リサーチ TODAY 2016 年 1 月 15 日 欧州の財政規律は緩み始め、世界は財政拡大にバイアス 常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創 下記の図表にあるように、欧州では債務危機後の2010年以降に財政規律を維持する枠組みである「安 定成長協定」が強化され、厳しい緊縮財政が進められた。しかし、2013年以降は同協定の例外規定が適 用され、緊縮財政のペースは緩められた。みずほ総合研究所は、欧州の財政規律に関するリポートを発表 している1。例外規定の適用は景気に配慮したものだが、ドイツ政府等はそれが財政規律の緩みにつなが ると批判している。同様に、米国においても財政規律に弛緩がみられる。IMFなど国際機関資金の論調も 財政政策を重視した潮流に向かう動きを見せている。こうした動きの背景には、世界的に成長期待が低下 し、長期停滞論も生じる中、金融政策に過度に依存したこれまでの状況から財政政策への依存に振り子を 戻すバイアスが存在する。2016年の世界的な経済政策を展望するには、財政政策への依存の度合いが重 要な課題となる。2016年は日本の消費税率引き上げを決定するタイミングとなるが、IMFも含め、世界の潮 流が財政の活用に向かい始めたなか、日本だけが緊縮に舵を切ることへの議論が生じやすいことには留 意が必要だ。 ■図表:ユーロ圏の財政緊縮規模の推移 緊縮的 2.0 (構造的財政収支GDP比の前年差、%pt) 1.5 ←財政政策 1.0 0.5 金融危機 を受けた 景気対策 0.0 →拡張的 緊縮路線 の強化 ↓ 緊縮規模拡大 -0.5 -1.0 成長への 配慮 ↓ 緊縮規模縮小 -1.5 -2.0 2008 09 10 11 12 13 14 15 (年) (資料)欧州委員会よりみずほ総合研究所作成 次ページの図表はスペイン、フランス、イタリアの緊縮財政規模を示す。欧州委員会は、スペイン、フラン ス、イタリアに対して2016年予算案の是正を求めていた。図表にあるように、政府想定の緊縮規模は、欧州 委員会が必要とする規模に満たない状況にある。今日、世界的に地域別で最大の経常収支の黒字を抱え 1 リサーチTODAY 2016 年 1 月 15 日 るのはユーロ圏である。1970年代以降の変動相場制への移行後の世界秩序の下で、常に最大の黒字地 域が機関車国として財政も含めた内需拡大で世界経済をけん引してきた。こうしたなか、今日、ドイツを中 心にユーロ圏は頑なに財政緊縮を掲げ、「マイナス金利」による通貨安競争によって外需拡大を志向する 近隣窮乏化政策を取っている。2016年の世界経済の回復はこうした状況を回避できるかに依存する。 ■図表:スペイン、フランス、イタリアの緊縮財政規模 (構造的財政収支GDP比の前年差、%pt) 1.5 緊縮的 政府想定の緊縮規模は、欧州委が必要とする規模に満たず 1.0 ←財政政策 0.5 0.0 →拡張的 政府予算案 欧州委が必要と考える規模 フランス イタリア -0.5 フランス イタリア スペイン 2016 スペイン 2017 (注)2017 年のスペインは公表されていない。 (資料)各国財務省、欧州委員会よりみずほ総合研究所作成 一方、米国においても財政規律は弛緩しており、2015年の米議会は減税で終幕した2。2015年12月18日 に米議会が2016年度予算を可決したが、予算には時限減税の延長・恒久化が盛り込まれた。これは、「財 政の崖」回避に伴うブッシュ減税の恒久化(2013年1月成立)以来の大型減税となっている。また、米国で はサマーズ元財務長官等が、長期停滞論に対処し、財政の拡大を経済回復の処方箋に挙げている動きも 注目される。また、IMFの中でも財政の拡大にバイアスが掛かる動きもある。 2000年代後半のサブプライム問題やリーマン・ショックといった金融危機に対処して欧米諸国は財政を 拡大させた結果、2009年以降の欧州債務危機を招いた。その後、欧米は緊縮財政に大きく舵を切ったが、 経済の回復が思わしくないなか、金融政策に過度に依存した。今回はこのことへの見直しも生じやすい。 依然として財政に依存することに対し慎重な見方は根強いが、財政への依存は次第に生じてくるだろう。こ うした世界の潮流のなか、今年G7の議長国である日本が増税である消費税率引き上げの方針を貫くことが 出来るかも重要な論点になるだろう。 1 2 松本惇 「欧州の財政規律は再び緩むのか」 (みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2015 年 12 月 24 日) 安井明彦 「2015 年の米議会は減税で終幕」 (みずほ総合研究所 『みずほインサイト』 2015 年 12 月 21 日) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 2
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