行列式

行列式
行列式の定義
n 個の元からなる集合 {1, 2, . . . , n} から自分自身 {1, 2, . . . , n} への全単射を {1, 2, . . . , n}
上の置換 (permutation) という.集合 {1, 2, . . . , n} 上の置換全部の集合を Sn で表す.σ ∈ Sn
とすると,σ(1), σ(2), . . . , σ(n) は 1, 2, . . . , n を並べかえたものである.このような並べか
えは全部で n! 個ある.(i, j) 成分が aij の n 次行列 A = (aij ) の行列式 (determinant) を,
∑
sgn(σ) a1 σ(1) a2 σ(2) · · · an σ(n)
(1)
σ∈Sn
で定義する.ここで,
sgn(σ) は置換 σ の符号 (signature) を表す.sgn(σ) = ±1 である.
∑
は,n! 個ある Sn の元全体にわたる和を表す.A = (aij ) の行列式を
σ∈Sn
a11 a12 · · ·
a21 a22 · · ·
..
..
.
.
an1 an2 · · ·
a1n a2n .. ,
. ann |A|,
det A
のように表す.また A の第 j 列ベクトルが aj のとき,A = (a1 a2 . . . an ) の行列式を
det(a1 , a2 , . . . , an )
と表すこともある.単位行列 En の行列式は 1 である.|En | = 1.
n = 2, 3, 4 のときの行列式は次のようになる.
a11 a12 a21 a22 = a11 a22 − a12 a21
a11 a12 a13 a21 a22 a23 = a11 a22 a33 + a12 a23 a31 + a13 a21 a32 − a11 a23 a32 − a13 a22 a31 − a12 a21 a33
a31 a32 a33 a11
a21
a31
a41
a12 a13 a14 a22 a23 a24 a32 a33 a34 a42 a43 a44 = a11 a22 a33 a44 + a12 a21 a34 a43 + a13 a24 a31 a42 + a14 a23 a32 a41
+a12 a23 a31 a44 + a13 a21 a32 a44 + a12 a24 a33 a41 + a14 a21 a33 a42
+a13 a22 a34 a41 + a14 a22 a31 a43 + a11 a23 a34 a42 + a11 a24 a32 a43
−a12 a21 a33 a44 − a13 a22 a31 a44 − a14 a22 a33 a41
−a11 a23 a32 a44 − a11 a24 a33 a42 − a11 a22 a34 a43
−a12 a23 a34 a41 − a12 a24 a31 a43 − a13 a24 a32 a41
−a13 a21 a34 a42 − a14 a23 a31 a42 − a14 a21 a32 a43
1
行列式の基本性質
行列式の定義と置換およびその符号の性質から,行列式が次の性質を満たすことがわ
かる.
1. 交代性 A の第 i 列と第 j 列 (i ̸= j) を入れかえた行列を A′ とおくと,| A′ | = −| A |.
2. 列に関する線型性 1 ≤ j ≤ n について
(a) det(a1 , . . . , aj + a′j , . . . , an )
= det(a1 , . . . , aj , . . . , an ) + det(a1 , . . . , a′j , . . . , an )
(b) det(a1 , . . . , caj , . . . , an ) = c det(a1 , . . . , aj , . . . , an )
(c は定数)
3. 転置不変性 A の転置行列 tA の行列式は A の行列式に等しい.|tA| = |A|.
これを行列の成分で表すと次のようになる.
∑
|A| =
sgn(σ) aσ(1) 1 aσ(2) 2 · · · aσ(n) n
(2)
σ∈Sn
注意 行列式の交代性と置換の符号の性質から,次のことがわかる.一般に,A の第
1 列から第 n 列までを置換 τ によって並べかえた行列の行列式は sgn(τ )| A | に等しい.
det(aτ (1) , aτ (2) , . . . , aτ (n) ) = sgn(τ ) det(a1 , a2 , . . . , an )
A の 2 つの列が一致する場合は,|A| = 0 である.実際,第 i 列と第 j 列 (i ̸= j) が
一致するならば,第 i 列と第 j 列を交換しても行列 A は変わらないので,交代性により
|A| = −|A| となる.
A の第 i 列の c 倍を A の第 j 列 (i ̸= j) に加えた行列を A′ とおくと,列に関する線型
性および上記のことから,
det(a1 , . . . , ai , . . . , cai + aj , . . . , an )
= c det(a1 , . . . , ai , . . . , ai , . . . , an ) + det(a1 , . . . , ai , . . . , aj , . . . , an )
= det(a1 , . . . , ai , . . . , aj , . . . , an )
となる.すなわち,|A′ | = |A| である.
以上により,行列 A に対して列に関する基本変形をすると,行列式が次のように変化
することがわかる.ただし,i ̸= j とする.
A の第 i 列と第 j 列を交換した行列を A′ とおくと,|A′ | = −|A| である.
A の第 i 列に c をかけた行列を A′ とおくと,|A′ | = c|A| である.
A の第 i 列の c 倍を A の第 j 列に加えた行列を A′ とおくと,|A′ | = |A| である.
注意 A の転置行列 tA の第 i 行は,A の第 i 列である.よって行列式の転置不変性
|tA| = |A| により,行列式の列に関する性質は行に関しても成り立つので,行列式は行に
関しても交代性および線型性を満たす.行に関する基本変形により行列式は次のように変
化する.ただし,i ̸= j とする.
A の第 i 行と第 j 行を交換した行列を A′ とおくと,|A′ | = −|A| である.
2
A の第 i 行に c をかけた行列を A′ とおくと,|A′ | = c|A| である.
A の第 j 行の c 倍を A の第 i 行に加えた行列を A′ とおくと,|A′ | = |A| である.
行列式の特徴づけ
n 個の n 次元ベクトル x1 , . . . , xn の組に対して数を対応させる写像 F (x1 , . . . , xn ) が,
次の (i) 交代性および (ii) xj (1 ≤ j ≤ n) に関する線型性の 2 つの条件を満たすとする.
(i) 交代性 xi と xj (i ̸= j) を入れかえると −1 倍される.
F (x1 , . . . , xj , . . . , xi , . . . , xn ) = −F (x1 , . . . , xi , . . . , xj , . . . , xn )
(ii) xj (1 ≤ j ≤ n) に関する線型性
(a) F (x1 , . . . , xj + x′j , . . . , xn )
= F (x1 , . . . , xj , . . . , xn ) + F (x1 , . . . , x′j , . . . , xn )
(b) F (x1 , . . . , cxj , . . . , xn ) = cF (x1 , . . . , xj , . . . , xn )
(c は定数)
このとき,F (x1 , . . . , xn ) は det(x1 , . . . , xn ) の定数倍になる.詳しくは,
F (x1 , . . . , xn ) = F (e1 , . . . , en ) det(x1 , . . . , xn )
(3)
ここで,e1 , . . . , en は n 次元基本ベクトルである.(ej は n 次単位行列 En の第 j 列)
∑n
実際,n 次元ベクトル xj の第 i 成分を xij とすると xj = i=1 xij ei = x1j e1 +· · ·+xnj en
なので,xj に関する線型性を j = 1, . . . , n について適用すると
F (x1 , . . . , xn ) =
n
∑
xi1 1 · · · xin n F (ei1 , . . . , ein )
i1 , ..., in =1
となる.交代性により,i1 , . . . , in の中に同じものがあれば F (ei1 , . . . , ein ) = 0 である.
i1 , . . . , in の中に同じものがなければ,i1 , . . . , in は 1, . . . , n を並べかえたものだから,σ(1) =
i1 , σ(2) = i2 , . . . , σ(n) = in となる σ ∈ Sn が考えられる.このとき交代性により,
F (ei1 , . . . , ein ) = F (eσ(1) , . . . , eσ(n) ) = sgn(σ)F (e1 , . . . , en )
が成り立つので,
F (x1 , . . . , xn ) = F (e1 , . . . , en )
∑
sgn(σ)xσ(1) 1 · · · xσ(n) n
σ∈Sn
となる.(2) により,この等式の右辺は (3) の右辺に等しい.
行列式の公式
(i) |AB| = |A| |B| (A と B は n 次行列)
A B = |A| |D| (A は r 次行列,D は s 次行列,B は r × s 行列,O は s × r
(ii) O D
零行列)
3
実際,B の第 j 列を bj とすると AB の第 j 列は Abj である.
F (b1 , . . . , bn ) = det(AB) = det(Ab1 , . . . , Abn )
とおくと,F (b1 , . . . , bn ) は交代性と bj (1 ≤ j ≤ n) に関する線型性を満たす.よって行列式
の特徴づけにより F (b1 , . . . , bn ) = F (e1 , . . . , en ) det(b1 , . . . , bn ) であるが,F (e1 , . . . , en ) =
|A| で det(b1 , . . . , bn ) = |B| だから (i) が成り立つ.
(ii) は行列式の定義の式 (1) からわかる.
(ii) の特別な場合として,
a11 a12 · · · a1n a22 · · ·
0 a22 · · · a2n .
=
a
..
..
.. 11 ..
.
.
. an2 · · ·
0 an2 · · · ann a2n .. ,
. ann a11 a12 · · · a1n 0 a22 · · · a2n ..
.. . .
.. = a11 a22 · · · ann
.
.
.
. 0
0 · · · ann 
2
2 1 −1
 1 −1 0 −1

例 A=
−3 −1 0 2  の行列式を求める.行に関する基本変形を繰り返して,
3
1 2 −1
行列式を計算しやすい形に変形する.
2
1 −1 0 −1
1 −1 0 −1
2 1 −1
1 −1 0 −1
2
0 4 1 1 2
1
−1
−3 −1 0 2 = − −3 −1 0 2 = − 0 −4 0 −1
3
3
0 4 2 2 1 2 −1
1 2 −1
1 −1 0 −1
1 −1 0 −1
0 4 1 1 0 4 1 1 = −
= − 0 0 1 0 = −4
0
0
1
0
0 0 1 1 0 0 0 1 
行列式の展開
定義 n 次行列 A = (aij ) から第 i 行と第 j 列を取り除いて得られる n − 1 次行列の行
列式を (i, j) 小行列式といい,∆ij で表す.また,e
aij = (−1)i+j ∆ij を A の (i, j) 余因子と
いう.
定理 (行列式の展開)
n
∑
(i) |A| =
aij e
aij = ai1e
ai1 + ai2e
ai2 + · · · + aine
ain
(第 i 行に関する展開)
j=1
(ii) |A| =
n
∑
aij e
aij = a1j e
a1j + a2j e
a2j + · · · + anj e
anj
(第 j 列に関する展開)
i=1
証明 列に関する展開を証明すれば,行列式の転置不変性により行に関する展開も得
られる.第 1 列に関する行列式の線型性により,|A| は
0 a12 · · · a1n a11 a12 · · · a1n 0 a12 · · · a1n 0 a22 · · · a2n a21 a22 · · · a2n 0 a22 · · · a2n ..
..
.. ..
.. + · · · + ..
..
.. + ..
.
.
.
. .
. .
. .
an1 an2 · · · ann 0 an2 · · · ann 0 an2 · · · ann 4
に等しい.第 i 行をひとつ上の行と交換するという操作を i − 1 回繰り返すと,行列式の
行に関する交代性により行列式が (−1)i−1 倍されるから,
0 a12 · · ·
.
..
.
.
.
ai1 ai2 · · ·
.
..
..
.
0 a
n2 · · ·
ai1 ai2
0
a12
a1n .
..
.. .
.
. .
i−1 ain = (−1) 0 ai−1 2
.. 0 ai+1 2
. .
..
..
ann .
0
an2
となる.よって,|A| =
n
∑
···
···
···
···
···
ai−1 n = (−1)i−1 ai1 ∆i1 = ai1e
ai1
ai+1 n .. . a ain
a1n
..
.
nn
ai1e
ai1 が得られる.これは,第 1 列に関する展開である.第 j
i=1
列をひとつ左の列と交換するという操作を j − 1 回繰り返した行列に対して,第 1 列に関
する展開を考えると,A の第 j 列に関する展開が得られる.
定理 δij をクロネッカーのデルタ記号とする.
n
∑
(i)
aij e
akj = δik |A| (1 ≤ i, k ≤ n)
(ii)
j=1
n
∑
aij e
ail = δjl |A|
(1 ≤ j, l ≤ n)
i=1
証明 (ii) において,j = l のときは第 j 列に関する行列式の展開である.j ̸= l ならば,
左辺は A の第 l 列を第 j 列で置き換えた行列の行列式 det(a1 , . . . , aj , . . . , aj , . . . , an ) の第
l 列に関する展開である.列に関する交代性によりこの行列式は 0 なので,j ̸= l のときも
(ii) が成り立つ.(ii) と行列式の転置不変性から (i) が得られる.
定義 (i, j) 成分が A の (j, i) 余因子 e
aji = (−1)i+j ∆ji ( i と j の順序に注意) である n
e で表す.
次行列を A の余因子行列といい,A
次の定理は,前定理を言いかえたものである.
e = AA
e = |A|En
定理 AA
定理 n 次行列 A が正則行列であるための必要十分条件は,|A| ̸= 0 である.またこの
とき,A の逆行列は次のように A の余因子行列で表せる.
A−1 =
1 e
A
|A|
定理 (クラメル (Cramer) の公式)
A は n 次正則行列で,第 j 列は aj とする.A を係数行列とする連立 1 次方程式 Ax = c
の唯一つの解 x = A−1 c の第 j 成分 xj は,次の式で与えられる.
xj =
1
det(a1 , . . . , aj−1 , c, aj+1 , . . . , an )
|A|
5
証明 Ax = x1 a1 + · · · + xn an だから,Ax = c は x1 a1 + · · · + xn an = c と同値であ
る.A の第 j 列を c で置き換えた行列を A′ とおくと,行列式の第 j 列に関する線型性お
よび交代性により |A′ | = xj |A| となるので,公式が得られる.


2
2 1 −1
 1 −1 0 −1

例 A=
−3 −1 0 2  の行列式を,行列式の第 1 行に関する展開,および第 3
3
1 2 −1
列に関する展開により求める.
2
2 1 −1
1 0 −1 1 −1 −1 1 −1 0
−1 0 −1
1 −1 0 −1
= 2 −1 0 2 − 2 −3 0 2 + −3 −1 2 + −3 −1 0
−3 −1 0 2 3 2 −1 3
1 2 −1
1 2
1 −1 3
3
1 2 −1
= 12 − 4 − 4 − 8 = −4
2
2
1
−1
2
2 −1
1 −1 0 −1 1 −1 −1
−3 −1 0 2 = −3 −1 2 − 2 1 −1 −1
3
−3 −1 2 1 −1
3
1 2 −1
= −4 − 0 = −4
注意 与えられた n 次行列の行列式を計算する方法は,次の 3 通りがある.
(i) 行列式の定義の式 (1) または (2) により直接計算する.
(ii) 行および列に関する基本変形を繰り返して,行列式を計算しやすい形に変形する.
(iii) 行列式の展開により,小さいサイズの行列の行列式の計算に帰着する.
6
問題
1. 次の行列式を計算せよ.
cos θ −r sin θ
(1) sin θ r cos θ 0 1 0
(2) 1 0 0
0 0 1
0 0 a
(3) 0 b 0
c 0 0
0
a
b
(4) −a 0 c −b −c 0
1 1
1
(5) 1 −1 1 1 1 −1
1
0
0
−1 0
1
(6) 0
−1
0
0
0 −1
1
0 −1 2 1 −3 2 −1
(7) −1 0 −2 1 1
1
1
0
0 1
0
2 −1 1
(8) 1
0 1
1 −3 −1
0
0
1
0
x −1 0
0 0 x −1 0 (9) x −1
0 0
d c
b
a
3
1
0
2
2. 次の行列式の値が 0 になるような t の値を求めよ.
t + 2
0
0
t 1
t+1
1 (1) (2) 1
(3)
1 t
1
−1 t + 3
t − 2 −1
−1
−1 t − 2 −1 −1
−1 t − 2
3. 次の等式 (Vandermonde の行列式) が成立することを確かめよ.
1 1 1
(1) a b c = (a − b)(b − c)(c − a)
a2 b2 c2 1
1
x1
x2
2
x1 2
x
2
(2) ..
..
.
.
n−1
n−1
x1
x2
∏
···
···
···
···
∏
(xi − xj )
= (−1)n(n−1)/2
1≤i<j≤n
n−1 xn
1
xn
xn 2
..
.
(xi − xj ) は 1 ≤ i < j ≤ n を満たす i, j の組 (i, j) すべてに対する xi − xj の積
1≤i<j≤n
を表す.
4. 3 種類の n 次基本行列の行列式は次のようになることを確かめよ.
|Pn (i, j)| = −1,
|Qn (i; c)| = c,
|Rn (i, j; c)| = 1
注意 行列式の性質 |AB| = |A| |B| と基本行列の行列式の値からも,行列を基本変形す
ると行列式がどのように変化するかわかる.
7
解答とヒント
1. 行列式は次の通り.
−1
(1) r
(2)
(4) 0
(5) 4
(7) 0
(8)
(3)
− abc
(6) 1
−9
(9) ax3 + bx2 + cx + d
2. 行列式,および行列式が 0 となる t の値は次の通り.
(1) 行列式は t2 − 1,これが 0 となるのは t = ±1 のとき.
(2) 行列式は (t + 2)3 ,これが 0 となるのは t = −2 のとき.
(3) 行列式は (t − 1)2 (t − 4),これが 0 となるのは t = 1, 4 のとき.
3. (1) は (2) の特別な場合だから,(2) を証明すればよい.(2) の左辺の行列式において,
xi = xj ならば第 i 列と第 j 列が一致するからその行列式の値は 0 である.よって,左辺の
行列式は xi − xj で割り切れる.これが任意の 1 ≤ i < j ≤ n について成立するので,左
辺の行列式はそれらの積
∏
(xi − xj )
1≤i<j≤n
で割り切れる.両辺の次数を比較して,左辺の行列式がこの積の定数倍であることがわか
る.x2 x3 2 · · · xn n−1 の係数が左辺では 1,右辺では (−1)n(n−1)/2 だから,等式が成立する.
4. 略
8