政治学の学修について - 山形大学地域教育文化学部

浜中新吾(山形大学)担当講義共通の覚え書き
政治学の学修について
はじめに
日本の大学、特に社会科学系の学部では大教室にたくさんの学生を詰め込み、教員が一
方的に語りかけるタイプの講義形態(マスプロ講義:マス・プロダクション[大量生産])が
主流です。私が大学生だった 1990 年代と比較するとシラバスの作成や出席の重視、評価回
数の複数化など形式的な面で多くの変化があります。しかしながら政治学や法律学のよう
な学問分野ではマスプロ講義が現在でも続いています。2009 年にマイケル・サンデルの「正
義」がブームになり、マスプロ講義でも対話型が可能で知的好奇心を啓発できると思われ
ました。しかしハーバード大学ではサンデル教授の講義以外に、小クラスに分かれた多数
のリーディング・クラスが大学院生チューター指導の下、平行して行われています。あの
講義の出席者は大量の必読文献を読み終えた上で出席しており、それゆえ講義内容に応じ
た発問が可能になっています。残念ながら現在の日本の大学で講義と平行したリーディン
グ・クラスを立てることはできません。
政治学系科目の教科書と講義内容に関する私見
かつてと比べると政治学の教科書はとても読みやすく、現在の政治社会情勢を丁寧に分
析しているものが増えました。しかしそれでも政治学概論や概説といった基礎的な講義で
取り扱うトピックは多くの教科書や各大学の講義で似通っています。おそらくその理由は
公務員試験の出題内容を想定しているためでしょう。講義を行い、試験で合否判定するス
タイルは公務員試験の形式を踏襲しており、受験勉強に慣れた日本の大学生にとっても親
しみ深い学習と評価の形式です。数十人から数百人の受講生を抱える以上、この形式から
外れた評価形態を採ることは困難です。
しかしながら政治学教育は公務員試験の為になされているのではありません。私の所属
先においては社会科教員養成のため、そして学士課程における学問研究の基礎を教授する
ために置かれています。市民教育・有権者教育の目的を持たせても良いとも思います。か
かる目的から 2013 年度以降、私が担当する政治学系科目の講義内容から公務員試験に拘束
されそうな部分を排除していこうと考えています。公務員試験用の教材を読むとすぐ分か
りますが、試験に出題される政治学分野の内容は、学者の名前と学説の内容を答えさせる
ものが多く、実際の政治的問題や政策問題を解き明かそうとする知的営為とはかけ離れて
います。
講義の位置づけと予習
現在に至るまで日本では大学進学率がどんどん上昇しており、一昔前ではとうてい大学
に合格できなかった学力層の高校生が入学するようになっています。そのため現在の大学
浜中新吾(山形大学)担当講義共通の覚え書き
は「分かりやすい講義」を心がけるようなっており、大学の執行部は担当教員に話を分か
りやすくするよう圧力をかけています。しかしながら、高等学校までの教育内容を十分に
消化できていない学生に先端的な学問のエッセンスを分かりやすく伝えるのは、どだい無
理な話です。たとえ十分に高校までの教育内容を理解している学生でも、大学で学ぶ学問
の内容とはかなりのギャップがあります。
私は「講義で話した内容だけが学ぶべき内容の全てである」という考え方をしません。
指定された教科書を講義の時だけ読むような学習姿勢では、話の内容を到底消化できない
でしょう。受講するにあたり最低限の予習として、教科書の該当部分を一読しておく必要
があります。どこが該当部分になるかはシラバスを読めば分かるはずです。
評価方法を意識した復習と自主学習
政治学系科目の試験問題は 800~1,000 字程度の記述を要する論述形式で出題されます。
私は講義内容において 1 つの大きな問いを発し、その問いに政治学の理論や概念を使って
答えるという形の講義を行います。問いの形は、特に因果関係を問う場合「なぜ~なのか」
という形式を取るので、複数の政治主体がいかなる環境的条件の下でどういった決定を下
すに至ったのか、を思考すれば自ずと答えを導くことができます。
講義を聴いた上で教科書の当該箇所を読めば、予習の時よりもずっと良く理解できるは
ずです。教科書では十分説明されていない政治学の理論や概念について学習するために指
定参考書や参考文献を丁寧に読むことが求められます。ここに書かれたような復習を行う
ことは理想であり、それには一回の講義に対して復習に 3 時間(講義時間の倍)かかるこ
とを意味します。言い換えると、理想的な復習とは、ハーバードで行われているリーディ
ング・クラスを自分一人で自主的に行うことを意味します。
ライティング・
「書く」ということ
ものごとを順序立て、理路整然と説明することは簡単ではありません。論理一貫した説
明をするには訓練が必要です。政治学を含めた学問・科学が理論(に沿った説明)を重視
するのは、説明の一貫性や論理破綻がないことを確認しやすいからです。こうしたライテ
ィング・スキルを上げるには書く練習をする以外に方法はありません。練習したら他人に
読んで貰って不備を指摘されることが上達の早道になります。友人同士で書いたものを読
み合い、分かりにくい箇所を指摘しあえば、スキルが上がるのも早いです。そのような友
人関係を期待できない場合は、書いたものを何日か放置し、その後自分で読んでみると良
いでしょう。書いたときには気づかなかった欠陥・欠点・不備を発見できると思います。
米国の大学にはライティング・センターというものがあり、学生が書いたものを持って
行くと読みやすくなるように直してくれるそうです。日本の大学でライティング・センタ
ーを設置している所はわずかしかありません。東北の大学で設置している所は聞いたこと
がないので、ここに書かれた方法で対応するしかないでしょう。