3.2 Lorentz ベクトル 2.7 節では時空座標をまとめて x と書き、Lorentz 変換を(34)式のように 書いた。Lorentz 変換によってこのように変換される量のことを Lorentz ベ クトルと呼ぶ。従って時空座標 x は Lorentz ベクトルであるが、Lorentz ベク トルは時空座標とは限らない。4成分を持つある量 a があり、これが Lorentz 変換によって a 7→ a′ = L a (49) と変換されるならば、a は Lorentz ベクトルである 47 。a の第 µ 成分を aµ のように上添字を付けてあらわす 48 。a の成分を a = (a0 , a1 , a2 , a3 ) のよう に第0成分から第3成分までと呼ぶことにすれば 49 、µ は 0 から 3 までの整 数値をとる添字である。今後、µ や ν 等のギリシャ文字であらわした添字は いつでも 0 から 3 までの値をとるものとし、空間ベクトルの成分のように 1 から 3 までの値をとる添字は i や j などのローマ字であらわすことにする。 a = (a0 , a) と書けば、ai は a の第 i 成分である。変換行列 L は 4 × 4 行列で あるが、その第 µ 行 ν 列要素を Lµν と書き、変換(49)を成分を使って ′ aµ 7→ aµ = Lµν aν (50) と書く 50 。但し一つの項の上下に一回ずつ現れる同一のギリシャ文字の添字 については和をとるものとする 51 。上式右辺で和をとってしまったもの(ν ) 以外の添字(µ)の上下の位置が、左辺の添字の位置と一致するような書き方 になっていることに注意したい。Lorentz ベクトルの成分の添字は上に付く ので、上式は変換した後の量も Lorentz ベクトルであるということを示して いる。ところで、Lorentz ベクトル a の成分の添字を必ず上に付けるという ことにしたので、aµ と書いただけで a のことを言っているのだと分かる。そ の意味で aµ 自体を Lorentz ベクトルと呼んだりする。aµ という記号は、そ れが(50)式のように変換されることをあらわしており、その量が Lorentz ベクトルであるということを示している。Lorentz ベクトルには、(31, 32) 式のように和と定数 α 倍が定義されているが、それらはただ単に aµ + bµ や αaµ のようにあらわされる。これらの量が Lorentz ベクトルとなることは明 らかである。和と定数倍が定義されたことにより、Lorentz ベクトル全体の集 合はベクトル空間(線形空間)となる。これを L と呼ぶことにする。上で注 意したように、a ∈ L の意味で aµ ∈ L と書いたりする。0 = (0, 0) は L の0 元であり、Lorentz 変換によってその成分の値が変わらない特別な元である。 47 下線を付けて Lorentz ベクトルをあらわすのは一般的な記法ではなく、この講義だけのも のである。 48 添字を上に付けるか下に付けるかには、後で違った意味が出て来る。 49 時空座標 x = (ct, x) の第0成分は x0 = ct である。 50 変換された成分をこのように添字にダッシュを付けて書くのは本当はおかしいのだが、一般 相対論等で良く使われるこの書き方は便利なので採用することにする。変換によって µ が µ′ に なるのではなく、aµ が (aµ )′ になったのだが、この (aµ )′ のことを普通 のように a′µ とは書か ′ ないで aµ と書くことにしたわけである。 ∑3 51 この約束は「Einstein の縮約」と呼ばれ、今の例では右辺で和の記号 ν=0 を省略したこ とに対応している。 48 3.3 内積と不変量 我々の慣れ親しんでいる3次元ユークリッド空間 R(3) で、長さや距離と いったものがどのように定義され、どのような意味を持っていたかを振り返 えろう。R(3) はベクトル空間であり、その中のベクトル a ∈ R(3) は空間回 転 R(3) に対して a 7→ a′ = R(3) a と変換される。2つのベクトル a, b ∈ R(3) に対して内積が a · b = (a1 )(b1 ) + (a2 )(b2 ) + (a3 )(b3 ) のように定義されてお り、それは空間回転変換に対して不変である:a · b 7→ a′ · b′ = a · b。自分自 → 身との内積 a · a = (a)2 を a の2乗と呼び、これが a の長さの2乗を与える。 R(3) がベクトル空間なので a と b の差 ∆ = a − b もベクトルとなり、(∆)2 は a, b 間の距離の2乗と呼ばれる。このようにして定義された長さや距離は、 それらが空間回転変換に対して不変だという点にその最大の意味がある。そ してこの意味をもたらしているのは、内積の変換に対する不変性である。 内積 2つの Lorentz ベクトル a, b ∈ L に対して、内積 a · b を、それが Lorentz 変換に対して不変となるように定義する 52 : a·b ← = (a0 )(b0 ) − (a1 )(b1 ) − (a2 )(b2 ) − (a3 )(b3 ) = (a0 )(b0 ) − a · b (51) 但し最後の式に出て来る a·b は上で議論した R(3) の内積である。このように、 「·」という記号はその両側にある量によって意味が変わるので注意が必要であ る。特に区別するために、内積 a·b を Lorentz 内積と呼ぶことがある。上で定 義した Lorentz 内積が、Lorentz 変換に対して確かに不変になっていることを 示そう。まず、空間回転に対する内積の不変性は明らかであろう。すなわち、 任意の L ∋ a = (a0 , a) に対する空間回転変換を a 7→ a′ = Ra = (a0 , R(3) a) のように書けば、 a · b 7→ a′ · b′ = (Ra) · (Rb) = (a0 )(b0 ) − (R(3) a) · (R(3) b) = (a0 )(b0 ) − a · b = a·b (52) である。次に、Lorentz 内積が空間第一軸方向への Lorentz ブーストに対し て不変であることを示す。この変換を a 7→ a′ = Lx a と書いて Lx に(19)式 の変換行列を使えば、 a · b 7→ a′ · b′ ′ ′ ′ ′ ′ ′ ′ ′ = (a0 )(b0 ) − (a1 )(b1 ) − (a2 )(b2 ) − (a3 )(b3 ) = (γa0 − γβa1 )(γb0 − γβb1 ) − (−γβa0 + γa1 )(−γβb0 + γb1 ) − a2 b2 − a3 b3 = (γ)2 (1 − (β)2 )(a0 b0 − a1 b1 ) − a2 b2 − a3 b3 = a0 b0 − a1 b1 − a2 b2 − a3 b3 = a·b (53) 52 以下で定義される量全体に負号をつけて内積の定義とする場合がある。参考書等を読む場合 には、自分がどちらの定義を使っているのかを常に自覚しておく必要がある。 49 となり、確かに Lx に対して不変である。以上を組み合わせれば、一般の Lorentz 変換に対する不変性が言える。一般の Lorentz 変換は、(45)式と (42)式とから L = R1 Lx R2 のように書くことが出来る。但し R1 , R2 は適 当な空間回転の変換行列である。任意の a ∈ L に対して Lx R2 a = ã′ と書け ば ã′ ∈ L であり、上で示した Lorentz 内積の空間回転に対する不変性から、 ′ ′ a′ ·b′ = (R1 ã′ )·(R1 b̃ ) = ã′ ·b̃ が言える。ここで任意の a ∈ L に対して ã = R2 a ′ と書けば ã ∈ L であり、Lx に対する不変性から ã′ · b̃ = (Lx ã)·(Lx b̃) = ã· b̃ が 言え、最後にもう一度回転不変性 ã· b̃ = a·b を用いることによって、a′ ·b′ = a·b が示される。 2乗と不変長さ Lorentz ベクトル a の自分自身との内積を a の2乗と呼び、a2 と書く: ← a2 = (a0 )2 − (a1 )2 − (a2 )2 − (a3 )2 = (a0 )2 − (a)2 (54) Lorentz 内積は Lorentz 不変であるから、このようにして定義された2乗も Lorentz 不変量を与える。「2乗」という言葉を使ったが、この量が負にも成 り得ることに注意すべきである。以前 2.7 節において(38)式で定義した時 空に関する不変量 (cτ )2 は、時空座標 x = (ct, x) という Lorentz ベクトルの 2 乗に他ならない。すなわち、(cτ )2 = x2 である。つまり、(cτ )2 が Lorentz 不変量であることは、それが Lorentz ベクトルの2乗としてあらわされるこ とによって保証されているのである。我々はこれを「不変長さの2乗」と呼 ぶ。a と b が時空座標のとき、差 ∆ = a − b の2乗 ∆2 は(39)式で定義した 量に一致し、(c∆τ )2 = ∆2 と書くことが出来る。∆2 を特に「不変距離の2 乗」と呼ぶ場合もあるが、Lorentz ベクトルの2乗が不変量であるというこ とが重要なのであって、こうした言葉を付け加えてもあまり意味がない。こ の講義ではどちらも「不変長さの2乗」と呼ぶことにする。 以上をまとめると、2つの Lorentz ベクトル a と b が与えられたとき、我々 は3つの Lorentz 不変量を作ることが出来る。a2 と b2 と a · b の3つである。 Lorentz ベクトルの分類とそれらの固有系 Lorentz ベクトル a は、 a2 が正、0、または負の場合に応じてそれぞれ時 間的、光的、または空間的と呼ばれる。以前に 2.7 節では、 (40)式のように 不変量の値の符号によって時空点の分類を行ったが、これはその分類を任意 の Lorentz ベクトルに自然に拡張したものになっている。a2 は Lorentz 不変 量だから、この分類は明らかに Lorentz 不変である。 (54)式から分かるよう に、Lorentz ベクトル a が空間的であることと、|a0 | < |a| であることは同等 である。 時間的な Lorentz ベクトル a に対して、その空間成分が 0 となるよう な Lorentz 系が必ず存在する。また、a が空間的な Lorentz ベクトルのとき、 その時間成分が 0 となる Lorentz 系が必ず存在する。これらの系は、それぞ 50 れの場合の固有系(proper frame)と呼ばれることがある。光的なベクトル には固有系が存在しない。 まず、時間的な Lorentz ベクトル a = (a0 , a) の固有系が β = a/a0 を Lorentz パラメータとする Lorentz 変換 L(β) によって得られることを示そ う。a が時間的な場合 a2 > 0 で |a0 | > |a| だから、上のように選んだ β は |β| < 1 を満たし、Lorentz パラメータとして整合的である。この場合の γ パ √ ラメータは 1/γ 2 = 1 − β 2 = a2 /(a0 )2 となるので γ = |a0 |/ a2 と求まる。 √ これに β を掛ければ γβ = (a0 /|a0 |)a/ a2 を得る。これらの結果を、β̂ = â であることに気をつけながら(44)式に代入し、変換されたベクトル a′ の空 間成分を書き下せば a′ = −γβa0 + (1(3) + â(γ − 1)â·)a √ = −|a0 |a/ a2 + a + (γ − 1)a √ √ = −|a0 |a/ a2 + a|a0 |/ a2 = 0 となり、確かに空間成分が消える。 a が空間的な Lorentz ベクトルである場合には、β = (a/|a|)a0 /|a| として Lorentz 変換を行えば、上と同様の計算により、変換されたベクトル a′ の時 間成分が消えることを示すことが出来る。 3.4 空間の計量と Minkowski 空間 ベクトル空間で内積が定義されたものを、空間と呼ぶ。実ベクトル空間に ユークリッド式の内積が定義されたものがユークリッド空間 R であり、4次 元実ベクトル空間に Lorentz 内積が定義されたものは、Minkowski 空間 M と呼ばれる。時空座標の全体、つまり時空図中の点の全体は、内積が定義さ れたことにより Minkowski 空間となる。 空間の計量 空間ベクトル R(3) ∋ a = (a1 , a2 , a3 ) を縦ベクトルとみなし、a· をその転 置とみなすことにより、a と b のユークリッド内積は a · b と書いたときの 行列算法の結果と一致する。しかし Lorentz ベクトル L ∋ a = (a0 , a) の場 合、(19)式や(44)式のような L ∈ GL の行列表記において、a は確かに 縦ベクトルとして考えられているのであるが、もし a· を a のただの転置ベ クトルだとしてしまうと、a · b に行列算法を適用したものはユークリッド内 積になってしまい、Lorentz 内積の定義式(51)に一致しない。そこで、a· は a の空間成分に負号を付けた上で転置したものとする。すなわち、a· は (a0 , −a1 , −a2 , −a3 ) = (a0 , −a·) という横ベクトルであるとするのである。こ うしておけば、行列算法で評価した a · b を Lorentz 内積の定義に一致させる 51 ことが出来る。空間成分に負号を付けるという操作は、 1 0 0 0 0 −1 0 0 g= 0 0 −1 0 0 0 0 −1 (55) という行列を準備しておけば、a· = aT g とすることによって行うことが出来 る。ここで aT は a の転置ベクトルである。2つの Lorentz ベクトル a と b の Lorentz 内積は、この g を使って a · b = aT g b (56) と書くことが出来る。ベクトルの行列算法による内積の定義を与える行列 g を、空間の計量と呼ぶ。(55)式で与えられる g は Minkowski 空間の計量で ある 53 。Minkowski 空間として時空点全体の集合を考えている場合には、こ れを時空の計量と呼ぶことも出来る。ユークリッド空間の計量は単位行列で 与えられる。 反変ベクトルと共変ベクトル a· = aT g というものがどんな変換性を持っているかを調べよう。その為に、 まず、Lorentz 変換 L ∈ GL に対して g −1 LT g = L−1 (57) が成立することを述べておく。L が(41)式のように書ける空間回転の場合に は、直交変換だから LT = L−1 であり、空間部分に −1 を掛ける g −1 と g が2 つ掛かっているので g −1 LT g = L−1 である。L が(44)式の Lorentz ブース ト L(β) の場合、まず L(β) は対称行列だから LT (β) = L(β) であり、g −1 と g で挟むと右上と左下の γβ の符号が変わり g −1 L(β)g = L(−β) = L−1 (β) となる。いずれの場合にも(57)式が成り立っており、これらを組み合わせ た変換に対しても成り立つことが示せる。そこで a· に Lorentz 変換 L ∈ GL を施せば、 a· 7→ a′ · = a′T g = (La)T g = aT LT g = aT g g −1 LT g = a · L−1 (58) これが a· = aT g という量の変換性である。a 自身は(49)式で与えられる変 換性をもち、それを Lorentz ベクトルと呼んだ訳であるが、ここでもう1つ、 L ∈ GL によって上の式のように変換される量が出て来た訳である。これらを 区別するために、a のように変換される量を反変ベクトルと呼び、a· のよう に変換される量を共変ベクトルと呼ぶ。今後、特に断らない限り反変ベクト ルの意味で Lorentz ベクトルという言葉を用いるが、区別をせずに共変ベク トルを含めて Lorentz ベクトルと呼ぶこともある。 53 Lorentz 内積を(51)式の右辺全体に負号を付けたもので定義する場合、g の要素の符号は (55)式と全部が逆になる。 52 反変ベクトルの変換性をもった量であることを示すために、その成分を aµ のように上添字であらわすということを前に述べた。aµ の変換性は(50)式 で与えられている。今出て来た共変ベクトルの変換性を示すために、その成 分には下添字を付けてあらわすことにする。すなわち a· = (a0 , a1 , a2 , a3 ) と 書き、その第 µ 成分を aµ と書く。aµ の変換性は、 (58)式を成分で書き下し たもの、 aµ 7→ aµ′ = aν (L−1 )ν µ = Lµν aν によって与えられる。但し最後の式で ← Lµν = (L−1 )ν µ (59) を定義した。 共変ベクトル a· を反変ベクトルに結びつける式 a· = aT g は、両辺の転置 をとり、左から g −1 を掛けることにより、a = g −1 (a·)T と書くことも出来る。 これらの関係は、共変と反変の成分同士の関係として、 aµ = gµν aν , aµ = g µν aν (60) と書くことが出来る。但し、g が対称行列であることを仮定している。g の 添字の位置は、まず a に付く添字の位置が反変か共変かで決まっており、上 下に一回ずつ現れる同一の添字について和がとられることと、和をとってし まったもの以外の添字の上下位置が左辺の添字の位置と一致する、という原 則から決められている。g µν は gµν の逆行列であるが、 (55)式から分かるよ うに、これらの行列要素の値は同じである。aµ と aµ の値の間には、a0 = a0 , ai = −ai (i = 1, 2, 3) の関係があることが分かる。以上で導入した成分の表 記を用いると、2つの Lorentz ベクトル a と b の内積 a · b は、 aµ bµ = aµ bµ = gµν aµ bν = g µν aµ bν (61) のようにあらわすことが出来る 54 。 54 どの書き方でも、全ての上下の添字について和がとられており、和がとられずに残された添 字が無い。これは、これらのように書かれた量が Lorentz 不変量であることをあらわしている。 53
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