栄養生理研究会報 Vol.60,No.1 2016 飼料中リジン含量の充足により誘発される代償性成長に関する研究 石田藍子 1・中島一喜 1・京谷隆侍 2,3・勝俣昌也 1,4 (1 農研機構畜産草地研究所・2 東京農工大学大学院連合農学研究科・ 3 現所属;福島県農業総合センター畜産研究所・4 現所属;麻布大獣医学部) 1.代償性成長研究の背景 代償性成長を誘発するためには、一定期間成長を 栄養制限によって成長が遅延したウシやラットに 抑制しなければならない。ブタの成長を抑制する方 おいて、その制限を解除すると、栄養制限を受けて 法として、制限給 いない同じ種の同じ日齢の個体よりも高い増体を エネルギー含量の低減などさまざまな栄養制限が報 示すことが 20 世紀の初めに報告された 告されている 10−13)しかし、これらの先行研究では 。この現 1, 2) 、飼料中タンパク質含量および 象は Bohman によって「代償性成長(Compensatory 成長抑制解除後の成長についての結果が一致せず、 3) growth)」と名付けられた 。今日では代償性成長は、 明瞭な増体の促進が観察される報告 7,8,13)や、代償 栄養制限や疾病などで成長を抑制された生体におい 性成長が観察されない報告 12,14,15) が存在する。こ て、これらの制限要因が解除された後に成長が促進 のように再現性が確立できないことから、現時点で される生理学的過程と定義されている (図 1)。ブタ は養豚の現場における代償性成長を利用した生産体 を用いた代償性成長の研究は、豚肉生産性改善を目 系は実施されておらず、またメカニズムの解明が進 指し、と体中のタンパク質や脂肪などの体構成成分 んでいない。 変化、肉質の改善、栄養素の利用効率、窒素排泄量 制限給 などについて進められてきた 量低減の後の代償性成長においては、多くの栄養素 4) 。 5−9) 後の代償性成長や、飼料中タンパク質含 が不足した状態から多くの栄養素が急速に充足する ことから、複数の因子が変動する 16)。このことが、 再現性の確立やメカニズムの解明の障害となってい ると考えられた。給 量や飼料中タンパク質含量の 他に、増体を抑制する要因として飼料中アミノ酸量 があげられる。他の栄養素が充足している場合でも、 飼料中の一つの必須アミノ酸の不足によって増体は 抑制される 17,18)。これらのことから、単一のアミ ノ酸の不足の後にそのアミノ酸を充足させると、代 償性成長が生じる可能性が考えられた。さらに、単 一のアミノ酸の充足で代償性成長を誘発できれば、 メカニズムの解明につながると考えられた。そこで、 穀物主体の飼料で第一制限アミノ酸となるリジンの 不足後に充足させることにより代償性成長を誘発し 図 1.代償性成長の概念図 てそのメカニズムを検討した。 Proceedings of Japanese Society for Animal Nutrition and Metabolism 60(1): 13−23, 2016. Studies on Compensatory Growth with Changing Levels of Dietary Lysine from Deficient to Sufficient Aiko Ishida1, Kazuki Nakashima1, Takahito Kyoya2,3, Masaya Katsumata1,4 (1NARO Institute of Livestock and Grassland Science; 2United Graduate School of Agricultural Science, Tokyo University of Agriculture and Technology, 3Present address; Fukushima Agricultural Technology Center; 4Present address; School of Veterinary Science, Azabu University,) - 13 - 2.飼料中リジン含量の充足によるブタの代償性成 長と窒素出納 代償性成長区のブタの血清中遊離リジン濃度は、 21 日間の低リジン飼料の給与により対照区のブタよ 19) 1)増体への影響 り低かったが、飼料の切り替え後増加し(P<0.01)、 6 週齢の(ランドレース×大ヨークシャー)×デュ 飼料切り替え 3 日後(24 日目)には処理区間に差が ロック(LWD)種の同じ母豚から生まれた兄弟(以 なかった。血清中 IGF-1 濃度は、代償性成長区で低 下同腹)4 頭を 1 反復とし、実験を 5 反復(5 腹)、計 リジン飼料の給与により、21 日目に低く、飼料切り 20 頭を供試した。試験飼料は、NRC 飼養標準 に 替え後に増加し(P<0.05)、24 日目には処理区間で 基づき、全ての養分要求量を充足する対照飼料(CP: 差がなかった。インスリンおよびコルチゾール濃度 16.1%、リジン含量:1.15%)と、リジン含量が対照 は、処理による差はなかった。 飼料の約 63%のリジン不足飼料(CP:16.1%、リジ Chaosap らは、制限給 ン含量:0.73%)を用いた。対照飼料を 24 日間給与 は、骨格筋重量には影響せず、内臓や脂肪の蓄積 する対照区、低リジン飼料を 21 日間給与しその後 3 に影響することを報告している 9)。一方 Yang らは、 日間対照飼料を給与する代償性成長区の 2 区とし、 タンパク質制限後の代償性成長において筋肉蓄積が 同腹の 4 頭から各区に 2 頭ずつ体重に基づいて割り 増加したと報告しており 6)、増体抑制の条件や強度 付けた。飼料切り替え前、飼料切り替え 3 日後に採 によって代償性成長時に蓄積が促進される体成分が 血した。 異なることが考えられた。本実験で低リジン飼料給 その結果、飼料中リジン含量は飼料摂取量に影響 与時に比べて代償性成長中において血清中 IGF-I 濃 を及ぼさず、エネルギーおよびタンパク質摂取量が 度が増加していたことから、少なくともタンパク質 同じであったが、低リジン飼料を給与したブタは 21 蓄積の増加が関与していると考えられた。そこで次 日目までの増体が低く(図 2)、飼料効率も低かった にタンパク質蓄積量について検討するため、窒素出 20) (P<0.05)。リジン充足(21 日目)後の代償性成長 の後に生じる代償性成長 納試験を実施した。 区の増体量は対照区よりも高かった(図 2)。0 日目 から 21 日目までの日増体量に対する 21 日目から 24 2)窒素出納 日目までの日増体量の比は、対照区で 121%であっ LWD 種の三元交雑種のオス、同腹の 3 頭を 6 腹供 たが、代償性成長区では 187%であった(P<0.05)。 試し、計 18 頭を供した。飼料には、内部標準とし すなわち、代償性成長が誘発できた。 て酸化クロムを 0.1%配合した。6 週齢から対照飼 図 2.ブタの飼料中リジンの不足から充足にともなう増体量(A)および体重の変化(B) 0−21 日:n=10, 21−24 日:n=5。a,b: 処理区間に有意差あり(P<0.05)。 * :同処理区の 0−21 日と有意差あり(P<0.05)。参考文献 19 から一部改変して転載。 - 14 - 料(リジン含量:1.36%)を 24 日間給与する対照区、 照区と代償性成長区に差はなかった。その理由に、 低リジン飼料を 21 日間給与しその後 3 日間対照飼料 21 日目での体重の差が考えられた。21 日目では、 を給与する代償性成長区、低リジン飼料(リジン含 対照区(25.8kg)と代償性成長区(22.7kg)の体重 量:0.73%)を 24 日間給与する低リジン区の 3 区と に差があった(P<0.05)。そのため、窒素蓄積量を した。実験開始 18 日目から試験終了まで毎日尿を 代謝体重あたりで示したところ、21 日目から 24 日 全量採取し、毎朝、新鮮糞を採取して分析に用いた。 目における代謝体重あたりの窒素蓄積量は、対照区 窒素摂取量、窒素消化率、糞中窒素排泄量、見か に比べて代償性成長区で高かった。この結果は、リ けの窒素吸収量は実験のいずれの時点においても差 ジンの充足に伴う代償性成長において窒素蓄積の増 がなかった。低リジン飼料給与により低リジン区と 加が寄与したことを示している。 代償性成長区の 19 日目から 21 日目における尿中窒 飼料摂取量の制限(60%)や、タンパク質摂取量 素排泄量は対照区より高かった(P<0.05)。飼料切 の制限によって増体を抑制した後にこれらの制限要 り替え後には、代償性成長区で尿中窒素排泄量が減 因を解除すると、と体にしめる筋肉の割合が高くな 少し、22 日目から 24 日目までの測定値は対照区と るとの報告や、筋肉や脂肪がと体に占める割合は対 代償性成長区に差はなかった。19 日目から 21 日目 照区のブタと変わらないという報告がある 21)。一 までの窒素蓄積量は、低リジン飼料給与により低く 方で、本実験における代償性成長中のブタの飼料効 なったが(図 3、P<0.05)、飼料切り替え後、代償 率は対照区より高く、窒素蓄積効率には差がなかっ 性成長区の窒素蓄積量は増加した。飼料切り替え 3 たことを踏まえると、Chaosap らが示した様に、脂 日後の 24 日目には、代償性成長区の窒素蓄積量は 肪や炭水化物など窒素以外の蓄積効率が変化した 9) 対照区に比べて高い傾向があった(P=0.10)。22 日 可能性も考えられるが、その点についてはさらなる 目から 24 日目までの代償性成長区の代謝体重あた 研究が必要である。 りの窒素蓄積量は、対照区の代謝体重あたりの窒素 3.リジン充足に伴う代償性成長における骨格筋タ 蓄積量より高かった(図 3、P<0.05)。 ンパク質代謝 22) 先の実験において、代償性成長中に血清中 IGF-I 濃度が増加したことから、日増体量の増加には窒素 1)骨格筋タンパク質代謝 蓄積の増加が伴うと考えられたが、窒素蓄積量は対 飼料中リジン含量の不足から充足への変化によっ 図 3.ブタの飼料中リジンの不足から充足にともなう代償性成長時の窒素蓄積量(A)および代謝体 重あたりの窒素蓄積量(B) 参考文献 ○ から一部改変して転載。n=6。a, b:処理区間に有意差あり(P<0.05)。*:同処理 区の Day19-21 と有意差あり(P<0.05)。参考文献 19 から改変して転載。 - 15 - て、ブタが代償性成長を示すことを明らかにした。 (リジン含量:1.30%)と、リジン含量が対照飼料 また、リジン充足に伴う代償性成長中のブタにおい の 35%の低リジン飼料(リジン含量:0.46%)を調 て、体内へのタンパク質蓄積が増加することが示唆 製した。4 週齢時から対照飼料を 21 日間給与する対 された。タンパク質の蓄積はタンパク質の合成と分 照区、低リジン飼料を 14 日間給与しその後 7 日間対 解のバランスによって変化し、タンパク質の蓄積が 照飼料を給与する代償性成長区の 2 区とした。 増加するには、タンパク質合成の増加とタンパク質 代償性成長区のラットは低リジン飼料給与により 分解の減少のどちらか、または両方が必要である。 14 日目までの体重と日増体量が対照区より低かった しかし、リジン充足に伴う代償性成長中のタンパク (表1、P<0.05)。飼料摂取量は14日目まで差がなかっ 質蓄積の増加が、タンパク質代謝のどのような変化 たが、飼料切り替え後には代償性成長区の飼料摂取 によるのかについては不明である。そこで、飼料中 量は対照区より低かった(表 1、P<0.05)。飼料切 のリジン含量の不足から充足への変化により骨格筋 り替え 1 日後の 15 日目には、代償性成長区の日増体 タンパク質の合成および分解がどのように変化する 量は対照区よりも高くなり、14 日目から 21 日目の のかについて検討した。 間の日増体量は代償性成長区で高かった(表 1、P タンパク質分解比速度の測定には、3−メチルヒス <0.05)。代償性成長区の 3 週目の増体は 2 週目より チジン法が用いられる。3−メチルヒスチジンは、骨 80%増加した(表 1、P<0.05)。すなわち、ラット 格筋のタンパク質分解に伴って放出される。ところ でもリジン不足飼料給与の後の充足による代償性成 が、ブタ では、3−メチルヒスチジンがβ−アラニ 長が再現できた。飼料効率は 14 日目までの代償性 ンとのジペプチドであるバレニンの生成に利用され 成長区のラットで対照区より低かった(表 1、P< るため、尿中への排出量からタンパク質分解比速度 0.05)。飼料切り替え後の代償性成長区の飼料効率 を測定することはできない。一方、ヒトやラット、 は飼料切り替え前より 70%高く、対照区より高かっ マウスなどではタンパク質合成に 3−メチルヒスチジ た(表 1、P<0.05)。 ンが再利用されず、代謝されずに尿中に速やかに排 骨格筋タンパク質合成比速度は、低リジン飼料給 泄されるため、尿中に排泄された 3−メチルヒスチジ 与によって低くなった(表 2、P<0.05)。リジン充 ン量を測定することにより、骨格筋の主要構成タン 足飼料給与によって、飼料切り替え 1 日後、および パク質であるミオシン、アクチンの分解速度を測定 7 日後に骨格筋タンパク質合成比速度が対照区より できる 。そこでラットを供試し、リジンの充足 高くなった(表 2、P<0.05)。骨格筋タンパク質分 に伴う代償性成長中における骨格筋タンパク質代謝 解比速度には、低リジン飼料給与の影響は無かった の変化について検討した。 が、飼料切り替え 2 日後および 3 日後で対照区に比 Wister 系ラット 3 週齢オス 24 頭を供試、対照飼料 べて低くなった(表 2、P<0.01)このとき、タンパ 23) 24) 表 1.飼料中リジンの充足から不足への変化がラットの飼養成績と腓腹筋重量に及ぼす影響(n=6) - 16 - 表 2.飼料中リジンの充足から不足への変化がラットの骨格筋タンパク質合 成比速度(Ks)および分解比速度(Kd)に及ぼす影響(n=6) ク質分解関連遺伝子の腓腹筋における発現の変化を その結果、低リジン飼料を給与した代償性成長 調べたが、差は無かった。 区の血清中リジン濃度は対照区より低かった(表 これらのことから、リジン充足における代償性成 3、P<0.01)。飼料切り替え 1 日後の 15 日目に、代 長では、骨格筋タンパク質蓄積にタンパク質合成の 償性成長区の血清中リジン濃度は対照区より高くな 増加とタンパク質分解の減少の両方が寄与するが、 り(表 3、P<0.01)、飼料切り替え 3 日後の 17 日に そのタイミングは異なることが示された。 は対照区と差がなかった。血清中インスリン濃度 は、飼料中リジン含量およびリジン充足による影響 2) リジン充足直後の IGF-I およびコルチコステロ を受けなかった。低リジン飼料を給与したラットの ンの血中濃度と骨格筋タンパク質分解の検討 IGF-I と IGFP-3 は対照区より低かった(表 3、いず 先の実験の結果から、リジン含量の充足による代 れも P<0.01)。飼料中リジン含量を充足させると、 償性成長において、リジン充足 2 日後と 3 日後にタ 血清中 IGF-1濃度と IGFBP-3濃度は速やかに増加し、 ンパク質分解の減少が確認されたが、どのタンパク IGF-I 濃度は 1 日後、IGFBP-3 濃度では 3 日後には処 質分解経路の抑制に起因するのかは不明であった。 理区間に差がなかった。血清中コルチコステロン濃 そこで次に、リジン含量の充足 1 日後と 3 日後にサ 度は低リジン飼料給与によって対照区より高い傾向 ンプリングし、リジン充足直後のタンパク質分解系 があった(表 3、P=0.06)。一方、代償性成長区の について検討をおこない、タンパク質代謝の制御に 血清中コルチコステロン濃度はリジンの充足に伴っ 中心的な役割を果たす血中の IGF-I、IGFBP-3 およ て低下し、その結果リジン充足 3 日後(17 日目)に びコルチコステロンの濃度の変化との関係を検討し は処理区間に差がなかった。代償性成長区のリジン た。 充足 3 日後(17 日目)の血清中コルチコステロン濃 表 3.飼 料中リジンの不足から充足への変化がラットの血清中リジン、IGF-I、IGFBP-3、 コルチコステロン濃度に及ぼす影響(n=6) - 17 - 度はリジン不足時(14 日目)より低かった(表 3、 は減少することが観察されている 27)。しかし、そ P<0.05)。 の発現量の増加や減少の程度は、atrogin-1/MAFbx 腓腹筋におけるタンパク質分解関連遺伝子の mRNA が MuRF1 の mRNA より大きいことが報告さ mRNA 発現量には低リジン飼料給与による影響はな れている 28)。Atrogin-1/MAFbx と MuRF1 発現量の かった。飼料切り替え 1 日後(15 日目)と 3 日後(17 変化の大きさに違いが生じる機構については不明で 日目)に代償性成長区の腓腹筋における atrogin-1/ あるが、本実験における単一のアミノ酸の不足およ MAFbx の発現量は、対照区より低くなった(15 日目: び充足は、MuRF1 発現量を変化させるほどの強い P<0.01、17 日目:P<0.05)。MuRF1 の腓腹筋にお 作用がないのかもしれない。 ける発現量は、飼料中リジン含量およびリジン充足 リジンが充足した飼料に切り替えてわずか1日で、 による影響がなかった。caspase-3 の mRNA 発現量 血清中の IGF-I と IGFBP-3 濃度が増加したが、この は飼料切り替え 1 日後(15 日目)に代償性成長区で 結果は、代償性成長区のラットでは、飼料の切り替 低かった(P<0.05)。他のタンパク質分解酵素の腓 え 1 日後にすでに IGF-I の生理活性が増強されてい 腹筋における mRNA 発現量は、いずれの時点にお ることを示唆している。一方、血清中のコルチコス いても処理による差がなかった。 テロン濃度はリジンが充足した飼料に切り替えて atrogin-1/MAFbx は、骨格筋における主要なタン 3 日後に減少した。以上の結果から、飼料中リジン パク質分解経路であるユビキチン−プロテアソーム 含量の不足から充足への変化は、血清中の IGF-I 濃 系における骨格筋特異的リガーゼである。リジン不 度を増加させ、さらに血清中のコルチコステロン 足後のリジン充足によるタンパク質分解の抑制がユ 濃度を減少させることにより、骨格筋の atrogin-1/ ビキチン−プロテアソーム経路の抑制に起因する可 MAFbx mRNA 発現量とタンパク質分解を抑制した 能性が示唆された。 可能性があると考えられた。 本実験において、リジン充足 1 日後には、血清中 のコルチコステロン濃度が低下し、リジン充足 3 日 4.C2C12 筋管細胞における代償的なタンパク質蓄 積の検討 後にはリジン不足時よりも低かった。グルココルチ コイドは、ユビキチン−プロテアソーム系における 1) 培地中リジン濃度の増加がタンパク質蓄積へ及 ぼす影響 atrogin-1/MAFbx の発現を促進することによって、タ ンパク質分解を促進する。IGF-I は、骨格筋における 哺乳類の細胞において、培地中の複数のアミノ酸 タンパク質合成を促進する成長因子である。一方 の不足が mTOR シグナルとタンパク質合成を減少 で、IGF-I はタンパク質分解を抑制し、グルココル させ、その効果はアミノ酸の再供給によって速やか チコイドの一つであるデキサメタゾンによるタンパ に回復する(Fox et al., 1998)。一方、分岐鎖アミノ ク質分解の促進効果を抑制する。デキサメタゾン 酸であるロイシン、イソロイシン、バリンがニワト と IGF-I によるタンパク質分解の変化は、atrogin-1 リ筋管細胞におけるユビキチン・プロテアソーム /MAFbx の mRNA 量と密接に関連している 25)。本 系のタンパク質分解を抑制することを我々はすで 実験において、リジンの充足に伴い代償性成長を示 に報告しており 29)、さらにアルギニンも atrogin-1/ したラットは、選択的に atrogin-1/MAFbx の mRNA MAFbx および MuRF1 の mRNA 発現量を減少させ 発 現 量 が 減 少 し た が、atrogin-1/MAFbx と 同 じ E3 て、C2C12 筋管細胞のタンパク質分解を抑制するこ リガーゼである MuRF1 の mRNA 発現量は減少しな とが報告されている 30)。リジンの充足に伴って血清 か っ た。atrogin-1/MAFbx お よ び MuRF1 の mRNA 中の IGF-I やグルココルチコイドの濃度も変化してい の発現量は飼料摂取制限や糖尿病、デキサメタゾン たことから、飼料中リジン充足がタンパク質代謝に及 処理、拘束や除神経などの筋萎縮性刺激を受けた ぼす影響が、リジンの直接作用によるものか、これら ラットの骨格筋において増加する 26)。一方、アミ のホルモン濃度の変化を介しているかは不明である。 ノ酸投与によってタンパク質分解を抑制した実験で そのため次に、C2C12 筋管細胞を、定法で用いられ - 18 - る Dulbecco s Modified Eagle Medium( 以 下 DMEM) を DMEM 培地の 1/20 ×とした培地(以下 1/20× よりリジン濃度が低い 5 水準のリジン濃度の培地で Lys、Lys:0.04mM)を調製した。それぞれの培地に、 培養後に、 定法の DMEM 培地で培養することにより、 IGF-1 および Dex を添加する、しない培地を調製し 骨格筋への代償的なタンパク質蓄積が観察できるか た。すなわち、IGF-1(100ng/ml),Dex(1.0μM) どうか検討した。 含有 1 × DMEM、IGF-1(50ng/ml),Dex(1.5μM) マウス筋芽細胞 C2C12 を使用し、増殖、分化誘導 含有 1/20 × Lys、IGF-1(100ng/ml),Dex(1.0μM) 後、実験をおこなった。増殖培地は DMEM に、ウ 含有 1/20 × Lys、IGF-1(50ng/ml),Dex(1.5μM) シ胎児血清(10%)を混合して作製、分化培地は、 含有 1 × Lys の 4 つの培地である(図 4)。リジンが DMEM にウマ血清(2%)を混合して作製した。試 充足し IGF-I 濃度が 100ng/ml、Dex 濃度が 1.0μM 験培地はいずれもウシ血清アルブミン(0.5%)を である、IGF-1(100ng/ml),Dex(1.0μM)含有 1 含み、DMEM の組成に基づいて調製した培地(以 ×DMEM(1×Lys)」で 36 時間培養した区をポジティ 下 1 ×DMEM)と、リジン以外の成分を DMEM に ブコントロール(以下 PC)区とし、生体における 準 じ、 リ ジ ン 濃 度 を DMEM のそれぞれ 1×(Lys: 対照区を想定した。リジンが不足し IGF-I 濃度が 0.80mM) 、 1/2× (Lys:0.40mM) 、1/5× (Lys:0.16mM) 、 PC 区に対して1/2×で Dex 濃度が PC 区に対して1.5 1/10 ×(Lys:0.08mM) 、1/20 ×(Lys:0.04mM)、0 ×である IGF-1(50ng/ml),Dex(1.5μM)含有 1 ×(Lys:0mM)とした培地である。 /20× Lys で 36 時間培養した区をネガティブコント 24 時間までの培地中のリジン濃度は、細胞内タン ロール(以下 NC)区とし、生体における低リジン パク質蓄積量に影響を及ぼし、0×が増加せずに減 区を想定した。また、生体における代償性成長区を 少し、1/20 ×では 1×に比べて減少する傾向を示し 想定したリジン濃度が不足(1/20×)から充足(1 たが、培地中リジン濃度が 1/10 ×以上では 1×と差 ×)へ変化し、IGF-I 濃度が 2 倍に増加し、Dex 濃度 がなかった。また、24 時間から 48 時間までの 24 時 が 2/3 倍に低下する処理をリジン+ホルモン区(+ 間におけるタンパク質増加割合に、処理による影響 Lys&Hormone)とした。さらに、IGF-I 濃度が 2 倍 は無かった。以上の結果から、生体を用いた実験と に増加し、Dex 濃度が 2/3 倍に低下する変化がタン 同様に、培地中リジン濃度の増加だけでなく IGF-I パク質蓄積へ及ぼす影響を検討するためにホルモン 濃度の増加やグルココルチコイド濃度の低下を組み 区(+Hormone)、リジン濃度の不足(1/20×)か 合わせることによって、代償的なタンパク質蓄積を ら充足(1×)への変化がタンパク質蓄積へ及ぼす 誘発する可能性が考えられた。 影響を検討するためにリジン区(+Lys)を設定した。 また、タンパク質分解関連遺伝子の mRNA 発現量 2) 培地中リジン濃度の変化および IGF-I、デキサ についても検討した。 メタゾン濃度の変化によるタンパク質蓄積への IGF-1(50ng/ml), Dex(1.5μM)含有 1/20×Lys 影響 で 18 時間培養すると、IGF-1(100ng/ml), Dex(1.0μ 31) 生体と同様に、培地中リジンの充足に合わせてホ M)含有 1×DMEM(1×Lys)で培養するよりも、ウェ ルモン濃度の変化が代償的なタンパク質蓄積に必須 ルあたりのタンパク質量およびタンパク質増加割 であることを明らかにするために、培地中リジン 合はいずれも低かった(図 5、P<0.01)。その後培 の充足と IGF-I および細胞培養で一般に用いられる 地を交換すると、NC 区およびホルモン区ではタン グルココルチコイドであるデキサメタゾン(以下 パク質量は低く(P<0.05)、PC 区とタンパク質増 Dex)の濃度の変化を組み合わせて、代償的なタン 加割合は変わらなかった(図 5)。また、リジン区 パク質蓄積が起こるかを検討した。 では、タンパク質量が PC 区と差がないレベルとな 1/20×濃度をリジン不足培地として用いた。試験 り、タンパク質蓄積量も PC 区と差がなかった(図 培地は、DMEM 培地(以下 1× DMEM、Lys:0.80mM) 5)。リジン+ホルモン区は PC 区よりタンパク質量 と、リジン以外の成分を DMEM に準じリジン濃度 がわずかに高くなり、タンパク質増加割合は PC 区 - 19 - 図 4.実験概要 引用文献 31 より一部改変して転載。 図 5.培地中リジン濃度の増加、IGF-I 濃度の増加および Dex 濃度の増加の組み合わせが C2C12 筋管細胞のタンパク質量(A)およびタンパク質蓄積割合(B)に及ぼす影響(n=6) a, b, c:処理区間に有意差あり(P<0.05) 、**:PC 区と有意差あり(P<0.01)。引用文献 31 より 一部改変して転載。 - 20 - よりも高かった(図 5、P<0.01)。タンパク質分解 本実験では、培地を交換して 6 時間後にatrogin-1/ 関連遺伝子である atrogin/MAFbx の mRNA 発現量 MAFbx の mRNA 発現量が減少しており、リジンの は、リジン+ホルモン区のみが 24H で低くなった 充足とホルモンの同化的な変化により、ユビキチン・ (P<0.05)。培地交換 18 時間後において、培地中の プロテアソーム系のタンパク質分解が抑制されてい リジン充足のみではタンパク質蓄積量は増加せず、 る可能性が示唆された。 IGF-I 濃度の増加と Dex の低下によるホルモンの同 本実験においては、リジン濃度の増加とホルモン 化的な変化のみでもタンパク質蓄積量は増加しな の同化的な変化により、筋管細胞に代償的なタンパ かった。一方、リジンの充足とホルモンの同化的な ク質蓄積を誘発した。このことから、ブタおよびラッ 変化を組み合わせた処理によってタンパク質蓄積量 トにおける代償性成長が、リジン単独の直接作用に が増加した。 よるものではなく、血中 IGF-I 濃度の増加および血 C2C12 筋管細胞において、IGF-I は mTOR のリン 中グルココルチコイド濃度の低下によるホルモン濃 酸化を介してタンパク質合成を促進し、筋管細胞は 度の同化的変化を介して誘発されると考えられた。 肥大しタンパク質蓄積は増加する 。一方、C2C12 25) 筋管細胞において、培地中への Dex の添加はタンパク 5.おわりに 質合成を抑制する一方でタンパク質分解を促進し、タ 低リジン飼料を給与したブタおよびラットにおい ンパク質量は Dex に用量依存的に減少する25)。C2C12 ては、リジン不足状態に適応した代謝の変化が起き 筋管細胞に Dex を処理すると、atrogn-1/MAFbx の ていたと考えられる。また、IGF-I 濃度とグルココ mRNA 発現が増加してタンパク質量が減少するが、 ルチコイドの血中の濃度変化も重要であると考えら Dex と同時に IGF-I を処理すると、atrogn-1/MAFbx れた。しかしながら、代償性成長時には IGF-I 濃度 の mRNA 発現は増加せず、タンパク質量は減少し がリジン不足時よりも高くなったが、同時点の対照 ない 。つまり、IGF-I 濃度の増加および Dex の減 区より高くなったわけではなかった。一方グルコ 少は、タンパク質合成を促進し、タンパク質分解を コルチコイド濃度も、代償性成長中には低下した 抑制する作用がある。また、Sadiq ら は、アミノ が、同じ時点の対照区の濃度と差はなかった。ま 酸とインスリンのタンパク質分解を抑制する効果に た、C2C12 筋管細胞における代償的なタンパク質蓄 は加法性が成立することを報告している。ホルモン 積は、ポジティブコントロールと同じ培地への切り 区のタンパク質蓄積割合は NC 区と差がなく、リジ 替えによって観察された。すなわち、代償性成長お ン区およびリジン+ホルモン区のタンパク質蓄積割 よび代償的なタンパク質蓄積は、対照区またはポジ 合は NC 区より高かった。IGF-I については検討し ティブコントロールと同じ IGF-I、グルココルチコ た報告がないものの、増殖因子であるインスリンや イド濃度によって、誘発されたことから、受容体も 上皮増殖因子、神経成長因子は、培養細胞において しくはシグナル感受性の変化が関与している可能性 タンパク質合成を促進するが、細胞外のアミノ酸が が考えられ、今後さらに検討が必要である。 不足した環境ではこれら増殖因子を加えてもタンパ 代償性成長の機構の解明を目的として、リジンの ク質合成を促進しないことが、これまでにも報告さ 不足後の充足によって誘発される代償性成長のモデ れている 。同様にホルモン区では、ホルモン ルを作成し、実験を重ねてきた。代償性成長の機構 の同化的な変化にもかかわらず、リジン不足により の全体像を明らかにするためにはさらに研究が必要 タンパク質合成が促進しなかったと考えられた。こ であるが、代償性成長はまさに栄養状態への適応の れらのことから、筋管細胞の代償的なタンパク質蓄 末に生じる現象で有り、その機構の解明は家畜の精 積に、リジンの充足とホルモンの同化的な変化が必 密な栄養管理方法の開発に通じると考えられる。 25) 32) 33, 34) 須であると考えられた。 - 21 - 謝 辞 10) Mendes CB, Waterlow JC. 1958. 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