らせん葉序の開度は生まれながらか

6 らせん葉序の決まりは生まれながらか
[1]
キャベツの葉序
身近な野菜や野草の開度を調べて気づいたことに,
葉の付く方向が時計回りと反時計回りとでその比
がほぼ 1 対 1 の割合になっている事実がある。
[2]
郡場は 100 年前,1 万本を超えるネジバナを調べ
(図 6-1),右巻きと左巻きの比がほぼ 1:1 であるこ
とを報告してその出現割合を偶然とした。他方,つ
る植物の巻き方は種によって異なっていることが知
[3]
られているが,北沢らはアサガオの巻き方が重力に
よって変わることを報告している。葉の原基形成に
よる葉序形成は植物ホルモンのオーキシン濃度によ
って説明されている。キャベツの葉序の決定要因は
何か。
近くのホームセンターに出かけ,四季どりキャ
ベツとして販売されている種を購入して畑に直
播きにする。種は直径1mm 程度の球形であって
播くときに方向を決めることはできない。画像の
ように 5 枚目まで葉のついたキャベツは時計回り
に 1, 2, 3, 4 と順に葉のつく左側の例と反時計回
り葉のつく例がある(図 6-2)。他の株はどうか。
直播にしたキャベツ 200 株について葉のつき方
を調べる。
図 6-3 はその結果で,上側が時計回り,下側が反時計回りの並びを示す。全体では,105 株が時計
回りに,95 株が反時計回りにつき,その比はほぼ 1:1 となった。同じ時期に播いたハクサイ 60 株では
29 株が時計回り,31 株が反時計回りで,これも比がほぼ 1:1 である。もしかしたら,太陽の位置が関
係あるかも知れないので調べたキャベツ 200 株の中で 2 枚目が西向きの株を選んで調べると,その株は
合計 25 株あり,内 13 株が時計回り,12 株が反時計回りでここでもほぼ等しい。だから,太陽光の方向
は葉序の方向に影響を及ぼさない。
また,調べた中では 9 株が連続して時計回りとして続いた。もしも,直播きにしたときの種の向きが
影響しているのであれば種 9 個が連続で同じ向きになる確率は非常に低い。それ故,葉のつく方向の決
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定要因としての種の向きの可能性は低い。観測された時計/反時計回りの揺らぎの結果は,フィールド
実験での株数が少なくとも 100 株以上必要なことを示している。では,葉の付く方向の決め手,葉序の
決め手は何か。
クローンで調べる
まずはクローンを作って調べてみよう。クロ
ーンと言っても遺伝子を操作するのではなく,
時計回りと反時計回りの決まった親株の先端を
切って側芽を出させてその側芽の葉の付き方を
観察するという方法である。直播にした中から
ある程度の間隔で 11 株を残してそれぞれの先
端を切断する。
図 6-4 の No.2 の例でみると親株の葉序は時計
回りであるが,切断 24 日後の側芽の葉序は時計
回りが 1,反時計回りが 3 である。No.10 の親株
の葉序は反時計回りだが,その側芽は時計回り
3,反時計回り 1 で No.2 とは逆の傾向になる。
これらの結果を表 6-1 にまとめた。
表 6-1. 親株の葉序とそれぞれの側芽の葉序
親株の葉序
時計回り
反時計回り
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
側芽(時計/反時計)
2/1
2/1
1/3
1/3
1/2
3/1
2/1
2/1
2/1
0/3
0/3
側芽
の数値は時計回り/反時計回りの株数である。切断前の親株の時計回り/反時計回りの割合は 5/6,切
断後全体の比は 16/20 となり親株の葉序にかかわらず,側芽の葉序は混在する。つまり,らせん葉序は
生まれながらではない。
重力の影響
では,らせん葉序は何によっていつ決まるのか。
これが問題である。重力による屈性はダーウィン
父子のころから研究され,今ではオーキシンの働
[4]
きで説明されている。では,どうすればその重力
による葉序への効果を観測することができる
か?
直播にした畝では少しは土の傾きがある。もし
もその傾きが葉序に影響するとすれば,その効果
は 3 枚目に現れるはずである。畝の傾斜角は土の
傾きを考えると僅かで良いので,0°,10°,20°,
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30°と 40°にする(図 6-5)。ポットの個数は傾向を知るために各傾斜面に 10 株,また,1 枚目の葉が西
向きか東向きによって異なることが想定されるので合計で 100 個準備して培地を入れたポットに前の同
じ種のキャベツの種を播く。重力による屈性は数時間で影響が現れることから,2 枚目の葉を確認した
直後に傾斜面に移す。
9 月での成長は早く,2 週間後には 3 枚目が付いて葉序が決まる。その結果,全体での時計/反時計
回りは 49 株/48 株と混在し,葉序の向きは傾斜角度に関係なかった。また,横倒しの 80°や 120°に
した結果でも変わらなかった。もしも,傾斜による重力の差異によって植物ホルモンが下側に多くなっ
て,発芽の原基発生に寄与するのであれば葉序の向きに偏りがなくてはならない。それゆえ,オーキシ
ンは重力屈性には作用するが,葉の原基形成には
影響しない。この 2 枚目確認後の葉序の実験では
ハクサイも同様な結果を得ている。さらに葉の 1
枚目を確認した直後に傾斜面に移した 80 株の苗で
も比は変化しなかった。
では,葉序の向きは何によって決まるのか。
成長したキャベツの先端を切断した後に横倒しに
した側芽の葉序はどうなるか。時計と反時計回り
のキャベツ苗それぞれの 10 株を大きな鉢に移して
長期間使えるようにして先端を切断する。切断後
の残った先端の葉が全て下になるようにして横倒
しにした(図 6-6)。
切断 28 日後,
側芽葉序の観測結果は時計/反時計回りが 20 株/20 株となり,重力の影響を受けない。
しかしながら,よく観察すると図 6-7 の例のように側芽の 3 枚目はそれ自身の葉序に関係なく親株側に
付く。
その割合は側芽 40 株中 36 株と 9 割に達する。
この結果は葉序決定の仕組みを示唆していないだ
① ② 時計
③
② ①
反時計
③
ろうか。
③
① ②反時計
① ③ 反時計
②
図 6-7. 側芽 3 枚目はほとんどが親株側に付く
給水位置を固定する
給水の位置によって根の張りが変化し,茎の組織形成が葉の原基形
成に影響しないだろうか。これを調べるために第 1 葉の確認直後,給
水位置を右図のように南側に固定して成長を観察する(図 6-8)。その
結果,1 回目の葉序の時計回り/反時計回りの比は 43 株/30 株, 2
回目が 46 株/50 株,3 回目では 38 株/41 株で,3 回合計で 127 株/
121 株となった。給水位置を固定しても葉序の偏りはほとんど観測さ
れなかった。根の偏りを別の方法で作ることにしよう。
根の切断
根の張りの偏りを根の切断によって作ることにしよう。その切断の
時期はいつか。地中にある根を切るので,厚さ 0.75mm のポリプロピ
レン板を鉢に合わせて作り,第 1 葉の位置が確定した直後,図 6-9
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のように中央北側で切断する。深さは鉢に合わせて 55mm とした。給水は鉢が乾涸びないように表面全
体に一様に日に1〜2 回ジョウロで散布する。その結果,190 株のうち,時計回り/反時計回りの比は
101 株/89 株となりほとんど偏りがない。
葉序の向きは第 3 葉で決まる
外見からはキャベツの第 3 葉が第 2 葉の反対側に付き,その葉序の向き
は第 3 葉とそれ以後の葉の付き方で決まるように見える。ではその葉序の
向きはいつ決まるか?そこで,第 3 葉の決まるころ,茎の先端部を切断し
て観測する。図 6-10 は第 3 葉の付きそうな頃の全体像でありこれを試料
にする。図 6-11 はその頃のキャベツを手製簡易スライサーで先端部から
切断し,トルイジン・ブルー0.1%液で染色して撮影した画像である。a)〜
d)の厚さ間隔は計算上で 125m,d)と e)は約 600m 離れている。a)の中央
部が茎でその左側が第 2 葉であり,右斜め下に第 3 葉が明瞭な維管束とと
もに見えている。
b)でも第 3 葉が見えているが組織は茎に近づく。
c)での第 3 葉はさらに茎に接近する。
d)での第 3 葉になる維管束は茎のそれと同一であるが,太くなっていて茎の外側が盛り上がった形で葉
原基形成が見える。d)から 600mm 下の e)では第 1 葉が第 2 葉の反対側に観測される。問題の開度という
と,a)の画像からほぼ 138°と測定される。
第 1 葉と第 2 葉間の開度がほぼ 180°であったにもかかわらず,第 3 葉は突如黄金角付近の開度に付
く。葉序の向きはこの第 3 葉の葉原基を形成する維管束の形成で決まることは明らかである。では,そ
の維管束の形成は何によるか。この結果はここに遺伝子ではないが何らかの組織的関与があることを強
く示唆する。この観測結果は葉序の方向決定という 100 年来の謎の解明が近いことを意味する。
検討結果
太陽光や重力による屈性にはオーキシンが働くとされているが,ここまでの観察では葉序の向きに影
響しないことがわかった。また,給水位置の固定は自然界にない人為的に作った環境であるが大きな差
にはならない。また,根の切断によっても大きな偏りにはならない。葉序方向の時期は第 3 葉の形成期
にあるという明白な証拠が残されたが,その原因の解明が近づいている。
葉序方向が決まった場合,どのようなことが予想できるか考えてみよう。葉の開度は多くの葉を観測
[5]
すると黄金比に近づくことが明らかになっている。近藤はシミュレーション条件を次のように設定して
いる。
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①本葉の原基はオーキシンが一定以上の場所にできる。②原基は ABCD・・・の順にできる。このとき葉
序方向は時計/反時計のどちらか一方である。③でき
た原基のオーキシンを吸収する作用は原基形成の阻害
因子となり,その阻害因子濃度は時間・距離に対して
指数関数的に減少する。④原基と次の原基の間は等間
隔とし,濃度は原基間で 1/λに減衰する。
  0e-t
この関係が図 6-11 である。図から次の関係が得ら
れる。
1


1

2

1
3
これは黄金比の関係であり,この原基間の角度,つま
り開度は黄金角に収束する。
文献
[1] 根岸 利一郎ほか(2013):形の科学会誌,vol.28, p171.
[2] Koriba, K. (1914):東京帝国大学紀要 理科. v36 art3, pp. 1-179.
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/handle/2261/32980.
[3] Kitazawa, D., et al.(2005):PNAS, vol.102, pp18742-18747.
[4] 西谷和彦(2011)
:
「植物の成長」
,裳華房,p100.
[5] 近藤滋(2013)
:
「波紋と螺旋とフィボナッチ」
,秀潤社,8 章.
※キャベツの種は㈱トーホクおよび向日葵種苗暇(株)の“四季どりキャベツ”を使用した。
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