1 + 1; 2 + 1 + 1 + 1 + 1; 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1
11
表 1 整数の分割
2.2 条件付き分割数と母函数
分割数の母函数
∑∞
n=0 p(n) q
∞
∑
n
を構成しよう。ただし、p(0) = 1 とする。表 1 から
p(n) qn = 1 + q + 2q 2 + 3q 3 + 5q 4 + 7q 5 + 11q 6 + · · ·
n=0
となるはずだが、具体的な表示を与えるのが目標である。ここでは、成分に様々な条件を
課した n の分割数を p (n 条件) と書くことにする。便利のため、p (0条件) = 1 と約束して
おく。
簡単な例から始める。成分は 1 しか許さないとする条件を課してみる。すべての正数 n に
対し、分割は常に一通り n = 1
· · · +}
1 しかないので p (n 成分は 1 のみ) = 1 である。従っ
| + {z
n
2
て、条件付き分割数の母函数は
∞
∑
p (n 成分は 1 のみ) qn = 1 + q + q 2 + q 3 + · · · =
n=0
1
1−q
で与えられる。最後の等号は等比級数 |q| < 1 の和である。
少 し だ け 複 雑 に す る 。成 分 は 1 も し く は 2 に 限 る と し よ う 。表 1 か ら
p (n 成分は 1 または 2) は n = 1 から順番に 1, 2, 2, 3, 3, 4 であることが読み取れる。少
し考えると、母函数は
∞
∑
p (n 成分は 1 または 2) qn = 1 + q + 2q 2 + 2q 3 + 3q 4 + 3q 5 + 4q 6 + · · ·
n=0
=(1 + q + q 2 + q 3 + q 4 + q 5 + q 6 + · · · )(1 + q 2 + q 4 + q 6 + · · · ) =
1
1
1 − q 1 − q2
となることがわかるだろう。
同様に考えていくと、分割数 p(n) の母函数は
∞
∑
p(n) qn =
n=0
∞
∏
k=1
1
1 − qk
(2)
と結論づけられよう。この母函数の逆数はデデキントのイータ函数と呼ばれる。
η(τ ) = q
1/24
∞
∏
(1 − qk )
(3)
k=1
ただし、q = e2π iτ 、Im τ > 0。q
1/24
は後で見るモジュラー変換性のためである。
ラマヌジャンとハーディは円周法と呼ばれる方法を編み出し、母函数 (2) から p(n) を評
価した [15]。大変に精密な式だが、主要項のみを書き出すと n → ∞ において
√
1
π 23n
p(n) ∼
√ e
4n 3
(4)
である。その後、ハーディ、リトルウッド、ラデマッハーらにより円周法はさらに発展した。
2.3 分割の長さ
分割数 p(n) のうち、長さ ℓ の分割数 p (n 長さ ℓ) を考える。母函数を構成するにあたり、
長さ ℓ を読み取るパラメータ z を導入する。表 1 から
∞ ∑
∞
∑
n=0 ℓ=0
p (n 長さ ℓ) z ℓ qn = 1 + z q + (z + z 2 )q 2 + (z + z 2 + z 3 )q 3 + (z + 2z 2 + z 3 + z 4 )q 4 + · · ·
3
である。先と同様に考えると、これは
∞ ∑
∞
∑
n=0 ℓ=0
p (n 長さ ℓ) z ℓ qn =
∞
∏
k =1
1
1 − z qk
(5)
とかけることがわかる。
また一方、長さ ℓ の分割だけ考えると
∞
∑
p (n 長さ ℓ) qn =
n=0
∑
q λ1 +···+λ ℓ =
λ 1 ≧···≧λ ℓ ≧1
qℓ
(1 − q)(1 − q 2 ) · · · (1 − q ℓ )
となる。二つ目の等号では等比級数の和を用いたが、分割 λ を横から見たものは、λ ′ =
(λ 1′ = ℓ, λ 2′ , λ 3′ , . . . ) 、ただし 0 ≦ λi′ ≦ ℓ 、となることに注意すると結果の意味はわかりやす
い。以上から (5) とあわせるとオイラーの恒等式
∞
∏
k =1
∑
qℓz ℓ
1
=
1 − zqk ℓ=0 (1 − q)(1 − q 2 ) · · · (1 − q ℓ )
∞
(6)
を得る。
2.4 相異なる成分を持つ分割
再び先の簡単な例、成分が 1 または 2 である分割に戻ろう。さらに全ての成分は異なると
の条件を課してみる。分割できる整数は 1, 2, 3 = 2 + 1 しかないので、母函数は
∞
∑
p (n 相異なる成分は 1 または 2) qn = 1 + q + q 2 + q 3 = (1 + q)(1 + q 2 )
n=0
となる。同様に考えていけば次式が得られる。
∞
∑
p (n 成分は相異なる) qn =
n=0
∞ (
∏
1 + qk
)
(7)
k=1
ここでも長さのパラメータ z を導入してみる。先の例では
∞ ∑
∞
∑
n=0 ℓ=0
p (n 相異なる成分は 1 または 2 で長さ ℓ) z ℓ qn = 1+z q+z q 2 +z 2 q 3 = (1+z q)(1+z q 2 )
と書ける。(7) の右辺の無限積の各項 1 + q k を展開する際、q k は分割の成分として k を持
つことを意味するから、母函数は
∞ ∑
∞
∑
n=0 ℓ=0
p (n 成分が相異なり長さ ℓ) z ℓ qn =
∞ (
∏
k=1
であることがわかる。
4
1 + z qk
)
(8)
一方、長さ ℓ で相異なる成分をもつ分割 λ = (λ 1 , λ 2 , . . . , λ ℓ ) 、ただし λ 1 > λ 2 > · · · > λ ℓ >
0、において、λ 1 = n 1 +ℓ, λ 2 = n 2 +ℓ−1, · · · , λ ℓ = n ℓ +1 とおけば、n = n 1 +· · ·+n ℓ + 12 ℓ(ℓ+1),
n 1 ≧ n 2 ≧ · · · ≧ n ℓ ≧ 0 であるから、母函数は
∞
∑
p (n成分は相異なり長さ ℓ) qn =
n=0
=q
∑
q λ1 +···+λ ℓ
λ 1 > ···>λ ℓ > 0
∑
1
ℓ(ℓ+1)
2
q 2 ℓ(ℓ+1)
=
(1 − q)(1 − q 2 ) · · · (1 − q ℓ )
1
q
n 1 +···+n ℓ
n 1 ≧ ···≧n ℓ ≧ 0
となる。最後の等号は (6) で行ったのと同じ計算である。(8) を考えあわせて次のオイラー
の恒等式を得る。
∞ (
∏
1 +zq
k
)
=
∞
∑
ℓ=0
k=1
q 2 ℓ(ℓ+1) z ℓ
(1 − q)(1 − q 2 ) · · · (1 − q ℓ )
1
(9)
オイラーの恒等式 (6) と (9) は次のコーシーの公式の特別な場合に相当することを注意し
ておく。
(a t; q)∞ ∑ (a; q)n n
=
t
(t; q)∞
(q; q)n
n=0
∞
(10)
ここでは q-ポッホハマー記号を用いた。
(x; q)n =
n (
∏
1 − x q j−1
)
(11)
j=1
以下でも適宜用いる。
2.5 ダーフィー正方形
ヤング図の内部に含まれ、左上スミから切り出せる最大の正方形をダーフィー正方形と
いう (図 2 参照)。分割 λ はダーフィー正方形 s 2 によって下部と右側とに分けられる。下
部は 1 ≦ κ j ≦ s を満たす分割 κ = (κ 1 , κ 2 , . . . ) で表せる。右側も横から見ることで分割
µ = (µ 1 , µ 2 , . . . ) 、1 ≦ µ j ≦ s とみなせる。従って、
∞ ∑
∞
∑
)
(
2
1
p n ダーフィー正方形 s 2 かつ長さ ℓ z ℓ qn =
z s qs
(q; q)s (z q; q)s
n=0 ℓ=0
κ の長さだけが λ の長さに寄与するため、z は一方にだけ含まれる。s について足しあげれ
ば、左辺は (5) に他ならず、次式を得る。
∑
qs z s
1
=
(z q; q)∞ s=0 (q; q)s (z q; q)s
∞
2
(12)
[1] によると、この恒等式もコーシーによるものであるが、z = 1 の場合はオイラーにより初
めて得られたとのことである。
5
µ
κ
ヤング図 λ = (7, 5, 4, 2, 1, 1) とダーフィー正方形 32 。κ = (2, 1, 1) 、µ = (3, 2, 1, 1) 。
図2
2.6 ランク
ダイソン [8] に従って、分割 λ = (λ 1 , . . . , λ ℓ ) のランクを λ 1 − ℓ と定める。分割の長さと
は異なり、ランクは負の値を取り得る。ランクを指定するパラメータ w を導入して、母函
数
∑∞ ∑∞
n=0
r =−∞ p
(n ランク r ) w r qn を先のダーフィー正方形を用いて構成しよう。表 1 か
らランクを読み取れば、
∞ ∑
∞
∑
n=0 r =−∞
p (n ランク r ) w r qn
= 1 + q + (w + w −1 )q 2 + (w 2 + 1 + w −2 )q 3 + (w 3 + w + 1 + w −1 + w −3 )q 4 + · · ·
となるはずである。
図 2 のように分割 λ をダーフィー正方形 s 2 , µ, κ と分けると、λ のランクは µ の長さから
κ の長さを引いたものとなる。故に、
∞ ∑
∞
∑
)
(
2
1
p n ダーフィー正方形 s 2 かつランク r w r qn = qs
(w q; q)s (w −1 q; q)s
n=0 r =−∞
となる。ランクに対し、µ の長さは正の、κ の長さは負の寄与をするため、w ±1 が右辺に含
まれている。最後に両辺で s の和をとると、目標の母函数が得られる。
∞ ∑
∞
∑
n=0 r =−∞
p (n ランク r ) w r qn =
∞
∑
s=0
2
qs
(w q; q)s (w −1 q; q)s
(13)
ダイソンがランクを導入した動機はラマヌジャン合同式 (1) にある。ダイソンの予想は
p (5n + 4ランク 0
(mod 5)) = · · · = p (5n + 4ランク 4
(mod 5))
(14)
つまり、ランクが 5 を法として r になる分割数はすべて等しいということである。この予
想が成立すれば p(5n + 4) は 5 の倍数となり、ラマヌジャン合同式が自然に従う。同様に、
0 ≦ r ≦ 6 に対して
p(7n + 5)
= p (7n + 5ランク r
7
(mod 7))
(15)
を予想した。これらダイソンの予想は後にアトキンとシュウィナートン・ダイアーによって
1951 年に証明されている。ラマヌジャン合同式 (1) における 11 を法とするものについて
6
は、さらに分割の「クランク」[4] という概念を導入することによって組み合わせ的に説明
される。
3 モジュラー形式
3.1 ヤコビの三重積と変換公式
デデキントの η 関数 (3) は
η(τ + 1) = e
π i/12
√
η(−1/τ ) = −iτ η(τ )
η(τ ),
(16)
を満たすことを説明したい。
第1式は明らかであるが、第2式は難しい。複素積分と η 関数の無限積表示 (3) とを巧く
結びつけるジーゲルによる “simple proof” (1ページの論文 [21])が有名だが、次のヤコビ
の三重積公式を用いて無限積を無限和に直してから証明するのが普通である。
∞
∏
−1 n−1
(1 − q ) (1 + z q ) (1 + z q
n
n
)=
∞
∑
1
z n q 2 n(n+1)
(17)
n=−∞
n=1
三重積公式には様々な証明が知られており、組合せ的な証明 [1, 12] もあるが、既に得た式
(9)、(12) を用いることで得られる [13]。
∞
∏
(1 + z q
n− 12
−1 n− 12
)(1 + z q
)=
n=1
=
=
=
∞ ∑
∞
∑
1
2
k=0
n=0 m=0
∞ ∑
∞
∑
+ 12 m 2
q (m+k )
zk +
(q; q)m+k (q; q)m
n=0
m=0 k =0
1 2
∞
k
∑
k=0
∞
∑
2
∞ ∑
∞
∑
∞
∑
k=1
q 2 (n +m ) n−m
z
(q; q)n (q; q)m
1
2
2
q 2 (n+k ) + 2 n −k
z
(q; q)n (q; q)n+k
1
2
1
2
1 2
2
∞
∞
∑
∑
q2
qm +km
q 2k
qm +km
k
−k
z
+
z
(q; q)k m=0 (q; q)m (qk+1 ; q)m
(q; q)k
(q; q)m (qk +1 ; q)m
m=0
k=1
2
1 2
1 2
∞
∞
∑
∑
1 2
q 2k
q 2k
1
1
1
k
−k
z
z
q 2 k zk
+
=
k+
1
k+
1
(q; q)k
(q; q)∞
(q ; q)∞ k=1 (q; q)k
(q ; q)∞
k=−∞
最初の等号で (9)、最終行の等号で (12) を用いた。
ヤコビの三重積公式 (17) において、q を q 3 、z を −q −1 でそれぞれ置き換えることによっ
て、オイラーの五角数定理
∞
∏
n=1
(1 − q ) =
n
∞
∑
1
(−1) n q 2 n(3n+1) = 1 − q − q 2 + q 5 + q 7 − q 12 − q 15 + q 22 + q 26 − · · · (18)
n=−∞
となる。右辺で現れる冪は図 3 で示される「五角数」になっている。
7
図3
五角数
(2) で見たように、(18) の左辺の逆数は分割数の母函数であった。従って、
∞
∞
∑
∑
n 12 n(3n+1) + *
*
(−1) q
p(n) qn + = 1
,n=−∞
- ,n=0
-
がわかる。両辺の係数を比較することによって、マクマホンが [15] における p(200) までの
計算に用いた漸化式
p(n) = p(n − 1) + p(n − 2) − p(n − 5) − p(n − 7) + p(n − 12) + · · ·
を得る。
また、(17) の右辺が
とると
∑∞
n=0 (z
∞
∏
n
(19)
+ z −n−1 ) q 2 n(n+1) であることに注意して z → −1 の極限を
1
(1 − qn ) 3 =
n=1
∞
∑
1
(−1) n (2n + 1) q 2 n(n+1)
(20)
n=0
が得られる。
五角数定理 (18) から変換公式 (16) を得るには次のポアソンの和公式を用いる。
∞
∑
f (z + m) =
m=−∞
√1 e−
t
e2π inz fD(n)
(21)
n=−∞
ただし、 fD(y) はフーリエ変換 fD(y) =
2
f (z) = e−π t z であれば fD(y) =
∞
∑
π y2
t
∫
∞
−∞
f (x ) e−2π ixy dx を表す。特に、t > 0 に対し
であるから、
∞
∑
∞
2
1 ∑ − π n 2 +2π inz
e−π t (z+m) = √
e t
t
m=−∞
n=−∞
となる。五角数定理 (18) に適用すると η(it ) =
8
√1
t
η(i/t ) を得る。
(22)
3.2 テータ函数
デデキントのイータ関数の変換公式 (16) のように、変換 τ 7→ τ + 1、τ 7→ −1/τ で元に戻
るものをモジュラー形式と呼ぶ。分割数が興味深い性質を持つことも全てモジュラー形式に
起因すると言っても良いかもしれない。出所が怪しい [10] とのことだが、次のアイヒラー
の言葉からモジュラー形式の深遠さが伺える。
“There are five fundamental operations in mathematics: addition, subtraction,
multiplication, division and modular forms”
モジュラー形式の仲間にテータ函数がある。
ϑ (z; τ ) =
∞
∑
1
1 2
1
q 2 (n+ 2 ) e2π i (n+ 2 )z
(23)
n=−∞
について、次式はすぐにわかる。
ϑ (z; τ + 1) = e
π i/4
ϑ (z; τ )
また、ポアソンの和公式 (22) を用いると
√
π iz 2
ϑ (z/τ ; −1/τ ) = −i −iτ e τ ϑ (z; τ )
(24)
が得られる。
4 モックテータ函数
ランク付き分割数の母函数 (13) において w = 1 とおくと、(2) から
∑ qs
1
=
(q; q)∞ s=0 [(q; q)s ]2
∞
2
(25)
を得る。これはコーシーの恒等式 (12) において z = 1 とおいたものに他ならず、デデキン
トのイータ関数つまりモジュラー形式があらわれるわけである。
ところが一方、(13) において w = −1 とおくと、モックテータ函数が現れる。
f (q) =
∞
∑
n=0
qn
2
(26)
[(−q; q)n ]2
= 1 + q − 2q 2 + 3q 3 − 3q 4 + 3q 5 − 5q 6 + 7q 7 − 6q 8 + 6q 9 − 10q 10 + · · ·
+ · · · − 18520q 100 + · · · − 2660008q 200 + · · ·
9
最後の手紙において 3 次のモックテータ函数と呼ばれているものである。また、 f (q) =
∑∞
n=0 a f
(n)qn の係数 a f (n) は n → ∞ で
{ √
}
n
1
exp π 6 − 144
a f (n) ∼ (−1) n−1
√
1
2 n − 24
(27)
となるともラマヌジャンは述べている。この漸近形はドラゴネットによって 1951 年に証明
されたが、p(n) に対してハーディとラマヌジャンが得たような、より精密な式がドラゴネッ
トとアンドリュースによって後に予想され永らく未解決であった。
モックテータ函数とテータ関数との違いはワトソンによって得られた変換公式によって明
らかとなる [22]。ワトソンは (26) を
1
∞
∑
(−1) n q 2 n(3n+1)
2
f (q) =
(q; q)∞ n=−∞
1 + qn
(28)
と書き直し、複素積分に巧みに持ち込むことによって
√
q
−1/24
f (q) − 2
√
∫ ∞
3
2 sinh(αx )
2π 4/3
3α
2
q 1 ω (q 1 ) = 4
e− 2 α x
dx
α
2π 0
sinh( 23 αx )
を示した。ただし、ここでは q = e−α , q 1 = e−
函数
ω (q) =
π 2/α
(29)
、ω (q) はまた別の 3 次のモックテータ
∞
∑
q 2n(n+1)
n=0
[(q; q 2 )n+1 ]2
(30)
である。
テータ函数 (23) と比較しやすいので、ここでは別のモックテータ函数を考えることに
する。
1
∞
eπ iz ∑ (−1) n q 2 n (n+1) e2π inz
µ (z; τ ) =
ϑ (z; τ ) n=−∞
1 − qn e2π iz
(31)
このように (28) のような形のアッペル・レルヘ和でかけることがモックテータ函数の特徴
である。ワトソンの手法を適用すると、変換公式
1
1
µ (z/τ ; −1/τ ) + µ (z; τ ) =
√
2i
−iτ
∫
∞
−∞
2
eπ iτ x
dx
cosh πx
(32)
が得られる。テータ函数の変換公式 (24) と異なり、τ 7→ −1/τ において自らに戻り損ねて、
右辺のモーデル積分が余分に現れるので「モック」(mock: 辞書をひくと「まがいの、にせ
の」とある)テータ函数である。ちなみに先のワトソンの式 (29) はベクトル型の変換公式
を示している。
10
ツベガース [24] が示したことは、あるモジュラー形式から構成されるアイヒラー積分を
µ (z; τ ) に加えて新しい函数 D
µ (z; τ ) を作れば、τ 7→ −1/τ において余分なモーデル積分が消え
てモジュラー変換性
√
D
µ (z/τ ; −1/τ ) = − −i τ D
µ (z; τ )
が再現されること、更に D
µ (z; τ ) がうまい微分方程式を満たすことである。こうした性質を
持つ函数 D
µ (z; τ ) は調和マース形式と呼ばれる。モックテータ函数は調和マース函数の一部
分である、との特徴付けがなされたのである。
ブリングマンとオノはこの微分方程式の解から調和マース形式を構成し、そこから逆に
モックテータ函数を導き出すことによって (27) を精密化したドラゴネットとアンドリュー
スの予想を解決することに成功したのである。
5 ダイソンの夢
ラマヌジャン生誕 100 周年を記念した会議にてダイソンは次のように述べた [9]。
“My dream is that I will live to see the day when our young physicists, struggling
to bring the predictions of superstring theory into correspondence with the facts
of nature, will be led to enlarge their analytic machinery to include not only
theta-functions but mock theta-functions.”
奇しくも超弦理論に関わる研究において、先のモックテータ函数 (31) を用いて表される
次のような函数
{
}
8 µ (1/2; τ ) + µ ( (1+τ )/2; τ ) + µ (τ/2; τ )
(
)
1
= −q − /8 −2 + 90q + 462q 2 + 1540q 3 + 4554q 4 + 11592q 5 + 27830q 6 + · · ·
(33)
が現れたが、右辺の整数係数とマシュー群 M 24 の表現の次数との不思議な関連性が指摘さ
れた [11]。このようなフーリエ係数と有限群との関係はムーンシャイン現象と呼ばれる。も
ともとはマッカイ、コンウェイらによるモンスターとモジュラー形式との関連性の発見には
じまるもので、関連する興味深い話については [20] を挙げておく。
マシュー・ムーンシャインを契機として、数学だけでなく物理においてもモックテータ函
数は注目を浴び、研究も盛んに行われている。今後ますますその重要性は増していくものと
思われる。
11
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