福島県に於ける水田裏作について

63
福島県に於ける水田裏作について
大
沢
貞一郎
序 水田裏作は,国土の狭小な我が国に.於ては,水田の利用率を高める手段であり,国家的
にも農業経営上からも特に望まれることである.
しかし寒冷・多雪の地方や,排水不良,日照不足の土地では,水田裏作は不可能であるか,
または制約を受けるし,更に経営規模,水田・畑の比率,都市への近接度,生産物の価格,政
策等も水田裏作に影響する.我が国では,それらの諸条件が地域に.よりて異なり,それらの水
田裏作に及ぼす影響もまた複雑であるので,水田裏作の様相は極めて多彩である.従りて水田
ロンの
裏作は,農業地理や土地利用の研究には重要な課題として取上げられて来た.
福島県は後述の如く,自然条件からみれば,水田裏作の限界地帯に当り,しかも県内には地
形や気候の異なる幾つかの地域があるから,本県に於ける水田裏作の諸相を究明することは,
我が国の土地利用研究上にも,県内各地の地域性把握のために.も意義あることと思われる.筆
ゆの
者は先に本県の土地利用研究に際し,部分的に水田裏作にふれて来たが,今回はこれを主題に
とりあげた.但し小論では主として統計的資料によりて本県の裏作分布を予察するにとどめ,
今後の研究に資したい.
叙述の順序としては,先ず水田裏作を全国的に展望して福島県の位置づけをし,次に裏作物
や裏作率の分布を追求し,更にこれと関連する諸条件について検討していく.
〔1〕水田裏作の全国的展望
(1)我が国に於ける水田裏作の推移
温暖な西日本に於ては,すでに鎌倉時代より水田裏作が行なわれていたが,明治以後技術や
第1表 全国地方別水田裏作(麦)の推移
(1926∼1955農作物地区別累年統計表一水稲。陸稲・小麦。大麦・裸麦一による)
(左上:水田裏作麦の作付面積一単位100q町 右下・対水稲作付面積比率一単位%)
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〔註〕1.裏作麦は大麦・小麦・裸麦である.
〔註〕2,統計表には水田面積の項がないので・水田裏作麦率は水稲作付面積に対する100分比で表わした.
64 福島大学学芸学部論集 第12号の1
1961−3
商品作物の導入により,急に裏作物の栽培面積が増加して来た.しかし多雪地の北陸地方や,
寒冷な東北地方では水田裏作面積は僅かであワた.その後昭和5∼6年になワて,国家が小麦
作を奨励したので,全国的に小麦の作付が増加し,近畿以西では水田裏作の小麦が増大し,東
くり
日本では大麦畑に対する小麦の進出となワた.その結果東北地方ではこの時以後水田麦の進出
は極めて著しい.第1表は全国及び地方別に,水田裏作麦(大麦・小麦・裸麦)の昭和2年以
降に於ける作付面積及び水稲作付面積に対する裏作率を示したものである.資料の関係で3麦
のみをとり上げてあるが,後述の昭和28年資料に・よワても,3麦が全国的に水田裏作物の過半
を占めているから,これに.よりて大局的に、水田裏作の推移を検討出来ると思われる.第1表に
よると,全国及び東山以西では水田麦の作付面積と裏作率はいずれも漸増であるが,東北地方
では両者とも飛躍的に増加している.これと後出の第3表中福島県合計の項を比較してみると,
昭和17年頃迄は東北地方の水田裏作麦の過半は福島県で占めていたことがわかる.つまり昭和
初期の小麦作奨励政策が限界地帯である東北地方へ水田裏作をもたらしたのであり,その最南
部に.ある福島県が急激に水田裏作化されたのである.これに反し,雪積の多い北陸地方への裏
作麦は東北地方程伸びなかワた.
(2)水田裏作率による福島県の位置
次に福島県の水田裏作を全国的分布によワて位置づけて見る.昭和28年の冬期土地利用統計
ぐり
表は水田裏作の作付面積合計が記載されている最新のものであり,同一県を4∼5の地区に分
けて集計してある.これに.よると全国平均の水田裏作率は38.5%であり,その中3麦合計は水
田裏作物の約60%,レンゲを除いた裏作物合計の76%を占めているから(第2表参照),麦類
は水田裏作物の主たる作物となワている.
〔第1図〕水田裏作率A
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一般に水田裏作を扱う場合,レンゲを含めたり除いたりするが,地理学的にはレyゲを含ま
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ない水田裏作と,含んだそれとを区別して論ずるのが普通であるから,ここでも前記の統計表
によワて,二つの水田裏作率分布図を作ワた.第1図は,普通裏作物(レンゲを除いた水田裏
作物を指し,以下この名称を使用する)の水田面積に、対する100分比を水田裏作率Aとし,そ
65
大沢:福島県に於ける水田裏作について
〔第2図〕水田裏作率B
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分布を示したものである.叉レンゲを含めた場合のものを水田裏作率Bとし,分布図に示した
ものが第2図である.この両者の分布によって,北九州から東に瀬戸内・近畿中部・濃尾平野
と続き,東海地方の一部。甲府盆地・善光寺平・関東平野の西北部と断続する地帯は,水田裏
作率が高くしかもその大部分はレンゲ以外の作物であり,この地帯を挾む南九州・南海と山陰
地方は水田裏作率が前者より一段と低下し,しかもレンゲが相対的に多い地帯である.北陸と
東北地方は水田裏作率Aは更に低く,特に東北地方の中部以北は1%以下で殆んど裏作がない.
しかし水田裏作率Bについては北陸の富山・金沢両平野は高率となり,又東北地方の分布は全
体で率が高くなると共にAの分布より北に伸びている.つまり北陸・東北の両地方ではレンゲ
が水田裏作率の過半または大部分を占めていることがわかる.
このような水田裏作率の分布は,気候的に裏作物の栽培可能な地方では,経営規模が小さい
ゆ
か人口綱密な地域程水田裏作化の傾向が大であることを示し,多雪地域ではレγゲ以外の水田
裏作物を制限し,寒冷な地方では更にすべての水田裏作物をきびしく制限していることを物語
るものである.
特に気温は作物の生育期間とそれに伴なう表裏作の稼行期間を制限するから,気温と水田裏
作とは最も関係が深く,一定気温以下では水田裏作は不可能となる.例えば水田裏作麦の限界
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は,年平均気温12.3∼12.8。C,或いは10月・11月・12月の月平均気温の積算温度25。Cである
とされているが,東北地方にあっては丁度福島県東部をそれらの等温線が通っている.このこ
とと前出の水田裏作麦の推移とを合わせて考察すると,福島県は水田裏作の限界地帯であり,
裏作率は全国的に見れば極めて低いが,冷涼な東北地方の中では最も高く,また昭和になって
からの裏作進展は最も著しかった地域である.
〔2〕福島県の水田裏作
前述の如く,福島県は水田裏作の限界地帯に・あるから,位置や高度に基づく気温の僅かな差
が,水田裏作に影響する.従って自然条件の異なる県内各地の水田裏作を検討するに当って,
66 福島大学学芸学部論集 第12号の1
1961−3
始めに位置や地形によって,特に.平地を主にして区分しておくことが妥i当である.分布図中の
く ン
区分線や以下記述する地域名は安田教授の地形区に準拠した.
また本県の水田裏作に関する資料は,主として昭和27年の福島県農業基本調査市町村別統計
てゆ
表によった.それは今次市町村合併以前で最近のものであり,水田裏作に関する項目が比較的
そろっており,更に前節の全国的展望に.用いた資料と年次的に接近していて比較が可能である
からである.実地調査は対象地域の全体にわたっていないから,資料の吟味や要因の分析に当
って,それらを補足する程度であり,以下の水田裏作に関する記述と分布図は断らない限り前
記の統計表によったのであり,従って叙述は昭和27年の状態についてである.
(1)水田裏作物の分布
資料には水田裏作物は大麦・小麦・ナタネのみ出ているに過ぎないが,第2表に示す如く,
第2表 昭和28年水田裏作作物別作付面積及び構成比
(昭和28年冬期土地利用統計表による)
(左上・作付面積 単位町 右下・普通水田裏作物に対する各作物の作付割合 単位%)
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〔註〕1.普通水田裏作物とは水田裏作物総計(統計表には非永年作物となっている)からレンゲを引いたもの
を指す.
〔註〕2.福島県の各地区のうち,県北には信夫・伊達・安達の3郡と福島市,県南東部には東白川・石川・田
村の3郡,県南西部には安積・岩瀬・西白河の3郡と郡山・白河の両市が含まれる。
県内各地区ともその3種類の作物が水田裏作物の大部分を占めるから,以下述べる水田裏作物
の作付面積や裏作率は,上記の大麦・小麦・ナタネのみに関するものであるが,それらだけに
よって福島県の水田裏作を論じても,大局的には差支えないものと思われる.またレンゲの作
ロの
付面積には,水田・畑の区別がないが,農林省統計表と比較してみて・すべて水田作と見なす
ことも,同様に.差支えない。
水田裏作の大麦は,福島盆地や石政平野の夏井川下流部に最も多く分布し,次いで阿武隈川
の上流部や久慈川谷・会津盆地にも集中し,また双葉平野より相馬平野に散在するが,中通り
く り
の郡山盆地や矢吹台地には少ない.更に.阿武隈山地や奥羽山地・会津山地にかけては極めて少
ない.
ナタネは大体大麦の分布に一致するが,特に福島盆地に密集し,次いで会津盆地・夏井川下
流部や郡山盆地の一部にも集中しているが,阿武隈川上流地域には比較的少ない.
在圃期間の更に長い小麦は,作付面積も少なく,その分布地域は前二者よりも限られ,福島
大沢・福島県に於ける水田裏作について
67
盆地と夏井川下流部に集中する他は,阿武隈川上流部・久慈川谷や双葉平野の一部に散在する
に過ぎない.
以上の3作物とレンゲの分布を示したのが第3図である.この場合,5万分の1地形図の水
〔第3図〕水田裏作物
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と,3作物つまり普通裏作物は福島盆地に.最も密に.,次いで夏井川下流部・会津盆地・久慈川
谷に密に分布し,白河以東の阿武隈川上流部や勿来付近,相双平野に散在し,郡山盆地や岩瀬
西部にも多少分布するが,矢吹台地や阿武隈山地西半の丘陵地には極めて少なく,会津盆地西
方や,阿武隈山地南部以外の山地地域には殆んど見られない.
しかしレγゲの分布は多少これと異なり,特に白河付近に密集し,岩瀬西部と郡山盆地にも
及ぶが,普通裏作物の多い福島盆地や石城平野には少なく,浜通りの中でも前者の少ない相双
平野に多少散在する.
(2)水田裏作率の分布
前節と同じく水田裏作率Aと水田裏作率Bを市町村単位で計算し,水田分布や裏作の絶対分
布図を考慮して等値線で結び,第4図・第5図を得た.
先ず水田裏作率Aの分布を見ると,福島盆地は伊達崎の42.2%を最高に30%以上の部分が拡
がり,大部分が20%以上となり,県内で最も裏付率の高い地域となっている.石城平野では夏
井の33.8%を最高に夏井川下流地域が高率であるが,中には小名浜付近のように2%以下の低
率部も含む.それらに次いで久慈川谷に20%台が現われ,以上三つの高率地域を核心に,中通
りでは南北から中央部に向ウて裏作率が低下し,郡山盆地から矢吹台地にかけてかなり低率で
あり,また阿武隈山地西部は更に低い.浜通りでは北進するにつれて裏作率は低下し,相馬平
野は5%前後で中に低率部を含む.会津盆地では荒井・舘ノ内付近の低率部を狭んで,広瀬・
金山を中心とする西北部と東南部の門田・大戸に10%以上の裏作率が分布するが,盆地から離
れると急に低率となる.
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水田裏作率B
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〔第4図〕〕水田裏作率A
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68 福島大学学芸学部論集 第12号の1
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水田裏作率Bの分布も大勢はAの分布と同じく,レンゲを含んだ分だけ高率となっているが
,特に異なるのは白河東方の阿武隈川上流部と桂川沿岸部で,県下最高の60%前後の裏作率を
示している.これは第3図と同様にこの地域の特殊性がうかがわれる.また阿武隈山地の内部
や田島盆地にも5%以上の部分が見られる.
69
大沢・福島県に於ける水田裏作について
このように福島県に於ては,水田裏作物や裏作率の分布が地域によってかなり相異している
のであるが,如何なる条件の影響によワてこのような分布配置をとっているのであろうか.先
ず自然条件との関係について検討してみたい.
(β)気候条件との関係
前節でもふれたように.福島県は気候的に水田裏作の限界地帯にあるが,特に気温との関係は
〔第6図〕
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密接である.ここでは年平均気温との関係について検討してみる・第6図は「福島県気候図」
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により年平均気温分布を示したものである.これと第3∼5図とを重ねて考察すると・普通裏
作物の分布が多く裏作率Aの高い地域は大体12。C以上の地域と一致し・また10。C以上の部分
には裏作率Aが2.5∼5%の値を示す.すなわち裏作率Aが20%以上であるためには年平均気温
12。C以上が必要であることを物語り,これは前に引用した12・3∼12・8。Cという数値とかなり
接近している.また年平均気温10。C以上であれば5%前後或いはそれ以上の普通裏作物の作
付が可能であること,そして反対に・10。C以下ではそれが極めて制限されるか・或いは不可能
であることを暗示L,ている.従って第6図中10。C以下の部分に相当する地域に水田裏作が極
めて少ないのは,基本的に気温の条件が裏作を許さないためであると判断して差支えない・た
だ南会津の田島付近や奥羽山地の湯本付近に2∼3%の裏作が見られるのは注目される.
次に.積雪量や根雪期間について検討してみると,奥羽山地以西の地域,特に会津西部地域は
くエゆコ ひ
積雪量多く,根雪期間も長いから,水田裏作は殆んど不可能となる.従って,気温的には可能な
会津盆地西方の野沢盆地周辺や只見川沿岸部は積雪の関係で水田裏作が行なわれないのである、
しかし年平均気温や積雪量からみた裏作可能の範囲内でも裏作率の低い部分が相当みられる.
郡山盆地を中心とする南北の地域や相馬平野,それに石城平野の小名浜付近が,年平均気温12
。C以上あるにもかかわらず水田裏作率が案外に低いのは何故であろうか.また10。C∼12。C
の阿武隈山地西部が特に低率であることも気温と積雪条件だけから見れば例外である.
これらのことは水田裏作に対して気候条件の他に,裏作物栽培期間の水田状態が影響するも
70 福島大学学芸学部論集 第12号の1
1961−3
のと考えられるので次に排水条件を検討してみる.
㈲ 排水条件との関係
水稲刈取り後に麦やナタネ等の裏作物を栽培するためには,水田が畑地同様に乾燥している
ロの
か,余り湿潤でない必要があり,同時に水稲の作付期に.は水田化し得る状態になければ,水田
の裏作は自由に行ない得ない.すなわち水田の灌漑排水事情と水田裏作とは関係が深い.そこ
ロの
でまず前述の県基本調査統計から,水田面積に対する乾田面積の100分比を求め,乾田率分布
図(図は省略)を作り年平均気温の裏作可能地域についてだけ検討すると,会津・郡山・福島
の諸盆地は乾田率が大休60%以上で裏作可能田が多く,浜通り諸平野は乾田率低く20∼40%で
あり,臨海地の低湿地や丘陵を刻む侵蝕谷の排水不良田が多いことを物語り,特に小名浜付近
は低く約5%である.阿武隈山地西部では隆起準平原面を開析する樹枝状の侵蝕谷に大部分の
水田があるため,湿田が多く乾田率は10%以下である.従って小名浜付近を始め浜通り諸平野
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〔第7図〕水田裏作率A/
羅押板繋縛
や阿武隈山地では湿田の多いことが水田裏作を制約しているとみられる.
二
そこで乾田面積に対する普通裏作物作付面積の100分比を水田裏作率A’とすると,それは排
水条件を消去した水田裏作率を表わすことになる.そこでA’の分布を検討してみると(第7図),
石城平野では70%以上の夏井,泉両村を核心として40%以上が広面積をしめ,気温条件が最高
の地域(年平均気温,平:13.3。C,小名浜:13.1。C)に・水田裏作が最も盛んに行なわれてい
ることを示しているし,それに次いで温暖な福島盆地・久慈川谷(年平均気温,梁川:13.1。
C,東館:12.8。Cがそれぞれ裏作率A’50%台,40%台となり,更に年平均気温10。C∼12。C
の範囲である会津盆地や白河地区が,10%前後となっていて,排水条件を加味した水田裏作は
極めて気温分布と一致していることを物語っている.しかし前に毒ふれた郡山盆地とその周辺
部や相馬平野は依然としてA’も低く,阿武隈山地両部もやはり極めて低率である.また石城
平野の海岸よりの豊間・江名の両地区も低率である.そのうち矢吹台地・阿武隈山地西部,相
馬平野の一部や豊間・江名地区は水田が台地や丘陵地を刻む侵蝕谷にあり,灌漑用水の不充分
大沢・福島県に於ける水田裏作について
71
さと,日照時間の限られること等が水田裏作を阻害しているのではないかと推察される・しか
し灌漑施設が整備され,排水のよい平担な台地上に多くの水田が開かれている郡山盆地がやは
り低率であるのは,限界地帯における水田裏作が微妙な条件の変化によって左右されることを
物語るものであろうか.
(2)県内地域別の水田裏作推移
以上は現在の水田裏作分布に基づいて,特に自然条件との関係を検討して来たのであるが,
同一条件にあっても裏作を行なう契機は時代と共に変化するはずであり,特に気候的な限界地
帯にあってはなおさらである.そこで現在の裏作分布を基準として福島県内を幾つかの地域に
分け,各地域について水田一裏作の推移を検討してみよう.
第3表 県内地域別水田裏作(麦)の推移
(年女別福島県統計書その他による.)
(左上・水田裏作麦の作付面積 単位町 右下・対水田面積比率 単位%)
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〔註〕1.
昭和22年迄は大麦・小麦・裸麦の計.昭和27年以降は大麦・小麦のみの計・
〔註〕2.
昭和27年迄は各地域の範囲は大正元年家のものと同一であるが・昭和32年次のもののうち・市町村合
併により〔1)。〔2〕・〔3)の各地域の範囲には,若干の変更がある.
〔註〕3.
各地域内には「市」も含む.
ところで年次別に統計を求める場合,範囲の固定している地域についての統計数値が必要と
なるが,資料の関係で戦前のものは郡市別以下の集計単位のものは得られないので・現在裏作
のある程度行なわれている各平地を次のような郡市の行政的地域で代表させることにした.す
なわち福島盆地およびその付近に相当する信夫,伊達両部と福島市・郡山盆地に相当する安積
郡と郡山市,以下同様に岩瀬,西白河両部と白河市,南会津を除く会津4郡と若松市,石城郡
と平市,双葉郡,相馬郡である.これらの地域について大正元年以降5年毎に水田裏作麦の作
付面積と対水田面積による裏作率を年次別県統計表等より求めて一覧表にしたのが第3表であ
る.この場合麦類のみをとったのは第1表の全国各地方と比較するに便利であるためと,ナタ
ネも大体麦類の分布と同様であったろうと推定したからである.
第3表によって年代毎に各地域の水田裏作分布を推察すると・大正初期には・石城・双葉と
東白地域が作付も多く,裏作率も大であって,気温の高い地域は早くから裏作が普及していた
ことがわかり,相馬地域や信連地域・岩瀬西白地域がそれに次いでいた.しかし昭和に.入り国
家の小麦作奨励が行なわれた7年以降になると,前節で述べたように県下全般に水田裏作麦の
72 福島大学学芸学部論集 第12号の1
1961−3
作付は増加して来るが,中でも信連地域が著しく,昭和2年に対し,同17年には20倍近くも作
付が増加し,最近に至るまで増加を続けていて同32年には裏作率13.2%と東白地域に次ぐ高い
数値を示すに至った.それまで水田麦の殆んどなかった会津4部も急増し,昭和27年には面積
的には信連,石城両地域に次いで水田裏作麦の多作地となった.また安積地域も同様に昭和7
年以後急激に水田麦の作付が見られるようになったが,水田面積の割合には進展していない.
岩瀬,西白地域も,もともと裏作麦のあったところであるが,麦作奨励によって急増した地域
である.これらに反し,早くから水田裏作の多かった浜通り諸地域や東白地域は増加がゆるや
かである.ただ東白地域は最近になって特に裏作麦が多くなった.
以上のことによって,福島県の水田裏作は比較的気候条件のよい浜通り諸地域と東白地域に
ある程度行なわれていたが,特に麦作奨励策としての裏作普及に対し,可能地域に急激に滲透
してきたことがわかる.その場合,政策にもっとも敏感に反応したのが信連地域つまり福島盆
地であり,次に・会津4郡つまり会津盆地があげられ,両者とも果樹・野菜や水稲作においてそ
れぞれ県下第1の生産地域となっていることを考えると,わが国の水田裏作地域と同様に,水
田裏作率の大なる地域は農業経営の発達した地域であるといえ得るであろう.従って,その反
対に昭和初期以来水田裏作が著るしくないか,ある程度その傾向が大であっても裏作率が低率
にとどまっている地域は,土地利用の集約度の低いことを表わしていると見なしてもよい.相
馬平野や郡山盆地・矢吹台地はそれに相当していると考えられる.
(6)経営規模等との関係
限界地帯における水田裏作には水田稼行の時期と裏作物に関する稼行の時期が重なるから,
一時的に多量の労働を必要とする.従って同一条件の下では経営規模の大小が裏作物作付率に
関連する.そこで農家の経営規模を1戸当り経営耕地面積によって代表させ,その分布(図は
省略)に、よって裏作率の分布を検討すると,福島盆地・石城平野・双葉平野・久慈川谷は経営
規模は小さく,7∼9反の町村が多く,特に・石城平野の漁業地区や炭鉱地区は零細である.こ
れに反し,会津盆地は最大で1.5∼1.7町の町村が多く,次いで郡山盆地から矢吹台地・白河地
区が1・3∼1・5町で比較的大経営となり,相馬平野もそれに次いでいる.従って水稲反収が最も
多く,県下の米作地域となっている会津盆地を除けば,気候・排水の条件が裏作可能でその割
に裏作率の低い郡山盆地・矢吹台地と相馬平野は経営規模の大なることが水田裏作を阻止して
いるのではないかと推察されるが,その中矢吹台地は畑作地域であるので水田裏作への必要性
の少ないことも一因にあげられるだろうし,また相馬平野は,年平均気温は高いが・夏季気温
くオの
は余り上昇せず,秋季高温が持続するために晩稲・晩々稲が裁培され,水稲の在圃期間が長引
くことも裏作が余り普及しない要因と考えられる.
しかし郡山盆地の水田裏作率の低さは,灌漑条件からみるも,単に経営規模の大なることだ
けではなく他の要因も関係すると思われるが,今の段階では問題を残しておくにとどめる.
〔3〕結
語
以上福島県の水田裏作について検討してきたが,それは主として統計的資料によワたから,
あくまで予察の段階である.それらを基礎にして今後より詳細な統計資料と実地調査によって,
本格的な検討を進めて行きたい.以下小論によって推察出来ることをまとめてみると
(1)全国的視野より福島県を展望すると当県は水田裏作の限界地帯である.
(2)福島県の水田裏作は麦類を主として昭和初期の奨励策によって急激に進展してきた.
(3)福島県における現在の水田裏作は基本的には気候に・よって制約され,年平均気温12。C以
上の範囲に裏作率20%以上の普及をみせており,同10。C以上の範囲で5∼10%程度の裏
作が行なわれている,
大沢:福島県に於ける水田裏作について
73
㈱ 本県西半部は多雪地であるので12。C以上でも裏作は殆んどみられない.
(⑤ レンゲの分布は普通裏作物の相対的に少ない地域に多いが,レンゲを含めた裏作率は全国
的分布の場合と同様に一部の地域以外では全休に裏作率を高率にし,その範囲を少し拡げ
るに過ぎない.
(6)しかし気候条件が水田裏作に可能であっても排水不良,日陰地等の土地では裏作率は著し
く低下する.例えば小名浜付近や阿武隈山地西部がそれである.
ω 水田裏作の限界地帯にあっては,裏作を促進しまたは阻害する条件は微妙に変化し,経営
規模の大小や水田・畑地の比率,特殊な気候状態に.よって水田裏作は左右される.
(8)しかし昭和初期以来の水田裏作の進展は自然的裏作可能地内で特に.他の農業的土地利用の
高度な地域に急増したことをみると,水田裏作は自然条件が同一の場合ならば,農業的先
進性の大なる地域に高率に.行なわるのではなかろうか.
〔註又び参考文献〕
①地理調査所地図部編;日本の土地利用,古今書院(昭和30年)
〔2〕酉ホ孜郎:日本の農業,古今書院(昭和24年)
⑧拙稿:福島県に於ける麦作の地理学的研究,福島大学学芸学部論集第7号(昭和31年)
(4)拙稿:農業粗牧人よPみた福島県の土地利用,福島大学学芸学部論集第9号(昭和33年)
(5)前掲〔1)
(6)農林省経済局統計調査部:昭和28年冬期土地利用統計表(昭和30年)
(7)地理調査所:80万分の1日本土地利用図(昭和22年)
籠瀬良明:水田裏作おぼえがき,地理第6巻第2号(昭和36年)
〔8)前掲〔1)
(9〕上野福男:日本の裏作の展望,地理第6巻第2号(昭和36年)
⑯ 前掲①
⑳安田初堆:福島県の地域区分,東北地理第6巷第2号(昭和28年)
(図 福島県総務部統計課・農業基本調査結果よP見たる福島県の農業一・1952年(昭和28年),なお町村別の裏作物
作付面積は同統計課所管の統計表によった.
㈲ 第29家(昭和27年次)農林省統計表によると福島県のレンゲ収穫面積5,150町のうち畑は30町のみで他の
5,120町は水田作となっている.
佃 前掲⑳にある安田教授の「矢吹盆地」のうち,矢吹ケ原を中心とする台地面の広い地域を,ここでは矢吹台
地と呼ぶことにする.
㈲福島県気象対策本部編(福島測候所調査・福島県気候図(昭和26年同),気候図にある年季均気温は10時日
界に依る最高気温と最低気温の李均,等温線は100那につき0.6。Cの逓減率によって繊高度の補正をした
もの.
⑱安田初雄:福島県新誌,日本書院(昭和25年)
⑳ 前掲飼によると奥羽山地以西では根雪期間が約3ケ月一4ケ月以上となる.
胸 戸刈・安間編・麦作新説,朝倉書店(昭和28年)
α窃 前掲(切の「福島県の農業」によると,そのままの状態で二毛作可能田を乾田,排水溝又は高畦栽培すれば二
毛作可能田を牛乾田,湿潤なため現在では二毛作不能田を湿田として調査されている.統計表によるとこの
解釈が不統一らしき町村が一部にあり,そのために乾田率や乾田に対する裏作率の異状を来たしているが,
全般的には実際と余り距たらないものとしてそれらの分布を考察した.
副 福島県統計調査事務所:昭和29年度水稲作況報告書(昭和30年)