6.鏡像異性体と旋光度 ~香料から液晶テレビまで~ 自然研究講座 堀 一繁 異性体とは、分子式は同じであるが、構造が異なる分子同士のことである。その分類・特 徴などを図 1・表 1 に示す。 図 1 異性体の分類 (太字: 高校教科書の記載内容) 異性体 ○ 立体異性体 ○ 鏡像異性体 (エナンチオマー) × 原子の結合順序は同じ? 構造異性体 × 両者は鏡像関係? ジアステレオ異性体 (ジアステレオマー) 自由回転できない結合に付いている 置換基の配置が異なる? ○ シス-トランス異性体 (幾何異性体) 表 1 異性体の特徴 (太字: 高校教科書での記載) 種類 構造異性体 鏡像異性体 立体異性体 ジアステレオ 異性体 シス-トランス 異性体 (幾何異性体) 定義 構造式が異なる (原子の結合順序が 異なる) 分子同士 特徴 沸点・融点・密度 などが異なる 鏡像関係にある分 ・沸点・融点・密度 子同士を重ね合わ などが同じ すことができない ・旋光度が異なる 分子同士 立体異性体のう ち、鏡像異性体で はない分子同士 回転できない結合 に付いている置換 基の配置が異なる 分子同士 例 CH3CH2CH2CH3 CH3 CH3CHCH3 ブタン (沸点 –0.5 ºC) イソブタン (沸点 –12 ºC) 図 2 参照 沸点・融点・密度 などが異なる 図 2 参照 沸点・融点・密度 などが異なる 図 3 参照 図 2 鏡像異性体とジアステレオ異性体 L-イソロイシン D-イソロイシン CH3 CH3 COOH CH3CH2 鏡像異性体 COOH CH3CH2 NH2 NH2 ジアステレオ異性体 CH3 CH3 COOH CH3CH2 鏡像異性体 COOH CH3CH2 NH2 NH2 L-アロイソロイシン D-アロイソロイシン 図 3 シス―トランス異性体 異性体のうち、鏡像異性体は、平面偏光 (直線偏 光) と呼ばれる光を傾ける角度がお互い反対にな マレイン酸 フマル酸 る。故に高校の教科書では、鏡像異性体 = 光学異 (融点 133 ℃) (融点 300 ℃) H 性体とされており (ただし IUPAC では「光学異性 (体)」の使用を避けるように提言している [“BASIC TERMINOLOGY OF STEREOCHEMISTRY (IUPAC Recommendations 1996)” Pure 19 Appl. Chem., Vol. 68, No. 12, pp. 2193-2222, 1996.])、このように平面偏 光を傾ける性質 (旋光性) を持つ化合物を光学活 性化合物という (図 4)。この光学活性化合物は、医 HOOC COOH HOOC H trans-1,4-シクロ ヘキサンジオール (融点 110 ℃) (融点 140 ℃) OH HO HO OH ≡ ≡ は液晶テレビの仕組みの中で大変重要な位置を占 COOH C C cis-1,4-シクロ ヘキサンジオール 薬品や農薬、さらには液晶や生分解性プラスティッ クの原料として数多く利用されている。また、偏光 H H C C OH OH H HO めている。 H H H OH 図 4 旋光度とは? 旋光度 Na の D 線 (589 nm) 平面偏光 偏光子 光学活性化合物 の溶液 鏡像異性体は、図 5 のように、それぞれ 図 5 鏡像異性体の例 の異性体が生体内において異なる作用を示 すことが多い。すなわち人間をはじめとす (+)-リモネン (–)-リモネン (沸点 176 ℃) (沸点 176 ℃) る生体は、鏡像異性体を見分ける能力を持 (S) (R) っているということである。 これは体内にある酵素の働きによる。酵 素は、光学活性化合物の L-アミノ酸からな [オレンジ精油] [松の葉の精油] (S)-イブプロフェン (R)-イブプロフェン るタンパク質でできている。すなわち酵素 は光学活性化合物である。その結果、一方 COOH の鏡像異性体のみが、ちょうど鍵と鍵穴の 大 関係のように、うまくはまり込むようにな [鎮静作用] COOH 小 っているからである (図 6)。 しかし鏡像異性体同士は、他の異性体とは 異なり、沸点・融点などが同じで、分離は大 図 6 鏡像異性体と酵素の模式図 鏡像異性体 変困難である。結果的に、光学活性化合物は 大変高価なものが多い。 そのため、目的とする光学活性化合物のみ を効率よく得る方法が現在でも盛んに研究 されている。中でも、野依良治 教授 (名古 屋大学) が大量の光学活性化合物を合成す 酵 素 酵 素 るための触媒を開発したことで、2001 年にノーベル化学賞を受賞した。 今回は、旋光度計などを用いて光学活性化合物の性質を知ると共に、偏光を利用した液晶 テレビの原理、さらに次世代テレビの有機 EL テレビについての話を行う。 図 7 野依教授が開発した触媒とその応用例 触媒 CH3 COOH MeO 触媒, H2 COOH Ph2 P O O Ru MeO (S)-ナプロキセン (鎮痛剤) P Ph2 O O CH3 [操作] 1. メントール・ネオメントール・リモネンの鏡像異性体それぞれのにおいを比較する 2. 融点測定器を用いて、メントールの鏡像異性体の融点を比較する 3. メントール・ネオメントールの分子模型を作り、鏡像異性体・ジアステレオ異性体の違 いを比較する 4. 旋光度計を用いて、水、そして光学活性化合物を溶かした水溶液の旋光度を測定する
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