分配的正義に関するアイトラッカーを用いた実験分析

平等基準: |𝑦−𝑥|<|𝑦′−𝑥’|(縦の動き)
功利主義基準:𝑥+𝑦>𝑥′+𝑦′(縦の動き)
分配的正義に関するアイトラッカーを用いた実験分析
パレート基準:(x>x'かつ y≥y' )または(x≥x'かつ y>y')(横の動き)
マキシミン基準:min(x,y)>min(x',y')(斜めもしくは横の動き)
Experimental Analysis on Distributive Justice:
An Eye Tracking Approach
また、自身が関与する場合以下の二つの基準が加わる(自身
の配当を x 及び x’、相手の配当を y 及び y’とする)。
自己中心基準:x>x’(横の動き)
制度設計理論(経済学)プログラム
11-00672 足立原 功太 Kota Adachihara
指導教員 大和 毅彦 Adviser Takehiko Yamato
損失回避基準:y-x<y’-x’(縦の動き)
3.実験デザインの概要
本研究では、被験者に 2×2 の配当表を見てもらい、その際
の被験者の視線の動きを計測・分析する。被験者は東京工業
1.イントロダクション
大学の学生 32 名である。被験者は望ましいと判断した配当案
限られた資源を分配する際の倫理基準として、分配の総計
を選択する。また、配当表は自身が関与する場合と関与しな
が大きいのを望ましいとする功利主義基準など様々なものが
い場合で 6 種類ずつ用意したが、比較分析のためあなたと相
提唱されてきたが、現実の人はどのような分配基準に基づい
手を A さんと B さんに変更し、その上で対角成分を入れ替え
て、倫理的判断をしているのだろうか。本研究では視線計測
たものを使用する。また、順番の効果も考慮するため、半数
を行い、どのように情報を利用し判断をしているのか調べる。
の 16 名には自身が関与する配当表の後に自身が関与しない
先行研究である Arieli, Ben-Ami and Rubinstein (2009)は
画面上に配当表を提示し、好ましい配当案を選んでもらい、
その際の視線の動きを計測した(下図は問題の一例である)。
配当表を見てもらい、残りの 16 名にはその逆を行う。
4.集計的な分析結果
下記のグラフは、各配当表で望ましいと判断した配当案と
望ましいと判断しなかった配当案への注視時間の平均を表す。
自身の報酬にしか関心のない利己的な人は主に上半分で横
に視線を動かし、利己的動機だけでない動機(平等主義など)
に基づいて選択する人は相手の報酬も気にするので視線を縦
にも動かすと考えられる。実験の結果、問題によっては自身
の報酬が高い方の選択をした人でも、全体として縦に視線を
動かす割合が大きかった。また、平等主義的な選択を続けた
人はどの社会的選好の問題でも縦に視線を動かす傾向がある
ことが分かった。視線運動のこの分析結果から、利己的な選
Wilcoxon 検定の結果、望ましいと判断した配当案と望まし
択をした被験者でも、必ずしも利己的動機のみによって選択
いと判断しなかった配当案の注視時間の間には有意な差があ
したわけではなかったと結論付けた。
り、望ましいと判断した方の注視時間のほうが約 1.15 倍長か
しかし、自身が関与する場合、分配の望ましさの判断の基
った。
準は自身の配当に大きく左右される。社会的に望ましい分配
また、感想等記入用紙と計測された視線運動を照らし合わ
的正義としてどの基準が用いられているかを分析するために
せたところ、全体を通して平等・功利主義・損失回避に基づ
は、自身が関与しない場合の配当表に対する倫理的判断を被
いて判断した被験者は縦に視線を動かし、パレート・自己中
験者に行ってもらい、さらに視線計測をする必要がある。そ
心の場合は横に視線を動かしていたことが確認された。
こで、本研究では自身が関与しない場合と自身が関与する場
5.視線運動からの分析~マキシミン基準について~
合について望ましい配当案を判断してもらい、視線の動きを
先行研究では斜めの視線の動きはほとんど計測されていな
計測した。それによって、どういった基準を用いて判断して
い。本研究では各配当案における少ない値の配当を対角に配
いるのか及び自身が関与するとどう変化するのか分析する。
置することによって、マキシミン基準に基づいて判断する場
2.分配基準とそれに伴う視線の動き
合は、斜めの動きが計測されるように工夫した。
以下のような配当表を想定したとき、次に示す四つの分配
各配当案における少ない値の配当の間を行き来する視線運
基準によって、分配の望ましさを判断すると仮説をたてる。
動が計測され、かつその 2 つの配当の中で大きい値が属す配
括弧内はその基準に伴うと考えられる視線の動きである。
当案を望ましいと判断した場合にマキシミン基準に基づいた
配当案 1
配当案 2
と考えられる。しかし、少ない値が属す配当案を望ましいと
A さんに x 円
A さんに x’円
判断するケースもある。また、逆に各配当案における大きい
B さんに y 円
B さんに y’円
値の配当間の視線運動が起き、その 2 つの配当の中で大きい
値もしくは少ない値が属す配当案を望ましいと判断すること
もある。その割合をまとめたのが以下の図 2 である。
配当案 2 を選んだ被験者は、パレート基準か功利基準に基
づくと考えられるが、横の視線の動きが増えている上に各配
当の注視時間がほとんど同じであることから、パレート基準
が強いと考えられる。
下記の表 3・4 は表 1・2 のあなたが A さんに、相手が B さ
んに代わったものであり、自身が関与しない客観的な場合の
視線計測の結果を表している。
図 2 から被験者はマキシミン基準を示唆する少ない値の配
当間の視線運動だけでなく、大きい値の配当間のそれも同程
度行っていることが分かる。また、少ない値の配当間の視線
運動を行っても、そのうち 40%の場合はマキシミン基準に従
わない配当案を望ましいと判断した。これらから、マキシミ
ン基準はほとんど用いられていないことが示唆される。実際、
感想等記入用紙にマキシミン基準で判断したと回答した被験
者は 4 人いたが、視線計測及び判断を照らし合わせると彼ら
はほとんどマキシミン基準に従って判断はしていなかった。
6.判断からの分析~一つの配当表を通して~
下記の表 1 は配当案 1 を望ましいと判断した 15 人の視線計
測の結果をまとめたものであり、表 2 は配当案 2 を望ましい
と判断した被験者 16 人のそれである。表内の左上の④の隣の
数字は、その判断に要した平均を表しており、配当の含まれ
る楕円の中の数字は注視時間の比率を、矢印の側のそれは視
配当案 2 を選んだ人は、平等基準に基づいて判断したと考
線運動の比率を表している。また、括弧内は標準偏差である。
えられるが、自身が選んだ配当案 2 よりも配当案 1 の縦の視
線の動きや 1300 円の注視時間が増えている。このことは、配
当案 1 の差が大きいことに注目し、それを嫌がるという消極
的な判断をしたことを示唆しており、平等基準を否定するも
のではない。
配当案 1 を選んだ人は、縦の視線の動きが大きく、また 4
つの配当の注視時間がさほど変わらない。このことから、パ
レート基準よりも功利基準が強いと考えられる。
また、自身が関与する場合と関与しない場合を比較すると、
自身の配当への注視及び自身の配当を比較する動きはやはり
大きくなっている。
7.今後の課題
今回は、配当として 100 の倍数を主に用いたが、より細か
い数字を用いれば、配当をより注意深く見るようになり精度
の高い結果が期待される。また、単位を円ではなく万円にす
るなど配当の大きさに幅を持たせることや、他者 A さんと B
さんに年収や子供などの情報や社会的役割を付与することで
違う結果が出ることが期待され、これらは今後の課題である。
参考文献
配当案 1 を選んだ被験者は、平等基準か損失回避基準に基
Amos Arieli , Yaniv Ben-Ami and Ariel Rubinstein (2009)
づいて判断したと考えられるが、配当案 2 を選んだ被験者に
“Fairness Motivations and Procedures of Choice between
比べ、配当案 1 の 1000 円に高い注目を払い、配当案 1 列内の
Lotteries as Revealed through Eye Movements”, Revine’s
縦の視線の動きも大きい。このことから、損失回避基準によ
Working Paper Archive, No.814577000000000219.
り強く基づいて判断したと考えられる。
坂井豊貴『社会的選択理論への招待』第6章