6 .各影響評価からみた出力利用の特徴・留意点

6 .各影響評価からみた出力利用の特徴・留意点
6-1.気象災害への影響評価から
参考文献
Takemi T. and R. Rotunno, 2003: The Effects of Subgrid Model Mixing and Numerical Filtering in
Simulations of Mesoscale Cloud Systems. Mon. Wea. Rev., 131, 2085-2101.
William C. Skamarock, 2004: Evaluating Mesoscale NWP Models Using Kinetic Energy Spectra. Mon.
Wea. Rev., 132, 3019-3032. doi: http://dx.doi.org/10.1175/MWR2830.1
6-2.自然災害への影響評価から
豪雨や河川の氾濫などの洪水災害の影響評価では,GCM で予測される降雨強度をもとに,降
雨流出モデルを用いて河川流量に変換し,浸水・氾濫モデルを用いて氾濫の危険性等に翻訳す
る.このとき現在気候における計算結果をもとに降雨強度や河川流量のバイアス補正が必要とな
る場合がある( 4 章参照).降水強度を降雨流出モデルを用いて河川流量に変換するとき、対象
とする流域の大きさや求めようとする流量の時間分解能によって、必要となる降雨の時間・空間
分解能が異なることに注意する必要がある。日本の河川流域(数千 km 2)の洪水を予測すること
を対象とする場合、少なくとも 1 時間分解能で洪水の時間変化を捉える必要がある。このとき、
入力となる降雨データの時間分解能は 1 時間、少なくとも 3 時間ごとの平均降雨強度が必要にな
ると考えられる。対象とする流域の面積が小さくなればより短い時間分解能の降雨データが必要
61
6.各影響評価からみた出力利用の特徴・留意点
気象災害への影響を評価する場合、その評価の時空間スケールは地域規模に対応したものにな
らざるを得ない。ある特定の河川流域圏、ある沿岸・湾岸域、ある平野部、ある山間部などといっ
た地域で生じる強風・強雨がどのように災害を及ぼす外力になるのか、といった評価が必要とな
る。GCM や RCM の出力データを用いて影響評価をする場合、地域の地形・海陸分布・土地利
用といった地理的な状況が数値モデルにどの程度詳細に表現されているかに注意すべきである。
一般的に、数値モデルによるシミュレーション結果は、計算格子間隔(スペクトルモデルであ
れば対応するメッシュ幅)と同じ空間分解能で物理的に意味のある数値情報が得られるわけでは
ない。数値モデルには、計算安定性確保のため、様々な時間・空間のフィルターがかけられてお
り、計算格子幅の空間規模ではシミュレートされた物理現象が強く減衰されているのが普通であ
る。目安としては、計算格子幅の 6 倍程度以下の空間スケールについてはシミュレートされた現
象が数値計算手法による影響を受けていると考えたほうがよい(例えば Takemi and Rotunno
2003; Skamarock 2004)。こういった数値モデルに内在するフィルター効果の影響によって、気
象モデルで表現される風速変動はかなり時間的に平滑化された変動しか表現されない。数値モデ
ルには、物理的に意味のある実効的な空間分解能は計算格子幅の数倍はあることに留意すべきで
ある。
また、地形表現という点でも、解像度が粗いほど実際の地形を正確に表現するのは困難になる。
日本の地形が複雑かつ急峻であることを考えると、20 km メッシュでは大きな山脈・山地スケー
ルではおおよそ表現されているものの、谷地形や尾根、富士山のような孤立峰は表現されていな
い。また、東京湾、伊勢湾、大阪湾の形状の表現もかなり粗い。5 km の格子間隔になると、こ
ういった特徴はより現実的に表現されるようになるものの、細かい谷筋など微細地形の表現性は
まだ劣っている。空間分解能が異なると地形の表現性も異なり、結果として強風・強雨といった
風雨の極値側の定量的な表現も地形の表現性に応じて異なる。
GCM・RCM データを利用して影響評価を行う際、気象モデルの実効的な空間分解能や地形表
現に注意し、考えている問題にとって適切かどうかを十分検討する必要がある。
となる。降雨の空間分解能も流量計算に影響する。洪水ピーク流量の違いを相対誤差10% 程度で
再現しようとするならば、少なくとも300km 2以下の大きさで流域平均雨量強度を把握して、降
雨流出モデルに与える必要がある(佐山ら , 2007)。
沿岸災害の影響評価では、GCM から予測される海上風や海面更正気圧をもとに、高潮や高波
が計算される。この時、海上風や海面更正気圧の現在気候における計算結果をもとにバイアス補
正が必要となる場合がある( 4 章参照)
。高潮や高波は変化の時間スケールが数時間以下である
ため、必要とされる変数の時間解像度は少なくとも 1 時間以下が望ましい(森ら,2009;安田ら,
2011)。また台風を対象とする場合、空間解像度も大きな影響を与えるため、1 度以内の高解像
度モデルを用いる必要がある。特に高潮の影響評価では、GCM による台風の計算特性が大きな
影響をあたえるため、現在再現計算における台風の強度、発生・消滅位置などの詳細な特性の精
査が重要となる。こられの特性についてはバイアス補正が難しい変数も多いため、影響評価に用
いる GCM の選択も重要なポイントの 1 つとなる。
参考文献
佐山敬洋 , 立川康人 , 寶 馨,2007: 流出モデルの基準面積に関する研究 , 土木学会論文集 B, vol.
63, no. 2, pp. 92-107.
森 信人・岩嶋亮太・安田誠宏・間瀬 肇・Tracey H. Tom ,2009: 地球温暖化予測に基づく全
球波浪解析,海岸工学論文集,第56巻,pp.1271-1275.
安田誠宏・中條壮大・金 洙列・森 信人・間瀬 肇・Kevin Horsburgh ,2011 : 気候変動予測
実験出力を直接用いた高潮リスクの評価,土木学会論文集 B2(海岸工学),Vol.67,No.2,
pp.I_1171-I_1175.
6.各影響評価からみた出力利用の特徴・留意点
6-3.水資源への影響評価から
陸面過程モデルは気候変動予測を行う全球気候モデルに含まれているが、水資源分野でさらに
陸面過程モデルを用いて評価するのには 2 つ理由がある。一つ目は陸面過程の取り扱いの違いで
ある。GCM に結合されている陸面過程モデルの地表面条件の取扱いはやや簡略化されており、
一つの格子に土地利用が混在している状況や農地における灌漑といった過程は考慮されていな
い。実際、モザイクを切らない場合、海岸付近のグリッドは「海」グリッドと判定される場合が
多く(例えば沖縄はわずか 1 格子しか陸域グリッドとして評価されていない)、これらのグリッ
ドでは水・熱収支をそもそも評価できない。もう一つは気候モデルのバイアスである。地球全体
の水・熱収支や大規模な循環場の再現を目指した GCM において、世界各地域で同等の精度を確
保することは難しく、特定の地域に着目した影響評価において、モデル出力の精度が必ずしも十
分でない場合がある。気象強制力が変化すれば必然的に水・熱収支が変化するため、仮に GCM
と同じ陸面過程モデルであったとしても、GCM 出力のバイアスを補正した後に再度陸面過程モ
デルによるオフライン計算を実施することには意味がある。そこで、水資源分野では、日本各地
の流域の水資源量の評価をするために、詳細な陸面過程モデル SiBUC により地表面水熱収支を
再評価する。
陸面過程モデルの気象強制力として地上気象要素 7 要素(降水、下向き短波放射、下向き長波
放射、気温、比湿、風速、気圧)が必要となる。また水・熱収支計算は 1 時間単位で実施するた
め、できれば 1 時間間隔(少なくとも 3 時間間隔)でのモデル出力が望ましい。
田中ら (2008) は、国土数値情報から提供されている流域・非集水域メッシュデータから国内
を78の水系に区分し、各水系別にバイアスを補正するアルゴリズムを開発している。地上気象観
測 と AMeDAS か ら 作 成 し た 1991 年 か ら 2004 年 ま で の 観 測 気 象 強 制 力 と、 同 期 間 の 気 象 研
20kmGCM 出力値より、観測・モデル双方の平均気象値を月別に算出し、その差をモデルバイア
スとして気象強制力 7 要素全てに対して補正した。過去の観測値を用いた再現実験では、風速を
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用いた降雪量の捕捉率補正により、降雪地域での河川流量再現精度の向上が確認された。そこで、
観測降水量の気候値算出では、横山ら (2003) の観測式を用いて、降雪量を補正したデータを用
いた。
これまでに分かっているモデルバイアスの大きな特徴として、前期ラン(3.1S)では降水量は
6 月と 9 月に過小、気温は 4 月から 8 月に低温、10月に高温、日射量は冬期に過大傾向である。
後期ラン(3.2S)では前期ランで見られた 6 月と 9 月のドライバイアスや 4 月から 8 月の低温バ
イアス、10月の高温バイアスなどが改善されていた。
冬季降雪量の減少(雪から雨への変化)に伴う「積雪水資源量」の減少の結果として、春先の
融雪出水に依存する地域への安定した水資源の供給が困難になる可能性が指摘されており、温暖
化が水資源に及ぼす影響は、寒冷積雪地においてより顕著に現われると考えられる。特に、雪解
け時期の早期化や融雪出水ピークの変化は、下流域の農業用水の利用に大きな影響を与えること
が懸念されており、水資源分野では特に積雪水量の評価を重視している。
多くのアンサンブル数を擁する60kmGCM 出力を有効活用し、水資源量の将来予測における不
確実性の幅を定量化することが求められている。60km という解像度は世界の他の機関の GCM
に比べてかなり高解像度ではあるが、日本のように山岳地が多い地域においては地形を十分に反
映しているとは言い難い。そこで、解像度が粗い GCM 出力を用いることにより、どのような情
報が落ちるのか、その結果、積雪水量や融雪出水の算定にどのような影響が及ぶのかについて詳
細な検討を始めている。具体的には、20kmGCM の情報を60kmGCM グリッド(3x3)にアップ
スケールして、陸面過程解析を実施し、元の20km 解像度での解析と比べて、どのような差が生
じてしまうのかについて、特に60km グリッド内の標高分布や標高の絶対値に着目し、20km 解
像度と60km 解像度の結果を比較検討する。すなわち、60km 出力による陸面過程解析結果を
20km 出力による解析結果と同等と見なせるような翻訳方法について検討を進めている。
田中賢治・萩原佑樹・佐久間良一・小尻利治,2008: 気候モデルのバイアス検出と補正 . 京都大
学防災研究所年報 , Vol:51-B, pp723-736.
横山宏太郎・大野宏之・小南靖弘・井上聡・川方俊和,2003: 冬季における降水量計の捕捉特性 .
雪氷 , Vol:65(3), pp.303-316.
6-4.生物 , 生態系の立場から
6-4-1.陸上生物から
生物・生態系への温暖化影響評価で利用する気象(気候)データに関しては、時間解像度は通
常は月別値(ときに日別値)で問題ないが、空間解像度は1km メッシュよりも細かいデータへ
の需要がある(Potter et al. 2013)。それは、尾根筋や谷筋といった微地形に関連する積雪や土壌
水分といった微気候の違いが生物(特に植物やそれに依存する動物)の分布に影響を与えると考
えられるからである(Billings & Bliss 1959)。実際に空間解像度がレフュージア(温暖化などが
進行した場合の生物種の逃避地)の推定に影響を及ぼすことなどが報告されている(Engler et
al. 2011)。特に日本の高緯度・高標高地域においては積雪が生物分布や生態系現象に大きな影響
を与えているケースが多いと考えられ(梶本ら 2002)、積雪データに対する需要も大きい。
また年最低気温、年最高気温といった極値も生物の分布や活動を規定する重要な要因である
(Easterling et al. 2000, Overgaard et al. 2014)。台風や異常高温といった極端現象も生態系の攪乱
要因として重要である(Diez et al. 2012, Lloret et al. 2012, Wernberg et al. 2013)
。
さらに、日別気象値の統計的ダウンスケーリングでは GCM の月別値と現在気候の平均値と分
散を元に日別値を生成する場合があるが(Iizumi et al. 2012)、高温や低温、降雨や乾燥の分散(連
63
6.各影響評価からみた出力利用の特徴・留意点
参考文献
続性)の違いも動植物に与えるストレスに違いをもたらすため、力学的ダウンスケーリングに
よって各気象要素の日別値の分布(連続性)がどのように将来変化するかという情報も重要であ
る(Bateman et al. 2012)。
影響予測の不確実性を表現するためにはこうしたデータが、複数の GCM と複数の排出シナリ
オで利用できることが望ましい(Buisson et al. 2010)。生物・生態系影響のモデリングで必要と
する誤差精度と気候予測出力に内在する推定誤差には乖離がある場合があるので、こうした誤差
精度を確認・調整した上で影響評価を行うことも連携の上で重要である(Iizumi et al. 2009)。
創生後期の C/D 連携では、創生前期の力学的ダウンスケーリング出力である NHRCM05(5km
メッシュ)の気温・降水データを軸に影響評価を進めていく。ポスト創生においては、1) より
高解像度(1km メッシュ以下)の 2) 気温、降水、積雪、風速に関する平均値と極値の 3) 力学的
ダウンスケーリングデータが 4) 複数 GCM と複数排出シナリオで 利用できるようになることが
望ましい。
現在、国土交通省の国土数値情報や国立環境研究所の基盤整備事業によって地形、土地利用、
気候(平年値)などが統一フォーマット(メッシュ値)で公開されている。研究成果をこうした
統一フォーマットに載せて公開することは、創生 C 出力をさらに幅広く影響評価に利活用する
可能性を広げるものであり、プロジェクトの学術的貢献・社会貢献の方法として検討する価値が
あるかもしれない。
参考文献
6.各影響評価からみた出力利用の特徴・留意点
Bateman et al., 2012: Nice weather for bettongs: using weather events, not climate means, in species
distribution models. Ecography 35:306-314.
Billings & Bliss, 1959: An alpine snowbank environment and its effects on vegetation, plant development,
and productivity. Ecology 40:388-397.
Buisson et al., 2010: Uncertainty in ensemble forecasting of species distribution. Global Change Biology
16:1145-1157.
Diez et al., 2012: Will extreme climatic events facilitate biological invasions? Frontiers in Ecology and the
Environment 10:249-257.
Easterling et al., 2000: Climate Extremes: Observations, Modeling, and Impacts. Science 289:2068-2074.
Engler et al., 2011: 21st century climate change threatens mountain flora unequally across Europe. Global
Change Biology 17:2330-2341.
Iizumi et al., 2009: Parameter estimation and uncertainty analysis of a large-scale crop model for paddy
rice: Application of a Bayesian approach. Agricultural and Forest Meteorology 149:333-348.
Iizumi et al., 2012: ELPIS-JP: a dataset of local-scale daily climate change scenarios for Japan.
Philosophical Transactions of the Royal Society a-Mathematical Physical and Engineering Sciences
370:1121-1139.
梶本ら,2002:雪山の生態学 . 東北大学出版会 , 東京 .
Lloret et al., 2012: Extreme climatic events and vegetation: the role of stabilizing processes. Global Change
Biology 18:797-805.
Overgaard et al., 2014: Sensitivity to thermal extremes in Australian Drosophila implies similar impacts of
climate change on the distribution of widespread and tropical species. Global Change Biology 20:17381750.
Potter et al., 2013: Microclimatic challenges in global change biology. Global Change Biology 19: 29322939.
Wernberg et al.,(2013: An extreme climatic event alters marine ecosystem structure in a global biodiversity
hotspot. Nature Climate Change 3:78-82.
64
6-4-2.海洋生物から
海洋生態系は水温、塩分、光量などの物理的因子や、栄養塩濃度、全炭酸濃度、pH、炭酸カ
ルシウム飽和度 ( Ω ) などの化学的因子、種間競合や捕食など生物的因子の影響を複合的に受け
る。地球温暖化や海洋酸性化はこれらの因子にも影響を及ぼすと考えられ、ひいては海洋生物に
も影響が生じると懸念される。そのため、海洋生物の地球温暖化・海洋酸性化影響の評価を試み
た研究例はこれまでに多数存在する。しかし、相手は生物であり、同じ環境下に置いた室内実験
を行ったとしても、必ずしも同じ結果を得られるとは限らない。また、得られた結果も不確実性
が大きい。そのため、過去のモニタリングや室内実験などの結果から、地球温暖化の影響として
確からしいと示唆されるのは、水温上昇にともなう海洋生物の分布・多様性・機能の変化にほぼ
限定される。一方で、人為起源 CO 2にともなう海水の pH やΩの低下、つまり海洋酸性化が海洋
生物に及ぼす影響も室内実験により確かめられている。
このような状況により、上記の環境因子の多くは気候予測モデルの出力として提供されている
にもかかわらず、海洋生物の地球温暖化・海洋酸性化影響に関する将来予測は専ら、将来の水温
上昇とΩの減少が単独に、あるいは複合的に海洋生物の分布・多様性・機能にどのような変化を
与え得るかを扱ったものに限定されるのが現状である。今後は、モニタリングや室内実験を継続
することで上記のような多岐にわたる環境因子の変化が海洋生物に及ぼす影響に関する知見を積
み上げるとともに、気候予測モデルと領域海洋モデルを組み合わせることにより、より細かい時
空間スケールでのシミュレーションを行うことで、これまでに扱うことのできなかった、環境因
子の日周変動にともなう生物機能の応答や、海流などが生物分布・多様性に及ぼす影響を評価・
予測することが可能になると考えられる。
6.各影響評価からみた出力利用の特徴・留意点
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