2015年度 教区評議会総会 教区評議会規約の改正 また委員会再編と女性部への移 行に伴う規約の改正が提案さ れ、承認された。 17 日 雲仙殉教祭 雲仙メモリアルホール 26 日 教区司祭黙想会① 大司教館 (5/29 まで) 31 日 教区評議会女性部総会 カトリックセンター 、 田 記 林田殉二(長崎中) 川孝弘(長崎南) 事務局長 下窄英知(教区本部 事務局長) 井持浦 立山修道院(6/12 まで) 7 月 31 日 One Fifty Camp (中高生キャンプ) 8/2 まで カトリックセンター 11 日 公開聖書講座 8/6 まで 8 月 5 日 広島ピース・スタディー 8 日 原爆殉難者慰霊祭 爆心地公園 9 日 平和祈願祭(長崎) 平和公園・浦上教会 15 日 平和祈願祭(佐世保) アルカス SASEBO 17 日 沖縄平和学習 8/19 まで 11/17 まで(毎週火曜日) 9 月 1 日 結婚講座秋コース開講 がなされた。 昨年 月3~4日の教区シノド ス第4会期で採択された提言案の ― 後、髙 見 大 司 教 に よ る 提 言 の 説 明 9 日 教区司祭黙想会② 﨑 新 一( 福 音 化 推 進 ) 、眞 浦 健 吾(教会奉仕者等養成) 、 下山盛 朗(典礼)、大水文隆(広報) 、 大 、久 志 利 津 山 繁( 女 性 部 担 当 ) 男(長崎中地区長) 、 橋本 勲(長 崎南地区長)、葛嶋秀信(佐世保 女性部) 、松 本 恵( 長 崎 代美(下五島女性部) 、 大 タイトルは「父の家に帰ろう 神 の い つ く し み を 共 に 生 き、伝 え 下略) 」とした理由について、 大司 教は次のように語った。「 『帰ろう』 だけでは内に閉じこもる印象をぬ ぐ い き れ ず、自 分 の 子 ど も や 子 孫 だけに『伝える』と受け取られか ねない。より明確に福音宣教を意 3 月 日 に 公 布 さ れ、各 世 帯 に 配布された教区シノドス提言の小 出かけよう』を加えた」 、 識 し て い た だ く た め に、 地区長)、山田 聡(平戸地区長) 『そして 橋口朝光(上五島地区長) 、 中村 満(下五島地区長) 、 松本 強調するための年とさ い」(ルカ6・ )。 世保女性部) 、 小川ふい子 開 き、全 教 会 と の 交 わ シノドス提言の研修 山ミサエ(修女連) レベルでも聖年を祝う りのしるしとして地方 、葛 島 志 「いつくしみの扉」を (上五島女性部) 、野 下 敏 美 年 開 催 期 間 中、同 様 に ( 平 戸 女 性 部 ) 北女性部) 、 小出惠子(佐 教 皇 は、地 方 教 会 や 巡礼聖堂においても聖 、 下田浩二 (上 つ。聖年のモットーは、 久幸(平戸) タ・ サ ン タ )」 の 前 で 五 島 )、葛 島 幸 則( 下 五 ン公会議閉会から 周 島)、川原由美子(長崎中 「いつくしみ の特別聖年」は、 を開けることで に「 聖 年 の 扉 」 始 ま り、翌 年 日の前日 ク教会が同公会議の実 (ロゴはマルコ・イヴァ ようにと定めた。 リスト)に終わる。い 年 に あ た り、カ ト リ ッ 日」の第一晩 課 を 執 り ン・ルプニック神父に りを活かし続けていく 日(王であるキ 6 月 8 日 司祭研修会(教区シノドス提言) 大司教館 「父の家 委 員 岩本繁幸(教区会計) 、 る た め に 」 で あ っ た が、 中濱敬司(信仰養成・家庭) 、 紙 に 帰 ろ う、そ し て 出 か け よ う( 以 、 田 会 計 岩永正次(長崎北) 中秀男(長崎南) れ、事 務 局 会 議 が 設 置 さ れ た。 書 今 年 度 か ら、会 議 の 簡 素 化 を 図るために常任役員会が廃止さ していることが報告された。 ま た、活 動 方 針 の 実 施 を 容 易 に す る た め に、テ キ ス ト を 準 備 捧げましょう (提言4参照) み を 思 い 起 こ し、感 謝 の 祈 り を 神のいつくしみを生きよう 年度の計画と予算を審議した。 カトリック長崎大司教区評議会(会長 髙見三明大司教)は5月4 日(月)午前 時、カトリックセンターにおいて2015年度総会を 開催し、前年度の決算・活動報告と 午 後 か ら は「 長 崎 の 教 会 群 と キ リ ス ト 教 関 連 遺 産 」 の 世 界 遺 産 登 録 年度活動方針 に 関 す る 長 崎 県 の 担 当 者 に よ る 説 明、教 区 シ ノ ド ス 提 言 を 受 け て の 教区の活動方針は「神のいつ く し み を 生 き よ う 」。 教 区 シ ノ ド ス 公 式 提 言 に 基 づ き、次 の 3 点を具体的な取り組みとした。 ①みことばによって 会 長 髙見三明大司教 副 会 長 山 脇 守( 総 代 理・ 長 崎北地区長) 神 の い つ く し み を、主 日 の み ことばを通して深く味わいま 教区評議会役員 (提言2参照) しょう ②ご聖体によって 神のいつくしみに応えるため に、聖 体 拝 領 の と き に 意 識 し て はっきり「アーメン」と答えま 議 長 黒崎勝郎(長崎北) (提言3参照) 副議長 森山正文(長崎中)、山 しょう カトリックセンター 4 日 教区評議会総会 しみ深い者となりなさ 崎南) 内 茂 雄( 佐 世 保 )、五 島 忍( 長 10 日 井持浦ルルド祭 れ、同 聖 年 の 開 催 は 1 「御父のように、いつく 一日の終わりに神のいつくし ③祈りによって 5/6 まで 5 月 3 日 第 136 回クルシリヨ 特別聖年布告の勅書を 備 考 教区シノドス公式提言 を参加者全員で音読した 冊 子 は、教 区 シ ノ ド ス が 採 択 し た 提 言( 第 1 部 ) と、大 司 教 が ま と めた提言(第2部)から成ってい る。 大司教は、「司教シノドスでは、 司教たちの提言を参考にしなが ら、教 皇 は シ ノ ド ス 後 に『 使 徒 的 勧告』という形で文書を出すこと に な っ て い る。 し か し 私 は、教 区 シノドス評議員の皆さんが議論し て 出 し て く だ さ っ た 提 言 な の で、 そのまま第1部として残すことに した。第2部はその第1部を簡潔 かつ具体的な形にしたもの。これ が 公 式 提 言 だ が、両 方 と も 読 み 合 10/7 まで 10/12 まで 生月・クルスの丘公園 浦上教会 大司教館 カトリックセンター 3 月 6 日 信仰養成講座修了式 11 日 選任式 浦上教会 17 日 信徒発見記念ミサ 大浦天主堂 22 日 聖香油ミサ(司祭の日) 浦上教会 が 信 仰 の 核 心 だ ▲ 実 は、 り、そ の 喜 び を 生 き る の 向けられていることを知 つくしみがこのわたしに 仰ではない。神の愛とい 務を果たすことだけが信 と ら れ た。 掟 を 守 り、義 ドス提言のタイトルから 会の活動方針は教区シノ よう」今年度の教区評議 「神のいつくしみを生き 13 日 叙階式 第 毎年活動方針をひねり出 す の は 大 変 で、大 い に 悩 ま さ れ る。 だ か ら、総 会 で 承 認 さ れ た 後 は、安 堵 して忘れがちになる。事 実、総 会 後 に 教 区 評 議 会 で活動方針が話題に上る の は、次 の 方 針 を ひ ね り 行されなければならな い。そのためには新たな 熱意と創意工夫が必要だ ま!』が上演され(写真) 、 会場に 朗 読 劇『 あ ゝ、サ ン タ・ マ リ ア さ 人による信徒発見の 石小教区の子どもたち た。ミサに先立って、滑 約2000人が参加し をとおして噛みしめてみ よう。その喜びをご聖体 のいつくしみを探してみ のわたしに向けられた神 日 々 を 過 ご し た 後 に、こ く し み を 探 し て み よ う。 め、そ の 中 か ら 神 の い つ モリアルホールで開催、 ▲ 主 日 の 福 音 を 心 に 留 集まった人々は聴き入っていた。 強く証しするよう訴えている」と 信仰を大切に、 しっかり生きて、 力 熱の人にテキストを用意 る よ う に、創 意 工 夫 と 情 り容易に実行してもらえ 新たな挑戦だ。挑戦なし していただいた。これは 生 や 青 年、高 齢 者 も 含 め 説 い た。 ミ サ 後、雲 仙 地 獄 の キ リ て 多 く の 人 に、今 年 の 教 とても良い時間を過ごすことがで いたような気がします。参加でき ま し た。 私 自 身、神 様 に 一 歩 近 づ の劇で雲仙殉教祭のことが分かり た。 大 司 教 様 の 説 教、子 ど も た ち 徒 は、 「 り答えることもお忘れな き「アーメン」とはっき い た い。 聖 体 拝 領 の と 非チャレンジしてもら 区評議会の活動方針に是 (S) 5月 日(日)好天に恵まれて 第 回雲仙殉教祭(長崎大司教区 きました」と語った。 く。 主催・長崎北地区担当)が雲仙メ に進展は望めない▲高校 れた。 年前に洗礼を受けまし 小旅行で雲仙を訪れ殉教祭に参 加した神戸中央教会所属の女性信 シタン殉教記念碑まで巡礼が行わ 髙 見 三 明 大 司 教 は ミ サ の 中 で、 よう▲活動方針が一人一 殉教者は今の私たちに 「皆さんも、 人 に 行 き 渡 り、そ し て よ 回 雲仙殉教祭 殉教者をたたえて祈る 出さなければならない時 8 日 司祭研修会 期が近づいた頃だ。しか 西坂公園 し、教 区 シ ノ ド ス を 終 え 五島市 2 月 7 日 日本二十六聖人殉教記念ミサ をまとめる」 ことにあり、 コーディ 平戸教会 ネーター的役割を果たしながら提 13 日 小神学校創立 150 周年ミサ わせる必要がある。提言を実施し 浦上教会 て い く 中 で、新 た な 問 題 や 課 題 が 11/23 まで 23 日 教区民のための追悼ミサ た 今、提 言 を 実 り あ る も 22 日 信仰養成講座(NCK) の に す る た め に は、せ っ 11 月 8 日 黒瀬の辻殉教祭 言の推進を見守っていく。詳細に 久賀・牢屋の窄 ついては教区本部事務局会議など 南島原・原城跡 25 日 牢屋の窄殉教祭 見えてくることもありえる」と述 11 日 島原・天草殉教福者記念ミサ べ、 教区シノドス提言推進会議 (仮 9 日 第 137 回クルシリヨ かく掲げた活動方針は遂 10 月 6 日 司祭研修会 で 検 討 し、教 区 顧 問 会 で 決 定 す る 中町教会 とした。 27 日 聖トマス西と十五殉教者ミサ 称)の設置を提案した。 焼罪史跡公園 その目的は「提言の実施方法・ 手 順 に つ い て、今 年 度 中 に 具 体 案 1 月 26 日 司祭団マラソン大会 22 2015 年度 行事予定 つくしみを証しするカ よるデザイン) 大村市民会館 6 日 大村殉教祭 12 月 6 日 平戸ザビエル祭 印刷所 株式会社 藤木博英社 〒 850‐0852 長崎市万屋町 5‐13 TEL 095‐821‐2146 FAX 095‐821‐2148 行 い、そ の 始 め に 大 聖 堂の「聖年の 扉 ( ポ ル カトリックセンター 32 発行人 大 水 文 隆 という特別な意味を持 月 50 公開聖書講座 17 〒 852‐8113 長崎市上野町 10‐34 カトリックセンター内 TEL 095‐843‐3869 FAX 095‐843‐3417 振替口座 01880‐5‐2699 トリック教会の使命を 「神のいつくしみの主 16 20 日 福者カミロ・コンスタンツォ殉教祭 32 研修会へと続き、 時 分に終了した。 2015.12.8 ~ 2016.11.20 行 事 月 日 カトリック長崎大司教区 広報委員会 全 教 会 の 代 表 に 託 し、 965年の第2バチカ つ く し み の 特 別 聖 年 」 正式に公布した。 今年 を開催する旨 を 発 表 し て い た が、バ チ カ ン 放 月8日 送 局 に よ る と、教 皇 は 日」を記念す る 4 月 「 神 の い つ く し み の 主 (無原罪の聖母) 12 20 ンの聖ペトロ 大 聖 堂 で 日、バ チ カ 12 11 15 10 教皇フラン シ ス コ は 教皇選出から 2 年 を 迎 いつくしみの特別聖年 えた今年3月 日、「い 30 13 17 昭和27年1月12日 第三種郵便物認可 6 月1日(毎月1日発行) 15 11 13 15 11 36 1029 号 (昭和27年1月12日第三種郵便物認可) 第 ) 1カ月140 円 年間1,500円( カトリック教報 (1)2015年(平成27年) 増 す る 中 で、生 活 困 窮 者 対 策 を 中 心 母の日に井持浦ルルド祭 リアに対す げ、聖 母 マ 仰に思いを重ねた。 た え、そ の 思 い を 後 世 に 引 れ、 「ペルー神父と当時の ルドが造られた経緯に触 中 村 師 は、日 本 で 初 め て ル 地区信徒の苦労と尽力をた 変わっていきました。イエスの時代に 法という形になり制度化されて様子が しまいます。システムの中で生じる力 ) で す。「 『こうすべ や知恵は、 必ずしも 「神の力、 神の知恵」 度キリストの十字架のうちに 「神の力、 で す。 第 2 バ チ カ ン 公 会 議 は、も う 一 晃 として出発し、その後、経済成長とと き継いでいくよう」呼び掛 うに戦後、制度化され事業化されることに お い て は、神 の 救 い は 律 法 主 義 に よ っ 教皇はおもしろい罪を挙げていま す。それは 「 『すべきイズム』 という罪」 本来社会のほうがこれらの人々へ適応 よ っ て、福 祉 に 従 事 す る 側 も 受 け る 側 神 の 知 恵 」 を 見 い だ し、教 会 が キ リ ス 代表 マリア 中村 夏子 信徒発見150周年と高山右近列福に向けて 五月晴れに恵まれた5月 日( 日 ) 、井 持 浦 教 会( 主 任 けた。 また母の日にあたり、 よって教会共同体と福祉は徐々に切り離さ きだ』と」言って「わたしたちは際限 『福音の喜び』 幸 い が 目 的 と さ れ る 福 祉 も、制 度 化 さ ( て変質してしまっていたのです。人の な く そ の 想 像 を 肥 大 さ せ、信 じ る 民 の して共存の道を歩むことが前提となる も 振 り 回 さ れ て 困 惑 し、福 祉 の 目 的 を 「現代の人々の喜びと希望、 苦悩と不 安、と く に 貧 し い 人 々 と す べ て の 苦 し ミートセンター 続いて教会境内のルルド で さ さ げ ら れ た ミ サ は、こ や 孤 児 た ち の た め、下 五 島 地 区 で は 祭が開催された。 中村 満師)で、恒例のルルド 教会の母であるマリアと共 れ、特定の専門的な人々にゆだねられてい れていく中で本来の目的にゆがみが出 現実の苦しみとの接点を失っているの 愛を表現する」ことは 見失いがちになります。 ん で い る 人 々 の も の は、キ リ ス ト の 弟 トのような真の奉仕者となるよう導い てくれます。 れ、社 会 の 底 辺 に い る 人 々 は ユ ダ ヤ 社 子 た ち の 喜 び と 希 望、苦 悩 と 不 安 で も 何もない」 ( 『現代世界憲章』1) 。 ㈲ナカムラ これだけのことは知ってほしい ⑯ 当時なかば公然と行われていた間引 教会下のカントリーパークか 下五島地区司祭団をはじめ 五 島、北 松、平 戸 地 域 で も ブ レ ル 師、 マ ト ラ 師 を 中 心 に す べ て の 地 区 で、 4 0 0 人 余 り の 信 者 が 集 い、 き さ れ る 子 供 た ち の た め に、ま た 上 らロザリオを唱えながら聖母 に、信 仰 を 養 い 育 て た 各 々 の 春、下 五 島 地 区 長 に 着 任 司祭や特に女性たちの共同体が助け 行列を開始。日本の信徒発見 マリアと各々の母親に感謝 る先人たち のあつい信 を必要とする人々の世話をしてイエ 1 5 0 周 年 の 節 目 に あ た り、 2013年 月 日、信仰年を閉じる「王 であるキリストの祭日」に、教皇フランシ スコは使徒的勧告『福 音 の 喜 び 』 を 公 布 さ きました。そして社会福祉という部門が確 てきました。力と富と効率の原理の中 です」 (同) 。この教皇のことばは、「出 失われてしまいまし ものです。度々変えられていく制度に ( Ⅰ コ リ 1・ )とは一致しないから た。 ― ■ イエスへ帰る 失ったものを取り このような状態はあのイエスの時代 と よ く 似 て い ま す。 神 の ミ ゼ リ コ ル 会 か ら 排 除 さ れ て、社 会 に 適 応 し な い 戻すために 「わたしは、 エジプト にいるわたしの民の苦 者は罪人として排斥されていきまし あ る。 真 に 人 間 的 な こ と が ら で、キ リ した。それは制度化以前に教会が持っ お肉のご用命は も に 急 速 に 発 展 を 遂 げ て き ま し た。 う 造 語 で 呼 ん で い ま す。 そ れ は、主 に 愛 さ ス と 同 じ 愛 の 業 を 行 い、現 在 の 社 会 長 崎 教 区 で は こ の 制 度 以 前 か ら、長 れていると実感しているので、率先し出向 福祉事業の前身となっていきまし の母親に対する感謝を表す 立していきます。 で 作 ら れ て い く 福 祉 の 制 度 は、苦 し み 向いて行く」教会づくりにおいてとて 特別な一日となった。 3年前、五島市の福祉事業施設や社会福 祉協議会などを回り、事業現場の聞き取り このような歴史を見ると、教会共同体が 愛の業を手放して 年ほどが経つことにな 悩む人々を社会的弱者として保護対象 も重要です。 とおなじ」のプラカードを掲 した中村 満師が司式した。 いて行きその愛を分かち合うことができる あなたのむね た。 そ の 当 時 は 教 会 と 地 域 社 会 は、 「われらのむね、 『福音の喜び』を生きる教会へ 人です。 苦しむ人々と共に生きて深い交わり ス・ キ リ ス ト と と も に 生 み 出 さ れ、新 た に を 行 い ま し た。 そ れ は 当 初、福 祉 委 員 会 が ります。「行ってあなたも同じようにしなさ と し、施 設 収 容 主 義 が 正 当 化 さ れ て 解 崎地区において伝染病で苦しむ人々 で は、長 崎 の 教 会 は ど う で しょう か。「 信 徒発見150周年」を迎え、150年を振 されます」(1)といわれ、「この勧告にお 立ち上げを計画していた下五島地区におけ い」と苦しみ悩む人々への派遣を受けた 放ではなく実際にはこれらの人々を社 権 力 の 集 中 に 慣 れ 親 し む と「 『すべ き イ ズ ム 』 と い う 罪 」 に 陥 り、民 の 現 新一 晋吾 り 返ってみ た と きに、特 に 戦 後 か ら 次 第 に いて、わたしは、この喜びを特徴とする福音 る教会のボランティアセンター(仮称・下 イエスの共同体は、今この任務をやめてし 会 か ら 隔 離、排 除 し て い く ケ ー ス も 生 教区福音化推進部部長 紙﨑 教区福祉委員会委員長 岩崎 れました。その冒頭、「福音の喜びは、イエ 宣教の新しい旅の段階 へ と キ リ ス ト 者 を 招 五島地区ミゼリコルディアセンター)のた まっています。現在長崎の教会は、 典礼、 信 まれました。 ノーマライゼーション (通 会 会 し み を つ ぶ さ に 見、追 ストの弟子たちの心に響かないものは その痛みを知った」(出 ていたあの福祉の業です。福祉委員会 ディア(いつくしみ)の業が律法化さ い使う者のゆえに叫ぶ た愛の救いの業を取り戻すために来ま 彼 ら の 叫 び 声 を 聞 き、 た。 イエスはこのような状況の中、 失っ 3・ 7) 。神の救いの 陥っていないか常に精査しながら、『福 歴 史 は、苦 し む 者 の 解 めに教会ボランティアセンターを立ち 放 か ら 始 ま り ま し た。 はそのイエスの福祉的な業を生きるた 音 の 喜 び 』 を 生 き る 教 会 と な る よ う、 これからの教区の方向性において も、 「 『すべきイズム』という罪」に 囚われ人を放っておけ 上げてイエスへ帰ろうと考えていま 信徒や修道者に司祭や司教が歩み寄り ない神のミゼリコル デ ィ ア( い つ く し み ) す。 そ れ は、教 皇 フ ラ ン シ ス コ が 新 し 人々の中に「出向いて行きましょう」 。 石 碑 文字彫刻 墓地工事 リフォーム 墓地分譲 ■ 長崎教区は「出向いて行く」教会か? スに出会う人々の心と 生 活 全 体 を 満 た し ま 見失っていった大切なことが気になります。 の中にありました。先ほど述べたよ き、今後数年の教会の歩みの道筋を示した めの最初の取り組みでした。「教会が福祉を 仰 教 育、召 命 …… 年 間 行 事 な ど 内 向 き の 傾 実の苦しみとの接点よりも「守る」こ 員 員 会 会 教会づくりでもあります。 の 心 が 民 を 救 い ま す。 い 教 会 の 歩 み と し た「 出 向 い て 行 く 」 「 共 に 歩 む( シ ノ ド ス ) 」 教 会 と し て、 しかしこの神の心が律 佐世保市柚木元町 2401-10 す。イエスの差し出す 救 い を 受 け 入 れ る 者 いと思います」(同)と、これからの教会の やるのか?」迎える側の福祉事業施設と協 向がとても強いです。もちろんこれらも欠 常化)の施策も障がい者や高齢者が社 委 委 員 員 ■「す べきイズム」という罪 方向性を示されました 。 議会の方々は少し戸惑いをもっておられた 会 に 適 応 さ せ ら れ て い く の で は な く、 と「実行する」ことに重きが置かれて は、罪と悲しみ、内面的なむなしさと孤独か そ の 方 向 性 こ そ、最 近 よ く 耳 に す る「 出 向いて行く」教会です。「出向いて行く教会 ことをこちらも感じました。 かせないものですが、日本の初代教会や復 命 祉 委 委 96 ■ 教会が愛の業を手放して 年 は、宣 教 す る 弟 子 た ち の 共 同 体 で す。 彼 ら 活した長崎の教会が持っていた「出向いて 召 福 権 平 和 推 進 委 員 会 人 エキュメニズム・ 諸 宗 教 委 員 会 生 涯 養 成 委 員 会 青 少 年 委 員 会 礼 信 仰 教 育 委 員 会 典 会 24 TEL(0956)4 6 - 1 9 9 8 FAX(0956)4 6 - 1 9 8 4 200g 600g 900g 1400g 上記4アイテムの品揃え 全国配送(有料) いたしております。 70 ら 解 放 さ れ る の で す。 喜 び は、つ ね に イ エ は、率 先 す る 人、か か わ り 合 う 人、寄 り 添 う 日本の社会福祉の制度は、戦後間もない 時期において、戦争被災者、引揚者などが急 委員会再編と部長・委員長任命 )。教皇はそれを「プリメレアル」とい 教会奉仕者等養成部 ⃝ 部長 眞浦健吾(新)/教 会奉仕者養成委員会 辻原 達也(新)/召命委員会 岡 秋美(新) 福 ⃝音化推進部 教会奉仕者養成委員会 人、実りをもたらす人、そして祝う人です」 ( 教区諸活 動 部 門 が 第 5 期 に 移 行 す る に あ た り、委 員 会 が 再 編 さ れ、新 部 長・ 委 員長が4月 日 付 で 任 命 さ れた。 これまで 信 仰 養 成 部 に 属 し て い た 典 礼 委 員 会 は、独 立の委員会となった。また、 神学生養成 委 員 会 と 召 命 促 進委員会は 召 命 委 員 会 に 統 勲(新) 合 さ れ、活 動 の 活 発 化 が 図 られた。家庭特別委員会は、 部長 紙﨑新一/平和推進 委員会 岩村知彦/福祉委 員会 岩崎晋吾/人権委員 会 川口昭人/エキュメニ ズム・諸宗教委員会 橋本 名 称 を 家 庭 委 員 会 に 改 め、 信 ⃝仰養成部 当初の目的 で あ る 家 庭 の 福 音化を目指 す 。 今 後 約 1 年 を か け て、教 区シノドス の 提 言 を 実 行 に 部長 中濱敬司(新)/生 涯養成委員会 谷脇誠一郎 (新)/青少年委員会 工 藤秀晃/信仰教育委員会 大山 繁(新) 教会奉仕者 等養成部 福音化推進部 中村手造り 10 員 委 報 家 庭 委 員 会 広 移すための 第 5 期 活 動 計 画 が 練 ら れ、活 動 を 本 格 化 さ せることに な る 。 ボロニアソーセージ 24 家 ⃝庭委員会 中濱敬司(新) 典 ⃝礼委員会 下山盛朗(新) 広 ⃝報委員会 大水文隆 信仰養成部 17 24 第 5 期(2015 ~ 17 年度) 70 11 部長・委員長は次の通り。 6 月1日(毎月1日発行) (2) 2015年(平成27年) カトリック教報 1029 号 (昭和27年1月12日第三種郵便物認可) 第 カトリック教報 (昭和27年1月12日第三種郵便物認可) 第 10 19 600 950 1,100 2 2 4 0 17 72 4 2 120 170 200 0 0 3 0 6 中 749 1,300 440 7 13 500 800 1,000 2 0 23 3 28 257 457 170 2 1 130 200 230 0 0 2 6 7 木 鉢 454 572 1,026 301 8 0 330 430 630 1 0 3 0 7 飽 ノ 浦 735 980 1,715 512 8 1 350 500 500 1 0 4 0 23 本 河 内 75 95 170 57 1 1 40 70 80 0 0 0 0 3 八 幡 町 169 239 408 124 3 0 100 110 140 0 0 0 0 5 愛 宕 273 512 785 227 4 4 140 280 280 0 0 0 0 6 大 浦 342 446 788 334 2 0 250 300 300 0 0 6 7 11 大 山 108 170 278 105 3 1 90 130 130 0 0 3 0 5 小 ヶ 倉 330 459 789 256 1 0 200 450 360 0 0 1 0 1 400 400 2 0 3 0 8 160 250 200 0 0 1 0 5 馬 込 143 232 375 198 4 3 200 230 230 1 0 0 0 10 滑 石 1,277 1,449 2,726 668 14 6 600 800 900 0 0 10 0 16 669 226 4 4 250 400 400 1 0 2 0 14 774 214 6 4 290 350 400 1 0 4 0 14 時 津 477 556 1,033 285 3 0 200 250 300 0 0 0 0 9 長 与 470 501 971 310 5 10 200 300 400 0 0 2 0 4 東 長 崎 641 822 1,463 392 8 3 350 550 650 1 0 7 0 11 植 810 932 1,742 491 19 9 500 700 800 1 0 1 0 17 松 水 主 町 308 330 638 208 4 0 200 250 350 0 0 1 0 3 諫 442 531 973 285 5 2 350 400 450 0 0 3 0 8 早 30 60 0 0 0 3 1 55 100 0 0 0 0 4 湯 江 81 273 354 47 1 0 250 260 260 0 1 0 0 4 相 浦 505 615 1,120 480 3 3 370 480 600 1 1 3 0 10 三 浦 町 501 654 1,155 385 7 6 400 500 750 0 0 8 1 14 684 188 2 5 300 400 400 0 0 0 0 5 368 683 193 3 3 150 200 250 2 0 3 0 5 大 野 482 561 1,043 308 2 1 250 350 350 0 0 5 0 6 浅 子 396 389 785 201 4 3 150 300 250 1 0 2 0 7 黒 島 228 252 480 210 0 0 200 300 300 0 0 0 0 4 太 田 尾 168 119 287 106 1 0 100 200 250 0 0 0 0 7 神 843 885 1,728 367 14 5 450 800 800 0 0 6 0 8 崎 褥 崎 417 383 800 210 7 1 300 500 500 1 0 2 0 6 大 崎 252 323 575 145 11 1 350 400 450 0 0 6 0 4 2 7 160 - 270 0 0 3 0 3 3 6 250 300 350 0 0 2 0 10 上 神 崎 239 239 478 144 3 2 250 350 350 1 0 2 0 15 宝 175 203 378 89 1 0 150 200 200 1 0 3 0 5 亀 田 平 323 378 701 215 3 0 320 430 450 0 0 4 0 15 紐 差 523 641 1,164 283 12 1 300 500 550 0 0 4 0 16 0 0 0 12 2 0 2 0 6 山 田 128 178 306 61 1 0 100 250 250 0 0 1 0 1 青 方 144 175 319 109 0 0 170 230 230 0 0 0 0 1 大 曽 188 175 363 127 1 0 200 300 300 1 0 0 0 8 青砂ヶ浦 538 595 1,133 372 2 0 250 400 400 1 0 7 0 12 丸 尾 210 216 426 163 0 1 200 250 300 0 0 0 0 3 仲 知 113 120 233 136 4 0 150 200 230 1 0 0 0 4 曽 根 267 276 543 200 2 3 200 350 250 2 0 0 0 5 鯛 之 浦 344 435 779 198 4 2 250 400 450 2 0 1 0 10 浜 375 133 1 1 150 250 300 0 0 0 0 6 土井ノ浦 184 199 383 73 0 0 130 180 200 0 0 0 0 8 福 江 564 586 1,150 470 9 3 350 500 600 1 0 4 0 15 浜 脇 41 43 84 38 0 0 40 60 60 0 0 0 0 2 浦 頭 169 253 422 198 2 0 200 250 300 1 0 3 0 8 奈 留 204 211 415 161 5 4 110 220 150 1 0 0 1 5 水 ノ 浦 275 298 573 164 2 1 300 400 450 0 0 0 0 9 三 井 楽 108 194 302 139 5 0 250 300 300 0 0 1 0 6 津 65 90 155 60 0 0 70 90 90 0 0 1 0 2 井 持 浦 68 65 133 60 1 0 50 80 80 0 0 0 0 5 計 27,866 33,431 61,297 18,062 308 170 18,931 27,055 30,480 48 4 194 22 674 総 (1) 長崎県内に居住する「司祭・他」と教区内の小教区に在籍する信徒の総計 (2) 混宗婚とは、 カトリック信者とカトリック以外のキリスト信者との結婚 (3) 異宗婚とは、 カトリック信者と非キリスト者との結婚 感 謝 162 ―寄 付― 213 長崎カトリック神学院 9 真手ノ浦 (黒崎) 7 0 ◦藤山秀治様 0 0 ― 香典返し ― 0 0 長崎カトリック神学院 0 0 故ミカエル大山 豊様 1 300 ◦大山シゲノ様 ( 大山) 380 300 350 220 (浦上) 280 0 原 ⃝口政広様 0 2 故マリア原口エミ子様 2 198 211 642 右の方々からご寄付・ ご芳志を賜りました。お 410 320 礼とご報告を申し上げま 212 322 貝 串 す。 198 桐 信仰を貫いた津和野の 殉 教 者 の 生 き 方 が、現 代 1 130 禁教令下であ 380 120 り、そ の た め 300 90 を生きる私たちに知恵と 200 浦上の4カ所 0 1 勇気を与えてくださるよ 3 4 150 の秘密教会な 190 113 う祈りましょう。 611 393 どで密かに神父様から教 326 212 愛宕教会 野口達人 285 181 者はまだ潜伏しているの 西 木 場 平 戸 口 17 信徒発見 周年と 津和野乙女峠まつり 210 211 崩れという迫害を引き起 723 713 祈りと聖歌がこだましま 391 385 こすことになりました。 332 328 し た。 約 1 5 0 年 前、改 々 戸 宗を迫る津和野藩の役人 佐 平 長崎教区は信徒発見1 50周年を迎え、 今後、 そ 5 4 に よ っ て、厳 し い 取 り 調 0 0 の後の再宣教の歴史を追 1 2 べと拷問が行われたこの 0 0 想 す る こ と に な り ま す。 0 0 前田万葉大司教様 (大阪) 230 300 地 を、神 様 は『 時 』 と い 150 250 う業で祈りの場に変えて 120 150 は 説 教 の 中 で、現 在 の 信 0 0 くださいました。 1 2 ではないかと言われまし 130 176 た。それは教会離れを意 491 546 1865年3月 日の 大浦天主堂でのプティ 266 302 ジャン神父様と浦上の信 225 244 味していると思います。 神 岐 徒の出会いの時点では 天 早 聖母祭に初めて参加しま 376 315 した。マリア様の記念の 308 町 い時間を過ごすことがで 鹿 子 前 俵 えを受けて2年後に自葬 16 35 5 月 3 日、新 緑 の 木 々 に囲まれた島根県津和野 0 0 きました。来年も参加し 0 0 同司式で行 26 68 を 行 い、そ れ が 浦 上 四 番 48 140 町 乙 女 峠 に、信 者 た ち の 37 81 たい」と話していた。 11 59 わ れ、神 ノ 野 原 島教会信徒 愛 島 いる。 376 408 第9回巡礼ウオーク ミサを皆さんと一緒に祈 実行委員長 岩下和樹 る こ と が で き、と て も 良 293 366 と志願生ら120人余が 津 崎 本河内教会所属の女性 の信徒は「神ノ島教会の 出 黒 と召命を見つめる機会と 250 0 な り、青 年 の 中 か ら も 司 2 2 23 祭・修道者への召命が芽 6 166 生えることを切に願って 310 503 神ノ島「岬の聖母祭」 1,218 13 神 ノ 島 教 会( 主 任 川 口昭人師)は5月3日 653 275 サとなった。 565 228 ミサは6人の司祭の共 堀 焼 深 香 10 教 会 で ミ サ と 巡 礼、 時 551 200 20 分発のフェリーで相浦 町 神 ノ 島 19 らロザリオと分かち合い 511 328 を し、 時 に 就 寝。 2 日 2,083 198 青年のための 1,145 巡礼ウオーク 938 130 第9回 巡礼ウオーク 原 目は5時半起床、6時に 本 三 ツ 山 が、佐 世 保 と 23 朝 の 祈 り、朝 食・ 掃 除 を 29 0 黒島で行われ 0 5 佐世保 と 黒 島 で 開 催 6 0 済 ま せ た 後、相 浦 教 会 へ 0 2 た。 9 年 目 の 今 年 は、鯛 6 1,500 之浦・飽ノ浦・中町・時津・ 移動。8時半の黒島行き 1,300 1,500 浦上・大崎の各教会から、 の フ ェ リ ー に 乗 り、黒 島 950 800 10 人の青年と委員会の 750 3 計 8 10 10 人の総勢 人が巡 14 798 司祭 775 2,409 参 加 し た。 説 教 の 中 で、 2,700 1,313 港へ。徒歩で相浦教会ま 1,477 1,096 礼に参加した。 1,223 町 金 桐 旭 師( 滑 石 小 教 区 山 西 13 で 移 動 し、証 明 書 の 授 与 ( 日 )、航 海 安 全 祈 願 と 高 城 10 1 日 目 は、浅 子 教 会 を 18 64 0 助任)は「神ノ島の町の 1 0 鉾島殉教を記念する岬の 24 0 式と閉会式を行った。 0 0 時 に 出 発 し、佐 々 教 会 6 400 中心の岬に聖母マリア像 2,700 300 が建っている。私たちを 2,300 200 聖母祭を行った。当日は 1,800 1 朝 か ら 雨 模 様 と な り、聖 13 2 青年の教会離れが指摘 さ れ て い る 昨 今、教 区 召 17 281 ㎞を、3時間かけて歩 1,380 1,099 経由で相浦教会までの約 6,651 585 いつも見守ってくれてい 3,707 514 命 委 員 会 の こ の 行 事 が、 母マリア像が建立されて 2,944 佐 い た。 そ の 後、俵 町 教 会 上 稲 ます。祈りを大切にしま 浦 い る 岬 の 海 岸 か ら、会 場 降誕 問題解決への一つの糸口 復活 へ移動。信徒の皆様の温 主日 しょう」と語った。 幼児 成人 結 婚 信徒 混宗 異宗 他宗 死亡 同士 婚 (2) 婚 (3) 同士 と な れ ば と 思 う。 ま た、 を聖堂に移しての記念ミ 合計 ミサ参加者 総数 62,584 人 62,197 人 62,206 人 司祭と青年との交わりを 女 洗 礼 信徒数 司祭・他 61,634 人 950 人 61,262 人 935 人 61,297 人 909 人 2012 年 2013 年 2014 年 かいおもてなしを受け 男 世帯数 …… 72 …… 1 …… 60 …… 2 て、全 員 で バ ー ベ キ ュ ー 信徒数 小 教 区 準小教区 巡回教会 集 会 所 5月4日(月)~5 日 (火)、教区召命委員会(岡 小教区 …… 長崎県 …… 4,132 ㎢ …… 1,383,877 人 …… 62,206 人 (1) 通 し て、そ れ ぞ れ が 信 仰 地 域 面 積 県 人 口 カトリック をいただいた。 時半か 長崎大司教区現勢統計表(2014/12/31 現在) 1029 号 秋美委員長)が企画す る 6 月1日(毎月1日発行) (3)2015年(平成27年) 和解と平和を求めて 原爆 年、長崎でシンポジウム して髙見三明 ての協力者と た 」 と 感 想 を 話 し、一 方 うことが一番心に響い でもつながっているとい れて悲しい」との言葉も あまりないように感じら スト信者としての意識が と 同 時 に、加 害 国 の キ リ 漏らした。 大司教があい 住むキリスト信者である さつ。講演は、 で、「 私 た ち が 被 爆 地 に デューク大学神学部部長 のリチャード・ヘイズ教 短 信 〈ひまわり米公演〉 リーズ企画による核軍縮 ム、ヒ バ ク シ ャ・ ス ト ー 行委員会主催のフォーラ ん( 歳、 城山教会所属) い ま す 」 と、林 田 安 子 さ を広げていきたいと思 の た め の コ ン サ ー ト で、 は、 「歌っていて涙が出 ました。高校生や若い人 2015統一地方選 県・市・町議当選者 など主催。長崎大司教区 念企画中高生キャンプ ▼信徒発見150周年記 など後援。 ▼信徒発見150年「長 ぶどう園 崎の教会群とキリスト教 関連遺産」世界遺産登録 「 O n e F i f t y C 支援ミュージカル「赤い 約(NPT)再検討会議 合唱メンバーにはカト リック信徒も。小西伸一 思いを歌に込めた。 しい」と語っていた。 れをまた伝えていってほ じていた様子でした。そ 溝口芙美雄 たちもいろんなことを感 に 合 わ せ、長 崎 の 被 爆 者 さ ん( 佐 世保・北松浦(大崎) ② 時 分(2回)、長 中学生~高校生(もしく 里脇清隆 大村(植松) 崎ブリックホール。 出演・ は 歳 以 下 ) 。定員 人 平戸(紐差) 横山浩平(バリトン)、一 (※定員で締切)。6月 米国ニューヨーク・国 「浦上」 「もう二度と」な 連本部での核拡散防止条 ど を 披 露 し、平 和 を 願 う amp」 7月 日㈮~ 8 月 2 日 ㈰、聖 母 の 騎 士 け な が ら、初 め て 歌 う 会「 ひ ま わ り 」 (寺 属 ) は、 「今回のニュー つ い て、ま た 周 り を 福 音 福江1、 三井楽1。 (純心聖母会) タルチジア 村上イシ修道女 長崎(浦上) 長崎(浦上) 長崎(浦上) 長崎(浦上) 長崎(木鉢) 佐 世保(俵町) 大 村(水主町) 大村(植松) 〈市議〉 深堀義昭 五輪清隆 中村俊介 平野 剛 中里泰則 萩原 活 宮田真美 山北正久 道会が原爆からの再建を 活動を黙々と支えた。 ら、現 場 で の 姉 妹 た ち の 話を誠実に果たしなが 時津(時津) 大 村 市 で 始 め た 頃、 年 〈町議〉 久保哲也 に同会へ入会。戦後の厳 もの静かな穏やかな性 格 で、周 囲 の 人 々 へ の 細 ツ 山、原 爆 ホ ー ム 別 館 修 神 崎、鹿 児 島、八 王 子、三 で行われた。 葬儀ミサ・告別式は4 月 日、修 道 会 本 部 聖 堂 きちんと持っていた。 し い 時 代 を、修 道 会 の 印 で あ っ た。 ま た、勉 強 家 道 院 な ど に 派 遣 さ れ、共 らユーモアのある人柄 幼 稚 園、壱 部 幼 稚 園 の 創 生誓願。カトリック山田 会。 にも姉妹のために心を砕 晩年は生月修道院の調 理 を 担 当 し、慣 れ な い 中 ら慕われた。 トのフランシスコ会司祭 こ と に も 熱 心 で あ っ た。 よ り 山 田 教 会 で 行 わ れ 18 11 14 奏団。チケット取扱・浜 演奏・OMURA室内合 問 合 先・ (代表)宮川広 申 込 用 紙 は 各 教 会 に て。 77 長崎市小瀬戸町 ) 屋プレイガイド他。一般 ミ ュ ー ジ カ ル 劇 団 夢 桜。 教 会( 〒 8 5 0 ‐ 0 0 般 公 募 に よ る 長 崎 県 民、 日㈰締切。申込先・木鉢 18 ゾ 神 父 が 登 壇。 パ ネ ル 』( キ (火)こどもの日に、長崎 Ministry デ ィ ス カ ッ シ ョ ン で は、 季 刊 誌『 化していくためにまず自 刷 工 場 で の 作 業 や、寄 宿 奉仕した。 本 な ど を し っ か り 読 み、 で も あ り、毎 日 の 新 聞 や 年 初 誓 願、 年 終 生 誓願宣立。初誓願宣立後 4 月 日、聖 フ ラ ン シ スコ病院で逝去。 歳。 同体の調理や食事のお世 は、姉 妹 と 地 域 の 人 々 か は、 浦上修道院をはじめ、 時に応じた自分の意見を 1 9 2 2 年、長 崎 市 生 まれ。馬込教会出身。修 年 初 誓 願、 年 終 れ。 年生月修道院に入 マリア 種本チエ修道女 ( お告げのマリア修道会) 立 に 尽 力 し、園 長 も 務 め た。 た。会の総顧問としての 働いた。 葬儀ミサ・告別式は4 月 日、甥 で ア ト ン メ ン いて食事の準備をしてい 信仰面では聖体に対す る 信 心 が 篤 く、祈 り の 人 である平松達美師司式に 役 割 も 担 い、会 の た め に 4 月 日、誤 嚥 性 肺 炎 であった。また甥や姪を の た め 生 月 病 院 で 逝 去。 修 道 生 活 に 招 き、支 え る 非常にまじめでありなが た。 歳。 30 修 道 院・ 志 願 院。 対 象・ の人も毎年参加 井一通主宰)が4月 日 ヨークコンサートの成 花の記憶 天主堂物語」 8 月 日 ㈫、開 演 ① 時 し て い る 人 も、手 ~5月4日にかけて渡米 功、感 動 を ベ ー ス に『 歌 ( )は所属教会 〈県議〉 深堀 浩 長崎(浦上) 吉村正寿 長崎(西町) にしたざるや袋に柔らか した。合唱メンバー 人 の語り部』としての活動 出津で茶摘み体験 い黄緑のお茶の新芽を摘 は、地元の高校や、 核兵器 授と日本二十六聖人記念 んでいった。小学1、2 廃絶地球市民長崎集会実 を果たす決意を新 たにした。 参加者は次の通 り。浦上1、 稲佐2、 大浦 第 回クルシリヨ 今回摘まれた茶葉 ㎏ は工場で製茶され、6月 分が変わらなければなら やかな気配りができる人 TEL 095-842-4450 FAX 095-842-4460 生の食事のお世話などで [8 月は定員に達したため募集なし] 館館長のデ・ルカ・レン 年生の2人による飴配り 時 分 に 終 了 し、持 参のおにぎりとボラン 歳、大 浦 教 会 所 市西出津町にあるド・ロ の サ ー ビ ス は、場 を 一 層 五月晴れの5月5日 さまの茶畑で茶摘みが行 リスト新聞社発行)編集 われた。 のシ・リアン教授、 韓国・ 場 所 に 集 ま り、茶 畑 に バ ティアグループ『フェル 頃に販売予定。問い合わ な い こ と を 共 に 考 え、い ファリサイ派の人々や律法学者たちの心 が、こ の 女 の 心 と ど れ ほ ど か け 離 れ た も のであったか思い知らされます。イエス は女の願いをかなえてくださったので す。 女 は、元 気 に な っ た 娘 を 抱 き し め て どんなに喜んだことでしょう。 イ エ ス の 一 見、差 別 的 と 思 わ れ る よ う な 言 葉 が、こ の 女 か ら 深 い 信 仰 を 表 す 言 葉を引き出し、その謙遜な言葉によって、 私たちが神のみ前にいかにあるべきかを 教えられます。神から与えられたものに 対して、私たちは感謝すべきですし、 受け た恵みを当然のように思ってはなりませ ん。 私 た ち が 信 仰 を 得 た の も、自 分 の 力 や努力によるものではありません。神が 西川克己 主幹の平野克己牧師によ 余 人 は、朝 8 スで移動。ボランティア 分には西出津の集合 参加者 グ ル ー プ『 う ー で ー ら 』 ム・ド・外海』のメンバー 時 和やかなものとした。 る 司 会 進 行 の も と、青 山 学院大学の関田寛雄名誉 西河大学のムンスー・パ のメンバーから指導を受 教授、 デューク大学神学部 4月 日(日)原爆 資 料 館 で、米 国・ デ ュ ー ク ク名誉教授(イエズス会 1、時 津 1、諫 早 2、三 浦 司祭)がパネリストを務 5月3~6日イエズス 会 立 山 修 道 院 で、中 村 倫 大学神学部和解センタ ー が 準 備 し た だ ん ご 汁、地 「北東アジアキリスト者 町 1、鹿 子 前 1、大 野 2、 めた。3時間を超える深 人( 男 性 5、女 性 せは「ド・ロさまの家事 感 じ な が ら、自 分 の 役 割 つも神が共にいる喜びを 務局」℡0959‐ ‐ の罪は頂点に達しました。選民となる特 と深い信仰に、あらためて驚かされます。 1002まで。 権 を い た だ い た 民 族 が、全 人 類 の 深 い 罪 1、西 木 場 2( 福 崎 1) 、 浅 子 1、平 戸 1、上 神 崎 い 内 容 に 皆 聴 き 入 り、質 教会 院で手煎りした新茶が配 歳~ 歳までの信徒 が神との関わりや祈りに )が参加した。 られた。 事前に摘んで旧出津救助 明師指導のもとクルシリ 和解フォーラム」主催 に 参加。井手雄一さん(深 元の方が差し入れた甘夏 よる国際シンポジウム 問も活発に寄せられた。 は原爆投下から 年の 今 堀 教 会 所 属 ) は、「 と て が平和につながる。クリ 76 1930年平戸市生ま 30 21 子券2500円。長崎市 2千円、 小中高生千円、 親 樹 nagasaki.youth.mail@ gmail.com 86 28 17 みかんで昼食。お土産に、 ヨ が 開 催 さ れ、 小 教 区 『北東アジアにおける和 解と平和のための祈り』 当日はキリスト教でな い人を含め約100人が 年、国 籍・ 国 境 を 越 え て も よ か っ た。 人 を ゆ る スチャンはいわば無国籍 136 顧 み て く だ さ り、恵 ん で く だ さ っ た の だ 申し込みは所属小教区へ。問い合わせは 教区本部事務局(松尾)まで。 46 が開催された。この集 い (日中韓米など)さまざ 「和解と平和」を求めて で、国 籍 に 関 係 な く ど こ ま な 人 々 が 長 崎 に 集 い、 し、自 分 も 回 心 す る こ と 始 め に、開 催 に あ た っ 語り合おうと開かれた 。 で し た。 救 い が ど こ か ら 始 ま ろ う と、そ は あ り ま せ ん。 皮 肉 に も、そ の ユ ダ ヤ 人 に至ったのです。それが神の救いの計画 たちがイエスを殺したのです。ユダヤ人 神が顧みてくださ っ た イエスが異教の地 テ ィ ル ス に 行 か れ た と き、一人の異邦人の女が近づいてきて、汚れ のことに対して私たちは不平を言う資格 た霊に取り憑かれた 幼 い 娘 を 癒 し て ほ し い と、ひ れ 伏 し て 願 い ま し た。 イ エ ス が「 子 供たちのパンを取って、小犬にやってはい 39 と い う こ と を、決 し て 忘 れ て は な り ま せ ⃝ 9 月 17 日㈭~ 23 日㈬ ( 8 /26 締切) 58 67 けない」と言われたとき、女は「主よ、しか し、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいた )。 だきます」と言って い ま す ( マ ル コ 7 ・ 葉に何か民族的差別 意 識 を 感 じ さ せ ら れ る 物事には順序があっ た の で す 。 神 の 救 い は 見渡せば、そうではないことがわかります。 を代表して表すことになったのです。 か も し れ ま せ ん。 し か し、こ の 話 の 全 体 を 遜な言葉に感心すると同時に、イエスの言 このエピソードを単純に読むとき、女の謙 勿論、ここで言われた子供とはユダヤ人 であり、小犬は異邦人・異教徒のことです。 ~ 31 74 ⃝ 7 月 9 日㈭~ 15 日㈬ ( 6 /17 締切) ⃝ 8 月 20 日㈭~ 26 日㈬ ( ─ ) 59 44 30 ん。 カリタス大槌ベースボランティア募集 48 11 そ れ に し て も、女 の 機 転 の 利 い た 言 葉 92 14 30 (本原教会) 18 30 江夏国彦神父 10 12 12 14 みことばにふれて 118 82 70 ユダヤ民族から始まって、全人類へと及ぶ 84 24 25 70 15 26 30 27 13 6 月1日(毎月1日発行) (4) 2015年(平成27年) カトリック教報 1029 号 (昭和27年1月12日第三種郵便物認可) 第
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