鮮新世から更新世の古海洋学 珪藻 化石から読み解く

放射量の変化,そこから生じた寒冷化への移行期
である鮮新世∼更新世,さらには氷室地球となっ
小泉 格:鮮新世から更新世の古海洋学 珪藻
た第四紀更新世について解説している。
化石から読み解く環境変動 東京大学出版会,
これらの章で特筆すべきは,珪藻化石群集を用
2014 年 10 月,176 ページ,B5 判,定価:4,800
いた古海洋・古水温・進化・生産量などの復元手
円(税別),ISBN978-4-13-066711-1
法の詳細な解説だけにとどまらず,これらの対象
年代における地質学的・(古)海洋学的情報をモ
本書は著者である小泉氏が 2011 年 9 月に出版
デリングも含めた最新手法を用いて記述している
された『珪藻古海洋学 完新世の環境変動』
(東
点である。さまざまな内容が網羅されているにも
京大学出版会,ISBN978-4-13-060758-2)で扱っ
関わらず,ここで述べられている事象が単独に起
た時代をさらにさかのぼる,鮮新世から更新世の
きているわけではなく,相互的に作用しあって環
珪藻化石による古環境変動史の解明をテーマとし
境変動が起きていること,またこれらを複合的に
たものである。本書をより深く理解するために
考えながら研究を進めていく必要性を読者も読み
も,前著も読まれることをお勧めする。
取ることができるだろう。さらに,「コラム」と
著者は日本の珪藻化石およびそれを用いた古海
いう形で,「地球科学を扱う上での教科書」とし
洋学的研究の先駆者であり,1968 年にアメリカ
て,もはや「常識」として学生に知っておいて欲
合衆国により開始された深海掘削計画(DSDP)
しい内容や,今後発展が見込まれるトピックをわ
海洋掘削調査の初期から参加し,現在も精力的に
かりやすくまとめてくれている。これは,講義な
活躍されている。本書では,それらに裏打ちされ
どで簡単な解説・復習をするときにも非常に役立
た珪藻化石およびそれに関連する膨大な知識と,
つだろう。
現場(研究の最前線と言い換えてもよい)に居続
第 5 章では,ここまでの解説と議論を踏まえ,
けたことによる経験が余すことなく語られてい
近年最も活発かつ重要な研究分野の一つである近
る。珪藻化石・古海洋研究者のみならず,これか
代の気候変動復元と近未来の環境変動予測へとつ
ら研究者・教育者を目指す若い人たちにもぜひ読
ながっていく。本章でも氷床コアや中国レスなど
んでいただきたい書籍である。
のデータを踏まえ,海域だけではなく陸域での環
前著では現生の珪藻の生態や複数の生物化石や
境の変化,人類活動による気候への影響などにつ
気候変動リンケージ,分析手法の外観を示しなが
いても言及されており,幅広い知識を得ることが
ら過去 1 万年程度から数十年オーダーの古海洋環
できる。
境を復元していった。これに対し,本書では,こ
20 世紀後半からの温暖化についていまさらこ
れまで著者が参加されてきた深海掘削計画を中心
こで述べる必要はないが,過去の数百万年間の
に,それらによって得られた海底堆積物コアサン
環境変動解析の成果が,せいぜい過去 150 年程
プルを「古気候アーカイブ」と位置づけ,掘削手
度の観測データしかない人間活動による温暖化と
法を解説するところからはじまる。掘削手法の発
近未来を考えるうえでどれだけ重要かを改めて感
展だけでなく,日本周辺海域での深海掘削が,ど
じることができる。著者が古海洋学的研究を開始
のような目的をもって実施・発展し,さらにそこ
された時代と比して,現在われわれは圧倒的に解
から生じた新たな問題点の発見についても知るこ
析能力が高い最新機器を用いて将来予測を行おう
とができる。
としている。その一方で,われわれが有している
第 2 章から第 4 章にかけては,現在に類似す
データや気候モデルにはまだまだ不完全さがある
る最も新しい地質時代である鮮新世の温暖化気
という事実をつねに頭に入れながら研究を発展さ
候,大気海洋循環システムに大きな影響を与えた
せていく必要があると著者は強調している。さら
N1
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地 学 ニュー ス
地殻構造システムや地球軌道要素変動による太陽
地学ニュース(書評・紹介)
に,過去の気候変動のアーカイブである海底堆積
横山秀司編著:ジオツーリズム論―大地の遺産
物コアを活用して研究を行うだけでなく,そこか
を訪ねる新しい観光― 古今書院,2014 年 12
ら得られた成果を積極的に社会に還元し,普及活
月,163 ページ,A5 判,定価 3,600 円(税別),
動を行う必要性についても述べている。以前,著
ISBN978-4-7722-4178-6
者にお会いしたときに,「国内だけでなく,海外
での研究に参加しなさい」と叱咤激励をいただい
ジオツーリズムという用語は日本でも次第に普
たのだが,本書で中心となっている日本周辺での
及しつつある。この状況は諸刃の剣ともいえ,同
著者らによる研究成果は,そのまま国外でのデー
時にジオツーリズムに対する誤解も着実に広まり
タの理解や,さまざまな意味で時代・年代を超え
つつあるように感じる。本書は,特に第 1 章で,
た研究へとつながり,広がっていったことが本書
ジオツーリズムの本質をルーツまでさかのぼって
を読むことによってより深く理解できた。とくに
丁寧に説明するとともに,我田引水のようなジオ
著者がこれまで行われてきたような国内外での研
ツーリズムの解釈に対して警鐘を鳴らしている。
究・教育・普及活動が求められていると,珪藻化
本書の最大の価値はここにあると,評者は思う。
石・古海洋研究者の「後輩」として強く感じた。
第 1 章「ジオツーリズムの本質」は,「ジオツー
リズムの発生と展開」「ジオツーリズムの本質」
本書中には今後の古海洋研究に対して,解明し
なくてはならない事象や研究対象への提言が繰り
「ジオツーリズムの範囲と対象」
「ジオツーリズム
返し述べられている。著者の旺盛な好奇心と探究
の振興と教育」の 4 つの節と小括によって構成
心を感じると同時に,これからの研究者たちへの
される。ジオツーリズムのルーツが原典に基づき
研究テーマの掲示ととらえることもできる。本書
忠実に紹介されている本章は,ジオツーリズムに
に書かれているように,珪藻化石によってどれだ
関わるすべての研究者や関係者に必読の内容とい
け多くのことを知ることができるのかがわかるだ
える。また,グリーンツーリズムやエコツーリズ
けでなく,まだまだ明らかになっていないことが
ムと比較する形でジオツーリズムが解説されてお
さまざまあるということも気がつくだろう。本書
り,観光学に関わる多くの研究者に読んでもらい
を熟読することにより,若手研究者は新しい研究
たい内容でもある。一方,気になったところは,
テーマの設定によいアイディアとヒントを得られ
本章で示された数多くの概念図である。これらが
るだろう。本書の英文タイトル副題は「Diatoms
読者の理解を助けるものか,逆に読者の混乱を招
Tell the Story of Environmental Changes」 と
く可能性があるものかは,評価が分かれるかもし
なっているが,これも著者から読者へのメッセー
れない。
ジであるのだろう。まさに,「珪藻化石が」われ
第 2 章「ジオパークとジオツーリズム」は,「ジ
われにさまざまな事柄を「語りかけて」くれてい
オパークの開設とネットワーク化」「火山アイ
るのだ。
フェルジオパーク(ドイツ)」「スタイリッシュア
また,私事になるが,評者も(児童向けの)書
イゼンブルツェン自然公園ジオパーク(オースト
籍を執筆したことがあり,その執筆を出版社に推
リア)」の 3 つの節と小括からなる。ヨーロッパ
薦してくれた住田朋久氏(珪藻の研究者でもな
はジオツーリズムとジオパークの発祥の地である
く,当時は学生であった)が,本書の編集者を務
が,その経緯を詳述するまとまった日本語の文献
めておられる。「珪藻化石」というものを通して,
はこれまでなかったため,優れた教科書になって
不思議な縁を感じているのだが,このような素晴
いる。事例として取り上げられたドイツとオース
らしい書籍を通して,私たちだけでなく,新しい
トリアのジオパークの紹介は,著者のフィールド
人と人とのつながり,ひいては若い研究者や教育
ワークをリアルに追体験できる内容で,写真や地
者が育まれていくことを確信する。
図が豊富なこともあり,読者はつい引き込まれる
(須藤 斎)
ように読んでしまうであろう。ただし,誤字脱字
N2
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