Mission

霊降臨後 第9主日
礼拝説教 (2015年7月26日) 飯川雅孝 牧師
聖書
ルカによる福音書5章1-11節
主題 『Mission(使命)』
英語のMissionを、ここでは福音伝道の使命とそれによってできた原住民の
キリスト教共同体として用います。 “The Mission”の写真はイグアス
の滝(図右上)より落ちるショッキングなイエズス会の若い宣教師の殉教を伝えており
ます(図➀)。この映画の解釈の視点として、一つ目は、彼らは“なぜ、命を懸けて
まで、未開のインデイオに宣教したか” その理由としてイエズス会の創設者スペイ
ン軍人イグナティウス・ロヨラの信仰体験を彼らは共有しているとこの映画から感じ
ました。彼はプロテスタントとの戦いで瀕死の重傷を負い、救われた思いは命を懸け
てキリストに従う信仰に向けられます。イエズス会はカトリック教会の権威回復の旗
手として全世界の伝道の困難な地域に入り込んで行きます。彼らのモットーはキリス
トに倣い、清貧・貞潔・隣人への奉仕であります。ロヨラの強い精神を引き継いだ彼
らは、南米の奥地、好戦的なインディオたちの地にも入って行きました。(図右上か
ら2番目)この映画は南米奥地の150年に渡る宣教の成果とスペイン・ポルトガル
の植民地獲得競争の中で挫折した歴史の現実を2時間の物語にまとめております。
二つ目はメンドサのような悪人:愛する弟を育てたとは言え許嫁とのもつれから彼
を殺し、奴隷商人・殺人・現住民婦女への乱暴、そのような人間がなぜ回心し得た
か。こんなことがあり得るのかの疑問がありました。この点を考えてみました。
この映画には二人の主人公が登場します。一人は今のメンドサです。もう一人は宣
教師たちの指導者ガブリエルです。5-6人のグループの宣教師の長です。イグアスの
滝の下の部族の宣教は成功しますが、滝の上の好戦的な原住民グアラニー族への宣教
を計画しておりました。しかし過去長い間、そこに入って行った宣教師はジュリアン
のように殉教してきました。ガブリエルは彼が希望してそこに行ったにも拘わらず死
んでしまったことを深く後悔して、次には自分一人行く決心をします。
メンドサは弟を殺してしまい、教会の介護施設のような独房の中で精神的に屍のよ
うになっているところに魂の守り役としてきたガブリエルに会い、心を癒すために彼
の宣教団の手伝いに参加するようになります。物語はこの二人の活動が混じり合って
進行します。
若い宣教師ジュリアンがイグアスの滝から十字架に付けられて落とされた後、彼を
探していたガブリエルのグループはその遺骸を見て深い悲しみに沈みます。宣教を断
念しかける中、ガブリエル神父は一人で滝を上り、原住民に会う決意をします。イエ
スがゲッセマネで十字架の死を前に祈っていた思いをイエスに聞くほどまでに至りま
す。一人原生林の小川の石に座りフルートを吹いていたところに、楽の音に誘われ
て、先住民グアラニー族の群れが取り囲みます(図②)。フルートを占い師が取り上
げて壊し、彼を殺せと言います。しかし、その中の一人の好意的な者がフルートに関
心を持ち殺すことをとどまらせて部落に連れて来ます。交流する中で彼のキリストの
香を持つ人格に原住民の尊敬が集まり、キリスト教の教化は進んで行くように思えま
した。仲間の宣教師たちも下から上がって来てのミッションに入り、一緒に宣教に参
加します。しかし、つかの間の幸いもあったものか、奴隷商人メンドサのグループが
上がって来て原住民の中から5人を捕まえて行きます(図③)。ガブリエル神父はそ
こでメンドサの姿を見てここは保護区で人狩りは許されないと言いますが後の祭りで
す。原住民たち、とくに好意的だった者も裏切られた思いを抱き、ガブリエル神父を
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占い師のところに引っ張って来て、どうすべきか聞きます。しかし、占い師は「殺す
べきだが、ガブリエルは正しい人物である」と言う。キリスト教徒を疑っていた占い
師もキリストご自身の人格を信じざるを得なかったのであります。この結果ガブリエ
ル神父は彼らのところに留まることができ福音宣教に没頭できます。メンドサもグル
ープに合流します。原住民たちは自分たちの仲間を捕らえて奴隷に売り飛ばした憎っ
くきメンドサを捕まえます。彼らから信頼されていたガブリエルも手を出せません。
しかし、彼を赦すのです。そこには神に感謝するガブリエル神父の姿があります(図
④)。この映画の主題であるミッション、伝道所でガブリエル神父のキリストの香が
どんどん原住民に浸透して行き、彼らは敵であったメンドサを赦して受け入れます。
まさにミッションが「パラダイス」としての愛と喜びの共同体に育って行く様をこの
映画は伝えております。メンドサはある時自分をこのように受け入れてくれるミッシ
ョン、ここにいれば過去のように悪いことをしないで平安に死ぬまでいることができ
る。自分の奴隷商人としての過去をこれほど赦してくれるグアラニー族の仲間。だか
ら、自分も彼らを受け入れることができる。メンドサは自分の部屋で一人でいる時、
コリント人へ第一の手紙の愛の言葉を読み始めました。また、幼い頃彼に聖書を説き
起こしてくれた「子どものように素直な気持ちになりなさい」との母親から聞いたこ
とばを想い出します。そして「信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。
その中で最も大いなるものは、愛である。」感極まってメンドサはガブリエル神父の
部屋に行きます。「洗礼を受けたい」と、しかし、洗礼を授与する判断をするのは、
管区の長の神父だけです。ガブリエル神父はメンドサの経歴から彼が受洗を赦される
かどうか分かりません。ガブリエルはメンドサに言います。管区長自身も神ではない
人間、罪ある者である。しかし、許可されるのは彼を通してキリストご自身である。
メンドサにそう伝えた上で、管区長に思い切ってメンドサに洗礼を授ける許可の申請
書を書きます。許可の手紙が届くまでの間、ガブリエル神父はメンドサに心を質しま
す。「お前は弟を殺し、許嫁を苦しめ、原住民たちを捕まえて奴隷に売り、娘たちを
辱めて来たことをどう思っているか。もし、管区長が受洗を許してくれることがあっ
たとしたら、お前は心の底から正しく歩まなければならないし、確実にそこに留まら
なければならないぞ。」福音を神は安売りしません。ガブリエル神父は彼に犯して来
たあまりに重い罪を認めさせた上で、受諾の手紙を待ちます。彼にとっては随分重い
ことです。管区長初め、周りの宣教師たちはガブリエル神父が最後まで許可が下りる
こと待っている粘り強い性格であることをしっていましたから承認します。受諾の手
紙が届きました。メンドサはキリスト者としての新たな歩みに導かれることになりま
す。しかし、ここのミッションも南米の各地にできたミッションと同じく、牧場主、
植民地政府、スペイン、ポルトガルの利益に反するものでしたから行政当局より廃止
されます。さらに、イエズス会とそのミッションはスペインとポルトガル両国の領土
争いに振り回され、歴史の舞台から消えて行きます。このガブリエル神父に導かれた
パラダイスも政府の立ち退きを拒絶してミッションの生活も、スペイン・ポルトガル
の植民地戦争にまきこまれ、移住を拒否した「神の愛」に従う彼らは軍の攻撃の中、
礼拝堂は焼かれ、十字架を抱いてガブリエルと共に殉教します。(図⑤)他方メンド
サは軍人の血が再び騒ぎ、軍と戦う最期を迎えます。最後に私たちはこの物語を通し
て、現実に悲劇があったことを覚えつつ、福音のために人生を捧げた人たちの純粋な
信仰の喜び、キリストとの出会いの意義の大きさを自分のものとしたいと思います。
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➀若い宣教師ジュリアンは「悪魔の咽喉」に
十字架に付けられて落とされる
イグアスの滝(ブラジル、アルゼンチン:世界最大の滝)
グアラニー族がいたミッション(世界遺産)
②ガブリエル神父は滝を上り、一人原生林の小川の石に座り
フルートを吹いていた。彼の周りに先住民グアラニー族が現れ
フルートが奏でる音楽に関心を寄せる。
長老格の占い師は殺せと言うが、好意的な者が関心を持ち保留。 ④宣教グループと滝を上り、携えて来た武器を川に落とし
泣くメンドサ。グアラニー族はそれを笑っていままで悪態
彼は部落に連れて行かれ、下にいた宣教師たちも上に来て、
をして来たメンドサを赦す。神に感謝するガブリエル神父
グアラニー族との交流が始まる。
③そこに、メンドサが現れ、グアラニー族の5人を捕獲する。
好意的だった者も占い師にガブリエルを殺すべきか問う。
占い師は殺すべきだが、ガブリエルは正しい人物であると言う。
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⑤ガブリエル神父の建てたミッションでのグアラニー族
「ミッション」の生活も、スペイン・ポルトガルの植民地戦争に
巻き込まれ、移住を拒否した彼らは「神の愛」に従って
殉教の道を選ぶ。軍の攻撃の中、礼拝堂が焼かれ、軍の
攻撃の中、礼拝堂が焼かれ、ガブリエルは十字架
を抱いて原住民と運命を共にする。