予稿 - 東京大学物性研究所

X線自由電子レーザーを用いた生きた細胞のナノイメージング
Live cell nano-imaging using X-ray free-electron laser
西野吉則 (北海道大学電子科学研究所)
Yoshinori Nishino (Research Institute for Electronic Science, Hokkaido University)
生物試料や高分子材料を電子顕微鏡やX線顕微鏡で観察する際、観察に用いる電子線やX線と
いった放射線の照射によって試料が破壊されてしまうことが大きな問題となってきた。フェムト
秒オーダーのパルス幅をもつX線自由電子レーザー(XFEL: X-ray Free-Electron Laser)を用
いると、放射線損傷が顕著になる前に、X線と試料との相互作用が完了する。この「破壊前の回
折」のコンセプトにより、XFELは放射線損傷の問題を根源的に解決する道を開いた。
我々は、「破壊前の回折」のコンセプトをさらに推し進め、溶液中の自然な状態にある生物試
料等を、XFELを用いてナノイメージングするパルス状コヒーレントX線溶液散乱(PCXSS:
Pulsed Coherent X-ray Solution Scattering)を独自に考案した [1,2]。生物にとって水は必須
であり、PCXSSによる溶液試料の観察は、生物試料のイメージングにとって極めて重要である。
PCXSSでは、試料からのコヒーレントX線回折パターンをXFELのシングルショットで測定し、
対物レンズの代わりに計算機を用いて試料像を再構成する。試料像の再構成には、コヒーレント
回折イメージング(CDI: Coherent Diffractive Imaging)の位相回復アルゴリズムを用いる。
XFELを用いたPCXSS測定により、我々は生きた細胞のナノイメージングに世界で初めて成
功した[2]。実験では、Microbacterium lacticumという牛乳等の中に生息する1 μm以下の大き
さの微生物細胞を観察した。この微生物は、耐熱性があり、加熱殺菌時に注意が必要な厄介者で
ある。殺菌は製品の品質保持に関わるため、この微生物の研究は、酪農においても重要であるが、
大きさが1 μm以下と小さいため、通常の光学顕微鏡で内部構造を観察することは困難である。
図1に生きたマイクロバクテリア細胞にSACLAからのXFELを1パルス当てて得たコヒーレン
トX線回折パターン(左)と、位相回復により再構成した試料像(右)を示す。位相回復伝達関
数を用いて分解能を評価すると、37 nm (全周期分解能)であった。再構成した細胞の像の下部に
は、ダンベル型をした画像強度の高い部分が存在し、X線散乱強度の強い、DNAなどの物質で構
成されていることが示唆される。実際に、このイメージ強度の高い領域が主に核酸で構成され、
細胞内の他の領域が主にタンパク質で構成されていると仮定すると、定量的にほぼ説明がつく。
XFELを用いたPCXSSは、生きた細胞をナノメートルの分解能で定量的に観察できる優れた
手法である。今後、生きた細胞を系統的に測定することで、未だ解明されていない原核微生物の
ゲノム複製やそれに続く細胞分裂などの、重要な細胞内現象の解明に繋がることが期待される。
また、XFELの集光度をさらに向上させることなどにより、より小さな生体分子の観察や、さら
なる分解能の向上が期待される。さらに、PCXSSは生物試料のみならず、溶液中で機能する物
質材料のナノイメージングなどにも、威力を発揮する [3]。我々は、産業応用も含め、幅広い試
料のPCXSS測定を推し進めている [4]。
図1
X 線自由電子レーザーを用いた生きた細胞のナノイメージング
謝辞
本研究は、外部資金として、文部科学省「X線自由電子レーザー重点戦略研究課題」、JST
CREST、科研費、物質・デバイス領域共同研究拠点等の支援を受けて実施した。
参考文献
[1] J. Pérez and Y. Nishino, Curr. Opin. Struct. Biol. 22, 670 (2012).
[2] T. Kimura, Y. Joti, A. Shibuya, C. Song, S. Kim, K. Tono, M. Yabashi, M. Tamakoshi, T. Moriya, T.
Oshima, T. Ishikawa, Y. Bessho, and Y. Nishino, Nat. Commun. 5, 3052 (2014).
[3] R. Iida, H. Kawamura, K. Niikura, T. Kimura, S. Sekiguchi, Y. Joti, Y. Bessho, H. Mitomo, Y.
Nishino, and K. Ijiro, Langmuir 31, 4054 (2015).
[4] R. Yoshida, H. Yamashige, M. Miura, T. Kimura, Y. Joti, Y. Bessho, M. Kuramoto, J. Yu, K.
Khakurel, K. Tono, M. Yabashi, T. Ishikawa, and Y. Nishino, J. Phys. B 48, 244008 (2015).