PGD2 受容体 CRTh2 のアレルギー性気道炎症における

岐阜薬科大学特別研究費報告書 (2007)
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―平成19年度 岐阜薬科大学特別研究費(奨励)―
PGD2 受容体 CRTh2 のアレルギー性気道炎症における意義
田 中 宏 幸
1. 緒 言
0.5 mL を、12 日間隔でマウスの腹腔内に 2 回注射して能
プロスタノイドは、種々の刺激により産生、分泌され、
動的に感作した。初回感作の 22 日後、1% の OA 生理食塩
近傍に存在する標的細胞または産生細胞自身の受容体に
水溶液を超音波ネブライザーにて 30 分間マウスに吸入し
結合することにより生理活性を示すオータコイドであり、
た。この抗原吸入を 4 日おきに計 3 回行った。最終抗原吸
気管支喘息の発症および進展に関与することが示唆され
入の 24 時間後にアセチルコリン (Ach) に対する気道反応
ている。プロスタノイドには、PGD2、E2、F2α、I2 および
性の測定を行い、その直後に左肺を結紮し、摘出後、ホル
TXA2 の 5 種類が存在し、それぞれに対応する受容体に結合
マリン固定を行い組織学的検討に、右肺からは BALF の採
することにより生理活性を発揮する
1)
。このうち PGD2 は
取を Tanaka et al. の方法
6)
に従って行った。BALF 中の
以前よりアレルギー反応への関与が示唆されており、その
炎症性細胞数を計数し、上清中のサイトカイン量ならびに
受容体として、ほぼ同程度の親和性を示す 2 種類の受容体、
血清中抗体量は ELISA により定量した。
DP と chemoattractant receptor-homologous molecule
ダニ抗原誘発マウス気道炎症モデルの作製は、
7)
に従って行った。すなわち、
expressed on Th2 cells (CRTh2) がクローニングされて
Wakahara et al. の方法
いる 2, 3)。
halothane にてマウスを吸入麻酔したのちに、PBS に溶解
近年、PGs の受容体欠損マウスが作製され、生体の恒
したダニ抗原 (Dermatophagoides farinae) 溶液 0.1 mL
常性ならびに病態形成における意義が明らかになりつつ
を、計 8 回気管内に投与した。最終抗原投与 48 時間後に、
ある。申請者らも、PGD2 の受容体である DP 受容体欠損マ
上述のように気道反応性を測定後、右肺からは BALF の採
ウスを用いて、アレルギー性気道炎症ならびに気道過敏性
取、左肺は摘出し組織学的検討に用いた 7、8)。
における PGD2 の役割を検討した
4)
。その結果、PGD2 は主
として気道上皮細胞上の DP 受容体を介し、アレルギー性
気道炎症ならびに気道過敏性に関与していることが明ら
かとなった。しかしながら、CRTh2 に関する in vivo での
検討は十分には行われておらず、気管支喘息の病態形成に
おける CRTh2 の意義は不明である上、DP と CRTh2 との位
置づけに関しても未だ不明である。
そこで本研究では、PGD2 受容体の意義をより多角的な
観点から解明するために、2 種類のマウス喘息モデルすな
わち卵白アルブミン(OA)およびダニ抗原誘発喘息モデル
を用いて検討した。
OA 誘発気道炎症モデルを用いた検討(表1):
Wild-type マウスに比し、CRTh2 KO マウスでは OA 反
復吸入による気道過敏性ならびに BALF 中サイトカイン産
生量の程度に差は認められなかったが、BALF 中の炎症性
細胞数、最終抗原吸入直前における血清中の抗原特異的
IgE 値ならびに気道上皮杯細胞の過増生の有意な低下が
認められた。一方、dKO マウスでは wild-type マウスに比
し、CRTh2 KO マウスで認められた喘息様病態の減弱に加
え、BALF 中 IL-5、13 量の減少および IFN-γ量の増加、抗
2. 実験方法
野 生 型 (wild-type) マ ウ ス と し て 、 7 週 齢 の 雌 性
BALB/cA マウスを日本クレア株式会社 (東京) より購入し、
8 週齢まで予備飼育した後、実験に用いた。また、CRTh2 KO
マウスならびに DP および CRTh2 double KO (dKO) マウス
は、東京医科歯科大学疾患遺伝子実験センターの中村正孝
先生より供与されたマウスを用いた。
OA 誘発マウス気道炎症モデルの作製は Nagai et al.
の方法
3. 実験成績
に従って行った。すなわち、50 µg の OA および
5)
アジュバントとして 1 mg の alum を含む生理食塩水溶液
原曝露前における血清中抗原特異的 IgE、IgG1 値ならびに
最終抗原曝露前における血清中抗原特異的 IgG1 値の低下
が認められた。さらに、炎症性細胞数ならびに最終抗原曝
露前での血清中抗原特異的 IgE 値に関しては、CRTh2 KO
マウスに比し、dKO マウスにおいて有意な減弱または減弱
傾向が認められた。以上の成績より、内因性 PGD2 は OA に
よって誘発される喘息様病態の形成に、DP を介して
Th1/Th2 インバランス、免疫グロブリン産生ならびに好酸
球増多に、CRTh2 を介して IgE 産生ならびに好酸球増多に
それぞれ重要な役割を有していることが示唆された。
岐阜薬科大学機能分子学大講座薬理学研究室 (〒502-8585 岐阜市三田洞東5丁目6―1)
Laboratory of Pharmacology, Department of Bioactive Molecules, Gifu Pharmaceutical University
(5-6-1, Mitahora-higashi, Gifu 502-8585, JAPAN)
田中宏幸:PGD2 受容体 CRTh2 のアレルギー性気道炎症における意義
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表1
OA 誘発モデルにおける各 KO マウスの成績
気道過敏性
mice
好酸球数
Th2/Th1
sIgE
ならびに気道リモデリングを誘導すると考えられる。各抗
杯細胞の
原曝露後の気道局所における PGD2 産生量の測定に関して
過増生
は今後の検討課題ではあるが、本研究で得られた成績は特
にアレルギー性気道炎症の発症の解明ならびに新規治療
Wild-type
薬の探索に寄与するものと考えられる。
CRTH2 KO
dKO
PGD2
Ig E依存的
DP
↑↑↑:著明な増加/亢進、↑↑:増加/亢進、↑:微増
好酸球増多↑
Th 2サイ ト カ イ ン↑
Ig E↑
OA
CRTH2
ダニ抗原誘発気道炎症モデルを用いた検討(表2):
活性化
好酸球増多↑
Ig E↑
PGD2代謝物
Wild-type マウスに比し、CRTh2 KO マウスでは Der f
喘息の発症・ 重症化
反復投与により生ずる気道過敏性ならびに BALF 中 Th1 サ
活性化
イトカイン産生量の程度に差は認められなかったが、BALF
PGD2
中の炎症性細胞数、Th2 サイトカイン産生量、血清中の抗
原特異的 IgG1 値の有意な減少が認められた。さらに、BALF
DP
Der f
中の TGF-β1 量、杯細胞の過増生、気道上皮の肥厚ならび
Ig G1 依存的
PGD2代謝物
CRTH2
好酸球増多↑
Th2サイ ト カ イ ン↑
IgG1↑
気道リ モ デリ ン グ↑
に基底膜下の膠原線維沈着量の有意な減弱が認められた。
一方、dKO マウスでは CRTh2 KO マウスに比し、BALF 中の
図1
PGD2 のアレルギー性炎症における意義(仮説)
TGF-β1 量の有意な減少が認められたが、他のパラメータ
ーに関しては、CRTh2 KO マウスで認められた減弱の程度
5. 引用文献
とほぼ同等であった。以上の成績より、Der f によって誘
発される喘息様病態の形成には、CRTh2 の関与が大きいこ
1)
とが示唆された。
2)
Narumiya, S., Sugimoto, Y., Ushikubi, F., Physiol.
Rev., 1999, 79, 1193.
Hirata, M., Kakizuka, A., Aizawa, M., et al., Proc.
Natl. Acad. Sci. USA, 1994, 91, 11192.
表2
ダニ抗原誘発モデルにおける各 KO マウスの成績
mice
気道過敏性 好酸球数 Th2/Th1 sIgG1 気道リ モ デリ ン グ
3)
4)
3)
Wild-type
5)
CRTH2 KO
6)
dKO
↑↑↑:著明な増加/亢進、↑↑:増加/亢進、↑:微増
4. 考察
以上、本研究では OA または Der f によって誘発される
喘息様病態の形成に、PGD2 受容体である DP ならびに CRTh2
がそれぞれ重要な役割を有することを明らかにした。すな
わち、OA 誘発喘息モデルでは、IgE 依存的に肥満細胞の活
性化が生じ、PGD2 が多量に産生されると考えられる(図1)。
産生された PGD2 は一部代謝され、DP には PGD2 のみが、
CRTh2 には PGD2 ならびにその代謝物が作用する結果、それ
ぞれ好酸球増多、Th1/Th2 のインバランスあるいは IgE 産
生を誘導すると考えられる。一方、Der f 誘発喘息モデル
では、IgG1 依存的に肥満細胞の活性化が生じるため、PGD2
の産生量が少なく、大部分が代謝される結果、主に CRTh2
を介して好酸球増多、Th1/Th2 のインバランス、IgG1 産生
7)
Hirai, H., Tanaka, K., Yoshie, O., et al., J. Exp.
Med., 2001, 193, 255.
Matsuoka, T., Hirata, M., Tanaka, H., et al.,
Science, 2000, 287, 2013.
Nagai, H., Maeda, Y., Tanaka, H., Clin. Exp.
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Tanaka, H., Nagai, H., Maeda, Y., Life Sci., 1998,
62, PL169.
Wakahara, K., Tanaka, H., Takahashi, G., et al.,
Eur. J. Pharmacol., 2008, 578, 87.
Hirose, I., Tanaka, H., Takahashi, G., et al., Int.
Arch. Allergy Immunol., (in press).