今月の特集記事 ~毎月の特集記事です。~ 製造業の国内回帰はあり得るのか? ~製造業の産業構造の変化~ 今回のテーマは、製造業の話です。よく考えてみると、製造業のコンサルタントの看板を掲げながら、メルマ ガや月レポでは直接製造業に言及する話をしてこなかったので、今回やります。 数年前から為替レートが円安傾向になり、ニュースなどでは「製造業の国内回帰」という話がちらほら出てき たりしています。私もよく「円安になったから国内に仕事戻ってきますかね?」なってことを聞かれたりします。 と、いうことで今回は「今後、製造業の国内回帰は本当に行われるのか?」ということを考えていきます。 ●為替レートの推移 まずは米ドルの為替レートの推移を確認してみましょう。 (図1) 過去 30 年間の為替レートの推移です。‘85 年のプラザ合 意後、円が 100 円台に突入。’90 年代前半に 90 円台に突入し、 多少持ち直すもリーマンショック後に再び円高。その後日銀 の金融緩和を受けて円安傾向になる。というのがざっくりと した流れです。こうして見てみるとここ数年は結構急激に円 安になっていますね。 ●そもそも円安になると何がいいのか? 一般的に日本の場合「円安=いいこと、円高=悪いこと」みたいな雰囲気があります。「円安になる→輸出が 増える→輸出向けの生産が増える→売上が増える→会社儲かる」ざっくり言うとこういうロジックが成り立つ とされているので、日本の場合円安が歓迎されます。では、なぜ円安になると輸出が増えるのか?ご存じの方 も多いと思いますが、為替レートと輸出の関係を確認しておきます。 ◆為替レートと輸出のメカニズム では、実際の例をあげて為替レートと輸出の関係を説明していきます。(説明を分かりやすくするために話を 単純化してお伝えします) 日本の自動車メーカーT 社が日本で 100 万円の車を米国市場向けに輸出します。このとき為替レートが 100 円なら米国での価格は 1 万ドル(100 万円÷100 円)です。一方米国では自動車メーカーG 社が米国内で生産し た車を T 社と同じ性能の車を 1 台 1 万ドルで販売しています。この場合、T 社と G 社の車の価格・性能は同じな 1/6 Copyright © Masterplans Consulting All Rights Reserved. ので、販売量は拮抗します。 ここで、為替レートが 125 円(円安)になるとどうなるか?日本車の価格は 100 万円÷125 円=0.8 万ドルにな ります。別に T 社は何もしなくても販売価格は下がります。一方 G 社は 1 万ドルのままです。となると、価格的に は T 社が優位となり、T 社の販売量が増えます。T 社は販売量が増えるので、輸出を増やします。 一方、為替レートが 80 円(円高)になるとどうなるか?日本車の価格は 100 万円÷80 円=1.25 万ドルに上昇 し、価格的には G 社が優位となり、T 社の販売量は減ります。T 社はこのままでは困るので、対抗措置として現地 生産を行い、G 社との価格差を解消します。結果、日本からの輸出は減ります。 図2 為替レートと価格の比較 為替レート T 社の価格 G 社の価格 価格優位性 T 社の対応 100 円 1 万ドル 1 万ドル 均衡 - 125 円(円安) 0.8 万ドル 1 万ドル T社 輸出 80 円(円高) 1.25 万ドル 1 万ドル G社 現地生産 実際のところは、ここに関税とか車の価格・性能面での評価とか、政治的な事情とかがからんでくるので、こ う単純にはいきませんが、理屈としてはこんな感じです。 ●海外生産比率の動向 上記のような理屈から考えると、「円安になってるんだ から、生産は国内に戻るだろう」と期待します。「円高で現 地生産してたんだから、円安なら国内生産だろう」という 考え方です。では、実際の海外生産比率を見てみます。(図 3) この結果を見てどう感じますか?「思ったより増えてな い」と感じる方もいらっしゃれば、「まだまだこれからだろ」 と思われる方もいらっしゃると思います。 私は「今後海外現地生産が大幅に減ることはない」と 考えています。品目別若しくは短期的に見れば多少の国 内回帰はあり得ますが、長期的には以前の水準に戻るこ とはないと考えます。 2/6 Copyright © Masterplans Consulting All Rights Reserved. ●海外生産が減らない理由 では、なぜそのように考えるのか?いくつか理由を説明していきます。 理由①日本の生産コスト高 まず目に付くのは労務費です。先進国と比べるとそ こまで高くはないですが、新興国と比較した場合は大 きな差があります。(図4)現時点でも労務費は高いので すが、今後日本の社会保障費がさらに増大するという 話になれば、さらに労務コストは上昇していきます。 図5 産業用電力とガス料金比較 次に気になるのは電力・ガスなどのエネルギー費です。図5のデータを見る限り日本のエネルギー費は高い です。このデータだと比較対象が先進国のみですが、新興国は恐らく先進国よりエネルギー費は安いはずで す。 で、厄介なのはこのエネルギー費で、日本はエネルギー資源を輸入に頼っているので、円安になるとこのエ ネルギー費が上昇します。化石燃料の価格が低い時代は影響が少なかったですが、今は化石燃料価格が当時 よりも大幅に上昇しているので、この影響は無視できないです。 実際に現在も円安になる→輸出増える→収入は上がる→だけどコストも上がる→収益が… というケースも多いです。これは、原材料にも同様のことが言えます。 理由②競争相手の増加 国内の生産コストが多少高くても製品を供給出来るのが日本だけ、若しくは、競争相手が同程度の生産コスト の先進国だったらまだいいのですが、ここ 20 年で中国・韓国に代表される新興国勢がかなり力を付けてきまし た。この後にも、インド・ブラジル・南アフリカ・トルコ・東欧・メキシコ・ベトナム・インドネシアなどの国々が控えてい るので、競争は今後も激化傾向です。 3/6 Copyright © Masterplans Consulting All Rights Reserved. 理由③市場の変化 まず、日本の国内市場は人口減少、特に消費を担う生産年齢人口の減少によって縮小傾向です。国内で買う 人がいなくなるので、国内で作る必要もなくなります。 そして恐らく、現在の先進国も同じような状況になり、人口は減少若しくは現状維持です。例外は米国くらい でしょう。毎年何もしなくても勝手に市場が大きくなるという状況は先進国では期待出来ないです。 と、なってくると対象の市場は必然的に新興国になります。で、市場が新興国となると厄介な問題が起きま す。相手が先進国なら「日本の製品は性能が圧倒的に違うよ」という点で日本に優位性があります。言い換え れば、「日本製は高いけど、性能も良いから買おう(実際に買える)」と先進国ならなります。 しかし、相手が新興国となると勝手が違ってきます。私はこれらの勢力に日本勢が押されていると言っても、 性能面ではまだまだ日本に圧倒的な優位性があると思います。しかし、問題はそこではないです。新興国の場 合、消費者が購入する基準は価格です。 例えば、日本製で 10 年故障せず、ハイブリッドで自動ブレーキ付の 1 台 300 万円の車と、たまに故障するけど 1 台 100 万円の新興国製の車だったらどちらを買うか?恐らく後者です。新興国の消費者にとっては日本車は 高すぎるので買わない(買えない)のです。 で、このような消費者に対して新興国メーカーは自国や周辺国の安いコストで生産を行って製品を投入して きます。日本メーカーとしても市場を失うわけにはいかないので、安いコストで生産を行わないといけない、で も日本はコストが相対的に高い。じゃあ、どうするか?という話です。 また、製品は消費地になるべく近いところで生産した方が有利です。消費者のニーズも反映させやすいです し、物流コストもかからず、生産→納入までのリードタイムも短くて済みます。 理由④新興国の技術水準・インフラの向上 生産拠点を新興国に移すとき大きな課題があります。その国の教育や技術水準・インフラです。 新興国で生産を行いたいと思ってもその国の教育水準が低かったり、技術が無かったり、インフラが整ってい なかったりすれば、物理的に生産は不可能です。でも、この問題はすでにクリア済みです。そして、新興国の経済 がさらに発展すれば、再投資を行い、今よりも高いレベルのことが出来るようになるでしょう。 しかも、IoT の普及がさらに進めば、現地スタッフでは扱うことが難しい技術でも日本にいながら遠隔操作す ることが可能になります。別に「現地では扱うことが難しいから」という理由で日本で生産する必要はないわ けです。例えば、設備の稼働状況を日本でもリアルタイムでモニタリングして、故障などが発生すればウェアラ ブル端末を付けた現地スタッフに日本から指示を与え、部品が必要であれば、簡単な部品なら日本から現地の 3D プリンタを使って部品を作ってしまえば問題ないわけで…。(夢のような話に思われるかもしれませんが、こ のような動きがドイツを中心に進んでいます。これをインダストリー4.0 と呼びます。インダストリー4.0 について は近々レポートで書きますね) 4/6 Copyright © Masterplans Consulting All Rights Reserved. 理由⑤モジュール化・標準化・オープン化 理由④とも関連しますが、製造業の様々な分野でこの動きがあります。部品等を共通化してしまい、誰でもど こでも作れるようにしてしまうという動きです。これは、最初コンピューター分野で始まりました、その後、家電 に広がり、今は自動車で進んでいます。 韓国勢が強かったのはこれです。彼らはモジュール化された部品をコストの安い新興国で大量に生産し、それ を組み立てて市場に供給しました。この方法だと製品の細かな「こだわり」みたいなことが実現出来ませんが、 別に関係ないです。理由③のところで話したように、こうやって作られた製品が供給される市場の人は別に 「こだわり」を求めていないので。 理由⑥為替レートの変動リスク 最後の理由ですが、為替レートというのはいつどう変わるか分かりません。実際に 4 年前に為替レートが 120 円になると予想できたでしょうか?30 年前に 200 円代だった為替レートが 70 円代まで変動すると予測出来た でしょうか? 為替レートはいつどう変動するか分かりません。金融情勢が突然変わるかもしれませんし、投機筋(ヘッジファ ンド)が大幅に操作するかもしれません。突然テロや災害が起こるかもしれません。これらは我々の努力では制 御出来ない動きです。そんな予測と制御が出来ない動きに左右されてその度に右往左往するくらいなら、為替 リスクのない状況下で生産を行ってリスクを回避するのが合理的な判断です。 いかがでしょうか?以上のような理由から私は長期的には以前のように生産が国内回帰することはないと 考えています。 ここまで長々と書いてきて何ですが、そもそも私はここ 10 年くらいで海外への生産移転が進んだのは為替 レート(円高)のせいではないと考えています。確かに為替の要因はありますが、それはあくまで海外へ移転す るきっかけに過ぎず、根本的な要因はこれまで述べてきたような構造的な変化にあると考えます。根本的な理 由が為替レートではなく産業構造の変化にある以上為替レートが変動しても根本的な国内回帰は起こらないと いうのが私の考えです。 ●これからの対応 じゃあ、これからどうするんだ?という話ですが。抜本的な対策は分かりません。ただ、ひとつ言えるのは、こ れまで以上に「現状に安住せず、現状を打破する動きを自ら取って」いかないといけないということです。 円安になれば何もしなくても…仕事が増える。昔のように受注量や利益が戻る。親会社が面倒見てくれる。 みんな右肩上がりで成長出来る。こんなことは恐らくもう起こらないでしょう。 現状を打破する動きが、「販路開拓」かもしれません、「生産性向上・コスト削減」かもしれません、「技術・製品 開発」かもしれません、「人材育成」かもしれません。何が正解なのかは分かりませんが、自分が出来ることから 動くことが必要です。(私の予測が間違っていたとしても何らかの動きを取ることは将来的にプラスになりま す) 5/6 Copyright © Masterplans Consulting All Rights Reserved. 少なくとも現時点で業績が向上し始めている企業は、これまでに現状を打破するために何かしらの動きを取 ってきた企業です。 私も出来る限り皆様のお役に立つような情報や知恵を提供出来るよう頑張っていきます。 では・・・ 今月のひと言 今、個人的にドイツがブームです。もともと車が好きなので、ドイツには興味があるんですが、今回もレ ポートの中で触れた「インダストリー4.0」の動きや、中小企業(「ミッテルシュタント」と言います)の戦略な どは結構参考になりそうなので、今後調査して月レポでお伝えしたいと考えています。 本当はお金と時間があれば、ハノーファーメッセなんかにも行ってみたいんですが…。 お知らせ ~今後予定されているイベントやセミナー等についての告知です。~ 【当事務所のイベント情報】 ◆高収益の生産体制を実現するための 4 ステップセミナー 開催日時:2015年 5 月 26 日(火)18:30~20:30 場所:岡崎市図書館交流プラザ りぶら 201 会議室 生産管理・工場管理体制を強化するためには何をしていくべきなのか? そのためのステップについてご説明します。 【その他お知らせ】 ●生産管理コンサルティング承ります 「見える化」「生産性向上」「人材育成」など、生産機能を強化させるための コンサルティングを承ります。 ※イベント情報の詳細・コンサルティング内容については当事務所 HP までアクセス下さい。 6/6 Copyright © Masterplans Consulting All Rights Reserved.
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