2015 年 9 月 29 日 北尾根・静馬ケ原から笹又登山道 コドラート法による植生とシカの食痕調査 伊吹山ネイチャーネットワーク 筒井杏正 1. はじめに 伊吹山の植生の急激な変化に気づいたのは、2011 年、長梅雨と7月と9月の台風で伊吹山ドライブウェイが土砂崩れにより閉鎖と なる災害を被った翌年からと感じとっています。この年は、山腹から山頂の草原の草丈が例年よりかなり短く、十分に成長しきってい なかったことです。台地となる山頂や東登山道のシモツケソウ群落からは、これをはっきり確認することができました。このことは、伊 吹山ネイチャーネットワークが同年8月6・7日に実施した自然観察会で下記のように記録しています。 2011(H23) 年 8 月 6 日 ( 日 ) 7 日 ( 土 ) の記録より <異様な夏の植物の生育状況> お花畑の花の状況は、例年とまったく異なり、花の成長がかなり遅れているのか、あるいはその成長が途中で留まってしまっ たのか、開花状況は 60% 程度、なお草丈は各植物ともその 1/2 程度となっている。 例えば、夏の象徴種シモツケソウは、例年なら満開でお花畑にピンク色の絨毯を敷きつめたようで、来山する人々に感動を もたらしてくれる。しかし、その草丈は膝丈程度で約半分、花は 6 分咲き程度であろうか。また、草丈約 1 2m のシシウドは、 いつもならあちこちにその偉容を見せているのだが、数が少ない。 <今年のお花畑の異変は ? > 今年のお花畑について新聞では「成長が遅いためお盆過ぎまで楽しめるだろう」と掲載されていたが、8/14 に別件で訪れた 時には、ついにシモツケソウは花開かず、その他の植物も同様に終盤を迎えていた。 このことを考えると、夏の植物は成長が遅れているのではなく、あきらかに生育過程において何らかの要因で阻害されたよ うに思われる。その要因として、 1. 今冬は例年より積雪が多く、残雪も 5 月の GW まで残り山頂付近での低温が長引いた。 2. 6 7 月は雨天や曇天日が長引き、日照時間が短かった。 3. 伊吹山測候所の建屋が昨秋 (2010/11) に完全撤去され、山頂環境が変異した。 など考えられるが、これらもこれほどの異変を招く大きな要因とは考えられない。 そして、これは一時的な変異で来年になれば、また元通りになっていることを祈るばかりである。 しかし、以来この植生環境の変化は、本来の姿を取り戻すことなく劣化の一途をたどることになりました。そして、この要因の大き な一つがシカによる食害と分かりだしたのは、ほんの2年前のことです。 2. 北尾根、静馬ケ原から笹又登山道の植生・シカの食痕調査について 今回の調査目的は、北尾根、静馬ケ原から笹又登山道もシカの食害を被っていることは分かっていますが、山頂と異なった植生環境 がどのように変化してきているかを探るためのものです。ここには、例えば秋に開花する植物としては、イブキレイジンソウ、イブキ コゴメグサ、ウメバチソウ、マネキグサ、ヒナノキンチャク、チチブリンドウ、ダイモンジソウ、エンシュウツリフネソウ、サンインヒ キオコシなどがあります。これら希少な植物が、現時点で被害を受けているのか、いないのか知ることで今後の対応策も考えていく必 要性を喚起したいと考えています。 3. 調査内容 (1)調査期日 平成 27 年9月 27 日 (2)調査員=筒井、木村、今井、市川、武田、平野、幡本、 (3)調査箇所 今回の調査箇所は、実質的な調査チャンスがわずか1日しかないため、伊吹山ドライブウェイから北尾根登山道を 少し入った箇所に1箇所、静馬ケ原の1箇所、笹又登山道へのトラバースに1箇所の計3箇所を設置しました。プロットは、それ ぞれ2m ×2m =4㎡。 (4)調査内容 コドラート法による植生とシカの食痕を同時に調査。食痕の度合いは、有・無のみに止める。 4. 今回の調査結果 (1)A 調査地 北尾根登山道沿い(尾根) 標高 1.134m 尾根沿いの斜面 ここでは、草本 22 種、木本3種の計 25 種を数え、種としては豊かな 植生が感じとれた。しかしながら、シカの食害はやはり受けていて、フ ジテンニンソウ、シモツケソウ、キヌタソウなどは本来の高さに達して はいない。食害を受けていないのは、フッキソウ、シオガマギク、イブ キトリカブトなどである。また、山頂では見られないイブキレイジンソ ウも周囲で一部束となって開花していた。 また、ここまでの尾根に生育するイヌツゲが食圧を受けている。そのほかウツギや杉の幼 木などの灌木類と笹類はシカにとってもっとも食べやすい位置にあるため、一様に食害の対 象となっている。 食害を受けたイヌツゲ→ (2)B 調査地 静馬ケ原・笹又登山道へのトラバース(山腹) 静馬ケ原の草地はシカの食害が凄まじい。草丈は、まるで芝刈り機で 苅ったように足首のくるぶしあたりで山頂の草原と同じ被害を受けてい る。ここでは、草本 18 種、木本1種の計 19 種を確認。ただ、写真のよ うにイブキトリカブトとスゲ類のみが食害を免れている。 地が見えるほどこ とごとく食 いつぶ す かと言えば、そうでは ない。一説によるとシ カは柔らかい鼻は刺 激に弱く、地 面に着 いたり、刺 激 を 受 け るほどの高さになると喰わないとされる。これを実証するかのような光景である。 ただ、ここには 5 月初旬頃にザゼンソウが群生をつくる。来春のザゼンソウが見 られるか懸念される。 (3)C 調査地 静馬ケ原・笹又登山道へのトラバース(山腹) 標高 1,052m トラバース沿いの石灰岩礫地の斜面 草本類ばかり 22 種。植生豊かと言える。ここは山頂ではみられないチチブリンドウ、ウメバ チソウ、イブキコゴメグサなどが生育する貴重な場所である。しかし、今回の調査で絶滅危惧 種のチチブリンドウは、プロット内だけでなく、その周囲でも1個体も確認できなかった。伊 吹山ドライブウェイ沿道でもっとも豊かな生育地であった場所が、人の侵入を阻止する防護網 が設置できず危機にさらされている。しかも、何の対応もされていない実状における中、この 結果は大変嘆かわしいと言わざるを得ない。ただ、1年草であるため、今年はダメであっても 来年は咲く可能性がある。しかし、風雪や雨によって土砂崩れが起きやすい箇所だけに予断は 許されない。 (ただ、DW 沿道は望むべきでないが、絶滅危惧種は絶滅する。 ) 写真→ シカの食害は、一応受けている。左写真は調査地点だが、上部にドライブウェイのガードレー ルが見えている。かっては高い草丈のススキ、テンニンソウ、オオヨモギなどに覆われ見るこ とはできなかった。それでも、45°の急斜面で足場が悪いため、シカをあまり寄せつけず、まだ伊吹山では植生豊かな場所として あげられる。その他、トラバースと笹又登山道の分岐点には、本来の草丈を残すマネキグサ(絶滅危惧Ⅱ類)が生い茂っている。 さらに笹又登山道を下る沿いには、ヒナノキンチャク(絶滅危惧Ⅰ B 類)も不安定な砂地の斜面に生育していた。 4. 考察 今回の調査結果から、北尾根登山道、静馬ケ原、トラバース、笹又登山道には、山頂では見られない特有の植生環境が、まだ残 されていることが分かりました。また、シカの食害も山頂同様に深刻であることも改めて分かりました。この山麓は、滋賀と岐阜県 境にまたがりますが、伊吹山自然再生には、両県が欠くことができない課題として今後も関係機関と連携し、調査を継続していく 考えです。なお、今回の固定プロットは3箇所ですが、今後は、さらに増やしていきたく考えています。 (NO. 1) 植 生・ 食 痕 調 査 票 ( 調 査 日:H27 年 9 月 27 日 ) 調査地 : 北尾根登山道沿い A 調査地 ※目印 ヤシャブシ横 (面積) 2 m × 2 m 調査方法:1.方形区法(コドラート法) 木本類、草本類の優先度、群度、高さ ※被度は省く 4 ㎡ (地形)平地・斜面(上・中・下・凸・凹:谷)尾根・山腹 (風当) 強 ・ 中 ・ 弱 (土壌)礫地・草地・コケ類・舗装淵・乾燥地・やや湿地・湿地 (日当) 陽 ・ 中 陰 ・ 陰 (標高) 1,134 m (優先種) 草本層 (G) = 1. フッキソウ 2. シオガマギク 3. ショウジョウスゲ (傾斜) 15° = 有 ・ 無 (シカ食痕) 調査員: ( 群度=調査面積内 ) 1 単独で生育しているもの 筒井杏正、木村達雄、平野三重子、今井道子(記録) 2 小群状または束状のもの 市川勝規、武田裕子 3 小群のまだら状のもの 4 大きなまだら状、またはカ - ペットのあちこちに穴が開い ている状態のもの 5 カ - ペット状に生育しているもの 植 物 名 NO 群度5 群度4 群度3 群度2 群度1 群度 草丈 cm 食 痕 NO 植 物 名 群度 草丈 cm 食 痕 01 フッキソウ 5 20 無 19 スズシロソウ 1 5 無 02 シオガマギク 4 22 無 20 キンミズヒキ 1 7 有 03 ショウジョウスゲ 3 50 無 21 ゲンノショウコ 1 5 無 04 フジテンニンソウ 3 30 有 22 キクムグラ 1 5 無 05 ヒメワラビ 3 15 無 23 チゴユリ 1 15 無 06 キヌタソウ 2 30 有 24 ツタウルシ 1 30 無 07 シモツケソウ 2 15 有 25 スズシロソウ 1 5 無 08 イブキレイジンソウ 2 25 無 26 09 タチツボスミレ 2 10 無 10 メタカラコウ 2 50 有 11 イブキトリカブト 2 50 無 12 ナガバモミジイチゴ 2 30 無 13 アカソ 2 15 有 14 コナスビ 2 5 無 15 オトギリソウ 1 20 有 16 グンナイフウロ 1 10 有 17 サルナシ 1 25 無 18 イブキアザミ 1 10 有 北尾根・静馬ケ原・笹又登山道調査概要図 ↑国見峠 笹又登山道 → ● C トラ バー ス 調査地 ● 静馬ケ原 B 調査地 ● 山道 根登 北尾 調査地 A 伊吹 山 ド ライ ブウ ェイ 伊吹山ネイチャーネットワーク (NO. 2) 植 生・ 食 痕 調 査 票 ( 調 査 日:H27 年 9 月 27 日 ) 調査地 : 静馬ケ原・笹又トラバース沿い B 調査地 ※目印 クロウメモドキ近辺 (面積) 2 m × 2 m 調査方法:1.方形区法(コドラート法) 木本類、草本類の優先度、群度、高さ ※被度は省く 4 ㎡ (地形)平地・斜面(上・中・下・凸・凹:谷)尾根・山腹 (風当) 強 ・ 中 ・ 弱 (土壌)礫地・草地・コケ類・舗装淵・乾燥地・やや湿地・湿地 (日当) 陽 ・ 中 陰 ・ 陰 (標高) 1,094 m (優先種) 草本層 (G) = 1. カンスゲ 2. フジテンニンソウ 3. ミヤマカタバミ (傾斜) 30° = 有 ・ 無 (シカ食痕) 調査員: ( 群度=調査面積内 ) 1 単独で生育しているもの 筒井杏正、木村達雄、平野三重子、今井道子(記録) 2 小群状または束状のもの 市川勝規、武田裕子 3 小群のまだら状のもの 4 大きなまだら状、またはカ - ペットのあちこちに穴が開い ている状態のもの 5 カ - ペット状に生育しているもの 植 物 名 NO 群度5 群度4 群度3 群度2 群度1 群度 草丈 cm 食 痕 NO フジテンニンソウ 4 25 有 20 03 ミヤマカタバミ 3 8 無 21 04 ウワバミソウ 3 10 有 22 05 ミミナグサ 3 5 無 23 06 タチツボスミレ 3 5 無 24 07 オオヨモギ 3 50 有 25 08 シモツケソウ 2 5 有 26 09 コイブキアザミ 2 30 有 10 イブキトリカブト 2 60 無 11 サラシナショウマ 2 25 無 12 イヌツゲ 1 10 有 13 シシウド 1 10 有 14 ヒヨクソウ 1 25 無 15 イブキレイジンソウ 1 20 無 16 アカソ 1 10 有 17 クルマバナ 1 10 有 18 キクムグラ 1 3 無 草丈 cm 食 痕 1 5 無 コナスビ 北尾根・静馬ケ原・笹又登山道調査概要図 A B C 静馬ケ原 トラ バー ス 笹又登山道 → 02 群度 調査地 ● 19 ● 無 調査地 25 調査地 ● 5 山道 根登 北尾 カンスゲ ↑国見峠 01 植 物 名 伊吹 山 ド ライ ブウ ェイ 伊吹山ネイチャーネットワーク (NO. 3) 植 生・ 食 痕 調 査 票 ( 調 査 日:H27 年 9 月 27 日 ) 調査地 : 静馬ケ原・笹又トラバース沿い C 調査地 ※目印 ウリハダカエデの対面 (面積) 2 m × 2 m 調査方法:1.方形区法(コドラート法) 木本類、草本類の優先度、群度、高さ ※被度は省く 4 ㎡ (風当) 強 ・ 中 ・ 弱 (地形)平地・斜面(上・中・下・凸・凹:谷)尾根・山腹 (土壌)礫地・草地・コケ類・舗装淵・乾燥地・やや湿地・湿地 (日当) 陽 ・ 中 陰 ・ 陰 (標高) 1,052 m (優先種) 草本層 (G) = 1. フッキソウ 2. シオガマギク 3. ショウジョウスゲ (傾斜) 45° (シカ食痕) = 有 ・ 無 調査員: ( 群度=調査面積内 ) 1 単独で生育しているもの 筒井杏正、木村達雄、平野三重子、今井道子(記録) 2 小群状または束状のもの 市川勝規、武田裕子 3 小群のまだら状のもの 4 大きなまだら状、またはカ - ペットのあちこちに穴が開い ている状態のもの 5 カ - ペット状に生育しているもの 植 物 名 NO 群度5 群度4 群度3 群度2 群度1 群度 草丈 cm 食 痕 NO 植 物 名 群度 草丈 cm 食 痕 01 リュウノウギク 4 20 無 19 タニソバ 1 5 無 02 イブキコゴメグサ 3 15 無 20 オトギリソウ 1 5 有 03 ススキ 3 80 無 21 タカトウダイ 1 8 無 04 コバギボウシ 3 8 無 22 05 クサボタン 3 20 有 23 06 カワラマツバ 3 20 有 24 07 ヤマカモジグサ 3 45 無 25 08 ゲンノショウコ 2 5 有 26 09 ダイモンジソウ 2 10 有 10 ミツバベンケイソウ 2 8 有 11 コウゾリナ 2 8 有 12 タチツボスミレ 2 3 無 13 カワラナデシコ 2 2 有 14 キリンソウ 2 3 有 15 ミヤマトウキ 2 10 有 16 アキノキリンソウ 1 25 有 17 クルマバナ 1 10 有 18 ヒメフウロ 1 5 無 北尾根・静馬ケ原・笹又登山道調査概要図 ↑国見峠 ● トラ バー ス 笹又登山道 → C 調査地 静馬ケ原 B 調査地 ● 山道 根登 北尾 調査地 ● A 伊吹 山 ド ライ ブウ ェイ 伊吹山ネイチャーネットワーク
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