台風8506号による高潮と副振動* - 日本気象学会

レ
405(高潮)
台風8506号による高潮と副振動*
小西達男・上平悦朗・瀬河孝博**
要 旨
1985年台風6号によって生じた高潮に.ついて主に東京湾内の潮位の変化の特徴を述べてその成因を調べ
た.最大偏差は千葉で163cm,東京で127cmであった.東京では最低気圧を記録して1時間20分後に顕
著な副振動によって最大偏差が現れた.数値計算による再現計算の結果,これは台風の中心が東京湾の西側
を北東へ移動するに伴って,湾奥の千葉周辺にいったん堆積した海水が自由波となって南西へ進行し,更に
羽田沖の水深分布により屈折が起きて東京に高い偏差をもたらしたものであることがわかった.このような
状況は過去の高潮でも生じており,台風のコースと密接な関係を持っていることを指摘する.
1.まえがき
の南南西約200kmに達して,最低気圧は960mbとな
1985年6月30日から7月1日にかけて,関東地方を北
った.その後台風6号は,北上を続け30日22時頃,潮岬
東に縦断した台風6号は,6年ぶりに東京湾で1mを超
の南80kmに到達した.7月1日2時過ぎに御前崎付
す高潮を引き起こした.日本全体としても検潮記録に
近を通過し,3時頃に静岡県田子ノ浦周辺へ上陸した.
1m以上の潮位偏差が記録されたのは,79年20号台風に
毎時75kmのスピードで北東進を続け,東京湾の西を
よる高潮以来で,6年ぶりであった.後に示すように,
通って1日7時頃に福島県いわき市を通過した.第1図
千葉で163cm,東京で127cmの偏差を記録した.東
には,日本付近での台風の経路を示す.観測された最低
京で1mを超す高潮が観測された例は今回のものを含め
気圧は,7月1日2時20分にほぼ真上を台風の中心が通
て戦後6回あるが,今回のものは,1949年のキティ台風
過した御前崎の968.3mbであった.最大風速は,千葉
による1.4mに次いで第2位に位置するものである.
で1日5時10分に,南南西の風32.9m/sを観測した.
本論文では,台風6号による高潮の状況を主に東京湾
東京では,4時50分に970.Omb,4時10分に,南の風
16.7m/sを記録している.なお,最大瞬間風速は,大
について詳述し,その特徴を指摘する.この高潮の特徴
の1つは大きな副振動を生じたことであるが,その空間
島で3時50分に56.7m/sを記録した.千葉,大島の風
的な構造は必ずしも明瞭でないので,簡単な数値シミュ.
速値はいずれも当該地点での過去の記録を更新した.こ
レーションを行って性質を明らかにする.さらに,同様
の台風の特徴は,日本本土に接近してからの進行速度が
の現象が過去の顕著な高潮時にも生じており,それが台
非常に大きかったこと(70∼80km/h),台風は上陸後
風の経路に依存することを示す.最後に防災上重要と思
もほとんど衰弱せず,970mb前後の中心気圧を維持し
われる点を述べる.
続けたことなどである.また,千葉や大島の風速値から
もわかるように強風を伴っていた.そのため,強風によ
2.台風の経路および主な気象要素
る被害が関東地方で生じた.東京都では,家屋の全半
6月24日15時にカ・リン諸島付近で発生した熱帯低気
壊,床上,床下浸水の被害のほか,負傷者6名,街路樹
圧は25日に台風6号となった.29日9時頃に,南大東島
倒木約450本があった.神奈川県では神社の大木(直径
1.2m)が倒れ死者1名の被害があり,海岸では海の家
*Storm Surges of the typhoon8506and induced
secondary undulations.
**Konishi Tatsuo,Kamihira Etsuro,Segawa
Takahiro,気象庁海洋気象部海洋課.
一1986年2月10日受領一
一1986年4月17目受理一
1986年6月
100棟が飛散した.千葉県では,私鉄京成線佐倉付近の
架線支柱22本が倒れ,駐車中の自動車3台が横転した.
台風6号による全般的な被害(警察庁8月1日現在)
は,24都道府県で死者3名,行方不明1名,負傷者13
名,家屋の全半壊25棟などであった。(気象庁災害時気
13
264
台風8506号による高潮と副振動
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30.09
970mb
∂
ノ・
130’E
第1図
140’E
台風6号の経路図および各地で観測された最大偏差.
黒丸印は6時間ごとの中心位置を示す.
150’E
白丸印は9時の位置.
象速報)
表に,主な地点での台風6号による最高潮位と最大偏差
3.高潮の全国的な状況
潮位を平滑化した毎時の読み取り値から求められてい
る.偏差の計算法は千葉,横須賀を除いて気象庁の方式
およびその起時をまとめておく.なおこれらの値は実測
前章で述べたように台風6号は強風を伴っていたの
で,その東側にあたった東京湾に大きな高潮をもたらし
によっている.すなわち,実測月平均潮位(7月)と推
た.ここではまず高潮の全国的な状況を述べる.第1図
算月平均潮位が一致するように推算値に定数を加えて,
には,気象庁所管の検潮所で観測された最大潮位偏差の
その値を実測値から差し引くことで偏差を求めた.気象
分布を棒グラフで示してある.台風がその西側を通過し
庁所管外の千葉,横須賀の検潮所では6月27日と28日の
た東京周辺で非常に高くなっていること,中心が通過し
実測日平均潮位が推算日平均潮位と一致するように偏差
た東海地方で高くなっていることがわかる.東京湾内各
の基準を選んだ.
検潮所での最大偏差は,千葉の163cm,東京の127cm,
横浜95cm,横須賀60cmであった.静岡県には高潮
4.東京湾内の高潮
警報が,関東一円には高潮注意報が発表されたが,いず
第1図にも示されているように,東京湾で大きい高潮
れもほぼ注意報基準値に達するものが観測された.第1
が生じた.特に東京では,79年20号台風による116cm
14
、天気”33.6.
台風8506号による高潮と副振動
第1表 台風6号による最高潮位及び最大偏差
最高潮位
レ
地点
cm
千 葉
194
東 京
170
横 浜
139
横須賀
112
布 良
108
内 浦
105
清水港
120
御前崎
102
舞 阪
115
名古屋
128
尾 鷲
98
日
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
時
5
4
4
4
4
3
3
3
3
3
3
分
cm
15
163
40
127
95
60
81
54
52
54
78
68
58
日
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
レ
イ
1∼34567391P1112
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起 時
偏差
工4・cm
千葉
時 分
5 15
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6
5
7
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第2図 東京湾内各地の実測潮位の時間変化.
地点ごとに基準は異なっている.’
{庸差
束京最侭…気圧
ごぼ
マむゆ ゆ
D
1985fF 7月1[
時
最大偏差
起 時
T.P.上
265
16・ ↓汽∠千葉東京
を超えて,戦後ではキティ台風の140cmにつぐ127cm
を記録した.第2図に湾内4箇所(東京,千葉,横浜,
横須賀)の実測潮位の時間変化を示す.ただし,高さの
基準はいずれも異なっている.天文潮による東京湾の満
潮は2時40分頃,干潮は10時頃であった.また,台風が
東京に最も接近したのは,4時50分頃である.5時10分
前後に見られる千葉の鋭いピーク,東京,横浜,横須賀
12 メ ’\鳳∠
しo辱しひ つ・つ㌧し
1 ロ、
が 減
80 ,〆
μ,が 風 風速
,σ〆 斌 幡
40ぐ冒警㌧》一階
3 4 5 6 7 9時刻
第3図 東京および干葉の潮位偏差の時間変化と
アメダス地点新砂での風速時間変化.
で生じているかなり大きな副振動が特徴としてあげられ
る.第3図に東京と千葉の偏差の時間変化を示す.いず
る.東京と千葉が逆位相であり東京湾の横方向の振動と
れも,平滑化しない実測潮位を10分ごとに読みとり,前
推定されるが,その空間的な構造は必ずしも明瞭でな
章で述べた千葉と同じ計算法により偏差を計算した.台
い.東京湾の過去の高潮に関する数値計算は宮崎等
風が東京に最接近した4時50分頃に東京で第一のピーク
(Miyazaki蜘1.,1961)を始め,60年代以来数多く行わ
が生じている.4時50分を過ぎると南風から南南西ない
れ,高潮の大勢が再現できることは確かめられてきた.
し南西の風へと変化した.それとほぼ同時に千葉の偏差
しかし,上に述べたような副振動によるピークはあまり
が急激に増加し,5時15分頃に極値を迎える.その後台
うまく再現されていない.この原因は外力の再現の難し
風が遠ざかり,風が弱まるにつれて千葉の偏差は減少す
さに起因すると思われる.以下では,これらの点を調べ
る.一方,今度は東京の偏差が増加して第一のピークを
るために,過去と同様な計算に加えて,計算の途中から
超え6時10分に最大となり139cmに達した.東京が最
低気圧を記録してから1時間20分経過している.台風の
外力を除く人為的な仮定を用いた数値計算を行った.
中心はこの時点では,茨城県を通過中で風も弱まってい
5.数値計算の手法
る.東京湾に近いアメダス地点,新砂では第3図に示す
5.1.基礎方程式
ように3∼5時が18m/s,6時には10m/sと減少し
数値計算の目的を,第3図の千葉および東京に見られ
ている.にもかかわらず,偏差の最大は2番めのピーク
る副振動の構造を明らかにすることにおく.2次元,線
で生じている.横浜や横須賀の偏差も東京のピークと同
形長波近似を仮定し,外力として大気圧,風の応力によ
時刻に,起きている.
る作用および海底摩擦を想定する.考える領域は東京湾
東京で2つのピークが現れ,その第2のピークが最大
のみに限る.よって,コリオリカの寄与は小さいと考え
になる原因は,東京湾内の副振動によるものと思われ
られるので無視する.x軸は東西方向へy軸は南北方向
1986年6月
15
266
台風8506号による高潮と副振動
へとる.方程式を示すと,
仮定して,
∂M一一gE∂(ζ一ζ・)+τα¢一τわ¢ (1)
τ厩=ρω・6ω・ぺ〆%2+∂2・%
∂! ∂κ ρω ρル
∂N一一9π∂(ζ一ζ・)+τ軌τ吻 (2)
∂云 ∂ツ ρω 伽
∂ζ_ ∂M ∂ノV
(3)
∂! ∂κ ∂ツ
ここで,〃,ノVはx軸,y軸方向の流量,ζは平均水面
τ吻=ρω・6ω・佃/%2+∂2・∂
とした.ここで,π,∂は平均流速,伽は海底摩擦係
数である.
5.2.境界条件および諸定数
計算の対象にした領域は東京湾である.境界条件とし
からの水位変化,Hは水深,ζoは次に示す大気圧変化分
て陸岸境界では海岸に直交する流速を0とした.また南
に相当する水頭,τ傭,τα“は風の応力,τ厩,τ勿は海
側の開放境界では横須賀でその実測潮位を与え,その東
底摩擦を表している.大気圧,恥は台風外縁の気圧ヵ。。
西の格子については,横須賀の計算気圧を基準として当
とそれからの偏位砂で表せて,
該地点での計算気圧との差による水頭分を補正した値を
カs(冗,フ)ニカ。。一砂(κ,ツ)
ニρ∞一伽9ζ。(π,ッ) (4)
となり,(1),(2)式でのζoに相当する項が導かれる.
ρωは水の密度である.台風内の気圧分布はよく使用さ
れている藤田の式
力、(%,ツ)一力。。一 ∠カ・ (5)
ぺ/1+(7/7。)2
与えた.台風内の気圧分布式や風速の式に使用する係数
は,千葉で実測された気圧,風速と一致するように選ん
だ.その結果,(6)式の係数,α,6はそれぞれ0.7,
0.57とした.藤田の式((5)式)の7。も同様に選ぶこ
とを試みたが,一定の7。を使って気圧と風速の時間変
化を共に一致させることはできず,気圧と風速について
7。に異なった値を使用した.気圧分布については7。=
108km,風速分布についてはプ。ニ60kmである.このよう
を仮定する.砂。は,台風中心での気圧降下量,70は定
数,7は台風中心からの距離である.よって,
1 ∠カo
ζo=
ρzθ9ぺ/1+(7/7。)2
に,気圧分布と風速分布の分布半径を変えるのは一貫し
た取り扱いではないが,目的が副振動の再現にあるので,
なるべく外力の再現をよくしたい.そのため,ここでは
外力の成因は別にしてできるだけ観測事実を再現できる
τα記,ταγは風速の2乗に比例すると仮定して
気圧,風速の分布モデルを仮定することにした.台風の
τ簾一ρα伽/既2+殉2・既
最低気圧は968mbを使用し計算の間一定とした.風の
τα〃一ρα伽/既2+殉2・物
応力係数は3.5×10−3を,海底の摩擦係数は2.6×10『3
とする.Odは風の応力係数,ραは空気の密度,既,吻
は風速のxおよびy軸方向の成分である.台風内の風速
分布は過去の高潮計算にならって(例えば,宇野木等,
1964)傾度風σと一般風σの和として与える.一般風は
台風の移動速度に比例させ,中心から離れるに従って指
数関数的に減少させる.減少させる割合は,500km離
れるとe一πとなるように定める.また,実測風と一致
させるために傾度風と一般風にそれぞれ係数,α,わを
かけて台風域内の風とした.すなわち,
を用いた.計算の対象は偏差のみとして,計算開始時間
は7月1日午前0時で水は静止の状態から出発した.空
間格子間隔は1km,時間ステップは25秒とした.なお,
気象条件の計算は時間がかかるので10分に1回計算を行
い,10分間は一定とした.差分は蛙飛び法を用いた.
6.数値計算の結果
第4図には,計算に使用した風速,気圧と実測値の比
較を東京と千葉について(東京の風はアメダス新砂)時
系列で現した.前章で述べたように,千葉は計算値がな
プ
躍一α・σ(7)+δOe−500π (6)
るべく実測と一致するように選んだ地点である.これ
なお,傾度風,σは
を見ると気圧の再現は両地点ともほぼうまくいっている
1σ1一誓{一・+∀・+論鶉
が,風速値が東京で実測よりかなり大きくなっている.
新砂は荒川の河口で,東京湾に近い場所であるが,それ
で与えられる.∫はコリオリパラメータである.中心へ
の吹き込み角は15。とした.
海底摩擦も風の応力と同じく流速の2乗に比例すると
16
でも違いは大きい.風のモデルがよくないのか,それと
も海上はモデルに相当する風が吹いているのか今のとこ
ろ明瞭でない.もう1つの特徴は,6∼8時の風向であ
、天気”33.6.
台風8506号による高潮と副振動
喚
東京
30
喚
ヂ9\、
(新砂)
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千葉,
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\1\べ’↑ //
345678 12345678
東京および干葉の計算風速(白丸印),計算風向(点線矢印),
1 2
第4図
計算気圧(白抜き三角印)と,実測風速(黒丸印)実測風向
(実線矢印),実測気圧(黒ぬり三角印)の比較.
一m
ρ’o’つ℃.
、へ
o、
m
1,6
千葉
1、6
■な
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千葉
’q,
、》.。
1.2
1.2
異
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』査ヘヘ
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、
飛
五
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Oみ
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、o,かo・ず
O
O
m
東京
1.2
m
ρ・ずa・帆蕗
,ρ・o
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04,
\
∬’
.げ
哲湊
へ込
04.
O
m
・P’ .、
・ρ、d’
o げ・ざ
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横浜
O8
κ・ず 湊
ρが
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m
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東京
1.2
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04
メジ
.o.o・o・σ‘
O8
.o・oひず●o・o・てrσ曜
.σ・o・σ
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0
3
第5図
04
横浜
4 d’
o・o・σつ∼噛oつマρ”
.σ・o・σ■
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允
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、
\
湊
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0
4 5 6 7 8
3
4 5 6 7 8
実測偏差と計算偏差の比較.ただし,
海底摩擦なし.黒丸印が実測値,白丸
第6図
第5図と同じ.ただし,5時30分以降,
風,気圧による強制力なし.黒丸印が
実測値,白抜き三角印が計算値.
印が計算値.
る.台風が5時頃東京付近を通り過ぎると,モデル台風
も概ね一致しているようにみえる.実測値との違いは,
の風向は南から西へと回転するが,実測風は長い間南よ
千葉の偏差が,ピークを過ぎたあとになかなか減少しな
りの風が吹き続ける.これは多分現在用いている台風モ
いことと東京の6時10分のピークがはっきりしないこと一
デルが同心円状の台風形状をしているためと思われる.
が上げられる.千葉の偏差が減少しない原因は,上で述
実際の台風は上陸して幾分変形し,等圧線が南北へのび
べたように風向が早く変化しすぎることにあると思われ
る傾向にある.この傾向は後の計算結果にも影響を与え
る.西よりの風は東京湾の東岸の潮位を上昇させる.千
ることになる.
葉で上昇した水が副振動としてその後どのように移動す
千葉,東京,横浜の計算偏差を実測の偏差と比較する
るかを見るために千葉で最大偏差を迎えたあと,風や気
と第5図のようになる.ただ’し,ここでは,副振動が顕
圧による強制力を0にした計算を行った.第6図がそれ
著に現れることを意図して海底摩擦を無視している.第
である.同じく,海底摩擦は無視している.第5図では
5図の結果を見ると,偏差の大ぎさと起時は,どの地点
実測と差の大ぎかった6時前後の千葉の偏差が大ぎく減
1986年6月
17
台風8506号による高潮と副振動
268
12m−1.3r昌
1.2rn−1.
一闇とm
一一lrlHlm
1.Om−1.’ 1rゆ
.1rrr1.
一 .om
10rtl
第7−2図
第7−1図
i
『/.ξ:rn
1.とrrr1.li:−
.⊇rn−1.3n1
一
一
一
.!rl1−1.∼m
l.Om−1.1m
.Orn
.1m−1.2m
1.〔〕m−1.1m
<1.om
第7−4図
第7−3図
千葉
第7−1図
羽田
第6図の場合の東京湾内偏差分布
(5時30分).
多摩川
第7−2図
第7−1図と同じ(5時40分).
第7−3図
第7−1図と同じ(5時50分).
第7−4図
第74図と同じ(6時00分).
第8図 東京湾内の水深分布.
〉40m
3〔〕m−4〔〕m
2②m−32π1
− 1巳m−2em
Eロ工皿 く10m
横須賀
18
第8図
、天気”33.6.
台風8506号による高潮と副振動
269
少し,東京に鋭いピークが生じた.東京,横浜ともに最
’30
附卿時御嘩賜
大偏差は風を吹かせ続けた場合より大きくなっている.
時間による変化の様子も実測に近い.ただし,7時頃に
隠
なると風を止めた場合,偏差は大きく減少して実測とは
ア
庚プ.・〆!幌
//. 、酌、1日毛時
一致しない.この点も含めてさらに一致をよくするため
庭塩 縣序,
にはなるべく現実的な風を使う必要があるだろう.しか
し実測風に近い風をモデルに使用するとしても6時前後
に想定できる風向は,南南西ないし南西の風であり東京
の潮位をあげる方向には作用し得ない(第3図参照).
擁灘齢)ノ、
よって風の作用によって東京のピークが作られたとは考
えにくい.従って,東京での第2のピークは副振動によ
るものと結論できるだろう.第6図の副振動の空間的な
3G・N 恥 \“ /レ刃
●一25日6時 … /フ/
構造を見るために,第7−1図から第7−4図に5時30分か
禰 /////
ら10分おきに6時までの東京湾内の偏差分布を示した.
// 舞
−/ /
ノ ノ
ー /
ろろ ヨメ
5時30分は千葉周辺の偏差が最も大きくなった時刻であ
ヘ辱6時754/掬
る.10分後の第7−2図では湾奥の水位勾配が少し緩くな
130E ・t40’E
って流れへとエネルギーが変換されつつあることを推定
させる.5時50分の第7−3図では,パターンの移動が起
こり偏差の峰は東京湾北部を縦断している.6時には,
東京周辺が最も高い偏差に包まれている事がわかる.こ
12
10
れは,次のように考えられる.第8図の東京湾の水深分
8
布でわかるように,多摩川河口の沖合は水深が深くなっ
6
4
ている.このため,千葉付近から発した北西から南東に
2
走る波の峰線は中央の部分の進行が速くなり,進行方向
0
が南西から西ないし北西へと曲げられる.こうして曲率
を持った北部の波の峰線は,多摩川の河口ないし羽田付
近から浦安あたりまでの東京港を包みこむ.第7−1図か
ら第7−4図はこのような機構を示しているように思われ
る.
霊岸島
尺
』目
卜
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25日 , 26巳
第9図 明治44年台風の経路図(図中気圧の単
位は,mmHg)および霊岸島での実測
潮位.霊岸島の潮位で点線の部分は中
村左衛門太郎による推定(淵,1961,
P104).
上で述べた計算はすべて摩擦なしの仮定のもとで行っ
た.摩擦を考慮した計算も行ったが第5図と比べると全
ことがわかる.明治44年台風は,東京で最低気圧969.9
体に潮位が下がっていることを除いて大きな変化はみら
mb,最大風速南南東の風31.4m/s(20分平均),最大
れなかった.第5図で千葉の計算偏差が極値を迎えた後
偏差2.3m(推定値)であった.同様な経路をとり東京
に減少しない原因として,摩擦は本質的なものではなく
気象条件に由来するものと思われる.
に大きな高潮(最大偏差2.1m)をもたらした大正6年
10月の台風の時の潮位記録にも2つのピークが現れてい
る(淵,1961,特に108頁と115頁を参照).最低気圧は
7.台風の経路と副振動
どちらの台風も第一のピークで生じている.千葉には検
台風6号で観測された東京の副振動はこの台風に限っ
潮所がなかったので,台風6号と同様の経過をたどった
たものではない.第9図には,過去に東京に大ぎな災害
かは結論でぎないが,経路の類似性からいっても同様で
をもたらした明治44年7月台風の進路および通過時に観
あったろうと推論される.東京に大ぎな影響を与えたキ
測された潮位(霊岸島)を示す(淵,1961).最高潮位
ティ台風(昭和24年8月)の場合(最大偏差1.4m)は,
周辺は2つのピークからなっている.第9図を第1図と
今回の台風や上の2例と違って実測潮位には1つのピー
比べると,その進路が今回の6号と極めて類似している
クしか現れていない.この台風は東京湾の西をまっすぐ
1986年6月
↑9
270
台風8506号による高潮と副振動
北進するコースを通った.このように2つのピークの出
はこのような点への配慮は重要だと思われる.
現は台風の経路に依存していることがわかる.ただし,
最低気圧の起時はキティ台風の場合も最大偏差が起きた
謝 辞
時間より2時間前となっている.さらに詳細な解析と検
東京大学地震研究所都司嘉宣助教授には,計算結果の
討が必要である.
表示に関して中間プロダクトの段階でプ・グラムを使用
させて頂きました.また,本論文に関して示唆に富む多
8.まとめ
くの御指摘を頂きました.お礼申し上げます.斎藤実前
台風6号で生じた高潮について,,主に東京湾内の潮位
海洋課長(現在,東京航空地方気象台長)および磯崎一
変化の特徴を述べてその成因を調べた.平滑した最大偏
郎前海上気象課長(現在,気象協会)にも有益なコメン
差は千葉で163cm,東京で127㎝であった.東京で
トを頂きました.併せてお礼申し上げます.
は顕著な副振動によって,最低気圧を記録して1時間20
文 献
分後に最大偏差が現れた.数値計算による再現計算の結
果・これは高潮によって千葉周辺に集められた海水が,
台風の通過後に自由波となって南西へ進行し,さらに羽
田沖の水深分布により屈折が起きて東京に高い偏差を
もたらしたものであることがわかった.このような状況
は・過去の台風によっても生じており,東京湾の西を南
西から北東ヘコースをとる台風では偏差は2つのピーク
淵 秀隆,1961:東京湾の過去の高潮について,東
京湾計画に対する高潮数値計算とこれの対策,産
業計画会議,88−137.
気…象庁予報部,1985:災害時気象速報,昭和60年6
月18日から7月14日にかけての梅雨前線による大
雨と台風第6号による暴風雨等,71PP.
Miyazaki,M.,T.Ueno and S.Unoki,1961:
をもつと推定される.
Theoretical investigations of typhpon surges
along theJapanese coast,(1),oceanogr.Mag.,
防災上重要だと思われるのは,台風が行きすぎて潮位
13(1),51−75.
が下がり始めても,東京では安心できないことである.
宇野木早苗,磯崎一郎,大塚 伸,1964:東京湾に
上に述べたように台風のコースによってはもう一度潮位
おける高潮の推算,第2港湾建設局,30−32.
が上昇してくることが十分考えられる.水門等の操作に
目本気象学会誌気,象集誌
第ll輯第64巻第2号1986年4月
林良一:集合一時間平均予報可能性の統計的解釈
デル)に対するEnvelope Orographyのインパクト
岩嶋樹也・山元龍三郎:時間一空間スペクトル大気大循
村松照男:台風8019の眼のトロコイダル運動
環モデル.1.周期外力を有する低次順圧方程式系の
山元龍三郎・岩崎樹也・サンガN.K.・星合 誠:気候
時間一空間スペクトルモデル
ジャンプの解析
向川 均・廣田 勇:順圧大気における強制ロスビー波
安田延寿・近藤純正・佐藤 威:V字谷で観測された谷
の非線型的な振舞い.
筋を流下する冷気流
第1部 強制ロスビー波の安定性
岩坂泰信:冬の南極成層圏エアロゾル層にみられる大き
向川 均・廣田 勇:順圧大気における強制・スビー波
な偏光解消度:南極昭和基地(69。00/S,39。35,E)に
の非線型的な振舞い.
おけるライダー観測
第2部 初期値問題
p.SINGH,T.S.VERMA and N.C.VARsHNEYA:雷雲の
K.H!田几丁ON:成層圏半年周期振動の力学
動きが雲の微物理過程におよぼす影響
岩崎俊樹・住 明正:冬期循環の予報(JMA,北半球モ
20
、天気”33.6.