4 .気候モデル出力を用いた影響評価を行うにあたって

4 .気候モデル出力を用いた影響評価を行うにあたって
4-1.創生プログラム影響評価として基本的な理念・考え方
4.気候モデル出力を用いた影響評価を行うにあたって
以上をベースにして、創生 C/D 連携をベースにしながら、創生 D の基本的な方針をまとめて
おく。
1) より精度の高い確率(設計値の変化)の推定
粗いモデルによる複数の予測結果(アンサンブル情報)
(創生 C の GCM60(60km 空間分解能
全球気候モデル)および CMIP5)により確率密度関数を推定する。と同時に、領域 C による
GCM20(20km 全球気候モデル)や RCM5, 2(2km,5km 領域気候モデル)
(創生 C が提供)高時
間空間モデル出力を用いて、粗い時・空間解像度での値を、領域スケールでの値にコンバートす
る。この両者の結合により、極端な物理量(洪水のピーク流量や水位など)の確率評価を行う。
2) 最大クラス外力の想定−生存の縁
過去台風の疑似温暖化実験や GCM20による最大台風群の力学的ダウンスケール(創生 C と連
携)、さらにはそれらにボーガス手法導入したコース変位も考慮することにより最大クラス台風
候補群を創出し、それらを包含することにより最大クラス台風群を創出する。(5. 参照)
かつ、創出した最大クラス台風群を外力として、大河川洪水・高潮高波・低平地氾濫という複
合災害への影響評価を考える。(6. 参照)また、社会シナリオの想定も重要な要素とする。
3) 適応策創出の哲学・考え方の構築
1) でより高い精度で設計値の変化を目指しても依然高い不確定性は残る。ましてや、最悪台
風群の来襲はきわめて不確定性が高く、せいぜい、100年確率でもなく10000年確率でもない程度
のことしかいえないだろう。そういう状況の中で適応策を構築してゆくための基本的な考え方を
構築したい。すなわち、大きな不確定性下での意思決定法の構築や最悪シナリオなどの確率のわ
からない状況下での意思決定法の構築である。後者の確率はきわめて難しいかもしれないが、議
論を重ねることでそれを大事な次ステップへの基盤としたい。
4-2.気候モデル出力翻訳について
気候モデルの出力を影響評価の立場から翻訳する場合や様々なハザードモデルを通してその出
力の影響評価を実施する場合にしっかりと認識して置かないといけない、基礎的かつ共通な点が
あるので、本章ではその概要を述べる。ここで述べる点は、革新プログラムから創生プログラム
にかけての C/D 連携があったからこそ、影響評価でもしっかりと認識できるようになった内容で
あり、かつ、これから影響評価を始めるすべての皆さんが認識しておかないといけない点である。
4-2-1.気象予測と気候予測の違い
影響評価では、これまで気象予測の出力を用いて対象とするハザードの物理量のリアルタイム
(実時間)予測を実施してきた研究者・技術者が多いと推測する。それゆえ、気象予測と気候予
測の違いを明確にしておきたい。最初に、気象と気候という言葉の意味について述べておく。気
象とは、時々刻々と変化する大気の状態や日々の天気の変化といったように時間的にダイナミッ
クに変化する大気現象のことを言う。それに対して気候とは、長期間にわたって平均して大気を
捉えた際の統計的な状態のことを言う。例えば気候状態を見る際に平年値と呼ばれる数値がある
が、これは世界気象機関の技術規則に基づき、気象庁が30年間の観測値を用いて各種平均値を求
めて平年値としている。
気象予測とは、日々の天気の変化を予測するのに数値気象予報モデルを用いた数値シミュレー
ションによりなされるものである。数値気象予報モデルとは、大気現象の変動を記述する支配方
程式系(運動方程式、質量保存式、熱力学の式、状態方程式、水蒸気・水など雲・降水に係わる
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4.気候モデル出力を用いた影響評価を行うにあたって
物質量の輸送方程式、および関連する素過程の数理方程式群より構成される時間発展型の連立偏
微分方程式系)を離散化して数値計算を行うための数値モデルである。
気象予報モデルでは、時間発展を計算するため、初期条件が必須となる。初期条件とは、予測
計算をする際の最初の時刻のことであり、例えば格子点モデルであれば、大気を格子状に区切っ
たときの格子点上に気圧・気温・相対湿度・風向・風速といった気象要素を初期時刻における
データとして作成しなければならない。大気運動はカオス的な性質を持つことから、実際の大気
状態に合致するように初期条件をいかに正確に作成するかが気象予測において大事な点である。
ある時刻の大気状態を把握するには、地上観測、高層観測、衛星観測、レーダー観測など様々な
手段で取得される観測値を用いる。ただ、これらの観測値は格子状に配置されているわけではな
く、また観測値にも誤差は避けられない。このようなことから、観測値を数値モデルの方程式系
に整合的なように格子上に取り込むデータ同化技術を用いて、初期条件が作成される。
初期条件を気象予報モデルに与えることによって時々刻々と変化する大気状態の予測計算がな
され、日々の天気の変化の予報に役立てられている。さらに近年、初期条件に適当な微小なばら
つきを与えて様々な初期条件から開始する予測計算を用いたアンサンブル予報もなれている。こ
れは大気がカオス的な振る舞いを示すことを認識した上で、初期条件には誤差が伴うことが避け
られないことを逆に利用することによって、初期値依存性を伴う予測誤差を評価して、天気予報
の精度を高めるというものである。このような取り組みも、気象予報では初期条件が極めて重要
であるために行われているものである。気象予測とは、初期値問題を解くことである。
一方、気候予測とは、長期の気候変動および地球温暖化研究に枠組みにおいては、例えば30年
後や100年後といった日々の天気変化に比べるとずっと遠い将来の気候を対象とするものである。
また、100年後の気候を予測すると言っても、例えば100年後の何月何日の特定の時刻に発生する
大気状態を予測するわけではない。100年後の気候予測と言った場合、例えば2071年から2100年
の30年間の平年値を予測する、ということを意味している。気象予測は初期値(初期条件)を元
に何年何月何日何時何分の気象場の状態を予測するものである。一方で、気候予測は(もはや初
期条件のシグナルはなくなり)境界条件が基本となる。特に大気の場合は初期条件のシグナルが
一週間程度で失われ、あとは海面水温等の境界条件が有効となってくる。
気候予測には、気候モデルと呼ばれる数値モデルが用いられる。気候とは、大気・海洋・陸
面・陸水・植生・雪氷といった地球表層を構成する要素のシステムであるため、気候モデルも各
構成要素のモデルから成り立つ総合的な数値モデルとなる。地球の気候を決める要因としては特
に海洋の効果が重要であることから、気候モデルは主として大気モデルと海洋モデルの両者を繋
げた大気・海洋結合モデルとなる。全球の気候の長期変動を予測するためには、莫大な計算機資
源を必要とする。そのため、大気・海洋結合モデルにより気候予測計算をするためには空間分解
能にも制約がかかる。例えば、現在の天気予報に用いられている全球の気象予報モデルと同程度
の空間分解能(約20 km)で大気・海洋結合モデルによる数値シミュレーションを行うことはい
まだ不可能である。そこで、20 km よりは低空間分解能の大気・海洋結合モデルで将来気候の予
測シミュレーションを行って海面水温の将来予測データを作成し、海面水温の将来予測データを
利用して20 km のような高分解能の大気モデルにより気候予測シミュレーションがなされてい
る。つまり、海洋の効果は海面水温としてあらかじめ与えることによって大気モデルのみで気候
予測を行う、ということである。
気候予測に用いられる大気モデルは、気候予測に適した改良や各素過程のパラメタリゼーショ
ンが組み込まれているものの、基本的には日々の天気予報のための全球の気象予報モデルと同じ
である。では、気象予測と気候予測に用いられる大気モデルが似たようなものとしたら、気象予
測と気候予測とは何が違うのであろうか。
上述の気象予測との比較で言えば、気候予測で考えているのは境界値問題ということである。
海面水温という境界条件が決まることで大気モデルのみで気候予測が可能であるというのも、気
候予測が境界値問題であるからこそ、なのである。気候変動には、大気運動に内在する自己励起
的な自然変動とともに、大規模火山噴火によるエアロゾルの大量放出、太陽放射量、人間活動に
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よる温室効果気体やエアロゾルの排出といった要因による変動などがある。温暖化予測研究にお
いては、特に温室効果気体の排出の将来予測のシナリオに基づき、温室効果気体の強制力によっ
て気候がどのように変化するのかを気候モデルを用いて数値シミュレーションされている。こう
いった強制力は、大気にとっては外部強制として捉えられる。気候予測では、海面水温の変動や
温室効果気体の変化といった強制に対して地球大気がどのように応答するのか、ということを境
界値問題として解いているのである。
このように気候予測は基本的に境界値問題として数値解を得ることであるから、例として、気
候予測のデータで2090年 9 月26日に強大台風の日本上陸という結果が得られたからと言っても、
それは2090年 9 月26日のその日に起こることを予測しているものではない、ということが分か
る。解釈としては、100年後の 9 月の気候状態において強大な台風が発生する可能性がある、と
いうことである。また、過去から現在までの気候の再現実験においてであっても、何年何月の特
定のイベントの再現が意図されているわけではない。例えば、1991年台風19号が、現在気候の再
現実験において実際の発生時刻にシミュレートされるわけではない。現在気候の再現実験は、現
在の気候の統計的な性状を再現することが意図されていることに注意すべきである。したがっ
て、気候モデルが出力する世紀末までの気象場の時系列を、リアルタイム予測値と誤判断して、
何年何月何日何時何分のまさにその時点の気象場状態の予測情報として扱ってはいけない。あく
まで、境界条件が規定できる気象場状態の予測(気候状態の予測)として扱わないといけない。
ここでいう気候状態とは、気象場状態の統計量である。台風の発生個数、最大風速、年最大雨量、
100年確率年最大雨量とか、それらの年々の変動幅であるとかが例である。
しかし、洪水流出モデルを用いた洪水流量の計算にはこれらの統計量のみしか用いることがで
きないのかといえば、それはそうではない。たとえば、気候モデルで予測された降雨量の時系列
情報は上記の例で示した統計量を包含した時系列であり、時系列としての統計情報であるので、
洪水流出モデルを用いた洪水流量の計算に降雨時系列を用いることは意味のあることである。た
だし、何年何月何日何時何分の流量や水位を予想しているのではなく、あくまで流量や水位の気
候状態を表現するハイドログラフ(洪水流量水位の時系列)を推測していると解釈する必要があ
る。すなわち、ハイドログラフから算定される年最大流量、渇水流量、降雨継続時間などのハイ
ドログラフの様々な側面の統計量(100年確率年最大流量、10年確率渇水流量、確率 DD 曲線など)
が気候状態として利用できると解釈する必要がある。
4-2-2.地域スケールにおける GCM 出力の解釈
C/D 連携で得られる大気場の現在気候再現情報や将来予測情報の空間解像度(空間分解能)
は20km ∼2km と非常に高い(細かい)
。高い空間分解能の情報からは、
1) より現実的な強さ(大きさの)の大気物理量
2) より空間分解能が高い、地先地先に対応した大気物理量
が、計算結果として得られる。河川の最大流量・水位、氾濫水位、土砂崩壊などの将来変化予測に
とって1) はきわめて重要である。なぜなら、降水への地形の効果がより高空間分解能の地形分によ
りより正確に表現されるし、積乱雲群などによるよりシャープな空間特性をもつ降水分布なども表
現されると期待できるからである。特に、革新プログラムの20kmGCM 出力によって台風を分解表
現でき時間降水量出力ができるようになったことが、我が国の災害環境の影響評価を可能とした。
同時に5kmRCM 情報により、我が国の雨季である梅雨時の豪雨の頻度解析等も可能にした。
ところが2) の特徴は、気候状態の変化に関して、より地域的に細かな情報をもたらしてくれ
ると考えてよいだろうか?否である。必ずしもそうでないと理解して影響評価を進めるというス
タンスが大切である。確かに物理量は空間的にきめ細かく算出される。しかし、その気候状態の
変化は本当に同じほど空間的にきめ細かいのだろうか? 東京駅周辺と品川駅周辺とで、気候状
態の変化は同じだろうか、違うのだろうか?神戸・大阪・京都ではどうだろうか?もちろん、違
うという結果になるかもしれない。しかし、しっかりとした検証をすることなく、単に気候予測
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図4-2-1.25年間(1979∼2003)のアメダス観測データから求めた年平均降水量分布(左)および
MRI-AGCM3.1S 出力から求めた年平均降水量分布(右)
図4-2-2.月平均降水量を用いた日本列島の観測降水量と計算降水量の空間パタン相関係数
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4.気候モデル出力を用いた影響評価を行うにあたって
メッシュが小さくなったからといって、単純に気候変化もメッシュごとに違うと短絡的に影響推
測結果を扱わないようにしたい。ここの議論も C/D 連携して進めている大事な視点である。ま
た、後述されるバイアス補正でも、重要な視点となる。
地域スケールにおける GCM 出力の解釈の例として、MRI-AGCM3.1S および3.2S の降水再現
性を影響評価の観点から確認するために長期間の観測降水データとの比較を行った。気候変動に
伴う洪水・水資源などへの影響評価を行うためには地域または流域レベルでの検証が必要であ
る。ここでは、日本域に対して気象庁のアメダス観測データを用いた検証の結果から分かった
MRI-AGCM3.1S の降水出力の特性を述べた後、APHRODITE 日降水量観測データを用いたアジ
ア地域での検証結果を簡単に説明する。
まず、AGCM3.1S から出力された降水量の再現性を確認するために、地点観測であるアメダ
ス観測データを AGCM3.1S 出力の形式である20km グリットの空間平均に変換した。その後、年
平均降水量・月平均降水量・日最大降水量・時間最大降水量の値をグリッドごとに求めてそれぞ
れ比較を行った。
図4-2-1は1979年から2003年まで25年間の観測データから求めた年平均降水量および MRIAGCM3.1S 出力から求めた年平均降水量を示している。日本全域での平均降水量は観測が
1684.3mm、MRI-AGCM3.1S 出力は1703.8mm を表れて、非常に良い再現性を示している事が分
かる。地域別の年平均降水量を見ると( 1 )九州地方から関西地方のアメダスは1985.8mm、
AGCM3.1S からは1959.1mm となった。
( 2 )中部地方から東北地方のアメダスは1753.3mm、
AGCM3.1S は 1797.3mm と な っ た。( 3 ) 北 海 道 の ア メ ダ ス は 1128.9 mm、AGCM3.1S は
1129.6mm で、それぞれの年平均降水量はほぼ一致している。しかし、空間パターンの相関を見
ると0.78程度の相関係数を示し、計算結果が観測と比べ空間的に滑らかなパターンを示している
事が分かる。また、月ごとに月平均降水量を求めて空間パターンの相関を見ると図4-2-2のよう
な結果になる。夏の期間を除いた季節では非常に良い再現性を示しているが夏の降水量は再現性
が悪く空間的なばらつきが多く見られた。
図4-2-3.日最大降水量および時間降水量の再現性.青色は過小算定を赤色は過大算定を示す
4.気候モデル出力を用いた影響評価を行うにあたって
図4-2-3は、日最大降水量および時間降水量を観測値と計算値から上位100位まで求め(各年上
位 4 個×25年)観測値を横軸にしたときのスキャータグラムの傾きをグリッド毎に示した結果で
ある。傾きが 1 に近いほど AGCM3.1S からの降水極値出力が良い再現性を示す事になるが、日
最大降水量(図4-2-3左)と時間最大降水量(図4-2-3右)共に日本全域にわたって傾きが 1 以下、
すなわち AGCM3.1S からの降水極値出力が過小算定されている事が分かる。
最後に、アジア地域での降水量再現性を確認してみると、図4-2-4で示したように空間パター
ンは概ね一致するが、値は全体的に過大算定されている事が分かる。特に赤道付近では 2 倍に近
く過大算定されている地域もしばしば見える。以上から、気候モデルからの出力を影響評価へ用
いる場合は対象地域での再現性を確認した上で必要に応じてバイアス補正などの事前作業を行う
必要性が出てくる。また、対象地域の大きさや対象になる影響評価(例えば洪水または水資源)
の特性により異なる再現性を示しているため、目的および対象地域に合わせた再現性の検証およ
び必要な対策を考慮しつつ解析を行う必要がある。
図4-2-4.東南アジア地域での観測降水量(APHRODITE)と計算降水量の比較
4-3.バイアス補正の基本的な考え方
4-2-2で紹介したように、気候モデルの空間分解能により表現される大気物理量の極端さ(シ
ビアー)さが異なる。しかし、例えば河川流量等のへの影響評価では、シビアーな降水入力がな
ければ、現在の治水対応策が十分かどうかの議論ができない。そういう意味で、気候モデルから
の出力値をバイアス補正して影響評価モデル(例えば洪水流出モデル)の入力として用いること
が、避けて通れない重要なプロセスとなる。
気候モデル出力を影響評価研究に用いる際には、一般的に気候モデル出力特有のバイアスを補
正する必要がある。具体的にはある一定期間(30年程度あることが望ましい)の観測値と気候モ
デル出力それぞれの統計的特徴(例えば、平均値や分散など)を比較し、それらの関係を用いて
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表4-3-1:バイアス補正手法の 4 タイプとそれぞれの特徴のまとめ
図4-3-1:バイアス補正手法選択フローチャート
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4.気候モデル出力を用いた影響評価を行うにあたって
気候モデル出力値の統計的特徴を観測値のそれに近くなるように変換する。このような操作をバ
イアス補正と呼び、複数のバイアス補正手法がこれまでに提案されている。バイアス補正手法に
は何らかの仮定(例えば、現在と将来で観測値と気候モデル出力値との間で統計的特徴の関係が
変化しない)が設けられているため、すべての用途に対して最適である特定のバイアス補正手法
が存在するとは限らない。実際に、気候変動影響評価研究においてはそれぞれの目的に応じた
様々なバイアス補正手法が提案されてきた。本プロジェクトにおいても各グループにより異なる
バイアス補正手法が採用されている。このような現状を踏まえ、プロジェクトとして特定のバイ
アス補正手法を推奨するのではなく、目的に応じた各補正手法の位置づけを明確にすることに複
数のチームの連携の下で取り組んでいる。これからバイアス補正手法を利用するにあたり、どの
ような補正手法が適切かという選択の際に役立つ知見を創出することを目指している。
これまでに、バイアス補正手法は大きく分けて 4 つのタイプに分類できることが明らかと
なった。紙面の都合上ここでは各バイアス補正手法の詳細な説明は省略するが、それぞれの長所、
短所は表4-3-1のようにまとめられている。また、これらの結果を基として適切な手法を選択す
るフローチャート(図4-3-1)を考案した。これらの知見を活用することにより、気候変動の影
響評価を行う上でのバイアス補正に起因する誤差や不確実性について考慮すること、また、より
適切な影響評価を行うことが可能になると期待する。
4-4.気候予測アンサンブル情報の重要性
4.気候モデル出力を用いた影響評価を行うにあたって
影響評価では、様々な現象の将来変化の将来予測が行われるが、ターゲットとする現象が気候
変動のどのような因子によって生じているかという基本的な疑問、またその将来変化の予測の信
頼性の向上や予測幅(不確実性)がどのくらいなのかを知ることは重要である。このような目的
には、モデルアンサンブルが重要な手法となる。予測の信頼性向上には、複数の予測モデルのア
ンサンブル平均をとることが一般的に行われ、予測モデル間のばらつきからその不確実性につい
ても評価が可能となる。
図4-4-1はアンサンブル過程の模式図であり、それぞれのシナリオから計算される異なる GCM
を用いた将来予測、そして GCM をもとにした影響評価までの流れである。将来予測のアンサン
ブルには、異なる GCM を用いたマルチモデルアンサンブルと 1 つのモデルの条件を変えたシン
グルモデルアンサンブルがある。マルチモデルアンサンブルは、それぞれのモデルは十分に吟味
されているとの仮定のもとで、異なる機関で開発された別々のモデルによる将来予測結果をそれ
ぞれ独立と見なして解析する手法である。一方、シングルモデルアンサンブルは、1 つの GCM
で、モデルの物理的な項(雲物理等)
、初期条件、境界条件等を変化させ、その将来予測の変化
を見る手法である。一般的にマルチモデルアンサンブルでは、将来変化の予測幅が大きく、定量
的な将来変化予測とこれをもとにした影響評価を行う上で重要な手法となる。シングルモデルア
ンサンブルは、与える変化の幅(例えば海面水温 SST のパターン)が小さいため、将来変化の
予測幅は限られたものになるものの、変化の因果関係が理解しやすいという利点がある。
革新プログラムの極端気象や創生プログラムのテーマ C/D では、気象研究所の MRI-AGCM3.1H/3.2H(60km モデル)を用いたシングルモデルアンサンブルとこれをもとにした影響評価
が行われてきた。これらの将来予測では、ある温室効果ガス排出シナリオのもと粗い空間解像度
を持つ大気海洋結合 GCM(AOGCM) によって将来気候が予測される。この AOGCM における予
測結果を用いて20km もしくは60km と高解像度な Atmospheric GCM (AGCM) を用いて大気側の
みではあるが、空間的に詳細な将来予測計算を行う。このとき、AGCM の下部境界条件として
図4-4-1 シナリオから影響評価までのモデルアンサンブルの例
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AOGCM によって計算された海面温度 (SST) を与えている。この AGCM によってアンサンブル
計算された将来変化を外力として影響評価を行うことにより、将来の SST 変化の時空間変化に
よって対象とする現象がどの程度変化するのかを理解することが可能となる。テーマ C のシン
グルモデルアンサンブルでは、台風をターゲットとして、雲物理モデルを変化させた場合の将来
変化予測も行っており、モデルの物理機構が持つ不確実性と影響評価に対するインパクトも評価
可能となっている。
モデルアンサンブルは影響評価における強力な手法の一つであるが、アンサンブルの数だけ影
響評価モデルの計算の数が増大するため、計算コストやその後の解析の労力も増加する。このた
め、影響評価モデルの計算コストや解析の手間を軽減した,簡易な影響評価モデルの開発も必要
となる。
4-5.気候予測アンサンブル情報ならび最悪シナリオの重要性
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4.気候モデル出力を用いた影響評価を行うにあたって
これまで共生プログラム、革新プログラム、創生プログラムを通して、気候モデルの精度の向
上や予測時空間分解能の向上が格段に進められてきて、自然災害等の影響評価研究にきわめて大
きく寄与してきた。影響評価としてより精度の高い予測情報を求められるステージに来ている。
そのためには、より多くの予測計算アンサンブル情報を使う必要があり、創生プログラムでは当
然のことになっている。
すなわち、一つの現在気候再現時系列や将来気候再現時系列では、推測変化の統計的有意性と
いう意味では十分ではない。とくに、観測値のない将来変化に関してはアンサンブル予測情報を
利用することは、推測の統計的有意性を高めるにはきわめて重要である。
アンサンブルには、モデルに違いによるばらつきを配慮するモデルアンサンブルの利用と、同
じモデルによる将来推測計算において、異なる境界値やスキーム(海面温度アンサンブルや積雲
スキームアンサンブル)を用いるアンサンブルとがある。前者には、CMIP3や CMIP5参加の様々
な気候モデル、CO 2シナリオの出力が利用できるで、創生プログラムではこれらの利用が不可欠
である(ただし、モデルによって空間分解が異なるので注意が必要である)。後者に関しては、
創生 C/D 連携の中で、C の方で20km GCM, 5km RCM, 2km RCM のアンサンブル計算を実施・
計画しているので、創生最後の 2 年で利用できることになる。
さて、アンサンブル情報が多くなり統計的有意性が増したとしても、推測値に不確定性が存在
することは間違いない。特に、極端現象が対象となる確率分布の裾野の評価ではそうである。し
たがって、平行して最悪シナリオの影響評価が重要で、そのためには最悪シナリオの策定方法の
確立がきわめて重要となり、創生プログラムでの重要課題となっている。これに関しては、別章
で述べる。