近代の洋装と毛織物

企画展
近代の洋装と毛織物
文明開化のコスチューム
一宮市は平成 22 年度に、江戸時代から近代までの
毛織物約 530 点を集めた墨コレクションを収蔵しま
した。今回はその中から、近代の文官大礼服や軍服な
ど約 40 点を展示し、日本における洋装の始まりにつ
いて、また、その主な素材である毛織物の国産化につ
いて紹介します。
明治維新の後、公家や武士など様々な身分の人々か
らなる明治政府は、新しい服制を制定するに当たり、
洋装を採用しました。政治や社会が大きく変動した近
代において、新時代を担うにふさわしい装いとはどの
ようなものだったのでしょうか。服装は単に身体の保
護のためだけにあるのではなく、その時代の人々の心
性を映し出す鏡でもあります。当時の服飾品を通して、
新しい国家作りに挑んだ人々の姿に思いを馳せる機会
となれば幸いです。
最後に、本展の開催にあたり、多大なご協力を賜り
ました関係各位・各機関に、深く感謝申し上げます。
平成 25 年 4 月
一宮市博物館
2 勅任官大礼服
明治時代
1
服制の洋装化
明治維新の後、天皇を元首とする新たな政府が樹
ありましたが、明治 4 年(1871)9 月 4 日に特に
立されました。それまでは公家は衣冠(いかん)や
洋装への抵抗が激しかった華族に対して「服制改革
狩衣(かりぎぬ)、武士は裃(かみしも)など、身
内勅」が出され、筒袖・筒袴の洋服は神武天皇の頃
分によって服制が異なっていました。そのため、様々
の服装に似ており、古代官服へと復古するべきだと
な身分の人々によって成立していた明治政府には、
言う論理によって、洋装化への道筋がつけられまし
公の場での服制を統一する必要がありました。
た。
新しい服制に洋装を採用するのには反対も根強く
洋式の大礼服制の考案には、フランスの服制が参
2 勅任官大礼服 明治時代
3 宮内官大礼服(勅任) 明治〜大正
侍医頭・岡元卿(嘉永5年〔1852〕〜大正 14 年
侍医頭・岡元卿着用
〔1925〕
)着用
2
考にされました。明治 5 年(1872)11 月 12 日の
大礼服は新年朝拝・外国公使参朝などの特別の儀
太政官布告によって、文官と非役有位者の大礼服を
礼、小礼服は参賀・礼服御用召並びに叙任御礼の時
含む服制が規定されました。翌年 2 月 20 日には皇
に用いられました。また、小礼服の燕尾服は大礼服
族の大礼服が制定されました。その後、明治 17 年
が制定されていない人々の正装とされ、通常服はフ
(1884)には有爵者大礼服と宮内官大礼服が制定さ
ロックコートでした。
れました。これらは、随所に桐唐草や菊といった、
日本の伝統的な文様が用いられています。
4 非役有位大礼服(四位以上) 昭和初期
7 有爵者大礼服(男爵) 大正時代
帝 室 博 物 館 総 長・ 土 岐 政 夫( 明 治 25 年〔1892〕
大倉喜八郎(天保 8 年〔1837〕〜昭和 3 年〔1928
〜昭和 40 年〔1965〕)着用
年〕)着用
3
10 小礼服(燕尾服) 明治〜大正
侍医頭・岡元卿着用
4
12 フロックコート 大正〜昭和初期
女性の宮中礼服
明治7年(1874)に勅任官夫人らに新年
朝拝などへの参加が許可された際に定められ
た服装は、髪はときさげ、白小袖に赤い袴を
つけ、袿を羽織るという伝統的な日本のもの
でした。明治 17 年(1884)には、女性の
洋服着用が許可されましたが、女性が儀礼に
出席する機会が少ないこともあり、なかなか
女性の洋装化は進みませんでした。その後、
著作権保護のため非表示
宮内卿に就任した伊藤博文の熱心な働きかけ
によって、明治 19 年(1886)に昭憲皇后 (当時)が初めて洋服を着用し、翌年の新年
朝拝ではマント・ド・クールが用いられるな
ど、一定の進展がありました。
参考図版 大礼服(マント・ド・クール)
昭憲皇太后着用 明治 20 年代
(文化学園服飾博物館蔵)
13 袿袴(けいこ)
公爵夫人宮中儀礼用
明治〜昭和初期
5
陸軍の軍服
軍隊においては、西洋式の軍事調練を行う必要性
戦争で勝利したドイツ式の軍制を採用するにあた
から、幕末には既に西洋式の軍服が用いられていま
り、軍服もドイツ式に変更されました。
した。明治政府は、文官大礼服の制定よりも早く、
明治 37 年(1904)〜 38 年(1905)の日露戦
明治3年(1871)12 月には陸海軍の軍服を制定し、
争に際して、軍服を濃紺からカーキ色に変更する戦
陸軍はフランス式、海軍は英国式の軍服を採用しま
時服制が導入された後、明治 39 年(1906)にはカー
した。
キ色の軍服が正式採用されました。
その後、明治 19 年(1886)の改正では、普仏
14 陸軍将校正装(大佐) 昭和初期
陸軍大将・西尾寿造(明治 14 年〔1881〕〜昭和
35 年〔1960〕
)着用
6
16 陸軍下士兵卒正装(騎兵) 昭和初期
18 陸軍軍装(夏服) 昭和初期
20 陸軍外套・長靴 昭和初期
陸軍主計中将・石川半三郎着用
陸軍主計中将・石川半三郎着用
7
海軍の軍服
明治 16 年(1883)11 月 12 日制定の海軍服装
れます。
規則によれば、
大礼服は新年朝拝などの特別な儀礼、
礼服(礼装)は当初燕尾服型でしたが、明治 29
礼服は外国官員との会同や会葬及び私的な冠婚葬
年(1896)にフロックコート型の正服に肩章をつ
祭、正服は軍法会議や重要な勤務に用いることと規
けて礼服とするよう変更されました。
定されていました。その後、たびたび服装の呼称は
変更されますが、大正 3 年(1914)の改正で、大
礼服は正装、礼服は礼装、正服は通常礼装に改めら
21 海軍正装(少将) 昭和初期
22 海軍通常礼装(少将) 昭和初期
海軍少将・寺田祐次着用
海軍少将・寺田祐次着用
8
23 海軍第一種軍装 昭和初期
24 海軍供奉服 昭和初期
海軍大将・末次信正(明治 13 年〔1880〕〜昭和
海軍大将・末次信正着用
19 年〔1944〕
)着用
9
毛織物の整理染色工程
昭和 20 年代の艶金興業工場内写真から
①入荷
②洗絨(せんじゅう)
織り上がった毛織物が運び込まれる。
織布工程でついた汚れや不純物を石けんや中性洗剤
などで洗い落とす。
③縮絨(しゅくじゅう)
④煮絨(しゃじゅう)
石けん液などの中で揉んだり、こすったりして、羊
熱水につけた後、生地を引き伸ばして織組織を固定
毛繊維を絡ませ、フェルト化させる。
することにより、しわなどが発生しないようにする。
⑤染色
⑥脱水
10
織り上がったばかりのゴワゴワとした織物から、ウール独特のしなやかな風合いを引き出すためには、整
理仕上げが必要です。明治 41 年(1908)に艶金興業によってドイツ製の整理機が輸入され、尾州でも毛
織物整理ができるようになり、ウールの一大生産地への地歩が築かれました。
⑦乾絨(かんじゅう)
⑧剪毛(せんもう)
熱風や蒸気熱を吹き付けて乾燥させる。
起毛した毛羽を切りそろえる。この後、ブラッシン
グして切りくずを取り除く。
⑨圧絨(あつじゅう)(ロータリープレス)
⑨圧絨(ペーパープレス)
生地の光沢を出すために加圧する。ロータリープレ
艶紙を挟みながら折り畳み、加圧する。前回折った
スはローラーと艶板の間に生地を通す。
箇所を外して再び折り畳んで加圧する。
⑩蒸絨(じょうじゅう)
⑪検反
生地を蒸した後に急冷し、風合いを持たせる。
11
展示目録
※図版番号は展示順序とは必ずしも一致しません。また、会期中に展示替えを行うため、掲載作品が展示されていない場合があります。
1
勅任官大礼服 明治〜昭和初期
19 陸軍軍装(冬服) 昭和初期
2
勅任官大礼服 明治時代
20 陸軍外套・長靴 昭和初期
3
宮内官大礼服(勅任) 明治〜大正
21 海軍正装(少将) 昭和初期
4
非役有位大礼服(四位以上) 昭和初期
22 海軍通常礼装(少将) 昭和初期
5
非役有位大礼服(五位以下) 明治〜大正
23 海軍第一種軍装 昭和初期
6
有爵者大礼服(男爵) 大正時代
24 海軍供奉服 昭和初期
7
有爵者大礼服(男爵) 大正時代
25 盾の会制服(夏服) 昭和 43 年(1968)頃
8
有爵者大礼服(男爵) 大正時代
26 盾の会制服(冬服) 昭和 43 年(1968)頃
9
有爵者大礼服(伯爵) 大正時代
27 裁判官法衣 明治〜昭和初期
10 小礼服(燕尾服) 明治〜大正
28 郵便外務員制服(上衣・外套) 大正時代
11 小礼服(燕尾服) 昭和初期
29 吉田初三郎「尾羊展開 艶金興業五工場鳥瞰図」
12 フロックコート 大正〜昭和初期
30 吉田初三郎「艶金興業 本社及起工場鳥瞰図」
13 袿袴 明治〜昭和初期
31 吉田初三郎「艶金興業 一宮工場鳥瞰図」
14 陸軍将校正装(大佐) 昭和初期
32 吉田初三郎「艶金興業 佐千原工場鳥瞰図」
15 陸軍将校正装(主計中将) 昭和初期
33 吉田初三郎「艶金興業 津島工場鳥瞰図」
16 陸軍下士兵卒正装(騎兵) 昭和初期
34 杉山元輝「昭和天皇来社(艶金本社)」
17 陸軍将校正装(砲兵少佐) 大正〜昭和初期
35 杉山元輝「昭和皇太子来社(艶金本社)」
18 陸軍軍装(夏服) 昭和初期
1 〜 28 当館蔵 29 〜 35 一宮市尾西歴史民俗資料館蔵
参考文献
大内輝雄『羊蹄記 人間と羊毛の歴史』平凡社、1991
刑部芳則『洋服・散髪・脱刀 服制の明治維新』講談社、2010
刑部芳則『明治国家の服制と華族』吉川弘文館、2012
北村恒信(編)
『陸海軍服装総集図典―軍人・軍属制服、天皇御服の変遷―』国書刊行会、1996
艶金興業株式会社(編)『毛織と艶金』艶金興業株式会社、1952
増田美子(編)
『日本衣服史』吉川弘文館、2010
柳生悦子『日本海軍軍装図鑑 幕末・明治から太平洋戦争まで』並木書房、2003
山根章弘『羊毛の語る日本史 南蛮渡来の洋服はいかに日本文化に組み込まれたか』PHP 研究所、1983
会期中のイベント
◎5月5日(日)
◎ 5 月 19 日(日)
講演会「日本の洋装化」
体験講座「社交ダンスで文明開化♪」
講師 百々徹氏
(神戸ファッション美術館学芸員)
講師 山崎雅則氏(財団法人 JBDF 中部総局プロラテン A 級)
平成 25 年度企画展
「近代の洋装と毛織物〜文明開化のコスチューム」展示解説書
謝辞 記して謝意を表します。(敬称略)
平成 25 年4月 27 日発行
墨明 百々徹 山崎雅則
会期 平成 25 年 4 月 27 日〜 6 月 2 日
一宮市尾西歴史民俗資料館
編集・発行 一宮市博物館
文化学園服飾博物館
一宮市大和町妙興寺 2390 ℡ 0586-46-3215
写真撮影 福岡栄
印刷・製本 三井堂株式会社
本展の企画・解説書の編集は、一宮市博物館学芸員・成河端子が担当しました。
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