船舶の行方を探る 第1章 はじめに

船舶の行方を探る
所属:
化学・薬学系
ゼミ
2年
7組
31 番 ポストラドマイケル
第1章 はじめに
第1節
テーマ設定の理由
ある雑誌で、外国で人力での船舶解体をしている写真(※図1)を見た。海外の、いわ
ゆる3K(キツイ、キタナイ、キケン)の仕事をこうして見て、ショックを受けた。私は
化学・薬学ゼミであるが、どうしてもこの船舶解体を結び付けて、研究したいと思った。
発展途上国でもない、海に面する地域でもない群馬にいるからこそ、関心の薄くなってし
まいがちなことに焦点を当てるべきだと思ったからである。
※図1
第2節
研究のねらい
船舶解体の現状を知り、人力で行うリスク、そこで発生する有害物 質の被害を調べ、化
学、及び国際的な知見を深める。
第3節
研究方法と内容
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第1項
研究の内容
今日の船舶解体の状況を調べることで、これからの船舶解体について考察する。
第2項
研究の方法
文献調査、インターネットで主に調査していく。
第2章
第1節
第1項
研究の展開
今日の船舶解体
船舶解体が行われている主な国々について
図2によれば、2003~2013 年まで、過去十年間に解体した船舶の総重量が多い国は順に
バングラデシュ、インド、次いで中国である。
船舶解体の上位5カ国(2003~2013年)
船舶の積載量の総計(単位:万トン)
バングラデシュ
インド
中国
船舶解体の上位5カ国(2003
~2013年) 船舶の積載量の
総計(単位:万トン)
パキスタン
トルコ
0
2000
4000
6000
8000 10000
※図2
また、インドは、バングラデシュよりも解体した船舶数は多い。にもかかわらず、バン
グラデシュが解体した船舶の総重量が最も多いのは、バングラデシュが大型船舶の大半を
同国で解体しているからである。中国やトルコなどは安全対策を強化し、環境負荷の低減
措置を講じつつあるものの、バングラデシュは依然として、危険極まりない解体現場であ
り、環境への規制も緩やかな国である。
第2項
船舶解体の方法
船舶解体の方法は主に 2 つある。1 つ目はビーチング方式である。この方法は南アジア
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で多く使われている方法である。日本語で言えば、海岸乗り上げと呼ばれる方法である。
これは、遠浅の海岸に向けて満潮時、解体する船を全力で走らせて、なるべく奥深くへ突
入することで、潮が引いた時には船を再び戻れなくする方式である。こうして、船を固定
して人海戦術で船を解体していくのである。
2 つ目はアフロート式であり、岸壁接舷方式、または、台湾で行われていたのがこの方
式だったことから、台湾方式とも呼ばれる方法である。港湾や造船所などの既存の岸壁に
解体する船を横付けにして、大きなブロックに解体し、クレーンまたはウインチ で吊り上
げて陸上に降ろして細かく解体する。
ちなみに、解体される大型船の寿命は 25~30 年ほどで、現在解体されている大型船舶
は 1980 年ごろの船舶である。
第 1 項の内容を踏まえると、世界のほとんどの船舶解体はビーチング方式が主流の、南
アジアで行われているといえる。したがって、これから述べる内容は船舶解体を 、ビーチ
ング方式を中心としたものとして考えていくこととした。
第3項
船舶解体の背景
現在船舶解体を行っている国々は発展途上国に集中している。これは大きく3つの要因
がある。
1つ目は環境への規制である。外洋を航海する船舶は、厳しい環境条件に耐えうるよう
に設計され、アスベストや鉛などの有害物質も使われている。つまり解体時のことを考え
て設計されていないのである。先進国では環境への厳しい規制があるため、費用がかさむ。
2つ目は人件費の問題である。解体費には人件費が大きく占めているため人件費は重要
な考慮するべき点なのである。さて、先進国の方が、発展途上国よりも人件費が多くかか
る。そして、先にあげた環境の規制と重なって、先進国にとって自国で船舶解体を行って
いくことは採算の合わない仕事になるのである。
3つ目は鉄屑(ここでは、使用済みの鉄を総称して鉄屑と呼ぶことにする。)の需要であ
る。鉄屑は鋼材にリサイクルされ、建築用の鉄筋などに使われる。先進国は車や鉄筋の建
物など、鉄屑となるものがすでにたくさんあり、鉄屑需要は低い。一方で近代化を目指す
発展途上国にとって、鉄屑の需要は大きい。船舶からは一度の解体でたくさんの鉄屑を得
られるので鉄屑の需要の高い発展途上国にとって船舶解体は儲かるビジネスとなるのであ
る。
これらの要因から発展途上国に船舶解体が集中しているのである。
第2節
船舶解体による有害物質の被害
バングラデシュのチッタゴンを例にあげると、船舶を乗り上げるための海岸を作るため
に、全長12㎞にわたりマングローブ林が伐採されている。また、日給数百円のために多
くの労働者が高所作業や窒息する恐れのある船室に入り、船舶を解体していく。環境を破
壊するだけでなく、労働者の死亡事故も絶えない船舶解体であるが、船舶から排出される
有害物質からの被害も否めない。ここでは、特に有害物質について焦点を当て、船舶解体
のリスクについて調べた。
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さて、前にも少し触れたが、ここではもっと詳しく船舶にはどんな有害物質が含まれ
ているのかまとめていく。(図3)
船舶の構造・設備に含まれるおそれのある有害な物質
アスベスト
塗装中に含まれる物質
鉛、スズ、カドミウム、TBT、ヒ素、亜鉛、
クロム、ストロンチウム、その他
プラスチック類
右の化合物を 50mg/㎏以上含む物質
ポリ塩化ビフェニル(PCB)、ポリ塩化テリフ
ェニル(PCT)、ポリ臭化ビフェニル(PBB)
船舶の機器に封入されているガス類
フロンガス(CFC)、ハロン、CO2、アセチレ
ン、プロパン、ブタン、その他
船舶の設備、機器に含まれる化学品類
エンジン添加剤、不凍液、ボイラー添加剤
船舶の設備、機器に含まれるその他の物質
潤滑油、作動油、鉛蓄電池、アルコール、エ
ポキシ樹脂、水銀、放射性物質、その他
※図 3
図 3 で見てわかるとおり、前にも触れたように、船舶には厳しい環境に耐えうるように
多くの有害とされる物質が含まれている。船舶解体を行うときはほとんど手作業であるた
め、労働者への悪影響があるだろうと考えられる。また、海に重油や塗料が流れ出る恐れ
があり、環境の負荷も大きいと思われる。
ちなみに図 3 に含まれる有毒物質以外にも船の運航に伴って使われた、重油の残油も有
毒物とされる。
これまで述べてきた事を通して、図3のような有毒物質から具体的にどんな被害が考え
うるのか、2つ挙げる。
○アスベストの被害
アスベストは天然で産出する繊維状の鉱物で、繊維がきわめて細く、飛散しやすい。そ
のため人が吸引しやすく、塵肺や肺がんといった病気にかかるおそれがある。また、アス
ベストは燃えず、熱、薬品、摩耗に強い、といった特性を持ち、船舶には火災防止のため
に広く用いられていた。
手作業で解体する労働者たちは、アスベストを吸引する可能性が高いため、高所作業時
での落下死亡事故など死の危険を免れても、潜伏期間を過ぎた時に肺がんになり、苦しむ
という被害が考えられる。
○TBTの被害
船舶に使われる塗料は陸上よりも過酷な条件にさらされる。また、 塗り替えはドックに
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入った時にしかできないので船舶用塗料は一段と耐久性を要求される。
さて、TBTは、トリブチルスズ化合物と呼ばれ、船舶には 航行中に船舶表面にフジツ
ボやカキが付着するのを防ぐ防汚剤として使われていた。TBTの毒性を利用し、海中に
少しずつ溶出し続けて、付着を防ぐのである。TBTは塗料の塗り替え時期を大幅に伸ば
した。
ところが、このTBTは特に貝などの海洋性軟体動物に強い毒性を示し、貝の生殖力を
下げ、死亡率を上げてしまう影響がある。
TBTは船舶解体において、作業現場の立地上、海中に溶出することや 、土壌に溜まる
可能性があると考えられる。そのような状況から、TBTによる環境汚染が考えられる。
また、TBTの毒性を考えると、土壌に溜まったTBTが労働者にも何かしらの悪影響を
及ぼすことが考えられる。
第3章 感想・まとめ
船舶解体自体は鉄資源のリサイクルの為に、必要な仕事である。ところが、労働者の安
全が保障されないことや、環境を破壊するといった一面を知ることが出来た。
ところで、日本は島国のため、船舶は無くてはならない道具となっている。また、日本
は世界有数の造船国である。それなのに、船舶の行方についてはほとんど知る機会を持た
ない。日本で輸送や漁業に使われた船舶が実は、何人もの労働者の死を経て解体されてき
たかもしれないのに、である。それゆえ私は、船舶解体のことについて、殊に日本などの
造船国の人々はもっと知るべきなのではないか、と思うようになった。
加えて、今回紹介することはなかったが、2009 年、シップリサイクル条約というこれま
での船舶解体を見直し、改善していくための条約が採択され、船舶解体の現状を改善する
動きが出てきた。しかし採択されたばかりで、条件が満たないため まだ実効に移されてい
ない。つまり、船舶解体についての問題は、未解決の問題なのである。
環境や労働者の安全を守るためにも、 船舶解体の問題は早急に解決されるべきである。
そこで、今の中高生や大学生など、若い世代もこの問題を知って、船舶解体 で脅かされる
労働者の命や環境破壊について考えていくのが、誰でもできる、 最も大切な解決への 1 歩
だと私は考える。
第4章 参考文献・その他
佐藤正之(2004)「船舶解体
「バングラデシュ
鉄リサイクルから見た日本近代史」
花伝社
船の墓場で働く」,
『NATIONAL GEOGRAPHIC ナショナルジオグラフィック日本版』2014 年 5 月号
5
「環境保健クライテリア 116
トリブチルスズ化合物」
http://www.nihs.go.jp/hse/ehc/sum2/ehc116/ehc116.html
「厚生労働省
アスベストに関するQ&A」
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/seki
men/topics/tp050729-1.html
「国土交通省海自局
シップリサイクル条約に関する取組み」
http://www.mlit.go.jp/maritime/senpaku/Ship_recycling/
※図1
「ナショナルジオグラフィック日本版公式サイト
フォトギャラリー:
バングラデシュ
船の墓場で働く」
http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/1405/shipbreakers/
※図 2
「バングラデシュ
船の墓場で働く」,
『NATIONAL GEOGRAPHIC ナショナルジオグラフィック日本版』2014 年 5 月号
P85 より
※図 3
佐藤正之(2004)「船舶解体
鉄リサイクルから見た日本近代史」
P47 より抜粋
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花伝社