鋭い針を作って原子を見る - 東京大学大学院工学系研究科

鋭い針を作って原子を見る
マイクロマシーニングで作るナノプローブの研究
東京大学工学部電気工学科 助教授
大学院工学系研究科電気工学専攻
三田吉郎
「原子」の一つひとつを観測する人類の夢を初めてかなえたのは、アメリカの企業・IBMのチュ
ーリッヒ研究所(スイス)の研究員、ビニッヒ博士とローラー博士です(1986 年ノーベル物理学賞
受賞)。
原子を見る「眼」の原理は単純で、表面がでこぼこした物体を指で触るようなものです。表面を
指でなぞると指が圧力を感じてでこぼこがわかりますが、操作型トンネル顕微鏡(STM)では、
指の代わりに鋭い針を用いて、流れる「トンネル電流」を使います。トンネル電流とは、電気を通
す二つの物体(導体)を非常に接近させると、物体同士が接触していなくても電流が流れる現象の
ことです。トンネル電流が常に一定になるよう針の高さを制御しながら、XY平面をくまなくなぞ
り(走査)、原子のでこぼこを測定するのです。走査型トンネル顕微鏡には、先端の鋭さ(曲率半径)
が数十 nm~数 nm(ナノメートル:10 億分の1m)の針が必要です。針は、金属の棒を溶液に浸し、
電流を通しながら溶かすことで作る方法が一般的です。この方法では、中心まで金属の詰まった針
が作製できます。相手の様子を探る道具のことを「プローブ」と呼ぶので、この針はさしずめ「ナ
ノプローブ」です。こうして作った針を観測対象に接近させ、トンネル電流を測ります。
ところで、電気を通さない材質で針を作り、表面だけに金属薄膜を付けたらどうなるでしょうか?
表面の金属薄膜を細い帯状に加工することで、トンネルしてきた電流が進む方向を制限することが
できます。このような針を用いると、原子の表面のでこぼこだけでなく、表面の微小な磁石の性質
を同時に観測できると予測されるなど、実にさまざまな応用が期待されています。
絶縁物で出来た鋭い針を本当に作ることはできるのでしょうか?
ここからが、「一見できなさ
そうなことができる方法を見つける」工学の出番です。私たちの研究室では、石英ガラスを薬品で
溶かすことで、図1のように、先端の曲率半径が 50nm と鋭く、しかも標高の高い「マイクロ富士
山」の構造を大量に作ることに成功しました。標高は約 0.15mm で、大量生産でよく用いられる方
法に比べて 10 倍も高いのです。
作製の秘密を解説しましょう。ガラスの一部を覆い、「フッ酸」という水溶液に浸すと、覆った部
分以外のガラスが溶けていきます。あらゆる方向にガラスが溶ける(等方性という)ので、時間の
経過とともに覆いの下にも薬品が回り込み、両側から溶かされて針山ができます。ガラスを薬品に
溶かす加工自体はよく知られていますが、「覆いが取れた後、頂上が平たくなりそう」という心配が
あるので、鋭い針を作るのは難しいと思われていました。
しかし、物理法則をよく考察すると、等方性の条件下では出来た鋭角が保存されることがわかり
ました。「等方性エッチングにおける鋭角保存原理」と呼ばれる原理により、途中で故意に覆いをは
がしたとしても自動的に鋭い頂上ができること、覆いの形によって頂上付近の形を思ったとおりに
制御できることがわかりました。作製した針に
プラチナ薄膜を付け、原子像を得ることに成功
しました(図2)。測定対象は、原子が規則正し
く並んだグラファイト(HOPG)基板です。
このように、構造の一部を覆ったり溶かした
り、薄膜を付けたりすることで望みの形を作る
図1
図2
方法を「マイクロマシーニング」といいます。技術の組み合わせを工夫することで、無理と思われ
ていた構造ができるようになるなど、研究はアートに通じるデザインの楽しみもあるのです。
http://www.if.t.u-tokyo.ac.jp(柴田・三田研究室)